private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

商店街人力爆走選手権

2015-05-30 06:34:10 | 非定期連続小説

SCENE 4

「なによコレ。もっとなめらかに走れないの? なんか振動がすごいんですけどぉ。ハクロウ病にでもなったらどおーすんのよ」
「ムリっスッ、ハア。ゲフォ、ガフォ」
 夜の静まり返った商店街をガタガタと音を立てて戒人が走っている。
 お姫様を乗せた人力車を引きながら。
「それにしても遅いわね。商店街出るのにどんだけかかってんのよ」
「ハッ、ハッ。それもッ、ムリっス。ガフォ、これ以上スピード出したら、ゲフォ、もっと振動がひどくなるし、フーッ、そのまえにオレの体力がもたないっス」
 引き始めよりは楽になったものの、スピードを上げれば力車が暴れてコントロールしずらくなる。それに普段からの運動不足がたたって、すぐに息があがってきた。走ったのは高校の体育の授業以来のはずだ。
「ごちゃごちゃ言ってないで、早く駅まで送りなさい。あっ、でも、手前で降りるからね。こんなんで駅に横付けしたら、恥ずかしくっていけないわ。あーあっ、もうなによ、埃が服に付いちゃったじゃない。ちゃんと拭けてないわよ」
 戒人の着ている上着は埃まみれだし、ポケットの中のハンカチも真っ黒になっている。文句を言いたいのはこっちの方だが、走って息が切れて言葉を出すのもやっとだし、文句が言える立場を剥奪された残業代がわりの力車代を千円貰っている。それが適切な金額であるかどうかまであたまが回っているのか、いないのかは定かではない。
 なににしろ息切れ寸前の戒人だったが、それを救うような素っ頓狂な声がかかった。
「うぉーい、カイトじゃん。なにしとんだあ、そんなモン引っ張って。今日は祭りじゃないよな」
 とにかく今の状況を止められるなら何にでもすがりたい戒人にとっては、まさに渡りに船で、そこにはボサボサのアタマを掻きながら豹柄のスウェット上下を着た、オマエが祭りだと思わず突っ込みたくなるような男が道端に立っていた。
 この商店街にはマトモな人間はいないのか、それよりこの二人しか人がいないのか。
「よーほっ、ニヒキー、へんひらったかーっ」
「何て?」
 男と、恵が同時にツっこむ。
 ヒザに手を置いて息を整える戒人。背を伸ばしてアゴを上げ、大きく息をついてからもう一度言い直す。
「よーおっ、ニシキ。元気だったか」
 急に立ち止まった勢いで、力車の上で前のめりになった体勢のまま、恵は上目遣いで不審者を見るるようにして戒人に尋ねる。
「誰なのコイツ、この時間に寝起き全開って感じで」
「あっ、コイツ、オレのタメで、さっき話したタコス屋の店長っス」
「ナニナニ、オレのこと話題になってんの? イヤだなー、オレあんまり目立つのキライなんだけどな。なに、オマエんとこで取り上げてもらえるとか? なんだよ言ってくれればもうちょっとまともなカッコウしてきたのに」
