private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

昨日、今日、未来24

2024-03-31 17:37:17 | 連続小説

「だからって、わたしにナニができるの? わたしだっておかしいと思うことはあるけど、わたしひとりじゃ何もできないよ。みんなだってそうやって何もせずに過ごしてきたんでしょ。それをわたしに押しつけられたって、、 」
 スミレはベソをかきそうだった。普段でさえ面倒くさがりと自負しているのに、急にそんな試練を言い渡されても全うできる気がしない。
「いまはそうかもしれないけど、、 そんな高望みを押し付けるつもりもないから。でもね、アナタのどこかでその想いが生きつづけていれば活かせる時が来る。スミレのもとに人が集まり、情報が集まって来るようになる。そのとき、スミレにはどんなことでもできるようになる」
「そんな、、 」さらにハードルがあがっている。いままで出された中で一番大きな宿題だ。
 カズさんに励まされても、そうなれば良いねぐらいしか言える気がしないし、何ができるかなんて約束できるはずもない。ただ、これまでよりは少し前向きになれたかな、ぐらいの範疇だ。
 カズさんが自分に伝えたかったことも、キジタさんの本心も、おやじさんの無念も、通りすぎた誰かの単なるエピソードではなくなってしまった。
「あたしなんかより、もっとできそうな子に頼むべきなんじゃないの。どうしてわたしだったの?」
 スミレは先をいくカズさんの服の端を引っ張って止めた。カズさんは振り返る。夕日が顔にあたりオレンジ色になっている。スミレは固唾をのんだ。
「あのね、スミレ。キツイ言いかたなのはわかっているけど、あえて言うね、、」
 聞きたくない。スミレは耳を閉じようとした。カズさんの皺だった細い手がそれを遮る。
「 、、できない前提で何かを解決しようとするから何も解決できない。できる前提で考えはじめることで思考が動きだす。誰も限界を超えることは望んでいない。自分の限界値を引きあげて欲しいの」
 スミレは手を振りほどいた。からだ全体を使ってアピールする。
「でも、だって、わたしはまだ子供だよ。小学生なんだよ。今日一日の出来事が特別なのはわかるけど、だからってすぐになんでもできるようになるわけ、、 ない」
 人通りの中で、こどもとお年寄りがなにか言い争っている。それなのに道行く人はなんの関心もなく通り過ぎていく。自分たちが透明人間にでもなった気分だ。それともここはまだ現実の世界ではないのだろうか。
「そうやって思い込んでしまうから自分の限界値がおのずと固定されてしまう。今できなくても、今からはじめればいい。なんだってできると信じれば、いろんなひとがスミレを応援してくれる。昨日まで不可能だったことが可能になる」
「だから、誰にだってその可能性があるのなら、私以外の誰かがしてくれてもいいじゃない! どうしてカズさんは、わたしにそれをして欲しいって望んでるの?」
 そう訊いておきながら、スミレにもその答えがわかっていた。これまでなんども聞かされてた言葉、自分が望んだのだ。そしてそれは同時にカズさんが望んでいるのだ。
「親とか、権力者とか、いくらでも言い替えができる言葉ね。自分が何に囚われているのか、それでよくわかる。スミレは自由であっても、その自由に囚われている。多くの選択肢から決めきれないために、結局は自由でなくなっている。自由の中で選んだ結論で失敗すれば、誰かのせいにすればいいとする、言い逃がれは通用しない。その誰かをスミレの親であり、現状で支配している人に置き換えればいい」
 カズさんの言っていることはスミレの心の中に在る疑問に対しての回答だった。遠回り過ぎて何を言いたいのかスミレは理解ができない。今はまだ。
「カズさんは自由じゃなかったの?」
 スミレの精一杯の反抗だった。カズさんは遠い目をした。何を思い出しているのか、思い出したくないのか。
「期待していた人や、信頼していたことが期待通りでなかったとき、何か裏切られたように感じて、一気に熱が覚めてしまうことがある。勝手に期待しておいて夢を膨らませて、そうでなければそれ以上に憎悪を持たれた人の身になってみればいい迷惑でしかないのにね」
