private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over17.22

2019-09-29 05:23:32 | 連続小説

 そりゃね、朝比奈の側から言えばそうなるだろうけど、それをオトコ達が納得するかといえば、それでは世の中が余りにもつまらないものになってしまうなあなんて、女子達から舐めまわされるような視線を浴びたこともないおれが言うのもどうってハナシだけど、そうかと言って、そんな注目を浴びるようなオトコもオンナもごく一部なんだし、そもそもオトコの理論で世界が動いている前提ですべてが語られているからなあ。
 頭脳明晰、先読み抜群の朝比奈には、もうそれだけで充分なほど、その先の展開が目に浮かび、確信があるほどそれを破壊する必要に囚われていったっておかしくはない。
 前のクルマが右に回ろうか、それともこのまま真っ直ぐ行こうか決めかねているようで、朝比奈は車間をおくようにスピードを緩めていった。
「欲望の放出もあってしかるべきだろうけど、わたしたちにはそれほど多くの時間が残されているわけじゃない。そうね、それは、刹那的に生きていくのがすべてではないけど、それを追い求めるだけで貴重な時間を使っちゃっていいとは言えない。わたしたちは、多くの時間があるときになにもせず、時間がないとわかってから焦ってあれもこれもとやりたがるんだね。それじゃ、あまりにも時間の過ごし方が悲しいと。そこはあなたもね。ホシノくん」
 どうやら前のクルマは曲がりどころを逸したようで、黄色に変わった信号をギリギリで通過していいた。関わろうとしていなくてもひとつひとつの行為が、朝比奈から貴重な時間を、、、 何をしようとしてるのかまだ深くはわかってない、、、 奪いつづけている。今日もたくさんの時間をついやし、それを取り戻すためにさらに多くの時間が必要となっていく。
 朝比奈は不敵に笑った。おれはなにか間違ったことを言ったのだろうか。
「体験って、そう、それほど重要な要因にはなっていない。すべては脳の中で、電子が流れ、映像化され、想像が実体を越えて意識に植え付けられ動かす。ホシノが今こうなってるのもイメージの結合の結果でしかない」
 そうなのか。イメージだけで生きられれば、ずいぶんラクで幸せな人生が送れそうなんだけど。ああそうか、イメージが貧困だからその程度の人生しか送れないんだ。成功より失敗を恐れ、幸運を祈り不幸を探してしまう。なんだかんだと言いながらも、平和を願いつつ、戦いを避けてはいないしな。
 信号待ちの先頭に立った朝比奈は、じわじわとエンジンをふかし、黄色から赤、赤から青になる秒数を心音と重ねていった。短距離走のスターターがそれをフライングと指摘するには勇気がいるタイミングでチンクをスタートさせ、空白の交差点を一番で駆け抜けていくとき、おれの頭脳に快感が走った。
 体験が電子化され意識に植え付けられ、過去との照合のもとに、カタルシスを感じていた。もしもさっきのクルマみたいに無理やり通過しようとするクルマが横切っていけば事故になりかねない状況でいとも簡単にそれはおこなわれていた。
「そんなものね。すべては不安がそのひとを縛り付けている。こうなったらどうしよう。ああだったらどうなる。そうしたらこんなひどいことが起こるんじゃないか。心の均衡を保つために不安から逃れようとする行動をとるとともに、過度の幸福は、あえて不安要素を探そうと求めていく」
 それはつまり意思の強い朝比奈はあらゆるものを手にして、不幸を想像しない分、そこに陥ることもない。じゃまするヤツラは排除され、戦わずして自分の棲みを勝ち取っている。それでもままならないのはオトコ達の好奇の目なんだ。近づいてくるオトコを振り払うことをできても、その代償として貴重な時間が消費される。
 最善は誰からも絡まれないことだとしても、そこまでコントロールできないのは朝比奈の持つイメージを、助平根性を持ったオトコ達が凌駕しているからなんだろうか。おれだってイヤらしいことを考えるパワーはかなり自信がある、、、 想像は貧困でも妄想は群を抜く、、、 虚しくともそれで人類が生きながられてきたんだって言い訳してみる。
「みんながみんな、何かの考えのもとで生きている。それが自分の保身であるのか、誰かのための献身なのか。正しき行いか、悪の所業か。わかっているようで、何もわかってないとか、知らないようで、全部わかっているとか。すべては偶然の積み重ねであって、私自身が飛びぬけていると思うのはまわりの勝手な判断… でしょ?」
 だからおれは、どうでもいい考えばかりが浮かんで要領を得なかった。自由思考の中で、深層心理があいまいになっていく。あのときこうすればよかったなんていくらでも考えられる。そうでない今を生きている自分を肯定しようとしているだけなのに、いまはまだ考える時間はある。期限は限られてるけど、そのなかでベストの判断をしてきたはずなのに多すぎる情報がそれらを無力にしていくみたいに。
「ホシノだって、全部わかってる。そうじゃないって、それじゃダメだって。だからそういう場所を避けて、そういう道を通らないできたはずなのに、どの場所にいるかとか、どの道を通るか、それは自分の意志でもあり、誰かに対しての反発であったり、他の力のせいでもあるって理由付けを求めている」
