private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

商店街人力爆走選手権

2016-01-23 15:45:33 | 連続小説

SCENE 21

「あのう、木崎 仁志貴さん。 …ですよろしいでしょうか?」
 対面には仁志貴がいた。今日はタコス屋ではない。
「ああ、オレ。そうだけど。あんたがスギウラさんか… スギモトさんだったけ?」
「杉下です」
 仁美が指定してきたのは、日常的にフリーマーケットが開かれている通りだった。
「ああ、そうだっけ。悪いねー、オレ、人の名前覚えるの苦手でさ。トクダさんから話は聞いてるよ、オレに頼みごとがあるって。何だって聞いたらさ、会ってからのお楽しみだってよ。楽しみにしてきたけど、いやーこれは予想以上だ」
「時田です」
「えーっと、そうだったっけ。あんた、物怖じしないタイプだね。こういう仕事になれてんの、 …かな?」
 思わせぶりな言葉と、舐めまわす視線が仁美の肢体に絡みつく。
「どういう意味でしょうか? 言いたいことがあるならハッキリと言われたらどうでしょうか。それに品定めをするような目つきはやめていただけますか」
「あっ、ダメだった? 美人を見るの好きでね。嫌いなヤツいるのかなあ… 」
 手ごたえのない回答をした仁志貴が勝手に歩を進めていくので、しかたなく仁美も付いて行く。興味があるのかどうか、仁志貴は店先に並んでいる商品に目をやりながら歩いていく。それに追いつこうと歩幅を大きくとり、先回りした仁美が行く先を阻む。
「自分の立場も定まらないままで、ずいぶんと強気なんですね」
 耳に入っていないのか仁志貴はそれには応えない。仁美は仁志貴の目の先を見るとも無しに見て、何を物色しているのかを確認していた。気になるのはどうやら女性向けの商品ばかりを眺めていることだ。知り合いの女性にでもプレゼントするつもりなのか。
 すると手がスッと伸びヒマワリ色のバレッタを手にした。
「どう? コレなんか?」
 仁志貴は無造作に仁美の後ろ髪をまとめあげ、バレッタで挟む。
「えっ? なに?」
「いいよ。似合ってる」
 仁志貴は店員に値段を聞いて、安くしろと交渉を始めた。勝手に髪をまとめ上げられた仁美はバレッタを外そうかと伸びる手を止め手をおろし、それからもう一度伸ばして取り外し上着の襟に留めた。
 笑いながら精算を済ませる仁志貴の交渉が、首尾よくいったのかどうか。
「あなたの方こそ、女性のあつかいに慣れてるようですね。それがすべての女性に通用しないことも、わたしには逆効果であることもおわかりじゃないのでは?」
「そう、ツンケンするなって、プレゼントだよ、単なるプレゼント」
「ツンケンって… 」
 言いかけて、どんどん相手のペースになっていることに気づき息を吐いた。どうもペースがつかみづらい。意図的なのか天然なのか。
「もしかして、わたしのこと口説いてるつもりですか?」
 仁美は自分の間合いに持ち込もうと揺さぶりをかけた。そんな意図を持った小言など耳を素通りしている仁志貴は、会計が終え女性店員と楽しそうに会話を交わしていた。
――もう! 話し聞いてない。
 仁志貴は店をあとにして、先に歩を進めた。仁美は舌打ちをこらえて横を向き、うしろを付いて行く。
「イイ女に会ったんだ、口説かないのは失礼だろ。それは今にはじまったことじゃないし、あんただからってわけでもない。それとも他になんか理由が必要なのか」
――聞いてるじゃない。別に失礼じゃないし。
 仁美は顔がこわばりそうになったが、すぐになにごともないようにして仁志貴を見返す。
「すべてわかっているのか、それとも何もわからず探りを入れているようにも見えますよね。なんにしろ、わたしは必要以上のことは言うつもりはありませんから」