 カズさんはもはやまともに回答をするつもりはないらしい。なにか示唆することを言い、スミレの気づきを待っている。
「期待通りでなければ、自分ならどうしたかを考えるきっかけにすればいいし、そこに気づかせてくれたことに感謝すればいいの。それなのにその人のせいにして自分は関りないと知らん顔をする。若いうちは頭ではわかっていてもなかなか実行までには及ばない。特にスミレの時代ではそれが捌け口になっている。その浄化作用で日々を乗り越える。でもねえ、そんなものは上っ面だけで、根本を変える訳ではないでしょ。もちろん本人たちもそんな気はサラサラないでしょうけど」
 カズさんはナニか核心に迫ろうとしている。スミレはそう感じ取っていた。
「カズさんは、自分が過ごした辛い時期をわたしたちの時代に繰り返さないように、教えてくれているの? それともわたしたちがそんな時代をつくらないように教えてくれているの?」
 カズさんはまたトボトボと歩きはじめた。スミレもあとを追う。街灯に明かりがつきはじめた。いくつもの影がふたりのまわりに現れる。
「過去もそうだったし、今もそう。そして未来もそうなってしまう。これから変えられるのは未来だけだよね」
「未来、、 未来って?」
 スミレも事の重大さを理解しはじめていた。自分のまわりにあるいくつもの影は、自分の未来の可能性を映し出している。
「スミレは賢いわね。これは、いつかは言わなきゃいけないことだったの」
 カズさんは少し疲れた表情をして、近くにあったバスの停留所に据え付けられているベンチに腰をおろした。その前をスミレと同世代の子どもを連れた親子が歩いていく。
「あのオモチャみんな持ってるんだよ。ボクだけ持ってないんだ。だからさ、買ってよ」
「ダメよ。こないだもそんなこと言って。ミキくんは持ってなかったじゃない。買ってあげたらミキくんに自慢したでしょ。ミキくんのおかあさんがミキくんにねだられて困ったって言ってたわよ」
 男の子はチッと舌打ちをした。そんなやりとりを見ていてスミレは、そのコに感情移入していた。
 そうなのだ、スミレはまだそのレベルの年代なのだ。急にいろんな大人からああしろ、こうしろと言われてすぐにできるわけがない。もっと子供であるべき時間を過ごしてもいいはずだ。
 スミレのそんな表情を見て、カズさんは少し間をとるように話題を変えた。
「スミレが他の子たちと同じようにしてたいのはよくわかるよ。そういうのってまわりがそうだから自分がそうでもいいってラクしてるだけでしょ。ううん、キツイこと言ってるのはわかってる。人ってね、うーん。大人でも子どもでも、自分の居場所で自分がどのレベルにいるのか必死に探そうとする、それでまわりが低ければもう安心してしまう」
「高ければ?」スミレは恐る恐る訊いた。
「 、、その場にとどまれば底辺で我慢するしかなく。他の生き場所を探すんじゃないの?」
 突き放された。スミレは却って反発したくなくなる。それがカズさんの狙いだったのか。
「そこで一番になるってこともできるんじゃないの」カズさんはニヤリとした。
「スミレ。嫌な思いしたことあるでしょ。学校とかで、理不尽だと、、 つまりこれってどういうことか理解できないようなこと」
 そう言われてスミレが真っ先に思い浮かんだのは、みんなから嫌われているヨースケ君のことだった。ヨース家君は人の嫌がることを平気で口にする。気の弱い女子だと泣いてしまう。ヨースケ君はそんなことお構いなしで、そんなことで泣くなよって言うだけだ。
 ヨースケ君にとっては、そんなことであり、言われた子にとっては、自分の存在を否定されて、生きる意味を見失うほどになる。
「ヨースケくん。人が嫌がることはしないようにしましょう」先生はそう言った。
 ヨースケは反論する「オレ、イヤがることはしてない。みんなと仲よくしたいだけなのに、どうしてイヤか、オレにはわかんないよ」
「ヨースケくん。どうして嫌がられるか、自分で考えましょうね。それと自分のことをオレって言わないようにしましょう」
