private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

商店街人力爆走選手権 SCENE 31

2016-06-12 13:04:36 | 連続小説
「なんだあ、オマエ、ひとりか?」
 仁志貴のタコス屋の扉を開いたのは、本日3人目の体験学習に来た小学生だった。女の子はセミロングの髪をアップにまとめ、ほっかぶりの三角巾代わりにバンダナを巻き、エプロン着用で準備万端での登場した。
「ひとりじゃまずかった? ウチはね、両親共働きで、お父さんちのおじいちゃんと、おばあちゃんは死んじゃってるし、お母さんとこのおじいちゃんとおばあちゃんはキューシューに住んでるから、学校の行事ぐらいでわざわざ来れないのよねえ。交通費だってバカになんないからぁ」
 自分の置かれた状況を流暢に話し出す女の子の言葉に感心しながらうなずき、聞き入ってしまう。小学生でも高学年となれば、これぐらいの口をきくの当たり前かと納得しつつ、瑶子はいまだにこれほど快闊な説明などできないだろうと、ついでによけいなことを考えてしまう。
 自分から手放した言葉はもう戻ってこない。それが実際どのくらいの影響をまわりに与えるかなんて、時が経たなければわかるはずはないとはいえ、いま思えばどれだけ瑶子を苦しめているのだろうと、よけいな気ばかりをまわし、こうしてことあるごとに重みとしてのしかかってくる。
「いやあ、別にマズくはないが、 …正直なとこさ、オレも実際、こういうの苦手だからよ、親御さんたちのご機嫌取りもガラじゃない。もう二組こなして、いいかげん参ってたとこだ。いや、よかったよ、お嬢ちゃんひとりで」
「だめねえ、商売っ気なくて。せっかくの顧客獲得のチャンスじゃない」
 少女は、一方の手を腰に、もう一方を天に指差し、説くような物言いをする。ついその指さす方を見てから、もう一度女の子に戻る。
「へっ? コキャクカクトク? ああ、顧客ね、獲得ね… いいんだよ、そんなの、ガツガツ働らくつもりはハナッからないんだから」
「あたしね、ハナっていうの。菜っ葉を逆さにして、葉菜。ホントはこの説明のしかたキライなんだけど、わかりやすいみたいだから、しかたなくね」
「ハナ… ああ、いい名前だな。オレはニシキ、漢字は… まあどうだっていいや」
 どうでもいいのは、めんどくさいというよりか、漢字の例えがでてこないだけだ。名字に加え、三文字も漢字を書かされて、テストの度にそれだけで回答に到達する時間が遅くなると、点数が悪い言い訳に何度も親に抗議したものだ。
 それにしてもこの畏怖堂々とした受け答えを見ていると、恵の子供時代もきっとこんな感じだったのではないかと勝手に想像してしまう。
 そう、恵の話しにやすやすと飛びついたのもいま思えば浅はかすぎた。これでは自分が飢えていると、あからさまにして、弱みを見せてしまっただけだ。普段のキャラではないはずなのにそういうエサを蒔かれたのは、やはり自分でも知らないうちに、そういった部分が漏れていたんだろう。浅はかな行動に出た理由は自分に余裕がなかったからで、そう思うと昔からそうだったと、今さらながらに嫌気がさしてくる。自分は瑶子のこととなると冷静でなくなっている。もっと簡潔に言えば、認めたくはないがアガっているいるのだ。それ以外のことでアガったためしがなかったので、これが冷静でいられない自分であるとは思いもよらなかった。
「あーっ、だけどさ、客がいないと、なんかこう見栄えがよくねえっていうか、料理出す相手が必要だよな」
「別にいいよ。仕込みでも、作り置きでも、なんでも手伝うわよ。なんだったら、帳簿とか、会計処理とか、三カ年の成長戦略を考えてもよろしくてよ」
 開いた口が塞がらない仁志貴だった。小学生がどうのこうのというより、いまどきネットでなんでも調べられるし、才能のある子供が飛び級で進学するのは諸外国では珍しいことではない。逆にこれぐらいのしたたかさを持っていなければ、いつだってこのグローバル社会の餌食になってしまうのかと、つい今の小学生を不憫にも思ってしまう。
 自分など恵の誘いにノコノコと首を突っ込み、いいように使われているだけで、社会どころか、いち会社員の餌食になっているではないかと自虐してしまう。
