◎内部に包蔵された抗争のハケグチを外敵に求めた日本陸軍
先日来、小坂慶助『特高』(啓友社、一九五三)の内容を紹介しているが、本日は、同書の「序言」を引用しておこう。小坂慶助は、そこで次のように言っている。
私の憲兵拝命は、大正十一年で関東大震災の前年である。憲兵隊のやうな異動の激しい部隊で二十年、此の間司法係、特高主任、特高係長として、東京の中央以外に動かなかったことは、正に記録破りと言う事が出来る。
従つて、大正、昭和の二代を通じ、突発した重大事件には、直接に、間接に殆ど全部に亘って関係した。其の一例を挙げて見ても、
甘粕事件
虎の門大逆事件
田中義一大将三百万機密事件
三・一五、二・ニ六事件
浜口首相狙撃事件
十月事件
五・一五事件
相沢中佐事件
二・二六事件
宮城内局寮放火未遂事件
其他軍の威信を失墜すると言う、名の下に闇から闇に、葬り去った重大事件や、陸海軍上級将校の桃色事件等が、如何に沢山あった事か、之等〈コレラ〉を遂次赤裸々にして見たい。
私が直接指導的立場になって、取扱った数多い事件の内で、特に書きたいのは、ニ・ニ六事件の前哨戦とも云うべき、相沢事件と、二・二六事件の岡田首相救出の二つである。
この事件は、日本陸軍として、未曾有のものであり、亦、精鋭無比を誇って、列強に君臨した日本陸軍が、その内部に包蔵された醜悪な拮抗の泄口〈ハケグチ〉を外敵に求めて、日支事変となり、延いては〈ヒイテハ〉大東亜戦争突入の導火線となったものである。
再軍備論のたけなわなる時、私は昔のやうな、将校を特権的階級的な存在とし、下士官兵の人格人権を全く無視した制度には、賛同し難い。
簡単に読み流してしまいそうな文章であるが、示唆に富む部分が多い。特に、「精鋭無比を誇って、列強に君臨した日本陸軍が、その内部に包蔵された醜悪な拮抗の泄口を外敵に求めて、日支事変となり、延いては大東亜戦争突入の導火線となった」という指摘は鋭い。今日、こういう視点から、昭和前期を振り返る歴史研究は、いくらでもありそうで、意外に少ないのではないだろうか。
今日の名言 2012・8・15
◎戦争を風化させずに語りついでいきたい
宮城県東松島市の音羽恵美子さん(74)の言葉。戦争で父・織谷又治さん(当時33)を失い、震災で夫・光雄さん(当時80)を失った音羽さんは、本日、全国戦没者追悼式に参列する。本日の日本経済新聞より。