 ヨースケは膨れっ面をして黙り込んでしまった。スミレもヨースケ君は苦手だった。だから弁護するつもりはない。だが弱く見える女のコたちを守って、言いたい放題のヨースケ君を一方的に咎める先生の判断に一番違和感を感じていた。
 それからも先生は、いろいろなお願いをした。
「みなさんミホちゃんに××と、言わないようにしましょう」
「みなさんタケルくんがお豆を食べられなくても注意しなでください」
「みなさんケンタくんが突然大きな声を出しても、ビックリしないでね」
「カホちゃんが体育を休んでもそっとしておいて上げましょう」
「リュウヘイくんが学校に来たときは、仲間はずれにせずに、一緒に遊んであげましょう」
「誰一人取り残さないようにしましょうね」
 気にかけなければならない子がいっぱいだ。そしてスミレだって完璧な人間じゃない。いや完璧な人間など何処にもいない。自分をそう信じ切っているか。まわりから都合よく使われるために、そうおだてられているだけだ。
 個人特有の個性であればまわりに気を使わなくてもよく、そうでなければその子達に気を使ってあげなければならないのがどうにも納得がいかない。
 だからヨースケくんだけは叱られないといけないのか、スミレにはしっくりこない。本人も悪いことを言っている気がなければ、それはヨースケ君特有の個性なのではないだろうか。他の子と何が違うのかサッパリわからなかった。
 それにスミレ自身も、もっと先生に気にかけてもらいたかった。スミレさんは強くないんだから、もっと優しく接しましょうと言って欲しかった。そうでなければなんともやりきれない。
 そしてその言葉は、同時にカズさんにも向けられていた。
「人類がここまで種を継続できてきたのは、どれだけうわべを取り繕うとも、強い者、賢い者、まわりに順応できる者が勝ち残って来たからよ。弱い者はそれらの者についていくしかなく、不要になればいつだって切り捨てられてきた。どんな人も平等に生きられるのが理想だけど、その許容がこの惑星にあるかどうか。そしてね、スミレ。人間という種族にその寛容さが備わっているか。いくら大義名分を振りかざして正論を述べたって、その資質がなければ歪が生じるだけ。支えられたい人はいくらでもいる。支える人はそうではないわ」
 スミレとしても好きで支える側になったわけではない。全体との比較の中で、そちらに入ってしまっただけとわかって欲しい。私だって支えられたいと声を出したい。そして世の中を変えるのは、わたしみたいな平凡な子じゃなくて、もっと選ばれた人がなるべきだと。
 スミレは涙が溢れていた。カズさんが代弁してくれなければ、もう心がはち切れそうだった。小さくなったカズさんはスミレの肩に手をまわした。同じ背丈のふたりがベンチで抱擁している姿は、おばあちゃんに慰められている子どもを想起させる。スミレはまだその年代だ。
「だけどね、スミレ。それじゃあ今の時代も、強者にすべてを委ねてきた時代となんら変わらない。そしてこの先も強者だけが生き残って、この種族を引き継いでいく。余りにも優しい時代のひとびとは、多くのひとが生きられる世界を作り出した。ただその優しさが自然の摂理にかなっているかどうかは神のみぞ知る。多くなり過ぎた人類であるがゆえに、こんどはその絶対数を制御しようと疫病であったり、心身的弱者が増加したとしてもおかしくはないの」
 スミレは首を振った。それが何への否定なのか、カズさんにはわからない。それでも続けなければならない。
「権力者が弱い者を生かしておく唯一の理由は、そこから搾取できるから。それをよしとしない自然界が見えざる手を振りかざしても、なんら不思議ではないのよ」
 搾取の正確な意味はわからないスミレでも、良くないことだとは予想がつく。
 人類が誰かによって統制されようとしても、自然界はそれをゆるしてはおかない。こうすれば良かったはもういらない。そう後押しされている気がした。
「スミレ。決心がついたようだね。いらっしゃい。私の時代に、、 」
 生まれたことを不幸に思わない誰かを守ろうとするその行為が誰も守ることもなく、声をあげた当人だけが悦に入っている。スミレはそうはなりたくないと子どもながらに心に決めた。


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