private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over29.21

2020-06-28 20:33:35 | 連続小説

「わたしは、あなたにかけられる言葉があるわけじゃない。あなたの代わりにもなれない、だから、そうね、わたしにできることをするしかない」
 そう朝比奈は言った。どんなに甘い言葉を伝えても、それを言うことで解決するわけじゃないし、いまを切り抜けてもその先でまた同じことが起きるだろうから、どうしたって自分でどうにかしなきゃいけないだろうけど、だったらミシマは、いまここでこうしてはいない。
 朝比奈は自分のやりかたでミシマを思いとどまらそうとしているのか、それにしても、とんでもない場面に遭遇したもんで、おれがあんなこと言い出して、朝比奈をその気にさせてしなきゃ、こんな時間にこんな場所にいなかったんだけど、そんなこと言い出したらキリがなく、どんな選択をして今や未来につながっているのかは、自然や、街並みだけじゃない人も同じで、なるべくしてこうなっていて、それは誰にとっても同じことだ。
「朝比奈さん。夏休みがあけたらもう学校来ないんだよね。わたし、きっと、朝比奈さんがいなくなったら、今度は、わたしが、きっと、」
「虐めの対象になる」
 言いそびれるミシマの言葉を朝比奈がそのまま引き継いだ。そこになんの躊躇もなく、何度も見た映画の続きのセリフを言うのと同じに。自分に原因の一端があるような言われ方をされたからって、そんな直接的な言いかたじゃあミシマもたまんないんじゃないかと、やっぱり強者にはその微妙な言葉の重さがわからないんだろうか、、、 だからってどんなに相手を思いやっても必ず響くわけじゃない。
 その言いようにミシマはキッとなって、朝比奈を見返す。なにかそこには逆襲するぐらいの勢いがあり、含んだ顔を浮き出す表情からもそれがつたわってきて、でもそれは朝比奈の術中にはまっているだけだ。
「今日、緊急連絡網で明日の全校集会の連絡があって、あたしの次は朝比奈さんだっただけど、電話してきた堂坂さんが伝えなくていいって。どうしてかって訊いたら、もう退学するから必要ないって。これで夏休み明けから清々する。そう思わないユーコって、笑うのよ。ちょっとキレイだからって男子のうわさになってるのに、わたしは関心ありませんと冷めた態度していい気になって、そこそこ勉強ができるって勘違いされてるみたいだけど、一度だって学年で一位になったことないじゃない。とか」
 堂坂はクラスの副委員長で女子のリーダー的存在だ。ミシマとしては朝比奈を自分の側にひきずり込もうという思惑があるのか、これは敵の敵は敵の理論を遂行しようとしているようで、だけどそんなゆさぶりで動揺するような朝比奈じゃない。
 堂坂は成績もよく、男子受けもいい。それなのになにかにつけて“朝比奈がいなければ”という枕詞がついて回ることが癪だったはずで、それなのに朝比奈には競う理由が何もなく、学年で一位になってないのは、試験ではそこそこの点を取っておけばいいと、流して受けてるだろうし、男子に媚びを売るって面倒をかかえることはしないから、その態度がまた、堂坂をイラ立たせることになる。
「言ってる意味に違いはないでしょうけど、堂坂が同性の、それもしもべ扱いしてるひとにそんな優しい言いかたするとは思えないんだけど、三司馬さん? “アンタ、そんなこともわからないの! ホント、バカなんだから!”と、なにかにつけ誰かをバカ扱いして、そのたびにアドレナリンが増幅して、それが快感になってるようなひとだから」
 と、堂坂の真似をしてタンカ切るところは、5割り増しぐらいに迫力があった。ミシマは背筋をビクッとさせて、あからざまに動揺しているのがわかるぐらい目が収まらず、最終的に下を向いてしまい、小さくごめんなさいと言った、、、 いったい何にあやまってるのか。
「わたしはね、ほっといてもらえればよかったんだけど、何をしてもハナについたみたいで、なにかと嫌がらせを受けいた。それも自分の手は汚さずに、誰かにやらせた、のよね」
