private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over13.11

2019-06-30 06:55:13 | 連続小説

 その日は朝から一面の青空だった。雲ひとつない空は、壁に空色のペンキをぶちまけた具合に、なんの立体感も奥行きも感じさせず、そんな中にいると、この世界はプラネタリウムの隔壁の中に存在していると思えてくる。
 姑息なおれは、朝比奈に会うための口実として、誰かになにか訊かれたら、給料の支払い方法についてオーナーに聞くという名目でスタンドに来ていた。
 昨日は結局あのまま寝てしまい。その後の両親からの追及は、回避できたかったからよかったんだけど、今朝、母親に起こされた時は視線が厳しく、家の中にいづらくなって、出かけるところを見つかったら、朝比奈とのことをどうのこうのと言われそうなので、こっそり出てきた。
 3日ぶりのスタンドは、なんとなく古い写真のように見えた、、、 一方的な感じ方だけど、、、 その場所の中心人物がいなくなるって、そういうもんじゃないか。色あせてしまうっていうか、華がないというか、活気に満ちてないっていうか、、、 言い過ぎか、、、
 マサトの話では、永島さんがいなくなったスタンドは、オチアイさんの奮闘もむなしく、閉鎖の方向で進められているという。
 実際のところスタンドの運営、、、 つまり、経理とか総務的な裏方業務、、、 は、永島さんがこなしていたらしく、キョーコさんが足しげく通っていたのも、その手伝いをしてたからだ。
 永島さんがスタンド業務をしていなかったのもそのせいで、いくらオチアイさんがスタンドを駆け回って作業しようと、そこまでは手が回るはずもないし、キョーコさんみたいに右腕になる有能な相棒もいない、、、 いないはずだ、、、 知らんけど。
 オーナーが年配ということもあり、本来なら近いうちに永島さんにあとを継いでもらう腹積もりでいたのに、こんな事態になってしまい、もう一度自分がという気にも、新しい後継ぎを考える気にも起こらないんだとか。
 それはつまり、じゃあ次はオチアイさんに、ってことにはならず、たとえオチアイさんがそこまで望んでいなくとも、おだやかでない気持はあるだろうと、大きなお世話だろうけど、、、 おれなんかに気遣いされる方が、よっぽどおだやかでない、、、
 みんなへのあいさつもそこそこに、当初の目的を果たすべく事務所の二階にあがると、青い空とは対照的な暗い表情のオーナーが椅子にすわっていた。そしていったいおまえはどこの誰だという顔をこちらに向けた。
 きっとそうだとは思ってたんだけど、やっぱりおれはバイトとして認識されていなかった。面接もマサトと一緒に永島さんにあいさつしただけで、オーナーが経営業務を永島さんに任せっきりなら、おれなんて存在を知っているはずもない、、、 知らなくても働いた分のお代はいただきたい。
「ああ、キミが星野くんね。恭子ちゃんから聞いてるよ。きみも災難だったね。永島くんのことがなけりゃ、もっと働いてもらえたろうに」
 いえ、いえ、あなたほどではありませんよと思いつつ、おれの実情を知らないところを見ると、まともにキョーコさんが用意した書面に目を通しているわけではなさそうだ。
 それに、そういう意味で言ったわけじゃないんだろうけど、災難とかで片付けられちゃうと永島さんもうかばれない。おれは単なる身から出たサビってやつで。そこでどうでしょう、サビが出るまでの清算をしていただけますでしょうか。
「ふむ、えーと、一日8時間で18日間勤めているから7万2千円と残り端数だ。そう書いてあるけど、合ってるかな?」
 へえ、結構もらえるんだ、、、 クルマは買えんけど、、、 いや、期せずしてクルマも手に入れることになったし、こりゃ災難どころか、けっこうなもうけじゃないかと、クルマの名義変更、維持管理、諸々の税の支払いなどに、どれだけ国家権力の搾取にあうのかも知らず、高揚に身をまかせ気分はうなぎ登りだった。
 オーナーは、後ろにある金庫に手を伸ばし、カラカラと小気味よい音をたててダイアルをまわし、扉を開くとお金を数えはじめた。なんだか、ここまで無防備にやられると心地よいぐらいで、よっぽどおれは安全パイだと思われているのか。
 そりゃ、オーナー襲って有り金ぜんぶ引ったくろうなんて思ってないけど、いくらなんでも開けぴろげ過ぎないか。こりゃ永島さんは、やむにやまれず代行業務してたんじゃないかって、、、 うーん、いくら入ってるんだ、、、 ぜんぜん思ってないけど、たんなる好奇心ってヤツで。
 オーナーは振り向いて、こちらに封筒を差し出した。悪い顔をしていたかもしれないとすぐに作り笑顔をしてしまったけど、オーナーはひとのいい顔のまま、おれもさらなるつられ笑いでひきつってしまった。
「なんだ、初めてもらう給料だからって、そんなに緊張しなくてもいいぞ。自分で働いて稼いだお金だ。遠慮せず手に取ればいい。ここにハンコ… もってないか。サインしてくれるかな」
 あくまでも好意的に取ってくれるオーナーに感謝しつつも、そうか初めて手にする給料なのかと、本当に緊張してきてしまう。これがまかりなりにも生まれてはじめて自分で稼いだお金なんだ。
「キリのいいとこまで入れておいたから。ごくろうさん。両親になにか買ってあげるといい。せっかくの初給料だろ、ムダ遣いしないようにね」
 ああそうか、両親への分配は考えてなかった、、、 ひどいなおれ、、、 おれは震える手を悟られないように、平静を装って、、、 平静を装えないので、封筒をうまくつかめなかったおれを、オーナーは仏様の笑顔で送り出してくれた、、、 
 きっと小心者だって見透かされている、、、 もらった給料は小心者らしく、Dバックの奥のポケットの中に大切にしまっておいた。なんたって、こんな大金を持ち歩くのは初めてなんだから。マサトとか、、、 マサトとかに、たかられないように。
 階段をおりて事務所にもどると、オチアイさんが椅子に座って休憩していた。客が少ないのか暇そうだ。盛り上げようにも客が来なきゃどうにもならないし、やっぱり客もわかるのか、この店の行く末を考えれば、そいつは沈没する船からネズミが逃げ出し、倒壊する建物からゴキブリがいなくなると同じで、消え去ることになるこのスタンドに近寄らなくなってもおかしくはないんだから。
 スタンドの営業が夏休みいっぱいもつのかどうか、オチアイさんやマサトたちの知るところではなく、オーナーの判断次第で途中解雇の憂き目にあうのも、いちアルバイトの立場ならあたりまえだ。
 おれみたいに存在感の薄いバイトなら、それもしかたないけど、オチアイさんとかながく勤めているひとたちには、ハイサヨウナラではさびしすぎる、、、 辞めた身には、それも世間の風次第ってとこだ、、、
 みんなは、これまで以上に落ち着いた雰囲気を無理やりつくっていて、そこには永島さんがいなくても、普通にやっていける姿をオーナーに見せつけようとする意図があるようにも思え、それでオーナーの気持ちが変わるはずもないし、この現状を見れば、その先がないってのを逆に見せつけられる。
 おれのような新参者と、長年勤めていた者との相容れぬ大きな隔たりは、半月そこらで解消するもんじゃないのかと、すぐに結論をだしてしまうのは、おれの淡白な人生経験だけのせいじゃないと思いたい。
「どうしたんだ。オーナーとのハナシ長かったな。なんだ、支払、渋られたか?」
 そこで登場のマサトがあざとく訊いてくる。現金で給料もらったなんて言ったら、速攻、クルマのこと持ち出してきそうだから、辞めた時にあいさつができてなかったから、お世話になったお礼をねっと、口から出まかせ言いながら、腕はギュッとディバッグを握りしめていた、、、 小心者なので。
 まだ誰も、永島さんのクルマのことを言い出さない。まさかあのクルマの所有権がおれになっているとは思いもしないだろ、、、 キョーコさんの口約束に、どれぐらいの効力があるのか知らんけど、、、 だから、おれもガレージの方は目をやらず、必死に別の話題をとアタマをひねる。
 そんなこと、事前に考えておけばいいのに、ほんとに必要ならば神の啓示として舞い降りるって思っているから、舞い降りないときは、今回のように挙動不審だ。それに朝比奈が来るまで間をもたせなきゃいけない。
 こんなとき、スタンドがヒマなのが恨めしい。おれのイメージとしては、みんながバタバタと働いて、おれはひとりクーラーの効いた事務所の中で、朝比奈の登場を待つという絵図だったのに。
「あれからキョーコさんもめっきり顔出さなくなったしさあ」キョーコさんを出すのは、よせ、よせ。
「あたりまえだ、来る理由がないだろ。それに俺たちどのツラ下げて、恭子さんに接すりゃいいんだ。ムコウだって気い遣うだろうし… 」来ない、来ない。もう止めよう。
「それにしてもなんだな… 」やばい流れだ。
 それにしても、暑いっすね。いったいいつまでこの暑さが続くんだろう。子供の時はいくら暑くたって、目いっぱい遊んで、汗かいて、それで蚊取り線香のニオイの中で、いつの間にか眠りについていたのに。近頃じゃ、暑さに閉口しながら日中を過ごしている。
「もはや、クーラーの中で、ボーっとしてるヤツがナニ言ってんだ。おれなんか暑い中、働かなきゃ生活できないんだからよ。そんな甘っちょろいこと言ってられるのも今のうちだ」
 今日は、神は降りてこなかった。なんとか話しをよそに持って行こうとした夏の暑さの話題は、オチアイさんにとってヤブヘビだったみたいで、バイト辞めてもさして苦労もしておらず、日中にのうのうと事務所に涼んでいるヤツに言われたくないのはあたりまえか。


Starting over12.31

2019-06-23 12:30:45 | 連続小説

 家に戻ると母親が玄関先で意味ありげに待ち構えていた。なんだよ、言いたいことあるなら朝比奈が帰るときに出てくればいいのに、なんて思いながら、いやそのシチュエーションはキツイなと思い直す。
 おれは考えごとをするふりをして、目の前で行く手をはばんでいる母親は見ずに、身体をよじらないと通り抜けられないぐらいの隙間を通るため不自然な体勢になり、あえなく母親のブロックにはね返された、、、 へなちょこか、、、
「なによ、アンタ。彼女、朝比奈さん。このごろ頻繁に来るようになったけど、どういうお付き合いしてるの? イッちゃんもスミにおけないわねえ」
 と母親に玄関のスミに押しつけられた、、、 スミにおいといてくれよ。
 たしかに玄関先とはいえ、家の中まで気軽に入ってくる間柄にはなった。こないだは、部屋まであがったけど、なにもなかったし、、、 あたりまえ、、、 それは子ネコの居場所がここだってだけで、それ以外に理由はないわけだから、お願いだからこの件に関しては深入りしないでくれよ、、、 おれだって、繊細なお年頃の男子なんだ、、、
 それに、ここからの進展は、なにもイメージできてないし、おれがどうにかできる自信もない。すべては向こうのお気に召すまま、朝比奈の意のままってとこだ。
 そりゃ、おれだって朝比奈とつき合えるなら夢のようで、ウェルカムな気持はあるけれど、そんな関係性を宣言することになんの価値があるのかなんて、キョーコさんたちを見れば臆病になるし、だったらこのままの状態でいいんじゃないかなんて、、、
 つき合っているっていう言葉だけに縛られて、そのための義務になっていくようで、おれの貧相な計画力だと、せいぜい映画観たりとか、ショッピングモールでお互いの服を見たりとか、そんでどっかで食事してと、ありきたりのシーンにはめ込むしかなく、それ以外のプランが何も浮かばないのは、これまでにそんな情報に侵されていたからだ。
 世の男性が女性を喜ばせようと日夜努力を続けているのは、それで行き着く先が、性欲の赴くままにお互いを求め合い、、、 とくに男子が、、、 一時の快楽が永遠の束縛を約束することになるまでは考えず、それも種保存の遺伝子に操られているだけと、そう朝比奈は冷やかに言った。
 朝比奈とならそれもいいかと思うけど、そんなときのオトコはとどのつまり、このオンナとならいいかって、まともな足し算、引き算ができない状況なんだ、、、 取らぬタヌキの皮算用もいいとこだな、、、 タヌキの皮は金になるけど、おれの余った皮はじゃまなだけだ、、、 あっ、余ってないからね。厚いだけだから、、、 
「もう、なに言ってんのよ。打算ができないから、人間は種を維持できたのよ。アンタもその経緯を経て、いまにいたるんだから。自分だって、なさけないけどいちおうぶら下げてるんでしょ」
 やめてくれ、実の母親からだけはそれを言われたくない、、、 そもそも、それって息子に言う言葉か、、、 それとも言われるおれ側の問題なのか。母親が嘆く原因はおれ自身のことより、アッチのことか。オムツ替えをさんざんしてきたんだから、なさけないのはよくわかってるだろ。
「だいたいね、なあんの気もない男子の家に寄ったりするもんですか。明日も来るのかしらねえ。それともバイト先で落ち合うとか? ああ、もうクビになったんだっけ。そうねえ、だったら図書館のほうがいいわねえ。頑張りなさいよ。いい時期はそんなにながく続かないんだから」
 うっ、おれはいろいろな意味で血流の流れが速くなり、のどから心臓が飛び出そうになる、、、 飛び出したら死ぬけど、、、 それを抑えて平静を装い、ようやく開門した関所を通って廊下を進んだ。
 やはりこの母親は、ただモンじゃない。こうまでズケズケと息子を焚きつけるってのはいったいどういう神経なんだ。おれの行動をすべて把握している007並みの諜報力を持ってすれば、おれの姑息な下心を白日のもとにさらされているようなもんで、ダメ押しで図書館のネタを振ってこられてはもう反撃する力も残っていない、、、 反撃、したことないけど、、、
 なんとか口に出した言葉は、そんなんじゃないから。と、この状況にありがちすぎる短い言葉を吐きながらも確実に声は上ずり、平静を装っていることがバレバレなのはミエミエで、振り返った母親はにっそりと不気味な笑顔だ。これでまたひとつ母親に弱みを握られたようなもんだ。
 そしてフーンと、あきらかにおれの動揺を見切って上目遣いで見送る。おれが朝比奈を送っているあいだに会社から帰ってきて、フロに入ろうと出てきた父親が、どうしたあ。なんて、呑気に言ってくるから、何でもないよって、変に強い口調になってしまい、わけもわからず父親は思わぬ息子の反抗に目を剥いて驚くもんだから、あわててあやまって本当になんでもないからと取り繕う。
 このあと母親が父親にどこまで話すかわかったもんじゃないし、もう気が気じゃない。このまま食卓に勢ぞろいしては不利な状況が悪化するだけだ。とりあえず自分の部屋にこもって、体勢を立て直し、話しの旬が過ぎるのを待つだけだ、、、 過ぎるのか?
 部屋に戻って、ベッドに倒れ込む。自然とこれまでのことを思い起こしていた。朝比奈とは夏休み前のひともんちゃくで、なんだか同じ側に立ってお近づきなれたかと思ったら、それっきりになって、それも朝比奈には考えがあってのことだったんだけど、スタンドで再会したらやけに親しげになり、あの子ネコをきっかけに家に寄ってくれるようになった。
 おれからなにか仕掛けたことは一度もない。母親の言葉に信憑性があるならば、こいつはやっぱり脈ありってとこか。おれがそう言いきってしまうのは、これまでの経験上で母親がこういう物言いをする時は、必ずその方向に、、、 今回の場合だと、おれと朝比奈が彼氏彼女のあいだがらになる、、、 なったりするからだ。
 母親の先読みが鋭いのか、おれが言葉に操られているのか、そうしなきゃいけないって思い込むからなのか。おれはこうやって誰か彼かの言葉に左右されて、この先も生きていくことになるらしい。
 それが他人のせいなのか、自分の判断なのか、見えざる神の手、、、 母親の指令、、、 による選別なのか、そんなもんは死ぬときにようやくわかることで、自分がどう納得していくかだけの問題だから、自己責任なのはわかってるけど、他人におしつけるのは安易すぎるし、だったら神を持ち出すのが、逃げ道には最適だったから、、、 バチが当たるな、、、
 普通は年頃の息子の恋愛沙汰、、、 恋愛でいいよな、、、 沙汰ってのは大げさか、、、 をおおぴらに口に出して、今後の展開まで心配して、ご夫婦で共有しようなどありえないはずだ、、、 他人の家がどうかなんて知らんけど、、、 なんだか我が家で初めてわきおこった息子の色恋事情を、母親は確実に楽しんでいる。
 高校三年生の男子が女子と付き合うって、マンガや、映画みたいに華やかなもんじゃなく、実際にはまわりからの好奇の目がうっとうしかったり、本当は男同志とつるんでいた方が楽しかったり、付き合うって関係になったとたん気持が冷めてしまったり、、、 経験ないけどまわりを見てりゃわかる、、、
 だから最終目的がオトコには別にあるとしても、そんな約束事なんかより、こうしてなんとなく逢って、なんとなく話しして、別に明日がどうかなんて、逢えたら逢えればいいやぐらいが、おれの心拍数にはちょうどいいんだ、、、 それをオンナは『ズルイ』と思うんだろうか、、、
 母親のさっきの言葉は、それをも見透かしているようだった。意図しているかどうか判断できない微妙な言い回しで、そんな発言をサラッとしてくる。おれの考えすぎだと憂慮してしまうし、話しの内容があまり触れられたくない部分なので、真意を聞くわけにもいかず、そんなおれは、子供のときからうまい具合に舵を取られていた、、、 やはり母親の選別か、、、
 なにかに追い回されて生きている。そんな思いをしているのはいつからだろう。知らないうちにそうなって、気づけば追い回されなければ自分から問題のネタを探し、あたまを悩ませていなけりゃ落ち着かないなんて状況に陥っていく。それなのに本当に解決しなきゃいけない事態に目を向けない。
 大事が控えていると、瑣末な問題が気になって、現実逃避の言い訳にしようとするのはよくあることだ。
 おれの場合は就職か、進学かその選択を決め切れないまま、いっさい手をつけようとしない。そこが最大、最優先の問題事項のはずなのに。夏休み明けの本当の不安は、そっちなのかもしれない、、、 そっちだって。
 そうかあ、明日、朝比奈、ガソリン入れに来るのか。夏休みの早々に入れに来て、それ以来だからもう半月になるんだ。いろんなことがあった。ありすぎた半月はオレの人生史上で最も忙しく事件の多い日々だった、、、 この先、平凡な人生を送ると仮定してだけど、、、
 なにかが変わろうとしている。なにを基準に変わるとか思えるのかって、それ自体がおかしなはなしだけど、自分からなにも動きださなきゃ、昨日と同じ一日を過ごすだけで、きっとそうではなくなるって思えるから、、、


Starting over12.21

2019-06-16 06:43:49 | 連続小説

 おれがなんだかんだと周りから声をかけられやすいのは、この家庭環境も要因のひとつじゃないかなんて思うんだけど、母親からこれだけ無遠慮な言葉を投げかけられ続け、それに対して文句も言わずにしてたのは、単に反論するのがめんどくさいというか、それにかける労力がムダというか。
 それが見た目にはおとなしい態度で聞いていると思われ、それを続けた長年の蓄積が、母親から言われるトゲのある言葉に対しても免疫ができ、ツラの皮とかが厚くなったに違いない、、、 チンコの皮も少し厚めで困っている、、、 
 困っていると言えば、永島さんのクルマをどうするかってとこで、、、 無理やりだな、、、 でも早急になんとかしなきゃけないのは間違いなく、いつまでもスタンド裏のガレージに置いておくのも、キョーコさんに対して気が引ける、、、 オチアイさんにも文句を言われそうだ、、、
 これほど大きなもらい物、、、 もらい物の範疇でいいのか、、、 は初めてだし、言いやすいからってキョーコさんも気前が良過ぎなんじゃないか、、、 気前が良いって範疇でいいのか、、、
