private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over18.2

2018-05-27 20:17:51 | 連続小説

「で、ホシノはどうするの? 続けるのか、それとも止めるか。わたしはどっちでもいいけど」
 このタイミングでまた微妙な問いかけを。この状況になって、もう何を選択させようっていうんだ。そりゃヤルに決まっているじゃないかな。もし逃げた場合、アイツ等はどう出るんだろうとか、負けた場合に朝比奈はどうなってしまうんだろうとか。それもこれもなにひとつコントロールできるはずもないのに、そのすべてがおれのせいなら、この先穏やかに生きていくわけにもいかないわけで。
 
いつだって舞台に乗せるのは朝比奈の方で、おれが望んだわけじゃ、、、 ああ、そうだね、だから、それを求められたおれが、いったいどこまでできるのか、やれるのかってところを見極めるつもりなんだよね。
「悪かったね。いろいろとまきこんで。最初はホシノなんだって、それだけの理由じゃないんだけど。一度出逢っただけでそうなる人であったり、何度出逢ってもきっかけがないまま離れていったり。自分が誰と堕ちあって、そこになにを求めるのか。自分で決めるよりも、偶然性に意味を求めて成り行きに身を任せて、それもひとつの真実だったりする。めぐりあいって特にそういう傾向におちいりやすいんじゃないの。ここにいるべき理由があり、ここで同期する理由がある。その先の未来を夢見て描くことができ、未来の映像とともに溶け込んでいける。それがホシノと一緒だなんて、思いもよらなかった」
 
面白がられている、、、 喜ばれているのか、、、 どっちにせよ、殊勝ないわれかたをすると、逆にがぜんやる気が出ちゃうじゃないか。これは女王様を救おうとする王子効果とでもいうんだろうか、、、 単純だからな、おれ。王子様とほど遠い見てくれなのに、、、 変に勢いづいたおれは、朝比奈の鼓動をじかにカラダに感じてみたくなり、熱がまだ残っている場所に手を伸ばして身体を前に倒していった。なにやら甘い香りを運んでくる。
「急がないで。ひとつづつ段階ってものがあるんだから。こなさなきゃいけないステージをとび越えても結局は足踏みをするだけで、瞬息の快楽は久しく苦痛の元になるだけ。そんな失敗はね、これからの人生のあらゆる場面でよみがえり、思い出すたびに痛みを伴ってくる」
 
急がないでって、時間の浪費を嫌う朝比奈らしからぬお言葉。おれは朝比奈が器用にこねくり回していたシフトノブからしかたなく手を離した。だったらさ、運転のしかたとか、勝負のコツぐらい教えてくれないか。さっきだってなんだよ、ゼロハチって。ニーナナとか、数字のスラング並べられても平凡な男子高校生にはわかんねえから。だったらもっとわかりやすのから順番に教えてもらいたいもんだ、、、 たとえばシック、、、
「ホシノが知らなさ過ぎるんだよ。平凡な女子高生だって、それぐらいなら知ってるんだから」
 平凡じゃないと思う、、、 平凡って、、、 あっ、すいません。
「しかたとか、コツとかって言われてもねえ。私も自分で見て覚えたから。どうやって教えていいかわからないし、変に横からゴチャゴチャ言うより、自分でつかんだ方がいいんじゃないの。やり方もそれぞれだし。共感が動機付けになることもあれば、個性がそうなることもある。一度その枠に収まったら、どうしても楽な方を選んでしまうものだから。まずは、自分でやってごらんなさい」
 やってごらんなさいって、そうまで言われたあとで、朝比奈に反論できるほど体力も頭脳もありゃしない。いいよ、じゃあ、自分でやってみるけど、本当にそんなおれにヤラさせて大丈夫なのかってとこで、おれにはそれが一番心配なんだ。
 だってそうだろ、朝比奈がヤツラのいいなりになってしまうなんて、どうにも許せるわけがない。朝比奈はそれでも含めて判断しているのか。
「大丈夫よ。ホシノ、勝つから。アイツラにもそう言ったでしょ。仮にもし負けたって、別に大したことじゃない。アイツ等がなにしたいか想像つくでしょ。そうしたいならすればいい。もしホシノが、それを我慢できないっていうんなら、勝つ努力をすべきね。どう? 立派な動機付けになりうるでしょ」
 どうって、どうなんだろう。わからない。どうしてそんなに他人事のように言い切れるんだ。他人事だって大変な話なのに。その根拠のない自信はいったいどこからくるんだ。朝比奈自身がやるならまだしも、おれという自分では制御できない物体がおこなうことをそれほどまでして確信しているのは変じゃないか。大変な変態というか。もしそうやって、おれの闘争心やら、能力なんかを引き上げようとするところまで操作しようとしているのか、、、 もしそれでおれの限界値があがるんなら恐れいる、、、
 どうしたって
、おれはクルマに乗って競走する運命にあり、そこから逃れるわけにいかない状況になっている。たしかに、陸上競技から中途半端なまま放り出されたのは事実で、自分でもモヤモヤしている部分はある。それを周りがこぞって代替案を提示してくれるのはおかしなところで、クルマで走って勝つことで自分の到着点を見つけられるのかなんともいえない。
 