「あのね、お嬢ちゃん。あっ、イヤイヤ、ハナちゃんさ。そこまで心配していただかなくてもよろしくてよ。こちとら薄利多売の身の丈経営でやっててね、領収書も出さない商売している零細企業なんだから、変に正確に金額出すと色々とヤバい… そんなこた、どーでもいいんだ。あっ、あのさ、客呼ぼうぜ。せっかくなんだから、ちゃんと作った料理ふるまわないと提出物がさえないだろ。ヒマなのがひとりいるからな。ちょっと待ってろ。なっ」
 成人女性は簡単に手玉に取る仁志貴が、小学生相手にタジタジである。子供ひとりで楽できると思っていたら、思いもよらない難敵だった。こんなマセた子供をひとりで相手にしていては冷や汗のかきっぱなしだ。これでは親同伴でおとなしくしている子供たちのほうがよほど楽だったとボヤキたくなる。ポケットから端末を取り出し、長いコールを待っていると、ようやくつながった。
「オーイ、遅いぞ。 …なに、いまかかってるからあとにしろって、うしろ、煩いな。パチンコか。だな、その時間だしな。いいから、店こいよ、ビールおごるからさ、 …パチンコならいつたって取り返せるだろ。オマエもさ、少しは商店街の夏まつりに貢献しろよな。 …なに、ふだん貢献してるから、休ませろって。そりゃそうだな、って、そう言わずに来いって。イイオンナ紹介するからよ」
 葉菜が自分を指さすと、仁志貴が目を閉じてわざとらしく肯定する。
「ホントだって。もう、よだれが止まんねえぐらいイイオンナだ。 …違うよオレのお手付きじゃねえって。 …いいから5分で来いよ。なっ、こいよ。待ってるから」
 仁志貴は端末を切り、葉菜に向かってうなずいてみせる。
「5分でくるから。待ってろ」
「だーれが、よだれが止まんねえぐらいイイオンナなのかしら? ひどいわねえ、これはもうセクハラまがいの発言だわ」
 これまたリトル恵的な発言。助っ人が来るまでになんとか場を持たせようと、取り繕う仁志貴はアタフタとしながら取ってつけたようなことを言う。
「あっ、ほら、ヨダレが止まんねえぐらい、ウマいタコスを作るイイオンナ… 」
「まだ、つくってないしぃ」
 優位に立つ葉菜は、食い気味にかぶせてくる。そこで、勢いよく引き戸が開いた。3分切っていた。
「ニシキっ、またせたな! でっ、どこにカワイコちゃんがいるんだよ?」
 端末を握りしめたまま、風呂屋の敬太が現れた。目の前の葉菜を当たり前のように無視して店の中を見渡す。
「どこって、目の前にいるじゃないか」
 葉菜はサービス満点にしなりを作ってのポージングは、とっさのアドリブ対応能力もスマートに決めてみせる。口で言うほど嫌がってはなさそうで、仁志貴の与太話しに余裕しゃくしゃくでつきあってみせる。
 敬太にしてみれば学芸会のような演出に顔が歪む。
「あーっ、ニシキ。またな、この借りはおいおい利子タップリ付けて返してもらうわ。まったく、ようやく調子出てきたとこに呼びつけやがって。オレはアンダー23はお断りだって知ってるだろ」
 速攻で引き返そうとする敬太に、仁志貴は慌てて引き戸の反対側に戸締り用の棒をかまして開かなくする。すると、すかさず葉菜が冷蔵庫からビールを取り出し、冷えたコップとともにカウンターに滑らせた。ウェスタン映画の飲み屋でのおなじみのシーンが再現され、敬太の前でビールとコップが止まった。そこまでは想定していなかった仁志貴は、葉菜の手際の良さに目を見張る。敬太はあらかじめ打ち合わせしていたのかと思われるほどの、ふたりの息の合った連携プレーに虚をつかれ、くだけるようにして椅子に腰かけてしまった。
「なんだよ、オマエら。10年も一緒にコンビ組んでるんじゃないかってぐらいの連携プレーだな。アライバかと思ったぜ」
「アライバ?」
 仁志貴と、葉菜が声を揃える。
「なんだよ、知らねえのか? まあいいや、それよりこのコ、体験ナンチャラってヤツで、学校からの学習の一環で来てんだろ? ニシキの店でやるのもそもそもどうなんだって感じだけど、マズくねえか。新手のボッタくりバー並みの強引な連れ込みしてサケ出してたらよ。宿題に書けねえだろ?」