 こちらとしては、免許もなければ、駐車場も持っていない。家に持ちかえりゃおどろかれる、、、 家まで運転できんし、、、 どうすりゃいいのか途方に暮れるばかりで、なによりキョーコさんの意図もわからない。
 手に余るからくれたわけじゃないだろうし、マサトに言えば大喜びだろうけど、、、 マサトには教えんけどな、、、 おれなんかじゃ、まさにネコに小判、ウチの子ネコにネコジャラシってほど価値がない。
 これはきっと、責任をとらされているんだ、、、
 あの時の最後の含み笑いが、どうにもあたまにこびりついて離れない。せめてもの救いは、言いやすいから言われたってわけではなく、おれへの罰を含めたそれなりの理由がキョーコさんにはあるということだ、、、 たぶん。買い被りを含めて、、、 皮被りじゃないよ、皮が厚いだけだからね。
 おれのクルマへのイメージは厄介なものでしかない。マサトの例を持ち出すまでもなく、変な自尊心を作り出し、不要な争い事を持ち込む諸悪の根源なんじゃないかとさえ思ってるんだけど、持っているクルマの車種によってオトコってヤツは選別され、なおかつ運転能力が備わっていなければ、自分の存在意義に関わってくるってのがどうにも肌に合わない。
 それは原始時代の狩猟能力に近いものがあり、外で狩をして、食料を確保できないオトコに付いて来るオンナはいないということで、その能力が高ければ複数のオンナを養っていくし、なければ子孫を残すこともできない、、、 ならば、おれは子孫を残せない部類に分けられる、、、 複数のオンナにモテようとも、子孫を残さなければならないとも思わないおれは、絶滅危惧種に指定されてもいいのかもしれない。
 それぞれの時代で、それぞれの需要があり、好きな食べ物や、興味の対象がそうであるように、いまはそういうオトコが求められているってことで、この先がどうなるかなんてわからないけれど、現時点ではそれが、オトコがオトコである唯一の価値みたいだ。
「それは、しかたないね。女の子としてはカッコいいスポーツカーに乗って、家まで迎えにきてくれて、周りのクルマを尻目に颯爽と走り、それが自分のためだと思えば、素直に嬉しいんじゃない。それと同様に、そのサイドシートに似つかわしく、オトコのドライビングをニッコリとほほ笑んでいられるのがオンナの需要なんでしょ。現代の求愛行為がそう認知されているだけなんでしょうけど、カネで買えるのはハートぐらいなんだから。ホシノだって、子孫を残したいと思わなくたって、おんなの子とイイことしたいと思うんだし、それがもう子孫を残す遺伝子にあやつられてるのと同じだって」
 これは母親が言ったわけじゃない、、、 そりゃそうだろ、、、 朝比奈が子ネコをじゃらしながら、おれの持論に意見していた。そして意味シンともとれる言葉をつづっては、おれを図ってくる。うわべだけでわかったようなこと言うおれは、そんなこと言われたらもうなにも言い返せない
 それにしてもウチの母親が聞いたら大喜びしそうなセリフを、しかも本人の前で言い切ってしまうんだから、こちらとしもぐうの音も出ない、、、 やっぱりこのふたりはかなり近い、、、 おれがいくらスカして言ったところで、彼女たちには全部お見通しなんだ。
 それで気がついたんだけど、これまでおれのいないところで朝比奈と母親が逢っているなら、会話もはずむだろうし、おれのバイトのはなしだって、その時になされていたとしてもおかしくはない、、、 遅いって、、、 
 そしておれは、朝比奈がいまだにどこへ通っているのかも聞き出せてない。朝比奈はミステリアスな笑顔でおれをうかがっている。
 今日はあいにく好天で、雨にあおられたわけでもないのに、こうしてウチに寄ってくれるのは、これはなにか進展があるのではないかとゲスな勘繰りを入れてしまう、、、 しっかりと子孫を残す準備に入ってるじゃないか、、、 
 もっとも朝比奈が言うには、バイト先をクビになって、しょげてるんじゃないかと思って様子を見に来たということらしく、、、 クビじゃないけどね、、、 さして変わらんか、、、 今日ガソリンを入れに行って知ったから、あわててガソリンも入れずにここへ来てくれたって聞けば、それなりに心配してるみたいで脈はあるんじゃないだろうか。
 恋愛の第一章としては、オンナはオトコに気のないふりをして近づいてくるって、ありがちじゃないかと、やっぱり自分主観にものごとを考えるおれだった。
 おれは母親との一連のやりとりはぶっ飛ばして、クルマとオトコとオンナの相関関係についての考察を述べていた。どうしても言いたかったのか、話しの流れでそうなったのか、朝比奈はそんなおれのいい訳じみた話しを、子ネコをじゃらしながら聞いていた、、、 たぶん聞いてくれていたはずだ、、、 だからそれなりのまともな回答が返ってきたんだ。
「私もそんな価値観に同意はしないけど、これは私がひねくれたものの考え方しかできないからなのかもしれないし、人から押し付けられたり、世間一般の常識に、取りあえず逆らってみる性根が影響しているのかもしれない。一般の男の人がそう考えるのに文句を言うつもりはないし、それを迎合する女の人をさげすむつもりもない。ただね、すべてがそうでなければならないって思い込んでいる人たちとは、まともに話す気にはならないでしょうね」
 これはもう、ますます朝比奈は、おれの母親と同人類系なヒトなんだと思いながらも、いまは口に出すのは止めておいた。朝比奈がそう思われていい気がするのかわかんないし、それが事実であれば自分に非常に不利な状況になる。こんなおれが持っている僅かばかりは危険察知能力が警告音を鳴らしている。
 おれはそうなんだけど、絶対多数に敏感になってるから、そのぶん自分の方向性が制限されていくだけなんだ。流されやすいおれだけど、変なところだけは妙なこだわりがある。ほとんどの人がそうであるはずなのに、あたかも特異な性格として取り上げられる。自分の意見を持つことと主張することとは別なんだから。
 朝比奈は冷ややかに笑った、、、 とても冷やかに。
「あたまの良い人はそうするでしょうね。私はそこらへんの感覚がズレているのか、融通が利かないのか、どうにも譲れない部分らしくてね」
 あたまの良い朝比奈が他人事のようにして話すのは、正面切って自分の思いを伝えることを恥ずかしがっているに違いない。おれも迎合するわけじゃないけど、その気持ちはわからないでもないこともない、、、 どっちだ?、、、 こういう物言いが、自分をぼやけさせて、ラクして生きてることを表現しているようなものだ。
「あのね、ホシノ。学校って、一種、独特の場所でしょ。強制的に集められたひとつのコミュニティの中で、3年間という生活を強いられ、家にいるより長い時間を過ごすでしょ。その中でうまく生きていくには、調和を大切して、決して乱さないこと。教室内に不協和音が発生すれば、誰もがそれを止めようとする。それが人間の持つ保身能力なんだから。それが社会に出た時に適応できる能力を養うと言われてるけど、どうなのかしらね。その時期の抑圧が悪い方に出ることだってあるでしょう」
 調和を大切にしない朝比奈が、和に入らずとも身を沈め、自分からモメ事は起こさないと主張はしているのはそのためで、ただそれでも不協和音とする者達には、排除すべき対象になっているのは明らかだ。それこそが朝比奈にも、それ以上は譲れない部分なんだ。
 第2章は、オトコも気のないふりをしてオンナのようすを伺っている。ってとこだろうか
「ホシノ良かったね、あれからすぐ夏休みなって。休み明けにはもう対象外になってるでしょうけど、わたしにも責任あるから、力になることもできる。 …ホシノの夏休みが終わったらね」
 うーん、だから不完全なる人間ってヤツを、神はオトコとオンナに分けたんだろうな。おれにしてみれば朝比奈にそんなこと言ってもらうだけで、もうじゅうぶんおつりが出るほどだ。
「ホシノは、いちいち大袈裟にするのが好きなんだな。おつかれさん。さあ、そろそろ帰るから、じゃあね」
 朝比奈は顔を家の奥に向けて、おじゃましましたーと声を掛けてから玄関を出た。聖域からは、気をつけて帰りなさいよおーって、母親の声だけ響いてきた。このふたり、息もピッタリ。
 おれは大通りまで朝比奈を送っていき、颯爽と走り去っていく後ろ姿を見送っていた。去り際に、明日はスタンド行くからよろしくね。と言ってたけど、もはやバイトではないおれがガソリンを入れるわけにもいかないし、ましてやサービスもできない。
 朝比奈はとぼけて言ったわけじゃなく、多くの意味を含めたカギとしてその言葉を置いていったんだ。
 第3章は、オンナがオトコに魅惑的なまなざしを向けて去っていく。これでオトコはイチコロ、、、 朝比奈なら瞬殺だ。
 とりあえず、明日はスタンドに行って、これまでの給料がいくらもらえるのか聞いてみようか。それによって、今後のおれの身の振り方が決まってくる、、、 クルマを含めて。
 おれはこうして多くのオンナに振り回されて生きていくのか、なんて言えばそれなりに充実した青春期とでも言えそうなんだけど、マサトに振り回されるよりよっぽどましだとここでは思っておこう。


Starting over12.11

2019-06-02 11:39:36 | 連続小説

 こうしておれの夏休みは、これまでの学生時代に過ごしてきた日々と変わらなくなり、元に戻ってしまった。これでようやく勉強に取り組むことができる。となればよかったんだけど、いろんなものが抜け落ちて、なにもする気になれなかった、、、 ただの言い訳、、、 教科書やノートを開いても、なにもあたまに入ってこなかった、、、 あたまに入らないのはこれまでと同じだし、そもそもノートには、なにも書かれてないんだから、入れるものがない、、、 それがおれのこれまでの学校生活の成果だ。
 いまのところスタンドはオチアイさんが仕切って何とか回っているらしい。永島さんがいなくなり、おれが家の都合で、、、 親に止められて、、、 辞めることになり、少なからず影響はあるはずだけど、、、 ないと、それはそれで悲しい、、、 それが、あまり実務をしていなかった永島さんと、新人のおれがだったとしても。
 そうやって今後もスタンドは存在していく。その分マサトは、倍の仕事量になったとぼやいていた。疲れたならはやく家に帰って寝ればいいのに、マサトは毎日ウチに寄ってぼやいていく。
 多分どんな仕事だって、何が起きようとも、誰かがなんとかして、昨日と同じ状況を作り出しているんだ。それができなきゃそもそも昨日までが成り立っていないんだから。
 おれも昨日までその一員だった。知らないうちに、そういう社会の枠組みにはめ込まれていた。実際に就職してしまえばまた、その中に取り込まれてしまい、そんな感情も起きないまま流されてしまうんだ。
 だからよけいに、そこから一歩はみ出すと、こうして気が抜けたみたいになってしまう。バリバリと働いていた人が定年と同時に腑抜けになってしまうように、、、 それほど大した働きはしてない、、、
 そしておれは、玄関で子ネコと一緒に過ごすことが多くなった。
 二階の自分の部屋は暑いし、居間で母親と四六時中顔を合わせているのもせつなく、母親は何も言わないけど、それがまた居心地の悪さを増してしまう。ここは家の中では比較的涼しくて、ひとりで物思いに耽られる、、、 子ネコはいる、、、 ちょうどいい場所だった。
 たまに母親が玄関に現われたり、不意の訪問者が来たりすれば、おれはわざとらしく伸びをして、いまから外に出るところだったという演技をする、、、 一日に20回ほど、、、 いまから外に出るって演技をさせたら、世界で一番うまいんじゃないか、、、 それだけの役はない。
 長いあいだ一緒にいれば、新たな発見もある。なんだかこの子ネコはあまり活動的ではない。なんて言いかたは変なのか。おれが持つネコのイメージって、陽だまりで丸まっている姿なんだから。それにしても動かなさ過ぎで、いつもダンボールの我が家の中で、やっぱり丸くなっている、、、 普通か。
 いやいや、とはいえ子ネコなんだから、好奇心旺盛で、いろいろかまってみたくなったり、何かを追っかけたりするはず、、、 偏見か。
 あたりまえだけど、人がそうであるように、みんながみんな、スポーツが好きだというわけじゃないし、クルマに興味あるわけでもない、、、 いまはいいか、それは、、、
 なんだっけ、そうそう、すべての子ネコが好奇心旺盛じゃなきゃいけないわけじゃないって、考えをあらためていたところだ。だからって、これまでこの子ネコが、スウィートホームから外に出たところを見たことがないことを考えれば、そうであっても心配な気持ちは消え去らない。
 それで気になるのは、どこかカラダに不自由があるんじゃないかなんて思ってみたり、壁の隙間にいたのも、それが理由なのかもしれないと勘繰ってしまう。勘繰るだけでそう言い切れないのは、おれは子ネコと意思を疎通させることができないからだ、、、 疎通ができても、その真意まで知ることはない、、、 誰であっても。
 コーセキだか、タンセキとかの小説みたいにネコにも思考があり、いろいろと思うところがあるのかもしれないけど、このネコはしゃべってくれるわけもなく、時おり含んだような鳴き声をするだけだ。
「ミャーア」そうそう、そんな感じ。これがまた間が良くて、合いの手のように鳴かれると、コイツおれのいっていることわかってんじゃないのか? なんて訝しがってしまい、ネコと通じ合っている錯覚をおこしたりする。
 残念ながら、おれはその小説を読んだことがなく、、、 そもそも小説なんてものを、まともに読んだことがない、、、 なんとなく人づてに聞いた話では、ネコが人に話しかけているわけじゃなく、擬人化してるというか、一人称で語り部になっていたような。だから、それもこれもみんな、人間の勝手な空想を押し付けていて、やってることはおれとなんら変わんないじゃいじゃないかって、、、 なんだっけ、そうあの子ネコのことだ。
 親からはぐれたのか、それとも見捨てられたのか、近頃じゃ人間以外の動物だって、人並みに育児放棄をするのか、もしくは最初から育児なんて概念はなくって、乳が張ればミルクを飲ませ、肌寒けりゃ一緒に寝る。ただそれだけの利己的な行為が、育児に見えるだけだったりするのが案外ホントのことろかも知れんけど。
 そう思うと、人間ってヤツはここまで手厚く親に育てられ、それがあたりまえのようになっている。おれなんかもいまだに育児の範疇だ。それだけ、弱い物体で、これからもどんどん退化していくんじゃないだろうか。
 生きるべきものはどうしたって生き延び、そうでなければ、死に絶えるのが自然の摂理なんだ。だから、あの壁の隙間にはさまっていたのも、そこが一番安全だからって本能的に感じていた。いまじゃこの段ボールが一番安全で、なにもしなくても食べ物が舞い降りてくるから出る必要がない、、、 生きるべき術がわかっている、、、 正しい判断じゃないか。
 他に理由を探すとすれば、先天的にからだに悪いところがあるんじゃないか。例えば目が悪いとか、多少感覚にズレがあるとか、足腰が悪いとか、、、 おれか、、、
 おれがそう思うには一応は根拠があり、子ネコが目で何かを追っているとき、多少のズレを伴っていたり、音や肌に感じる振動で何かを感じてはいるらしいが、追っていく目がどうもワンテンポ遅れているからだ。おれが玄関を通る時も、何やらあとから気づいたように、一度玄関を見てから、慌てて振り向いたりする。
 だからこそ、この場が安全だということは認識してるのは間違いないはずだ。まわりに妙な空気の流れが無い限り、心地良さそうにゴロゴロとしている。こういう言い方って誤解をまねきやすいけど、なにかが欠けていたり、足りなかったりすると、それを補う別の能力が鋭敏化したりする。トータルで持ち得る能力だと考えられるか、欠陥だけをあげつらうか。多くのモノが欠けおちているおれが鋭敏化しているところはどこなのか、、、 ないか、、、
 それにしてもコイツ、ゴロゴロしすぎだ。少しは運動でもしないと、めでたく成人病の仲間入りになるぞ、、、 成人ではないが、、、
 体重を気にしている母親と一緒にジョギングでもはじめればいいのに、、、 犬じゃないか、、、 ネコと一緒にジョギングをしている母親を想像してみたら、これがまた、たいそうシュールな映像だった。
 引きこもったネコをどう扱っていいのかわからない、、、 ネコも扱ってもらいたくないだろうけど、、、 かといって、それ以外のネコの扱いが慣れているわけではない。オンナの扱いも同じ、大人の女性はさらに困難。クルマはまだガレージのなかで、あたまのなかが堂々巡り。アホづえをついて、今日何回目かのため息をつく。
「ミャーア」こんな具合に、おれがコイツに話し掛けたりしてると、時折りわかったような鳴き声をだす。本当にその割にはタイミングが良すぎてハッとさせられる。その時の顔つきがなんとも幸せそうで、それを見るたびに、こんなくだらないことに悩んでいる自分が、小さい人間なんだと知らしめてくれているようで、何らかの問題をかかえ活発でないネコだって、こんなに嬉しそうに笑ってられるのに、おれはなにやってんだか、、、 とか。
「ちょっと、一曳」
 めずらしく母親に正式名称で呼ばれた。母親の接近も気づかないぐらい浸っていたみたいで、名演技を披露するタイミングを逸していた、、、 だれも見たいと思わない。
 おれの名前であるイチエイは、漢字で書くとああなる。そして『一筋の光明に曳かれいく者』なんて大仰な意味らしい。おれが誰かを導いていくのか、導かれるのか、、、 たぶん後者だ、、、 誰かに引っ張ってもらった方が楽だし、面倒がないから、それのほうがいい。従順なので誰かに付いていくのは得意だ。特に目上の人には好かれるタイプだと思っている、、、 キョーコさんとか。
「あんたさ、そういうものの考えは良くないんじゃないの。自分より劣る者と比べて、それで自信つけようとしてどーすんのよ。情けないわねえ。いっぱしの身体だと思って満足してるようだけど、たいして活かしもしないで。ひととおり揃ってるだけで感度が鈍ってるから、身の危険も察知できなかったんでしょ。したたかに生きてるこのネコの方が、よっぽど大したものよ」
 おれの愚痴とも、決意表明ともつかぬつぶやきを通りかかった母親が目ざとく、、、 耳ざとくか?、、、 聞いていたらしく、口をはさんできた。母親が説教を始める時は、いつも呼び捨てしてくるから、ある程度は身構えていた。
 ちょっと、待ってくれ、そういうつもりで言ったわけじゃない。ただ、自分の不甲斐なさを嘆いていただけで、それを口が悪いというのか、遠慮がないというのか、配慮がないというか、一応でも不慮の事故でケガして、部活を辞めることになった傷心の高校生が、さまざまな困難を乗り越えようとしているのに、そんな、あたまごなしに言わなくてもいいような、、、 
「なあに、ごちゃごちゃ言ってんの。ひとに言われたまんまやってただけで、自分でなあーにも考えてなかったくせに。自分の思いがすべて周りに伝わるって思ってるところがすでに思いあがりだわ。国のためには多少の人民が犠牲になってもしかたないと、それが大義名分としてまかり通ってしまうのがこの世の中よ。力の大小が発言の意味合いを変えてしまうってことを覚えておいた方がいいんじゃないの。それにね、いつだってお上が決めたルールなんて、そこからの視点で見て勝手に押し付けてるだけで、当事者からそうして欲しいって言ったんなら別だけどね」
 と、あくまで強気の姿勢を崩さず、自分の聖域に、、、 つまり台所に、、、 行ってしまった。
 なんだか、大きなはなしにすり替えられてしまった。つまりはネコから見ればおれはおカミで、その視線ですべてを考えてしまっていて、だからどの場面においてもヒエラルキーが成り立つということは理解できた。さすが戦争経験者は腹が据わっているというか、体制に対しての信用度がゼロなのは、おれ達の世代の比ではないようだ。
 どうしたって、アイツよりはマシだとか、自分のほうがツイていたとか、ついつい考えがちだ。そこに悪意がなかろうと、その範囲内でしかものごとを見れなくなっていく。そうやって自分より弱いモノを探して、そのなかで優位性を保とうとするのはもっとも弱い者がすることだ。
 まさに母親の言うように鈍りきった感性のせいか。たしかに誰かと比較して自分を力づけようとするのは、自分と比較して誰かを貶めるのと同じだ。
「ミャア」 、、、だな。