private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over26.31

2020-05-02 16:24:43 | 連続小説

「おうっ、星野クン。久しぶり」
 
そう言った電話の向こうは学級委員長の窪寺だった。マサトでないことに動揺しつつ、一瞬のあいだにおれは電話の内容をいろいろと思い浮かべた。例えば、なにか頼まれごとを忘れていたとか、夏休み中の回覧物を放置してたとか。
 いや案外、夏休み生活状態の確認とか、勉強のはかどり具合ととか、委員長の責務としてクラスのできないヤツらに注意喚起を促しているなんてありえる。そんな先生の評価をあげるようなポイント稼ぎがうまいヤツだし。
「キミのお母さん若い声だねえ。おねえさんかと思ったよ」たぶん母親にもそれ言ったな、、、
「いやあ、みんななかなか自宅にいなくてさあ、まいったよ」前置きが長い、、、
「緊急連絡網なのに、ボクがほとんど掛けてるんだよ」誉めて欲しいのか、、、
「谷沢クンって、キミの親友だよね」マサトのことだ。シンユウ? ではない。単なる腐れ縁だ、、、
「なんか、カレ、ジコしちゃったみたいで」、、、 ジコ? 自己しちゃった? なにか開示したのか。
「就職に有利だからって免許なんか早くとってもロクなことないね。夏休みにクルマ運転して事故してちゃ就職にもひびくでしょ」免許。クルマ。事故、、、 マサト、まだクルマ買ってないだろ。
 そこで昨日のマサトとの別れ際がフラッシュバックした、、、 クルマのキー、どうしたっけ、、、 わきの下に嫌な汗が出る。朝比奈がしたり顔のままスッと廊下からフェードアウトしていった、、、 さっきから妙に意味ありげな態度だ。
 それにしても、事故って。マサトの様態とかどうなんだ。
「そこまではねえ。入院したって聞いたけど。それでさあ、あしたアサ8時に全校集会するから登校してね。ああ、あと星野クンも次のひとに連絡お願いね。ボクはまだ10人ぐらいに掛けないといけないから。じゃあ、よろしくね」
 そう言って電話は切れた。10人に掛けるのがぜんぜん苦に聴こえない、、、 むしろ楽しげだ、、、 本人の様態も確認せず全校集会とかって、まずはカタチから入るんだよな、それでマサトはいいエサになって教訓のネタになってしまうだろう、そのほうが事故のケガよりもっと痛くからだを傷つける。
 それにしても緊急連絡網か。夏休み前にもらったと思うけど、どうしたっけ。どうせカバンの中に入れっぱなしだ。次に連絡するやつだれだっけ、、、 探すか。あまりにも衝撃すぎて心配事を違うところに求めるパターンだな。
 おれはどうするべきか、、、 もちろん緊急電話のことじゃない。ここは朝比奈に相談すべきか。受話器を持ったまま戸惑ってると、母親が何があったのと興味津々に顔を寄せてきた。おれの電話での反応がいつもと違うから気になっていたんだ、、、 つーかずっと聞き耳立ててたな、、、 おれはそんなまわりの反応に対処できるほど冷静ではいられなかった。
「えーっ、マサトが、クルマで事故。あのコ、クルマ持ってるの?」
 それだ! その言葉でクルマのキーのことを思い出した。そうであって欲しくないと気持ちがあせる。それは自分の失敗がからんでくることに対する罪の意識が背景にある。そう言えば買い物の帰りに救急車とかの音がしてたとか言い出す母親のほったらかして、おれは二階へと階段を駆けあがった。
 あのとき朝比奈は事故現場を避けておれの家に向かった。面倒にかかわるのが嫌だったとそのときは思ってたけど、それだけじゃないような気がしてきた。いやいくら朝比奈だってそんなことを仕掛けられるわけないだろ。
 とにかく今は鍵だ。部屋に戻った俺はあたりを見回す。どこにしまっておいたっけ。あっ、あそこの中だ、とラックに引っ掛けてあるディバックをつかみ取り中を探った。クルマのキーはない。あっ、緊急連絡網あった。おれの次はマサトになっていてそれで最後だから、もう掛ける必要ないじゃん。ホッ。ホッじゃねえって。
 マサトのヤロウ、ねらってやがったんだ。気のないそぶりして勝手にキーを持ちだしていきやがった。キョーコさんから授かった永島さんの遺品をこんなカタチで使うなんて。それで事故してちゃどうしようもないだろ。おれだってキョーコさんに合わせる顔がない、、、 会うことあるのか、、、 この話がスタンド経由でキョーコさんに届く可能性はあるな。
