private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over25.21

2020-03-29 06:30:14 | 連続小説

「誰だってそうなんじゃない。自分だけがなんの出逢いもないって悲観している。よかったじゃない、ホシノは信じることができるんだから。少なくともわたしのことはね。あとはもう自分も信じてなにをすべきか決めればいい」
 そうか、そうなんだ。おれたちがいつでもしなきゃいけないのは、過去を慮ることでも、後悔を再認識することでもない。あの日の、あの時と同じように、ただ前進できることだけを考えていればいい。留まっていれば置いてかれてる不安感にかきたてられるんだから。
 キョーコさんが望んでいたこと、ツヨシが夢見てたこと、永島さんが成し遂げたかったこと、マサトは、、、 どうでもいいか、、、 みんなそれぞれ、やらなきゃいけない状態と、やれる幸せのどちらが本当なのかわからなくなっている。
 それを気づかせてくれた。おれだって勝負の場所に身を置いているのが嫌だったのに、もどれなくなったら虚脱感しか残らなかった。おれももう一度、走ることができれば、、、 勝負できれば、、、 どんなかたちであれ。
「みんなが力になってくれてる。やるべきことをやるべき時間におこなうのは難しい。誰だって後回しにしたくなる。期待と不安を感じながら。ホシノはこれまで、そうやって不幸をかいくぐる生き方をしてよかったことあった? これまでの積み重ねの経験を教訓にして、この先も生きていくだけでいい? もうやめていいんじゃないのかな、そういうの。これまでがこうだからじゃなくて、この先をどうするべきかって考えたら。もうホシノもわかってる。ほんの少しの偶然と、まわりの人達のお節介のおかげで」
 そして朝比奈の後押しおかげ、、、 おれはこの言葉を深く受け止めれるのか、、、 朝比奈はきれいにオムライスを平らげるところだ。スプーンが軽やかに舞って最後のケチャップライスを絡めとり口にふくむ。スプーンはきれいになって唇のなかから出てくる。スラッとしたあごが動いて、長いのどを通っていった。
 おれは冷蔵庫から冷やした麦茶をとりだし、コップにそそいで朝比奈の前に置いた。なんの因果か知らないけど、こうしてひとからひとへとつながる思いもあれば、どんなに望んでもつながらない思いもある。受け入れる側の思いだってそこに存在するから。
 おれが受け入れられる状態になったのは、最初のきっかけが朝比奈だったからで、自分の欲望が先立っただけだからほめられたものじゃない。これが両親や先生では、反発してしまい無駄に体力と時間を削っていく。
 世のオトコたちはトリコになったオンナのために命を削っていく。それって実は本当の自分をごまかすための隠れミノなんじゃないか。素直の自分を見せるのは恥ずかしいし勇気のいることだ。
「わたしたちはいつだって映画やドラマ、漫画や、それに小説で見せ続けられている。主人公たちは問題を抱かえこみ、葛藤し、争い、愛し合い、そのなかで自分の進むべき道を見つけ出し、最後は大切な人の窮地を救って幸せを手に入れる。脚色は多岐にわたるけど大筋は変わらない王道みたいのが。それがいつしか現実を生きる下地になってしまう。そう、知らないあいだにね」
 朝比奈は両手でコップを持ち、のどをうるおした。コクっとひとつ音を鳴らす。コップの水滴がついた手をハンカチで拭いた。
「サブリミナル効果とかいって、映像のあいだにコーラとか、ポップコーンとか見えないコマとしてはさみこむと、それが欲しくなるなんてハナシがあったけど、それは本質を隠ぺいするためのスケープゴートにしか過ぎない。本当に危険なのは恋愛や人生の行動指針がひとびとのこころに沁みついて侵されてしまい、模倣が正だと信じてしまうこと。それで相手も喜び、自分も主役として責務をまっとうできると勘違いしてしまう」
 机に置いたコップのしずくが垂れて、大きなつぶになりテーブルにまで届きシミっていった。よくみるとテーブルはキズだらけで、年季が入っているのが知られる。そりゃそうだおれのものごころがあるうちから使ってるんだから。あのキズも、このシミも汚れもおれがつけたものだ。
「人の人生を描いた物語が、現実の人々に影響を与えはじめ、こんどは物語がひとを操りはじめてしまう。これが本当に自分が望んだ人生だって誰も疑うことなく、そうやってひとびとの生活に影響をおよぼすことって多い。実際に」