 そんなにたたみかける攻撃しなくても、ミシマだって好きでやってたわけじゃないだろうし、そうじゃなくても、もうすこし寄り添ってあげた方がいいんじゃないのかと、そういう気づかいもふだんはしないおれでさえ心配してる。
「ごめんなさいっ! でも、堂坂さんの言うこときかないと、」
 おっ、自分の立場が悪くなるとすかさず保身に走ったか、堂坂を悪者にして朝比奈にこびる。そりゃおれたちのような下人は、だれの意見に従えばいいか本能的にわかっているんだな。堂坂に言われれば、堂坂に、朝比奈に言われれば朝比奈に、それじゃダメだよって、おれもひとのこと言えない。
「堂坂は負のバイアスに取りつかれてしまった。一度、味をしめた快感はなかなか手放すことができなくなる。その熱量を別のことに使えれば良いのにって、それを外部からいくら言っても覆るわけもなく、生きてる証明のような錯覚をもたらしている。そういうのって人類の歴史だと言っても過言ではないんだけど、ひとつ離れたところから見ていれば、これほど滑稽なことはない」
 ミシマの言い分じゃ、休み明けに朝比奈がいなくなれば、今度は自分が仲間外れになって、虐めの対象になるって、それって当の朝比奈がいなくなれば、もう我が世の春を謳歌するだけの堂坂じゃないか。どうしてミシマは自分に被害がおよぶと取ったんだろう。それも被害者意識の負のバイアスがかかっているのか。
 暗がりの屋上のヘリで女子高生が話し込む姿を目にするのは初めてで、、、 あたりまえ、、、、 ヘリに座ってならぶふたりの姿は、なんかだ女子高生同志というより、生徒と先生にみえるてくる。関係性が師と従としてすでに成立してしまっている。
「わたしが、朝比奈さんみたいに強ければ、アタマが良ければよかった。でもあたしは朝比奈さんにはなれない」
 そうだな、みんながみんな朝比奈みたいだと、それはそれで困るだろうけど、、、 だれが困るんだ、、、 誰だって喜んで卑屈な側になりたいわけじゃない。それなのに、人口比率に合わせるようにちゃんと役割が分担され、ヒエラルキーができあがっていくから困ったもんだ。
「そうね、同じように、あたしも三司馬さんにはなれない。誰かにあこがれたり、誰かになりたいと思う気持ちはどんな価値観で成り立つかはひとそれぞれで、わたしが、まわりが思う朝比奈をやっているのは楽じゃない。クラスの中で目立たない、地味なタイプだったら、どんなによかったか。それとも嫌な思いをすることになかったのかな。そうしてやっぱりクラスのボスに目を付けられて、手先のように使われるようになるのかも」
「それはっ、朝比奈さんがいまの立場だから言えることでっ」
 同時に、それはいまのミシマの立場だから言えることだな、、、 ミシマもそれがわかったから言葉を止めたんだ。なんにしろ誰かをうらやましがってもなんの解決にもならないし、自分を高めることもない。そして朝比奈のペースに巻き込まれている。
「立場って、だれが作ったの。自分、それともまわり。立場にしばられていることを選んでいるのは誰。そうでなければその場所から離れればいい。なんて、そんな簡単なら誰も苦労しない。苦労させている誰かも存在しなくなる」
 おれの目も暗がりに慣れてきて、この屋上の世界を知るところとなり、月明かりの下で小虫は飛び交っているし、さっき入ってきた扉には蛾がハネをひろげてとまっている。ヤツらにとっては変わらぬ日常で、おれたちのほうが非日常であり、非常識で、ヤツらの世界への闖入者として迷い込んだか、呼び込まれたのか、見かたが変わればこの世界の正当な居住者の定義も変わっていくんだ。
 おれはふたりの神経戦の行く末をそんな中で見守っている、、、 参加しろよ、、、 


Starting over29.11

2020-06-20 11:27:45 | 連続小説

「ホシノ。開けて」
