心にうつりゆくよしなしごと / 小嶋基弘建築アトリエ

山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く 春夏秋冬 あしたもよろし ゆうべもよろし

感性が澄んでいく。心地いいなぁ、ずーっと居たいなぁ、と思う。②

2024年06月19日 | 日記・エッセイ・コラム

遠く離れた地で、この古い写真を目にした時、私は懐かしくも切ない思いに駆られました。

清楚で、たおやかな、亜麻色の髪の乙女。歴代のイタリア大使のご家族の方でしょうか。

が、いつか何処かでお逢いしたような気がしたのです。

 

 

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例えると、《銀河鉄道の夜 監督:杉井ギサブロー 1985年》【新世界交響楽】より。

~BGMで新世界交響曲第二楽章がオーケストラ編成で流れている~

ジョバンニ  「あっ!?」  

女の子    「あら!?」

カムパネルラ 「なんだい?」

女の子    「男の子がいたの、小さな家の前にひとり」

カムパネルラ 「そうかい」

女の子    「私ね、あの子を知ってるわ」

ジョバンニ  「僕も、知ってる!」

カムパネルラ 「きっと、どこかで逢っているんだね」

ジョバンニ  「うん」

女の子    無言でうなずく

・・・

 

記憶とは曖昧なものでもあるけれど、同じ思いは、この物語中にも。

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古い写真の場所は、奥日光中禅寺湖畔《イタリア大使館別荘記念公園(HPはこちら)》。

2024年6月15日(土)この建築と周辺だけで、日がな一日、佇んでいました。

 

草木、深い森や山並み、透明な湖、カジカ蛙や野鳥の合唱、梢の葉擦れや湖面の波の音、

風の香り、季節感、ゆっくりと、とうとうと流れる時の感覚・・・、感じる、観じる。

 

均質で画一的な大量工業生産品で固められている現在の都市・住・生活環境では、

ここで得られる様な、心地良いゆらぎは無い。ほっこりとした気持ちにはならないなぁ。

 

人間が都市で生活していく為のノイズは、ここには無い。

そこで何かに急かされるこころのあり様は、ここでは無い。

 

感性が澄んでいく。おおらかな自然に包まれて。

森羅万象、平衡を感じる。魂もここでは中心に還っていく。土に還っていくようだ。

 

この環境、心地いいなぁ、ずーっと居たいなぁ、と思う。しみじみ。

 

建物を残してくれて、一般公開もしてくれて、イタリア大使館と栃木県に、心の底から感謝します。

 

 

大自然の只中、まさに環境と共生する建築。自然と一体となっていて、紛れもない数寄屋です。

設計者はアントニン・レーモンド(1888~1976)。1928年(昭和3年)創建 木造。

さすがデザインの国イタリアが選んだ建築家。魂のこもった設計は、溜息が出るほどに素晴らしい! 

自然の森にしか感じないほど、建築が環境と調和しています。意匠を凝らした外観なのに。

 

6月15日は栃木県民の日で、埼玉県民の私も入館無料でした。島根県からの老夫婦の方とご一緒に入館。

つくづく、

建築家の設計理念と意匠を受け入れた、デザインの国・文化先進国イタリアのものづくり精神には感銘を受けます。

外壁は、杉皮と屋根のこけら葺き(トントン葺き)に使用する薄板(椹:さわら)の面材と竹の押縁。

創建時の屋根は、こけら葺きだったようだ。軒天は、杉皮の面材と竹の押縁。軒の出も深い。

 

建材は全て建築地近辺の自然素材。地産地消の時代の家の作り方は、環境へのやさしさ最上級でしょう。

 

室内に入っても森の中に居る印象。内外装も、建築家として地元職人と意見交換して、設計したそうです。

 

居間と広縁は天井照明なし。心の豊かさの為に、部屋の隅々まで煌々と平板状に明るくする事を避けています。

 

私は懐かしの木造校舎で学んだ経験がありますが、教室と廊下と間仕切りの木製窓の空間構成を思い出します。

栃木県の計らいでイタリア製ソファは自由に座って良く、私、朝9時から夕方5時迄佇んで、心遊ばせていました。

設計次第で『こうも心豊かになれるものなのか!』 成れるものならイタリア大使になりたかった(笑)

建築家は、窓からの風景を【絵画】にデザインします。ピクチャーウインドウ②(2024年6月17日記事)

溜息が出るほど美しい。しかも肌に心地良く、優しいほのかな風が、窓を通して建物内を通り抜けています。

豊穣で至福の時を過ごすことが出来ました。建築でこれほど感動し、琴線に触れた事は、そうはありません。

次は盛夏、避暑を体験しに訪れたいと思っています。5月~11月までは無休とのこと。栃木県に感謝ですね。

 

