private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over15.2

2018-03-25 18:21:03 | 連続小説

 おれは裏口や事務室につれこまれることもなく、無事に席まで案内されてとりあえずホッとした。マリイさんはとって食わないから安心しなさいと言って奥に引っこんでいった、、、 ホントか、、、
 
薄暗い店内は、酒とタバコの臭いが染み付いていて、これがおとなの世界ってやつなのかと、それだけであたまがクラクラしそうだ。朝比奈はこんなところに通っているから、普段からの行動やしぐさににじみ出てくるんだろうか。
 
さてボクはお酒飲めないし、なにか頼もうにもいくらかかるかわからず、ボクが払えるような金額なのか心配だし、ボクが入って良いようなお店じゃないし、、、 どうしよう。
「ほらほら、ごちゃごちゃ言ってないで。コーラ出しとくから、それっぽく飲んで座ってなさい」
 戻ってきたマリイさんはそう言ってテーブルにコーラを置いた。コーラをそれっぽく飲まなきゃいけないのか、、、 それっぽいって、つまりお酒を飲むみたいにってことだろうな、、、 
 
店内は時間帯もあってか客はまばらだ。それともそんなに流行ってない店なのか。いわゆる場末のキャバレーとかで、いったい朝比奈がなにをしているのかと、ゆがんだ妄想が脹らんでいく、、、 まさかあんなことや、こんなことを、、、
「なに変な妄想してるのよ。まだお店が始まる時間じゃないからね。今からバンドの音合わせをするの。席に座ってるのはホールスタッフで、座ってる場所でそれぞれ音のチェックしてるのよ。だいたいね、高校生にこんな場所で働かせられないでしょ。まあ2年後はわからないけどね」
 マリイさんがニヤリと口角をあげた。手塩にかけて育てて、見事に花開けばそこからあとの身入りに期待しているのだろうか。
「エリナちゃんホントに唄が上手なのよ。アタシの知り合いが講師をしているボイトレの教室に通ってたところを紹介してもらったんだけどね。歌声聞いてビックリ、スーっと引き込まれっちゃって、ぜひウチで唄って欲しくってね、バンマスに紹介したの。まさかねえ、まさか彼女が高校生だとは思わなかったわ」
 ぼいとれ? ばんます? これまでに聞いたことがない言葉を矢継ぎ早にたたみかけられ、ただでさえ、よくわかっていない状況に置かれているのに、ますます混迷に陥る。ただ、朝比奈のいうところの誰にどう取り入ればいいのかという、実践のひとつの結果がこれなのだとは理解できた。それで高校生の朝比奈がここでできる役割とはなんなんだろう、、、 やっぱり、、、
「だからね、本番のステージの前に楽器とかの音合わせするのよ。歌い手さんは時間にならないと来ないから、エリナちゃんに唄ってもらって、その日に演奏する曲を確認しながらリハーサルするのよ。それがね、このごろじゃステージ歌手より良い声出すからバンマスはどっちがリハかわからないって、冗談交じりに言ってたけど、成人するのを心待ちにしてるし、ホールスタッフもこのごろじゃエリナちゃんの唄聴くのが楽しみみたいでね。ほら来たわ」
 
ステージの裾から朝比奈がマイクを持って登場した。服装もTシャツとキュロットスカートじゃステージ映えしないからなのか、それっぽいドレスを着ている。照明とかの見栄えを確認する必要もあるのだろう。それでもなんか、、、 色っぽくて、、、 イイ。
「素敵でしょう。あの衣装、わたしのおさがりなんだけど、リハの時間だけだし、わざわざ用意してもらうのもなんだからねえ、エリナちゃんも気にいって着てるからよかったんだけど。こうして見てると、わたしの若いころを思い出すわあ」
 それは、マリイさんは若いころは、さぞ美しかったのだろうと言うべきか、朝比奈もウン十年するとマリイさんみたいになってしまうとか言うべきか、、、 どちらにしろマリイさんには失礼な話しだからうなずくだけにしておいた。
 朝比奈はピアノの音あわせをしている男の元へ近づき耳元に話し掛け、そうするとピアノの男は軽快にリズムを取りながらも朝比奈との会話を続ける。まるでショウビジネスのワンシーンを見ているようだ、、、 見たことないけど、、、 それにマリイさんのドレスがすこし大きめなのか、前かがみになる朝比奈の胸元が、、、 若いころのマリイさんの体格に感謝せねば、、、
 
