◎やはり総理は偉いなと感服した(迫水久常)
雑誌『自由国民』第一九巻二号(一九四六年二月)から、迫水久常の「降伏時の真相」を紹介している。本日は、その一〇回目。
此の御聖断によつて会議は結論に到達した。真に未曽有の事である。一同陛下の入御を御送り申上げ粛然として万感を胸に退出した。各大臣は急遽内閣に引返してここに待受けて居た全閣僚を会して閣議を再開し、閣議も聖慮のままを閣議決定として決定したのである。
これによつて〔八月一〇日〕午前七時ごろ、我が方はポツダム宣言を受諾する用意ある旨を連合各国に対して、夫々〈ソレゾレ〉の利益代表国を通じて通告したのである。而してこの通告には、ポツダム共同宣言の条項中には天皇の国家統治の大権を変更する要求を含まざるものと諒解する旨、並に此の確認せられ度き〈タキ〉旨を附加したのである。この諒解事項についての原案は、実は天皇の国法上の地位を変更する要求を含まざるものと諒解す、とあつたのを或る方面よりの強き注意によりこれを書改めたのであるが、天皇の国家統治の大権なる文言は、連合国側政府にとつては恐らく多大の疑問を与へたるものと思ふのであつて、後に回答を得た際の感じにおいては、むしろ原案の通りの文言の方が連合国側も諒解し易かつたのではないかと思はれる。
この電報に対する連合国側の回答は、十三日の朝到達した。尤もその前日十二日に米国側の放送を傍受したところによつて、その内容は、予想せられた(放送を傍受したものと正式の回答文との間には一箇所重要な相違点があつた)ので十二日に閣議を開いて〔東郷茂徳〕外務大臣より説明し、この回答が我方の諒解事項を肯定するものなりや、否定するものなりや、について論議をしたが正式回答未着の故をもつて、これを待つこととして結論を見合はせたのである。
しかしこの間米国側の新聞放送は、我方の決定遅延に疑問を抱く旨を放送するなどのことがあり、私〔迫水久常〕は同盟通信社と話合つて、我方の新聞放送として、正式回答未着の旨を放送せしめるなどの措置を講じたが、その為に軍当局から厳重な抗議を受けるなど楽屋裏では色々な事態があつた。しかも所謂消息通の間には、遂次過般の事態が洩れた為に、或は私共を激励するもの、或は反対に威嚇するもの、甲論乙駁、株式取引所は十日朝から大蔵省と打合せて閉鎖してあつたが、経済界にも動揺の兆〈キザシ〉が現はれ、私としても心配といふか何といふか、全く私の良心にのみ取りすがる外はなかつた。
九日早朝事端発生以来殆ど全く一睡もしないせゐもあらうが少しも食慾がない。〔鈴木貫太郎〕総理はその間全く平生と変る所なき温容をもつて、悠然として大臣室に端坐し沈思してをられまた食事も充分に摂られる。私が昼食の食堂で殆ど食べないのを見られて「どうした」といはれるので、私が少しも食慾がないと申し上げると「君はまだ若いから」といはれた。矢張り総理は偉いなとつくづく感服したのである。【以下、次回】