private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

商店街人力爆走選手権

2015-09-20 11:37:10 | 非定期連続小説

SCENE12


 なんとか昨日と今日の仕事を終わらせた戒人が、階段を転げ落ちるようにして1階のフロアに降り立った。17時を少し回っている。
 関根はちょっかいを出すだけで最後まで一切手伝うこともなく、戒人も自分に都合のいいときだけそれにつきあいながら、それでも定時にはすべての仕事をかたづけられたのは、しょせんはそれぐらいの仕事量だったからにすぎず、急いで階段を降りたのは恵に対するあてつけで、無理して時間に間に合わせたと見せつけようとする小ざかしい小芝居だった。
 わざとらしく激しい息継ぎまでしたけれども、残念ながら駆け下りた先に恵の姿は見当たらず、ここまで仕組んだ労力が報われなかったのも手伝って、文句の言葉がふつふつと浮かんできた。
――ハーッ、なんだよお、時間厳守といか言っておいて自分は遅刻じゃねえか。フーッ、まったく部長はいいよなあ。ああ、だから重役出勤って言うのか… んっ? っ出勤じゃないな。いや、いまから打ち合わせに出勤するからそれでいいのか。
 激しく息継ぎの演技をしていたら本当に息ぐるしくなるほど、運動不足をあからざまに露呈してしまい、しかたないので深呼吸をして息をととのえて、バカまるだしでひとり問答をくりかえしてから、あたりをうかがいながらスマホを取り出して着信をチェックする。
 悪態をついていたら、どこからか恵が見張っているのではないかという不安にかられていた。画面が表示されると見慣れないナンバーから着信がある。もしやと思い後先考えずに折り返しにタップした。
「もしもーし、遅いわよ。時間厳守っていったでしょ」
 案の定の声の主に、戒人はビクつきながらスマホからの声を聞きながら、恵の存在を確認しようとあたりを見渡していた。どこかでこちらの姿を見ながら通話しているのではないか思うほどのコメントに、戒人はそれほどまで恵の監視下に置かれているように思えてならず、ついつい下手にでてしまう。
「スンません。走って来たんスけど、少し遅れたッス。ところで部長は今どちらに?」
「相変わらずねえ。約束の時間に遅刻したらモバイルのチェックするのは社会人としてあたりまえの行動だけど、知らないアドレスになんの躊躇もなく折り返しするのはセキュリティの観点からすれば失格ね。自分のおかれた状況を俯瞰できないまま行動してるとそのうち痛い目見るわよ。私はいま総合駅の屋上にいるから。アナタはここまで会長をつれてきてちょうだい」
 何の脈略もなくビジネスマナーから危機管理ときて、最後にはいつものムチャ振りになっていた。当然、戒人にはムチャ振りしかアタマに残っていない。
「はあ? 親父を。で、どうやって?」
「どうやって? いい質問ね」
「あっ、そうスか?」
「イヤミで言ってんのよ。なに喜んでんのよ、おめでたいわねえ。ちなみにこれも揶揄だからね」
「ヤユ? ヤッユーッ? ヤル?」
「わけのわからないオノマトペ言ってないでいいから! 親子なんでしょ。どうとでも理由つけて。オヤジさん引っ張ってらっしゃいよ。たまには駅前で一緒に飲もうとか、敵情視察に行こうとか、プレゼントしたいものがあるから付き合ってとか。心配しないで、この場合のプレゼントは私のことだから、本当に用意する必要はないから。わかった? わからなくてもいいから即行動に移って。到着時間がわかったら折り電してね。ちゃんと私のナンバー登録しておくのよ。じゃ、よろしく」
 そうやって一方的に言いたいことだけを言いい、恵は通話を切ってしまった。スマホを耳にあてたままの戒人は、なにをどうしたものかと考えるものの、恵から例えられた3つの選択肢がグルグルとあたまの中を回っている。
――親父を連れ出す?
 親父とどこかへ出かけるなんて中学生以来じゃないのかと、遠い記憶を呼び覚ます。
 たしかあの時は神宮球場にプロ野球を見に行った時で、そのチケットも商店街の景品のあまりモノで、当時のヤクルト対横浜戦を見に行った。
 巨人がらみのゲームならまだしも、Bクラス同士のチームの試合を景品に出しても、喜んでクジを引きたがる客がいるとも思えないと中学生ながらに思っていた。すでに、あの時から斜陽は始まっていた。さらに言えば優勝が決ったあとの消化試合と時期も考慮なしで、当然のように景品が余り、捨ててしまうのももったいないと、半ば強引に親父と出かけるはめになった。
 スタンドはガラガラだし、指定席の場所に律儀に座らなくてももっと見やすい場所があったのに、親父は今と変わらずあのとおりの一本気で、そんな状況でも三塁側の上の方の席で、二人でポツンと座っていた。
 あの日は風も強く、ジャンパーに首をすくめて、よく知りもしない選手が野球をやっているのを観ていた。それは通りがかりに草野球を眺めている行為に等しく、違っているのはどれだけつまらなくても席を立つわけにはいかない点だった。
 あのとき親父となにか話をしただろうか。たぶん腕を組んでむっつりした顔のまま、真面目に野球を観ていたと思う。オレは下を向いて、早く試合が終わらないかとばかり考えていたはずだ。ちょうど学生の時に、早く授業が終わらないかと5分おきに時計ばかり見ていた時と同じように。
「あれーっ、瀬部。今日も定時か? いいよな総務は、ノルマがなくってよ」
 同期の営業が得意先からの帰りらしく、すれ違いざまの戒人をあてこすりエレベーターへ乗り込んでいく。
 いつまでもこんなとで立っているわけにはいかないと、とりあえずロビーを後にした。いつも定時に帰っているわけじゃないのに、たまたま二日続けて定時退社しなければならない仕事を言いつけられただけなのに、かといってそれをいちいち言い訳にして説明するのも面倒だと、プライドより無駄な関わりを拒む方を優先するのは一本芯が通っている。
 どうせそんな説明をしたところで自分の評価なんてものは、これまでの積み重ね以外のなにものでもなく、まわりの評価や見方がそうであれば、どれほど言葉にしようとも、それ以上になれるはずはないと、変に自尊心がないところが潔いともいえるが、それよりもなによりも評価を上げる必要を感じていないだけとも言えた。
――さあて、なんて切り出すか。
 駅への道に歩を進めながらスマホを見つめていても、なにか案が浮かんくるはずもなく、いまさら面と向かって親父とどうやって会話すればいいのか。そう思うたびに足が止まり天を仰ぐ。いきあたりばったりで実行すれば間違いなく話しのウラを読まれてしまうだろう。
 それを危惧するほど戒人にもはや余裕はなく、恵をいつまでもまたせるわけにいかないプレッシャーから、3つの中から選択するしかアタマにない。それはすでに恵の術中にハマっているだけで、それをしないという選択肢は見事に消去させられていた。
――まあ、なんとかなるかな。
 どのみち脳回路が複雑にできていない戒人は、そう判断した時点で成功のイメージができあがったらしく、気持ちの切り替えだけは大物然としている。


