private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over27.21

2020-05-16 12:30:17 | 連続小説

 熱せされたアスファルトがスニーカーの裏からも伝わってくる夏の午後に、そんな道路をおれたちは歩いていた。どこへ向かっているかといえば学校で、学校に向かっていると知ったのは、通学するときに使っている駅のホームに降り立ったときだ。
 朝比奈のあとついていって、ついていくといった手前、ついてくしなかく、この駅について電車に乗るって言い出すからさすがに不安になってきた、、、 どこ行くんだ、、、 従順な下僕のくせについ聞いてしまった。
「ガッコウ。ホシノは、いつもこうして学校に通ってるんだ」
 最初にガッコウって言われて、学校を想像できなかった。妄想はできても、想像するのは苦手だ、、、 このくだりも多いな、、、 特になにもないところから必要とされているものを生み出すのは苦手だ、、、 この国の教育制度の成果のひとつ、、、 なにもなくても批判や他人のせいにもできる。
 電車がグラリと揺れるたびに両足で踏ん張って、ドアについた手に力をこめる。朝比奈はドアを背に遠くを流れる景色を目で追っている。その表情はおだやかで、おれのムチャな提案もいまやすっかり飲み込んでしまったようだ。
 朝比奈の長い首の中心でのどがこまかく動いていた。夏休みの前に窓の外に目をやりながらしていたコト。
「心が開かれると、自然と歌いたくなる。歌えない場所もあるから声に出すことが叶わないときもある。それが次に歌うときの力量になる。そう、我慢してるんじゃなくて好きなことを蓄えている。でも時々ね、もしかしたらいまがこれまでの最高の声が出るかもしれないって思うことがある。いまを逃したらもう二度と出せないかもしれない。そう苦しくなる気持ちを抜こうとしているのかもしれない」
 電車は通過する小さな駅を抜けていく。ベンチでも待つ人がふっと止まらない電車を見上げる。朝比奈のめずらしく弱気な発言を耳にした。おれにも部活時代にそんなことは何度もあった。練習中にいま大会だったらいいのにと、朝比奈にもそういう気持ちがめばえるんだ。同じような一日のなかで生まれた異質にどう対処すればいいか戸惑っている。
「それ、すごくいい表現。だって、わたしたち人間は同じことを繰り返してることに安心してるでしょ。同じ環境にならない異質を取り除こうとする。もしくは解放しようとあせりだす。それらと交わることによって新しい自分と未来が見えるのに、同じ毎日の中で埋没する安心感から抜け出せないのは、手に入れているものを手放した先が想像できないから」
 そうであれば、おれにとってこの頃は、毎日が新しい一日なわけで、なんとなく当たり前のように迎え入れていたこれまでとは違い、なにが起こるかわからない、日々新しいなにかをしている日々は刺激があった、、、 それがたとえ朝比奈振り回されているのであっても、、、 それもいつかは日常化して埋没していくんだから、そうなる前になんとかしたい。
「集中しているときだけ味わえる感覚ってあるでしょ。すべてが自分の味方をしているように思えてくる。自分がやるべきことをやりきったときだけに訪れる至福のとき。それを繰り返せば同じ状況はいつだって創り出せるのに、どうしても自分への甘さが出るもんだから、その境地に達するのは偶然の一回ぐらいでしか遭遇できず、だからチャンスは何度も訪れるわけじゃないし、来たとしても自分の意に沿ったものとは限らない。いい流れが来てるんだと思うんなら、せいぜいあたまを働かせるべきじゃない」
 朝比奈と一緒だったことで新しく生み落とされたおれならば、ずいぶんと感謝しなきゃいけないわけで、それだけでいいわけじゃないとわかっているけど、ないそではふれない、、、 ない脳はつかえない、、、
「ハハッ、わたしのことは大丈夫よ。ホシノは十分、わたしの脳を刺激してくれてるから。そういう言いかたは遣われているようでイヤでしょうけど、悪いほうに取らないで」