 シートからズレて天をあおぐ、天井を支えるフレームには無数の傷やら塗装の剥がれがあった。長年の使用でできていったんだ。よごれの原因はいくつもあり、でも誰の記憶にも残っていない。ひとの記憶も脳の中にいくつも点在しているのに、二度と取り出せないで傷跡として残っているだけなんだろうか。
「小学校に入ったばかりの冬にこんなことがあった」
 そんな言い方で話し始めた。朝比奈は自分を解放しにいっている。おれという存在がそうさせているとしたら、それはそれで満更でもなかった。
「明日は雪の予報が出ていた日の帰りの会で、先生が私たちにこう聞いてきた。『明日、雪になってうれしい人は手を挙げて』って、そりゃ小さなこどもにとって雪って最高のシチュエーションだし、浮かれた気分も後押しして、なんの疑いもなくみんなは手を挙げる」
 つまり朝比奈は手を挙げなかった。先生の意図が読めたからだ。おまえたち子どもは雪が降ってうれしいかも知れないけど、大人はそうではない。きっと、クルマの事故が起きたり、電車が止まって社会生活に支障をきたす。そんな問題点をあげ、子どもで良かったな。なんて話でまとめて、さよならするつもりだったんだ。
「先生も段取りを組みなおすのに大変そうだった。でも、そうしたのはわたしじゃなくて別のコだったけど」
 うっ、とんだ先走り、、、 若さゆえ、いろいろと先走るモノがある。しかしなんだろ、小学生のうちからどれだけまわりの心理や、状態を見抜いてるんだろうか。おれなんか帰りの会なんか、早く終わんないかなあとか、終わったら今日はどこの駄菓子屋でなに買おうかぐらいしか考えてなかったけどな、、、 高校になっても変わらないし、、、
「そのコの意図がどうだったかわからない。仲が良かったわけでもなかったから、あとで訊くこともなかった。でもそのおかげで確認できた。そのコに感情移入したわけじゃない、自分の合わせ鏡として見た。ひどいのかもしれないけど、そういう打算をしないと集団生活のなかで自分がいる場所を失ってしまう」
 別に朝比奈がそのコをおとしめたわけじゃない。目の前でおこなわれた行為を読みほどいて、たまたまそういう結論に至っただけであって、そこに自分の分身を見たに過ぎない。そんなことをひとつひとつ気にかけていたら、どれだけ強靭な神経があれば保つことができるんだろうか、、、 ああおれは鈍感な男の子でよかった。
「もともと問題定義するつもりはなかった。そのときも事の成り行きを観察していた。だからもうそれ以降はないんだけど、どうしてみんなは、なにも変だとは思わないのか不思議ではあった。そんな話しがあとからあったわけでもなく、もしかしてそう思っててもなにもしないようにして、丸く収まる方向に流されていくのを待っているのか。それが普通なのかなって。だとすればここでしゃしゃり出れば、誰かの思惑に踊らされると自分を押しとどめようとする力が働いた」
 クラス全員がそんなことを考えているなんて、可能性はほぼないはずなのに、あえてそこまで降りてくることも朝比奈には必要だったんだ。先生がおこなった集団心理を利用して自分の地位を確立しようとするやりかたも、生徒が知らないうちに、自分が他の誰でもない唯一無二であると知らずに主張していることも、朝比奈には問題定義してなにかを変えようと思うとき、自分が動かずともそれをあやつる方法を学んでいったんだろうか。
「遠足なんかでグループを作ると、当然私たちの仲間に入るだろうと思われるときだったり、クラス内で対立があったとき、あなたは私たちの方に付くわよねって、確信されていたり、どこにそれだけの根拠のない自信があるのか私にはわからない。みんな自分を見失っていることに気付いていない。誰もが正義は自分にあると思い込んでいる。そういうのがね見えちゃうと、どうにも真っ直ぐになれない。これが私の問題なのはわかっているわよ。だからって、見えてしまうのに、見えない振りをするのも、見えてるうえでその人たちと付き合うのもわたしにはできなかったし、これからもしない」
 一歩引いていないと、変な仲間意識のなかに取り込まれて、自分たちとは違う誰かをおとしめることには労を惜しまない、いくつかのグループができあがっていく。
 明確な答えが出ないのは、すべてを数値化できない見た目であったり、感覚であり、感性とかに似ている。振り分けられる個人の感情は、その時でさえなんの実体もなく真実といえることもなく、その時は間違っていない自分がすべてであり、体内に入り込んだ異分子は排除するか、滅せられるかのどちらかだ。
「だったらね、それを利用して生きることにした。どうすれば相手にされなくなるかわかっていたから、どうすれば取り入れてもらえるかもわかっていた。集団ってものがなにを求めて、どうしたがっているかがね」
 それにしては、学校ではうまく立ち回れていない気がする。
「それはね、いまの状態が、わたしが学校生活をするうえでラクだから。必要以上に絡まれることもなく、自分のペースで時間が遣えている。残念だったね。ホシノが思っているほど、学校生活に困窮しているわけじゃないし、はけ口を求めてもいない。こうだろうって思い込んでしまうのは、自分の可能性を小さくしていくだけなのよ。常にこうじゃないか、こうかもしれないって拡散的思考を持たないと、お人形遊びで両親がいるのが当然だと決め込んじゃうわけよ」
 きっとその指摘も深い意味があるんだろうけど、おれには有効に使うことはないだろう。それを含めておれの大きな、それこそなんの根拠もない期待と妄想が、気体と混相しながら青空に散っていった。


