private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

昨日、今日、未来 2

2023-05-21 14:55:38 | 連続小説

 コンビニを出たカズは、すぐ目の前の道路を横断しようとしている。右を向けば3区画先に、左を向けば2区画先に信号がある。そこに行こうとしないのは、目指す先が真っ直ぐ行ったところにあり、すこしでも遠回りをしたくないからだろう。
 一塁ランナーが盗塁しようとピッチャーに揺さぶりをかけるように、ジリジリと身を進め、クルマが来るとサッと翻す動きを何度か繰り返している。
 そう表現するほどカズの動きが素早いはずもなく、端から見ればクルマが来るたびにカラダを揺らして転げそうで、運転手にとっては危険このうえないであろう。なんどかクラクションを鳴らされている。
 これがさっきカズが言っていた、誰かの便利は、命を縮めるんだということなのかと、スミレは感心する。クルマを使えば便利だがクルマを避けて通るには死を覚悟しなければならないのか。いやいや、感心している場合ではない。いつまで待とうと渡れるはずはない。
「カズさん。あぶないよ。信号のところまで行ったほうがいいよ」
 まさかコンビニに来た時も、ここを横切ってきたのだろうか。だとすれば、それは海が避けて渡ることができた十戒のように、奇跡が起きただけだ
「機械と、人間様とどっちが偉いと思っとるんだ」
 偉いとかという問題ではないのではないか。クルマを運転しているのも人間なんだし。そういう所のすみわけをするために信号があり、横断歩道があるはずだ。
「そうじゃなくて、ルールが決まってるんだから、ルールを守らないと」
 クルマは一定の間隔をおいて右から左から通過していく。横断歩道もない場所で、先の信号が青になって走り出したクルマが、お年寄りを通すために止まるはずもない。カズは憤懣やるかたない顔つきになっていく。
「じゃあ聞くが、歩道を渡れば人は安全なのか。必ずクルマは止まってくれるのか」
 カズがなにを主張したいのか、人が歩道を歩けば自動的にクルマが止まるとか、絶対に人にぶつからないようになっているわけではない。人間の常識を前提とした決まり事でしかない。
「そこに公平があれば、わたしも文句を言うつもりはないよ。機械に比べてひとはどうしたって弱い立場なんだ。その前提を放棄して、こんな意味のないルールばっかりつくって。あんなモノがこんなスピードで走る必要があるのかい? 渡りたい人がいれば止まって譲ればいいじゃないの。大回りして人を歩かせて奪われた時間の損失をなんだと思ってるだ。それこそアイツらのほうが止まったって、自分で取り戻すことができるだろ。人は走らなきゃ時間を取り戻せないんだよ。こんな年寄りに走れって言うのかい?」
 スピードを出す必要はないと言っておきながら、止まった時間はスピードを出して取り戻せ、自分は走れないからと、言っていることが自分中心であるとわかっているのだろうか。
 先日、母親に歩道橋を渡るように言われ階段を上りはじめると、母親はクルマの隙間を見つけて、往復二車線の道路を走って横切っていった。スミレは階段を上りながら、歩道橋を渡りながらクルマの流れが気になってしかたがなかった。
 階段を下りて待ち構えている母親に、どうして一緒に歩道橋を渡らないのか問いただすと、私は大人だから大丈夫よと、何事もなかったかのように言われた。大人は大丈夫かもしれないが、もっと大人は大丈夫じゃなくなるサンプルが目の前にある。
 自分は階段を渡らず時間を短縮したのに、自分を待っていることでその時間は無に帰して、道路を横切った行為は、せいぜい階段を上り下りする労力を使わなかったくらいで、それも日頃の運動不足からすれば行った方がよかったのではないだろうか。
 スミレはあらためて目のまえを直視した。たしかに信号まで大回りして、あの先に戻って来るまでに多くの時間が消費される。まっすぐいけばそれがすべて自分の時間として戻ってくる。
 朝の集団登校でも、危険だからといって、信号のある歩道まで大回りしているし、大通りでは信号があっても、歩道橋のあるところまで行って渡っている。
 学校の行き帰りや、普段の生活の中でそんな時間をすべて足し合わせれば、10分ぐらいは日々そんな時間を費やしているはずだ。それがクルマの便利さを保つためのしわ寄せとなっているならば、なんだか理不尽だとスミレも感化されてきた。

