private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

商店街人力爆走選手権

2015-11-29 12:17:45 | 非定期連続小説

SCENE 17

「もしもーし。おひさー。このあいだはどうもぉー。やってくれたわねえ、あの企画書にはブッ飛んだわ。取り方によっちゃ社長をコケにしてるようにもみえる。してるんでしょうけど。ずいぶんかけたわねえ...
――ちがうわよ。誉めてるのぉ。やっつけにしては予想以上だったかし、でき過ぎててさすがにどうしたもんかと迷いがあるまま始めたら、会長さんに見透かされてパニックになったぐらい。あれはあれで活用できたから結果オーライなんだけどね...
――うん、うん。そうよ、今回のはやっつけでやんないでね。そうね、最初の導入部はそれぐらいにしといて...
――そーよお。誰だってね。嫌々やる仕事より、やりたい仕事の方が楽しいでしょ。社長がムチャ振りするから、カオを立てるためにとりあえずカタチにしただけでしょ。時間もなし、ハキもなし。なんて思ってたら、こんなどんでん返しが待ってるんだからねえ...
――そう、火がついちゃった。なにがきっかけになるか、わかんないものよね...
――いいのよ、お飾りなんだから。誰も私のこと部長あつかいしてないし、内容も見てないのに私のハンコ押してあるなんて日常茶飯事。いままでだって、いなくたってちゃんと仕事は回ってるでしょ...
――でしょ。だから私が思うのはね、みんなもそうすればいいのよ。イヤイヤやらされるぐらいなら、それ以上を自分から提案するしかないんだから...
――もちろん、その点はラッキーだったと言えるわね。見えざる神の手が働いて挽回のチャンスも与えられた。見えざる神の手も、フタを開けたらお約束の面子だったからガッカリだったけど、ああそういうことか、って。私もついにお払い箱...
――そこで中見出しね...
――どうかしらね。社長に押し付けられたのも、会長にあしらわれたのも、ある意味では計画通りでしょ。そう思えばその先のストーリーは想像つくからね。いつの世も冷静で正確な判断だけが勝利と栄光を掴むのよ。情熱やら第六感で勝利を納めれば刺激的ではあるけど、一過性であり、あとからの代償の方が高くつくだけだからね...
――まあね。だいたい何が描かれているか見えてきたからそれに乗っかって。失態もあったけど、リカバリーのチャンスもできた。重室がこらえきれずに話の出どころを匂わしてくるし。ところでアナタはどこまで知ってたの...
――違うわよ。そうじゃなくて。私より知ってたのかどうか聞いてみたかっただけよ。それによって今後の評価額が変わってくるでしょ。株価みたいなものね。つねに更新していかないと、知らないあいだに大暴落してたら目も当てられないじゃない...
――私のはもう、電池切れ寸前。でもね、充電すればまだなんとか持ちそうだから。そういうわけで今日も嫌なヤツからいっぱい充電させてもらったから...
――えっ? あのボーヤ? そうね、本人だけじゃ使えないけど。まわりの関係と組み合わせれば使い様はあるわね。会長にとってもキーパーソンになってるし。利用価値があるうちは使えるだけ使わせてもらうわ。今はまだ、そのレベルってとこだけど、使いようによっちゃ大バケするかもね。そこが私の腕の見せどころかもね...
――しょうがないわよねえ。そういう人間もいて世の中が回ってるんだから...
――ううん。画像はいらないわ。固定観念を押し付けるより、いまはまだ広げたいから。あの年代は言葉の方が響くのよ...