Starting over.17.12

2019-09-22 11:19:52 | 連続小説

「さあ、行くよ。10分ぐらいで着くから」
 と、出発する気満々の朝比奈。エンジンがかかったのはいいけれど、これに乗っていくのか、、、 バイト先、、、 行くんだろうな。たしか免許の件はあやふやにされたままで、持っていようが、いよまいが運転するつもりなんだから、こうして外に突っ立っていても暑いだけで、おれは観念して乗り込む。
 レバーをグリグリと操作して車を発進させる。乾いたエンジン音がうなりをあげ、セミの鳴き声に対抗して室内を占拠する。チンクはグラウンドを横断して、入ってきた場所から出る、、、 あたりまえ、、、 そうしてまた駐車場に戻ってきた。
 あいかわらず公園のこちら側は人っ子一人おらず、白くゆがむ蜃気楼の中で静寂の中にあるって表現したいんだけど、チンクの中は騒音が支配しているから、アンマッチでそんな感慨に耽る状態にない。
 傾いてきた太陽が正面から照り付ける。天井が開いててもその暑さと眩しさを解決するには至らず、朝比奈がバイザーをおろしたので、おれもと手を伸ばすが助手席側にそれはなく、空振りした腕の行き場は、そうするつもりだったかのように髪に指を入れかきあげたら、汗の湿り気が指についたのでそのままTシャツでふいてみた。
「ホシノ。さっき、バイト先の亡くなった先輩の彼女さんのこと思い出してたでしょ。ああいう大人の女性ってあこがれる時期か、男子高校生としては」
 ええまあ、ありきたりの人間ですんで御多分に漏れず。言い訳するつもりはないけど、それは年下とか同世代と違った、ちょっと背伸びした感じが多分自分的に気持ちよかっただけで、発展性がないこと前提の行為は自己満足の範疇を抜けるはずもなく、これもまたひとつの夏の思い出、、、 ふたつめかな、、、
 だったら、少しぐらいマサトに感謝してもよさそうなもんだけど、本人に言うつもりはない。
「ふーん、よかったんじゃない。そういうこともあった夏ってことで」そう言って口をつぐんだ。あれっ? もしかしてこれって「嫉妬じゃないから」はい、スンません。そうっスね、そういうのは、そういう関係になってから発生するイベントで、今の状況ではありえないっスね、、、 おれのほうがなることはあっても、、、
 朝比奈が冷静なのはチンクを街中でも軽快に操ってるとこからでもわかる。グラウンドで見せたハードなドライビングではなくとも、走る、曲がる、止まるができている、、、 と思う、、、 おれの評価は単に父親との比較でしかないから、評論家でもないおれの寸評にいかほどの価値もないとしても、乗っていて楽しさは伝わってくる。
 それもあるけど、なんだかまわりの視線も強く感じるのは、やっぱり朝比奈がこの春空色のカワイイチンクを運転してるからなんだろうなあ。対向車線のドライバーも、信号待ちで隣に並んだドライバーも、やっぱり朝比奈をひとめ見て、そしてじっくりと二度見する。
 そりゃ、となりに乗っているおれとしても鼻高々でありつつも、クルマの運転をオンナの娘にゆだねている自分が情けなく、その均衡のはざまで揺れ動いている。男としての権威をそんなところにしか考えられないのもどうかと、、、
「それが、ある意味、贅沢な悩みではあるのはわかってるんだけどね」
 そうか、おれも贅沢な悩みをしてみたいんだけど、レベルが違いすぎて口には出せない。そいつは難しいモンダイだよなと、わかったように言ってもそりゃ同意を得るには至らない。
 そりゃ、ひとを外見で判断してはいけないと、小学生の頃から道徳の時間とかに言われてたし、だからって血気盛んなヤロウどもが朝比奈を見て何もせずに放っておくのなら、ビョーキかアッチかのどちらかで、、、 偏見かな、、、 
 それを見たオンナどもは面白いわけがなく、どちらにしろ関わろうとするか、足を引っ張ろうとするかの動機にはことかかないから、隣のドライバーは、助手席の彼女にはたかれる。
 本人の口からは言いづらい話しだし、何を言っても高慢に聞えてしまうから、そうそう口に出せるものでもないとすりゃ、自分の身の内に隠しておくしかない。そいつの納まり場所が膨れ上がりゃ、もう吐き出すしかないわけで。今日の出来事がそのきっかけになったとしてもおかしくなく、そこにおれがたまたまいただけだからしかたない。
