private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over20.11

2019-11-30 08:35:09 | 連続小説

 いたずらっぽいくちびるが動く。おれはそれに吸い込まれていく、、、 どこに、、、 どこだっていい、飲み込まれたっていいとさえ思える。
「それを考えるのがホシノの役割なんじゃない。わたしはホシノにそれを企画して欲しいんだけど。どう?」
 どうとか、それが役割とか、そんな大それたことをおれなんかに頼んじゃっていいのか。おれがやってうまくいく、、、 それよりおれがなにかを考え出すとか、、、いったいそれでうまくいく確信がどれほどあるってんだ。
 クラスでなにかを企画立案したわけでもない、誰かにたよりにされたこともない、ましてやクラス委員に推薦される人種じゃない。高校生活のおれの、なにを見てその大役をまかせようという結論に達したんだ。
 飲み込まれていいとか言っておきながら、頼まれたことを拒否している。やれる自信がないからだ。だったらおれはやれる自信があることだけやるのか。やれる自信ですら単に自分の思い込みにすぎないのに。
「問題を解くのではない、課題を解決する。なんらかの回答を出すことに喜びがある。夏休みなんだしさ、いい夏の課題になるんじゃない。どうせ宿題やってないんでしょ。お礼にぜんぶ写させてあげるって、なんだかありがちな取引ね。こっちの課題は先生に提出しても受け取ってもらえないでしょうけど」
 ええ、バイトばっかりしてましたし、辞めてからはなんだか腑抜けになってましたし。部活動がない夏休みをはじめて過ごし、その過ごし方がわからず、たぶん人生で最後になる夏休みを無駄に過ごしている今日この頃です。
 だからって、朝比奈の大切な将来がかかっているプロジェクトを任されても、身分不相応すぎるんじゃないだろうか。朝比奈だって、だからどうしてそんなに気楽に声をかけられるんだ、楽しんでる場合じゃないだろうに。
「そう? これでもそれなりに見る目はあるつもりなんだけど。別にホシノだけをみていたわけじゃない。いろいろと見て、それで最後にホシノに目が留まったって言えば少しは信頼性も増すのかしら。言ったでしょ、計画的な出会いだって。あの日、声をかけたのはたまたまじゃない。バイト先に出向いたのも、家に寄ったのも、その必要があったから。ネコが亡くなったり、子猫を見つけたのはその中で起きた偶然だったけどね。興ざめした?」
 そんなこと、興ざめどころか、意気に感じてます。選ばれたとか言われて、おれに何かできるとか言われて、それで尻込みしてるようじゃ男がすたるってもんで、だからって何ができるか自分でもわからない。それはおいおい考えるとしよう、、、 安請け合いをしてなんども痛い目をみたのに懲りていない、、、 キョーコさんに押し付けられたクルマのことだってあるし。
「ボクちゃん、エリカちゃんに見初められちゃったんだから、もうにげられないわよ。彼女一度言い出したらテコでも引かないコだから」
 そうでしょうね、そんな気がします、、、 やっぱりメドゥーサの末裔だったか、、、 見つめられて石になった経験もありますし、さっきは吸い込まれたし、もうこれでおれは縄にくくられて、どこにいたって引き戻される状況にあるわけだ。
「わたしにはまだ、エリカちゃんがそこまで肩入れする理由が見つからないけど、きっとボクちゃんにはわたしにも、あなたにも見えない、まだ隠された力を秘めているんでしょうね。エリカちゃんの眼力はお墨付きだから」
 そう言われると、おれだってありもしない自信がわいてくる。人の意思の度合いなんてどうにでもなるもんだ。自分のレベルがここだと限定していても、誰かにここまでやれるって言われれば、特にそれが実績のあるひとからであれば、そのレベルまで行けてしまったりする。
 陸上部で走ってるとき、先生の口車に、、、 指導のおかげで、、、 ああすればこうなる、こうすればここまでやれるって、自分では全然わかんなかったのに、操り人形のようにいわれるがままにして、実際そこまでやれるようになった。
