private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over11.31

2019-05-26 15:35:12 | 連続小説

 なにが健全な18歳なのか自分で決めることじゃない、とかいい言い逃ればかり先に立てて、気づけばおれは、キョーコさんを抱きしめていた。なんとなくそうするのがこの場の雰囲気に似つかわしいと思った、、、 もちろんそれはたんなる方便で、ただ本能の赴くままに行動していた、、、 本能のまま。なんていい言葉だ。
 拒否されれば、素直にあやまるつもりだった。“スイマセン、つい”なんて、キョーコさんの魅力がいけないような言いかたをして、自分はあくまでも素直さを前面に出した言葉を操りながら、いたいけな18歳を演じるつもりだった、、、 いたいけなのか?
 キョーコさんはおれの肩に顔を伏せた。そこからはあたたかい温もりが広がってくる。きっと泣いているんだ。だけど、そんなことはおくびに出しちゃいけない。いくら冷静に対応しなきゃいけないと思ったって、そんな簡単にこれまでのふたりを精算できるはずはない。くしくもおれのスケベ心がキョーコさんの素の部分を引き出したらしい。
「ダメね。ホシノくんに気をつかわせちゃって」
 それはしかたがないことなんだと思う。泣きたい時に泣く、言いたい時に言う。そんな簡単なことをおとなになるにつれうまくできなくなっていく。多くの経験やまわりの影響が、自分のあるべき姿を決めてしまうのはなんとも皮肉なもんだ。
「人間の関係が、言葉だけで完結すれば、そこだけを視ていればいい。内面がどうかなんて自分だけが知っていればいいんだしね。自分に正直になれば、よけいに言葉は重くなる。重くなった言葉は喉を通らずに、また、自分へ戻ってくる。その重みに耐えきれないと心がバランスをくずしていく。理屈ではわかっていても、だからって気持ちまで従わせるなんてできない」
 あいかわらずキョーコさんは、悪い状況へ陥ってしまった自分たちを表現しようとしている。そこから抜けられず、そしてそれを直接言えないのは、良い時を過ごした時期を否定することになってしまうからなのか。
 なんにしろ耳元でそんな言葉をささやかれ、背中にまわされた腕に圧力が加われば、キョーコさんの柔らかな部分との密着度もたかまり、おれなんかにも多少はある理性ってヤツが、カラダのあらゆるところから気化していく、、、 残ったものは自然現象だけだ。
「誰もが未来を知って、恋におちるわけでもないし、誰かを好きになる理由がそこまで深ければ、一歩を踏み出すのはそれ相応の勇気か、何も考えない努力が必要になるでしょ。その時が真剣だからこそ余計に厄介で、そんな考えも年を重ねていけば変わっていく。あたりまえだけど。やり直せないのが人生なら、その時の判断に迷ってちゃ、一歩も進めないのも人生なの。断ち切ることはできても、過去は消せないし、未来にもつながっていく。白紙に戻すわけにはいかない。経験がひとを臆病にしていくと同様に、強い成功体験が離れずに無理強いを押しつけてくる」
 この世に永遠に残るものなんかはない。あるとすれば普遍化した人間の意志だけみたいだ。おれに、そんな話しをするのは、永島さんとは共有できなかった後悔からか。できたからといって特別でもないし、できなくても愛は成立するんじゃないだろうか、、、 なんて偉そうにいっても、いまだ彼女もいないおれが言っても、なんの説得力もないんだけど、、、 気持ちも、アソコも萎えたところで、キョーコさんはおれから身を離した。葬儀場で喪服の女性と、学生服の高校生が抱き合っている図は、どんなもんなんだろう。
「アナタにね、話しをしたかったのは、別にわたしの胸の内を共感してもらいたいからじゃなくてね… 」
 はあ、まあ、そうでしょうね、、、 ですぎたまねをってやつだ、、、 おれにはキョーコさんを支えられるほど、経験や包容力があるわけじゃない。ただ毛色の変わった、、、 キョーコさんから見れば、近い毛色の、、、 人間がたまたま近くにいただけの話だ。胸の内は共感する必要はなくても、胸にしまわれていた呪縛は解放できたようだ、、、 できれば、しまわれた胸を解放して欲しかった、、、 言うと思った?
「 …あなたに、もらって欲しいの」
 えっ? さあ、どうする。一度はおとなしくなったってえのに、これじゃあ復活ののろしをあげてしまうじゃないか。おれの欲望が届いたのか、これはいったん高まった熱を冷ましておいて、そのあとでさらに盛り上げて気持ちを昂ぶらせる、大人の女性ならではの高等技術か。そうまでして、おれなんかにその大役を担わせていいんだろうか。永島さん亡き後のキョーコさんを支えるのは無理があるけど、このタイミングでもらって欲しいっていわれれば、、、 よろこんで!、、、 世の中はいったい誰に親切なのか。
「アイツのクルマ… もらって欲しいの」
 よろこんで!、、、 あっ、はい? クルマ、、、 ですか?