 さすがにカズもこの時間帯の交通量の多さでは、ムリだと悟ったのか近い方の信号に向かってトボトボと歩きはじめた。これが本当にトボトボなのでスミレでも簡単に追いつけてしまう。
「まったく、こんな老人が渡ろうとしてるんだから、止まってくれてもバチはあたらないだろうに」
 まだあきらめずに、そうぼやくカズ。そういう時は老人を認めるんだと、スミレはさっきおばあちゃんと呼んで反発されていた。
 スミレは想像した、例え親切なひとが一台止まってくれたとしても、反対車線のクルマも止まらないとどのみち渡ることはできない。二重の幸運がカズに舞い降りて、両方のクルマが止まってくれたとしても、そのあとに続くクルマは本意ではないだろうし、高い確率でクラクションを鳴らされるだろう。
 その怒りが止まったクルマに向けられればいいが(よくはないが)、カズに向けられることだってある。いや、クラクションで済めば勿怪の幸いで、そんななか悠々と歩いていけば、直接罵倒をあびても不思議ではない。
 自分がその当事者であれば、そんな事態をまねく当事者にはなりたくないし、自分に怒りが降りかかれば目も当てられない。

「 …だから、やめたほうがいいとおもうんだけど」
 と、スミレが持論を展開すると、カズは歩を止めて振り返った。スミレはもどかし気にカズの後を歩いていたので、止まったカズのわきをそのまま通り過ぎる。いるべき場所にスミレがおらずカズはあたりを見回して振り返る。スミレはカズの挙動を首をかしげて見ていた。
「どうしたの? つかれた?」
 カズは腰に手を当てて天をあおいだ。耳には通り過ぎるクルマの走行音が重なる。
「つかれたのは、カラダじゃない。気持ちだ」
 なにやら急に詩的な発言をされ戸惑うスミレ。たぶん、休憩するための言い訳だ。
「まったく、世知辛い世の中だ。なんにせよ、誰かを憎んだり、誰かを貶めたり、誰かを不幸にすることを自分の生きる術としている。怒りや憎しみは大きな力をもたらすが、それは薬物と同じだ。危険な物質を自分自身で作り出して、苦しみをマヒさせて、快楽に変換しとるだけなのに」
 最初のセチガライの部分で意味不明に陥ったスミレは、その先もぼんやりと難しい言葉の羅列だけが行進していく。
 なんとなく、理解できたのはムカついて誰かにやり返そうと、その策を練っていると、どんどん自分が狂暴になり、そんな自分に歯止めができず、それで苦しむ誰かの顔を想像して喜んでいる。それがいかに危険で、無意味で、誰も幸せにならないとカズは言いたいのだろうか。
「でもさ、やられっぱなしじゃクヤしいじゃん。やられたら、やりかえせ。目には目を、ハニワ縄文時代でしょ?」
 なにか違うような気がするがカズもよくわからないから突っ込めない。休憩を終了したのかカズはまたトボトボ歩き出す。スミレは今度は少し前を進む。
「だからだ。相手を恨んでやり返せば、また自分に返ってくる。それも、やり返したという実感が優越感となればなおさらで、屈辱を味わった向こうもその倍のチカラでやり返してくる。そうすれば、争いは永遠に終わらん。どこかで水に流す寛容さがなけりゃな」
 倍返しすれば、またその倍返しされるということなのか。クラスのリョウスケ君は、同級生に嫌がらせを受けていた。最初は面白半分で鉛筆や消しゴム、ノートを隠してからかっていたのが、一向に文句も言ってこないので、それがエスカレートして上履きや、体操服、果てはカバンや、机が教室の外に捨てられるまでになった。