 いくら朝比奈だって、おれが勝手に朝比奈の立場を決めつけてるだけなんだけど、誰かに拠り所を求めたとしてもとがめられないだろうし、おれがいまできることは受け止めて、受け入れるぐらいのもんで、状況と感情が、朝比奈の態度と言動を緩め、イヌとしての扱いとして命じられたおれは、拒むことなくその役回りを演じている、、、 そうやって人間は、見知らぬ男と女が一緒になって繁殖してきたんだろうなあと覚ってみた。
 思い込みなんだ、、、 しょせんは自分都合の勝手な思い込みで、それがうまく回れば良い結果を生むだろうし。勘違いなら悲しい結末が待っているだけで、そう、ただそれだけのことだ。だからおれは取り合えず『うーん』と、いう抽象的な言葉を選んだ。
 関心があるとも、ないとも。その先を聞きたいのか、そうでないのか、どちらにでもとれそうな便利なあいづちだった。
 朝比奈は、目をかしませておれの方を見ていた。おれがどんなにうまく立ち回ろうとしても、やはり主導権は朝比奈にある。できればもうこれ以上、おれのヤワなハートを傷つけないで欲しいと祈るばかりだ。
「そりゃね、容姿よく生まれてきたことに文句言うつもりはないし、感謝しなけりゃいけないぐらいなんでしょうけど、でもね、だからって、ギラついた目で見られることを容認できるほど出来た人間じゃないし、そこまで従わなきゃならない義務もないって」
 おれの視線が、朝比奈の足の先から、うわ向きの胸の先までをなぞったのは一度ではない。おれだって興味がないわけじゃなく、どうやらギラギラしてないことで、それなりの評価を得ているようで、淡白な眼つきで生んでくれた親に文句言うはずもないし、感謝しなきゃいけないのかも、、、 なのか? などとふざけたいたら、朝比奈の冷たい目線が痛かった。
「そりゃあねえ、ホシノがまったくそういう目をしていないとは言えないけど」
 あっ、やっぱり気づかれてましたか、、、 ですよね。
「当たり前。オンナはね、オトコの目線がどこ向いてるか、ちゃんとわかってんだから。でもね、ホシノの場合は、そこに陥ることを認めている。認めたうえで陥らない一線を保っている。マンデヴィルのいうところの経済的でない人間像を地でいっている。そうならね、私としても落ち着けるの。そうじゃない部分で接点を作ろうとしてるって伝わるから。 …マンデヴィル。知らない?」
 おかげさまで、どこのドイツかオランダかってぐらいなもんで。ああ、オランダ人なの、ああそう、、、 すげえ偶然だな、、、 つまりは、おれは生産的でない人間だって宣言されて、それが朝比奈に安心感を与えているってわけだ。
「うーん、そうねえ、別にけなしてるわけでもないんだけど。でも誉めてるわけでもないから、調子に乗らないように」
 多くの言いたい言葉は、まだ、奥にひそまったままだった。それだけ朝比奈の許容量は大きいのか。察するならば、ほうぼうをいきり立たせた男どもの好奇の目にさらされ、今みたいに好奇の目にさらされて、拒めばお高くとまっているだとか、相手によっては暴言を吐かれ、いろんな意味でのはけ口となることを強要されてきたがゆえに達観した境地に至ったんだろうか。
「達観も達観。達観するわよ。なんだかねえ、集団心理ってのが見えちゃうと、どうしても素直に従えないから。一度見えてしまえばもうあとはそれの繰り返しだったから、どうしてあなたたちにはわからないのって問いたいぐらいだった。透明でいられるのは幸せであり、時にまわりにとって迷惑でしかない」
 朝比奈はここまで喋ると、おれの方に困ったような笑いを見せてきた。
「同世代なら、まだ共感できるんだけど、特に先生と呼ばれてる人達はひどいものだった。子供を手玉にとったようなしゃべり方をする人達はね。ある意味、集団を煽動することに恍惚を得ているように見えたから、もうどうにも。だからわたしが学校ってものに嫌悪感があるのは、同級生だけのことじゃない」
 同意したいところだけど、おれは先生って人物をそんなふうに見たことはない。同じ景色を見たって、見える範囲はひとそれぞれ。それでいい、みんなが同じ景色に溶け込むことがどれだけどれだけ危険なんだって、これまでの歴史が証明しているんだから、、、 すげえまとめかただ、、、