わからないことばかりでも、朝比奈が身を投じて舞台を整えたのだ、やらなきゃ男がすたるってもんだ、、、 すたるっていうほど最初からたいした男じゃないけど、、、
 朝比奈は薄い笑いを浮かべていた。だから正解はないと言ってると言いたげに。
「まだまだ、届かないのね。やるべきことが解っている人なんてほとんどいないわ。誰だって常に何かわけのわからにことに巻き込まれて生きてるんだし、生きていくしかない。理不尽だと思いながら。自分で選んだ人生を歩んでいると思っている人だって、例え私でもね、周りとの関係の中で生きている限り妥協して、調和して生きていく。自分以外の人生に干渉する。実はそれこそが、自分の人生を思いどおりに生きていくための一番の難関になるのかもしれない。どうするかは自分で見つけるしかないんだから」
 朝比奈が意を決したのか閉じられた扉を開き、ソコを空けた。温かいぬくもりが色彩からも見て取れる。つまりおれがソコに身をあずけないかぎり何も始まらない状況を作り出したんだ。朝比奈は車体に身を寄せ、野球が行なわれているグラウンドの方を見ている。
 
カクテルライトに透かされて、淡くゆるやかに浮きあがる身体のラインが、呼吸とともに細やかに波打ち微細にカタチを変えていく。一瞬でも同じカタチにとどまらないのは川の流れとかと同じで、それ自体が美の造形となっていて、見ていて飽くことがない、、、 できればずっと見続けていたい、、、 それなのに、こんな時間に、こんな場所で、さっきのような不埒なヤロウどもにでも見咎められれば、またまた厄介なことになりそうで気が気でなくなってくる。
 
今度は悪魔の森の中で女王様と同行する騎士のような気分になってきた、、、生まれてこのかた騎士じゃないけど、、、 下僕程度だ。
 それが朝比奈の戦略で、おれはその場所へ移動するしかなくなっていた。開け放された扉に手を伸ばし閉じようとすると、朝比奈はそれを待っていたかのように空けられたシートに移ってきた。
 
さあここからがおれのオトコらしさを見せるところだ、、、 あるのか? オトコらしさ、、、


Starting over18.1

2018-05-20 18:19:06 | 連続小説

 クルマを動かしはじめた朝比奈は、はじめからそこに行くつもりだったみたいに、なんの迷いもなく市営グランドが併設されている公園の駐車場にクルマを止めた。
 
夜間照明が照らし出すグラウンドでは、夏の風物詩って感じで草野球の試合がおこなわれている。そこだけが明るく浮かび上がって別世界として目に入ってくるのは、カクテルライトが作り出す夢想なのか、、、 同じ場所に居るはずなのに、、、 夜空はますます暗さを際立たせている。
 
