礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

鈴木総理を助けて生命を捨てよ(岡田啓介)

2020-04-15 02:20:29 | コラムと名言

◎鈴木総理を助けて生命を捨てよ(岡田啓介)

 雑誌『自由国民』第一九巻二号(一九四六年二月)から、迫水久常の「降伏時の真相」を紹介している。本日は、その十三回目。

 私〔迫水久常〕は睡眠の徹底的不足と全くの食慾不振のために肉体的には極度に疲労してしまつた。しかし精神力と意思力とを持ちこたへ得たのは、去る九日の御前会議に於て拝した龍顔と玉音とを思ひ起すことによつてである。更に鈴木〔貫太郎〕総理大臣の何時に変らぬ温容と悠然たる挙措に接することによつてである。総理は激さるゝことなく、また冷然たることなく、平生殆ど意見をいはれず
「私は何でも賛成するよ」
と笑つてをられたのに異つて、明快に大方針を示された。
「水夫【かこ】どもは唯一筋に仰ぐなり我が船長【ふなおさ】の面如何にと」とでも云つた心境で、暴風雨の中に私共は総理に頼り切つた。各閣僚もさうであつたらう。流石に各々堅い決意を持たれて、内閣は渾然たる一体に帰した。
 もう一つは私の岳父岡田啓介大将の激励である。私は今次戦争の始まる前から戦争に付て大将がどう云ふ風に物を考へてをられたかを最もよく知つて居る。平生何も言はれないが、今度は鈴木総理を助けて生命を捨てよと激励された。
 総理大臣官邸の中は色々の感慨を持ち意見を持つ人々が出入し、また溢れた。私はこれらの人が総理大臣室の空気を乱すことを惧れて極力私の所でこれを押へた。また十三日の夕刻には米国側の新聞放送が、先方の回答は決して我が天皇の御地位を連合国が永久に保障することを意味するものではないといふことを伝へた。この放送は先方の回答を否定的に解する側には有力な材料として取上げられたが、一面我が國體を保持するのは何も米国ではなくて我国民自身である、我等は連合国側がポツダム宣言受諾の当然の結論として天皇の御地位を変更することを要求せざる以上、これを護り抜くのは我国民自身の手によつてなすべきであつて、敢て連合国側に保証して貰ふ必要はないといふ意見が述べられて、却つて事態をはつきりならしめた。
 内閣では曩に〈サキニ〉述べた十三日の閣議解散後、直に再び御前会議を開き、之によつて最後の決定をなさんとする意向を持つたのであるが、軍側の強硬な反対によつてその手続を執ることが出来ず、閣議はそのまゝ散会することとし、万事を翌日に持越したので ある。しかし閣議散会後総理大臣官邸においては、〔東郷茂徳〕外務大臣と〔梅津美治郎〕参謀総長、〔豊田副武〕軍令部総長との間に先方の回答の解釈に関して深更まで協議が進められ、両総長は更に先方に確められたい旨を繰返して要請せられたが、外務大臣はその執るベからざる所以をこれ亦繰返し述べられて遂に深更に及んで議合せず、一応明朝を期して別れた。私はこの場合どうしても大西〔瀧治郎〕軍令部次長のことを想ひ出さざるを得ない。【以下、次回】

*このブログの人気記事 2020・4・15(2・10位に珍しいものが入っています)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする