private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

商店街人力爆走選手権

2015-04-19 10:14:12 | 非定期連続小説

SCENE 1

「ひどいわね。思った以上だわ」
 八割方シャッターが下りている商店街を眼前に望み、時田 恵(トキタ・ケイ)はあきれた様子で言った。
「典型的なシャッター商店街スよね」
 恵のその隣で腕組をしてわかったような口を聞く、瀬部 戒人(セブ・カイト)に、怒りに近い不快な気持ちが湧いてくる。
――アンタが言うな。
 恵は気を取り直して、もう一度まわりを見渡す。
 シャッター商店街というのが誉め言葉に聞えるぐらいの有様で、良く見ればシャッターの数より木戸が打ち付けてある店の方が多いぐらいだ。
 黒のビジネススーツで両手を腰に当て、ふんぞり返らんばかりに仁王立ちする恵。
 ただでさえ気がめいってるのに、お調子者の戒人を引き連れて、案の定緊張感のかけらもない言動にイラついてしかたがない。
 とはいえ、ひとりで目的の場所に向かうわけにはいかない。
 幸か不幸か、恵にとってはかなり不幸といえるだろうが、この商店街の会長がこのノーテンキな男の父親で、今日のプレゼンの段取りをとってもらった貢献者ならば無下にはできない。
「だからって、調子のるんじゃないわよ」
 恵が目を閉じて戒人に言い放つ。
 突然、わけもわからず文句をいわれてたじろぐかと思えば、自分のことを言われているとは思っていないらしく、両腕をアタマの後ろに組んでボーッと突っ立っている姿を見て、ますます苛立ちが増加してく。
 ゴースト商店街に手を差し伸べ、見事V時回復への足がかりをつける画期的なプランを提案する。といえば聞えは良いかもしれないが、実際は総合ステーションに建て直しされた、この市の顔とも言える駅へとつながる駅前の商店街へ食い込みを目論み、経費に乗せられない金を遣った根回しをしながらも、これまで太いパイプでつながっていた、大手の代理店にそっくり持っていかれるはめになり、少しでも利益を回収するための悪あがきでしかない。その貧乏クジを引いたのが恵であった。
――利益の回収どころか、泥沼に足突っ込んでいくようなもんでしょうに。
 そもそも、最初から勝算の薄い戦いだったのはわかっていた。とはいえ、黙って指を咥えていても会社がジリ貧になっていくのは明白だ。
 恵にとって納得がいかなかったのは、自分が提案を却下され、社長肝いりの企画で勝負しなければなからかったことで、自分のプランとともに玉砕するならまだしも、どうみても二番煎じとしか思えない社長案で戦えといわれても気持ちがノルはずもなかった。
「まったく、私のキャリアをなんだと思ってるのよ。これはあれよね、パワハラだし、モラハラともいえるし、セクハラも入ってるわよね。マタハラ… それはないか」
 とにかく気に入らないことこの上なく、なにかと文句をつけたがるのは近頃の風潮だが、恵の場合それだけで収まらない。
「だいたい良い案だと思うんなら自分でやりゃいいのよ。なにが『別の商店街で成功させてヤツラのハナをあかしてやろう』よ。こんな廃墟間近の商店街でなにやってもうまくいくわけないでしょ。し・か・も、しかもよ、このいかにも出来なさそうな社員の父親がたまたま、会長やってるからってむりやりアポとって、安直過ぎるでしょうに」
 会社を出てから五度目の愚痴を言い放った。
「部長さん。それもう五回目っスよ。それも本人の前で。もう耳にタコっス」
「数えてんじゃないわよ! 何がタコっスよ! タコスが食べたかったらメキシコにでも行けばいいでしょ!」
「はあ、メキシコですか。タコスならこの商店街にもあるっスけど、行ってみますか?」
「行かないわよ。なんでこんな商店街でわざわざタコス食べなきゃいけないのよ。厭味で言ってるのよ、イ・ヤ・ミ!」
「はあ、イヤミっスか」
 恵はアタマを押さえた。これ以上続けても頭痛の種が増えるだけだ。
 商店会長の家、つまり戒人の実家に案内してと、アゴを突き出すが、察しの悪いこの男は訳もわからず突っ立ったままだ。
「いいから、早く会長の家に連れてきなさい!」