 そう思えば、学校生活でやってきたことって、だいたいそれがあてはまるわけで、小学校一年だからここまでやりましょう、六年生になったからこれはできるはずでしょって、そんな枠の中で、できたから優秀だとか、できなかったとか落ちこぼれだとか、もしかしてそんな枠組みがなければ、もっとやれていたのかもしれない、、、 なんて、もっとやれなかったことは想像しない、、、
「大勢をまとめあげるにはそのやりかたが効率的なんでしょ。教育に効率を求めるのかって論理はさておいて、この国の教育が創りだしてきた人間はこれまでは成功と言えるんだし、ひとつの成功体験にしばられて、そこから抜け出させなくなると、将来的には失敗となるかもしれない。枠をつくられるのがいやなら、自分で乗り越える必要があるし、枠がなければ自分がいまどこにいるのかも定まらない」
 たしかに朝比奈は学校の中で枠にとらわれずにいた。今日はこのページまでって、先生に言われれば、たいがいの生徒は安どするもんだけど、その先も、そこから派生する謎も疑問もどこまで行っても終わりじゃない。体制にしばられるのが嫌いなくせに楽になることは受け入れている。それで操られていることに気づかないままに。
 朝比奈はそんななかで自分の信念を通してきた。通した結果はみ出し者になった。誰かをスケープゴートにすることで、自分たちのやりかたを正当化しようとするのは過去から行われいることで、でもたぶん、そうなっても朝比奈はなにも驚かなったんだ。既定路線をゆく万人の愚行を再確認していたぐらいのもんだ。
「刹那的に生きるのもいいでしょ、それを否定する気はない。明日、ううん、今日死ぬかもしれないと思ってなにをするべきか考えておく。それは自分にとって真理だし、納得はいくでしょうね。わたしはね、明日に向かって、未来に向けてなにができるか考えていたい。人の営みがあってこそ自分がここにいることを思えば、それを自分たちだけの満足のために途絶えさせるのは、そうね、どうなのかしら」
 だったら、そいつらの前で、そうやって叫んでみるのもいいじゃないか。いっさい受け入れられていない同級生に向かって、ひとり異彩を放ち、学校教育のありかたを否定する異分子としてしか見ていない先生たちに向かって、やりかたはひとつじゃない、もっと自由なんだと公に口にしてみれば。はすに構えて人数優勢の意見のうえにあぐらをかいているヤツらに向かって、でっかい一発をたたきこんやればいい。
「どうやって?」
 そうだなあ、ビートルズがアビイロードスタジオの屋上で歌って街ゆく人を魅了したんなら、朝比奈だったら学校の屋上で歌うとか、、、 ははっ、ムリか、そりゃ、、、
 朝比奈とマリイさんが向かい合った。
「いいじゃない、それっ!」「ふーん」
 最初がマリイさんで、つぎが朝比奈だ。つまり反応が割れた、、、 と思えた。
 そのあとは、ふたりでなんだかんだと盛り上がって、おれの出る幕はなかった。適当に思いつきで言ったんだけど、どうなるんだろうかとやきもきしていた。ひととおり話がすんだところで、さあもう開店の時間だから帰るよと言われた。
「ボクちゃんよかったわね、いいアイデアが出て、さすがエリナちゃんにみこまれただけのことはあるわ」
 笑顔たっぷりの奥には、これからが大変よと言わんばかりだ。いいアイデアなんだろうか朝比奈の反応は良くなかったのに。おれはよけいなことを言ってパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。
 それともこれは朝比奈に言わされた言葉だったとして、なんにしろ、自分でなにかを成し遂げたわけじゃない。誰かの思惑のうえで自分の肉体と精神が操作された結果だ。
「ホシノ、わたしはバイクで帰るから、ホシノはケイさんに送ってもらって。また、相談にのってもらうから、計画の続き考えといてね」
 えっ、放置ですか。ケイさんにって、じゃあ店がおわるまでここで待機ですか。なんとも冷ややかな対応に不安がつのっていく。
「大丈夫よお、心配しなさんなって。エリナちゃんがああなってるのは、ボクちゃんにもらった刺激のせいで、いまあたまのなかで思考が膨張してるところだから」
 マリイさんに呼ばれて調理室に連れていかれバイト代出すから、皿洗いでもしててと言われ。コーラ代をバイト代で払えと言われなくてよかったことと、朝比奈がおれのアイデアに興味を持っていることを知り、安どしている自分がいた。


