礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

尋問中は被尋問者の挙動に絶えず注意を払う

2017-11-10 04:14:43 | コラムと名言

◎尋問中は被尋問者の挙動に絶えず注意を払う

 小冊子『警視庁非常警備規程 警戒規定』から、「非常警戒従事員ノ心得」を紹介している。本日は、「(四)不審尋問」のところを紹介する。
 引用は、基本的に原文の通りだが、漢字は現行のものに直してある。句読点は、段落の最後に句点(マル)があるほか、数箇所で、読点(テン)が使われている。カタカナの濁点は、「(四)不審尋問」に関しては、ほぼ適切に施されていた。〔 〕内は、引用者による注である。

不審尋問
(1)言葉使ニ注意スルコト
不審尋問ハ尋問者ノ主観ニ依リ不審ト認メタルモノヲ尋問スルニ過ギズシテ最初ヨリ犯人ナリヤ否ヤハフ明ナリ寧ロ〈むしろ〉不審尋問ニカヽルモノハ犯罪者ヨリモ善良ナル者ガ其ノ数ニ於テ遥ニ多キヲ以テ若シ〈もし〉言葉使〈ことばづかい〉粗暴ニ流ルルトキハ徒ニ〈いたずらに〉相手方ヲ激昂セシメ尋問ノ目的ヲ達シ得ザルノミナラズ之ガ為一般民衆ヲシテ警察ニ反感ヲ抱カシムルニ至ルべシ又時ニ犯人等ハ自己ノ犯行ヲ蔽ハン〈おおわん〉トシテ殊更ニ警察官ノ言葉使等ノ攻撃ニ出ヅルモノアリ、故ニ尋問ニ際シテハ努メテ叮寧ナル言葉ヲ用ヒ被尋問者ヲシテ感謝ノ念ヲ以テ尋問ニ応ゼシムル様注意ヲ要ス。
(2)尋問ニ当リテハ警察官タルコトヲ表示スルコト
理 由
突然尋問スルトキハ被尋問者ヲシテ恐怖ノ念ヲ抱カシムルノミナラズ故意ニ危害ヲ加へシムルノ虞〈おそれ〉ナシトセズ、故ニ尋問前必ラズ警察官タルコトヲ表示シ良民ヲシテ徒ニ恐怖ノ念ヲ抱カシメ又ハ誤解ヲ招クガ如キコトナキ様注意ヲ要ス。
(3)尋問中ハ特ニ冷静ナル態度ヲ持シ論議ヲ避クルコト
理 由
被尋問者中往々ニシテ故ラニ〈ことさらに〉反問シ議論ニ渉ラントスルモノアリ(例へバ不審尋問ノ根拠如何ト云フガ如シ)又時々犯人等ハ逃走ノ機会ヲ作リ若ハ〈もしくは〉自己ノ非ヲ蔽ハンガ為ニ故ニ反抗的態度ニ出デ警察官ヲ昂奮セシメントスルモノアリ斯ル〈かかる〉場合相手方ノ言動ニ激発セラレ議論ニ渉ルガ如キコトアランカ徒ニ時間ヲ空費スルノミナラズ時ニ事端ヲ惹起シ若ハ犯人ヲ逸脱セシムルノ虞アルヲ以テ尋問ニ際シテハ努メテ冷静ナル態度ヲ持シ所期ノ目的達成ニ努ムルヲ要ス。
(4)尋問中ハ被尋問者ノ挙動ニ特ニ注意スルコト
理 由