 なにやら、いま、おれに向かってクルマの風が吹いている。それまで自分とはまったく関係のない物体だったのに、急速に身近になってきた。きっかけはマサトで、アイツのひと言からこの夏休みが始まったといっても過言ではなく、きっと年をとってからも、夏が来るたびに、マサトの言葉を思い出すんだ。まったく、とんでもない摺り込みになった。
 さて、自転車以上の速い乗り物を操縦したことがないおれが、突然クルマをもらったってどうすればいいのか、、、 もちろん免許もない、、、 就職組のヤツラが誕生日に合わせて順番に自動車学校へ入校して免許を取っていくなか、12月生まれのおれは、中途半端に進学の可能性を模索しているおれは、いまのところ免許をとる予定もなく、貴重な夏休みに図書館に通うふりをして、バイトして、いくらかの手にした給料を母親に巻き上げられるのが今後の予定だ。
 まるで18にもなって免許をとらないことが、さも常識外れであるかのように。あたりまえと横並びだけが正論としてまかり通っているもんだから、ひねくれもののおれは素直になれず、人の数の多さだけが世間の常識としてまかり通っているだけとか、履歴書に書ける項目がひとつ増えるだけが生きてくことの証のようで、そんなこだわりが、自分の生きる範囲を狭めていき、自分の意地との根気比べになっている。
 予期せずクルマを手に入れることになり、あのクルマをどう有効に遣えるか思いつくのは、マサトとクルマ代を折半しようと、話しを持ちかけられている流れで、なんなら母親に取られるバイト代のかわりに、マサトのバイト代をいただいて、このクルマを譲ってやってもいいかなぐらいで、、、 そんなバチあたりなこと考えて、キョーコさんにバレたら立つ瀬がない。でも、おれが持っていたって正にネコに小判、、、 ブタに真珠のほうがいいか、、、
 おれがふざけたことを考えているあいだに、キョーコさんはポケットから取り出した、いくつかのカギがついたキーホルダーの中から、クルマのカギであろうひとつを段取り良く外して指でつまんでいる。おれが手を伸ばすのを待っているのだ。
 何も言わず、その姿勢も変えないキョーコさんは、おれから目を離さない。おれが手を出しそびれているのは、そこに多くの責任が一緒にぶら下がっているのが見て取れるからだ。おれだってまだ高校三年生なんだから、まだ知らぬ人生の重みなんてものを背負い込みたくはない。
 キョーコさんは、態度を決めかねているおれの心理状態を見透かしているように、そしてどこか楽しんでいるようにキーを揺り動かしている。催眠術にでもかけようというように。そしておれは手を伸ばす。
 それはある種の決まりごとを遂行しているのと同じだった。決められた時間に決められた電車に乗り込むのとなんら変わりのない、自分の意志が介在することもなく、そうしなければ地球は回転をやめ、太陽が東から昇ることもなくなるぐらいに不自然になってしまいそうで。
 おれの行動が原因で太陽が西から昇るなんて、これまでも何度も言ってきた自己中心理論の最たるもんだけど、しばしば人はそうやって、あっけなく責任を背負ってしまう愚かな面もあるんだ。
 子ネコがおれのことをバカにして、鳴いている光景が目に浮かぶ。“なにやってんだ、ミルクをもらうのにそんなに苦労してちゃ、この先ろくな生き方はできないぞ”そうなんだ、そんなに単純に物事を考えられたら、もっと要領よく人生を謳歌できるはずなのに。
 そうしておれは、自分で行き先を決める手段を手に入れた。他人から促され決めたこと。自分で選んだようで他人に支配されていこと。そんなものは、はじめからなかったと同じで、乗っかった道で自分にとって良い結果を出せるかどうかだけが、人生の最良を決めてくれる。
 キョーコさんは、さまざまな重い荷物を手放して身軽になったみたいで、軽快にベンチから立ち上がり颯爽と去っていった。このやりとりが彼女にとっての最良になればいい。
 逆に、重い荷物を背負わされたおれは、ベンチに沈み込んだ重い腰を上げられずにいた。重たいのは気持ちだけじゃなかった。身体にのしかかる、そうあるべき人の目が四方八方からおれの身体を押さえつけていた。
 自分の成長というものは、自分の意志とは関係なく、勝手に進んで行くんだ。産毛が濃くなったかと思ったら、あっという間に黒々としてきたチン毛も、それと時を同じくして、夢の中で勝手に精通をしてしまったり。自分がどれほど目を背けていても、身体は成長していくし、重ねた月日の数だけ世間が人並みの行動を求めていく。
 おれは常々思っていた。だれかに委ねて自分をどこか別の場所へ移動するって、なんだかそこに自分の意志は介入していないんじゃないかって。それが、通学で電車やバスに乗るときでも、親のクルマで一緒に買い物に出かけたときも、ましてや旅行にでかけたときなんて、予定と時間消化の流れの中で、自分の身だけが意識と切り離され、決められた工程を進んでいるだけにしか思えなかったから。
 女性の感触だけをおれのからだに残して、キョーコさんは去っていった。永島さんと共に、もう二度と逢うことはないんだ。結婚式に涙しても不思議ではないが、葬式で笑えば常識外れになり、実際の理由は悲喜こもごも、ひとそれぞれであったって、誰も表面上しか見ることはできない。