Starting over19.41

2019-11-23 16:13:05 | 連続小説

「いいわねえ、若いって。わたしなんか脱いでも一銭にもなりゃしない。20ぐらい若ければねえ。ねえ」
 ねえって、いわれても、、、 20若いといくつなんだろう、、、 37とか? 訊けんな、、、 マリイさんは服着ててほしい。というか、まとうって感じか。
「エリナ、おまえ、若者をからかうんじゃないよ。でっ、いくら?」
 ケイさん、それが本心かっ?
 なんだかおれたちって、この一つのテーブルを囲んで何話してるんだか。そりゃ朝比奈の行く末なんだけど、そのわりにはいまいち真剣さが、、、 おれのせいか、、、 それだけじゃない朝比奈だって、どこか真剣さに欠けている。
 そりゃ、まじめな討論ですべてが解決するって確約があるわけじゃない。ケイさんはバンドのなかでも一番の若手だから、こうやって朝比奈と気楽に話ができるポジションにいるんだろうか。それで相談にのったり、手を差し伸べることもできる。それがこの店での役割として暗知されているみたいに。
「お金がヒーローをつくる。いいとか、悪いとかじゃなく、それが事実として存在している。昔も、今も、これからも。そこにあるのは利権とか、既得権とか、見栄、欲望、名声、栄誉。だけどやってるほうはそれだけじゃない、自分がすべての期待を超える瞬間が見たい。ひとつとか、ふたつのレベルじゃなくて、どこまで行ってしまうのか。その瞬間に居合わせたとき、わたしは何よりも代えがたく、生のなかにいる証」
 冒頭の朝比奈の言葉はここに続いていたんだ。聞き手にとっては謎かけのようでも、説明しているほうは理にかなっているとか、そんなことはいくらでもある。思い込みも、思い過ごしも理解の範疇だ。
「性行為も人類にとって大切な営みで、最終的に行き着く先だけど、それだけじゃ女性を満足させられないぞ、男性諸君」
 朝比奈の言葉を受け、ケイさんも、マリイさんもニヤリとする。ふたりはおれよりももっと深く朝比奈の言葉を含んでいるようだ。おれは焦って結論だけを出したがっている。そのまえの経緯はどうだっていいかのように。
「バンマスは何て?」そうマリイさんが言う。
「若い者同志でやればいいって、年寄りが口出すことじゃないって言いたいんでしょ。ほんとは面倒くさいだけなんだよ。それであたしもずいぶんと、そうね、気持ちも楽になったけど」
 朝比奈が期待を越えたこと、自分を越えてさらに高みをみたこと、それはここですでに実証されてきたんだ。だからその先に行く準備もできているし、まわりの支援も得られる。ことごとく違う自分との差に、おれは当然の結果としてここにいるわけだ。
「そりゃよ、アユカワさんのお墨付きが出たってことだ。いいよ、おれはエリナが望むように手助けする。なんでも言ってくれ」
 そう言って、ケイさんは席を立った。ここでは朝比奈プロジェクトは刻々と進んでいたんだ。おれもおくればせながらめでたくそいつに仲間入りできたわけだ。なんだかマリイさんやケイさんにも認めてもらえたみたいでうれしかった。だからなんだろうけど、おれもいつしかうらやましいとかだけで終わらせるつもりはなくなっていった。それで、そのハードルを越すための考えはあるんだろうか。
「うーん、たとえば、わたしが受け入れられてない人たちの前で歌って、感動させるとか」
 えっ、それって学校のことじゃないのか? えっ、それってそのためにアウトサイダーを演じてるとか。さっきの発言からすると、ケイさんは朝比奈の学校での状況を少なからず知っている言い方をしていた。実際がどれほどのものかわかっているわけではないだろう。
「いいわね、それ。その状況でみんなを熱狂させることができれば、わかりやすいし納得してもらえるんじゃない?」
 なんて、簡単に言ってしまうところをみると、マリイさんはわかっていない。朝比奈はときたら、それが大した問題ではないように平然とした顔をして言い切る。
「でしょう。で、そこをどう見せるかを考えなきゃいけない。下準備をふくめてストーリーをつくって、聴衆をまきこんでいきたい。そこまでできれば、ショウビジネスでやっていけるかも計られる」
 おいおい、どこにそんな自信があるんだ。それなのに朝比奈が言うならできるんだと思えてくるからおかしなもんで、いつしかおれも朝比奈がつくりだす渦の中に巻き込まれているってわけだ。
「ねえ、ホシノ。あのね、あなたの見たい景色ってある? わたしは見たい景色がある」
 それが、おれと朝比奈の決定的な違いだ。だったら、おれは朝比奈にその景色を見せてあげなければいけない。場に温かみがないなかで、自分に注目させて気持ちをひとつにまとめあげるのは簡単じゃない。地力がためされる。そうでなきゃやる意味がない。
「用意された舞台で、歌って。それもひとつの道であるから否定はしない。わたしはね、そんな出来上がった世界で生きていても楽しいとは思えない」
 そうだとしても、誰もが安易な道がそこにあれば、そちらを選ぶだろう。それはある程度の成功体験を知っていて、こうすればこうなるって下地があればできることなんだろうけど、それでも一歩を踏み出すのは勇気がいるはずだ。
 そうして一時的な快楽を得て、その体験を共有して、おたがいに確かめ合うのもひとつの生き方だ。朝比奈が望んでいるのはそんなものじゃない。そうだからって中毒的な興奮を求めあうのでもない。
 朝比奈が見たい景色はいったいどんなものだろう。おれはまだ共有できていない。
「おこがましいんだけどね。そうであればいいと思ってる。なんだかすべてがちっぽけだから。自分たちが持っている熱量の使いどころがわかっていない。だから、無駄なところでつかったり、間違った使い方をしたり、他の人の熱量まで奪ったり、そうでなければ… 」
 そうでなければ、世界はもっと平和であるし、人間はもっと平等なんだとも言いたいのだろうか。その本意は知れないし、おれはただそんなふうに考える朝比奈がよかったと、思い過ごしている。できれば同じ景色が見れるようになりたいから、自分がやるべきなんだと密かに潜んでいる。
「どうだかね、それほど過信してるわけじゃないよ。少しの人に届けば、そこから多くのひとへとつながっていく。いまの精一杯があれば届くんだよ」
 現代のジャンヌダルクか、聖母マリアか、17歳の朝比奈は深く息をついた。
「だから、ホシノには共犯者になってもらうから」
 どういうこと? マリイさんもニヤニヤしている。おれたちのやりとりをほほえましいと傍観している、、、 保護者かっ。
「こういう計算ずくの出会いもあっていいでしょ。すべてが偶然のうえで成り立つひととの出会いはエモーショナルだけどそれだけが真実じゃない。わたしはホシノを引きずり込むためにわなを張って仕掛けをほどこしていたの」
 はあ、そりゃよろこんで共犯者にもなるし、引きずり込まれるし、わなにも引っ掛かりますよ。地獄の果てまでついて来いといわれれば喜んで、、、 できれば天国の方がいいな、、、 なんだか悪だくみしていると、どうしても後ろ向きな表現を使いがちになる、、、 悪だくみなのか、、、
「でっ、どうすんの」
 朝比奈はなめまかしく舌先で上唇をなぞった。
「そうねえ… 」


