private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over27.11

2020-05-09 10:45:27 | 連続小説

「おとこって、カッコつけだから、いろいろとめんどくさい儀式を持ち込んだりする。そうね、結果が良ければ経過にはこだわらない。そこはホシノの判断だから」
 と、思った通りのドライな反応だった。自分が気づいていない、外から見た印象を伝えて、そんな見えかたにとまどいながらも、見い出してくれたおれに感心するみたいな反応が欲しかったんだけど、、、 めんどくさい儀式で終わった、、、 そんなんで、感心してもらおうだなんて甘い考えだったか。
「芥川の小説に仙人というのがあるけど、ホシノはネズミ遣いの芸人だな」
 アクタガワ、、、 どんな話かしらないけど、たぶん誉められていない。
 おれたちは通りがかりの広場のベンチに座った。途中の自販機で買った缶コーヒーをそれぞれ持って、朝比奈は外したプルトップを人差し指に差してコーヒーを飲み始めた。なるほど、そうすれば飲み干したあとに缶に戻せばいいから邪魔にならないし、飲んでるあいだにジャマなプルトップにわずらうことも、気づかずなくしてしまうこともないから、たいした生活の知恵だと、おれも真似して小指につけてみた。
 なんだかこうしてふたりで同じ輪っかをはめてると結婚指輪みたいだとか、それじゃあ夢見る少女のノリだと、反り返ったアルミの開け口部分が鈍く光って安っぽいことこの上ないのに、そんな同調効果で一体化を喜んでいるのはおれだけで、朝比奈はおれの指先に冷たい視線を送っている。
 それにしても明日の全校集会はユウウツだ、、、 漢字がイメージできなかったから、カタカナにしたらあまり重みがない、、、 どうせ校長とか学年主任とか、これを機にいっそう気を引き締めて、残り少ない学校生活を有意義に、なんてそれぽいことを言うだけだし、そんな正論だけを聞いて終了ーっ、なんて、おれにだって想像できる。
 そうだなあ、そこで朝比奈がマイク取り上げて、カラダが自然と動き出すような一曲を披露するなんておもしろいだろうな。それで生徒も盛り上がっちゃって、全校集会をのっとっちゃうってのは。なんて思ったのは、いろんな失敗をごまかすためもあった。
 昨日、マリィさんとケイさんから訊いた朝比奈のオーディションの話にもつながる。おれはこれまでとかわらずダラダラと、何かが動くの待っているだけだったから、ここはやっぱりマサトを使わせてもらおう。それが持たれつ、持たれつ、、、 持つことはない、、、
 これで普段の貸し借りなしで、お互いさまってやつじゃないか。この先なんど人生の岐路に立たされてもおれは、マサトをダシにしてくぐり抜けていくつもりだ、、、 なんの宣言だ、、、 マサトの事故から発生した全校集会を、これをセングウイッサイのチャンスとばかりにひらめいたのは自分自身でも以外だった。
「千載一遇… 」すかさず指摘された、、、 言えてない、、、 四文字熟語。いろいろと含めて先が思いやられるといった顔つき。
「ホシノさあ、サラッとハードル高そうなこと言ってくれちゃって。あの学校でのわたしの立場わかってるよね? 緊急連絡網にも引っ掛からないコだけど」
 だよ、なあ、だれもが朝比奈の存在を疎ましがっている。そこでなにをやらそうっていうハナシだ。でもそれが、完全に敵対する状況の中で勝負できる。このオーディションの意味ってそういうことだったはず。そこでさっ、ここで一発、朝比奈がでかい花火を打ち上げれば、最後の夏休みの思い出に大きな花火をドーンとあげられるのは、、、 朝比奈だけだ、、、 って、背負わせすぎ。
 どうしたっておれだけが満足するだけの希望的観測なんだろうけど、おれの想いはみんなにも朝比奈の歌声を聴いて欲しいってことだし、それをやって、ニューヨークに行ってしまうのって、すごいカッコよかないだろうか。
「好きなようにいろいろ言ってくれちゃって」
 言葉とは違い、朝比奈の顔は悪い顔をしている。あたまのなかでいろんな打算が練られているんだ。コーヒー飲むとアタマがスッキリするっていうけど、それに頼るまでもなくふだんよりも冴えわたっていそうだ、、、 これってもしかしてやる気になってるんじゃないだろうか。
 めずらしくおれも神経の隅々まで感覚が研ぎ澄まされているのがわかり、指先にまでしびれるように伝わってくるのが普段ではない感覚だ。こういうのって前にもあった、、、 なにかが始まろうとしている感じ、、、 なつかしい。子どもの頃ってこういうのに満ち溢れていた。そのときはわからなかったんだけど、あのころのおれって無敵だったんじゃないだろか。