――私? 回してるつもりはサラサラないわ。それほど自惚れちゃいないし、だいたいね、そんなふうに思っているヤツに限って、結局は自分が使われているだけでしょ。重室がいい例じゃない。だったら私なんてカワイイものよ。実物も可愛いし。そこは自惚れていいでしょ...
――えっ? ちょっと聞いてる? 誰? 知らないわよそんなコ。先週? そう、辞めたの。残念だったわね、狙ってたんでしょ。つまみぐい...
――いじめてないわよ。そもそも眼中にないし...
――それは、向こうの主観でしょ。知ったこっちゃないわよ。向こうがそう思うのは勝手だけど、いちいち同情してたらきりがないわ。別に自分の経歴が精錬潔白だなんて思っちゃいないし、彼女に限らず誰もキズつけずに伸し上がってきたなんてキレイごと言うつもりもない。誰かの失意の上でいまの立場にいるのも事実とすれば、それを世の中や他人のせいにできれば楽なんだけどね。上に行けば行くほどその感覚は鈍ってくる。下に留まっていると誰かのせいにできないかと粗探ししたくなる。アナタはどうなの? 自由気ままで居心地よさそうだけど、恨みに転化するのはやめてね...
――あっ、そこはまだ伏せといて。その部分は私にとっての切り札になるかもしれないから。会長がうんと言わなきゃ、別に持ってくことも視野に入れている。その時はこの会社にはいないだろうけど...
――大丈夫よお。もしリークがあったとしたら出所はアナタしかいないんだから。その状況でやるほどヌケてないでしょ。それとも、それ自体が伏線だとか?...
――ハイハイ、わかってるわよ。You wanna play. You gotta pay.でしょ。大丈夫よ。私はまだアナタにとって利用価値がある人間だから、まだ切ろうとは思っていない。そう思わせられるうちはまだ私の手の内でしょ...
――それでクローズといきましょ...
――うーん。その感覚が鈍らないうちに結論が出ればいいんだけど...
――ヒットミねえ? うーん、100パーないとは言えないわよ。そこら辺はシビアだからさ。私にまだプライオリティがあるうちは従順だろうけど、そうでなければ自分のファイルにストックする可能性はあるでしょうね。逆にそうだからこそ信頼して仕事が頼めるってものよ。アノ子も変な馴れ合や情だけでつながっていられるほどウブじゃないし、私だって友達だとか、仲間とか、そんなものにたよって仕事するほど落ちぶれちゃいないわ...
――そうみたいね。私が独立したら、アナタもついて来る? それはないわよねえ。今回のプランを持って旭屋堂に売り込むのもアリよね。二階級特進して重室こきつかってやるとか? って調子のりすぎ?...
――えっ、そうなの!? だから動きが早いってわけ。あっそう。じゃあ、ウチも吸収されて、どのみち私の居場所はなくなるってことじゃない。さっすが、いい情報持ってるわね。っていうか早く言いなさいよ。いいかげんしゃべらされた後でこれじゃ、私もいいように扱われてるんじゃない。やっぱり回してるのはアナタの方でしょ...
――ソッチはそのセンでいいわ。明日の朝イチに見せてもらえる? とはいえ出来栄えには充分期待してるわ。やっつけでもあれだけの内容に仕上げるんだから。期待しない方が無理でしょ...
――リップサービスはそれぐらいにしておくわ。それもわかった上でオーダーしてるんだからね...
――そうかもね。だから、それはコッチにもいえるからね。じゃあ、あした。例の店でモーニング食べて待ってるから。コーヒーのお代わりしなくてすむようにヨロシク...
――なに言ってるのよ。私なんかより、もっと若い娘がいいんでしょ。いいコ見つかるといいわね...
――今日はダメだからね。お先にオヤスミー。ガンバってねセキネさん」