 カベを背にして扉に向かって指をクイっとさした、、、 そこはさすがの女王様態度、、、 おれは手を伸ばしてドアノブをつかみ、この感触からすると、こりゃ正面玄関と同じで、ここもカギはかかっていないと潜在意識がそう伝えてくるから、その勢いにのって手のひらを返せば、経年変化のせいか多少の引っ掛かりはあるもののグルっとノブが回った。
 今回も手からビーンっと脳に伝わってくるこの感じ、あるんだ、こういう神がかったことって、普段の生活のなかで物体が勝手に動くわけではないから、これらはカギが開いたままだっただけで、朝比奈が、もちろんおれが、カギを動かしたってわけじゃないのに、そのとき歴史が変わったような伝わり方をしてくるから、、、
「そうだね、ホシノ。あなたと一緒にいる理由が、実はわたしもそういうことなんだって、こういうことを通じてわかってくれればいい。それに痛い目みなくて済んだのに」
 そうだな、イヌなんだからせいぜい、お手か、ハグぐらいで喜んでおくべきで、朝比奈のようなレベルだって、いつだって、滞留しそうになる自分に危機感をもって前進しているからこそ信じられる、味わえる、目にすることができる事実がある。
 そのまま扉を押していくと、蝶番はふんだんに開閉がおこなわれてないことをしめすように、ギーッとイヤな音を立てはじめたもんだから動きをとめた。こういうときの音って、実際より大きく聴こえるから、校内中に響き渡っているように思え、宿直の先生の耳にも届きそうで、リーダーの判断をあおごうかと手を止めてみた。
 それなのにリーダー朝比奈は平然としたまま、続けてと言わんばかりにクイっとあごを動かすだけで、さっきとは打って変わって腹のすわった態度に感服するばかりだ、、、 現世には怖いものなしか、、、 アゴをクイってする動作が目に焼き付いて、おれはさっきの反省のどこ吹く風、、、
「それほど大きな音は出てないから、余計な心配する必要ない。ゆっくりだと音が長く続くから、一気に開けたほうがいい」
 イッキって、そりゃごもっとも。おれは握ったノブを最後までひねって、グイッと最後まで押し込むと、キッと一音を発して扉は解放され、密閉されていた空間に流れ込んできた空気は、多くのひとの感情が入り混じっているみたいで、なまぬるく肌に触れてきた。
 おれ初めてだな、屋上に出るの。だからなんだろうか学校の屋上ってアウトサイダーな雰囲気をまといつつ、ここでは教室とはまた違った青春の時間が流れていて、あの扉を分け隔てて空気の質が違うのだ。それだからロックの歌詞とか映画にもそういった場所として存在している。
 朝比奈は、おれが開門した扉を通り屋上に出た。すぐに校庭側の縁に向かって下を見下ろした。腰までの囲いがあるだけでフェンスも金網もない。囲いの前で動かないから、こんどは高所恐怖症を暴露するのかと身構えたけど、それはないみたいで、クルリと身を返しそのまま囲いに腰をのせた。背中を倒せば下に落ちてしまうから、おれは気が気でなかった、、、 そんなドジはせんか、、、
「どれぐらい距離なのか知りたくて、下から見上げるのとだいぶ距離感が違うんだ。これなら大丈夫。ちゃんと声が届く」
 おれもチラッと下をのぞいてみると、真っ暗だけど随分目もなれてきて、校庭が薄っすらとだけど目に入り、なるほど上からのほうが地面が近く見えるのは、首の角度とか、見上げるという心理的な要素がからんでくるのか、、、 そこに卑屈な人間性が如実にあらわれるな、、、
「屋上ってこんなふうになってるんだ。平らな形状は排水に向いてないし、造形としての理由がなにも伝わってこない」
 今度は、屋上をぐるっと見渡してそんな感想をのべる。さっきの外周といい、今回の屋上といい、朝比奈ってそいうところが気になるみたいで、合理的でない建造物に対してなにか思うところがあるのか。
「自然に対して、すべての人工物は不自然でしょ。どれだけ理屈をつけて物質を作っても常に完成はしない。ときに何かをつぎ足し、ときに何かを削いでいく、それがモダンとかポストモダンとか文明的に語られる。つぎはぎされた世界がいまここにあって、そして未来にもつながっていく。そのとき、そのときをわたしたちは目にしているだけなのに、そこに意味を持たそうすることを相入れない」