朝奈はエンジンを切り、ウインドウを下ろした窓に肘をけて車外に顔を向けた。間断なく草木にふれて冷やされた空気が車内を通り抜けるので、火照ったあたまが冷やされてすっきりとしてくる。
 
おれに少しはあたまを冷やせということなんだろうか。結論を急ぎ過ぎるのはよくないのは、これまでの経験でもわかっていた。それなのに毎回、すぐに判断したり、選択を強いられたり、そのスピードができるオトコの基準のように思えて、もたもたと先延ばしにしているようなヤツは、煮え切らないオトコとしてダメな見本のようで、、、 まさにおれ、、、 そんなオトコのムダな価値判断が、これまでの世の中を回していたとしたら、大いにあたまを冷やすべきだ。
「実際、そんなに都合よく問題を解決できるわけないし、その結果が自分たちの意にかなったものになるのも稀なのに、そんな映画やドラマはもとより、物語や創られた歴史書を基準として、最低ラインがそこに設定されてしまっても現実化しないんだから、もう気持がついていかなくなる。なんだってまわりに流されず、自分の生命時間をもとに結論を出していくしかないのに」
 そうまでわかっているなら、今日のところは一旦家に帰って考えをまとめさせてはくれないだろうか、、、 おれの場合、熟考するというより、なんとか時間をかせいで、そのあいだに誰かがなんとかしてくれないかと切に願うばかりだ、、、 
「わたしは、帰らなくてもかまわないわよ。べつにね、ホシノは、どうするの?」
 いやどうするって言われても、そりゃ朝比奈にそう言われれば、おれひとりじゃあお先に失礼しますなんてい言えるわけもなく、ここはやっぱりおれも朝までつきあうから、とか言ってみたいんだけど、いろいろと越さなきゃならないハードルが一杯、、、 母親だけだけど、、、 あるわけで。
「ふーん、ムリしてるんじゃないのそれって。もうさ、そういう他人の制限とかいいんじゃないの、ホシノ自身がどうしたいっかってことが大切なわけで、それを堪えるために生きているわけじゃないでしょ、硬くなってるよ、あたまも心もカラダも。ホシノが一番に大切にしたい大事なトコロだって」
 たしかに、おれは硬直化していた。朝比奈がどんなにクールに振舞おうと、おれの中にこれまで蓄積されてきた、異性としての輪郭と、対流が流れていく中で、おれがおれの脳の中で未来を勝手に描いている。その結果がおれの身体に反応をうながしているんだ。自分の体さえ制御できないんだから、それ以外をどうにかしようなんておこがましいのかもしれないじゃないか。
「もう出しちゃったら。そんなんじゃ苦しいだけでしょ。いつまでも、押さえ込まれたまま、あるべきところにあるだけじゃ、その先もないんだから」
 答えのある問題には取り掛かることができるし、正解も出せる。解くことができなくても必ず正解はあるし、教えて貰うことだってできる。あたりまえだけど人生は必ずしもそうではないんだから、答えはないし、正解があっても正しいとは限らない、、、 記憶? それだけが自分の拠り所になっている、、、 そんな不確実でおぼろげなものにしか頼ることができないなんて、人間は儚い生き物なんだ。
「どうもね、ホシノもそうだけど、みんなその概念にとらわれ過ぎている。前にも言ったでしょ。正しいことなんてこの世にはない。あるのは正しそうなことをやらなきゃいけないって観念だけ。じぶんひとりで生きていくにはそんなものは必要ないんだけど、どうしたって大勢の中に組み込まれて流されていくのなら、わたしたちは正しいといわれるルールに従うほかはない。組織で生きるにはある意味、自分の身柄と大切なものを人質に取られているようなもので、自分の勝手な行動が組織に迷惑をかければ自分が糾弾されるだけではなく、まわりにいる大切な人達にも被害が及ぶように仕込まれている。集団生活をするうえでの担保が、人の生き方を決め、可能性を停滞させているなんて誰も考えてはくれない。これからのひとたちが自由である生活を手にしたときに、その本当の使いみちを誤ってしまったら、それはかなり悲しいは未来になるよね。だけど、しかたない。本当に手に入れたいモノが、かならずしも望んだ人の手におちるわけじゃないんだから。そう思うと、わたしたちは不完全な自己完結の中でしか生きていけない」
 