尋問中ハ兎角質問応答ノミニ促ハレ被尋問者ノ挙動ニ注意ヲ欠クノ結果往々ニシテ危害ヲ加へラレ又ハ逃走セラレタルノ例尠カラズ、故ニ尋問中ハ絶エズ被尋問者ノ挙動ニ注意ヲ払ヒ万一ニ危害ヲ加へラルルガ如キ不覚ヲ取ラザル様注意ヲ要ス。
又犯人ハ良心ノ呵責ニ遇ヒ其ノ言動冷静ヲ欠クモノナルヲ以テ其ノ挙動ノミヲ以テシテモ大凡〈おおよそ〉犯人ナリヤ否ヤヲ推知セラルルモノナリ其ノ他犯人ハ尋問中贓品〈ぞうひん〉其ノ他ノ証拠物件ヲ投棄セントシ或ハ犯人二人以上ナルトキハ秘密ノ間ニ通謀等ヲ為スノ虞アリ、故ニ不審尋問ニ際シテハ被尋問者ノ顔色、眼ノ動キ、其ノ他一挙一動一顰一笑〈いっぴんいっしょう〉ニモ細心ノ注意ヲ払ハザルべカラズ。
(5)被尋問者ト自己トノ位置ニ注意スルコト
被尋問者ト自己トノ位置ノ関係ハ被尋問者ガ逃走ヲ企テ或ハ危害ヲ加フルニ最モ不利ナル位置ニ於テ被尋問者ニ接近シ其ノ間何等ノ動作ヲモ為ス間隙ヲ置カザルコトヲ必要トス而シテ人ハ概ネ〈おおむね〉右利〈みぎきき〉ナルヲ以テ一人ニテ尋問スル場合ハ相手ノ右ヲ制スル為被尋問者ノ右方ニ接シ二人ニテ尋問スルトキハ一人ハ絶エズ被尋問者ノ後方若ハ右方ニ位置シテ絶エズ其ノ挙動ニ注意シ他ノ一人ガ尋問ニ当ルヲ適当ナリトス。
(6)不審尋問中被尋問者ノ住所、氏名等ヲ手帳ニ記載セザルコト
理 由
尋問中被尋問者ノ住所、氏名ヲ手帳ニ記載スルモノアリ斯ク〈かく〉テハ相手方ニ対スル注意ヲ欠キ間隙ヲ生ズ故ニ若シ記載ヲ要スルトキハ尋問終了後記載スルヲ可トス。
(7)不審ノ点ヲ徹底的ニ究明スルコト
理 由
被尋問者ハ仮令〈たとい〉犯人ニ非ズト雖〈いえども〉質問ニ対スル応答ハ可成〈なるべく〉之ヲ簡ニシ努メテ疑問ノ点ヲ残サザラントスルヲ常トシ容易ニ疑問ノ点ヲ発見シ得ザルモノナルヲ以テ疑問ノ点ヲ発見シタルトキハ微細ナル疑問ノ点ト雖之ヲ徹底的ニ究明シテ始メテ所期ノ目的ヲ達シ得ラルルナリ、故ニ微細ナル疑問ナリトシテ之ヲ閑却シ又ハ疑問ノ点ヲ発見スルモ之ガ究明ノ労ヲ厭フ〈いとう〉ガ如キコトナキヲ要ス。
(8)被尋問者ノ携帯品ヲ取調ブルコト
理 由
尋問方法トシテハ出発地、行先地、用件、住所、氏名、年齢其ノ他ノ口頭尋問ヲ行ヒ容疑ノ点ノ有無ヲ究明スルコトモ勿論一〈ひとつ〉ノ手段タルモ被尋問者ノ携帯品ノ取調ベヲ欠クベカラズ、即チ口頭ニテハ巧妙ニ遁避〈とんぴ〉シ得ルトスルモ一度携帯品ヲ取調ブルトキハ応答ニ矛盾ヲ生ジ又贓品其ノ他ノ証拠物件ヲ発見サレ遂ニ弁解ノ余地ナキニ至ルモノナリ、又携帯品ノ取調ベハ容疑ノ点ヲ発見スルノミナラズ、尋問者ノ自衛上ニ於テモ亦欠クベカラザルモノニシテ之ガ取調ベヲ為サズ又ハ取調ベ粗漏ノ結果懐中セル短刀其ノ他ノ戎兇器〈じゅうきょうき〉ヲ以テ危害ヲ加ヘラレタルノ例決シテ稀〈まれ〉ナリトセズ故ニ尋問ニ際シテハ先ヅ其ノ携帯品中特ニ戎兇器等ノ有無ヲ確メタル上尋問ニ着手スル様心掛クベシ。