Starting over19.32

2019-11-16 16:21:23 | 連続小説

「お待たせぇ、ホシノ。なんか、まわりがうるさくって、いつもより時間かかっちゃった。ゴメン」
朝比奈は不機嫌そうに目を細めて、そのまま椅子に腰かけ両手で頬杖をついた。
「それにしても、すごい面子。マリイさんと、ケイさんって会話する間柄だったっけ?」
 ケイさんが不服そうに身を乗り出そうとすると、マリイさんがテーブルにがぶり寄り、、、 がぶり寄って、ケイさんを寄り切りするぐらいの勢いで、、、 本人は小声で言っている風でも、まわりにもちゃんと届いている。
「そりゃねえ、エリナちゃんが、彼氏連れてきたって、みんなもう大騒動になるわよ。これまでが、謎のベールに隠された美女って存在だったから。ボクちゃん、ライバル多いから夜道とか気をつけたほうがいいわよお。まあ、そこれ、これも、エリナちゃんがあんなに気合い入れて唄うからよ。ねえ、ケイちゃん」
「なんでそこでおれに振るんだよ」
 そんな言い方されると、身に余る光栄でありながらも、まわりの視線が厳しいやらで、腰が浮いてしまう。この幸せはいつまで続くのか、、、 って安いか。
「そうね。ちょっとチカラ入れすぎたか。それはね、そう、少し違う時間の流れだったから。意識する必要ないのに、自分の意志とは違うチカラに占領されていく。不快でもあり新鮮でもあって、それは新しい発見だったかな。バンマスも喜んでた。そうねえ、これからはホシノに毎日送ってもらおうかな。ボディガードを兼ねてさ」
 ボディガード!? そんな、おれにもっとも不似合いな役回りを、、、いったい何をガードさせるつもりなんだ、、、 ボディか、、、 喜んで、、、
 だいたい、おれ、朝比奈を送ってないけどな。どちらかというと強制輸送されたほうだけどな。毎日、朝比奈のあの感性にまかせた運転に付き合わされたら寿命ちぢむし、いつだって対面車両が譲ってくれるわけじゃない。それこそ事故にまきこまれたら御陀仏になる、、、 どちらにしろ、長生きできそうにない、、、
「あーら、エリナちゃん。言ってくれちゃって。ボクちゃんのコーラの代金、貰わないつもりだったけど、エリナちゃんのバイト代から引いとこうかしらねえ」
「あっ、財布は別々ですから。2000円のコーラ代払えるほどもらってないし。それはホシノが自腹切りますんで」
 朝比奈が男前に切り返すと、マリイさんはアハハと笑い、冗談よと言った。なにが冗談だったのかよくわからないまま、おれは財布の心配から解放された。
 どうやらここではコーラ一杯2000円するらしい、、、 コーヒーの値段は訊かないことにしよう、、、 モノの価値はその場の雰囲気で決まるのかもしれない。同じモノでも気分で高く感じたり、安く感じたり。
 なんて悟ったこと考えてたら、ここではテーブルチャージ料なるものが発生してその代金が含まれているとあとで聞いた。椅子に座るだけで金がかかる場所がこの世界にはある、、、 じゃあ空気を吸うだけで金がかかってももう驚かない。
 それにしても2000円とは。マリイさんはああいってたけど、もし2000円のコーラの請求書が家に届いたら、さすがに母親も腰抜かすかな。かくれてバイトの比じゃないな、、、 おれもひとつ階段を昇ったのだろうか。
「与太ばなしはそれぐらいにしといて、なあ、エリナ。いま話してたんだが、おまえケンジョウさんとのこと、どうするつもりなんだ」
「あっ、話したんだ。ホシノに」
 なに? ケンジョウさん? だれ? はてなマークを飛ばすおれをみて、朝比奈はおれがなにも知っちゃいないとわかったようだ。
「そうじゃない。エリナは行くべきところへ行くために、やらなきゃいけないことがあるって伝えただけだ」
 ケイさんの言い方はなんだかもどかしそうだった。このひとはもともと他人のことに口をはさむのは苦手なんだ。だけど朝比奈のことは何とかしたいという気持ちはつたわってくる。そしてマリイさんはずけずけとそこに割り込んでくる。
「あら、あら。ケイちゃん、どうしたの。言葉を選ぶのは苦手のようね」
 ケイさんはお手上げ。朝比奈がしかたなしとフォローする。
「あー、わかったから。自分で話すから」
 そこで朝比奈は自分で持ってきた氷の入ったグラスの水を一杯飲んだ。
「文化ってのは、広い意味でいえば労働者階級に変な考えを起こさないように、時間を消費させるために生まれて、進化していったとも言われている。そうやって知らないあいだに毒抜きされて、また単純作業に戻るための栄養を補給していく。この店だってその一端を担っている。ほかの飲食店も、芸能も、スポーツだって、非日常を演出して、その熱狂の中に身を置き、また同じ興奮を得るために、一日の終わりを、週末を求めて労働を続けられるようになる。そこに未来図が描けなくたって、少しでもマシな場所が用意されていれば、人は流されていく。感情の揺さぶられ方はひとそれだから、そうやって自分の求めているものを探している」
 そうやってまたケムにまくような言い方をする。これが説明なのか。わかってないのはおれだけかとケイさんとマリイさんを見る。ふたりともあたまをひねって、この話がどこに行くのか見つけられていないようだ、、、 安心した。
「さっき、公園で少し話したこと。わたしがアメリカで歌をうたうためには、こえなきゃならないハードルがある。なにかを成し遂げるには、自分で資本をつくるか、だれかに援助してもらうか」
 援助? スポンサーとか、パトロンとか。ケンジョウさんはつまりそういう立場のひとなんだ。そのためのハードル、、、 って、発想が貧困なおれは、朝比奈が身をゆだねている情景しか浮かばない、、、 発想は貧困でも情景は細部まで想像できる。
「ホシノ。おまえいま、変な想像したろ」
 ギクッ。出会って数分のケイさんにまで見透かされる。
「ほんと、男ってすぐソッチに持ってくからあ。やあねえ」
 ここで、マリイさんにダメ押し。恐る恐る朝比奈をみると、、、 笑顔だ、、、 よけいに怖いんですけど。
「ホシノなら、いくらで買ってくれるの?」
 そう言って、うしろ髪をかきあげ、流し目を向ける。おれは思わずバックのなかにあるバイト代を言いかけて、これじゃ1か月も生活できないと、恥の上塗りになるのでやめておく、、、 その理由はおかしいだろ、、、 スタンドの社長に申し訳がたたんな。
「そうじゃなくてよ、ケンジョウさんが言うには、“オレを感動させてみろ”と、それで納得したら、口利きしてもらえる」
 そんな、、、 オレを感動させろって、、、
「ヤッパ、脱いどく?」
 そう言って、Tシャツをまくり上げる仕草をした。そういえばさっき公園で、上半身水着姿見たな。これってもしかしてオンリーワンで、ナンバーワンの体験だったのかもしれない。そならばやはり融資するのはおれか、、、