参考過去記事:2012年7月7日【環境共生住宅の設計にあたり

 

【データ】

自宅を朝5時に125ccスクーターで出発。下道を走り、現地到着8時45分位。

朝9時の開館と同時に入館。食事時は一旦外出して湖畔のベンチで佇んだり、湖畔を散歩したり、

近隣のイギリス大使館別荘記念公園を見学に行く。その後また戻り、夕方5時の閉館まで佇む。

 

華厳の滝も戦場ヶ原も中禅寺湖も観光せず、日がな一日、ほぼイタリア大使館別荘記念公園内に居た。

埼玉県狭山市の帰宅は夜10時頃。

走行距離305.7km 消費ガソリン4.84L(770円) 燃費63.1km/L

 

 

 

 

 


ピクチャーウインドウ②

2024年06月17日 | 日記・エッセイ・コラム

額縁の中に豊かに拡がる交響詩、ピクチャーウインドウ。

ここまで美しいと、止観の為の窓ですね。 感じ、観じます。

 

建築からの眺めを遠近法的に立体構成させる設計手法を、借景といいます。

部屋内外の明度対比、屋外樹々の葉による陰翳、パースペクティヴ効果、素晴らしい!

 

風景を窓で切り取る事で、余韻が豊かな残響音を取り込み、豊穣の交響詩を響き出しています。

ウイーン・フィルハーモニーの奏でる音色を、絵画にしたような。

しかも肌に心地良く、優しいほのかな風が、建物内を通り抜けています。

人の五感とはこの様な環境からより多くを学習して、感じ取っていくものだと思うのです。

 

この窓、現在主流の工業製品の鋼製建具(アルミや樹脂サッシ)ではありません。

建具職人による木製建具。大工職人による敷居・鴨居・窓枠製作。私は懐かしい。

 

建物は《イタリア大使館別荘記念公園(HPはこちら)》

設計者はアントニン・レーモンド(1888~1976)。1928年(昭和3年)創建 木造。

感性が澄んでいく。心地いいなぁ、ずーっと居たいなぁ、と思う。②】(2024年6月19日記事)

 

1階居間からの眺め。湖面は中禅寺湖。  

電球色壁掛照明、室内外の明度対比、陰翳、連続感、高さ感覚、そしてヒューマンスケール。

何て素敵な設計なのだろう!

 

湖岸の木製デッキはヨットの桟橋。湖面にすぐに下りて行ける高低差と距離。

昭和初期、自動車の普及以前は、ここでは舟が生活の移動手段だったようです。

 

建物出隅部。

現在の住宅と異なり、【シェルター】感が突出していません。私はとても好き。

 

ここでは、美しいピアニッシモやニュアンスを聴き分けられると思います。例えば、

Schubert : Piano Sonata No.21 D.960   Wilhelm Kempff(Pf)

 

第二楽章『…それは神秘的な湖上にこだましている弔いの鐘の音のようであり、

聞いているうちに時間と空間が溶け合ってしまうような音である。…』解説者石井宏氏。

 

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さて、別の建築のピクチャーウインドウ。

 

「夏には外務省は日光に移る」の先鞭をつけた、奥日光中禅寺湖畔初の外国大使館別荘建築。

《イギリス大使館別荘記念公園(HPはこちら)》

 

建築主はアーネスト・サトウ(1843~1929)。1896年(明治29年)創建 木造

外交官だった彼の個人別荘だったのを、後年英国大使館別荘として使ってきた経緯との事。

 

湖面とテラスに8.5mの高低差があり、眺望もそれを考えて設計されているそうです。

【旧英国大使館別荘整備基本計画ー栃木県】pdfはこちら

 

1階。透明ガラスに ”ゆらぎ” があるのが分かりますか?

現在の大量生産工業化ガラス製法ではもう作れない、味のあるレトロガラス。

修復には、手仕事である吹きガラス製法で、このゆらぎガラスを作ったそうです。bravo!

 

2階。美術館で鑑賞する【絵画】のような印象のピクチャーウインドウ。

切り取られた風景の絵画的美しさ。18世紀英国のピクチャレスクの感性なのでしょうか。

 

2階。大使の部屋(居室)。現在のしつらえに通じるモダニズム意匠。

眺望が開ける広縁とは、敢えて明瞭に連続させない為に間仕切りの壁面を作るデザイン。

プライバシー重視設計のピクチャーウインドウだったのですね。

 

 

Beethoven : Sonate für Klavier Nr.14 "Sonata quasi una fantasia"

                   (Mondscheinsonate) cis-moll Op.27-2 Wilhelm Backhaus (Klavier)

「スイスのルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のよう」を、ここでの月夜の湖面に感じるのでは。

 

或いは、Debussy : clair de lune(suite Bergamasque Ⅲ)。