「そんなに、あわてないで。おなかが空いてるのはわかるけど、カラダに入れても消化できなきゃ実にならないでしょ。それに、本当にいま吸収しているモノが正しいのか、疑ってみる必要もある。間違ったモノを吸収すればカラダに毒なだけだから」
 きっとこれも、朝比奈の言うところのダブルミーニングってやつだ。おれは自分だけ舞い上がって、うまくできてるつもりでも、傍から見ている朝比奈にはアラがいろいろと目についているんだ。そりゃそうだ、思いつきで言ってることで、でもそれをなんとかカタチにしてくれるのがスーパースターになれるかどうかの分かれ道じゃないか、、、 とか、こんどは押し付けすぎ。
 おれはこれまでだって、そんな失敗を何度も繰り返していた。とくに調子に乗ってうまくやれてるって勘違いしてると、あとからとんでもない状況に陥っているなんてのはよくあった。自分の視界で見えてる部分は、そうなると狭くなっていくばかりで、まわりからみれば滑稽にしか見えないってヤツだ。
 朝比奈はさすがの洞察力で、しかも自然におれのまずいところを示してくれる。いつだって、どこにいたって。空気をつくらなければ興ざめになるんだとか、強く押していけばいい時だとか、なににしても、精神面のゆらぎに左右されて、いい時間と悪い時間とのギャップがありすぎれば、自分の気持ちだけで先走っても相手をおもんばからなきゃ効果はないってとこか。
 おれは弱いところを見せないように、でもそれはみんなにバレているって云うのに、それで自分の力が出し切れていないってわかっていても、それぐらいしかできなかった。自分以上を出すために、いまの自分の力を出し切れていないなんて、意味がないんだけど、どうしてもそこらか抜け出せない。
「それが、すべて悪いわけでもない。自分以上を出そうとしない限り、自分の限界は超えられないんじゃない。動機が何であれ限界の向こうに行くことだけが、新しい自分を見つけられる唯一の方法だとすれば、そうでしょ、いつまでもいい時ばかりを思い起こしてちゃ、それ以上になれない。だからね、むかしは良いものだって、誰もがそう思うものだから」
 唯一の方法でないのかもしれない。でもおれにはそれしか思いうかばない。だからイイ格好するのも善し悪しで、それで結果が出れば正解になる。世にいうスーパースターってヤツは、そういうプレッシャーを力に変えるんだって、いま間近でそれが進行している、、、 おれはスーパースターじゃないからな、、、 かすりもしないし、、、
「そうね、いいかもね、なりきるのも。それが推進力になれば。新しい世界が見えてきそうだな。それはホシノがくれた推進力か」
 朝比奈はそう言ってベンチを立った。朝比奈はおれの手から空き缶を取り上げ、指から外したプルトップを中に放り込んで、おれの指にかかっていたのも、あえなく外され投げ込まれた蜜月は無理やり終了させられた、、、 蜜月だったか?
 空き缶をふたつ持った朝比奈はゴミ箱に向かった。置いてきぼりにされたおれは、朝比奈の動きを目線で追いかけた、、、 いつだって後追いで、そっちのほうでも置いてきぼりだ。朝比奈は一歩づつ、歩を進めて、ゴミ箱の底に空き缶をひとつ置いた。長い手と足が緑葉を背にうつくしいシルエットを映し出した。こちらを向きなおる。
 もうひとつの空き缶は、伸ばされた手の先にある。もう一度、脚を折り曲げることもなく空き缶を据えた。ふたつに折れた身体はバレエのフィニッシュを観ているようだ、、、 バレエ観たことないけど、、、 久々だなこの流れ。
 ゴミ箱の底に置かれたふたつの空き缶は、何かを暗示しているんだろうけどおれにはピンとこない。なんだっていいじゃないか、もうついていくしかないんだから。朝比奈がおれを呼んでる限り、必要としている限り。いまはこうして朝比奈と横並びでいる時間が大切に思えた、、、 置かれた場面が気持ちを上回っていく、、、 こうして自分史に書き込まれていくのかな。
 大きすぎる幸せは持ち切れなくて、どうにも素直に喜べない。それなのに小さな幸せをあきれるほど喜んでしまう、、、 そう、わたしの気持ちも考えて、、、 朝比奈は笑っている。おれはなにか間違った感情を持っているのだろうか。なんにせよ、もう後戻りもできなくなったのは間違いないんだから、、、

 



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