そんな光景を目にすると、場末と感じたこの店もなんだか華やかな場所にみえてくるからおかしなもので、おれなんかがイメージするテレビの刑事モノなんかで出てくるお店が先立ってしまい、世の中や、世界はもっと奥深く、おれの貧困な知識では追い付いていけない、、、 いつ追いつくつのか、、、
 
ステージ設備も照明器具も、体育館で見る物とは違うし、テーブルの上の小物類から、床の陶器、壁に掛けられた絵画も、普段目にするような安っぽいモノではない、、、 はずだ、、、 雰囲気に呑まれておれは、自分が創り出した創造の中でさまよっているんだ。
 
朝比奈はピアノにもたれかかって、発声練習をはじめる。その姿がまたカッコ良過ぎ、おれの知らない朝比奈、、、 知らないことだらけだけど、、、 なんだかそれを見せつけられているようで、おれは確実に嫉妬していた、、、 誰に、、、 マリイさんではないのは確かだ。
「ピアノを弾いている人がバンマス。最初はね、ガキの遊び場じゃなねえなんてしぶってたんだけど、まあ実際に声を聞いたら、すぐにお気に入りになったわ。わたしにはわかってたけどね」
 バンマスなる人は、大人のおとこって感じで、オールバックにかためた髪に、不精ではない不精ヒゲ。ニヤリと笑うと顔にシワがあらわれ、その一本一本にこれまでの経験がきざみこまれているようで、おとこのおれが見ても良いオトコに見えるから困ったもんだ。
 おれがなにひとつ持っていないモノに、朝比奈がうばわれている気がした。ひととの比較が無意味なことだっていわれても、共通の対象物がある限り、それをなしにしては戦えないんだからしかたないじゃないか。
「30分ぐらいで終わるから、エリナちゃんのステージを楽しんでって」
 言われなくてもおれはもう、いろんな意味でステージの朝比奈に目が釘付けになっていた。持ってきたマイクをマイクスタンドに取り付けて、一度下を向いてから顔をあげる。髪の毛が左右にわかれ、その中からあらわれた表情は、眼つき、顔つきが変わっていた。おれがいうのもなんだけど、それはプロの姿になってたんじゃないだろうか。まわりにとってはリハーサルなんだろうけど、朝比奈は真剣勝負に臨んでいるようで、おれは鳥肌がたっていた。
 朝比奈が合図を出すと、ドラムがリズムを刻み始める。かぶさるようにウッドベースが調子を取る。ピアノが甘く、切なく奏でる。ふだんジャズなんか聞かないおれにも聞き覚えがある曲なので、俗にいうスタンダードってやつなんだろう。この国の人間であるおれでもリズムに乗って、自然とからだ中に鳴動していく。特別な人種の魂にだけ通じるわけではなさそうで、だとすれば演歌も、民謡も、都々逸だって、聴けば彼の国の人たちの心に沁みたりするのだろうか、、、 
 
朝比奈が満足そうな顔立ちで、演奏者達に目を配りったあと、正面を向いて目を閉じる。普段から大人っぽい声ではあるが、それに輪をかけて、人生の侘び寂をも知り尽くしたとも思えるほどの枯れた歌声に、おれは聞き入りつつも、常に次の声を追いかけていた。
 一曲、歌い終わると、おれは手を叩いていた。まわりに座っていたひとたちは嘲笑とともにコッチを見て、朝比奈も苦笑いをしている。おれは行き場を失った両手を広げ、昂揚した顔を覆ってから、とってつけたようにコーラを口にした、、、 それっぽく飲むことも忘れて、、、
 
マリイさんの顔は自慢気たっぷりって感じで、千人にひとりの天才を発掘したのはわたしだといったところか。これで、もし朝比奈がスターにでもなったら、恩師として脚光を浴びたりするのだろうか、、、 下衆なおれはそんな損得勘定をすぐに考えてしまう、、、 それがマリイさんの反感をかったようだ。


