

指摘事項は1つもありませんでした。
検査員からは、通常の検査範囲内(N邸は通常範囲外だそう)ではまず目にする事の無い本格的な木の家であるとの話や、使用木材の産地や乾燥の質問などもあり、『こういう家良いですよねぇ』と、なごやかな雰囲気の検査でした。
また、瑕疵保証の2回目の現場検査も同様に指摘事項なしで合格しました。

ややこしい設計にもかかわらず、現場監督の力量ですネ。

バックナンバー【2013/06/15工務店の誠実度は現場を見よ】の続編。
設計や施工の誠実度や技量を知るには、基礎と下地の施工を見ましょう。
基礎と下地の施工が丁寧か否かで、営業トークが巧言令色かどうかを伺い知る事が出来ます。
基礎は、【さや管工法】に注目。構造躯体に影響を及ぼさずに配管の維持管理が行えるよう、貫通部を除いた配管をコンクリート内及び下に埋め込まない工法です。
【さや管工法】は、コンクリート貫通部に、鉄筋を避け、鉄筋のかぶり厚を損なわない様にさや管を埋設しておく事で、建築に比べて耐用年数の低い設備関係の維持・修繕が容易(ローコストで)に行えるメリットがあります。
ちなみに、N邸基礎は【住宅の品質確保の促進等に関する法律】の『住宅性能表示制度』による、維持管理対策等級2又は3(最上級)の仕様です。
下地では、材料、施工精度、釘の種類・ピッチ等々、設計した性能を実現する為の確かな施工を行っています。
下地が丁寧だと仕上げもやり易く美しくなり、下地が凸凹やおかしな施工だと、仕上げで嫌気がさしてしまって、いいかげんな仕事になってしまうものです。
N邸では私が設計監理、工務店の施工管理並びに現場監督、そして何よりも施工の要である腕と人間性の良い大工という【トロイカ体制】で、高品質な家づくりを行っています。
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【2013/07/10外壁準真壁(室外側)】【2013/07/11真壁(室内側)】の、下地施工段階。
ご覧の通り、N邸ではパネル工法を採用していません。
大工さんが下地であるにもかかわらず、とても丁寧に作り込んでくれています。
パネル工法不採用の理由は2つ。
・軸組みと真壁パネルとのクリアランス(隙間)が少なくとも3mmはあり、断熱欠損箇所である点。
・工務店のパネル工法不採用の決定。
多くの施工会社がパネル化による省力化・合理化を採用していますが、クリアランスの断熱欠損箇所については ”必要悪” として見て見ぬふりをしている様に思います。
その点、画像の様に下地から作り込む方式だと、受け材と柱や横架材との間に隙間は発生しないので、この部位での断熱欠損は生じません。
つまり、断熱欠損箇所での結露(しかも最も大敵な壁内結露)が発生しにくいメリットがあります。
コスト的には、軸組みがパネル工法対応設計な事もあり、パネル製作会社に発注した方が却って割高だったのかも知れません。
耐力壁でもある事から、施工管理もより一層、的確に行ってくれています。
追伸:2023年1月4日
断熱欠損箇所についての ”必要悪” の可視化。⇒ 黒の楕円内がそれ。
金属部位が室内と室外を直接結ぶ完全なる熱橋(ヒートブリッジ)となってしまっている。
つまり、アルミサッシ同様の結露を、構造の要で発生させる事になる。
更に、柱のスリット加工も室内と室外を完全に連続している。
白い部分が発泡プラスチック系断熱材。
隙間を現場発泡ウレタン等の吹き付け断熱材で塞がないと、上記とダブルで結露を発生させる事になる。
つまり木部の腐食を加速させ、構造強度・耐久性・断熱性が極めて劣る工法となる。
しかも金属部は断熱の施し用が無いので、結露については完全にお手上げ状態。
結露の程度によっては数年で木部が完全腐食して、構造として体を成さない事がハッキリ目に見える。
施行の為の”必要悪”により、柱と白い発泡プラスチック系断熱材の間に発生する隙間。
製品パネルを既存の軸組みに建て込むには、どうしてもこの隙間が発生してしまうのだ。
この事実を看過しない正しい断熱の技術のある会社、設計士、施工管理者、そして職人(技能者)は、
この隙間に現場発泡ウレタン等による吹き付け断熱材を施工して、断熱欠損を生じさせない。
発泡プラスチック系断熱の下部にも断熱欠損箇所が発生している。
パッと見でメリット大に見えるパネル工法なのだが、施行の為の ”逃げ” を設けなければならないがゆえ、
細部を覗くと、ここ減点⇒ここも減点⇒またまた減点・・・∞で、Made in japan品質のレベルにはない。
つまり、断熱や気密の正しい知識を持った者にしか見抜けないのである。これらが何を意味するかを。
一級建築士であっても。
結論
断熱欠損箇所の”必要悪”は、単刀直入に言って、現場の労務量削減によるコストダウンと大量生産化が主な目的である。
よって、断熱欠損部位を断熱補強しない会社のパネル工法は、決して高品質高性能ではない。
つまり『ローマは一日にして成らず』なのである。