世間という枠から外にでるということは、つまりそういう世界に足を踏み入れ、自分で納得できるかどうかの判断を繰り返している。自ら関わっていく時も、まわりから関わりを持たれる時も、その都度々々に熟考のうえの行動と、行き当たりばったりの言葉の上で成り立っていった結果がその後を形成していくだけで、どこに作為があったかなんてなんの検証をされるわけでもない。
 朝比奈は手際よく、おれの中心までなんなく手を伸ばし、スルッと大事な部分を取り出してくれたんだ。おれのほうから手慣れてるとはいいづらく、そう断定するのはあまりにも失礼であるし、もちろんそうでないほうがおれの気も休まる。
 
おれの迷いもよそに、朝比奈は外に解放されたおれの芯部を優しくほぐしてくれる。自分では味わえない感覚を他人に委ねるのは自分を否定してしまうことになるんだけど、だったら自分が何者かなんて永遠にわからないままなんじゃないだろうか。
「『自分が何者か』、なんてのは、自分自身で決められるものじゃないでしょ。大勢がアイツはいい人だという。そうだから自分はいい人であり続けられ、大勢があいつは悪いヤツだといえば、自分は悪い人間になる権利をえられる。ホシノがわたしを好きだといってくれるなら、わたしはホシノに好かれようと行動できる。まわりがわたしを嫌っているから、わたしは大勢に嫌われてもかまわない行動をとる。周りとの関係があってはじめて自分が何者かを決めることができる。それぐらいの能力しか備わっていないんじゃないの、わたしたち人間なんてものは。だってそうでしょ、オトコができることも、オンナができることも限られている。限られるって言葉が気になるなら、それぞれの役割があるって言いかえればいい。どちらかの領分を羨ましがったうえで侵犯したり、奪ったりしても、得られるのは一瞬の心地よさだけなのに、つかみ取ることが目的と化している」
 おれはつい、皮肉めいた言葉を思い浮かべる。じゃあ朝比奈は人間じゃないのかもしれないと。そして同時におれにとっては天使なのかもしれないと。オンナから、朝比奈から、いわれるがまま次の行動を起こすのは簡単じゃない。ここまでおれの気持ちを読まれ、そのうえ、おれが動きやすいように心理や、身体の動きまでに言及してまで求められるなら、それにノコノコと乗っていけば、主導権はつねに朝比奈の手の中だ、、、 いまでもそうだけど、、、 ゆっくりと呼吸をあわせて、うえにしたへと揺り動かされていくから、おれはもうすぐに限界まで行きついてしまい体外に放出するしかなかった。おれが行こうが行こまいがそんなことはおかまいなしだ。
 
朝比奈は不機嫌になるわけでも、冗談として受け止めてくれるわけでもなく、柔らかく目を閉じたその表情はまったくの自然体であり、次への行動がなにも読めない。つまりこれはおれの言葉を否定しているという態度なのであろうか、、、 だから怖いって。
「アナタがわたしを人間ではないと言えば… 」
 ああそういうこと、悪かった、悪かったよ。つまり人間でない自分を演じてたんだね、、、難しいって、、、
「 …人間ではないし、天使だと思えば、ホシノにとっての天使になれるのかもしれない」
 グラウンドからは時おり歓声が届く。おれはまわりの視線を気にして、目が泳いでしまい、その度に不自然に目線をそちらの方向に向けていた。その場に収まっていない状況にあきらかに戸惑っている。柔肌の感触と香り、温かな熱量と心音が押しつけられてきて、おれはまたすぐに血が上ってきた、、、 もう身動きもとれない、、、、