商店街人力爆走選手権

2015-11-15 11:04:02 | 非定期連続小説

SCENE 16

「おまえ、何をかくしている? なんだ人力車って? 祭りの時に使っていたヤツか? あんなものをいまさら引っ張り出して、なにやらかすつもりだ」
「えーっと、それは… 」
 戒人の目が右へ左へ、上へ下へと縦横無尽に動いている。
「バカタレ! 言い訳考えてるのが見え見えだ。どれだけおまえの父親やっていると思ってるんだ!」
「えーっと、ニジュウゴ年… 」
 会長は手で目を覆った。素直に答える息子が情けないやら、やはりと納得してしまうやら。そんなことよりもどうしても確認したくなる。
「時田さんの差し金か」
「そっ、そう、そう。そうなんだ。もう、無理難題ばっか言ってきてホンと困っちゃって。そう、ホンと」
 渡りに船と、早速なびく。自分が楽になる状況にはあとさき考えずに飛びつく。
「何なんだ。その無理難題って」
 会長が聞くであろう当然の質問も、戒人には想定できておらず、この段階にきて、さてどこまで話していいものやらと、さすがに自制心が働いたのは、自分の体裁に関わってくるからで、それ以外の打算はいっさいなかった。
「それはその… 人力車で駅まで送っていけとか、ニシキのタコス屋で朝まで付き合わされたり。それで朝風呂に入りたいとか、風呂入ってるあいだにコンビニに下… 舌平目のムニエルを買わせに行かされたとか。アサメシに… とか、とか」
 危うく女物の下着を買わされたと言い出しそうになり、すんでのところで思い留まった。会長はいぶかしげな顔をしつつも、いまどきコンビニに何が売っているかなど知りはしない。
「とにかくさ、もう、そんな感じでやりたい放題、言いたい放題で、いくら会社の上司だっていってもやりすぎなんだよなあ。しかも他の部署だし… 」
――そうか、あれからすぐ商店街の現状を見て回ったというわけか。それをコイツはただ振り回されただけだと。
 なんとか父親としては息子に名誉挽回のチャンスを与えたかった。背中で語っても通じあえないのならば、次にできることといえば背中を押してやるぐらいだ。もしあの女部長が少しでも戒人に目をかけてくれるなら、そのあいだにつないでおきたいと思うのはただの親バカなのだろうか。
「時田さんと一緒に一晩明かして、おまえは何も感じなかったのか?」
「カンジ、ナカった? ああ、感じなかった… って、やだなあオヤジ。朝まで一緒だからって、なんにもなかったから。あるわけないし。それにオレに… 」
「バカモン! そんな話をしているんじゃない。時田さんと商店街を見て回って、なにか気になったことはないかと聞いているんだ」
 会長は大きく天を仰ぐ。親の心子知らず。10年後の戒人が、少しでもいまの自分の気持ちを理解してくれるのかと懐疑的にならざるをえなかった。
「うーん。別に… 」
「彼女、時田さんはな、それなりに収穫があったみたいだ。現にさっきのように人力車について訊いてきた人もいる。タネを蒔くから収穫ができる。なにもせずに芽を出すようなモノは、簡単に毟り取られ消費されるだけだ」
「そんな、タネをまくだなんて、直接的な。だから、なんもしてないってオレ」
 商店街の現況を見極める能力はなくても、ソッチの話に持っていく才能は人並み以上にあるらしい。会長は閉口しながらも、せめて20年後にはと考えを改めていた。
 これまでなら黙りこくってしまうか、一方的に持論を述べて終わりの父親であったのに、今日は少し様子が変だと感じた戒人から、普段なら決して口にしない言葉が飛び出してきた。一度堰を切るとすべてを出し切らずにはいられないほどに。