Starting over16.31

2019-09-15 06:49:39 | 連続小説

「 …あのさあ、ホシノォ」
 ひと夏の思い出にひたっているおれの心境を、現実にひき戻そうとしたのか言葉をつづけた。それが深刻な口調だったから、いったい何を言い出すつもりなのか、とりあえずさっきまでの、、、 つまりソフトクリームを食べる前にしていた、、、 話の説明とか、続きなんだと身構えた。
 こういうのって、やっぱりおれのほうから尋ねるべきなんだろうか。だけどさあ、あんまり重過ぎると、おれ、持ちこたえられそうにないなあ。ただでさえこの夏は問題が山積みで、できればいい思い出だけを残したいと、自分勝手に考えてるところなのに、、、 諸問題は解決できる気がしないし、、、 自然解決を待つ。
「そうね、そう。物事には順序ってものがあるし、いきなり詰め込まれても混乱するだけか」
 朝比奈はおもむろに立ち上がり、目をつぶって、そして、、、
https://youtu.be/3y5LJasDJHI
 さっきまで鳴いていたセミが静まりかえった、、、 たぶん鳴いていた、、、 そして噴水の水が止まり、子供たちの歓声が止んだ。
 それはたぶんすべて偶然のかさなりあいにちがいないのに、それなのに朝比奈が起こした奇跡にも思え、おれはただ口を開けたまま聞き入っていた。水遊びをやめた子供たちも、その親たちも、動きをとめて朝比奈を見た、、、 気がしたんだけど、、、 それは一瞬のことで、すぐに家族の会話に戻っていった。
 なぜなら朝比奈は、声をそこまで出していない。いや歌っている姿は嘘偽りのないそのままだ。遠くから見ていればふつうに歌っていると思うだろう。でもそれは、近くのおれが聴いてもわずかな音量で、どうにか聞き取れるていどだ。それでも、その声は、夏空に抜けていく歌声は、たったひとりの声なのに、厚みがあり、艶があり、大ホールで聴いている気にさえさせてくれる。
 歌い終わって一礼をする、、、 誰に向かって、、、 そりゃ、聴いてくれたすべての人に向けてだ。そのとたん噴水が吹き上がった、セミが大合唱をし始めた。子供たちとその家族はふたたび水遊びをはじめる、、、 イリュージョンか。
 よろこぶ子供たちは、ピョンピョンと飛び跳ねながら手を振っている。家族たちは顔を見合わせてそのようすを眺めている。
 さっきのユウちゃんだけは、こちらに向けてニッコリと親指を立てた、、、 聴こえたのか、、、 ユウちゃんに向かってバレエのダンサーが最後にやるように、キュロットの裾をつまんで右足をひき、朝比奈は会釈をした、、、 そんなわけない、、、 こうして即興のコンサートは終了した。これが順序だてて話すってことなのか。
「これはミュート歌唱法っていうんだけど。実際と同じパフォーマンスをしながら、音声は絞って歌っている。ホントは大きな声で歌わなくちゃいけないんだけど、いまはまだね、まだダメなんだ。友好的ではあるんだけど。それではダメなの。曰く、期待を越えて感動をもたらさなければプロとしてやっていけない。そう、わたしは歌い手になるの。そのためのね、そのための試験がある」
 おれはダンジョンの入り口ですでに迷いはじめて、出口にたどり着ける気がしない。朝比奈はなにをしようとしているのか、どうしたいのか、そこにおれが介在する理由。なにひとつわからないままだ、、、 それなのに共感している、、、
 もがいて苦しむ姿は春までのおれと同じなんだから。先生や先輩、それに仲間たちにうまく伝えることはできなかった。伝えたくないことだって、少しでも参考にならないかと、遠回しに訊いたこともあった。
 そんな経験があるから言えることで、そうやって消化していくしかない。朝比奈がすべてを言葉にするわけじゃない。言いたくないことも、言わなくてもわかって欲しいこと、それは朝比奈にだってあるはずなんだって理解のしかたなんだけど。
「そうとらえてもらえるとうれしい。そうね、うまく歌うのと、人を魅了するのはまた別なのよ。テストの点数がそのまま個人の将来につながらないように」
 たとえ噴水の向こう側がザワついたとしても、朝比奈は満足しないんだろうか。それともその試験ってのをクリアするレベルにないとわかっているとか。
「それでわたし、バイトしながらボイトレもしているんだ」
 バイトで、ボイトレ、、、 ボインになるトレーニング、、、 いやもう十分ご立派なんだからそんなトレーニングなんかしなくてもいいんじゃないのかと忠告したいところだが、きっとそれはおれの大きな勘違いのはずだからやめておこう、、、 どんなトレーニングかは興味がある、、、 いや、ぜひ知りたい。
「おいおい、ホシノ。目つきがいやらしいけど、なんかスッゴい勘違いとかしてないか。ボイトレで、まさか… 」
 やめて、そこまで読むのは。
「あのなあ、ボイトレって、ボイストレーニングの略で、発声練習みたいなもの。なんだけど」
 ハッセイ練習か、そうかよかった、、、 残念だけど、、、 漢字わかってないし。
「このあとさ、バイト先にもつきあってほしいんだ。クルマのお礼わすれてないよな」
 クルマのお礼、、、 運転のしかたを無理やり教えられたことか、、、 そうじゃなくてクルマをあきらめる決断をさせてもらったことだろうな。そりゃお礼じゃなくてもついていくのはぜんぜんかまわないんだけど、、、 あれっ、クルマ動くのか。
「そろそろ、プラグも乾いたんじゃないかな」
 と、朝比奈は立ち上がる。噴水ではユウちゃんが小さく手を振っている。バイバイのつもりか。朝比奈も振り返す。このふたり似た者同士に思えてきた、、、 うちの母親とあわせて三世代完成だな、、、 おれには立ち入る隙もない。
 グラウンドに放置された春空色のチンクは、ヤドガリが抜け出したあとに抜け殻になった貝殻のようだ、、、 言葉が変だな、、、 クルマも運転する主がいなければ、ただの甲殻類と変わらないのか。
「なに、それ。甲殻類って。ハハッ」
 なんだかわからないけど、ウケた。
「春空色は素敵な表現だったけど甲殻類は物悲しいな。でも視点や環境を変えればなんにだってなるし、なんにだってなれる。それを見いだせる能力が誰にだってあるのに、それを許さない環境も同時に存在する」
 感心されたのか、幻滅されたのか微妙なところだ。そして謎の朝比奈語彙。
 何周かしたタイヤのあとは風に舞った砂で消されて、このまま立ち去れば誰もここでクルマを乗り回した、、、 運転の練習か、、、 だなんて思わないぐらいになっていた。日照り続きで乾燥しきってるうえに、使われてないからきっと散水もされてないんだ。
 そんなグラウンドの乾ききった砂の上を歩いていると、朝比奈とふたり、砂漠を漂流するボヘミアンとなり、ようやくクルマを発見したシーンをあてはめていた。チンクも砂をまとい、くすんで見えるから舞台効果も抜群で、エンジンがかかれば助かるってのもいまの状況に似ている。
「雨、降ってないからな。このごろ」
 雨のあの日、突然のドシャ降りで洗濯物がパーになってしまい、洗いなおす羽目になったあの日。あれから降ってないのか。キョーコさんと洗濯機をはさんで、永島さんとのことをはじめて聞いた日だ。
 葬式の日に抱きしめてしまった感触とか、匂いとかがよみがえってくる、、、 不謹慎と知りながら、二度ほどオカズにしてしまった、、、 この歳で、あれぐらいの年齢の女性を抱きしめるのは今後ないだろうなあ。
「うぉーい、ホシノーっ、なんかスケベな顔して突っ立ってるな。エンジンかかったぞ」
 うぉ、おーっ、エンジンかかった。よかった。なんだ、かかるじゃないかと胸をなでおろしてしまう。うまい言い訳も思い浮かばず、、、 まともに考えてなかったけどな、おれ、、、 そんななかで問題がひとつ解決したのは朗報だ。やはりジタバタせずに、自然に解決するのを待つのが正しいんだなと、自分に言い聞かせる。
 そして、朝比奈は自分のペースでものごとを進めていく。だからおれはそれについていくだけだ。いつか主導権を握りたいと、現実的でない目標をたててみた。