 おれがポルノ映画を観て、そのとうりにすれば女の子が喜ぶと思っているのとおなじことか、、、 かな?、、、 朝比奈は麦茶を飲みほし、手を合わせてあたまをさげた。なにに対してのごちそうさまなのか、、、 おれの例えのオゲレツ具合、、、 とか。
「ひとの思いも、ひとりではなんともならない。どんなに正しいと思って発言しても、行動しても、最初はただの変人にしか思われない。いまの現状に満足している人、これ以上悪くならなければいいと思っている人。一度便利を手に入れたひとたちは、もう二度ともとの世界には戻れない。子どもが読むような童話だって読みようによっては、そんな示唆を感じさせてくれたりする。たとえばムーミンとか」
 えっ、そこにつながるの、、、 朝比奈も読んでたんだ。ムーミン、、、 そりゃそうだよな。朝比奈だってこどもの頃があって、おれと同じような時間を少しは過ごしてきたはずだ。その理解力に大きな差があっても、本や漫画を読んだことに変わりはない。
「子供向けの物語って、その実はかなりシビア。ダブル・ミーニングとしてとらえることもできる。昔の創作者は、お上の検閲を通るように、当局の目を逃れるために、子供向けの本に本当に伝えたいことを潜めて作品を送り出すようにしたとか。こういう意味にとれるというのは、どのようにも操作できる。読み解けた人にだけに語られる話しもある。だからそれも含めて国家の管理のなかに組み込まれている。なんにせよ毒抜きは必要なのよ」
 はて、ハナシが別のところに行ってしまったような。そうでもないのか。やっぱり脳細胞がおれよりキメ細かい朝比奈にはおれより多くのものが見えて、たえずそのアタマで処理し続けているみたいだ。
 おれたちがどんなに裏をかいて、してやったりと悦に浸っていても、それもすべて織り込み済みってのはよくある話で、それを仕掛ける側も、仕掛けられた側もどのみち誰かに操られているのはかわらない。そんなのをこども向けの物語に仕込ませてどうしようてんだとか、深読みしてもそれ自体が踊らされているにかわりない。
「だからね、物語をそのまま受け入れたり、ひととおなじ観点てみたりすればそれは鑑賞しているのではなく、干渉されているだけ。見て楽しむんじゃなくて、未来を制御されている。わたしたちは、食べ物があるうちは文句をいわないものなのよ。どんな労働を強いられても、権力を振りかざされても。まともに食事ができるうちは、争いは起こらない。それが究極の市民統制。その食べ物がなんであってもね」
 スプーンを皿にこすり付けて嫌な音をたてないように気を付けながら、おれもオムライスをさらえた、、、 腹が満たされれば、お次は性欲を満たしたくなるのがオトコのサガ、、、 食事ができるありがたみをまだ理解していない。
「食べ終わったかしら?」
 母親がたたみ終わった洗濯物を持って二階から降りてきた。カゲから見ていたぐらいのいいタイミングじゃないか。
「ごちそうさまでした。すごくおいしかったです」
「あら、朝比奈さんのお口にあってよかったわ」
 朝比奈はすかさず、食べ終わって空になった皿を重ねて、シンクに運んだ。そのまま、下味に何を使っているのかとか、隠し味はどうとか、母親に訊くもんだから、それがうれしいんだろうけど、いろいろと調味料を指さしたりして説明をはじめた。
 ウチにおんなの子供がいればこんな風景もよく見かけるんだろうな。おれがおとことで、夜中にラーメン作るぐらいしかしないから、母親も自分の技量を見せる場面もなく、朝比奈には迷惑かけたかもしれないけど、母親は幸せそうだ。
 たがいに引かれあったのか、偶然のすえか。求めるものが手に入ってわかることも、手に入れてわかることだってある。それがままなれば誰も苦労しないんだろうけど、ままならないから嬉しかったり、悲しかったりも自分の許容を越えるときがあり、生への喜びにつながっていくわけだ。
 それがおれたちの人生で最初から決まっていた感情だとしても、、、 なんて、国家どころか朝比奈の統制に組み込まれている、、、 おれ。


Starting over25.11

2020-03-22 07:03:58 | 連続小説

「そうねえ、いきなり夕食っていうのも気をつかわせちゃうでしょ。いまからオムライス作るから、あなたたちふたりで食べなさい」