――コイツあたまの中もオマツリか?
 左手であたまを掻くのはありがちな仕草としても、右手が下のスウェットの中心部をまさぐっている。
「コラ、コラ、キミ。女性の前で股間に手を突っ込まない! その手でタコス焼いてたら、即保健所に電話するからね」
「ダレ? このオバサン?」
「スイマセン、ケーサツですか? ここに股間に手を突っ込んだ不審者が… 」
「わっ、わっ。部長。待って、ちょっと待ってください」
「かけてないわよ。エアーよ、エア。こんなのにかまってたら、帰れなくなっちゃうでしょ。10時の電車乗らないと、終バスに間に合わなくなるんだから。それともコレで家まで送ってくれるの?」
「ムリっス。5分も走れば息が切れるっス」
「ジョーダンよ、いちいち本気にしないで。家まで乗ったら体がもないし、人前出たら恥ずかしいって言ってるでしょ」
 不機嫌顔をして膝から立てた手にアゴを乗せている恵。
「というわけでさ、急いでるんだ。あとで店にカオ出すからさ、久しぶりに飲ろうぜ」
「おう、そうだな。席空けとくからよ」
 短くやりとりする彼らの言葉が気になった。
「なに? まだやってんのソイツの店。静まり返ってるこの商店街のどこでやってんのよ」
「まだっていうか。これから開店で、それで明け方までやってるんっス」
「ふーん、そんなんで客入るの?」
「つーか、昼開けててもよ、客こねーし。駅前が閉まりだすだろ。そうすると、タコライスで小腹を満たしたいとか、タコスでもう一杯とか、それで終電逃して午前様とか、まあそれなりに客はくるけどよ」
 戒人の代わりに仁志貴が説明をする。たしかにそういうシチュエーションは想像できるが、それなら何故と新たな疑問もわいてくる。だったらさあ… と手にアゴを乗せたままの恵はまだ腑におちない。
「だったら、他の店もそうすればいいじゃない。成功事例があるならそれを商店街内部でヨコ展できないのが不振の原因なんじゃないの。あの会長もひとに文句言う前に、ちゃんと自己分析でもしたらどうなのよ」
「ムリっス。他の店やってんのは年寄りばかりで、深夜営業なんてできませんから」
 企業用語を理解できてない仁志貴を制して、今度は戒人がすぐに答えた。
 そこで、突然、恵が力車の上で立ち上がったもんだから、戒人は跳ね上がりかけた持ち手を慌てて押さえつけてバランスをとり、なんとか引っ繰り返らずにすんだ。
 何事かと振り向くと、またまた、恵が仁王立ちしていた。まったく状況を考慮しない奇行に戒人もあきれるばかりだった。
 どうやらこのヒトは、なにか思いつくとこのポーズとるんだと、いまさらながらに気付いた戒人だったが、仁志貴には初お目見えのためわけがわからない。
「どうしたんだ、このオ… 」
 さっきのやりとりから学べていない仁志貴は、再びNGワードを口にしかけるので、戒人が大きく首を振る。
「 …ネエサンは?」
 ウンウンと、首をタテに振る。
 戒人の気配りもあまり効果を発揮することなく、恵は目をつぶったままあいかわらず何やら考えて込んでいるようだった。