 街並みが広くひろがっている。ドラマなんかでインサートショットでつかわれたりする数秒の風景は、それ自体になんの意味も持たず、おれがいま目にしているのはそれらとなんら変わりなりのは、おれがなんの意味もなくこの場にいるからで、その地にたまたま、自分が足を置いているだけであり、時代の流れの中の世界の住居人として存在している。
「人間って唯一の時代の目撃者となれる。それを書物に残し、絵に残し、録音し、写真や映像にする。わたしたちや未来のひとがそれを見て、時の変遷を追っていくことができる。でもね、それが本当の世界だったかなんて、やっぱりその時に見た人しかわからない。うそをついているとか、偽造しているって疑うわけじゃなく、そうでなければね、そうでなければわたしたちが今を生きている意味がないと思うから」
 ここも学校が立つまでは、今日みた空き地のように単なる更地だったんだ。その前は畑か野原か、はたまた森林か。そんな頃には、こんな高い場所からまわりを見渡すなんて、誰も思いもよらない。いまおれがそれを見ていたからって、その先のひとはもっと高い場所から、さらには宇宙から見ることができるって想像できても、だからってうらやましいって話じゃない。
「さーて、この世界の住居人に先客がいたみたいね。これでさっきの扉の音も納得がいく。ホシノに弱味を知られることもなかった」
 朝比奈は腰をあげておれのほうに歩いて来る、、、 先客って、、、 そのままおれを通過して校舎裏の側に進んでいった朝比奈を目で追うと、その先に人影がある。誰かがおれたちより先に屋上にのぼって、青春のひととき謳歌していたのか。
「朝比奈さん? よね?」
 その人影はそう言って朝比奈の名前を遠慮がちに呼んだ。どうやら同じクラスの女子のようだ。朝比奈がその女子の前で立ち止まる。背の高さがあわない。その女子の方が半身高いのは、囲いのうえに立っているからで、いやいや、そんなに高所恐怖症でないアピールをする必要はないぞ、、、 って、そうじゃないなこれは、、、
「ミシマ… さん。よね? 暑いからって夜風にあたるには、ちょっと場所が悪いんじゃない?」
 いやいや、そんなしゃれたセリフ言ってる場合じゃないから。これはそれなりの覚悟を持ってそこに立っているわけで、おれたちがこなきゃ今日が彼女の最後の日になるところだ、、、 つーか、いままさに現在進行形。
 ミシマってクラスの中でも目立たない存在で、おれはろくに口をきいた覚えがない、、、 それ以外でも親しい女子はいないけど、、、 なんにしろ、あとから卒業アルバム見ても名前が出てこないヤツ、ナンバーワンになりそうなタイプ。
 朝比奈はさっきと同じように囲いに腰をおろした。ミシマと向きをそろえておれの方を見る。いや、見るのはおれじゃなくてミシマのほうだろ。あれっ、おれになんとかしろってやつ? さっきみたいにアゴをクイっとして。
「どうしてここに?」ミシマが問う。
「わたしにもいろいろとあってね。あなたもそうでしょうけど。どう隣に座ったら?」
 ミシマにどんな理由があろうと、この時間にあそこにひとりで立っているってことは、つまりそういう決意をもっているってわけで、それなのに朝比奈の言葉には、ひとを動かす力を持っているのか、それは必要な時しか使わないけど、、、 必要な時に使うから効果がある、、、 カギの件はムダづかいだったかな、、、
 だからミシマは吸い込まれるように、崩れ落ちるように腰をかがめ、朝比奈のとなりに脚を折りたたんだ。顔を両手で覆い下を向くと、肩まで伸びた髪の毛がサッと彼女自身を隠していく。まずは窮地を脱することに成功したけど、この先どうするつもりなんだ、、、 おれはもちろんノープランだから振られないことを祈っている。


Starting over28.31

2020-06-13 12:28:33 | 連続小説

 ついにとっぷりと陽がくれた校庭は照明もなく、あたり一面が真っ暗だ。学校って広いから街灯や、ビルの光が届くこともなく、こんなに暗くなるんだって、、、 こんなことがなきゃ、こんな時に、こんなとこにはいない、、、