(9)携帯品ノ取調べニ際シテハ一応其ノ品目数量等ヲ聴取シタル上取調ブルヲ可トス
理 由
携帯品ニシテ自己ノ所有物ナルニ於テハ其ノ品目数量等ヲ知悉シ居ル〈おる〉べキ筈ナルヲ以テ若シ之ガ答弁ト実際ト符合セザル場合ニ於テハ其処〈そこ〉ニ容疑ノ点ヲ発見シ得ラルルモノナレバナリ。
(10)携帯品ノ取調ハ可成本人ヲシテ検セシムルコト
理 由
尋問者ニ於テ携帯品ヲ取調ブルトキハ被尋問者ニ対スル注意力ヲ欠キ逃走若ハ危害ヲ加ヘラルル虞ナシトセズ、故ニ携帯品ノ取調ベハ一応戎兇器ノ有無ヲ取調ベタル上ハ可成本人ヲシテ検セシムヲ可トス。
(11)身体其ノ他ノ特徴ニ注意スルコト
理 由
人ハ其ノ職業ヲ異ニスルニヨリ手掌ノ皮膚ノ硬軟、身体一部ノ異状発達又ハ移リ香〈うつりが〉等諸種ノ特徴ヲ有スルモノナルヲ以テ尋問ニ際シテハ被尋問者ノ答へタル職業等ト身体其ノ他ノ特徴ト果シテ符合スルヤ否ヤニ関シ十分注意ヲ用フルノ要アリ。
(12)被尋問者ノ詐言ニ迷ハサレザルコト
理 由
被尋問者ニシテ尋問ヲ予期セザルトキハ狼狽ノ余リ其ノ答弁ニ矛盾ヲ発見サレ易キモ予メ〈あらかじめ〉之ヲ予期シ居ルトキハ巧ニ詐言〈さげん〉ヲ弄スルモノナルヲ以テ仮令被尋問者ノ答弁ニ矛盾ノ点ナキ場合ト雖直ニ〈ただちに〉之ヲ信ズルガ如キコトナク尋問中同一事項ヲ重ネテ質問シ或ハ架空ノ人物若ハ場所等ヲ設ケテ質問スル等各種ノ方面ヨリ追及シテ疑問ノ点ヲ発見スルニ努ムベシ。
(13)服装又ハ態度等ニ迷ハサレザルコト
理 由
美服ヲ纏フ〈まとう〉モノ必ズシモ善人ニ非ラズ〈あらず〉重大犯人ニシテ往々紳士ヲ装ヒ又ハ高位、高官ノ名刺ヲ呈示シ若ハ知人ナリト称シ尋問ヲ免ガレントスルモノアリ、故ニ苟モ〈いやしくも〉容疑ノ点アル以上其ノ服装態度等ノ如何〈いかん〉ヲ問ハズ厳然トシテ之ヲ追及スルヲ要ス。
(14)服装携帯品等ニ不釣合ノ点ナキヤヲ注意スルコト
理 由
服装携帯品ニシテ贓品ヲ用フルトキハ必ズ其ノ何レカニ不釣合〈ふつりあい〉ノ点ヲ発見スルモノナリ、故ニ例へバ晴天ニ高下駄ヲ穿ツ〈うがつ〉ガ如キ或ハ堂々タル紳士ガ懐中無一物ノ如キ或ハ大島〔大島紬〕ノ着物ニボロ下駄ヲ穿ツガ如キ或ハ洋服ヲ着シタル紳士ガ足袋跣〈たびはだし〉ナルガ如キハ何レモ有力ナル犯罪ノ嫌疑者トシテ十分究明スルノ要アリ。
(15)尋問放還後ト雖其ノ行動ニ注意スルコト
理 由