Starting over19.22

2019-11-09 17:00:45 | 連続小説

 おれには、あの朝比奈にそんな弱い、、、 弱いって表現は一方的な決め方か、、、 部分があるなんて思えなかった。あったとしても見たくないから、理想ってのは大切なんだ。そう、朝比奈はこうであるべきと、そんなまわりからの決めつけが、余計に朝比奈を苦しめている。こうしておれはまわりを傷つけながら生きている、、、 きっといつになっても、いくつになってもな。
「そうね、一方通行な思い込みが、いつしか誰かを傷つけているなんて、よくあることだから、本人にとっては厳しい状況だけど、それを無いことにして生きてけるものでもないし、そんな無意識の圧力にも立ち向かわなければならないけど、そこまで強い人間はいないんだから。そうであるのに強く見せているのか、見られているだけなのか。だけどね、たまには、楽になりたいときも、話しを聞いて同意して欲しいときだってあるでしょ、それは誰にだって例外ではないわ」
 そんなこと、、、 ああ、でもそうか。ひとにあこがれたり、好きになったりするのはみんな自分の誇大妄想で、なにひとつこちらから押しつけるもんじゃない。でも、だったら、おれが朝比奈のためにできることってなんだろう。
 そりゃ、大それたことができるとは思えないけど、なんだか、実は少し前から思っていたことではある。朝比奈もムリしてるんじゃないかって、、、 勝手なはなしだ、、、 そう思うのはおれの勝手でいいんだ。朝比奈の個性がそれをオモテに出すことを許さなかった。
「よっ、どうだった。エリナのステージは」
 ケイさんがステージから降りてきて席に座った。バンドの面々もそれぞれテーブルについて談笑している。ケイさんはマリイさんの用意したもう一杯のコーヒーを、いい香りだとすすった、、、、 ああ、おれのじゃなかったんだ、、、
「近ごろのエリナがすこし変わっていったのは、こういうことだったのかな」
「そうなの? わたしは気づかなかったけど」
 マリイさんはケイさんをななめに見る。
「一緒に演奏してればわかることもあるよ。この彼氏が、ああ名前なんてんだ?」
 おれは星野ですって答えた。一曳は面倒から言わない。こどものころからひとに、つまり自分より年上のひとに名前を尋ねられるとこうしていた。下の名前は? なんてたまに細かいこと訊かれることもある。そういうときだけイチエイと言う。そうするとだいたい変わった名前だなあ、どういう漢字書くのかとかいろいろ訊かれて面倒だし、学校とか、公的な場所以外ではマサトとか適当を言っておく、、、
「なあに、ケイちゃん。妬いてるの? エリナちゃんが彼氏連れてきたって、認めたくないとか」
「エリナはそんなことに囚われないだろ。友達とか、彼氏とか、親友とか、そんなくくりは要らないんだ。仲間かそれ以外。そうだろホシノ」
 ケイさんにはじめて名前を呼ばれてびっくりした、、、 この夏は、これまで知らなかった大勢のひとに名前を呼ばれることになった、、、 朝比奈の友人観がどんなもんなのか、おれがどれだけわかってると思っているのか、ケイさんの言わんとすることはそれでもなんとなく腑に落ちた。だからいまの学校生活じゃ、それ以外しかいないってわけだ。
「そうだろな。エリナが団体生活でなじんでやっていくのは困難だ。だいたいおれ達だってみんな、学校生活ってやつをうまく乗り切れなかったヤツばかりだ」
 そう言って、ステージの方を見上げた。マリイさんもうなずいている。バンドの人たちの荒れた感じの学校生活は想像できたのに、マリイさんだけは全然想像できなかったのはなぜだろう、、、 口にはださないけど。
「おれなんかに言わせてもらえりゃさ。学校生活をうまく乗り切ってるようなヤツで、将来、抜きに出るような人間はいないからよ、エリナもそれでいいんじゃないか」
 あっ、それおれだな。出すぎず、引きすぎず、なんとか過ごせればいいと小さくまとまっている。これでおれの将来は見えてしまった。平凡で誰かに使われて、誰でもなく、誰の代わりでもなく、誰もが代わりを務められる人間ができあがる。
 駐車場であったケイさんは、おれなんかに興味ないっていうか、かわいい女の子以外興味ないみたいな感じだった。おれはひとを見る目がない。そうじゃなくて、愛想でひととつながろうとしていないんじゃないかと。