 さすがにそれでは先生の目に留まり、同級生をたしなめながらも、どうしてお前も言い返さないんだと、呆れたように言った。リョウスケ君は次の日から学校に来なくなった。
 争いは終わったけど、それは争いにもならず一方的な攻撃を受けただけで、カズの言うところの寛容だったのかわからず、みんなはそれで幸せになれたのだろうか。
 スミレはそのことを思い出すと胸が痛い。直接的なかかわりあいがなくても身近に起きた事件に対して、無力な自分がそこにいるだけで、自分が役立たずでダメな人間である烙印を押されてしまった。それを友達に相談すれば、その友達も役立たずだと言っているのに等しいわけで、おたがいになかったことにしている。
「それじゃあ訊くが、もし、リョウスケ君がやり返して、こんどはその同級生が学校にこなくなっても同じことだろ。争うということはそう言うことで、一度起きた闘いは永遠に続いていく、しかも憎しみを倍増しながらな。やり返したからってスミレの心が癒されるわけじゃない。もしくは、あのおとなしかったリョウスケ君があんなふうになるなんてと、もっと衝撃をうけたかもしれん」
 渡るべき信号は赤だった。カズはその赤く灯る信号を見つめていた。今日は曇りなので信号が見やすい。そこまで言えば話はどこまでもふくらむわけで、もしもの話しになんの正当性はない。
「そうだけど… 」
 信号が青に変わり、カズとスミレは左右を順番に見て渡りはじめた。カズは相変わらずと歩みが鈍いので、青のうちに渡りきれるか心配になる。さっき、道路を横切ろうとしたときに見せた、ダッシュの構えは何だったんだろう。本当にダッシュする気があったのだろうかと疑問でしかない。
 青が点滅しはじめるとき、カズはまだ中間地点だった。スミレは手を引いてカズを急がせる。
「だいじょうぶだ。老人が歩いとるのに走り出すヤツはおらせんて」
 走り出すヤツはいなくても、怒り狂うヤツはいる。自分の時間を理由もなく奪う者は、老人だろうがなんだろうが誰も許すはずはない。さっき自分でも怒っていたではないか。
 信号が赤になってもあと1メートルぐらい残っていた。――はずだった。―― 
 信号が赤になったときに手を引いていたカズに導かれるように、遅れ出したスミレが引っ張られ、あわててジャンプして舗道に飛び乗った。振り返ると通り過ぎるクルマの運転手が舌打ちをしているのが見えた。その行為にやっぱりと思いつつも、なんだか普段より大きくジャンプできた自分に驚いていた。