Starting over15.1

2018-03-18 18:28:11 | 連続小説

 朝比奈はしばらく口を閉じてしまった。もういいかげん生産性のない、こんな会話を続けることに飽きてしまったんだろうか。おもむろに腕時計に目を向けた。カタチの大きな男性向けの時計に見えた。そんな小道具のひとつひとつにも、おれの知らない朝比奈の過去がある、、、 なんか嫉妬しているおれ、、、 小さいおとこだ。
「ねえ、ホシノ。ものは相談だけどさあ、このクルマ、運転できない? ちょっと送ってもらいたいところがあるんだけど」
 はあ、そうですよね。べつにブラブラと街中を行き来するためにスクーターで出かけてるわけじゃないもんね。だいたい、さっきから貴重な時間だって、、、、 はあ? クルマ。おれが運転? 免許持ってませんけど。いや、それより運転したことありませんけど、あれ? 逆か、運転したことがないから免許持ってないのか、、、 どっちでもいいか。運転できないに変わりはないんだから。
「ふーん。そうなの。じゃあわたしが運転してもいい? ちょっと場所代わってくれる」
 そりゃいけど、べつに。でもさ、朝比奈ってこのクルマが誰のモノなのか、どういった経緯でここにおいてあるのか、それを持ち出していいのかとか考えないのか。そもそも朝比奈も免許持ってるのかってハナシなんだけど。
「持ってないけど。それが何か問題? ホシノってけっこう形式ばったとこあるのね。例えば、なにかを始めるのにカタチから入るタイプ。例えば、文章の内容より誤字脱字を気にする。極めつけは、正しいおこないをすれば間違いは起きない。少なくともうしろ指は差されないって思ってる。そんなものは生きていく上でなんの役にも立たないのに」
 いや、それほど強気に言われると返す言葉もない。それに、いまここで人格を全否定されるような言葉をあびたけど、それほど大それた発言をしたつもりもなく、ただあえて犯罪者のお仲間になりそうな方へ進むのは賛同できないだけで、なんだか聞いた方が悪者のような気にさえさせるほどの強権発令はさすがというしかない。
「ごちゃごちゃ言ってないでさ、はい、どいて、どいて。矛盾だらけなのよ、人生なんて。あれも食べたい、これも食べたいって毎日想像してるとね、実際にそれが実現したとき食傷になっていて食べれない。食傷、わかる? 簡単に言えば、胸やけして食が進まないってとこかしら。地球が30分ほど先に進んでいたのね、きっと」
 朝比奈はおれをおしのけて、運転席を、、、 ドライバーズシートを占拠し。おれは呆然として外に突っ立ってそんな朝比奈の見解を聞いていた。最後の例え話はやっぱりわからずに考え込んでいたら、ガレージの扉を開けるようアゴで指示された、、、 アゴの動きで朝比奈の要求がわかるなんて、おれも大したモノ、、、 状況判断でそれぐらい誰にだってわかる、、、 なんにしろきれいなアゴのラインだった。
 朝比奈はなんと一発でエンジンを始動させた。そういう行為にまだ価値がある時代なんだ。エンジンの動きを安定させるためか、なんどかアクセルを踏み込むから、すぐにガレージの中が排気ガスのニオイが拡がる。なんだか小麦粉が焼けるニオイに似ていた。排気音もスタンドに来るクルマとは違って無遠慮な感じだ。これがレーシングカーだからなのか。そうして朝比奈はゆっくりとクルマを前進させた。その技術が大変なものだといまのおれにはわからなかった、、、 そういうと、あとでわかるみたいな伏線になってるっぽくてイヤらしい言い方だ。
 
クルマを出したあと、おれはもう一度、ガレージの扉を閉めさせられ、、、 自主的に閉めたんだけど、、、 ノコノコと助手席に戻った。戻っていいものかと思ったけど、朝比奈ひとりにクルマを預けるわけにもいかないだろ、、、 そうだろ?
 なあんて、イッチョ前に男気を、、、 男気か? まあそいつを出したのが間違えだった。朝比奈いわく、初めてクルマを運転したとのことだが、行き先に着くまで、発進する時と止まりかける時を除いて法廷速度以内では走らなかったし、二つばかり信号を無視したし、おおよそクオーター、、、 25台ぐらいね、、、 ほどのクルマを抜き去り、1台をやり過ごさせた。その1台は、一方通行を逆走した朝比奈が、相手を脇道に強制的に排除させたものだ。
 目的地に着いたとき、おれは5年ぐらい寿命が縮まっていた。5という数字になんの根拠もなく、なんとなく5年を選んだだけだから、3年でも、7年でもいいんだけど、つい5年って言ってしまう。そして着いた場所で、さらに2年ほど寿命が縮まった。こんかいの2年に、、、 もういいか。なんにせよのどから心臓が出てきそうなのを何度も飲み込んで抑えていた。
「あー、よかった、間に合って。マリイさん、ああみえても時間には厳しいんだから」
 あーよかった。死ななくて、、、 マリイさんなる人がどう見えるのか、まだお目見えしていない段階ではなんともいえないけど、つまりは時間に間に合わせるため、速度と、信号と、ルートを計算に入れて運転していたのかとわかればそら恐ろしくなる。
 