Starting over16.22

2019-09-08 15:31:25 | 連続小説

「あっ、ソフトクリーム屋、あった。すごいなホシノ。犬並みにハナがきくのか」
 いやいや、単なる人生の経験値ってやつです、、、 つーか、やっぱりイヌか、、、 朝比奈の目の先は、噴水の向こう側にあるワゴンを改造した移動出店車だった。
 それにしても朝比奈は、この公園に来るのは初めてなんだろうか。土地カンっていうか、公園内カンがなさすぎる、、、 表現もイヌなみだな、、、 市内に住んでるヤツらなら、小さい頃に親に連れられて遊びに来ているはずなんだけどな。
「ふーん、そうなの。初めて来た。ここが良いって教えてもらったから」
 そうなんだ。誰に? って、訊きたかったけど、やめといた、、、 知りたくないから。
「うーん。どれにしようかなあ」
 さっきまでの独白の雰囲気とはうってかわって、ソフトクリームの味、、、 フレーバーっていうのか、、、 を何にしようか悩んでる姿が急に女子高生っぽい。そのあげくメニューボードにないストロベリーとチョコレートのミックスを注文し、困った顔の店員女の子からスイマセーン、メニューにありませんのでー、とその先は察しろよといったニュアンスで受け応えられ、しかたなくストロベリーとバニラのミックスを注文していた。
 だからってわけじゃないけど、おれは無難にチョコとバニラのミックスを頼んだ。ソフトクリームを受け取った朝比奈は、フンマンやるかたない顔つきのまま噴水のそばのベンチのほうに行ってしまった。
 店員はおれに愛想笑いをしてきたんで、おれもなんとなく苦笑いで、ふたつ分のお金を払う。きっと、大変ですねー。彼氏さんも、といったところで、彼氏に間違えてもらえるならおれとしたら全然光栄なわけで。
 噴水のわきのベンチに座って、憮然とした表情でソフトクリームを頬張っているので、おれもとなりに腰掛ける、、、 ようやく座れたな、、、 と、すぐにアサヒナオリジナルミックスを断られたことに対する持論を述べ始めた。
「例えばさ、待たせる時間を効率化したりして、人の便利を追い求めていくでしょ。その先は画一的に整備された温かみのないやりとりだけが残るだけじゃない。規定と規約が世の中の魅力をせばめていくのを見るのは物悲しいし、ほら、ちょっと多めに入れときましたーとか、色づきのいいのを選んでおきましたよとか、それがホントじゃくても、えーっ、ありがとう、悪いわねえって、そんなたわいのないやりとりがうれしかったりして。それが気に障るひとたちは不公平があると正義感を振りかざし、自己防衛をつきつめていけば、サービス業とは、マニュアルから一文字も取りこぼさないような行為を言うようになるだけだよ。弱者がだけが残り、強者は日々移り変わっていく理論にみんな気づかないままにね。あーあ、チョコとイチゴって相性バツグンなんだけどな」
 そう心底ガッカリした顔をして言った。ソフトクリームひとつでそれだけ世界とか未来を語ってしまうのはさすがだ。
 こどものころ駄菓子屋のおばちゃん、、、 ほぼ、おばあちゃん、、、 なんか、適当な商売してたよな。ときどきおまけもしてくれたけど、クジつきのお菓子買っても当たったためしがなく、子供たちが欲しそうな景品がいつまでも飾られたままだったなあ、、、 ぜったい当たりくじ入ってなかったぞあれ、、、 そういうのいまじゃ考えられないのは買い手も、売り手もなにか損してるっていうか、大切なものを捨ててしまったのとおんなじだ。
 ハンバーガーショップではシェイクを規定以上に入れないし、ポテトを2~3本余分に入れたりはしない。ましてやソフトクリーム屋で、チョコとイチゴをミックスするなんて言語道断なわけで、そりゃ朝比奈が言うようにうまいのはまちがいない。
 乾燥したコーンをパリッパリッと噛みくだき食べつくし、おれにむかってゴチソウサマと手をあわせる。おお、これぐらいどうってことないぜ。今日はフトコロが、、、 バッグの中が、、、 暖かい。
「どうしたの?」
 そう朝比奈が問いかけたのは、落ち着かないおれではなく、目の前にいるキャラクタープリントがされた水着を着ている女の子だった。その子は首をかしげてこちらを見ていた。噴水の水は間欠泉のようになっているみたいで、一定期間噴き出し、そして止まる。いまは止まっていて、暇になったからおれたちがソフトクリーム食べてたのを目ざとく見つけて近づいてきたのか。
「あなた、お名前は?」
 朝比奈は、おれと会話しているときより優しい口調で、きっと子供をあやすときってこうなるんだろうなと、そんな家庭像を想像して、新聞をかたわらに朝食を食べているおれもその映像に加えておいた。その子はユウと名乗った。
「ユウちゃんも、ソフトクリーム食べたかった? ゴメンねおねえちゃんもう全部食べちゃったから」
 さすがにおれはのはやれんな、なんて思ってると、ユウちゃんは首をふり。『おねえちゃんはひとりぼっちで、さびしくないの?』と、今度は反対側に首をかしげる。おいおい、おれは目に入っていないのか、それとも朝比奈に不釣り合いすぎて他人だと思われているのか、、、 後者だな、、、
「ひとりだけど、さびしくないよ。そりゃね、そう、さびしかったときもあった。でも、もう大丈夫、支えてくれるひとがいるから。そしてこれからもね、きっと、うまくいくはずだから」
 ユウちゃんは、わかったのかわからなかったのか、そのまま噴水のほうへ行ってしまった。向こうで待っているおかあさんのもとにたどり着いて、こっちを指さしながらなにか説明している。
 朝比奈はこどもであっても話す内容は変わらないんだ。とたんに、あたたかい家庭の風景は崩れていった。支える人、それはいったい誰なんだろうか、、、 やっぱりおれ以外の誰かななんだろうなとか、これからもって中に含まれていないだろうなって、世話になっても支える状況にはほど遠い。
「ホシノ。早く食べないと溶けちゃうぞ」
 そう指摘されたとたん、手の甲にひんやりと溶け落ちてきた。急にグッと身を寄せてきた朝比奈の舌先がそれをスウっとなぞった。おれはいったいなにが起こったのか理解できない中、手の先からカラダまでに電気が突っ走しりシビレてしまった。
 子供のころ母親にこんなことされたなあ。それ以来のできごと、、、 おれはまだ、子供か、、、 朝比奈は母親か、、、 なんだかそれぐらい自然な行為で、それなのにカラダがシビレているのもおかしなハナシだ。
「ほら、ボーっとしてるとつぎのがたれてくるぞ」
 そう言われておれは、あわてて口のなかに放り込んだ。溶けかけでずいぶんとやわらかくても口いっぱいになれば冷たさも十分だ。金魚のまねして口をパクパクと外気をとりこみ、口の中を緩和させる。
「そんなに無理して口のなかに入れなくてもいいのに」
 