Starting over17.3

2018-05-13 06:30:57 | 連続小説

「ここにいてもしょうがないから、とにかく移動するよ、もうケーサツも動いてなさそうだし」
 どうしてそんな確約ができるのかおれにはわからないけど、朝比奈がそう言うならきっとそうなのに違いない。ここまでの彼女の行動や言動が確実に実績として蓄積して、その判断はおれのなかで揺ぎ無いものになっていった。
 朝比奈はそう言っておいてクルマを動かそうとはしない。どこへ行くのかも、どうするのかも。おれが何について問い掛けてくるのか、なかば楽しんで待っているのかもしれない。そう思うとよけいに何について最初に尋ねるべきなのか決められなかった。
 
あんな無茶な戦いを吹っかけてしまう朝比奈が理解できなかった。あの窮地を逃れるためにはしかたなかったのかもしれないし、極力有利な条件でまとまったのかもしれない。それにしてもだ、、、
「言葉はそれだけで力をもっている。それが本人に備わっていなくても、言葉に引き寄せられ、実体を伴っていくこともあるし、圧し潰されることもある。ホシノはなにを成し遂げたいの?」
 そんな、いきなり、哲学的な話をされても、なんの準備もできてないし、おれはただ、高校生活最後の夏休みを、できれば有意義に過ごしたかっただけなんだけど、残念ながら自分の意にそぐわず、ただ回りに引きずり回されているだけだった、、、 今年もやっぱりそんな夏休みだった、、、
 朝比奈はおれには、どんな回答でも受け入れるかのように問いかけてきた。さっきのヤツラと話していた時とは違う、幅広い意見を受け入れる態勢だ。
「そうね、ああいうヤツらを相手にする時は、自分で選択しているように思わせて、こちらの望む方向へ導ければいい。すべての判断を自分でしていると思うのは大きな間違いで、そのほとんどが誰かの指示に従っている」
 
なるほどその理論でいけば、朝比奈の言葉にも盲点はあると言い換えられるんじゃないのか。向こうは向こうで、望む方向へ持っていけたとほくそ笑んでいるかもしれない。実際、勝てば朝比奈を好きなようにすることを約束させたんだし。
「すべては勝者の理論で成り立っている。わたしが正しいとかそういうことではなく、不利な状況を少しでも有利にもっていく努力をしただけで、あいつ等が勝てば、結果的にあいつ等の判断、方法が正しかったとなる。それ以上のことは誰にもできないわ。わたしはホシノが勝つ前提ではなしを進めた。それだけのことよ」
 そんな、おれが勝てなきゃ、朝比奈の駆け引きもすべてパアになるってわけだ、、、 それが8月31日、、、
「ねえ、ホシノ。8月31日ってなんの日か知ってる?」
 
それでですねえ、31日、、、 8月31日と言えば全国の少年、少女が一年の中で一番嫌いな日ではないだろうか、、、 365日、いろんな日があるわけだけど、この日ほど小中高生に嫌われる日はないはずだ。この日が誕生日だったりしたら、喜んでいいのか、悲しんでいいのか。8月31日だって好きでそうなったわけじゃないのに、そういうことって往々にしてあったりするわけで、動物も、植物も、色も、風景も、身体の一部も、自分自身も、いつしか嫌いになるモノやところが創り出されてしまう、、、 夏休みの終わりって、なんでこんなに物悲しいんだろう、、、 宿題が多いのもその一因だな、、、
「以前、アジアの大国がね、人口の増加を抑制しようと出生率をさげる政治的プロパガンダをおこなったけど、そんな強制的な方法よりこの国が2LDKを標準化させて、4人掛けのテーブルを売り場のメインに据えて、家族4人が生活できる給与配分をし、テレビドラマでそういった家族を映し出したことで、おのずと出生率が二人以下になっていった。気にしないうちに浸透していく」
 朝比奈はこうしてよくわからない例えばなしを、ちょくちょくかましてくる、、、 ここで国家の出生率のはなしって、、、 
 