それもそうだけどココって。おれはあらためて建物を見渡した、、、 見渡すほど大きくはない、、、 描写がいいかげんだと、いろいろと混乱する、、、 おれのあたまも混乱しているからしかたない。派手な電飾が添えられ、日が暮れればスプレーで塗られたものではない赤、青、黄色のあざやかな色が灯るんだろう、、、 おれは緑が好きだ、、、
 
ここはつまりは大人のオトコが日頃の憂さ晴らしに、お金を払ってオンナのヒトと楽しくお酒を飲む場所のはずだ、、、 つまりキャバレーみたいな、、、 とおれが呆気にとられていると、たぶんマリイさんと思われる人が目の前に現れた。どうして、おれがこの女性をマリイさんだと思ったかというと、ああ見えてもって言われて、いかにもああ見えてしまったからで、それが某有名SF映画に出てくる、カエルの化け物のような体型だからって訳じゃない、、、 ホントだよ、、、
「もうーっ、エリナちゃんっ。遅っいわよ! 間に合わないかと思って、ヒヤヒヤしたんだから」
 エリナって誰だよと思いながら、朝比奈のファーストネームも知らないことに気づいた。もしかしたらここでの源氏名かもしれないけど、、、 そこに深入りする勇気はない、、、 朝比奈エリナちゃんでいいじゃないか。なんて首をタテに振り納得してたら、ロクなこと考えてないでしょ。といった鋭い目つきで朝比奈に睨まれた。
「あら、ヤダ、エリナちゃん。今日は同伴出勤? ちゃんとお花代もらった? なあんてそんなわけないか。ボクはエリナちゃんの彼氏なの? 心配で付いてきたのかしら。いいわ、入って、入って。ほら、エリナちゃんは早く準備して。バンマスがお待ちかねよ、機嫌損ねないようにね」
 ボク? ボクですか、ボクですよね、ジャバから見れば、、、 あっジャバって言っちゃった、、、 瞬間冷却されるのか。