コーンに残ったソフトクリームをおれの手から奪い取り、ひとくちふたくちとかじりだす。そのたびにおれのカラダに再びシビレがよみがえる。
「これで、チョコレート・ストロベリーミックスになった。時間差だけど」
 ゴメン、気が利かなくて。まだ食べているうちにおすそ分けすればよかった。そもそもおれの食べさしを口にするなんて考えもしない。それにしてもそんなに食べて大丈夫なのかと、またまたどうでもいい心配をしてしまう。
 半分ほど食べたところで返してきたから、神妙なおももちで受け取って、残りをありがたくいただいくことにする。そりゃ小学生の時分はそんなの平気で、気にせず回し食いなんかしょっちゅうだった。いまこの時期、女性と、朝比奈と、美少女とでは、なんだかもうしわけがないのが先立ってしまいつつ、いい思い出つくれたなあとひと夏のアルバムにとどめることにした、、、 


Starting over16.12

2019-09-01 15:56:47 | 連続小説

 そうか、もう行かないんだ。
小道のわきに手頃なベンチがあり、朝比奈はそこに座った。こちらを向き、おれの表情から、おれがなにを考えているのか探っている。おれはいつだって朝比奈の言葉の意味さえもわからないまま、逆にこちらの意思は顔を見ただけで判断されるなんて、不公平じゃないかと顔を作ってみた、、、 そして笑われた、、、
 ああそうか、さっきからの話はここにつながる前振りだったんだ。よくあるなそういうの。つまりここは驚いて、その理由なりを問いかける場面なのに、それなのにおれときたら、きっと朝比奈のことだから、なんかあんなこととか、こんなことして退学になってしまったんだろうかとか、父親の転勤で突然引越してしまうとか、そんでもって、トラックの窓から「ホシノーっ、元気でなー」とか言っちゃうやつか、、、 朝比奈にかぎってそれはないな、、、 なんてろくなことしか思い浮かばない。
「そうね、そう。いろいろとあって。わたしはもう学校には行かない。それだけが事実なんだけど、だけど理由はいくつも存在していて、それはきっと誰にも理解しがたい。ホシノにはわかってもらいたから、ちゃんとついてきてほしい」
 ついてきてって、そりゃどこまでもついていきますけどね、、、 ここまでもノコノコとついてきてる、、、 それにしてもまあ、ここでもまた“いろいろ”だけが朝比奈の正解なんだな。
 そりゃ朝比奈の18年にはいろいろとあんったんだろうけど、こうしてみるとついつい同学年とか、、、 別に同学年じゃなくてもいいんだけど、、、 同じ18年を生きてきたとしても、その中身によって36年でも、9年だって成りえるわけで。
「経験とか、環境とか、それだけが人生の根幹をつくるわけじゃないんじゃないんでしょうけど。ましてや確率論とか、数値化されたデータとか。人間関係は複雑なロジックの中で、それに植えつけられた知識も、偶然も、故意でもある」
 そうなんだろうなあ。なんて返しながら、おれにはホントのとこよくわかっていない、、、 9年コースだ、、、 それにしても高校を卒業する前に退学してしまうのは、今後の人生において不利に働くんじゃないんだろうかと、他人事ながら打算的な心配をしてしまう。
「ハハッ。誤解をあたえたようだけど、退学とかじゃなくて、ただ、学校には通わないってだけなの。卒業はちゃんとするから心配しないで。したのかどうかはわたしの勝手な思い込みだけど」
 つまり、経験豊かで、知識も豊富な朝比奈は飛び級とか、卒業するための単位をすでに所得済みで、卒業式の日まで、朝比奈にとってつまらなく、退屈なことこのうえないガッコーって場所に来る必要がなくなるってことなんだろうな、、、 あの窓際の朝比奈を見ていれば簡単な回答だ、、、
「そんなにもね。そんなにも、簡単ではないんだけど。そう、遠からず近からずってとこかな。それでいいのよ、なにが正解か自分さえもわからないから。わたしね、近々アメリカに行く予定なの、予定だけど。そう、夢があって。それをかなえるために。それもまたありがちな選択肢なのかもだけど、そのために、卒業まで待てなくて、待つ必要もないし。どう? ついてこれてる?」
 ふーん、アメリカか。へっ、アメリカ? って、この驚き方ももういいかな。そうかアメリカなんだ。どこかに引っ越しするぐらいしか想像できずにいたから、さすがは朝比奈は、それをはるかに凌いでより壮大だった。
 おれなんか県外に出るってのも大冒険の範疇に入るってのに。だからきっと一生をここで暮らすんだろうなあ。長男で、ひとりっこだし。朝比奈は大丈夫なんだろうか親とか家とか親戚とか、、、心配事が地味でしかたない、、、 にしても予定ってのが朝比奈にしては珍しくあいまいだ。
「ホシノのユニークさね、そういうところ。わたしがアメリカに何しに行くのか訊き掘らない。まずは自分ごととして考えるでしょ」
 