Starting over11.21

2019-05-19 07:12:09 | 連続小説

  おれが葬式の話しなんかを持ち出したもんだから、こんなことが現実となってしまうんだなんて贖罪のしかたをすれば、まるで自分の一挙手、一踏足で、世界が変化していくだなんて大きな勘違いだと、笑われそうなものだけど、弱い人間ほど往々にしてそういうところに陥りやすい。
 つまりそいつは、そう考えた方が楽だって、おれが逃げているだけで、そんな実のない後悔など誰も望んでいないし、単なる独り善がりでしかない、、、 だって、おれが本当に詫びなきゃいけないことは、別にあるんだから。
 時折、目をハンカチで抑えるしぐさをしていても、本当の涙は出ていない。あくまで周囲を納得させるためのしぐさで、それがいま、キョーコさんがしなければならない役割だってだけだ。線香の煙が目に染みたって、いまはありがたいぐらいなんじゃないだろうか。
 いくらキョーコさんが永島さんと長く付き合っていたからって、しょせんは恋人とか、彼氏、彼女といった、本人同士だけで通じ合う呼称であり、公にはなんの拘束力ももたず、二人の関係が、両親にどこまで知らされていたのかわからないけど、永島さんの両親から見れば、せいぜい友人の中のごく親しいひとりぐらいの認識か、もしくはそこまでも到達していなかったのかもしれない。
 それが、キョーコさんがこうして、おれたちと同じ場所で、いち友人関係のグループの中で、立ったまま葬儀を向かえている理由のひとつで、とはいえ親族席に呼ばれたら、それはこの先も、永島さんとの関わり合いを拘束させられるってことになり、おたがい誰もそんな痕跡を望んじゃいない。
 そんな多くの思惑が絡まるこの場の重たさに、おれは息苦しさもあって抜け出すことにした。理由はなんでもよかった。気分が悪い、頭が痛い、腰が痛い、、、 これはいつもか、、、 あたりさわりのないところで、トイレに行きたいってことに決めたけど、別に誰にも気づかれることなく抜け出せた、、、 おれのこの場での存在感なんて、こんなもんだ、、、
 永島さんとの最後のお別れなる行事に、なんの意味も見出せず、いつまでも参加している気分にはなれなかった。どうせおれには送る言葉なんか何もなく、ただ、その場にいるだけの人間で、同じ職場で働いていた、それだけの理由で、ひとりでも多くの人に見送ってもらいたいという、本人の意向かどうかもわからない、建前重視の行為の一翼を担っているだけなんだから、、、 いまさら永島さんが、おれからのお別れの言葉を待っているとも思えない、、、
 そもそも、おれは葬儀に出るつもりもなかったのに、ごていねいにマサトが夏休みだってのに学生服着て朝から迎えに来るもんだから、母親に問い詰められて、そこでマサトもようやく自分の失態にきづいたらしく、しどろもどろで受けこたえた挙句にそうそうにゲロしてしまい、バイトのこともばれてしまった、、、 このタイミングで、、、 絶句。
 父親は、苦虫を噛み潰したような顔をして、、、 虫、噛んだ人、見たことないけど、ニガいんだろうな、、、 『おまえってヤツは、本当に… 』と言葉を失っていた。その続きは聞きたくなかったから、失ってていいけど。
 母親は、それなのにかわらず平常運転だった。なんだか前からうすうす気づいているような感じもあったし、『お給料出たら、なに買ってくれるのかしら』と、とぼけた顔して、しゃあしゃあと言ってのけた。ある意味、母親のほうが怖い、、、 給料って、いつもらえるんだっけ。
 さて、このまま帰っても誰もなんとも思わないだろうし、一応の義理は果たしたつもりはあった。明日、誰かに途中で帰ったことを問われても、まあ、それらしき理由を言っておけば、本当かどうかって判断ではなく、しかたなく帰ったおれを、良識ある社会人として受け入れてはもらえるはずだ。誰も気付いていなけりゃ、それはそれで自分の関心度の低さに気が楽ではある、、、 今だって、抜け出しても気にとめれらてないんだから、そんな心配は無用のはずだ。
 トイレで小用をすませ、ハンカチを手に出てくると、「ホシノくん」と呼び止められた。バイト先関係でおれをホシノくんと呼ぶ人はキョーコさんしかいない。トイレの前で顔を合わすのも変な感じだけど、この前は洗濯機の前だったから、なにかと生活感が濃い。
 彼女は何かを話したがっていた。それはやはり、同じ感情下にある者でなければ成り立たないからだと、、、 自分では、そう思っていよう、、、
 ついさっきまで、キョーコさんは大切な彼氏を失い、悲しみの渦中にあり、それであって気丈に立ち振る舞い、周りの人を感心させる役回りを演じていたんだけど。
「ちょっと、気分が悪いから、休んでくるって言って、抜けてきちゃった。もう、あれ以上はもう無理だったから。先に抜け出してたホシノくんならわかるでしょ」