 そう言われて気づいたんだけど、おれたちはまだ昼食を食べていなかった。子猫には牛乳をやったのに、自分たちのことはまるでアタマになく、ハラが減っていることさえ忘れていた、、、 別のことで腹一杯だった、、、 それはそれでしあわせ。
 こうしておれの読みは半分だけ当たった。たしかにいきなり父親を囲んで4人で夕食を取るっていうのは、朝比奈にしても二つ返事というわけにはいかないだろう。母親もこれでいろいろと配慮しているんだな。
「わたしも何か手伝います」
 朝比奈は台所に立ち、母親とふたりならんだ。
「そう? じゃあ、つけあわせのサラダ作ってくれる。レタス、ニンジン、キュウリ、トウモロコシの缶詰。冷蔵庫に入ってるの適当に使っていいから」
 そう言われて朝比奈は、母親から新しいエプロンを出してきてもらい身に着け準備をはじめた。がぜん姑さんに料理の手ほどきを受ける若奥様然としてくる。そしておれはコリもせず、エプロンといえばコレっていう妄想をしてしまう。
 背も高くスタイルのいい朝比奈は、和風の台所にはマッチングしない異物質でありながら、母親が普段通りに食事の準備をする横で、気負うことなくひとつひとつの作業を悠然にこなしている。
 緊張するとか、失敗したらどうしようとかないんだろうか。なにをやっても上手にできてしまうのは普段から鍛錬か、天賦の才か。おれがたとえば朝比奈の父親と洗車を一緒にしたとして、これほど自然にそつなく振る舞える自信はない。
 ツヨシとやった洗車を思い出せば、あれぐらいの子供だったら楽なんだろうな。大きくなるにつれ見栄とか、プライドとか余計なものが成長してきて、自分の能力をさまたげることになるなんて、なんともおかしなハナシじゃないか。
 ときおり、ふたりの会話や笑い声が聞こえても、なにを話しているのかまでわからなく、どうせおれのことで盛り上がっているんだろう。いまさらいいとこ見せようと話をつくろってもしかたないから、おれの数ある失敗談を肴に、ふたりのあいだを詰めるならいいじゃないか。
 朝比奈は大皿にサラダをのせて運んできた。おれも少しは働かなきゃと、取り皿とフォーク、スプーンをセットした。サラダの大皿には、取り分け用の木でできた大きめのスプーンとフォークが一緒に入れてあった、、、 こんなの家にあったっけ、、、
 おれは自分の取り皿にサラダを盛りつけて、スプーンとフォークを朝比奈に渡した、、、 なんか新婚さんムードがただよう、、、 おれだけ。
 サラダにはドレッシングがすでにかかっているようで、おれは普段ならマヨネーズをベタベタとかけて見栄えを台無しにするヤツだから、今回は味を確かめてからにしようと自重した。
 朝比奈のぶんも盛りつけてあげれば、もっとそんな気分も盛り上がったのか。でもなにをどれぐらい食べるのかは朝比奈の領分で、だったら自分で好きな分を取り分けた方がいいとか、そういうのって控えめならよそよそしく、押し付ければ厚かましくもあり、どっちがいいかなんて、ふたりの感情の共感でしかないし、、、 
「100%期待通りであれば、そうね。この世は愛であふれるかな」
 朝比奈はおれの耳元で小さな声で、それも舌の動きがハッキリとわかるようにつぶやいた。母親の聞き耳を意識しただけなのに、おれは異様にドキドキと興奮してしまった。それをごまかすために、家でも食事の準備の手伝いをしてるんだろうかと、ごくありがちでつまんないことを考えてみた。
 普段のすがたに生活感が見えないから、そんな朝比奈はイメージできない。お手伝いさんとかがいて、上げ膳、据え膳で食事をしているとか、、、 それはイメージできる、、、 ありきたりなおれ。
「そんなふうに見えて申し訳ないけど、ぜんぜん違うからね。わたしの家は両親が共稼ぎで、ふたりとも遅くにしか帰ってこないから、食事は全部自分で作っている」
 ああ、それもあるな。朝比奈が自分は信用されているから大丈夫って言ってたのは、そういうことなんだってあらためて納得。そりゃ朝比奈の親なら安心だろうな、こんなにしっかりしていて、なんでも人並み以上にこなすんだから、、、 それが親の放置を許す要因にもなる、、、
 だからあんな大人っぽいとこでバイトしててもお咎めないのか。おれなんかスタンドのバイトも内緒にしていたのは、あたまから反対されると思い込んでいるからで、それがわが家でおれに対する信頼度を増々下げていく、、、 そして、おれがうその上塗りをする要因にもなる、、、
