礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

憲兵はなぜ渡辺錠太郎教育総監を守らなかったのか

2012-08-11 06:11:45 | 日記

◎憲兵はなぜ渡辺錠太郎教育総監を守らなかったのか

 昨一〇日発売の雑誌『文藝春秋』本年九月号に、渡辺和子さんの「二・二六事件 憲兵は父を守らなかった」という手記が載っている。新聞広告でこれを知り、久しぶりに同誌を購入した。渡辺和子さんは、この事件で射殺された渡辺錠太郎〈ジョウタロウ〉教育総監(陸軍大将)の次女にあたる(現在、ノートルダム清心学園理事長)。事件当時、九歳だった彼女は、至近距離から父・渡辺錠太郎の死を見届けたという。
 その手記の一部を引用させていただく。
 
 一九三二年には五・一五事件がありました。その約三年後の三五年七月に皇道派とされる真崎甚三郎大将が教育総監を更迭〈コウテツ〉され、父が後任になりました。翌月には永田〔鉄山〕少将が暗殺される事件も起きました。そのような背景がありましたから、父の警護のために自宅には憲兵が二人常駐していました。私と父とで一軒先にある姉夫婦の家に行くわずかな時間にも、必ず憲兵が後ろについておりました。
 私が疑問を感じているのは、この憲兵たちの事件当日の行動です。お手伝いさんの話では、確かにその日、早朝に電話があり「(電語口に)憲兵さんを呼んでください」と言われ、電話を受けた憲兵は黙って二階に上がっていった、というのです。しかし、一階で父と一緒に寝ていた私たちのもとのは何も連絡が入りませんでした。私にはその電話の音は聞こえませんでしたが、もし彼らから何か異変の報告があれば、近くに住む姉夫婦の家に行くなりして逃げることも出来たはずです。しかし、憲兵は約一時間ものあいだ、身仕度をしていたというのです。兵士が身仕度にそんなに時間をかけるでしょうか。
 また、父が襲撃を受けていた間、二階に常駐していた憲兵は、父のいる居間に入ってきていません。父は、一人で応戦して死んだのです。命を落としたのも父一人でした。この事実はお話ししておきたいと思います。

 この二名の憲兵は、当日朝の電話で襲撃を予告され、かつ襲撃の妨害をしないよう言い含められたものと思われる。いわば、渡辺錠太郎教育総監を見殺しにしたのである。
 昨日のコラムで紹介したように、当時、憲兵隊にも皇道派の影響力が及んでいた。この二人の憲兵あるいはその上司が、皇道派に共感を抱いていた可能性も十分にある。
 これはやや穿った見方だが、二人の憲兵あるいはその上司が、皇道派と対立する統制派であった場合においても、教育総監を見殺しにした可能性はある。統制派は、まず皇道派を暴発させた上で、カウンター・クーデターを狙っていたという説があるからである。
 いずれにせよ、当日朝、電話で憲兵を呼び出したのは、決起部隊の関係者で、以前に当該憲兵と接触があった者、もしくは、事前に襲撃の情報を得た当該憲兵の上司ではなかったか。
 渡辺和子さんが、今回この手記で初めて、右の事実(常駐していた憲兵が教育総監を守らなかった事実)を明らかにされたのか、それとも以前にも、何らかの形で明らかにされていたのかは知らない。しかし、きわめて重要な証言であることは間違いない。
 二・二六事件については、厖大な資料・証言・研究が蓄積されていることは知っているが、詳しく研究したことがない。事件に詳しい研究者には、ぜひ次の諸点について、ご教示いただきたい。
1 事件当日、渡辺錠太郎邸(上荻窪)に常駐していた二名の憲兵の所属・氏名等。本人および上司の思想傾向。
2 二名の憲兵は、当日の挙動をどのように釈明したのか。また、その釈明についての記録は残っているか。
3 軍法会議では、二名の憲兵の挙動についての言及はあったのか。
4 二名の憲兵に対し、何らかの処分がおこなわれたのか。
5 事件後における二名の憲兵の動向。

*上記の記事については、皆さまから、多くのアクセスをいただいています。新しい情報がはいった場合には、その都度、別の記事を立てて、内容を更新しておりますので、そちらも御覧いただければさいわいです。最近のものでは、次の記事があります。(2017・2・26付記)

あれでよかったのです(渡辺和子、1997)

今日の名言 2012・8・11

◎陸軍中尉と夫人が住む家は学習院初等科裏にあった

 作家の関川夏央さんの言葉。本日の東京新聞「東京どんぶらこ」より。三島由紀夫の小説『憂国』の主人公である陸軍中尉は、新婚ゆえに、二・二六の決起に誘われなかった。小説では、その主人公の住む家は、「四谷区青葉町」に設定されている。三島由紀夫の人生にとって、「四谷」は非常に縁が深い。

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