 そう言われて、すぐに「はい」と答えるのはヤボというか、自信過剰というか、だからおれは、あいまいにうなずくにとどめた。それより、よくひとりで抜け出せたもんだ。普通なら、誰かが一緒に気遣っても良さそうだが、女子大生のおねえさんは来ていないし、スタンドのオトコ連中に、それほど気が利くヤツラはいない、、、 どちらにしろ女性トイレまでは付き合えない。
 おれたちは葬儀の隅に設置されていたベンチに腰掛けた。鉄のパイプとプラスチックの板で作られた、ありがちなベンチは、なんの優しさもなくおれ達を迎え入れる。
 キョーコさんは自販機でコーヒーを買ってくれた。何が良いかって聞かれて、夏だし、暑いから、本当はコーラが飲みたかったけど、なんだか、この場の雰囲気に似つかわしくないような気がして、コーヒーが無難に思えたから、、、 これが大人の男性の対応だ、、、 キョーコさんも同じコーヒーを買っていた、、、 さすが大人の女性、、、 本当にコーヒーを飲みたかったかも知れんけど。
「なんだか、悲しさより、スッキリしちゃって。これ、言葉にしちゃうと、すっごく冷たい言いかたに聞こえると思うけど、本心だから良い子ぶった言い訳はしない。わたしたちはもうそこまできてたし、なにか劇的なことが起きなければ、これは変わらないと思っていた。なにも変わらずそのまま暮らしていければ、それはそれでもよかったってのかもしれないけど、わたしたちにはその未来図は見えてこなかった… 」
 キョーコさんは、おれに向かって話しているようであり、キョーコさんだけに見えている永島さんに話しかけているようでもある。かたちどおりうなずいてみたけど、たぶん視界に入っていない。
「 …こうならなければならない、それなりの理由があって、アイツはきっと、こうなってしまっても、わたしより、あのクルマの方が気がかりなんだと思う。これはね、嫉妬とかじゃなく、アイツがこの世に未練があるとすれば、まだまだ走れるあのクルマを置き去りにすることじゃないかな? 自分が一番いい時を過ごせた、あのクルマとの出来事だけが、アイツの心に残っている」
 キョーコさんは、葬儀場にはにつかわない穏やかな笑顔をしていた。気になるのは、ガレージに残したままの『ニーナナ』って呼ばれている、あのクルマのことなんだ。永島さんのいい時期はあのクルマだけじゃなくって、キョーコさんとの時間も含まれているはずなのに、そう言いきってしまうことに決別の意思が強くにじみ出ている。
「わたしはね、それでいいと思ってる。変に未練がましくされたほうがキツイから。別にね良かった時期を否定するつもりはない。でもそれはいつまでも同じ時期が続くかどうか、続けなければいけないという支配と、区切りをつける罪悪感。人の人生なんて。良いか、悪いかの話じゃなくてね、そんなものに心を揺らされているだけなの」
 彼女は永島さんの中に自分への未練が残っていないことを望んだ。実際にどうだったかなんてわからないけど、言葉に出してお願いするより、そうであったと信じられる方がよっぽどいいはずだ。ふんぎる時は誰にだって必要だ。そのタイミングを見誤って失敗する人は少なくない。
 それにしてもクルマって、運転手が、、、 ドライバーって言わないとカッコ悪いか、、、 死ぬぐらいの事故したんなら、それなりの壊れ方をしているはずだろ。
「アイツね。自分のクルマで走ってないの。今回はスポンサーの依頼で、そのクルマのテスト走行で呼ばれてたの。そして事故を起こした… そう、きっと起こしたのよ。自分で」
 収まるところは必ずあるし、そうしなければならない雰囲気に押し流されることもある。無理に反発すれば、その場にはいられなくなるし、居座りつづければ互いが傷つき合う。ふたりは、そんなストーリーを感じ取っていた。その結論を誰がくだすのか、それだけが問題だった。
 おれの無神経な後押しが、こんな結果を招いてしまったと言えば、あまりにも自分の存在を大きくしすぎだろうか。自分の行動で世界が変わるなんて誰もが考えがちで、それは孤独な妄想と変わりないって、わかってはいるけど、どうしても後味の悪さは引きずってしまう、、、 これ、今回の最初に言ったな、、、
 だって、キョーコさんにはできなかったんだから。献身が彼女に課せられた役目だったから。永島さんにもできなかった。自分のわがままを背負ってくれる人がいたから。そのバランスを崩してしまったのは、おれだったんじゃないかって、、、
「自分のせいじゃないかって、いま思ってるでしょ? ホシノくん。そんなこと考えないで。きっかけだったかもしれないけど、それだけのことよ。でも、“ありがと” …変だけど、それが一番ホシノくんに言いたい言葉かもしれない」
 いつもとは違うアップにした髪型で、きれいに整えられた襟元に目が行ってしまう。うすく赤味がかり蛍光灯の下で発色して、とても色っぽかった、、、 
 こんな場所で、このタイミングで不謹慎なんだろうけど、そう見えてしまう若き血潮に逆らえないし、別のことを考えて気を紛らわすのはかえって彼女に失礼だと思ったから、おれは健全な18歳のままでいることにした。


Starting over11.1

2019-05-12 06:18:47 | 連続小説

 翌日、スタンドに来なかったのは、ツヨシだけではなく、永島さんも、、、 だった。