「自分が起点になってまわりが動いていくのか、まわりを起点として自分が動いていくのか。結局は本当かどうかなんてわからないんだから、不安や後ろ向きな考えが先に立てば、そこからが起点になって、そうね。どんどん悪循環にはまっていく」
 そうだね。ふつうのことをふつうにやるのがどれほど難しいし、だからいちど悪循環にはまれば、そこからの逃れ方はもうわからない。それができないからおれたちはいつも同じ場所にいるってわけだ。
「そうよ。イチエイはいつもコソコソと悪いことしているから、よけいにわかるし。だからコッチもあれしちゃダメとか、これしちゃダメとかいちいち言わないといけないんだから。正面切って、こうしたいって言えばまた違ってくるのにね」
 だまっていられなくなったのか、母親が口をはさみつつオムライスをふたつ手にもって配膳しにきた。朝比奈はあたまを少し下げてお礼をするので、おれもつられてあたまを下げたら、ふたりに笑われた。
 母親の言うことはもっともだ。それなのに親がダメだと言いそうなことをコッソリやって、バレずに済んだときの快感があるんだっておれは主張したい。母親は鼻で笑って、洗濯物かたづけてくるから、ふたりで仲良く食べててと言い残し二階に行ってしまった、、、 あとは若い者同志でとか、お見合いの席か。
「なにを、こっそりしたの?」
 いろいろコッソリすることはあるんだけど、それは、ほんとうにどうでもいいことばかりで、たとえばどうしても食べたいってわけでもないのに、夜中に即席ラーメンをつくってみたくなって、その時の鍋に水を入れるとき、袋を開けるとき、ガスに火をつけるとき、その音が家中に響いているようで、そのたびに心臓が縮み上がった。
 ものの5分くらいのことなのに、出来上がるまでの時間がおそろしく長くかかっているようで、これまでのおれの人生の中でもっとも長い5分間だったような。自分の部屋に持ち帰って食べたけど、ドキドキは収まらないままで、全然味がしなくて食った気がしなかったのに、つぎはもっとうまくやってやろうと、、、 なんに執念燃やしてんだか、、、
 それでいてツメが甘いもんだから、食べた後の洗い物をシンクのなかに放置したままにして、翌朝は母親に『夜中にあたまの黒いネズミがラーメン食べたみたいで困ったわ』と嫌味を言われ、これまた定番ネタのひとつになった。
「報われない現象に固執してしまうのは、それも一種の代謝作用なんだね。下らないことならいいけど、そんな固執で世の中が変わってしまうこともあるから」
 そう言って、ケチャップがテーブルに用意されているのに、朝比奈はなにも付けずに食べはじめた。おれはいつもなら、さっきのマヨネーズ同様、ケチャップまみれになるぐらいかけているのに、そだちの悪さを隠すためにそのまま食べてみたら、オムライスってこういう味だったんだとあらためて知った。
 こういうひょんなことから普段の行動が変わることもあり、いろんなことが日々の惰性の中で流されていくと知る。それほどこだわってないのに、いつのまにかそれが自分の行動に組み込まれていくから、そうするとそれが自分のこだわりとして固定化されていく。だからこだわりは自分の信念なんかではなく、認識の誤差の範囲だったりする、、、 マヨネーズやケチャップの量を減らしても世の中は変わらないだろうな、、、
「おかあさん料理上手ね。ホシノはいつもこんなおいしいの食べてるんだ。素材の味を活かして少ない調味料でもおいしくなるように工夫してる。ダメだよ、食べる前から当たり前のように調味料つかっちゃ、おかあさんガッカリするよ」
 そうだな。おれはそうやってまわりのひとの期待を裏切ってきた。そうやって知らないうちに朝比奈によって矯正、、、 更生か、、、 させられていた。なんだか、おれに立ち直って欲しいのか、一人前にしてやろうとか。うれしいんだけど、それほど気にかけてもらえる理由はおれにはない、、、 朝比奈のほうにあるとすれば、、、
 そうじゃないな。これまでだってなんども声をかけてもらっていたのに。あの先生も、あのお爺さんも、親も、友達も、、、 おれはその時、訊く耳を持たなかったり、気持ちに入ってこなかったり、心に響かなかったりと、理由はさまざまで、そうしてうまくいかない人生を誰かのせいにして浪費してきた。