「自分の方が立場が上でないと気がすまない性格か? 近頃は変な対抗意識ばっかり先に立って、結局のところ損してるようにしかみえないよな、おたがいに。なあそうだろ?」
 たまたま店先にいた店員は、いきなり振られビックりして自分の顔を指差す。仁志貴は笑い飛ばして、悪いとばかりに顔の前で片手を挙げる。
「あなたの世界観や損得勘定にどうこう言うつもりも、関心もありません。わたしは今日、時田がやろうとしていることについて、あたながどこまで協力してもらえるのか知りたいだけです」
「協力も何も、オレに割り振られた役割をまだ聞いてないからなあ。あんた達がどこまで知っているのか。タヌキさんが何をしようとしてるのか。肝心なところは伏せたまま、いいように遣われるのはどうもね。だから痛くもないハラを探られるんじゃないの? …オレはハラより別のところ探りたいけどね」
「一文字も合ってませんけど… 嫌味で言ってるんでしょうけど」
 二人はオープンデッキになっている飲食店の椅子に座って、仁志貴はコーヒーを、仁美はアッサムティーを購入してテーブルに置いた。
「オレはさ、商店街が活気づくのは大歓迎だ。カイトの会社がいったいどこまで面倒見てくれるのか知らないけど、利益に見合う分だけの協力は惜しまない。だからあんた達が動いている件に関しても静観している。あくまでも利益に見合う内はな」
 仁志貴はスタンドになっている灰皿を引き寄せて、マールボロを取り出す。
「一応、許可はとって欲しいものですね」
 仁美の軽蔑的な視線に、仁志貴はこれのことかとばかりにタバコを突き出す。
「いちいちワビ入れるぐらいならハナッから吸わねえよ。イヤなら吸い込まないように気を付ければ?」
「あなたが自分の主義について、とやかく言われるのに抵抗があることはもうわかりました。それが自分の幅を狭めていると気づいているのに変えられもしないことも。だから誰かのために演じることでバランスをとっているように見えますけど。なのに本当に大切なことには強気になれないのはどうしてなんですかね?」
 仁志貴は目を上げてその言葉に反応した。今日はじめてのことだ。仁美は仁志貴の指に挟まれてブラつくタバコを取り上げて、口に咥えアゴを突き出す。仁志貴はやれやれとポケットからライターを取り出して火をつける。白く立ち込める煙に、仁美から吐き出された紫煙が覆い被さってくる。
「 …素直じゃねえな。言葉にかわい気もない。だけどカオはかわいい」
 仁志貴は、もう一本取り出して自分で火をつけた。
「自分の居場所は自分で決めるさ。あんただってそうだろ。誰にだって二面性はあるもんだ」
「自分の考えだけがすべてではないとは思わないんですね」
「それはあんたも同じだろ。だからか、だからあんたも誰かのために演じている。いいじゃないのそれも。実体のない人生。あんたが思っているオレだって同じようなものだし、そうだとすれば、ほとんどヤツらが同じだとも言える。どれほど差があるのかオレには知らんけどな」
 灰を落してコーヒーを啜る。
「そういう言い方はズルいですね。このタイミングで… これまではそれでも良かったんでしょうけど、今回はそうではないかも」
「言いも悪いも、いちいち最悪を想定して行動してないから、どうせ数日経てば同じ思いでいられるわけじゃない。だからオレは主義を曲げるつもりも、媚びるつもりもない。楽しけりゃそれでいい、やりたいことを優先させてるだけだ」
「そんなのもある程度受け入れていかないと、どこにも拠りどころを見出せなくなります。だから、私は折り合いをつけて生きています。耳に入ってくれば意識してしまうのも無理はありませんけど」
「そりゃいい、それでいいじゃない。オレもな、つい言わなくていいことを口に出しちまう。言いたいことは言えてないのに。子供のころからの悪いくせだ」
 自分の非を詫びる言葉を発しても、仁志貴は探るような目つきは止めなかった。仁美は空気を入れ替えることにした。
「時田は最初、辞めるつもりでいたんです」