 そんな言い方をすれば、ツヨシが来ないのが正しくて、自分の意に反した結果に不満があるように聞えるかもしれないけど、もともとおれには永島さんが来ないって選択肢はなかったからそういう言いかたになっただけだ。
 今日は日曜日。永島さんはレースの練習走行があり、もともとスタンドに来ない日だった。最初からそのつもりでツヨシが来ないって賭けをしたんだろうか。つまり、たとえツヨシが来たとしても、永島さん的には来なかったことになり、賭けはおれの負けになる、、、 なんて、笑い話ができたらよかったんだけど、その悲報が届いたのは昼すぎのいちばん熱いさなかだった。
 事務所の中でオチアイさんとマサトが、なにやら深刻な顔で話してる。おれはひとりでバタバタと働いていた、、、 いつもの日曜だ、、、 働けマサト。
 おれがガソリンを入れ、窓ガラスを拭いているとマサトが近寄ってきて、永島さんが事故を起こして病院に担ぎこまれたと、キョーコさんから連絡があったと告げてきた。そしてずいぶんと深刻な状況であると、やけにマサトが真面目な顔してるもんだから、こんな真剣な顔見たの久しぶりだなあと、別の感情が先に立った。
 だいたい接客中にそんなこと言われても、お客さんの手前、驚くことも、動揺することも、そして状況をくわしく訊くわけにもいかず、そうか、早く良くなるといいな。なんて、その場をやり過ごす言葉を吐くしかなかった。
 おれはその後もふだんと変わらず黙々と仕事をこなすなか、誰もが永島さんの動揺を隠せないまま、無駄口をたたくこともサボることもなく、スタンドを右往左往して駆け回り、仕事に従事しはじめちゃって、ふだん永島さんはそれほど業務にかかわっていないから、みんながそんなに頑張っちゃたら、おれに仕事がまわってこず、なんだかずいぶんラクになるなあなんて、こっそりとニヤケてしまった、、、 かくゆうおれだって、普段じゃなくなっていたんだ。
 みんな永島さんが心配ではあっても、ただその続報を望んではいないようだ。電話が鳴るのが怖くて、事務所に近づかず、時間を忘れようと仕事に没頭している、、、 ふりをしている、、、 それでも昨日してたことを、今日一日やらなければならないのが社会の時間の回り方なんだ。
 クルマの出入りが多い一日で、忙しさもあった。みんながそんな状態だったから、カラダは動いていても、いつものように立ち回れていなかったこともある。なにかとバタバタとして、そのくせ誰も口を開こうとせず、日頃の雰囲気とは程遠い、重苦しい状況だった、、、 あたりまえだ。
 事務所で仕事のある女性大生のおねえさんは、ひとりで心細そうだった。電話が鳴れば自分が出なきゃいけないんだから、いやな役回りを押しつけられたと感じているだろう。
 普段なら二階の個室にこもりぱなしで、顔を見せることはないオーナーまで出て来て、なんだか陣頭指揮を取りはじめようと勇ん出てきたが、なにを言っていいのかわからないので腕を組んで唸っていたから、女子大生のおねえさんに椅子に座らされ、電話当番をおしつけられたようだ、、、 いい役どころだ。
 クルマが途切れたタイミングでマサトが声をかけてくる。
「オマエ昨日、永島さんとめずらしく話しこんでたろ。あのボウズがかーちゃんに連れてかれたあとで。何か言ってたか。ほら、なんか心配事でもあって、それが影響したとか」
 ツヨシはもう二度とここへは来ないと断言していた。来たらガレージでかくまってていいって。そんな話しをしていた、、、 だいたいおれに悩みごとを話す仲だとでも思ってるのか、、、 自分の明日がどうなるかなんて誰もわからないんだ。自分がこうしようと思っていたってそうなるわけじゃないだろ。
「なんだよ。そんなの理由にならないじゃないか」
 永島さんが事故した理由をどれだけ考えたって、なにか前ぶれがあったとか、なかったとか、それはコチら側の勝手な憶測にしか過ぎない。わざわざ何かことを起こそうとするとき、あえてそれをニオわせるならば、それなりの含みがあるときだけだ。サーキットに行く前の日にクルマもイジらず、子どもの寝床に提供したってことがすべてなんじゃないのかって、おれだってそんなことぐらいわかる。
 見ようによっちゃあ、そんなのは日頃から感じてたはずだ。例えばキョーコさん、、、いや、キョーコさんのことしかないだろ。だからふたりは疲れていった。そしてどちらも降りられなくなったゲームを終わらせるには、どちらかがその場を去るしかなく、それがたまたま、今日であっただけの話しで、そいつに理由付けしなきゃならないのは、本人達以外のその他大勢のやりたがることだ。
「キョーコさんに原因があるってのか? なに言ってんだよ。あのふたりにそんなわけないだろ。あいかわらずだな。おまえも少しは心配したらどうなんだ」
 ということで、どうやらおれは、大切な先輩の状態を心配することもない、冷たい人間だって正面切って言い張られた。まあいいさ、そう思われたってどうってことはない。これまでだって、知らないあいだに悪者にされてたことは何度でもある、、、 夏休みまえの一件だってそうだ。人と差別化することで自分の存在を確かめているヤツラもいる。いちいち相手をしてる暇はない。自分のためにやることはいやになるほどあるんだから。