 自分勝手なんだけど、いまならそんな言葉もスッとはいってくる、、、 呼吸や、鼓動が重ねあっていけば、同時に共感度もあがっていくんだって、、、


Starting over24.41

2020-03-14 17:55:04 | 連続小説

気づけば朝比奈は机に伏せている。なんと寝てしまっているではないか。つかれたのか、安心したのか、、、 何に安心する?、、、 背中が少し盛り上がっては深い息を繰り返している。なんだかそこに人間らしい一面を見られてうれしかった、、、 じゃあ、これまで何だと思ってたのかと、本人を前には言えないセリフだ。
 おれが言いたいのは朝比奈もこうして疲れて、知らずに眠ってしまうスキをみせるのだと、しかもおれのような野獣の前で、、、 たぶん野獣、、、 それを証明するようにおれの目は、重力のままにぶら下がっている丸みを帯びた両の胸だ。
 あれ、走ってたときスポーツブラみたいなのしてたはずだけど。いまって、もしかしてノーブラなのか。ノーブラって刺激的な言葉だ。ノースリーブとかノーネクタイなんかは普通すぎるし、ノーパンはちょっと極端すぎる。ノーブラぐらいがちょうどいい、、、 自分調べ、自分比、、、 
 とうぜん胸元からはパックリと白いたわわなふくらみが、、、 たわたとかってこういうときしか使わないな、、、 のぞいているだろうけど、それを確認するには不自然な態勢になる。それならば朝比奈の胸の膨らみに、偶然をよそおって手を伸ばしてみるとか、、、 どんな偶然だ、、、
 なぜなのか、このふたつの膨らみにおとこはそそられ、執着してしまう。自分にはないものとか単純なはなしでなく、そのフォルムであり場所であり、やわらかそうな手ごたえ、、、 たぶん、、、 に魅かれるように、おれたちは出来ているのか。
 朝比奈と一緒にいて自分に主導権があるのは初めてだ、、、 寝てるだけだけど、、、 それなのに妄想はいつまでも妄想のままで、実行には至らない。それを抑制するのは、そうすることによっておれたちのバランスが崩れてしまうという、目に見えないブレーキがかかっていて、おれのごくわずかな自尊心が制御している。
  朝比奈が、こんな状態でおれのそばにいるってことが理解不能で、夏休みになるまでには考えられない状況だ。だからおれはこの関係が終わるのが怖くて何も言いだせないまま、だって。ふつうに考えれば、朝比奈がおれなんかと絡んでいたってなんのメリットもない、、、 “はずだ”って言葉を付けられないのは、自分でも断定できてしまうからだ、、、
 朝比奈の中でつづられているストーリーでは、おれはそれに組み込まれている配役Cでしかない、、、 AでもBでもいいんだけど、なんとなくC、、、 それは悪気があるとか、ヴォランティア精神であるとか、そんな区切り方ではなく、必然としての行為、朝比奈的に言うならば、それが本人の人生に彩をくわえている、、、 それを“楽しいなら”と表現しているからまわりから誤解も受けやすい。
 おれたちは、いろんなひとたちのストーリーに巻き込まれたなかで生を成り立てているんだから、それが崩れれば将棋倒しのようにまわりを巻き込んで連鎖が起こる。自分ひとりが幸せならいいなんて絶対にありえない。まわりや社会や、それを取り囲む環境が幸せでなければ自分のところにはまわってこない。
 なにかがきっかけで、そのストーリーが自分の手にはおえなくなってしまうなんてよくあることで、こないだここの台所で、手を伸ばしたボトルを取り損ねて、倒れたボトルのキャップがマグカップのコーヒーの中に落ちたから、あわててコーヒーの中からキャップを取り出し、キャップを流しで洗おうと左から右へもっていくと、シンクのうえに点々とコーヒーの跡が落ちる。それを布巾で拭き取ろうと手を払えば、近くにあったコーヒースプーンを巻き込んでシンクの中に落としてしまう。コーヒーの染みた布巾を洗おうか、シンクに落ちたスプーンを洗おうか迷っているうちに、そもそものボトルの中身がシンクに流れ出ていたことがあった、、、 みたいな。長いか、、、 おれが鈍クサいだけか、、、
 そうしておれは親の部屋からタオルケットを取り出してきてかけてみた。これがいまおれにできる野獣としてのイノセンスな行動だ。もっと自由になるのがいったいどういうことなのか、そうやって追い立てられるほどに、おれの行動はますます単純化してくる。