商店街人力爆走選手権

2015-09-05 14:48:18 | 非定期連続小説

SCENE11

「あー、お腹すいちゃった。ランチまだやってるんだ。これにしよっ」
 仁美が指示された仕事を終えて、恵に報告に来たのは午後1時より少し前になってしまった。恵は礼を言うとともに、遅めのランチの方が空いているから、ちょうどよかったと仁美をねぎらった。
 たとえランチの約束をしていても、仁美はそれに合わせて仕事を切り上げたりはせず、最後までやりとおして納得のいった報告を持ってくる。それがあたりまえであり、変に恩着せがましくなることもない。
 店先の手書きの看板に書かれたランチメニューは14時までと書かれており、時間に融通の利く会社員が恵たちのほかにも入店してくる。
「いいわよ、好きなモノ食べて。仕事に見合っただけの報酬はだすわよ」
「いいですよお、そんなあ。ちゃんとお給料貰ってますから。恵さんの仕事は面白いからやってるだけです。課内の仕事なんか、適当にやっててもできるぐらいだから、こっちの方がやりがいがあるんです」
「そんなこと、私の前で平然と言わないでよね。仮にもその課をまとめてる部長なんだから」
 窓際の席に座り、コードを引っ張ってブラインドを閉める。すぐに店員が水とおしぼりを持ってオーダーを取りに来た。
 二人はランチのAとBを頼む。当然のように二人で分けあって、しっかりと2倍楽しむ手はずだ。
「でも、課長が楽するために、わたしが居るようなものですよ。あんな仕事ぐらい自分でやればいいのに、ぜえーんぶ、わたしに押し付けて、日中なにやってんだかって感じですよ」
「それを管理できてないんだから、私も… 」
「そうはいっても、しょせんは自分自身の考え方ひとつですよね。いい年して、ひとに咎められたら直すって、どうなのって話しだし。でも、恵さんの立場を悪くしようと思えば格好のネタですよね。わたし恵さんの仕事してると会社の裏までわかっちゃいます。会社の秘密諜報部員になれるかも?」
「方々で弱みを握って恐喝まがいの行動にでも走るつもり?」
「親孝行はするのは難しいですからね」
「あーら、自分の主義を押し付けるのはらしくないんじゃない」
「上司とともに泥舟に乗るつもりはないだけです。もしくはタマよけって可能性もありますからね」
「最低ね」
「最低ですね」
 二人は真顔のまま沈黙し、そして笑った。
「恵さん、独立とか考えてないんですか。別にウチ会社でなきゃできない仕事ってわけじゃないですか」
「そうね。最終的にはそれもアリかと思うけど。あなた、付いて来るつもりなんでしょ。ダメよ。自分だけ楽しようったって」
「あっ、わかっちゃいました? でも純粋に恵さんと仕事したいってのは本音ですよ。さっきも言いましたけど、何か起こりそうでワクワクしちゃいますもん」
「それは光栄だわ。でも泥舟かもしれないわよ」
「ありえますね」
「言うわねえ。それでこそヒットミだけど。でもねえ、今はまだかしらねえ。バカみたいに働いて、いいようにおだてられて、やれ管理職だ、部長だって奉られて、女性の社会進出を後押しする会社の広告塔みたいに扱われ、いい目も見たし、悪い目にもあった。そしてどうやら煙たくなってきたみたいで、そろそろお払い箱にされそうになっている。それじゃあ、あまりにもって感じでしょ」
「でもお、それこそ会社の思うツボじゃないですか。もし今回の件がうまくいっても実績だけは会社のもので、恵さんは切られるんじゃないですか。さっきの話しじゃないですけど、切るための状況はいくらでも作れますよ」