 葬式だって悲しそうに見えなくても傷ついている人はいるだろうし、大泣きしていても早く帰りたいと思っている人もいるはずで、、、 おっと、それは、いまは例えが直接的すぎだ、、、 驚かないから人間味がないとか、悲しまないから情けがないとか、分量で量れるのなら、一人一人にそのメーターでも付いてりゃ、わかりやすくていいんだろうけど、そうじゃないのが人間のいいところでもある。
 そして、その日の仕事終わりを見計らったようにして、キョーコさんは現れた。
「タツヤ、死んだって」
 抑揚のない言葉だった。あまりにも普通すぎてマサトは、言葉の内容と意味が一致しておらず、『そうだったんだ。よかった、じゃあおれも帰るか』と言って、ひとり帰りの歩を進めはじめ、二、三歩進んだところで、絶望の顔で振り返り、声もなく大きく口を開いた。マサトを止めようとしたみんなは、伸ばしかけた手をおろして、こうべを垂れ、肩を落としていた。
 マサトは泣いていた。オチアイさんはアタマをかかえて椅子に堕ちた。オーナーも悲痛な表情をみせた。女子大生のオネーさんはキョーコさんに抱きつき泣き崩れた。キョーコさんは神妙な顔をしているが、なにかを量ったようにおれを見ている。オーナーは、、、 オーナーはいなくなっていた、、、
 そんな中でもうひとり、おれと同じように、、、 たぶん、無表情の中に深い思いをしまい込んで、、、 冷静でいる人がキョーコさんだった。最初から、そうではないかと思っていた。理由はないけど彼女もまた、こういった状況を冷静に捉えてしまうタイプの人間なのではないかと。
 『死んだって』と言うなら、キョーコも誰かから聞かされただけで、自分では確認していないってことだ。おかしいじゃないか、その場に立ち会っていないなんて。それがいろんな意味で、キョーコさんと永島さんの関係を物語っているんじゃないかって。
 おれもあきれるほど落ち着いてその事実を冷静に読み取って、あいかわらず自分の感情が大きく動くこともなく、ただ、ああそうなんだと。縦割りにすべての物事を二分化できれば、効率とか能率を考えて、統計的にそう判断して生きていければいくらか要領よくなれるのかもしれない。
 そして、おれはそのどちらにもなれず、まわりが自分の感情を表に出すことをいとわない姿をただ漠然と眺めていた。近い人が事故をして重傷となり、そして死んでいった、、、 それなのに感情が振れないのはどうしてかなんて説明できないけど、どこかでヒトの不幸や悪事を想定していたり、望んでいたりもして、自分でも恐ろしくなるほど冷酷になっているときがある。
 自分がそんな無関心でいられるのに満足してるわけではなく、できれば悲しむ気持ちが湧き出て欲しいと思っていた、、、 思って出てくるわけもない、、、 だからって、表面上で悲しむポーズをするのにはもっと抵抗があった、、、 そうして、おれができることといえば無表情でいるだけだ、、、 それが一番、当り障りのない態度だからだと思えたんだけど、無表情はイコール無関心で、冷たいヤツってことになるわけだ。
 おれがそんな態度でいるのは、昨日の朝比奈との別れ際の言葉も一役かっていて。なぜか少し悲しげな表情の朝比奈は『ナガシマさんと、話しができて良かったんじゃない。彼もよかったと思ってるわよ。 …きっと』なんて、いま思えば今日の日を示唆しているようにも思え、それに気づいたときよけいに冷めてしまった。
 朝比奈が預言者であるわけじゃないだろうけど、おれが勝手にその言葉を利用しているだけにすぎない。こうしてひとの言葉は、本人の想いとはべつに誰かの慰めモノになっていくこともある。
 キョーコさんはおねえさんを落ち着かせてイスに座らせ、そしてひとりひとりの肩をたたき、慰めの言葉をかけていた。一番慰められたい立場のはずなのに、その行為をすることによって気丈に振る舞えているのだろうか、、、 それがみんなの涙をよけいに誘うことになる、、、
 あの日、ガレージの中でかわされた言葉は知るよしもないし、永遠に語られることもないだろう。だけど、この結果だけを知ってしまえば、ふたりは納得しているんだろうと、、、 そう思いたい、、、 でなきゃ、あまりにも悲しすぎるじゃないか。
 こうして、いなくなってから、思いを馳せるおれは、きっとうまく人生を過ごしていないなによりの証拠であると、、、 満足する結果なんて永遠に得ることはない。


Starting over10.41

2019-05-05 12:56:36 | 連続小説

「少年も、悩み多き、年ごろか。ホシノって抱え込むタイプだったんだな」
 朝比奈が、俳句でも詠むようにそう言った。
 家に帰って来くる道すがらで、朝比奈のスクーターが玄関先に止まっているのが見えたもんだから、おれは、なにごとかと早足になっていた、、、 走れる範囲で、、、 すぐに心臓があぶった、、、 別の意味でも。