 子猫は皿に入った牛乳を飲み干して、皿に顔を突っ込んだまま眠ってしまっている。そこまで仲良しでうらやましいぞ。そしておれは疎外感しかない。とはいえおれも一緒になって伏せ寝してたら、帰ってきた母親もなにごとかとおどろくだろうな。
 おれは子猫を抱きかかえ玄関にある子猫の居るべき場所に運んでやった。段ボールの宮殿にそっと置いてタオルをかけてやる。それがおれにできる、、、 この場合はいいか、、、 幸せそうな顔しちゃって、よかったよな、久しぶりに朝比奈に会えて。おまえは何番目の配役なんだい。
 玄関先にひとかげが映った。母親が帰ってきたんだ。大きな音を立てて朝比奈を起こしちゃいけない、、、 子猫は、まあどうでもいい、、、 おれは玄関の内鍵を外して母親が開ける前に扉を静かに開けて外に出た。
「あら、イッちゃん帰ってたのね。早く帰りすぎたかしら?」
 なんの心配してるんだか、手に買い物かごをぶら下げて、ネギだの大根だのがあたまをのぞかせている典型的な主婦の買い物帰りのすがたをみせる、、、 典型的な主婦だからいいのか、、、 そのすがたにおれは、もしかしてこれは朝比奈を夕食に誘うとか、そういうたくらみをしているのではないかと察した。
「なによ、たくらみとかひと聞きの悪い。アンタがお世話になってるから、お礼でもと思ってね。もしこれでうまくいけば、わたしは恋のキューピットってことで感謝しなさいよ。だってそうでしょ、あんないいコ、このさき巡りあうかどうかわからないんだから。ううん、きっと最初で最後のチャンスだわ」
 そこまで息子の価値をみとめないのもさることながら、恋愛事情までどうどうと首をつっこんでくるのはやりすぎじゃないだろうか、、、 恋のキューピットって年齢制限ないのか、、、 と、じぶんの立場を考えろって、言いたいけど言えない。
 おれがなにも言えないのは、母親の策略に乗っていれば、このバランスがどこかで好転するんじゃかいかと望んでいるからで、自分の信念を押し通し、おれとは正反対にまで自由奔放な朝比奈が、そのときいったいどういう反応をするのかを見てみたい思いがある。
 おれはテレビのニュースとかで、バーゲンの商品に群がる人達の映像が流れるたびに、どれだけ欲しいものであっても自分には絶対にできないと思った。それがたとえば食糧難の中で食べ物の配給であっても、最後に並ぶだろうし、そのうしろに人がいれば譲ってしまうだろう。
 それじゃあ自分の生存の危機であり、暴動の発端になるいちばん人間性が出る場面であるのに、そのなかで不満をぶちまけたり、他人を差し置いてまで自分を優先させるすがたを想像できない、、、 おれは生に対しての望みが薄いのか、、、
 子猫の純粋な生き延びるための行為に対してや、朝比奈の自分の能力を出し切って、生きている意味を充実させている姿に興味を惹かれている。そして生命力の薄いおれを見かねた母親は、産み落とした者としての責任をまっとうするために、こうして手を焼いてくれていると思えば無下にできないじゃないか、、、 というつじつま合わせと屁理屈。
 玄関をうしろにして母親と話しているおれの背後から朝比奈が現れた。やっぱり玄関先でガチャガチャしているから起こしてしまったんだ。テーブルで伏せてる朝比奈を母親に見せたら、なに言われるかわかったもんじゃないから、これでよかったのか。
「お帰りなさい。おかあさん。さきにおじゃましてます」
「ごめんね、朝比奈さん。呼んでおいて留守にしちゃって。大丈夫だった? イチエイに襲われなかった?」
 よせ、よせ、そういうこと言うの。ちょっと胸の谷間を覗こうとしたのと、偶然を装って手を伸ばそうとしただけだ、、、 いずれも未遂だし、、、 
「残念ながら、隙はいくらでもあったんだけど。なかなかデキた息子さんで」
「そおう? これじゃあ、まだまだ手がかかりそうね」
 なんなのその会話。あんたらどういう関係性なんだ。おれは顔から火が出るぐらい恥ずかしかった。これでは起きてても、起きてなくてもそれほど状況は変わらない。ふたりは、本人を前にしてあけすけな会話をしながら奥に行ってしまった。さりげなく買い物かごを母親から引き取るとこなんか、できた嫁さんじゃないか、、、 あのふたり、なにを結託しているんだ。


Starting over24.31

2020-03-07 18:26:08 | 連続小説