夏休みって一年のなかで一番長い休みであり、無限の開放感があり、多くの経験をする時期であり、未知との遭遇と過去への後ろめたさ。そんなさまざまな情景が合いまみあって感情を形成していく過程でふたりの愛を育んでしまうからとか、、、 おれもぜひとも愛を育みたい、、、 その前にやんなきゃいけないことが、、、
「わたしは思うの、夏休みの存在意義ってね、自分が生まれてから、何かに終わりを告げられ、その過程を体験していくことなんだって。なんどかやり直しができるけど、それもまた、いつか“最期の”っていう時が来る」
 そうだ。いまおれたちがいるこの時が、まさに最期を迎えようとしている。
「確実にカウントダウンされていく、あと何日で終わる。その日々がさして大切なわけじゃないのに、なぜか貴重な日々だと思えてしまう。これも一種のシビリアン・コントロールとマス・サイコロジー。この感覚の植え付けが、一生涯ついてまわる。あるひとはそれを自由の略奪と結びつけ、あるひとは死へのカウントダウンと結び付ける。それもこれもすべて夏休みの終わりから始まっているって考えたら、この国の教育方針ってかなり罪なものだと思わない?」
 ああ、そういうこと。ここにつながるわけね、国のはなしが。国の教育方針にどうこういえるほど大した人間ではないので、おれにはなにも思うところはないけれど、なにかを失くしていく過程と正面から向き合うのはこの時ぐらいだろう。
 
冬休みとか、春休みの二週間では知ることのできない一ヶ月半は、その時間的領域によってだけ生みだされる不思議な気持ちのなかでだけ芽生えるようだ。一ヶ月半は何回でもやってくるのに、この期間だけはなにか特別と思えるエネルギーの噴出や、消失に満ち溢れている。
「ホシノは春先に宙ぶらりんで放り出されたままになってるんじゃない。走って掴み取るはずだったモノを手にしないまま、そこから締め出されてしまった。もう二度と戻れない場所があり、だけど次に行くべき場所も見つからない。まわりの状況と環境、自分の置かれた時期に流されて、忘れようとつとめている。閉じ込めたままに」
 じゃあなにか、ここまでの流れはすでにあの時から始まっていたのか。それもいいだろう。だけど、腑に落ちないのは、どうしてなんの関わりもないおれなんかのために、キョーコさんであり、永島さんであり、そして朝比奈が骨を折ってくれるのか。おれがそんな施しを受ける権利なんてあるはずないじゃないか。それに、どうしてクルマなんだ。運転したこともないクルマで走ることが、おれの次の場所になるなんてなんで言い切れるんだ、、、 言い切るよな、朝比奈だもん。
「なぜか? その疑問に答えはない。それはわたしや、そのキョウコさんであったり、ナガシマさんであったり、アナタのおかあさんや、スタンドに遊びに来た子供や、まぎれこんできたネコだってそう。個々にもそうすべき理由があり、それはもとよりホシノが望んでいたことで、ひとつひとつがつながったからじゃないの。偶然とか必然とで片付けるのは簡単だけど、自分が生きていくうえで何がたまたまで、何が意図的だったかなんてわけられる?」
 さっきのやりとりを見ている限り、そんなものは確定できないとしか言いようがない。それに敵前逃亡を考えているおれは、昔なら軍法会議で銃殺間違いないだろう。
「逃げたっていいのよ。むりに戦う必要はない。自分の判断で逃げることも立派な行動で、まわりが腰抜けだのチキンだのってあざわらうのは、そう言わなきゃ自分の立場を確立できないだけなんだから」
 逃げたっていい、、、 なんていい言葉だ、、、 そしてそれ以上に拘束できる言葉をおれは知らない。そこまで逃げ道を用意してもらっておいて、じゃあ失礼しますなんて言えるほど軽いオトコではありたくない。こうして過去の歴戦の勇者たちはオンナに励まされて、尻を叩かれ、戦場へ出向いていった、、、 歴戦の勇者って、、、