昨日、今日、未来 1

2023-05-14 15:05:56 | 連続小説

「ちょっと、あんた」
 知らないお年寄りに呼び止められた。何を言われるのか気が気でなく、固唾を飲み込むスミレだった。アンタなんて呼ばれたのは初めてだし、スミレはまだ9才だ。
「ちょっと、これ写したいんだけど。どうすりゃいいんだね」
 コンビニの中でコピー機の前で、そのお年寄りは訊いて当然と言う風情でスミレに協力を求めてきた。訊いて当然の相手は店員であるはずなのに、たまたまそばにいたからなのか、子どもということで話しかけやすかったのか。
 小学生であるスミレはこんな大きなコピー機を使ったことはない。家にはPCにつながっているプリンターはあるけれど、いつも父親がプリントしてくれているので、自分で扱ったことはない。
 そもそも、近ごろでは必要であればスマホで写真を撮るなり、検索した情報をブックマークだの、スクショすれば十分事足りるので、コピーをする機会も少なくなっていた。紙をムダに使えば母親から小言をもらう。
 スミレは大型の複写機を覗き込んでみた。画面の文字を読もうとすると両手をついて少し背伸びをする必要があった。そのお年寄りも同じように少し背伸びをして、スミレの目線の先に目をやるが文字が小さくて読めないことを知り元に直る。
 一通り目を通せば、どのような設定でコピーが何枚必要かを打ち込めば必要な金額が明示され、その金額を投入するとコピーがはじまるようであった。
 お年寄りはA4の紙を2枚、スミレに押し付けてくる。達筆な文字で縦書きされていた。何が書いてあるのかよくわからないし、まじまじと読むのも失礼かとそのまま受け取り、挿入口に上向きにしてセットした。
「あの、なんまいひつようなんですか?」
 スミレにそう訊かれてお年寄りは思案しはじめてしまった。
 店員のひとりはレジで並んでいる客をさばいている。もうひとりは入荷された多くのパンを陳列棚に並べるのに集中している。店員に声を掛けたいところだが何か時期を逸してしまっている。
 お年寄りは天井を見上げ、指を折りはじめた。途中で首を振ってはもう一度はじめから指を折る。これは時間がかかりそうだとスミレは、本来の目的である雑誌コーナーに目をやった。今日発売の月刊誌が置いてあるか確認する。角度的に見づらかったがお目当ての雑誌はあるようだ。
 時間がかかりそうだったので、その雑誌をキープしようと複写機の前を離れると、スミレは腕をがっしりとつかまれてしまった。細く固い指は乾燥してシワだらけで枯れ木に腕をひっかけたような感触だ。
「31だか、32なんだが、32にして1枚余ったらもったいないし、31にして1枚足りないのも都合が悪い。ちょっと確認してくるから待ってってくれ」
 1枚余分にコピーしても10円しか変わらないのだから、訊きに帰ってまた来る労力を考えれば、どちらを選ぶか比べるまでもないはずなのに、お年寄りはスミレに用紙を持たせたままコンビニを出ようとする。
 これではスミレはこのお年寄りが戻ってくるまでここで待っていなければいけない。雑誌を買ったらすぐに友達のアキちゃんの家に行ってふたりで読む予定をしている。
 確認するならここからスマホで連絡とって訊けばいいのではないか。いったいどこまで訊きに戻るのかも定かでない。
「あのー、おばあちゃん。スマホは?」
 お年寄りは、怪訝な表情で振り返った。スミレはなにかいけないことでも言ったのかと後ずさった。
 お年寄りだからっておばあちゃんと呼んではいけなかったのか。もしかしたらジェンダーレスで、決めつけて呼ばれることに抵抗をもっているのか。誰かが権利を得れば、それに大勢が従属する必要があり、それはお年寄りも子どもも巻き込んでいく。
「あんたに、おばあちゃんと呼ばれる筋合いはないよ。あたしゃねえ、カズっていうんだ」
 そう来たか。スジアイの意味はわからないけど、おばあちゃんて言葉に抵抗を感じているのは伝わる。アタシだってアンタって呼ばれているけれど、それがスジアイがないのかはわからない。
「あっ、すいませんカズさんっていうんですね。あの、アタシはスミレって言います」
 カズっていう名前が男女のどちら側の名前なのかピンと来なかった。それはそれでちょうどいいかもしれない、性別を気にする必要はないのだから。
 そう言えば、なんだかサッカー選手に同じような名前がいたような気がする。キングだったか、プリンスだったか。それは今日買う雑誌の表紙になっているアイドルグループと、こんがらがっていた。
「はあ、すみれ? ”すまこ”じゃなかったのか?」
「”すまこ”? ああ、スマホは名前じゃありません。持ってませんか?」
「簀巻きなら家にあるが、そんなもの持って出歩く者はおらんだろ。近ごろのコは、持って歩くのか?」
 すまきと言われても何のことかわからず、どうやら持ち歩くモノではないという知識を得たが、それが今後なんの役に立つのかもわからない。
「スマホは電話とかメールとかする機械ですけど」
 スミレもスマホを持っていれば見せて説明できるのだが、あいにく親の許可がもらえていない。スマホを持っていると時間が早く過ぎて早く年を取ってしまうと言われた。先生に訊いたら、それはスマホをいじっているとあっという間に時間が過ぎてしまう物の例えだと言われた。