家に着いたら玄関にはカギがかかっていて母親は不在だった。朝比奈は玄関先にスクーターを止めて、それが別に特別なことではないような物腰なのに、おれは変に気をつかっちゃって、なんだよ呼んでおいて自分は出かけてるなんて失礼じゃないか、、、 なんて、それらしい言いようをして、、、
「買い物にでも行ってるんじゃない。いいわよ、家の中で待ってまれば」
 えっ、ふたりっきりで。そんな真夏の一大イベントになってしまうじゃないかと、おれはすぐに、めぐりめくさまざまな妄想を思い浮かべてしまった。
「いつ帰ってくるかわからない母親を気にしながら、そういうことする勇気がホシノにあればお好きに」
 おれはバツの悪い顔をして玄関のカギを開けていた。そんな勇気、あるはずがない、、、 それって勇気なのか、、、
 段ボールのなかで子猫が、、、 名前はまだない、、、 めんどくさそうに片目をあけて、そして閉じた。もはやそれぐらいのあつかいなおれ。近ごろじゃエサも母親からもらっているから、おれに媚びうる必要はないというとこか。こんにゃろう、今日は飛び切りのゲストがいるんだぞ、見て驚け。
「ひさしぶりね、子ネコちゃん。もうすっかりこの家の一員って感じ。ひとり息子より存在感があるんじゃないの」
 それはなんの誇張でもなく、ホントにそんな感じだから困ったもんで、子猫はおれのときとは違い両眼を開いて段ボールのふちに手をかけて立ち上がった。いかにも抱き上げてくれといわんばかりで、おれなんかよりよっぽどおんなの扱いに慣れている。そして命の恩人のおれなんかより、母親や朝比奈に媚びるこの子猫の判断は正しく、生存本能をいかんなく発揮していんだ。
「誰だってね。そうね、人間も動物も、最終的には命をつなぐことを最優先する。それが本能でしょ。生きるか死ぬかの判断って結局は自分でしているようで、させられている」
 そうだな、おれたちはたいがいのことはガマンしてるけど、食いモンがなくなるば容赦しない、パンがなければケーキを食べればいいとのたまうお姫様が、庶民の感情を逆撫でしたように歴史が物語っている。
「おヒル食べたのかしら? ミルクあげようか?」
 ください、、、 あっ、子猫のね。子猫も腹が減れば狂暴になるだろうから、おれはそそくさと台所に向かった。朝比奈は三和土に腰かけ、子猫をあやしはじめ、こちらも振り向かず、冷蔵庫から出したままじゃなくて人肌に温めてねと細かく指令をくだす。
 おれにそんな高度なテクニックができるのかととまどいながらも、深めの皿にとりあえず牛乳を流し入れる。さてそこからどうしたものかと、おれがモタモタしているから朝比奈が子猫を抱いたまま台所に侵入してきた、、、 入ってきた。
「誰が侵入だって? ほら、子ネコちゃん抱いてて」
 そう言っておれに子猫を押し付け、牛乳の入った皿を電子レンジに入れ、手際よく操作している。ああそうか、それでいいんだ。おれだっていつも冷えたご飯を温めている。それが人肌になるとは思えないけど、同じことがすぐにピンとこないのはいまの状況が普段通りじゃないからだ。
 ピンとこない間抜けなおれの手の中で、子猫は不機嫌ながらも収まっている。こいつを抱かせてもらえたのは出会ったあの日以来だ。これが相手が女の子ならもっと艶っぽい話になるんだけど、子猫じゃ、、、 イテッ、、、 爪立てるなよ。これが相手が女の子なら、、、
「ほら、かして。温まったから。また、ボーっとして、あいかわらずろくでもないモーソー中なのか?」
 ええ、まあ、あいかわらず、その領域から出られるほど成長できてないもんで。
 朝比奈は床に皿を置いて、子猫を放すように言った。ヤツはすかさずおれの手をはなれ、お皿の牛乳をペロペロと2~3回なめると、朝比奈のほうを振り向いてあいそをふる。やるじゃねえかおんな心をわかってる、、、 たぶんおんな心に響いたはずだ、、、
 おれもイイとこ見せないと。冷蔵庫から今度は冷えた麦茶を取り出して、コップにそそいだ。こういうときはコーヒーとか、紅茶とかがいいんだよな。だけど、そんなものどこにあるかも知らず、戸棚や引き出しを探しまくってちゃ本末転倒だから、無難に麦茶にして朝比奈の前に置いた、、、 これではおんな心に響かないか、、、
「ありがと。めずらしく、ねえ、気が利くじゃない。子ネコちゃんと張り合うつもり? かな?」