「ヤメル?」
「自分の会社での立場を薄々感づいていて、会社を辞めるつもりだったんです。駅裏の商店街の件を振られた時に、それが決定的になったと確信したんです。だから半ば自棄になり、適当なところで話しを終わりにするつもりだった。ところが、実際にこの商店街を目にして興味がわいてきた… 」
「得意の仁王立ちか?」
 仁美が小さな苦笑をしてうなずく。
「それに、そこで商売をしているあなたのような若い人たちにも」
「 …あのさ、オレたちぐらいのヤツラは、会長たちの世代をうらやんだり、ここいらをダメにした張本人みたいにダメ出ししたり。でも、それってただの結果だ。いいことも、悪いことも、自分だけ降りれないなんて状況はいくらでもある。仲がよければなおさらだったりする。繋がりってヤツは時として、やっかいなしがらみでもある。それをあの人たちは何度もたずさわってしのいできた。それがあんたの言う、折り合いをつけるってことなのかもしれない。商売ってやつはきれいごとじゃないからな。自分が儲かればそれだけ、誰かの儲けを減らしている。誰にでもわかることだけど、誰も口にしない。おかしなもんだ」
「そうですね。それが日本人の美徳なのか、腹芸なのか。そこまでわかっているならどうでしょう。アナタが瀬部さんから、折原瑶子さんを奪ってしまうっていうのは。大いに日本人の美徳からははずれた行為となりますけど?」
 仁志貴は咥え煙草のまま天を仰いだ。仁美の視線は感じられる。
「はっ、そんなことまで知ってるのか。あんたらの前じゃおれ達ちゃ丸裸だな。ふーん、そう来たか。悪くねえ、悪くねえよ、あんたたち」
「仕事であり、この商店街にとって必要であるからで、興味本位でやってるわけじゃありません。あなたもどうにかしたいと思ってるはずです。これまでの生きかたを踏襲するなら特別な話しではないと思われますが、さきほどからチラついている変なスケベ心を出さない限りという但書きがつきますけれど」
「へっ。スケベ心がなきゃ、オレなんか生きてく意味ないからな。カネを儲けるのもそのためだし、それ以外になにが必要なんだ」
「ガマンすることも必用だと思いますけど」
「ガマン。そんなものができてりゃ、もう少しラクに人生を生きてこれたはずだ。そうじゃないから好きなようにやっている」
 仁美は目を閉じた。
「これまでの歴史をそのまま踏襲するつもりなんですね」
「あれ? 知らなかったか。文明の発展はすべて、戦いと、性欲に起因してるって。それを変えたきゃ、これからあんたたちが新たな物欲を生み出す手立てを考えるんだな。そこにどれほどの差があるのか自分らで確かめればいい」
「その先が見えないから、終わりなき上昇ができるともいえます」
「それが妙な自尊心ばかりが強くなって、受け入れるのが弱さだと感じ違いしている。甘えてばかりじゃダメかもしれないが、変にギスギスしてるだけでなにが楽しいんだ。オレはね、カイトとヨーコを見てると、そんなしがらみを微塵も感じないからヤツラの存在理由ってのがあると思っている」
「だから、あなたが動くことで化学反応が起こるかもしれませんね」
「化学反応って、みじめなピエロを演じるだけだろ」
「近頃では、自分だけがなんでも知ってるって、そう思って生きてたり、すかして斜めに物事をみたりと、そんな人間が多くを占めているから、とにかく主張しなきゃ自分の存在を示せないと自分を追い詰めて、直接的に相手を傷つけたり、ひれ伏せさせたり、結果がすべてになってると思うんです」
「そうだろ。だから無理やり敵を作りだして、勝つことだけを求めて、それがへんな脳内麻薬みたいになっちまってるから、一度やったら次へ次へと際限がない」
「あなたは、時田の考えに近いみたいですね。だからこそ、白羽の矢が立ったのかもしれません。それが貧乏クジなのかわかりませんけれど」