 敬太が余計な気を回している中、葉菜はカウンターの中にもぐりこんで、ビールの栓を手慣れた様子で抜くと敬太にすすめる。言ったそばからの行動に、とまどいながらもコップを手に取り、手慣れた振る舞いのお酌を受ける。
「だーいじょうぶよお。アタシ、文才あるから。先生が喜ぶツボもわかってるし、適当にうまいこと書いておくから問題ないわ。体験学習だなんていっても、お決まりのことして、お決まりの内容で提出するってことが前提でおこなわれるんだから、トラブルも事故もありえないって想定でなければやってらんないのよねえ。世界はおどろくべき平和であると目をつむってるしかないのよ、学校や先生は。それを見せられると自分たちが社会に出た時、どうなんだって真剣に悩んじゃうんだけどね」
 敬太はコップのビールを飲み干して、今度は自分からコップを差し出す。
「どうだ、なかなかのイイオンナだろ?」
仁志貴がニヤつくと、敬太も自然と顔がゆるむ。
「なんだかビールがウマくなってきたな。オレにしてみりゃ最年少お酌の更新だ。ニシキ、オマエ、本当にオンナの引きがいいな。年齢層広すぎだ。本命にはソッポ向かれてるのが、それで丁度バランスが良いんだろうな。オマエにしてみりゃ喜べないハナシだけどよ」
「よけいなこと言うんじゃねえのって」
 その言葉に耳年増の葉菜が反応しないわけがなく、はさまれた言葉は少しトゲがあるようにも思える。
「ニシキ、好きな人いるんだね。だけどうまくいってないんだ」
「ほっとけよ。ガキンチョが口はさまなくてイイの。あっ、オマエ、呼び捨てすんなよ」
「いいじゃん。年齢なんてたんなるアイコンにすぎないんだから。小さなことにこだわってジョーシキにとらわれてるから、10年も20年もムダに時間を過ごしちゃってるじゃない? ねえ、ケータ」
 これには敬太も苦笑するしかない。
「そんなに年寄りじゃねえって」
「ちがうよケータ。ハナは年齢じゃなくって、この国を皮肉ってるだよ。そりゃそうと、タコス出すからちょっと待ってろよ。ちゃんとやることやんないとな、金もらってるし、先生方は想定外は苦手らしいからな。オイ、ハナ。こっちこい」
 自分の真意が伝わって嬉しくも照れ隠しで
「呼び捨てかよ」と葉菜は仁志貴の言葉をまねて舌を出す。敬太はビールのグラスをあげ、「ホント、いいコンビ」と、ひとりごちる。
 二人は厨房に入り、あらかじめ仕込んであったタコスの材料をならべて、学校側から指導通りに準備しておいた手順マニュアルを見せる。
「これ、ニシキが描いたの? ひどい絵ね。今日来た子たち、これ見てやったんだ。これでできたんならタコスってよっぽどわかりやすいお料理ね。それともニシキの手ほどきがたぐいまれなほどおジョーズなのかしらねえ?」
 そこに描かれた絵は、どうみても幼稚園児の落書きレベルでしかなかった。
「うるせえよ。オレは絵描くのとか、字書くのは苦手なんだよ。料理のしかたなんか、その都度、その都度変わるんだし、マニュアルなんてのに落とし込むこと自体ナンセンスなんだよ。そんなんだから指示待ち世代なんて言われるんだぜ」
「典型的な職人さんカタギね。オレの背中見て覚えろ、ってか? ショーワの師弟関係を受け継いでるみたい。それならそうで、あたしもシショーに従うだけだから。いいわ、先にニシキが作ってよ。それ見て覚えるからさ」
「あっ、そうしてもらえる。いちいちこれ見せながら説明するのまどろっこしくってよ。じゃあ、オレがやるの見てさ、あとは自分でやってみろ」
 職人の誇りもない発言に肩透かしの葉菜は皮肉たっぷりに言てみせる。
「それ見ながら教えてもらう方が困難そう… 」
 ほっとけ、と顔をしかめる仁志貴は、いつもの段取りで手際よくトルティーヤを焼き、仕込んである、レタス、挽肉を炒めたものをのせ、ソースとマヨネーズをかけてから生地を二つ折りにして完成させる。葉菜は口を閉ざして、その動きを注意深く見つめた。
「これで完成だ。なにも難しいことはない。小学校の体験学習にはピッタリだろ」
 葉菜は腰に手をやってまま、アタマの中でいまの動きを再現しているようだ。
「わかったわ、やってみるけど、言われたまま作っても面白くないし、ここにあるもの使うからアレンジしてもいいでしょ?」