 そりゃ忍び込むにはいい具合なんだけど、暗闇で誰かと遭遇したらと思うと気が気でないし、いったいどこから入ればいいのか、むやみに徘徊するのも得策じゃないし、朝比奈はどうするつもりなんだ。
「今日の今日だから、知るはずもない。正攻法でいいんじゃない」
 そう朝比奈は紋切り型に言い切った。時間があればそれなりの準備もしておいたんだろうな。そうだろう、これまでの流れを見ていれば。そして突然にふりかかっても対応力はさしてかわらない、、、 正攻法ってどういうことだ。
「正攻法なんだから、正面玄関でしょ。案外、カギなんかかかってないもんよ」
 そう言われると、きっとそうなると思えてくるからおかしなもんで、つまりは実際がどうであろうと、朝比奈の思考に現実が書き換えられていくんじゃないかと、おれもこれまで見てきたそういう次元のヤツらって、有言実行というよりは、有言したことに世界が変わっていくってのが正しいってぐらいの勢いだ。
 朝比奈は正面玄関の前で立ち止まり少し首を曲げて、どうやらおれにその重責を託したらしいく、そうなるといきおい心臓がバクバクしてくるのは、開くのか、開かないのか、おれの見解とか、朝比奈の能力とかが正しいか試される瞬間であり、おれ自身もそういう人種かどうか試されているようだからで。
 おれは慎重に扉を押そうと人差し指を突き出してながら、でももう、最初の感触から扉が開くと確信できたぐらい、そんな扉の圧力が伝わってきて、扉が少しズレたとき朝比奈の首はさらに曲がっていった、、、 まさか、それで念を送っていたとか、、、
「よかった、侵入できて。帰りもすんなり出られるといいんだけど。ホシノもさ、どちらかといえば… 」
 おれはなんだかほめられるような気がしたから、すぐに朝比奈の方に顔を向けた、、、 飼い犬が、飼い主に褒美を貰えると思ったときのように、、、 そうするとそれを悟ったのか、すぐに言葉をためらって口角をさげ、間近でよく見るとそこには小さな、ほんの小さなエクボができている。
「 …いい運気を持ってるんじゃないの。信じるのってさ、なんの費用もかからないんだから。なんにしろムダには… そうね、ムダにはならないから、信じてみればいんじゃない。だから、この先もさ」
 予想していたよりは、ほめられたのか、けなされたのか、微妙な言葉しかいただけなかったし、おれの運気を朝比奈の念が上回っているだけのような気もして、それもどれだけ自分が信じらるかなんてのは、日々の努力の蓄積の賜物でもあるんだから、当のおれ自体にそれがないから、余計にほめられた気がしなかったのかもしれない、、、 実感のないほめ言葉と、自分を信頼するにはいつも懐疑的だ。
「だから、そうなるなって思ったから、言うのやめようかって。ホシノがおなか空かしたワンちゃんみたいだからね。わたしとしてはちゃんとほめてるつもりなんだけど」
 やった、これでおれは朝比奈のイヌ認定、、、 それで満足、それ以上は贅沢。
 そしておれは、そう言われて、なんだか、腹が、減っている、、、 ことに気づいた、、、 こんなことなら学校に来るまでになにか入れとくか、食料を調達しておくべで、夜の学校の屋上で朝比奈とともに食事を共にするのもシャレてるような。
 それに朝比奈が賛同してくれるかは知れないし、朝比奈のことだ、こうなることはわかっていてあえて準備してないと考えたほうが正しいはずで、当の朝比奈はキュートなヒップをひねって扉を閉じた、、、 ああ、扉になりたい、、、
「ガソリンがないから動けないってのは、なしにして欲しいんだけど。わたしは決まった時間にしか食事しないから食べるつもりなかったんだけど、育ち盛りの男子高校生には耐えがたいか」
 さすがに察しがいいな、だいたい一日5食ぐらい食べてるからな、部活の時からそうだったし、やめてからもその習慣は抜けず、そのぶん運動してないから体重が増加の一途をたどり、それも腰が重いのに一役かっていて、フェンスを越えるのにヒザを擦りむくし、それに耐え難いのはなにも食糧事情だけではない、、、 いまは多くは語らないでおこう、、、