「あんた、トキタさんにずいぶん入れ込んでるみたいだな。従順ではなさそうにしておきながら、その実、陰から献身的に支えている。そういう関係っていいよ。彼女って… 」
 仁美の目の色の深さが微かに変化したように見えた。仁志貴は目を遠くに向けた。
「おれが思うにな、彼女には自分がつくりだす風景が見えている。それを実現するために周りを巻き込む力も持っている。けして無理やりじゃなく最終形態だけを提供し、それにつながる方法はそれぞれに任せて拡がりをもたせ、さらに最善の形態を創り出すんだろうな… 」
「あなた… いえ、弊社の会社のアホ上司や、男性社員より、よっぽど時田のことをわかっているようですね。タコス屋から転職してみませんか? そのまえに面倒な仕事をかたづけていただければという条件付きですが」
「へっ。同情してもらえるなら、もっとマシな成功報酬でもチラつかせたらどうなんだ」
 仁美は人差し指をカギにして仁志貴を誘う。無防備に近づく仁志貴に頬を寄せ、その口から咥え煙草を奪い取った。
「パズルを組み合わせる方法はいくらでもあるんですよね? 報酬は先に手にするのが好きか、後の楽しみにするタイプですか?」
「もちろん。いますぐいただきます」
「 …ですよね」
 仁美は後ろ髪をかきあげ、取り出したバレッタで髪を束ねた。


商店街人力爆走選手権

2016-01-09 16:07:26 | 連続小説

SCENE 20

「だからさーあ、なんで今ごろ人力車なんだよお」
 ダラダラとまとまりがなく、お願いだか、グチだかわからない戒人の言いように、いい加減あたまの中でまとめるのも面倒になって悠治が話しを遮った。
「だからさあ、メンドーなブチョーがいてさ」
「それは聞いた。オマエもそうとうメンドーだぞ」
「人力車で駅まで送迎させるわけだ」
「そりゃ、いまどきイキじゃないか」
「いやそれで、やれ振動がどうとか、乗り心地がどうとか言うからさあ」
「そんなもんだろ。いったい、何時の乗り物だと思ってるんだよ」
「だからさあ、そこをなんとか、こうスーッと走るように…  なんない?」
 会長から、恵がまた来ることになると聞いて、どうせ馬車馬のように(馬車じゃないけど、人力夫としして)こき使われるだろうと、危険を察知した戒人は、恵と一緒になって商店街のために良いアイデアのひとつでも考えるわけではなく、少しでも自分が楽になるようにと人力車を改良することが最重要課題となっていた。
「ふーん、で、なんでオレなんだ?」
「そりゃよ、知り合いの自転車屋、オマエしかいないから」
 その言葉からは、悠治はなにも膨らんでこなかった。なかなか真っ直ぐな回答が返ってこないので、それを問うとまたナナメから答えてくるといった具合で、さきほどから話が前に進まない原因となっていた。悠治にうとまがられても、戒人は素直に答えてるつもりなのだからどうしようもない。
 二人は薄暗く、ひと気の少ない夜の商店街を、人力車を押して歩いていていた。もっとも昼間でも薄暗く、人影は少ない。
「だからさあ、なんで自転車屋のオレが必要なんだって話しだよ」
 うかつな言葉のおかげで悠治は、さらに2倍の時間をかけて、2倍のグチを聞くハメになりながらも、なんとかおぼろげな話しがつながった。
「あー、つまりさあ、そのセクシィ部長と会長が会合するたびに、なんの交通の手段もない駅と、オマエん家を人力車で往復するから少しでもラクしたいと、同じ車輪が付いてる自転車のパーツ使って改良したいわけだ」
戒人は無言でウンウンと首を縦に揺らす。
「なんだか、サラリーマンってやつも、いろいろやらなきゃならなくて大変だな。だったらさ、普通に自転車使えばいいんじゃねえの。ほら、セクシィ部長をうしろに乗せて、グッとしがみついて。いいだろそれ。ウチで自転車買えよ。その方がいいって」
 だいぶ歪んでつながっていた。それも自分の利益第一で考えるのは、さすがの商売人といったところか。
「ない。ぜったいありえない。セクシィじゃないし、キビシィし、ズーズーシィ… 」