それはなあ、そこまであたまがまわらないってのが正解で、たいして誉められたハナシでもなく、それしてもそんなほめられかたは嬉しいもんだ。
「これは、駆け引きとかじゃなく、おとことおんなとのやりとりのひとつでいい。そこに深い意味をもとめるのか、単なる戯れ言なのか。そんな、そんなね、正面衝突だったり、すれ違いが、ひとの人生を築いていると思うの。偶然の積み重ねだけがひとの人生を語っていくと考えれば気も楽になるでしょ」
 おれが朝比奈の一挙手、一踏足に振り回されているのも、その偶然の積み重ねのひとつになるのかな、、、 あっ、正面衝突のほうか、、、
「なんだか、それって、でもね、すごい奇跡みたいなもんだと思えば、あながち捨てたものじゃないのかな。そういうところにわたしたちは、運命を感じたりするんだから」
 過去も未来も偶然のなかでできあがっている。それなにどうしても法則性を求めたりするからやっかいになるんだ。すべて自分たちの手の中で完結させなければ納得がいかない人間のエゴがそうさせるのか。それなのにおれは見透かされる気がして、あいまいな返事しかできない。
「チンク。また、エンジン止まっちゃた。今度はもう、かからないかもしれない」
 ベンチに両手をついて空を見上げた朝比奈は2~3度首を振り、さして重要でもなさそうに言う。曇り空からいよいよ雨が降ってきたぐらいに。
 えっ、そうなの? なんで、突然そっちにもどった。一回目はかかったよな。だから、あのまま放置してきたんだろうか。おれはなんだか、あの朝比奈のバイト先の先輩なるひとを思い浮かべ、なんて言い訳すればいいかなんて、ぜんぜん朝比奈のありがたいお言葉を生かし切れておらず、なるべく平静を装うぐらいしかできなかった。
「ねえ、ホシノ。ソフトクリーム食べたくない?」
 これまた、なんの脈略もなくそんな問いかけをされても、これは食べたいか食べたくないかを訊いているわけじゃなく、わたしが食べたいから買ってこいって言ってるぐらい、さすがのおれにもわかったから、たしか、噴水がある先にちょっとした出店があったから行ってみるか、、、 こうして偶然の積み重ねとなる作為的な意図に翻弄されているだけのおれ、、、
 ベンチに座ることもなく、次に設定された目的地に向かうことになった。おれがソフトクリームを買ってきて、戻ってくるの待ってるのかと思ったんだけど、どうやら一緒に来るつもりらしく、おれが歩き出したらベンチから立ち上がりうしろからついてきた。
 そりゃ、ほんとにあるかわからない店をおれが探して、買って帰ってくるまで待っているのもつらいか。おれから一緒に行こうとか声かけるべきなんだろうな。それに溶けかけのアイスクリームを持って急いで戻ってくるのも難儀だ、、、 もう一度、さっきみたいに走れるのか自信もない、、、
 夏休み前にイヌで上等とか言ってしまった手前、こういうあつかいになってもしかたないわけで、それどころかこうして身近にいられることに感謝さえしている。なにがおもしろいのか、おれみたいなヤツにアドバイスとか、金言とか、クルマの運転とか教えてくれるのか。そこにどこまで応じられるのか自信のかけらもないんだけど、それで朝比奈が満足ならそれでもいいかって、あくまで他力本願なおれ。
「無理を承知でわがまま言ったんだけど、応えてくれるんだ。ありがとう」
 うーん、つねに言動がわがままいっぱいなんだけど、素直に喜ばれるとこちらも満更じゃないって言うか小っ恥ずかしささえあるし、朝比奈はつねにダブルミーニングとか、高度に哲学的だとか、それにこたえられるヤツはそうそういないなとか納得してるとバイトの先輩があたまに浮かんだ、、、 ヤツも朝比奈の期待通りなのか、、、 クルマ、チンク、動かなかったらどうしよう。
 小道の先から子供たちの声が耳に届く。噴水のある場所は人出が多かった。水着だったり、肌着のままの子供たちが水場で歓声をあげている。あたりまえか、この暑い中広場で遊んでなきゃ、水遊びするのがふつうで、公園の向こう側とこちら側では世界が違っていた。
「うわーっ、気持ちよさそう」
 おれは朝比奈は水着つけてるんだからもしかしたらTシャツを脱いで、子供たちにまじわって遊びだすのかと、ちょっと期待した。さすがにそれはなかった、、、 仮に、やられたら、おれ止められん、、、 自分が観るにはうれしいけど、ほかの男どもの好機の目にさらされるのは抵抗がある、、、 ガキしかおらんけど。
 朝比奈は指を口にあてて、どうしようかって迷っているようにも見える、、、 まさかその気になったか、、、