 だから自分がかかわりあいたいときはそうするし、そうでなければ目の端にも入っていない。それなのに間違ったことをしてると思ってないいさぎよさ、、、 そんな気がした、、、 朝比奈も同類だ。だからバンドのひとたちのつながりもそんな感じで、それでいいんだ、、、 おれもそんなふうに生きてみたいと、、、
「エリナはこんなとこでくすぶるようなヤツじゃない。出るとこに出れば必ず大物になる。でもそれは誰かが準備した道じゃない。自分で切り開かなきゃ到達できない場所だ。なんとか成し遂げて欲しいんだけどな。ホシノ、おまえもそう思うんじゃないのか?」
 それがおれに期せられた役割なんだ。道化になる者が必要だ、、、 道化でいいのか、、、 最初はイヌだったから少しはマシになったな。
「まじめよねえ、近頃のコは。変に生真面目で、遊びの部分が少ないのよねえ。誰も彼もみんな、時代の落とし子なのよねえ。ボクちゃんもね、そんなに気張ることないのよ。エリナちゃんが望むようにしてあげればいいだけ。そうすればエリナちゃんも、あなたも次の段階に進めるんじゃないの」
 おれも、朝比奈も、次の段階って。おれたちには登るべき決められた階段みたいなのがあるんだ。のぼり続ける階段を休むことなく、その先にあるものと、その途中で見るものと、登るのをやめたときに決めらる自分の階層と、そうして生きてくうえでの自分の定位置を知る。ムリして登るのも、そこから降りるのも自分次第なんだってことも。
「エリナはさ、唄ってる時がいちばん輝いてるだろ。自分を出せる場所があるのはいいもんだ。自分でつかみ取った場所で。だけどな、いまのままじゃダメだ。エリナもそのことをわかっている。ホシノ。おまえは、自分を出せる場所があったはずなのに、いまはもうないだろ。それも自分でつかみ取ったものじゃないしな。ひとにいわれてなんとなくその気になって、ダメならやめて、それをせめるつもりはない。誰だってそんなもんだ。だけど、後悔したくないなら、なにかを犠牲にしても、自分を出せる場所をつかみ取るべきだったのかもしれない。どちらを選ぶかは自分次第だ」
 ケイさんの言いたいことがすんなり身体に入ってきた。おれは大人への反発を大義にして、素直に自分のやりたいことをやらずにいた。そこで頑張ることがみっともないことだって決めこんで、雑に日々を過ごす方を選んでいたんだ。
 とりかえしのつかない日々。絶望を感じるほどでないとしても、限りある時間を捨ててきたのは間違いない、、、 限りある時間に気づけるのは、その立場にたってからだ、、、 そう思えば思い当たるふしはいくつかある。おれはそんな少しの亀裂とズレに侵入したり、出したりするのに不快な感覚に囚われて、どうしても素直になれなかった。だったら、いったいおれたちはどちら側に重きをおいて生きていけばいいんだろうか。
「わたしが敬愛しているビートルズがスタジオを抜け出し、ビルの屋上でライブをはじめる映画のワンシーン。なんの許可も取らずにやったから、まわりは大騒ぎになって、警察官が止めに入ったってオチがついたんだけど。屋上までの階段がね、まさにつぎの段階へ行くための、抜け出さなきゃならない道に見えたの。いわば新しく生まれ変わるための産道だったのね。新しい生への渇望が必要とされるとき、必ず通りぬけなきゃいけない道がある」
 ひとの生きざまなんて本当に不思議なものなんだってつくづく思い知らされた。もしこの夏スタンドでバイトしてなかったら、もし朝比奈との関わり合いがなかったら、もし今日、朝比奈に導かれなければ、おれはケイさんやマリイさん、それにバンドのひとたちと出逢うこともなく、こんなに親しげに話すこともなかった。
 それは随分と不思議な時間でもあり、前もって仕組まれていたと言われても否定はできなかった。選択のその先につねに存在し続ける体験。ドアを開けるたびに準備されている空間。どれもおれにとって必要で、通らなければなら産道なんだ、、、 どこを抜けて、どこへ行こうというのか、、、
 選択の集合体が人生であるし、それは同時に『もし』がつりく上げた連続性のなかで到達する場所なのかも知れない、、、 だとしたら、これが本当に自分の望んだ生き方だなんて言いきれるのは何故なんだろう。