「へっ、わるかったな、面白くなくてっよ。別にいいけどさ。できんのか? まっいいか、その方がおれもラクだし。オレはケータと飲んでるから、好きなようにやってみろよ」
 そう言って、自分が見本で作ったタコスを持って、カウンターに戻っていった。
 敬太が手酌でビールをあおっているところへ、新しいビールと、自分のコップも用意して、それぞれのコップにビールを注ぐ。
「なんだよ、あのコ。ほっといていいのか」
「自分で好きなようにやってみたいんだとさ。オレもその方がラクでいいや、もう2人も相手して、疲れたし、まだ、2日もやんなきゃいけないんだぜ、どうする?」
「夜の相手なら、2人でも3人でもいけるニシキが弱気な発言だな。あのコにとっちゃ、お仕着せのカリキュラムを消化するより、なんでも自分でやってみたいんだろ。そういう年ごろなのか、いまどきはあたりまえなのか知らねえけどよ、達者なのは口だけじゃなさそうで感心だな。そういう若者を見るとこの町も、日本も安泰だなあ」
「酔っぱらいが、なにオヤジくさいこと言ってんだよ。だからあんな子どもにいいように言われるんだろ」
「オマエは、青臭いけどな」
 敬太の含んだような言い方に、仁志貴は反応する。なにを言いたいかはわかっている。
「いいだろ、別に。性分なんだよ。あいつらがハッキリしないとオレも落ち着かなくてよ。だから… なんてのも、言い訳にしかすぎないけどな… 」
「つれえとこだな。10年来の思いも、あと数時間で結論は出る。それまですきなだけ悩んでればいい」
 敬太は仁志貴の持つビール瓶を取り上げ、コップを空けるようにうながす。コップのビールを飲み干すと、敬太がそこにビールを注いだ。
「いいだよ。どうせ自分からはなにもできかったんだから、それぐらいの報いを受けてもしょうがないと思ってる」
 どんなことだって、常に自分主導で決めてきたはずなのに、唯一決めれなかったことをこの年まで引っ張られるとは自分でも予想だにしていなかった。
「オマエをかばうつもりはさらされねえけどよ。それだけ本気ってことなんだろうな。難しいのはよりによって恋敵がカイトってことだ。アイツもあいかわらずフラフラして、たよりねえけどよ、根が悪いヤツってわけでもないし。オマエが本気になれば、いつだってヨーコを奪い取ることだってできたことがかえって足かせになっちまったな。しかし面白いもんだ。そんなヤツラが、いまこの商店街の再生企画を仕切る会社の社員であり、かたや商店街の店長であり、まつりの盛り上がりを利用して画策してるってんだ」
「他人事にしてないで、オマエも商店街の店長のひとりなんだからよ。体験学習の依頼もあったんだろ? 断ったのかよ」
「はっ、昼間は風呂屋開けてないから対象外だ。パチプロめざす子供がいれば手取り足取り教えてやるんだけどな」
「それこそ宿題として提出できねえって」
「なーに、深刻ぶって話してんの?」
 いくつかの皿を手にした葉菜が、厨房から戻ってきたらしい。うとましそうに振り返る仁志貴。
「ガキンチョが首突っ込むんじゃないの、って感じ?」
 葉菜は先回りして仁志貴の言葉を取り上げ、料理をカウンターに並べると、敬太が声をあげる。
「うわ、なに、コレ? こんなに作ったのか」
 タコスの皮をベースにいろいろなトッピングが施されている。ポーチドエッグにオーロラソースのせ。マカロニのケチャップ炒めは、ニンニクとタバスコが効いてそうだ。挽肉の代わりに、豆腐にジャコの甘辛煮を添えたものもある。
「おーっ、すげえ、すげえ。ニシキが作ったのよりうまそうだ。オイ、ニシキ、ポン酒だせよ。オレ、この塩辛のヤツ食うぜ」
「ハナ! おまえ、これ、オレの大事なサケのツマミ… 」
 仕事の合間に日本酒をちびちびと飲る時のために取ってある塩辛を見て、声を上ずらせる。
「まあまあ、いいじゃねえかよニシキ。そんなことに目くじら立てなくても」
「こいつは別料金だからな」
 憤懣やるかたない仁志貴は敬太にくぎを刺し、ブツブツ言いながらも酒を取りに厨房へ向かった。
「ハナちゃん。料理上手だね。いい奥さんになれるなあ… って、いまどきそれはセクハラかあ。めんどくせえなあ… 」
「ホントはね、ハラスメントの問題って、あんまり思い入れができないんだ。都合のいい部分だけをいいように使ってるっぽくって」