 玄関にある我が家のプリンスの宮殿の横に座り込んで、プリンセス朝比奈はプリンセスとじゃれあっていた。プリンセスはご機嫌麗しい様子だ。こいつ、おれが青春のわななきの中で気苦労が絶えないっていうのに、のほほんと日々を暮らして、、、 それがネコの普通の暮らしだ、、、 そんな決めつけをすると、ネコだって楽じゃないなんて反発されるかもしれないけど。ただ朝比奈とイチャつくのは、コイツだけに与えられた特権のような気がしてなんとも許しがたい。
 今日の夕立が、おれの一日のすべての流れを演出しているようで、朝比奈が家に帰る途中、、、 いったいどこに、毎日、足しげく通っているのか、、、 運悪く夕立にみまわれ、それが丁度おれの家のそばだったもんだから、とにかく玄関先に駆け込んだということだ、、、 運良く、、、 運、良過ぎだな
 これほどうまくストーリーが進むのは、やはりフィクションだからだろうか、、、 前回、否定したのにな、、、
 朝比奈が軒先で雨宿りしているところに買い物から母親が帰って来て、家に上げてもらい、バスタオルを貸り、シャワーも勧められたけど、さすがにそれは断ったと、、、 シャワー浴びて欲しかった、、、 しかしバスタオルだけでも大収穫だ、、、 お宝にしなければ。
 見れば朝比奈が着ているのは、おれが大切にして一度もそでを通していない、メジャーリーグのレプリカユニフォームではないか。胸のチーム名が盛り上がって、なんともいえないフォルムをかもしだしている。やはり女性のユニフォーム姿はいい。
「ああ、これ? お母さんが、服が乾くまで着てなさいって。部屋の壁にいつもかけっぱなしになって、着てるところ見たことないから、よかったらあげるわよって」
 いやいや、大切に飾ってあったんだけどね、、、 それをあげるって、、、 そりゃそのユニフォームだっておれなんかに着られるより、朝比奈と密着している方がよっぽどいいに違いない。でもそのユニフォームは悪いけどあげたくないなあ。ぜひ取り戻して今後は部屋にも飾らずにもっと大切に保存しておかなくちゃ、、、 そのままの状態で、、、 ああ、おれの変態指数がどんどんあがっていく。
「あら、イッちゃん。帰ってたの、なんだか玄関先が騒がしくなったと思ったら」
 と、ふたりのあいだをひき裂く、いけずな声が割りこんできた。
「ゴメンなさい。お騒がせしちゃって。わたし、そろそろ失礼します」
 いえいえ、さっさと失礼するのはウチの母親のほうで。
「いいのよ、ゆっくりしてって。洗濯物だってまだ乾いてないし。せっかくだから部屋にあがってもらいなさい。わたしも勧めたんだけどね、イッちゃんが帰ってくるまで、ここで待つって聞いてもらえなかったのよ」
 よっしゃ。洗濯物、乾いてなくてラッキー。
「よかったわね、イッちゃん。部屋にある、いろいろと不都合なものがバレなくて」
 そう爆弾を落として立ち去っていった。まったく母親らしかぬ言動だ。あんなこと言ってますけど、別になんにもないんですよ、、、 何にもないわけはない、、、 こちとら現役バリバリの男子高校生なんだから、、、 さっきも妄想したし。
「…だって。だいじょうぶよ、なにも物色するつもりないから。それに、なにか出てきたっておどろかないわよ、高校男子なんだから。逆になにもなかったらおかしいでしょ。それじゃあ、おじゃましまーす」
 そういって、さっさとあがっていってしまった、、、 おれの部屋わかるのか。
「わかるわけないでしょ。エスコートしてくれないの?」
 エスコートするほど大きな家でもなく、おれは廊下と階段を先に進み、朝比奈を部屋へ向かい入れた。部屋でふたりになってなにか話題をとあたまを巡らしたんだけど、話題に貧困なおれは、きょうの出来事をかいつまんで話していた、、、 じゅうぶんショッキングな出来事ではある。
 それにおれとしても、自分の気持ちを整理させるためであり、自分の行動の是非を朝比奈に聞いてもらいたかったからだ。そんな重要な話しをしてる最中になのに、お約束のように、母親が、飲み物と、オヤツをそれもわざわざ二回に分けて登場して、話の腰を折り、さらにはおれの慾情をなえさせてくれた。そして冒頭のセリフに戻る、、、 律儀に戻らなくてもいいけど。
 しかし少年って、、、 いい意味でとらえればいいか。どうせあたまの中も、やってることも子どものときとなんら変わってないんだし。
「わたしは、正解捜しなんかしなくてもいいと思う。ツヨシくんの人生にホシノが関わってそれで良い結果になったのか、最大の失敗だったのかなんて、もうホシノの手を離れてるじゃない。ナガシマさんの言ったことって、そういうことだと思うんだけど。もし、ツヨシくんがホシノとの出逢いのせいで悪い人生を送るハメになったと思ったんなら、それは誰と出逢っても誰かのせいにする人間でしかない。少なくともわたしはそう思ってこれまで生きてきた」
 
うっ、言いきっちゃって、、、 そりゃ、そう言ってもらえるのはうれしいけど、それは成功体験が積み重なった結果で、おれみたいに失敗の記憶しかないヤツにとっては、誰かのせいにしないと生きていけないわけで。朝比奈のように超ポジティブシンキングになれれば、もう少しいい人生を生きてきたはずだ。
「そうだろうな… 」
 朝比奈はうれしそうな笑顔で頬杖をついて、うわ目づかいでおれのほうを見た、、、 すいません超ネガティブで。