Starting over19.12

2019-11-02 22:23:46 | 連続小説

「なにがどうだった?」
 
はっ? ああ、いやいや、なんでもないです。とりたててあえて説明するほどのことでもないから。そりゃ、苗字と名前を略して言うのはそれほど珍しいことでもないし、バンマスイコール、バンドウマスオってのもおれの直観にすぎない、、、 バンノマズゾウでもいいわけだし、、、
「なにブツブツ言ってんだかホシノは。笑わしてもらったお礼にもう一曲、歌うよ。もうちょっと待ってて」
 もう一度、コーラをあおって席を立ち上がった。そりゃもう、待ちます、待ちます。いつまでも待ってますとも。コーラはまだ半分ぐらい残っている。これはお宝だな。できれば飲まずに持ち帰りたい、、、 ってそれをどうするつもりなんだ。
 バカなことしか考えられないおれのことはさておき、朝比奈はマイクスタンドの前に立ったところで人差し指を天に向けた。
https://youtu.be/E89MNVnbsws?list=RDE89MNVnbsws&t=7
 静まりかえった店内に、ベースが独特の音響でドルッ、トッ、トルルルー。ドルッ、トッ、トルルルー。ドラムが二枚重ねのシンバルをシャラララララーンと続ける。そこで朝比奈がシュッっとスキャットを入れる、、、 スキャットと言うらしい、、、 マリイさんに訊いた。
 期せずして各座席からもオーッという歓声があがった。なにか、いわくつきの曲なんだろうか、それだけでおれの背筋に電流が走った。これは西欧の島国からいずる、かの有名な四人組の曲であり、この店内にアビィロードスタジオが天から降臨したのではないかと錯覚してしまった。
 マイクを通さなくても声が抜けてくる今回の朝比奈は、バンドのなかのひとりではなく、朝比奈を際立たせるために、あえて裏方にまわった演奏をしているように思えた。そうだ一緒にやろう、おれ達を越えてってぐらいのもんだから、バンドのサウンドを従えた朝比奈の歌声に仕上がっている、、、 おれは次第に大きなヘビに飲み込まれていく、、、
 最初のワンフレーズが終わると、ベースがドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッと盛り上げていく。それにあわてせおれの魂の鼓動も高揚していく、、、 なんだ、なんだ、この感覚は、、、 アユカワさんのベースは、なんだかおれの心音と一致していた、、、 そしてそこでサビに突入していく。
『カムトゥゲザー、ラーイナウ、オーバミー』
 おれの脳みそは沸点に達した。
 ピアノのひとがハモって、それが朝比奈のメインヴォーカルをさらに際立たせる。
 間奏ではケイさんのギターが、はげしくかき鳴らされた。それにあわせて朝比奈もあたまを振り回す。こんどは二人が同調し始めるもんだから、おれも曲に乗りながらも疎外感にさいなまれるじゃないか。
 最後には何度もリフレインして各楽器ともども盛り上がっていき、最高潮に達した。そこでケイさんのギターが、すべてをシャットアウトするストロークで店内を静寂に導いた。朝比奈はマイクスタンドに手を組んだまま宙を仰いでいた。そのまま時が止まってしまった、、、 朝比奈が止めてしまったのかもしれない。
 静寂が続いた。だれもそれを打ち消すことができなかった。蝋人形のように固まったままの朝比奈。そしてバンドのメンバーたち。アユカワさんもケイさんもピアノマンもドラマーも余韻にひたっている。朝比奈を蹂躙してきたバンドマンを、こんどは朝比奈が別のステージに連れて行ってしまったんじゃないかと思わせるほど。
「どう。オーディションに合格しかかしら?」
 髪をかき上げる朝比奈のその言葉とともに店内が息を取り戻した。今度はおれだけじゃなかった。みんなが立ち上がって拍手した。それとともにバンドマン達が朝比奈のもとに寄りあい、握手をしたり、肩を抱いたり、、、 ケイさんはやや長めに思えたのはおれの嫉妬心からだろうか、、、