Starting over14.3

2018-03-10 21:00:50 | 連続小説

 たしかに朝比奈の側から言えばそうなるだろうけど、それでオトコが満足するかといえば、それでは世の中が余りにもつまらないものになってしまう。女の子達から舐めまわされるような視線を浴びたこともないおれが言うのもどうって話しだけど、そうかと言ってそんなオトコどもが頻繁にいるわけでもないから、いわばオトコの理論で世界が動いている前提ですべてが語られているならば、頭脳明晰、先読み抜群の朝比奈には、もうそれだけで充分なほどその先の展開が目に浮かび、確信があるほどそれを破壊する必要に囚われていくみたいだ。
「欲望の放出も大切だけどね。実際はね、それほど多くの時間が残されているわけじゃないでしょ。こんなことで貴重な時間を使っちゃっていいわけ? わたしからどれだけ多くのものを奪おうとしてるのか、わかってるのかしらねえ。それにあなたもね。ホシノくん」
 はい、そうですよね。朝比奈に関わろうとするひとつひとつの行為が、朝比奈から貴重な時間を、、、 何をするための時間かは知らないけど、、、 奪いつづけている。今日も1時間ほど不毛に時間が流れ、それを取り戻すためにさらに時間が必要となっていく。
 朝比奈は不敵に笑った。おれはなにか間違ったことを言っているのだろうか。
「体験というのが、それほど重要だとは思わない。すべては脳の中で電子の流れの映像化であって、想像が実体を越えて意識を動かすだけよ。ホシノがこうなってるのもイメージの結合の結果でしかない」
 そうなのか。イメージだけで生きられれば、ずいぶんラクで幸せな人生が送れそうなんだけど。ああそうか、イメージが貧困だからその程度の人生しか送れないんだ。成功より失敗を恐れ、幸運を祈り不幸を探して、そして、平和を願いつつ、戦いを求めている。
「そんなものね。すべては不安がそのひとを縛り付けている。こうなったらどうしよう。ああだったらどうなる。そうしたらこんなひどいことが起こるんじゃないか。心の均衡を保つために不安から逃れようとする行動をとりながら、過度の幸福は、あえて不安要素を探そうと求めていく」
 それはつまり意思の強い朝比奈はあらゆるものを手にして、不幸を想像しない分、そこに陥ることもない。じゃまするヤツラは排除され、戦わずして自分の棲みかを勝ち取っている。それでもままならないのはオトコ達の好奇の目なんだ。近づいてくるオトコを振り払うことをできても、その代償として貴重な時間が消費される。最善は誰からも絡まれないことだけど、そこまでコントロールできないのは朝比奈が持つイメージを、助平根性を持ったオトコ達が凌駕しているからなんだろうか。おれだってイヤらしいことを考えるパワーにはかなり自信がある、、、 ああこれが妄想のなせる業か、、、 虚しくともそれで人類が生きながられてきたと思えば受け入れるしかない。
「ホシノの家ってさあ… 」
 なんだか、唐突の質問だった。イメージの世界から現実に引き戻された。そういういいかたってよくあるけど、だったらおれたちはいったいどの世界に生きているのだろうかと考えることもあり、記憶だけが唯一の頼りならこれほど脆いものはないだろう。この時間だって、こんなに長居してる場合じゃないはずなのに、おれにとってはとても短く感じられる、、、 朝比奈はどうなんだろう、、、
「 …これまで、なにかカッタことあったの?」
 勝った? 誰に? おれの家が? おれ自身は誰かよりまさった記憶はない。走っていた時だって、一位になったことはなく、そこそこの順位、それが伸びしろがあると言えるうちに走れなくなったのは好都合だったのかもしれない。どちらにしろ負け続けの時代、、、 この先もそれほど大差ないはずだ、、、
「ああ、そうじゃなくって、動物。いま子ネコ飼ってるでしょ。これまでになにか飼ったことあったのかなって?」
 ああ、動物。ないない。だいたいあの母親が生き物を飼うって考えられない。はて、どうして今回は飼う気になったんだろう。学校でハムスターを飼うのが流行った時期があった。自分も飼いたいっていったら、ウチはウチ。ヨソはヨソと、一刀両断だった。部活をはじめた時に、ジョギングのお伴に犬を飼いたいっていったら、町内会長が飼ってるジョンといっしょに走って、ついでに散歩のバイト代貰ってなにか御馳走してちょうだいとたかられた。
「そうなの。今回は、イレイなのね」
 慰霊、仏壇に供えるアレ? 親ネコは死んだみたいだけど、家に慰霊を飾る予定はないはずだ。
「じゃなく、これまででは考えられないのかって?」
 朝比奈のツッコミの言葉も短くなっていく。おれにはこうして引き続き、朝比奈の貴重な時間を浪費させるぐらいしかできない。すべての言葉が相手との意思を疎通させるわけじゃない。いやきっと、そうでない方が多いのに、おれたちはわかったように会話をして、裏切られ、期待を超え、そうして生きてきた。
 