 朝比奈は校内スリッパに代えずにマットで砂を適当に払って、土足のまま廊下を進みだしたから、おれもそれに続いたけど、ふだんなれないことすればその一歩、一歩が罪悪感として伝わってくるから小心者にはたまらない。
 そりゃ、屋上にあがるんだから、スリッパじゃ勝手が悪いし、それにいつ何が起こるかわからない状況下なら、いざというときの対処にも理がかなっている。逃走することになって、土間に靴が残ってちゃ、逃げきれても証拠を残して、アタマ隠して尻隠さずだし、スリッパでは逃げられない、、、 おれなんかシューズでもあやしい、、、
 そうして感心しているあいだにも、朝比奈はサッサと廊下の突き当りまで行って階段を登りだしていて、夜の学校はやっぱり気味が良いもんじゃなく、誰かならまだ実体があっていいけど、、、 本当はそれも困る状況だけどな、、、 実体のない者まで出てくる可能性があり、おれはかえって見たくないモノを見つけようと目がせわしなく動いている。
 朝比奈はさすがの自信で自分に不利なことは起こらないと信じ切っているから、目的地に最短で進むことしか頭にない、、、 ように見えた、、、 階段もスピードを落とすことなくどんどん上っていき、4階までの階段をハムストリングを伸ばして、一定のリズムでテンポよく登り切るのを見て、おれもできる限りスピードをあげるけど追いつけないまま息切れしている、、、
 屋上に出る扉に続く最後の細い階段の前で待っている朝比奈の表情は硬く、それはきっとアビィロードスタジオの階段に、思いをはせているのだと勝手に決めつけて、比べればずいぶんと質素で味気がないはずだけど、朝比奈も気分が高まって明日への想いもふくらんでいるんのだと、、、 とか思ってた。
「もう、ここまでくれば大丈夫」
 その言葉は、宿直の教員や、学校関係者に見つかることはない安心感からで、おれも足のある物体には会わなくて済んだけど、そうじゃないヤツらだって、どこから現るかわからんからなと、さっきの教室を思い出して軽口をたたいたら、朝比奈の顔が急に引きつり、そこで屋上への扉がドンっと鳴った。
「!!」
 息を飲んだ朝比奈がおれの胸に飛び込んできて、ああそうか、この暗がりに乗じて、ついにおれの想いをくんでくれたのかと、背中に手を伸ばそうとしたら、あっというまに腕を取られて、ねじ上げられ後ろ向きで身動きが取れなくなっていた。
 あれっ? どういうこと。えっ、もしかして朝比奈って心霊現象とかにダメなタイプで、だから、廊下も階段も全速力で、それも最短距離を進んでいったとか。朝比奈はおれを放ち腕くみして、いつまでも弱いところを見せる気はないようで、壁に背もたれ、腕を組んで鋭い眼光を向けてきた。
「ホシノ大丈夫? わたしは大丈夫」
 でしょうね、、、 おれは腕が痛いし、朝比奈には肉体的被害はない、、、 支離滅裂な言動に、精神的に大丈夫かと心配したいぐらいで、それを思うと、ここまで来るのだけでも、かなり決死の覚悟だったのか? 本当ならひとりで下見に来るところだけど、それは無理だってわかってたから、おれを誘ったのか、、、 ガックリ。
「共犯にするつもりはなかったんだけど。さすがにひとりはムリだった。それに、そうなるかどうかは、これからの働き具合による」
 これからのって言われかたもキツいなあ。まあ普段の朝比奈ならそうるよな。取り乱したのは一瞬だけで、もうそんなそぶりは全然ないし、さっきのポジティブシンキングで、自分に悪いことは起こらないって理論では、乗り切れないんだろうかとか。
「現実に対しては有効だけど、ソッチにはなんの役にもたたない。はず、多分」
 冷静に分析ずみなのか、さっきは小学校のサマーキャンプとかで、ビビりまくる女子と何ら変わらない朝比奈の新しい一面を見て、おれは新鮮だったし、うれしかったのに、この姿はクラスの誰にも見せられないし、見せないな、、、 メドゥーサにも弱点はあったんだ、、、 おれのムチャぶりの指摘にはこれも含まれていたとは。
 あっ!!