商店街人力爆走選手権

2015-05-16 19:58:25 | 非定期連続小説

SCENE 3

「なんなのココは、タクシーとか通らないわけ?」
「はあ、商店街ですから… 」
 わかっていたとはいえ何もできないままのプレゼンを終え、一度、社に持ち帰らせていただきますと、体裁だけ整えてはきたが、今のままではとても次があるとは思っていないし、状況を変える手立てもない。
「商店街? 廃墟でしょ」
「廃墟にもタクシー来ないと思いますけど… 」
「あたりまえでしょ! なに真面目に答えてるのよ。厭味でしょ、イ・ヤ・ミ!」
 そう言い放って恵は、大きなスライドで歩き始めた。
――ゆとり教育だが、よゆー教育だかしらないけど。なにを基本にそういってるのかって話でしょ。政治のプロパガンダでいいようにネーミング別に世代分けされて、一生レッテル貼られていくだけじゃない。戦後レジュームからの脱却が聞いてあきれるわ。
 恵のスピードについて行こうと、戒人もしかたなく早足で追いかけると、突然立ち止まる恵の背中にあたまをぶつけそうになる。
 寸でのところで接触と、それにともなうイヤミを回避できたと思ったら、そのままの体勢でバックしてくるものだから弾き飛ばされ尻餅をついた。
 臀部を痛打して、顔をしかめながら見上げれば、恵は首を右にひねったままの体勢で目が何かを捉えていた。
「なに? あれ」
 そう言われて戒人は立ち上がり、恵と同じ視点まで来て、その目先の視線に合わせた。
 暗がりの中、大きな車輪と、幌が目に入る。
「ああ、あれっスか。あれは人力車っス」
「あのね、見れば分かるわよそれぐらい。なんでそんなもんがここにあるのかって聞いてるの。アンタも広告代理店の社員なら、その先を読みなさいよ、その先を。ほんとつかえないわね」
「はあ、総務ッスから」
――コイツ、口答えのレスポンスだけは早いんだから、いちおうあたまは回っているみたいね。
「オレが子供の頃、商店街の祭りの出し物で使ってったんス。もっと昔は本当にお客さんのせて営業してたって。昭和初期? オレのおじいちゃんも車手だったって」
「シャシュ?」
「ああ、人力車の運転手です」
 人力車は店舗の隙間に、シートをかぶせられることもなく、おかげで埃をたっぷりかぶって数台が押し込められている。それがもう何年も動かされていないことを明確に示しているようだった。
 恵は人力車の正面に向き直り仁王立ちした。
 ものを考えることに集中し始めると、自分でも知らずにその体勢になってしまう。社内の会議や打ち合わせの最中ならまだしも、得意先でもたまにやらかすので、上司や先様にたしなめられ赤っ恥をかいたことが何度もある。
 戒人は恵の奇行に気を留めることもなく、遅くまで引きずり回されている現状を憂いでいた。
 ただでさえ予定外の時間外労働の負担をしいられているのに、よりにもよって口うるさく、仔細なことにこだわり、何かといえば自分の世界に入ってしまう女性キャリアの面倒まで見なきゃならないとなると、割増料金を貰ってもいいぐらいではないかと思え、理不尽な気持ちになってきた。
「すいません、あのー、今日のって特別手当付きますよね。いやー、これが基本給にコミコミだったら、ちょっと訴訟モンだとおもうんスけどねえ?」
 恵はまったく反応しない。そんな状況にも一向にお構いなしに、戒人は誰に訴えているのか、つぶやいているのだか、ぼやきを繰り返す。
「そもそもあれっスよね。ウチの会社。基本給少なすぎません? オレの同期とかって、すでに年収1000万とかいってるし、ボーナスとかも三桁とか。オレなんかこないだようやくハーフミリオンっスよ。これじゃあ予定しているライフプラんがっ」
 空を向いてしゃべり続けていた戒人の前に、いつのまにか腕組みした恵が鋭い眼光で睨みつけ、あご下を押さえつけてきた。
「なにヌルイこと言ってんの。近頃の若いヤツラは結果もださないで、要求だけは一人前だから始末におえないわ。残業代に見合う働きしてると思うんなら、自分で総務の上長にかけ合いなさいよ。もしくは… 」
「 …もしくは?」