「オレだってさあ、そりゃ商店街が昔みたいに、オレらが子供ん時ぐらいとかに盛り上がっててくれたらいいなあって思うよ。楽しかったもんな。だけどどうしたら良くなるかなんてよくわかんないし、あったとしても誰に何を言えばいいのかもわかんない。それにどうせオレの考えたことなんか、誰も相手にしてくれないだろうけどさ。仮にその案が通ったとしても成功するわけじゃない。逆に失敗すればああやっぱりとか、変に怨みをかったりするかもしれない。未来への希望が持てないのは商店街だけじゃない、そこで育った子供たちだって同じだよ」
 深刻な内面の辛さを切々と語る割には、口笛でも吹いているかのような口調と表情だった。そうだからこそ会長は、戒人の他人任せで、大勢の中のひとりが楽であると逃げているだけの生き方がたまらなかった。そんな大人に育ってしまったのは間違いなく自分の責任であり、多くの若者達が大なり小なり同じような方向を向いているのは、自分たちの世代が残した負の遺産のひとつなのだと歯噛みした。
 咎めるわけにもいかず、なんとか前向きな言葉をかけてやりたい。恵との話し合いがなければそんな気にはならなかったはずだ。
「なにか考えがあるなら、言ってみろ。月並みかも知れんが、なにかして負けた方が、なにもしないよりよっぽどいいだろ」
 先に歩を進めている戒人が右手を煽った。
「そうじゃないんだよ、オヤジ。オレはたしかに情けなくて、臆病な人間で、同じ年代の中でもイケてない部類に属する人間だよ。でもさ、そういうのって、そういう人間をつくりだす必用があるからだろ。意見を持たず大勢に紛れてなびくような人間。権力者ってやつは戦争がしたきゃ屈強な人間をつくりだすし、画一的な歯車だったり、従順な犬だったり、必要に応じて適応する人間が必用なんだ。まわりが固まればそこからはみ出すのはよっぽど能力のあるヤツか、空気を読めないただのバカでしかないよな。だからオレはね、何者にもなって欲しくない今の社会が求める人間になった。それがいまの世代に求められているから。そういったヤツラが目立って非難もされる。それはある意味動かす側には好都合だろ。それにオレは別に嫌なわけじゃないよ、そういう生き方も」
 会長はもうなにも言葉がなかった。なんの考えもないと思っていた息子が、自分以上に世の中の流れを読み取っていた。なにも知らないと浅はかさを憂いでいるのは、本当に何も知らない親の方であったのに。いつまでも手の中にあると思われていた戒人はもう、自分の手の届かないところいる。ぶざまな言い訳だとわかっていてもこれだけは言わずにいられなかった。
「それが国や社会が望んだことだと、そうでなかろうと、わしらの若い頃は脇目もふらず、一心不乱に働いて、少しでもいい生活をするために、家族や子供に不自由な思いをさせないようにと。それが間違っていたとは思わんぞ」
「間違ってるとか、正しいとかじゃないよ。オヤジを悪く言うつもりもない。プールの中で大勢が同じ方向に進んで行く中で、自分だけ別の方へ行くのは不可能なんだ。選んだって錯覚させるような巧妙な手口はいくらだってあるだろし、それが当時求められていたことだったんだから。それが回りゃあ、会社や、世間が、社会や、国が望んだ方向に向かって走るように仕込まれていく。意思を持てるのは強い人間だからじゃないよ。回りの期待に鈍感なだけだ。そいつらがのさばりたいならそうすればいい、どうせ誰かが世の中を動かしてかなきゃならないんだし、大多数のモノ分かりのいい民衆も必要だ。でもね、そうして指導者となった者が、その先も民衆の支持を得られ続けるってのは歴史上ありえないんだよねえ」
 家路を進む二人のあいだに距離ができはじめた。前を進む戒人にどうしても追いついていけない自分がいる。戒人はきつい言葉は避けて話していた。なんの抗いもできなかった自分たちの世代に対し、親であることを差し引いて寛容であった。やる気のない若者や、傍若無人な振る舞いをする若者に、自分たちの理論を押しつけて、不満を口にしてしまうのは自分が丸め込まれた人生を正当化するためでしかなかったのか。
 差が開いた父親の方を振り向きもせず、戒人は自分のペースで歩きつづけている。その差はこの先もずっと開き続けていった。