「 っなに!?」
 おれは、さっきのリプレイを期待して朝比奈を脅かしてみたら、うまいことおどろいて、腕にしがみついてきた朝比奈の柔らかい部分が心地よかったのもつかのま、その腕をかつぎ上げ、肩にかけられ、イノキの腕折り固めの態勢に入っていた、、、 快楽には痛みも伴うものだ。
「ホシノ。その勇気は別のところで使ったほうがいいし、次やる勇気は持たないほうがいい」
 共犯者を口封じのためかたずけられるパターンはあるけど、これではカッコがつかない、、、 どちらにしても端役にありがちな姿の消し方だ。でもそうすると朝比奈、帰りはひとりだな、、、 あっ、スイマセン。腕をしぼられて、おれはすでに死亡寸前だった。


Starting over28.21

2020-06-06 13:19:23 | 連続小説

「さあ、そろそろ視察にいこうか」https://youtu.be/x47aiMa1XUA
 そう言って朝比奈は軽快に立ち上がったかのように見えた。赤みを帯びかけた空、シルエットになった木々。ここがホテルのプールならこの風景は、まさにホテルカリフォルニアのジャケット、、、 そんなわけないか、、、 でも、朝比奈がプールサイドを優雅に歩くだけで、そこは高級ホテルにもなりえるじゃないか。
「誰でも、いつでもチェックアウトできる。でも、誰もそうしようとはしない。行くところまで行き着いてしまい、先の見えない将来を何とかしたいと思いつつ、誰も手をつけようとはしないとかね。捉え方はいろいろだけど、なんにしろすべてに憂いを持っている。それはいつの時代もかわらない」
 それが最後の歌詞の部分だとも知らず、しょうがないからおれも重くて、痛みがちな腰を憂いながら立ちあがると、そこにスーっと冷たい風が吹いてきた。朝比奈はこちらを振り返り、いい風ねと言った。おれはそんな風より朝比奈のそばから漂う、温かく甘い香りのほうが良かったが口には出さない。
 見上げれば暗がりに浮かび上がる校舎がさびれたホテルなら、おれみたいな落ちこぼれの学生は、なんだかんだと理由をつけて、この場から旅立つことを回避しようとしている。朝比奈はプールの出口の前でおれを待って、内カギを外して扉を開けてくれた。ここから先を導いてくれるかのように、、、 そしておれは呼び込まれていく。
 いつまでも学生ではいられないのに、責任がないのが自由だと勘違いしているうちは、そうすべきではないとか、先の見えない未来に希望が持てないだのそれらしいこと言って、先が見える未来がいったいいつの時代にあったのか、あったとしてもそれは権力者の口車にのったあわれな民衆が誤認した時代だけだったはずだ。
「その先にあるのは夢見た世界か、想像もしない現実か。どちらにしたって後ろがつまってるから、押し出されていくからしかたないでしょ。無理やりつぎのステージに担ぎ出されるのもあながち間違いじゃないし、そうでないとだれも次の一歩を踏み出そうとしない。いつしか時流に支配されるようになっていく」
 そこはそこで、そう言われて思い返してみれば、自分がどれほどうまく進級してきたなんて確信はなくて、自然にカラダが馴染んでったってほうが正しいんじゃないだろうか。朝比奈が言ったように、最初の一歩を踏み出すのは誰でも不安で、できればだれかが進んだあとの延長線にいたいはずだ。
「ここを探索するには懐中電灯が必要だった。それじゃ目立つからロウソクでもあればよかったか。そのあと花火もできたし… 残念だった」
 そう、先を見通せる光を誰もが求めていて、誰が時を支配しているのか知りたがっている。自分で支配しているはずもなく、時がおれのカラダをいいように使っていったのならば、それは、ひいてはつねにまわりの誰かに支配されていると同じで、思い起こせばいつだってそんな記憶しかない。
 マサトだって、永島さんや、そしてキョーコさんと関りがなければ、クルマを運転することもなく事故で死ぬこともなかった、、、 まだ、死んでないか、、、 それってみかたによっちゃ、自分の意思とははなれたところで操られているわけで、案外そっちが正しいのかもしれないなんて、とかく自分の能力に懐疑的になればなるほど、そういった暗黒面に精神を持ってかれがちだ。
「モノにだって、そうね、魂が宿っているだろうし。特に本人の思い入れが強ければ強いほど、そういうのってありえるでしょう。ナガシマさんってひとが手塩にかけて作り込んだクルマを、その思いを手放して、はたしてマサトが飲み込まれていったのか、そのクルマに乗る人間を選別したのか。そこにまだ迷いがあるうちは乗せられてるんでしょうけど。そこは先輩のお古のシューズと同じ」
 そう言って、さっきのシューズの話にからめてきた。おれが自分でもうまく噛みくだけていなかったことを、さらりと消化されてしまった。シューズに自分の未知の力を引き出してもらったという考えはなかったな。モノが持つ力、そのモノを大切にしていた人の力、そういうのがどこかで影響をあたえてくることはあるだろう。
 よく聞くのが武士の時代の名刀とか、その妖気に囚われて、本人の意思にかかわらず人を斬ってしまうってヤツ。それのクルマ版ならマサトは永島さんの妖気にとり付かれて、自分の能力以上を出してクルマを走らせてトラブルを巻き込んでいった。時期も時期だし、そういう魔の世界に取り込まれていたとしてもおかしくない、、、 のか?