商店街人力爆走選手権

2015-05-03 18:06:44 | 非定期連続小説

SCENE 2


 会長は難しい顔を崩さないまま、親指をひとなめしては企画書をめくっていく。読み終えた方の山は角がふやけて波を打っている。それを持ち帰るのもうんざりするし、それ以上にこのあとに発せられる言葉を想像すると気が重い。
 本来ならプロジェクターを使って、スライドを映し出しプレゼントークで引き込んでいくところだ。
 それなのに、この能天気な息子にひと言、そんな場所ないっスと言い切られ、たしかに通された場所はコテコテの日本間で、プロジェクターをセットするには無理があった。
 急いでPCから複合機へ出力しようと、せっかくだからカラーの方がいいかと思い20ページ送信したら出力するのに20分もかかってしまい、そのあいだコピーが使えなったまわりのヒンシュクをかうことにもなる。
――なれないことするもんじゃないわ。あんなにかかるとはね。だからって、あからざまに不満を前面に出さなくてもいいじゃない。
 心の中でぼやきながらも、おもてむきは張り付いたような笑顔をくずさない恵は、会長の反応を待つしかなく、なすすべもない。
 常に攻めの営業を主体としてきた恵は、こういった場面ではクライアントの表情を読みながら、自信のあるポイントでは力を込めたコメントを挟み、首をひねられればすかさずフォローを入れ、何か聞きたそうであればそこを掘り下げて、有利に交渉を運べるように誘導するのだが、こうも黙りこくったまま、いっさい感情を表に出さず読みふけられると、言葉をはさむタイミングがみつからない。
 なにもかもが悪い方向へ進んでいる時は、変に動いても事態を悪化させる要因となりえると、これまでの経験で学んではいる。ここは辛抱して静をつらぬく方が賢明と判断した。
 会長が最後のページを読み終えたところで、すかさず恵が口を開こうとすると、わざわざ20分かけて出力して、いまや片角のふやけた企画書は無情にも恵の手元に押し返され、そのまま会長は腕組みをしてしまった。あきらかに拒否のポーズである。
 作り笑顔が引きつりかけたのを見透かされないようにそっと手を口にやる。
「こんなんで、本当に人が呼べるのか?」
――そんなの、アホ社長に聞いて頂戴よ。なんで私が弁解しなきゃならないの。
「これは、弊社の社長自ら考案したプランでございまして」
 会長の目が恵を値踏みするように深く睨みつける。
 セリフとしては社長を立てつつも、
自分のプランでないと匂わす姑息な気の持ちようでは会長を納得させられるはずもない。
「なんだかヘンテコなく食いモンと、不細工な着ぐるみで」
「これはB級グルメと、ゆるキャラと申します。いま全国的に人気でして、どこの自治体でも取り入れているんですよ」
――メニューはB級にもみたないし、ゆるキャラどころか、ズッコケまちがいないズルキャラじゃないの。
 オヤジそんなことも知らないのかよ、と言う戒人の発言は、いくら親子の立場とはいえ、プレゼンの場にあるまじき言葉で、恵の説明の腰を折っただけだ。
 役立つ働きをするとは期待もしていないが、せめて足を引っ張らないで欲しいところだ。
 そんなもん知らんと、にべもない会長はさらに追い討ちをかける。
「なんにしろ、この金額では話にならんな。駅前商店街ならまだしも、ウチに出せると思うのかね?」
 恵の目が宙を泳いだ。
 会長の言葉は暗に、駅前に持っていってボツになった企画を、そのまま押し付けてきたのではと言わんばかりで、まさにその通りのオチに冷や汗が出た。
「そのようなことはございません。ぜひこの商店街の発展のお役に立てればと、弊社といたしましても精一杯、ご尽力させていただく所存でございます」
――なによ、このオヤジ。結構、しっかり見てるじゃないの。尻尾つかまれないうちに抜け出さないと、私の華麗な経歴にキズがつくじゃない。だいたいムリなのよ、ムチャなのよ、ムボウなのよおぉ。
「言葉はたいそう立派だが、ワシに言わせれば身が伴なっとらんのだよ。ここの商店街のことを何にも知らず、店の者や、買い物客とのふれあいもないまま、ただ机の上で考えただけで何かが変るほど、この世の中は甘くないんじゃないのかね。ここは… 」
 ひたすら恐縮している恵を見て、続けて言うつもりだった言葉を飲み込み、別の話しに切り替えていた。
「ワシとしてもね、息子が世話になっている会社の話だから、無下にもできんと思って話しを聞いてはみたが、もう少し現実的な案を持ってきてくれなければ、これ以上は時間の無駄になる。とにかく今日のところはお引取り願おうか。戒人。このお嬢さんを送っていきなさい」
 大きく机を叩いて、会長は離席してしまった。恵は資料などをカバンに詰め込みながら、会長を呼び止める。戒人は空腹のお腹をさすりながら、その様子をただ眺めていた。