商店街人力爆走選手権

2015-11-01 10:29:42 | 非定期連続小説

SCENE 15

「敵情視察ですか? 時田さん」
 夏、真っ盛りの暑いさなかにダブルのスーツを着ている、いかにもやり手の実業家然とした男が恵の後ろから声をかけてきた。声だけで誰なのかを察した恵は、男の方を振り返ることなく、あえてショップのショーウインドに映りこむ姿に言葉を返した。
「あーら、重室さん、こんな暑い中、わざわざプロジェクトリーダ自ら現地視察ですか? さすが、できる広告代理店ビジネスマンは違いますねえ。ここまでやって、いまだ改善に余念がないとは。それとも… 自分が出した成果を見回して、眺め回して、舐めまわして、堪能して、自己満足にでも浸っているところに負け犬を見つけたもんだから、気分も盛り上がって、てとこでしょうか?」
「ハハハッ、そこまでイヤミがスラスラと出てくるとは、よっぽど根に持たれているみたいですね。まるで、今日この日のために蓄えてきた怨みつらみを、すべて吐き出さんばかりの完璧なセリフ。まさか台本まで用意してたとか?」
「そうですねえー、一日千秋の思いでこの時を待っていましたわ。なんて言ってやり込めてやろうかと毎晩考えてたら、暗記してしまったようです。人の怨みが持つ陰の力を身に染みて感じてしまいましたわ。なるほどそれらが幾つもの歴史を変えてきた理由がよーく理解できたところです」
「ハッハッハ。まあ歴史云々のハナシは置いておいて、アナタのような素敵な女性が毎晩ぼくのことを思っていただなんて大変光栄ですよ。もっとお話しを聞かせていただきたいですね。どうですか、今晩一緒に食事でも? もちろんそこで、これまでのボクへの怨み節を話されても喜んでお聞きしますよ」
――マゾかっつーの! 喜ばれるなら言わないって。
「あーら、ご関心があるのは仕事と、この商店街だけだと思ってましたら、意外と女性にも興味がおありとは。仕事中毒で浮いた話しのひとつもないって評判ですんで、普通だとここでソッチかもしれないなんて下衆な勘繰りをするものですけど、私はそうは思ってないから安心してくださいね」
 恵は否定することにより、あえて口に出せる方法で重室を挑発した。食事の時間を待つまでもなく、いつでも、どこからでも、どんな体勢でも嫌味は出てくる。
「なにをおっしゃるかと思えば… 他人の成功は普通の人間にとっては、やっかみの原因になるものです。そんな話しをいちいち気にして相手にしていたら身が持たないし、時間の無駄です。言いたいヤツラには言わせておけばいいし、そんな人間は所詮、それ以上の何者にもなれない… まあ、なるつもりもないでしょうけどね」
 恵はようやくカラダを向き直して、重室と対面した。満面の笑顔で腰に手をあて、腰をくびれさす。室河の視線がウエストからヒップ、そして太ももをなぞっていった。
「あなたと意見が一致して残念ですけど、私もまったく同感です。他人を貶めるのは、自分を貶めると同じことで、なんの利益になりませんからね」
「はっはっはっ。利益ですか。いやー時田さん、いいですね。わたしはね、常々あなたとは方向性は同じだと思っていたんですよ。言葉の端々にトゲがありますけれども、それもまた刺激的で小気味いいほどです。これまではライバル会社として何度か遣りあってきましたけれど、いつか一緒に仕事をしてみたいと思っていたんですよ。どうです、そのような話しをもう少し詰めていきませんか? お互いの意思を疎通できる素晴らしい空間を提供しているお店があるんですよ。私の親友がやっているイタリア料理の店なんですけどね」
――なにスカシたこと言ってんのよ。アンタが女をおとす時、必ず使う店でしょ。店長を取り込んで飲み物に混ぜモノしてるってハナシですけどお?
「ゴメンなさい。ぜひご一緒したいんですけどお、今日中に駅裏の会長に提出する企画書をまとめなきゃならないんです。アナタのような人生の成功者にはわからないと思いますけど、才能がない人間は他人が遊んでいる間に努力しないと、いつまでたっても追いつけませんからね」