母親がネコを飼おうとした理由を考えてみた。そうだなあ、なんでだろ。考えられるのはあの時、朝比奈が居たということと、その前に庭先でネコが死んでいたってことぐらいしか思い浮かばない。さすがに子ネコを無下にするには寝覚めが悪いと思ったのか、朝比奈の手前、捨ててこいとは言えなかったのか。母親にだってさまざまな理由があり、それにともなう行動がついてくる。一緒にいればそれにつきあわされ、それがいやなら離れるしかない。それが誰だったおなじのはずだ。
「要因はいろいろとあるものね、それがあの子ネコの持っていた運なのかもしれないし。いいわね、そうゆうのって、動物だけじゃなく、人が生きていく過程にも、それなりのモチベーションや、エモーショナルがあるって思い知らされてるみたいで」
 なにを思い知らされるのか、おれにはマスターベーションかエロチシズムぐらいしか知らんけど。
 そんなもんなんだ。おれたちは単調に毎日過ごしているようで、すべてが偶然の積み重ねで成り立っているとしてもなんらおかしくない。マンホールのフタが外れていれば、壁のブロックが倒壊すれば、ビルの窓が外れれば、いつ自分が死ぬかなんてわかったもんじゃない。そういう不幸なニュースは日々散見されているというのに、誰も次は自分だなんて思いもしないんだから。
じゃあ、あの子ネコちゃんは、ホシノ家で初めて飼われた動物ってことか」
 うーん、どうだろうか。そういえば小学校の時に、縁日で売られていたカラーヒヨコを買った記憶がある。これは前もって母親には相談せず抜き打ちで持ち帰った。
 赤やら、緑やら、青のヒヨコがめずらしくて、ニワトリになったらどうなるんだろうと、お祭りの行くからって母親から貰ったなけなしの100円で緑のヒヨコを、、、 おれの好きな色はみどりだ、、、 ひとつ買った。自慢げに家に持って帰ると、母親に呆れられた。そんなヒヨコすぐに死んじゃってニワトリになるわけないでしょ。かき氷でも食べた方がよっぽど良かったのに、って、、、 友達はかき氷も食べて、おれは両方買えるお小遣いをくれなかった母親を呆れたかった。
「あったね、そうゆうの。わたしは遠巻きにしか見てないけど、とにかく怪しげで、あの口上とか、まわりの雰囲気で買わなきゃいけないような気になるのよ。引いた位置で見てるとね、近過ぎて見えないモノが見えるでしょ。 …それで、どうなった? ヒヨコ」
 次の日に、野良ネコが咥えて逃げていくのを見た。キャベツかレタスかと思ったんだろうか、、、 ああ、ネコだからふつうか、、、 
 
夏休みが終わると、友達のだれもカラーヒヨコの話題にはならず、どこかで色のついたニワトリを見たなんてはなしもなかった。
「あたりまえでしょ。スプレーで色付けただけなんだから。成長すればもとの白いニワトリに戻るでしょ。そこまで成長するのはまれだろうけど。その時からの縁なのかもね。ネコ飼うのも」
 ああ、そうか。だから、今回のネコはその償いか、、、 そのわりには態度でかいな、、、


Starting over14.2

2018-03-04 11:30:58 | 連続小説

「面白いわ。ヒエラルキーの消滅が名目上の民主主義社会の目指すところなら、そうであってはならない職業で、その地位がどんどん貶められている。聖職と崇められているゆえに、かえってまわりの目線も厳しくなっていくのも皮肉なもの。わたしは先生にならないから好きに言えるけど」
 いやいや、どうして。朝比奈はある意味、おれの教師だとしてもおかしくない。オトコなんてもんは、やっぱりオンナの手のひらの中で転がされているだけなんだって、あらためて実感したしだいで、、、 そこが心地いいんだって安住してる、、、 おれ、、、
 そうなんだ。おれは考えが遅い。特にパニクっている時は。
「みんながみんな、何かの考えのもとで生きている。それが自分の保身であるのか、誰かのための献身なのか。正しき行いか、悪の所業か。わかっているようで、何もわかってない。知らないようで、全部わかっている。わたしだって同じ穴のムジナなの。飛びぬけていると思うのはまわりの勝手な判断… でしょ?」
 だからおれは、どうでもいい考えばかりが浮かんで要領を得なかった。とっさに判断すれば、だいたいあとで後悔することばかり。あのときこうすればよかった、、、 そんなもん言い訳にならない、、、 いまはまだ考える時間はある。期限は限られてるけど、そのなかでベストの判断をすりゃ良いんだ。なにがキッカケで妙案が出るのかなんてわかんないんだから。
「ホシノだって、全部わかってる。そうじゃないって、それじゃダメだって。だからそういう場所を避けて、そういう道を通らないできた。イッツ・トゥ・レイト。どの場所にいるかとか、どの道を通るか、それは自分の意志でもあり、誰かに対しての反発であったり、他の力のせいでもある」
 シートからズレて天をあおぐ、天面には無数のシミがあった。長年の使用で数々のよごれが染み込んでいったんだ。よごれの原因はいくつもあり、でも誰の記憶にも残っていない。ひとの記憶も脳の中にいくつも点在しているのに、二度と取り出せないで天井のシミとして残っているだけなんだろうか。
「小学校のときに、明日は雪になりそうといわれてた日の帰りの会で、先生が私たちにこう聞いてきた。『明日、雪になってうれしい人は手を挙げて』って、そりゃ小さなこどもにとって雪って最高のシチュエーションじゃない? もちろんみんな、なんの疑いもなく手を挙げる」
 