 店員が運んできたのはレモンが絞られた炭酸水で、気づかず飲んだ恵は、仁美の言葉とともに少し胸を詰まらせた。
「だから、あなたねえ、私の前で平然とそういうことを言わないの。それにねえ、あなた。そこまでわかってて、私がいいとこ取りされると思う?」
「うーん、そうは思いますけど、あの商店街に活気が戻るような企画があると思えませんし、どちらかといえば、失敗もろとも葬り去られる方が、確率が高いんじゃないですか。だったら、どっちに転んでもいい目がでそうにありませんよね。深入りする前に、辞めて独立した方が名前にキズがつかないと思いますけど」
「いいわ。それなら、商店街に活気が戻り、私の企画が賞賛され、それが会社の利益に結びつき、晴れてその実績を看板に独立すれば文句ないでしょ? あなたを引き連れて」
「それじゃあワタシの思うツボですね」
「悪いわね」
「わたしですね」
 ここで二人のランチが運ばれてきたので、ふたりは笑いをこらえるのに必死だ。配膳を終えた店員は、首をかしげてテーブルを離れる。
 恵の方は魚のフリッターにタルタルソースが付いており、仁美は鶏の胸肉のソテーしたものにバルサミコ酢で味付けされた料理だ。そして二人ともライスではなく胚芽パンを選んだ。
「これはね、あなたの言葉に煽られて反発しようとか、意地とかプライドとかじゃなくて、不思議と私自身が関わりたくなっているの。やれないリスクもあるけど、それに勝る好奇心もある。それに仕事においての先見性がどれだけあったとしても、使い方まで見通せる指導者はいないものなのよ」
 胸肉をひとくち食べた仁美は、次は恵のフリッターにタルタルをかけてまたひとくちしたところで「あっ!」と、小さく声を漏らし、そして目を細めた。
「そういうことですか。だからあの… ふーん、彼もこき使おうと?」
「察しがいいと言いたいところだけど、遅いわよ。まあ、あのボウヤにもそれぐらいは働いてもらわないとね。流れがあるうちにその先に手を打っておかないと、流れが止まってからじゃ遅いのよ。あなたも気お付けなさい」
 すまし顔でパンにソースを付けて口にする。
「あーあ、それに社長もかわいそうだわ。あとから、クスリにも、毒になるかもしれない。よく解かってない人間が旨味だけいただこうとしたら、ひどい負債を背負わされることにもなる… ってことだもんね」
「ふふっ、使い方次第よね。何かを選択するということは、その他のすべてを選択しないってことだとは誰も考えない。考えるのかもしれないけど、見てないふりをする。そうしなければ選択できなくなってしまう。そこんとこわかった上で仕事しているかどうかでその先もずいぶん変わってくるでしょ」
「恵さん、悪い顔になってますよ。きっと時限爆弾仕掛けてる犯人って、そういう顔してるんでしょうね」
 今度は恵が、ソテーをいっきに二つ取り寄せる。
「ああら、失礼なこといわないでよ。会社を捨てる前提ならもっと直接的にわかるようにやったっていいのよ。向こうが裏で工作するなら、コッチは乗っかったように見せかけてその裏をかくのは常套じゃない。知らない人たちは知らないうちに不幸に流されていくだけなんだから、それがいやなら対抗しうる力を持ちなさいってとこよね。私のあずかり知るところじゃないわ。それに使い方を間違えなければ会社の利益になるんだから、親切な話しでしょ? 天使と言って欲しいぐらいだけど」
 仁美は残ったソテーを手前に囲いながら言い返す。
「天使は天使でも、堕天使ですねえ」
「あなたもそうとうに悪い顔してるわよ」
 二人はそうして、細い笑みを浮かべあった。