 そう言って、水滴のついたコップを手に取りのどに流し込んだ。細いのどがおれのついだ麦茶が通り抜けるたびに脈打った。おれもコップを取り出し自分の分をそそいだ、、、 どこがイイとこなんだ、、、 それなのに胸の高鳴りが激しくなってくる。おれはいま本能が理性を上回りはじめている。
 庭先で一匹のセミが鳴きはじめた。生命のうねりのような鳴きかただった。一定のリズムではなく不整脈として伝わってくるから、声が枯れたときあのセミの一生も終わるんだろう。大勢だと煩いのに、一匹だとその一生の物悲しささえ伝えることもできる。
 それなのにきっとおれは煩悩のかたまりのような顔をしていたらしく、朝比奈は不快な表情を隠そうともせず、いやどちらかといえばニラミを利かしてくるもんだから、おれは顔を引き締めてみたけど、そんなまやかしが通用するとは思えない、、、 金属探知機よりも、レントゲンよりも正確におれを解析していく、、、

「なんだか、つかみどころない顔してるね。うまく言い訳するでもなく、実行するでもなく。そのわりには別のこと心配してそうだし」
 ギクリ、、、 ギクってした時点でダメだな、、、 朝比奈は実用性のある超能力を発揮して、ほぼ100%おれの中と外で起きていることを見抜いていた。それともおれはそこまでわかりやすのだろうか、、、 わかりやすいんだろうな、、、 子どもがどれだけ隠れて悪さをしても、母親はすべてをお見通しってのと同じだ。
「まあいいわ、理由がなんであれ、誠実があればそれでいい。いまからやらなきゃいけないことは決まっているんだから、そうでしょ?」
 自分の手でつかみ取った自由ではない中で得た時間にどれほどの価値があるのか。その時間を使って、どれほど上手く立ち回ろうとそれで満足できるとは思えない。しょせん与えられた中での喜んでいるだけで、ほんとうはもがいているだけなのに。
「いいよ、それで。ホシノは底辺だけど、自分が底辺だと認めたうえで発言して、行動している。ほとんどの人たちは自分たちの優しさや、愛情がまわりから強要されたうえでおこなえているとわかっていないから。真実を知るのは簡単なこと。自分一人が助かったからってどうなるものでもないのに」
 おれが高校生活までにやるべきことはただひとつで、それは部活で結果を出すことだった。そのために、それ以外のことをないがしろにする良い言い訳で、それさえやっておけばほかは人並み以下でも許されていたから、いつのまにか悪しき習慣のほうに流されていっただけだ。
 そりゃ走ることに没頭して、ひとつひとつの現象を組み立てて、成果につなげていく作業は身にあっていたから、そのこと自体はいい加減だったわけでもなく本気で取り組めていた。それが、いい加減な日常生活とのバランスの中でくずれていったんだ。
 おれはこどものころから、なにか特別な日があれば、それを楽しむより無事にその日を迎え、無事にその日を終えることをどこかで望んでいた。楽しむより無事に終えたい気持ちが常に勝っていて、それはいろんな不幸を目にしてきたゆえのこころの防御法らしい。
 旅行とか、遠足とか、なにかのきっかけで楽しみにしてたり、仕事の都合とかでしかたなく出かけた先で不幸な目にあうっていうのは、いったいどんな圧が働いているのか。本人だけでなく、誘った人、そこに居合わせた人。それはみんなにおとずれた不幸になっていく。
 無事に終えることができなかったあの日、なんだかおれはその日が来るのをずっと待っていたようにも思える。それなのに、先生も、部活の仲間も、ぶつかった他校の生徒も、みんななにか申し訳ないような、見てはいけないモノを見てしまったあとみたいな、できるだけ触れずに済まそうとしている態度がおれには逆に辛かった。ついにおれにその時がやってきたんだ。
 それからはもう自分でもわからないうちに、何を求めるでもなく流されるままに時を過ごしてきた。おかしなもので、これでいいんだとふんぎれたおれよりも、まわりが過剰反応して、そうすればするほど、おれは余計になんでもないふうを装っていた。
 おれがそんなふうになるとまわりは安心して親切と思われる行為を続けていく。誰だったそのほうが楽だ。おれも回りが楽なのを見ることで安心して自分を制御していた。そして、朝比奈にけしかけられなきゃ、今後もそうやって時を塗り潰していこうとしている。なぜ自分からできなかったのか、、、
 だからおれは朝比奈に誉められたもんじゃない。まわりの状況や感情に流されて楽なほう、楽なほうを選んできただけなんだから。