 クラスのコはほとんどスマホを持っているので、そうするとみんな自分より早く年を取ってしまい、みんなが中学、高校と進学していくのに自分だけ小学校のまま取り残されることになり、だったら早く時間が過ぎようとみんなと一緒に年を取った方がいい。
 それを友達に訊くことはできない。
「電話ぁあ、いまどき電話に出るヤツぁおらんわ。要件あれば留守電に入れて、返事も留守電。外からじゃ返事が受け取れんだろ」
 どうやらそれは固定電話のことを言っているらしい。スマホでも留守電に入れればいいはずなのに、そこは範疇に入っていないのは、すなわち持っていないからなのだろう。
 カズはそう言ってスタスタとコンビニを出ようとする。用紙を手に戻したスミレもしかたなくあとについて行く。雑誌は諦めて、アキちゃんには明日あやまろう。このままあの老人を放置しておくわけにはいかなくなってきた。
 どうするか判断しなければならない時、スミレは待つより進むことを優先している。それは意識ているというよりもカラダに沁み込んでいて考えるよりカラダが動いていく。
 公園で空いているブランコに乗ろうか躊躇していると、後から来た子に取られた。アイスクリーム屋さんでどっちの列に並ぼうか迷っているうちに、どんどん行列が増えて買うのをあきらめた。
 決まって母親がすぐに決めないからそうなるんでしょと、たしなめてくる。次第に悩む前に行動するようになった。だからと言ってすべての選択が良い結果をもたらすわけでもなく、あとからなぜこちらを選んだのかと肩を落とすこともある。
 それでも、やらずに後悔するより、やって後悔するほうがいいに決まっている。アキちゃんには文句を言われることは決まっており、それはもう考えないようにした。
 カズがドアを出ようとするのを遮るように、ひとりの若者が入店してきた。身体を引くカズを邪魔者あつかいで横切っていき、手にしたペットボトルをゴミ箱に投入した。中にはまだ飲み物が残っていた。
 カズの顔が歪むのがわかる。行く手を阻まれたからか、邪魔者扱いされたからか、飲みかけのボトルを捨てたことか、そのすべてか。スミレはカズがその若者に何か言い出すのではないか気をもんだ。
 カズは食べ物を平気で捨てる行為にイラ立っていた。そしてそれは何も食べるものがなかった時代を生きていなければ、どんなに口を酸っぱくして問いただしても伝わらないこともわかっていた。
 食べ物を粗末にするな。目がつぶれるぞと、さんざん言い聞かされたものだ。それなのに、生産過剰になったミカンを値崩れ防止のために廃棄している。
 あの農家の人たちの目はつぶれたのだろうかと訊けば、よそ様のすることに文句つけないの。ウチはウチ、ヨソはヨソでしょと、都合が悪く説明できない時の常套句を持ち出すのだ。ウチがヨソと関りがないうちはそれで通る話も、関わらざるを得なくなれば、そうは言ってもいられなくなる。
 ヨソはヨソだ。カズはそう自分に言い聞かせた。正義のミカタ気取りでこの若者に注意してどうなるのか。今の行為がこの先の自分に返ってくることを彼は知らない。ハラが減ろうが、のどが渇こうが何も飲むものもなく、飲み込む唾も出ないなかで、あの時捨てた飲み物を思い起こして後悔することはないだろう。
 簡単に飲み物が買える前提は、消費者の必要量に関わらず、一定の分量を提供することであり、それが多かろうが、少なかろうが、供給者には知ったことではない。個々人にあわせた商品をラインナップすれば、どこまでもコストがかさんでいく。本質はミカンを廃棄した農家となにも変わらない。
 スミレは捨てられたペットボトルを見てカズとは別の不満を覚えていた。家でペットボトルを捨てるとき、キャップをはずして、プラゴミに捨てる。ラベルを取って、中身を軽く洗浄して、潰してから捨てないと、母親に怒られた。
 それなのに、外で飲んだ時は、誰もがそのままゴミ箱へ捨てている。同じゴミ捨て場に行くのにその差がどうなっているのか理解できない。
 きっと世の中で出るペットボトルの廃棄は、家庭で捨てられるモノより、外で捨てられるモノの方が多いはずだ。路上に捨てられているモノだってある。誰かが自分の代わりにそれらの面倒な処理を行っているのか、そもそもしなくても廃棄できるのか。そんなことを母親に訊いても余計に怒られるだけだ。
「便利さがもたらすものはな、すべて自分たちの首をしめることとして還ってくるんだ。それは将来のことじゃない。いますぐにだ。それを知らずに誰だって便利を享受して、同時に命を縮めておる。哀れなもんだ」
 カズはスミレにそう言ったのか、独り言としてつぶやいたのか。スミレはペットボトルをそのまま捨てると、命を縮めてしまうのか、そうすると、自分はまわりより時が経つのが遅く、長生きできるということになりますます困ったことになる。
 竜宮城から還ってきて玉手箱を開けた浦島太郎をスミレは思い浮かべる。自分にとって玉手箱を開けるという行為はなんなのか。開けた途端、幼いはずの自分が、自分より大人になった友達と一気に同じ年になってしまうう。そうすれば過ごすべき時間を飛び越えて失くしてしまったことになる。そんなものを手にしたくはなかった。