 いえ、そのお言葉だけで充分です。イヌとして仕える身ではありがたすぎるお言葉。ここ一番をモノにする気概がなければ、単なる一回に成り下がってしまい、これまでのおれは、その回数だけを重ねてるだけなんだから。
「ついたわ」
 電車が学校の最寄り駅に着く。朝比奈は半身をずらしてドアから離れるとタイミングよくドアが開いた。そのまま反転してひらりとホームに降り立つ動きもサマになっていて見入ってしまう。それに、それよりもなによりも朝比奈と一緒に登校する、、、 登校ではないけど、、、 一緒に学校に向かうことになるとは夏休み前までありえない状況だ。マサトとなら何度も歩いたこの道も、景色が違って見える、、、 昼過ぎだしな、、、 
「ここの空き地って、なにがあったか覚えてる?」
 何度も、通学で通った道なのに、目の前にある広大な空き地に、以前の建物が浮かんでこない、、、 本当に景色がかわっていた、、、 朝比奈に聞かれるまで気にもしなかった。工事してたっけ。無くなる前まではあって当然で街の風景に収まっているのに、なくなってしまうと空き地であってもなんの違和感もなくなってしまう。
 おれは自分の記憶力を棚に上げて、こうして知らないうちに無くしてきた大切なモノって、これまでも数多くあるんじゃないだろうかと。だとすれば、おれたちは実体のない世界に生きているってことで、本当に必要なものは限られていて、それ以外は夢とか想像の範疇と同じようなものだ。
「朝が来て、学校に行ったらいきなり無くなっていればいいのにってよく思ってた。今日みたいな場面にでくわすことはあるんだけど、なんにしろ無くなって困るのもなんてないわけで、かわりになるモノはいくらでもある。もしくは自分がその中での存在から消えてしまえば、風景自体が目の前から無くなるのと同じで、無くなったモノがなんであれ、依存するヒトの弱さを憂いでいる。その弱さが、モノがなくなるのを怖れて、必要でないものまで作り続けたり、維持したりして、ひいては環境から世界を変えてしまう」
 さっきの話とつながっているのか、その言葉になにが含まれているのかなんて、おれにはわかるはずもなく、もしかしたら学校が生み出す、あまたの人間に対する悲観的なお言葉なのかとか、その生産物になりたくないための途中退学の理由づけとか、そんなふうに考えてみた。
 そういうことだって、漠然とした一回を繰り返してきたから至ったわけで、ムダではないんだって、そう思いたい。なにがベストなのかそれは数字で認識するものではない。すべてはからだに伝わってくる感覚だけがたよりなんじゃないだろうか。
 数字にとらわれるとそこが基準となり、多少の誤差の範囲なら正しくやれていると思いこんでしまい、からだが求めているところとズレていたとしても、あたまが無理に納得させてしまうことってあるはずだ。
「この時間だと誰か彼かいるから。当直の先生、部活の担任とか練習中の生徒。教室には文化部系もいるだろうし」
 そうだろうけど、そこにおれたちふたりでフラフラと校内にいるところを見られれば関係性が疑問視されるな。それで翌日騒ぎを起こせば計画犯だと思われるか、、、 見られなくても計画犯だ、、、 あまりにも不釣り合いなおれたち。意外性しかない。
「片棒は担がせるけど、共犯にさせるのは少し抵抗があるし。内申とか就職に響いても悪いから、それにわたしとしてはホシノのお母さんに申し訳が立たない。なんて、なんにしろ人目につかないほうがいいのは間違いない。ホシノが自分の都合のいいように取るのはかまわないけどね」
 なんだかいい感じじゃないかと、言われなくても自分の都合のいいように取っていたおれは出ばなをくじかれた。母親は朝比奈だけに背負わせちゃ、おとこらしくないとか言い出すだろうから、ここはやはり主犯でもいい覚悟でいかなければ、、、 っておれのほうが目立っちゃダメだろ、、、 足手まといぐらいにしかならんだろうけど。
 正門の前に立ち止まった朝比奈は校舎の屋上を見上げていた。それでおれもつられて見上げていた、、、 なんで、屋上なんだ、、、
「そりゃ、歌うなら屋上でしょ」
 そりゃそうだ。ここが朝比奈にとってのアヴィロードスタジオになるんだから。



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