放還セラレタル後虎口〈ここう〉ヲ遁レタル心ノ弛緩〈しかん〉ヨリ意外ナル言動ニ出デ検挙セラレタル事例往々アリ、故ニ例ヘバ放還後ト雖果シテ尋問ノ際答弁セル行先〈ゆきさき〉ニ向フヤ否ヤ其ノ他放還ノ行動ニ細心ノ注意ヲ払ヒ万一容疑ノ点アルトキハ更ニ追跡シテ尋問ヲ為スノ要アリ。
(16)私服ニテ自動車ヲ尋問スル場合ハ危険ヲ伴ハザル様特ニ注意ヲ要ス
理 由
私服ニテ自動車ニ対スル尋問ヲ為スハ不適当ナリ、故ニ自動車ノハ制服員ト私服員トヲ組合セ之ニ当ラシムルヲ通常トス、但シ私服員ハ如何ナル場合ニ於テモ絶対ニ不審尋問ヲ行ハザルノ謂〈いい〉ニアラズシテ不審ノ点アル場合ハ勿論尋問スルノ要アリ、然レ共〈しかれども〉此ノ場合ニ於テモ危険ノ伴ハザル様特ニ注意スルヲ要ス。
(17)自動車ノ不審尋問ハ空車ト雖閑却セザルコト
理 由
奸智ニ長ケタル犯人ハ特ニ助手ノナキ自動車ヲ呼止メ助手席ニ乗込ミ恰モ〈あたかも〉空車ノ如ク装ヒ逃走ヲ企ツルモノアリ又近時自動車運転手ヲ脅迫シ自動車其ノモノヲ強奪スル犯人モ其ノ例ニ乏シカラザルヲ以テ空車ナリトシテ決シテ尋問ヲ閑却スルガ如キコトナキヲ要ス。
(18)自動車ノ不審尋問ハ特ニ迅速ニ之ヲ行フコト
理 由
自動車ノ不審尋問ニシテ機敏ヲ欠クトキハ多数ノ自動車ヲ停滞セシメ交通ニ支障ヲ生ゼシムルノミナラズ乗客ニ迷惑ヲ及ボスヲ以テ努メテ迅速ニ之ヲ使フヲ要ス、但シ之レガ為形式的尋問ニ流ルヽガ如キコトナキ様注意ヲ要ス。
(19)始発電車等ノ乗降客ニ対シ不審尋問ヲ励行スルコト
理 由
犯人ハ逃走ニ際シ深夜通行スルトキハ警戒網ニカヽルコトヲ恐レ電車、汽車等ノ始発時迄空家其ノ他ニ潜伏シ居リ始発電車等ヲ利用シテ逃走スルヲ常トスルヲ以テ始発電車ノ待合客、降車客並付近ノ徘徊者ニ注意シ不審尋問ヲ励行スルコトハ犯人検挙ニ最モ重要ナルコトナリトス。
(20)常識ノ涵養ニ努ムルコト
理 由
警察官トシテ常識ノ涵養〈かんよう〉ヲ必要トスルハ其ノ職務ノ性質上言ヲ俟タズト雖不審尋問ニ際シ被尋問者ノ地位、職業、年齢其ノ他ノ特徴ニ応ジ円転滑脱〈えんてんかつだつ〉ナル尋問ヲ為スコトハ社会各般ノ事情ニ精通スルヲ要スルヲ以テ特ニ平素ヨリ常識ノ涵養ニ努メ以テ不審尋問ニ備フルヲ要ス。【以下、次回】

 若干、注釈する。(17)にいう「空車」とは、タクシーの空車のことであろう。なお、かつてのタクシーには、運転手の横に、助手が乗っていることがあった。(19)に、「始発電車等ヲ利用シテ逃走スル」例が挙げられているが、これは、昭和初年の「説教強盗」の手口を意識したものであろう。

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