COVID-19感染症禍の息苦しい期間に、読者から「物語の種」になりそうなものを募集し、そこから芽吹いた物語をネット上で発表するということに著者はチャレンジした。
本書は、そうやって10の種から生まれた10編の短編小説集。
1つ1つの話の終わりに、どんな物語の種だったのかも明かしている。
読者から提供を受けたものばかりでなく、担当編集者から、というのもあった。
種の種類には、お手紙あり、写真(ヤモリとか薔薇とか)あり、質問のような言葉あり(「胡瓜と白菜どっちが好き?」)、連続した単語あり(宝塚 双眼鏡 顔が良い 恥ずかしい 見れない)で、確かにいろいろな種をもとにしていた。
そういった種をもとに、想像を膨らませて小説を創造するのだから、やっぱりすごいわ。
しかも、登場するのは、私たちのように何気ない日常生活を送っていてその辺にいそうな人物が登場したり、日常生活の中でありそうなエピソードばかりをうまく使って、意外性のある物語を作っていた。
さすがは人気作家の有川ひろさんだと、ひたすら感心した。
そんななかで、本書で目を引いたのが、「宝塚愛」である。
短編集10篇のうち、3編も宝塚歌劇団が深く関わる短編が入っている。
その中で、「Mr.ブルー」と「恥ずかしくて見れない」という作品はつながっていて、続編に当たるとも言えそうだ。
登場する人物も、意外なほど宝塚にハマっているのだが、そのハマり具合がなんとも楽しい。
しかも、出てくるスターには、きっとモデルとなるスターが実在するのだろうな、そうでなければここまで詳しく書けないよな、なんて考えてしまった。
きっと、この感染症禍に有川さんも宝塚にどっぷりハマっていたのではないか、と思わせるものだった。
10編の物語は、短編なので読みやすかった。
それぞれの話を読み、それがどんな「種」から芽吹いたのかを1つ1つ知ることによって、日常の中で一人一人にさまざまな物語があるのだな、と思った。
きっと、自分の中や周辺にも、「物語の種」はたくさん存在しているのだろう。
だけど、その種が芽吹いていたり、実にまでなっていることに、案外気づいていないのかもしれないな。