「なにムダに韻踏んでんだよ」
 またまたグチが始まりかけたので悠治が制す。
「あーっ、わかった、わかった。もうグチはいいからさ。それでよ。具体的な改造案はあるのか?」
 ここは戒人が悠治の商魂を上回ったというべきか、相手の気持ちも考えず我が道を行く性格のなせるわざか。そして返す言葉は相変わらずとぼけている。
「なんかめずらしく月、キレイだな」
 戒人が歩を止めて眺め仰いでいた。しかたなく悠治も付き合う。商店街のアーケイドはご多分にもれず老朽化により穴が開いたままになっているところもあり、そのために修理をしていないわけではないだろうが、そう思ってしまうほどベストポジションとして大きな月が覗き込んでいる。
「案はないなあ。とにかくラクに引けるようになりゃなんでもいいからさあ。少しといわずにスンゴくラクにしてくれる?」
 悠治は肩が落ちた。月はどうした。
「おまえ… あいかわらずだな。うーん。ヨーコと気が合うのもわかるよ」
 なにを突然に言い出すのかと戒人が変な顔をしているので、さっきまで月を眺めていた間合いの取り方はなんだったのか突っ込みたくなっても、どうせまともな返事はかえってくるはずもないので、さっさと話しを進めることにした。
「うーん、そうだな。車軸にベアリングつければずいぶん滑らかになるし、ブレンボのダンパーつければ乗り心地もバッチリだろうな。あとは軽量化か。引き手をカーボンに取り替えて… 甘いな、座席も取っ払っちまってレカロの超軽量シートに載せかえよう。そんで、木製の車輪はずしてジャイアントかルイガノのホイール付けちゃったりして… 」
 悠治もてきとうなこと言っていたら調子が出てきて、とりあえず思いつく限りを口にしていた。
「ふん、ふん。そうすると引きやすくなるのか」
「そうだな、指先一本で押してけるだろうな。100万以上かかるけど。やる?」
 戒人は立ち止まって、もう一度アーケイドを見上げた。悠治はまた月でも見えるのかと一緒になって目線をあげた。
「なんだよ。カネ取るの? タダでやってよ。友達だろ。つーか、商店街のためだとおもってさ」
 今度は膝が折れた。単に遠い眼をして考え事をしていたらしい。
「おまえねえ。ウチだって商店街のいち店舗だよ。なんでウチだけがボランティアで協力しなきゃいけないんだよ。ひと月で100万持ち出ししたら破産するわ。それに商店街のためって言うけどよ、自分がラクするためだろうが」
「そんなあ、廃車にするヤツから部品から持ってくればタダですむだろうと思って。廃棄料もその分減るしさ」
「そんなに都合よくカーボンとかレカロとか、ロードサイクルの廃車があるかって。それにオレの工賃とか、はずした力車の部品はどうすんだよ。どんなモノだって金かけりゃそれなりのモノができるし、かけなきゃそれなりのモノになる。この世はさ、いい空気吸おうと思えば息するだけだってカネがかかる仕組みになってんだよ。オマエだって総務で働いてサラリー貰ってるんだからそれぐらいわかるだろ。 …って、わかんねえか」
「ふーん、だからサラリーマンなのか… 初めて知った。だったらユージ、オマエはサイクルマンだな。サラリーマンとサイクルマンか… てことは」
 悠治の予想を超えた常識知らずだった。さらに変な話しをしはじめそうなので先手を打った。
「てことはじゃねえよ。なんだよサイクルマンって。ふたり合わせてリサイクルマンとかいいだすつもりじゃないだろうな」
 二人を灯す街灯が切れかかっており、明りが不均等に点滅を繰り返している。コマ送りの画像を見ているように戒人の顔が細切れに変化していた。
「あっ、わかっちゃった? オレとユージが人力車リサイクルするチーム名。よくねえ?」
 先手を打つどころか気勢を注いでしまった。
「廃車、バラすの手伝うし、組み立ても手ェ貸すからさ。はずした車輪なんかセージの風呂屋で薪代わりにくべちまえばいいんだよ」