つまり朝比奈は手を挙げなかった。先生の意図が読めたからだ。おまえたち子どもは雪が降ってうれしいかも知れないけど、大人はそうではない。きっと、クルマの事故が起きたり、電車が止まって社会生活に支障をきたす。そんな問題点をあげ、子どもで良かったな。なんて話でまとめて、さよならするつもりだったんだ。
「でしょ。先生も段取りを組みなおすのに大変そうだった。でも、そうしたのはわたしじゃなくて別のコだったけど」
 うっ、とんだ先走り、、、 若さゆえ、いろいろと先走るモノがある。しかしなんだろ、どれだけまわりの心理や、状態を見抜いてるんだ。しかも小学生のうちから。おれなんか帰りの会なんか、今日はどこの駄菓子屋でなに買おうかぐらいしか考えてなかったけどな、、、 高校になっても変わらんけど、、、
「そのコの意図がどうだったかわからない。仲が良かったわけでもなかったから、あとで訊くこともなかった。でもそのおかげでいろんなものが見えてきた。そのコに感情移入したわけじゃない、自分の合わせ鏡として見た。ひどいのかもしれないけど、そういう打算をしないと集団生活のなかで自分がいる場所を失ってしまう」
 別に朝比奈がそのコをおとしめたわけじゃない。目の前でおこなわれた行為を読みほどいて、たまたまそういう結論に至っただけであって、そこに自分の分身を見たに過ぎない。そんなことをひとつひとつ気にかけていたら、どれだけ神経が図太きゃいいのかって、ああおれは鈍感な男の子でよかった。
「悪かったわねえ、コドモの頃からめんどくさくて。もともと問題定義するのは苦手だし、そのときも事の成り行きを観察していた。だからもうそれ以降はないんだけど、どうしてみんなは、なにも変だとは思わないのか不思議ではあった。そんな話しがあとからあったわけでもなく、もしかしてそう思っててもなにもしないようにして、丸く収まる方向に流されていくのを待っているのか。それが普通なのかなって」
 クラス全員がそんなことを考えているなんて可能性はほぼないはずなのに、あえてそこまで降りてくることも朝比奈には必要だったんだ。それに朝比奈は問題定義してなにかを変えようと思うとき、自分が動かずともそれをあやつる方法は知っているはずだ。
 
一歩引いていないと、変な仲間意識のなかに取り込まれて、自分たちとは違う誰かをおとしめることには労を惜しまない、いくつかのグループができあがっていく。
「でしょ。遠足なんかでグループを作ると、当然私たちの仲間に入るだろうと思われるときだったり、クラス内で対立があったとき、あなたは私たちの方に付くわよねって、確信されていたり、どこにそれだけの根拠のない自信があるのか私にはわからない。みんな自分を見失っていることに気付いていない。誰もが正義は自分にあると思い込んでいる。そういうのがね見えちゃうと、どうにも真っ直ぐになれない。これが私の問題なのはわかっているわよ。だからって、見えてしまうのに、見えない振りをするのも、見えてるうえでその人たちと付き合うのも私にはできなかったし、これからもしない」
 明確な答えが出ないのは、すべてを数値化できない見た目であったり、感覚であり、感性とかに似ている。振り分けられる個人の感情は、その時でさえなんの実体もなく真実といえることもなく、その時は間違っていない自分がすべてであり、体内に入り込んだ異分子は排除するか、滅せられるかのどちらかだ。
「だったらね、それを利用して生きることにした。どうすれば相手にされなくなるかわかっていたから、どうすれば取り入れてもらえるかもわかっていた。集団ってものがなにを求めて、どうしたがっているかがね」
 それにしては、学校ではうまく立ち回れていない気がする。
「それはね、いまの状態が、わたしが学校生活をするうえでラクだから。必要以上に絡まれることもなく、自分のペースで時間が遣えている。残念だったね。ホシノが思っているほど、学校生活に困窮しているわけじゃないし、はけ口を求めてもいない。こうだろうって思い込んでしまうのは、自分の可能性を小さくしていくだけなのよ。常にこうじゃないか、こうかもしれないって拡散的思考を持たないと、お人形遊びで親役がいるのが当然だと決め込んじゃうわけよ」
 最後の例え話しの意図することろはわからなかった。それを含めておれの大きな、それこそなんの根拠もない期待と妄想が、気体となり奔走しながら青空に散っていった。