Starting over17.2

2018-05-06 08:28:11 | 連続小説

 そりゃ朝比奈にとっては大切な時間だ。なによりハッキリとした将来像が描けていて、それに向けてやるべきことがわかっているんだし、おれにとっては消費されるだけのあぶくみたいなもんで、それにしてもよくわからないのは、このタイミングで時間にこだわるのと、おれもその対象とするのは論理的な話ではない。
 
それなのにやけに説得力があるから、おればかりか相手のヤツラもそうしなければならないと、知らぬ間に同意を取ってしてしまうからおそれいる。こうして意思のないおれ達は引っ張られていく。理想とそれにともなう現実は、結局は何か別のモノの対価でしかないってことなんだろうか。
 
時間は距離でもあり、長さでもあり、刹那的に生きていくことと、未来を見据えて生きていくことが、どちらが正しかったなんて最後の最後までわからない、、、 わかったからって、その時点ではどうしようもない、、、 だから余裕を持って生きられるほど無限でもないって気づいたときにはもう遅いんだ。
「勝負だあっ? ネエちゃん、アンタ、オレ達と何の勝負をするつもりなんだ。もしかしてよ、走りあおうってわけじゃないだろうな。エッ? ハハハハハッ!」
 大声で笑っていたリーダーは、わかってるくせに焦らすつもりだ。それは、なによりも常に主導権を朝比奈に握られているのが気に入らないと明かしている。そりゃ無理だよ、、、 おれだってそうだし、、、 だいたいその時点で朝比奈の手の内だ、クルマで走る勝負だって決めさせられてるし、、、 そこに妥協できてないヤツラは朝比奈の強烈な一発をくらうことになる。
「あたりまえじゃないの、チンポコの大きさでも争うつもりだったの? わたしはついてないから争えないけど。どうかしらねえ、ついてない女に負けたままで平気なの?」
「オマエっ… 」
 そら言葉に詰まるわな。そこまで言われて引き下がれるハズもなく、売り言葉に買い言葉になりゃ、だからそれが朝比奈の術中にハマってるんだって。あれっ、でもさ、まともにやりあって勝つ自信があるのか? たしかに朝比奈の運転はうまいと思うけど、ヤザワだって腕に覚えがあるだろう。
「心配しないで。大丈夫よ、相手するのはカレだから」
 誰の心配をしている? なぜおれを指差す? ヤツラは一斉におれのほうに目を向けた、、、 そら見るわな、、、 見ないで。おれはあんた達を満足させられるほどのオトコじゃないんだからさ、、、 だからって朝比奈も満足させられるわけじゃない、、、
「それなら、メンツも立つでしょ。カレ、わたしより速いわよ。どうする? やめとく?」
 誰のメンツを心配している? おれが速い? やめといたほうが、、、
「そこまで言われて、やめれるわけないだろ。ようやくわかったぜ、そうまでして、おれたちがとっとけば引き下がれない状況に持ち込む腹づもりか。自分じゃなくて、最初からこの男とやらせるつもりだったとはな。だからこんなところで隠れたふりして待ち構えていたってのも納得できたぜ」
 リーダーは得意げに解説しているけど、聞いてるほうが恥ずかしくなるくらい、なにひとつ正解してませんけどね。
「こいつボーッとして、カスんでるぐらい存在を消して、そうでもないフリしてるつもりだろうが、相当なやり手だってことか。なるほど、そうか、アンタに手ほどきしたのもこの男ってわけだ。いいだろ、オレはまんまとアンタにはめられたってわけだ」
 いやいや、はめられたって嬉しげに言っわれても、、、 はめられるんならおれも是非はめて欲しいぐらいで、、、 アンタ無理矢理自分に主導権を持っていこうと、わかったように言ってるけど、おれがボーっとして、霞んで存在を消しているぐらいしか当たってない、、、 まきこまれたくないから、なるべく目立たないようにしてたからだ、、、 それぐらいのオトコなんだけど。