「よく言うな。貴重な文化財だぞ。会長が聞いたら激怒間違いなしだろな」
「文化財って。ホコリ被って、商店街の隙間に押し込んであったんだぜ。使ってやってナンボだろ」
「わっ!!」
 話しこむ二人の鼻先に自転車が突っ込んできた。年老いた女性は急ブレーキをかけ、申し訳なさげに自転車から降りようとすると、バランスをくずして倒れかけたので、悠治と戒人であわててささえる。
「ゴメンよ。ありがとね。助かったよ」
「おばあちゃん。あぶないよ。四筋は一旦停止しないと」戒人がえらそうにたしなめる。
「わかってるんだけどねえ。年取ると、止まったり、また漕ぎ出したりが大変なんだよ。なるべく止まらずに行きたいもんだから。ついついそのまま大丈夫だろうってねえ」
「そりゃ、わかるけど。ぶつかったのがおばあちゃんみたいなお年寄りだったり、小さな子供だったら大変なことになるからさあ」今度は悠治だ。
「そうだねえ」
 申し訳なさげなお年寄りに、悠治が自転車屋ならではの助け船をだす。
「そうだよなあ、年寄りにはキツイわなあ。かといって電動自転車も安かあないし、漕いでなきゃ重たいし、取り回しも楽じゃないからなあ」
「そうなんだよお」
 思いがけず若い男性に優しい言葉をかけられて、お年寄りも言葉が進んだ。
「近くなら歩いて行きゃいいんだけどねえ。かよってる神経医、バスも地下鉄も通ってなくてねえ。それに買い物行くのも帰りは荷物が多くなるから、歩いては持って来れなくてねえ。この商店街でみんな揃えばいいけど、歯が抜け落ちた櫛みたいになってるだろ… 」
「止まって、自転車降りて、また漕ぎ出して。若いヤツラだって大変だもんな。人力車引くだけなのに文句言うヤツもいるぐらいだし。ほらここにも商店街に不満を持つ顧客がいるぞ」
「なんだよ。そこでオレかよ」
「うーん。そうだなあ、前方二輪の三輪車にして駆動をCVTにすれば楽になるかもな? 自転車にCVTか… 面白いかもなそれ」
「はあ… しーぶいてえ?」
 期せずしてお年寄りと、戒人がおなじ言葉を漏らした。悠治の言葉が映像にならない。
「あー、簡単に言うとさ、いちいちギアチェンジしなくてもスピードに見合った力で漕げるようになる装置だよ。いまのクルマだってほとんどそれだ。だから力のない年寄りにも、ストップ・アンド・ゴーに苦労しないで漕ぎだせるかもってことだ」
「なんだよ、オレの頼みはうっちゃって、おばあちゃんが先かよ。おまえのオンナに見境ないのもたいがいだな」
「オマエのはカネにならないの。それどころか持ち出し。コッチはもしかしたらデカイ商売になるかもしないからなあ。ここいらの老人が全部買ってくれれば、大もうけになるからな。オマエさ、オレの助手になって手伝ってくれたらさ、ついでに人力車にもつけてやってもいいけど」
「なにいってんだよ。オレがブッキーなこと知ってるだろ。それにこのところ仕事忙しくてそんなヒマねえって」
「じゃあ、あきらめるんだな。仕事が忙しいのはオマエだけじゃねえよ」
 戒人と悠治が話し込み始めてしまったので、老女は首をひねりながら自転車を漕いで行ってしまった。
「会長がさ、どれだけ本気なのか知れないけど、駅前の盛況を見て、もういちど一花咲かせたいなんて思っても難しいと思うぜ。若いヤツらはオレやセージやニシキぐらいだ。みんなもう店たたむことしか考えてない、キャンペーンや祭りなんて誰かが勝手にやって、もしうまくいけばおこぼれさえいただければいいと思ってる。うまくいかなくてあたりまえ、そんときはケツまくるだけだ。義理も人情も薄れて、たまたまここで商売やっているぐらいにしか思ってない。オマエもさ、自分のことばっか言ってないで、孤軍奮闘してる会長を助けてやったらどうだ」
「なあ、ユージ」
 街灯の電球は寿命を迎えたらしく、点滅するのをやめた。
「なんだよ。少しはやる気になったか?」
「電動自転車で引けばラクなんじゃねえか?」