「だからですよ。だから、私と一緒に人生の成功者になればいいんです。しょせん成功を手にできるのは一握りの選ばれた人間だけなんですから、無駄な努力をするよりも同じ神輿に乗ったほうが早いと思うんですがね。あんな見込みのない駅裏の仕事は貴女には似合わない。さっさと見切りをつけた方がいい。つまり、私にノッからないかってことですよ。いろんな意味で。ハッハッハッ。食事のあとでさらに親交を深められるんじゃないでしょうか。ハッハッハッ」
――出た。エロオヤジ炸裂。無駄な努力ってどうよ? ふんっ、調子にのっててくれてたほうがコッチも都合がいいけどね。
「あらあら、重室さんとしてはえらく下世話な発言ですねえ。どうでしょうこれは充分に、セクハラのパワハラの、モラハラに該当すると思いますけど? 知り合いの弁護士さんに相談したら何というでしょうか? 一度、聞いてみます?」
 恵は、端末を取り出して片手で起用に操作し始める。余裕を見せていた重室も、これにはさすがに顔をこわばらせ、焦った表情でとりつくろう。
「ちょっ。ちょっと待って!」
「エアーよ、エアー。そんなメンドーなことに関わってる暇ないですから。やはり、エリートサラリーマンもさすがに訴訟ごとは避けたいようですね。世間体も悪いし」
「まったく、悪いヒトだな… っと、これじゃ余計なことしゃべれないな。つまりは手を出すなってことですか。いいでしょ、まだ、降参してないというのなら、どんな手で巻き返してくるのか楽しみにさせてもらいますよ。いつまでそれが続くのかわかりませんが、早めに降参してもらえるとボクも助かるんですがねえ。時田さんが言うように時間は大切だ」
――私落すのに時間かけられないってこと? ずいぶん安く見られたモンね! 出来レースでしか勝てないヤツがよく言うわよ。みてらっしゃい次はそのまんま、アナタに地団駄踏ませてやるから。
「たとえ負けたとして降参はしません。アナタにアタマさげるぐらいならこの業界に残るつもりはありませんから。それともうひとつ、忠告させていただけるのなら、アナタの価値がいつまで続くのかいささか懐疑的でもあります。あまり自分の能力を過大評価してると、知らない間に消えていなくなるなんてことも… 上昇志向もいいですけど、先に何があるのかも知らず、自分が何になりたいのかも決められないまま、どこまでも突き進んでしまうのはアタマの良い人間はしませんよね。私とどちらが先にいなくなるか楽しみですね」
 穏やかで端正なマスクが少し歪んだのは、少なからず身に覚えがあるということになる。恵のカマかけは自信満々に言い切りるために、相手が簡単に翻弄されていく。
「ふーっ、いまの言葉は聞き捨てなりませんね。いいでしょう、おとなしく私の軍門に下ればその先もあり、いい目が見れたものの。そこまで言われれば、コチラも徹底的にやるだけです。ボクはまだ消えるつもりはありませんのでね」
「手に入らなければ、抹殺したほうがいいと? わかりやすくていいですね。これで私も張り合いが出てくるわ。私ね戦う相手が悪けりゃ悪いほど燃えてくるタイプなんです」
「悪けりゃ? 強よけりゃの間違いでしょう。あまりいたずらが過ぎるとケガをしますよ。ボクはあなたがキズ付く姿は見ていられそうにない。武士の情けでけで、これだけは忠告しておきましょう。見えている敵がすべてでなく、どこに見えない敵がいるのかも充分に考慮しておくべきだとね」
 いいようにあしらわれた状況に、少しでもまだ自分に余裕があるところを見せたいのか、含ませながら強がっていた。それによって恵が貴重な情報を得られたとまではアタマがまわらない。
――わかってるわよ、そんなこと。見えないところで敵がうごめくもんだから、ハマってるんでしょ。
「これは、ごていねいにありがとうございます。世の中の人間がみんな、アナタみたいに素直で、わかりやすいと楽なんですけどねえ?」
 恵は笑いながら、ハンドバッグを振りかざし、踵を返した。今夜の獲物を失った重室は、小バカにされたままの状態で別れることとなり顔をしかめて悔しさを現す。
「あのオンナ… 必ずひれ伏させてやる… 」