「あっ、そう。そこらへんは達観してるんだ」
「言葉だけが先行して、そこからちょうどいいフレーズだけ抜き出してるでしょ。誰に対してもじゃなくて、特定の人にだけを攻撃する。立場が変わったから今度はそれを押し付けようとして、けっきょく同じことをやっちゃってるみたいで」
「言うねえ。キミ、クラスじゃ浮いてるんじゃない? そんなふうだと、まわりが引くんじゃないの。それとも今どきはそれが主流か?」
「おあいにくさま。子どもは考え方がニュートラルなの。意地になって自分の意見を押し通すなんて、意見に自分が操られてるみたいでおかしいよ。それに学校じゃあ、みんなとあわせて話ししてるから、そんなことは言わないわ。でもね、たまに深刻な話しになれば、誰だってそれぐらいのこと言うわよ」
「ハナーッ! オマエェ!」
 そこへ、仁志貴が血相を変えて戻ってきた。葉菜は作り笑顔で手に持っているもう一皿を後ろに隠した。「エヘッ」
「エヘッ、じゃない。オマエ、オレの最も大切な… 」
 葉菜が後ろにまわした皿を敬太が取って眺める。
「なに、殺気立ってんだよ。へえ、こりゃ、タコスのスイーツか。トルティヤのうえにフルーツミックスとアイスクリーム。こりゃいいや、女性に人気出るんじゃない?」
「バカいうな。これはオレが、大切に大切に、少しづつ食べてる、お取り寄せのアイスクリームを… 」
「なんだよ、オマエ。酒飲みで、ヤニ吸いのうえにスイーツ男子だったんか? 子供にアイス取られたぐらいでガタガタ言うなって。この軟弱モノ」
「そうだぞ、ニシキ。ナンジャクモノ」
「オマエが言うな!」
「だってさ、冷蔵庫中のモノ使っていいって言ったじゃん。仕事場の冷蔵庫に私物入れている方がいけないんじゃなくて?」
「言ったけどよ。オマエ、引き戸に仕舞っといたフルーツ缶も使ってるじゃねえか。こりゃれっきとした窃盗罪だな。ケーサツ呼ぼう」
「あーら、食べ物屋さんが自分の食料を仕事場で保管してたら、経費で落としてるって疑われてもしかたないわよね。税務署の人呼んでみる?」
 ああ言えば、こう言う葉菜も負けてはいない。めずらしく劣勢に立つ仁志貴を見て、敬太も笑いが止まらない。
「ハッ、ハッ、こりゃいいや、ニシキがやり込められてるぜ。ハナ、もう許してやってよ。こいつもいろいろと悩み多き年ごろでさ、気が立ってんだよ」
「ケータ、オマエ、よけいなこと言うんじゃねえの」
 葉菜がいるところで瑶子のことを深掘りするのは、おいしい餌を与えるようなものだ。
「もういいじゃねえか。みんなで試食会しようぜ。酒いただくぜ。ハナは、ミルクでも飲んでさ」
「オマエら、金取るからな」
「小いせいなあ」「ちいせいぞ」敬太と葉菜が順番に言う。
「知らねえくせに言いやがって。デケえんだよ。見るか?」
「ケータ。さすがにこれはセクハラって言ってもいいかしら?」
「微妙だけど、パンツおろしたら逮捕だな」
 そう言って、敬太は豆腐と、ジャコのタコスを口にして酒をあおる。
「おっ、いけるねえ、カリカリのトルティヤが逆に豆腐のトッピングになってる。ニシキ、こりゃメニューの幅広がるぞ。アイスの金取るどころか、アイデア料払ってもいいんじゃないのか?」
「拡大戦略はしねえって言ってるだろ。いまの規模で十分なんだから」
「そうやって、今に満足して次の手を打たず、いつのまにか見捨てられてくのは大企業も飲食店もおんなじよ。ハードより、ソフト充実が大切なんだから」
「なんだよ、これじゃあ、ニシキが体験学習しているみたいだな。ハナ、もっと教えてやってよ。それでさ、ニシキがレポート提出すればいい」
「いいわねえ、それ。経営コンサルとして長期契約を結んでもよろしくてよ」
「10年後の愛人契約なら結んでやってもいいけど… 」
 もはやアイスの件もうやむやにされ、恵と同じように、何か言っても倍以上に返されるパターンにもう開き直ってみたが、ドン引きされると思いきや葉菜は意外にも真顔で嬉しそうに声をあげた。
「ニシキ、あたしをお嫁さんにしてくれるの? タコス屋の若女将も悪くないわ」
 仁志貴がビールを噴き出しそうになってむせていると、敬太は背中をたたいてやり、感心したようにつぶやく。
「うーん、ホントこりゃ、イイオンナだわ」