「それはね… そうね、まだ、その話しは早いんじゃない、ホシノには… わたしは別にいいと思うんだけど、モノが、シューズが、ホシノが持ってる力を引き出してくれたとしても、その力を持っていたのはホシノだし、あつかう能力を伸ばしていけたのもホシノなんだから。タイミングって重要で、どんなに能力があったって、発揮する場所がないまま埋もれていくひとなんてごまんといる。ホシノはその日、そのタイミングに巡り合えた。それを今日知るところとなるなんて、それってすごく重要で、貴重なことなんじゃない」
 朝比奈は急に遠い目をして寂しげになる。首筋から手を差し込んで髪の毛をとかして、それから首をくるりと回す。月の光に照らされた髪の毛が宝石のように光り、腰から足元にかけての曲線美から目が離せない。そんな一連の動きの中にも多くの意味合いが込められているようで、なのにおれはそこからなにも引き出すことはできない。
 そんな朝比奈の言いようは前にも聞いた。言葉は唐突で、なんの論理性もないのに変に納得させられ、朝比奈が重要といえば重要だし、貴重って言えば貴重に決まってるんだ。夏休みの感想文をまともに書けたことがないおれは、みんなが良いと言えば良かったと書いて、わかりづらいって言えばそう書いた。流されやすく、権力者にはさらに弱い、、、 見上げれば朝比奈を照らす月の色はすこしピンクがかって見えた。
「わたしたちはそういうモノに囚われて生きている。学校に通っているのが誰かの誘いにのって集まったとしても、手にした力でなにも成し遂げられない」
 なにかを成し遂げるために生きていくのは人間としての本質なんだろうけど、おれたちってそういう目先の目標をつなぎ合わせて生きていくしかなく、知らないうちに、知っていながら巻き込まれているわけで、そいうのってあればあったでうっとうしいんだけど、なければないで、流れていく時間に乗せられて生きてるようで、自分で時間をつくるって行為を放棄しているのと同じだ、、、 どうやらいつかの時代に自分たちの魂を置いてきてしまっみたいだ。
「いいんじゃない、そいうの。なんか官能的で、すごく人間っぽい。こういうときにわたしは、もっと強い時の流れを感じられるんじゃないかってそう思っている。ひとりでもそうである時間は経験できた。たとえばステージで歌うとき、バンドが奏でるメロディに合わせて自分の時間をコントロールしていく。その時間は他では感じられないほど綿密で繊細なの。ホシノだって走ることで同じようなことを成し得てきたじゃない。目標を与えてきたのは、自分以外の権力を持っていた人間なのかも知れないけど、目標と日々戦ってきたのは間違いなくホシノだったんだから。これを体験してしまえば、それ以外のことがまったく無意味に思えてくる。だけど、それ以外の平凡があってこそ、その時間が貴重であるのもまた真実なんだって。夏休みの比重が重いのはそれ以外が単なる日常だから、それが現代のわたしたちに与えられた砂漠に浮かぶホテルカリフォルニアで、すり替えられた幻想だとしても」
 タイムにしろ、記録にしろ、勝敗にしろ。成し遂げてもつねにその先があり、手が届きかけても消え去ってしまう。どこに行き着けば、なにを手に入れれば満足できるのか。満足したときはもう次がないのなら、そこから先の人生に何の意味があるのかって、、、 それほど意味のあるこれまでの生きざまでもない、、、
 そうして出口のない迷路を必死になって進んでいく。ときに誰かに助言を受け、ときにだれかの策略にはまりながらも。本当に前に進めるヤツっていうのは、したから突き上げられなくても自分から離れることができる。社会的な行事をこなさないと前に進めないヤツは、いつまでたっても同じ場所に居続けるしかない。