「それで、オレたちが勝ったらどうするんだ。いや、どうしてもらえるんだ。オマエ、自分が勝つことしか考えてないわけじゃないよな」
 どうなんですか?
「負けること考えて、勝負吹っかけるほどバカじゃないけど。そっちが勝てると思うんなら、どうしたいか言えばいいんじゃない」
 おれが走るんですけど、どうして勝てる前提なんでしょうか。まだ一ミリもクルマ動かしてませんけど。
「じゃあ、遠慮なく言わせてもらうが、アンタのカラダがどうなってるのか、いろいろと確かめさせてもらおうかな。ヒッヒッヒッ」
 リーダーがイヤらしくそういうと、下っ端のヤツも嬉しそうに首を縦に振っている。これだから男ってヤツは、、、 おれもそう言うな、、、 きっと。
「ふーん、そんなんでいいなら好きにすれば、アタシは別にかまわないけど。男って結局そこにしかあたまが働かないのね」
 やっぱり。そう思われるよね、、、 えっ! いいの? おれだよ。
「ちっ、なんか、そんなふうに言われると興もさめるな。いや、アンタ、たいしたタマだけどよ、あとで泣きヅラおがめるのが楽しみだぜ。それでどうやって勝負つけようってんだ」
 朝比奈はここでヤザワの方に目を向けた。一瞬たじろぐヤザワ。
「今日さ、アンタに会ったスタンド。そこに31日の朝の4時に来て。勝負の方法はソッチにまかせる。わたしが言えばこちらが有利な勝負を選んだと思われるからね」
 何をいわれるのかと、慄いていたヤザワは、それだけを口にした朝比奈に対し、ホッとしたような表情を浮かべ、そしてすぐに真顔に戻った。よけいなことを口にしない朝比奈に感謝したのかもしれない。ヤザワにとってはスタンドでの失態は仲間に知られたくないところなんだ、、、 なんの利点もなく自滅に向かうだけの意地、、、 ここでも重要なカードは朝比奈に握られていた。
「いいのかよ、そんなこといって、あとで後悔しても知らねえからな。そうだな、それじゃあ勝負の方法はゼロハチだ。つまり、800メートルのかけっこだ。単純な勝負の方がわかりやすくていいだろ。クルマの性能も、腕もそんなには影響しない。その男がどんな腕前かわからないからな。うかつな勝負には出られねえ」
 どんな腕前かおれ自身もわからないからな。
「いいでしょ。ダラダラ走っても時間のムダなだけだし、単純な勝負ほど奥が深いってこともあるかもね。アンタが単純だとそう思っているならそれでいいわ」
 朝比奈はあいかわらず駆け引きがうまく、ヤツラがおれを過大評価している以上、うかつな戦いは吹っかけられず、おれがいまできる最低限の勝負に持ち込むことにできたはずだ。それに追い討ちをかけた言葉で、何を持ってして奥が深いのか、相手が勝手に悩んでくれるだろう。
 そうして
ヤツラは、口々に去り際のお決まりのセリフを吐きながらクルマに乗り込んで行ってしまった。「逃げるんなら今のうちだぜ」たしかにそうだ、理由がどうあれ解放されたんだから、律儀に戦いの場所へ顔を出すまでもないはずだ。それに朝の4時ってどうなんだ。そんな早起きできるのか、、、 早起きの心配すること自体、勝負する気ないなおれ、、、 かりにできたとして家を抜け出す口実がない。なぜなら朝の4時からは図書館は開いてない、、、 言い訳の理由がそれしかないのか、、、 そもそも、いまから家に帰っていろいろと言い訳するのだって大変なことなのに。
 ふたりきりになって、おれはもう訊きたいことが山盛りだった。どこから切り出せばいいか悩むぐらいに。だけど、朝比奈はそれを受け付けないだろう。必要なことは自分から話すはずで、それ以上は不要なことと歯牙にもかけない。そしてクルマに、運転席へ乗り込んでいった。