 なんにしろ感動とかでは言いあらわせられない良質な映画のワンシーンに見えた。
「なんなのこれ、こんなのはじめてよ。もうエリナちゃん勘弁してよ。リハでこんなの見せられたら、本番に身が入らないじゃない」
 マリイさんが興奮冷めやらぬ状況で嘆息した。
「ボクちゃんが、エリナちゃんをあそこまで高めたのかもしれないわね。それもあのコが創り出したんでしょうけど」
 実際のところおれもそう感じていた。おれがいまここにいる理由。それは朝比奈が今日のリハーサルになんらかの目的を定めていた。おれとコンタクトとったのもそう。スタンドに来たのもそう。ケイさんにチンクを借りてグランドで走り回ったのもそう。そして噴水で声を殺して歌ったのは、いまこの場面で最大限のパワーを発揮するために、爆発的なエネルギーをため込むためだった。
 わかっていても感動できることもあるんだと、この歳になってあらためて理解したようで、そりゃここまで完璧にやられたら、おれなんかはもうぐうの音も出ない。
 朝比奈はまわりに手を振ったり、軽くお辞儀をしたりして、センターステージを歩くモデルさんな感じで、おれのいる、、、 おれとマリイさんのいる、、、 テーブルに戻ってきた。
「誰かに自分の考えを聞いてもらいたい。そして肯定してもらいたい。同じ意見なんだと迎合されたい。そんな結びつきだけがわたしたちを支えている。そんなものはみんな幻想にすぎない。わたしはね、ホシノ。わたしは、自分を受け入れられていないところで勝負しなきゃいけないの。あえて、そこに向かっていかなきゃ楽な選択肢からはなにも生まれない。勝ち取るには行かなきゃいけない場所なんだって。だから、そう、そうだからこそ出せるちからもある」
 気持ちがたかぶっているのか朝比奈は一気にまくしたてたのか、それにしてはその顔立ちはふだんと変わらない。そしておれはその意味を解せない。
「わたし着替えてくるから待ってて。コーラまだ残ってる。はやく飲んじゃってよ」 やっぱり朝比奈は冷静そのものいつもと変わりなかった。ここでもまだ本当の自分をさらけ出していないんだ。
 氷が溶けて薄まりかけたコーラなのに、飲み干すとほんのりと朝比奈の香りがした、、、 あっ、飲んじゃった、、、 それがどんな香りかと訊かれてもうまく説明できないし、できたとしても大切に自分の胸にしまっておきたい。
マリイさんがトレーを持って現れて、カラになったグラスをかたずけ、ダスターでテーブルを拭きコーヒーカップをふたつ置いて、そのひとつをおれにすすめた。マリイさんは席に着いて、いい香りがたつコーヒーを口にした。
「ほんとにねえ、おどろいたわ。エリナちゃんが男の子つれてくるなんて、全然そんな気配なかったのにねえ、これまで。それに今日のあのステージでしょ。ボクははじめて聴いたからわからないだろうけど、バンマスが言うように、声の艶が五割増しだったし、最後の一曲は勝負をかけていたわね」
 そんなもんなんだろうか。おれにはまだピンと来ない。あの朝比奈がおれが聴いてるからって歌いかたが変わるだなんて、それに勝負ってどういうことなんだ。
「あのコはねえ…」
 ちょっと困ったような、物悲しそうな、それでいて笑みを浮かべて話しを続けた。
「本当はもっと自分のことを知ってもらいたい。大声で叫びたい。『わたしはここにいるのよ!!』って、そうカラダの内側に隠している」
 カラダの、、、 内側、、、 に?
「そうよ、見てみたいでしょ。エリナちゃんの内側」
 いやーっ、、、 見て見たいっす、、、 内側までいかなくいいかな。
「いやあねえ。何言ってんのよ」
 マリイさんは大きな手と、おれの太ももぐらいある二の腕をじゅうぶんに効かせておれの肩をはたいたもんだから、関節が外れたかと思ったが、逆に肩のコリが取れてすっきりしたなんて言ったら、もう一度、はたかれそうなので止めておいた、、、