 おれがうかつだったんだ。マサトはクルマを運転したがっていた。それも買いたいと思っていたクルマの先輩格にあたる。永島さんの遺品だし、これだけ条件がそろっていてなにも起こらないわけがない、、、 と、コトが起きてからはどんな紐づけだって可能だ。
 おれがバックを握りしめたまま茫然としていると、たぶん茫然としていた、それ以外に今この状態でおれができることはなくって、だからそこに朝比奈が覚めた目つきでおれを見ていても気づかないぐらいだった。
「お母さんからだいたいの話しは訊いた。ホシノ。ちょっと出ない」
 その言葉でおれはようやく意識を取り戻していた。バックを持ったまま、朝比奈にひっぱられるようにして階段を降り、廊下を進み、玄関を出て家の外に出た。途中母親と目が合った朝比奈は、ちょっと出てきますと声をかけただけなのに、それが正解だと言わんばかりと軽く会釈をするし、玄関の子猫に一瞥くれると、いってらっしゃいとばかりに“ミャア”と声をかけてきた、、、 おいおい、この家の主は誰なんだ、、、 
「カレ、マサトの様態、気になる? 病院もわからないし、行ったとしても今日はまだ迷惑になるだけだから、それは考えないほうが良いね」
 それは正論だ。おれがのこのこ行ったからってなにがどうなるわけでもない。ただ、ケガの程度は知りたいところだ。それは自分のミスがからんでいるからで、そうでなければそこまで心配していないかもな、、、 マサトだし、、、
「そうか、そういうことがあったんだ。で、自分がそのインシデントになっていることに責任を感じている」インシデント、、、 ってなんすか。責任というより失敗をチャラにしたいだけだ、、、
「家に行く途中の騒ぎ。あれがマサトの事故だったのね。わたしがそういうことに首を突っ込むタイプだったら、良かったのかもしれない。それでもその時点でマサトの運命は変わっていないし、病院まで同行できたかもあやしい」
 それはつまり、いまを受け入れて、これからできることを考えろという、これまでどおりの朝比奈のスタンスで、おれがあいかわらずその領域に達していないだけで、終わったことをグチグチと引きずっているからだ。
「でっ、明日は朝から全校集会ってとこでしょ」
 そうなんだ、、、 あれっ、朝比奈には誰が伝えるんだ。おれはポケットにねじ込んだ緊急連絡網を取り出そうと手を入れると、それを朝比奈が制した。
「あたしのところには掛かってこないわよ。どうせ新学期から学校行かないし。担任だって、委員長だって、居たら、いたで面倒だから来てほしくないだろうし。そうでなくとも飛ばされてたでしょう。本来の筋書なら、二学期の初日に、えーっ突然ですが朝比奈さんは家の都合で退学することになりましたー。みなさんは入試、就職活動に向けて時間がありませんよ。一層頑張りましょうー。なんて言って終了にするつもだっのが、よけいな関り事が増えて。まあわたしが全校集会にいなくても気まぐれとか、サボりとかで片づくからなんの問題もないし」
 ああたしかに。それ充分想像がつく。それで余計にヒソヒソばなしにハナが咲いたりするわけで、来なけりゃ連絡したのにどいうことってなり、来たら来たで、連絡してないのにどうやって知ったのとか言ってまた盛り上がる。そうやって女子の連帯が深まるんだな。
「大勢でいるとね、見えるものも見えなくなるのが怖いところね。友達がいないわたしがいうのもなんだけど、もっと違うことに力量を使えばいいのに。とか言っても負け惜しみ感ありありか」
 朝比奈の言いかたはいつもとは違い少し優しげだ。それはきっとそちら側にも未練があるからなんだろうかとか、朝比奈にもそういうふつうらしさがあればいいだなんて、おれの勝手な思い込み。弱いところを見せないから。探したくなるものなのかもしれない。
「なんか、いまホシノ、朝比奈も可愛いとこあるじゃんとか優越感にひたってるでしょ。羨望も、憧れも、本当に欲しいものとはかけ離れていたりする。その奥でうごめいている欲求を知るまでは」
 いいじゃないか、そう思わせておいてくれ。そうでなけりゃ朝比奈に手を貸すって行為自体に動機を見つけられないじゃないか。やっぱりおとこって、、、 おれって、困っている女の子を、弱い女のコを助けるってとこにパワーの源があるんじゃないだろうか。
 つきなみだけど、そうじゃなくてもいいから、そういうことにしといてもらいたいなんて、助けられるのか、おれ。



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