◎戦場心理の一斑(「部外秘」の旧陸軍関係雑誌より)
今年も、八月一五日が近づいてきた。このあとしばらくは、なるべく、昭和史あるいは戦争に関する話題を取り上げてゆきたい。
かつて『偕行社記事』という雑誌があった。発行元は、財団法人陸軍偕行社編纂部。陸軍偕行社というのは、旧陸軍の将校・准士官の親睦団体である。その『偕行社記事』の第八二四号(一九四三年五月)に「戦場心理の一斑〈イッパン〉」という記事が載っていた。参照に値する記事なので、その全文を紹介してみよう。筆者は、藤林武夫陸軍中尉。なお同誌同号は「部外秘」扱いとされている。
戦場心理の一斑
一、心理的平と動揺
1 明確なる任務に向ひ戦闘しあるときは生死の如きは考ふる余裕なく、所謂〈イワユル〉生もなく死もなき生死一如の境地に近き域に至り得るも、格別の任務もなく直接戦闘しあらざるが如き場合に在りては動〈ヤヤ〉もすれば人間の弱点を暴露し易き傾向あり、逆に言へば、責任観念は死生に対する雑念を払ふに与つて〈アズカッテ〉最も力大なりと謂ふべきか。
例 弾雨下敵前百米〈メートル〉に於て単身陣地を偵察し、砲を据ゑ敵の複廓〔塹壕〕を爆砕せしときは勝たんとする意志の外〈ホカ〉些〈イササカ〉の雑念もなかりしに、開進〔縦隊を横隊に変えること〕の配置間又は単なる停止間等に於て被る〈コウムル〉熾烈〈シレツ〉なる敵の砲撃は遺憾ながら多少とも精神の動揺を来せり〈キタセリ〉。海岸道を夜間機動中不意に敵砲艦の照明と砲撃を受けたる場合等然り〈シカリ〉とせり。
之〈コレ〉を要するに熱中あるとき、例へば任務てふ〔という〕対象の中に自己を投入して之と同化しあるときは克く〈ヨク〉自我を滅却〈メッキャク〉し得て所謂勇者となり得る時期なり。
2 一般に行動間は停止間に比し心理的に平静なり。
3 部下と共に在るときは砲撃等を受くるも平静を失はざりしも、部下と離れ隊長集合にて本部に在りしとき砲撃を受けたる際は前者に劣れり、指揮官としての重責を感ずる程度に於て強弱あるが為ならんか。
4 少数の死傷者出づるときは却つて〈カエッテ〉敵愾心〈テキガイシン〉を昂揚〈コウヨウ〉せしむるも、死傷者続出するときは遂に士気を沮喪〈ソソウ〉せしむ。
二、予感
戦場に於ける予感は多分に存在す。某兵は自己の壕を掘開〈クッカイ〉したるも「どうも此の壕に砲弾が落ちさうで仕方がない」と之を利用せざりしに、次の瞬間に飛来せし敵砲弾の全弾その壕に命中せり、斯くの如き例は他にも少なからず。
三、敵情及友軍の状況の影響
1 敵砲弾の与ふる精神的感作〈カンサ〉は一般に大なるものあり、始めて砲弾の洗礼を受けたる場合に於て特に然り。
毎分数十発の集中射撃を数分間受けたる後は一時放心状態に在るものを認めたり。
2 大口径〈ダイコウケイ〉火砲又は追撃砲の如き発射速度大なる火砲の与ふる精神的効果は特に大なり。
又夜間の砲撃の与ふる精神的効果は更に〈サラニ〉大なり。
3 然れども逐次〈チクジ〉砲火の洗礼を経て弾頭音に依り遠近の度を判定し得る程度とならば比較的平静なり。
4 歩兵独力にて戦闘しある際、偶々〈タマタマ〉友軍砲兵追及し射撃を開始せし時等は、兵等のはしやぎ方は実に想像以上のものあり。
5 友軍飛行機は単に上空に在るのみにても志気上に与ふる影響甚大なり。
(陸軍中尉 藤林武夫)
筆者の藤林中尉は、自分の実体験をかなり正直に打ち明けている。それだけに、この「戦場心理学」は、なかなか説得力がある。これから先、このような「戦場心理」を実感する日が、あるいは、このような「戦場心理学」が役に立つような日が来ないことを祈る。
今日の名言 2012・8・5
◎日本はリセットに失敗した
本日の東京新聞社説に出てくる言葉。3年前の政権交替はリセットのチャンスだったが、今、それが失敗に終わったことが明らかになったという趣旨である。社説は、この「失敗」の理由と背景について論じているが、村井吉敬早大教授の言葉を引きながら、「マスコミも変われなかった」ことを指摘しているのを見て、さずが東京新聞と思った。