「こともの時に、ひとりぼっちになった記憶って、いつまでも忘れないんじゃない。わたしにもそんなことあったし。誰にだって一度はそんな体験あると思うけど」
 そう言われてなんとなくあたまの中に蘇ってきた過去の記憶に、おれにもこんなことがあったって映像がよみがえってきた。
 ツヨシみたいに母親から一方的に言われて、ひとりで外に待っていたわけじゃなく、子どもの頃に、どこかデパートの屋上の遊具施設みたいなところではぐれて、ひとりぼっちになってしまった。
 あたりまえのように不安になり、バカみたいな話しだけど、どうやってこの先、生きてこうかなんてとこまで考えていた、、、 子どもの時ながら自分の不安の尺度が情けない。
 しばらくひとりで突っ立っていると、係りの人がやってきて、大丈夫? とか、おかあさんはどうしの? とか、そんなことスラスラと答えられる迷子がいたら、誰も苦労しないような声かけをしてくるもんだから、本音じゃ、これで母親を呼び出してもらえる。ああ助かったなんて思ってたけど、やっぱり素直に受け入れられずに、おかあさんにここで待っているように言われてるから大丈夫。なんて後悔すること間違い無しの返答をしていた。
 母親からはいつも、迷子になってもうろうろせずにその場で待ってなさい。おかあさんが必ず探してあげるから。と言われていたから、間違いではないはずだが、そこんとこで素直になれない。
 ただ、係員としても、ああそうですかと子どもをほかってはおけないから、いや事務室まで来なさい、放送かけてあげるから名前を言いなさい、果てはまったくこんな小さな子をひとりにして、ひどい母親だとまで言い出した。
 子供にだってプライドはある。たとえ人ごみで母親とはぐれ、不安な気持ちがあったとしても、知らないひとに自分の母親を貶められるような言葉を言われれば、否定的な気持ちになる、、、 だよな、ツヨシ。
 だからなんだけど。だから、そうやって母親のことを、とやかく言われるのが我慢ならないんだし、おれだって我慢ならなかった。意味も理由もなく庇っているわけじゃない。自分で思う分にはまだしも、ひとに言われるのは受け入れられないってのは、子どもといえば、子どもってことなんだよなあ。
 だけどデパートでそんな担当をしていれば、大勢の迷子を日々相手にしているから懐疑的になるのもあたりまえで、おれたちだって、今日そんな気持ちをいだきながらツヨシと関わっていたんだし。
「記憶って、あいまいだから。特に子供のころって。自分では本当にあったこととして記憶してるけど、実はそうでもないことっていっぱいあるみたい。おかしいでしょ、自分は経験してるはずなのに、実際ではなく。まわりの誰もが認識していない。歴史って自分の認識ではなくまわりの評価で成り立ってる。だから自分の時間軸が違っているようで、でもそれって、悪い話じゃないでしょ。いま生活している世界と、別の世界に生きてきたあかしがあるみたいで」
 朝比奈は、我が家の安物の紅茶をいつしか飲みほしていた。おれは朝比奈の言っている意味が半分もわかっていなかったけど、そうだよなあ、なんて感心したふりをしていた。 ツヨシをキッカケにして、たぶんこの先、生きていても思い出すはずもなかった記憶のフタが開いてしまった。
 そこでだ。もしおれの母親も、自分の興遊目的で、、、 つまり、パチンコとか、父親以外の男性と、、、 うーん、鳥肌が立つな。ツヨシも将来そんな気分になるんだろうかなんて、すこし同情してしまう。
 朝比奈はおれのベットに腰かけて、窓から見える月を見ていた。おれのはなしを聞いていたのか、いなかったのか。ゆっくりとうなずいたり、微笑んだりしている。月のひかりがメジャーリーグレプリカユニフォームを透かし、朝比奈の曲線を浮かび出していた。
 この瞬間も状況も本当は現実でないのかもしれない。おれが勝手にそう思い込んでいるだけで、あとから聞いてもたら誰もそんな事実はないっていわれるのかもしれない、、、 とりあえず今日は、あの場所に顔をうずめて寝る前にいそしもう、、、
「夏ってさ、ながくていつまでも終わらない感じがある。それが冬だと、はやく暖かくなればいいのにと、春が待ち遠しいのに、夏は、ながくてもはやく終わってほしいとは思わない。それって、夏休みってのが関連してるのかもしれないけど。だとしたらずいぶん罪なこの国の決まり事だな」
 そりゃおれもそう思ってる。特に朝比奈と一緒の時間はずっと続いてほしいとも。それなのに、楽しい時間はあっというまに過ぎてしまう。てことは夏休みもあっというまに過ぎてしまうんじゃないか。いやなことが多ければ長く感じるのってでは、意味がないんじゃないだろうか。
「いいことも、いやなことがいっぱいあっても、夏はながいんだから、どうにかなるんじゃないの」
 と、さすがのポジティブさ。どうせ明日になにが起こるかなんて、わかるはずないのに、わかった気になりたいのは勘違いがはなはだしいだけで、でも、そうでないと明日を迎える用意ができない日だってある、、、  これがきっかけで、おれの人生が好転すればいい、、、 それもすべて自分の考え次第なんだけどさ。