private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

昨日、今日、未来24

2024-03-31 17:37:17 | 連続小説

「だからって、わたしにナニができるの? わたしだっておかしいと思うことはあるけど、わたしひとりじゃ何もできないよ。みんなだってそうやって何もせずに過ごしてきたんでしょ。それをわたしに押しつけられたって、、 」
 スミレはベソをかきそうだった。普段でさえ面倒くさがりと自負しているのに、急にそんな試練を言い渡されても全うできる気がしない。
「いまはそうかもしれないけど、、 そんな高望みを押し付けるつもりもないから。でもね、アナタのどこかでその想いが生きつづけていれば活かせる時が来る。スミレのもとに人が集まり、情報が集まって来るようになる。そのとき、スミレにはどんなことでもできるようになる」
「そんな、、 」さらにハードルがあがっている。いままで出された中で一番大きな宿題だ。
 カズさんに励まされても、そうなれば良いねぐらいしか言える気がしないし、何ができるかなんて約束できるはずもない。ただ、これまでよりは少し前向きになれたかな、ぐらいの範疇だ。
 カズさんが自分に伝えたかったことも、キジタさんの本心も、おやじさんの無念も、通りすぎた誰かの単なるエピソードではなくなってしまった。
「あたしなんかより、もっとできそうな子に頼むべきなんじゃないの。どうしてわたしだったの?」
 スミレは先をいくカズさんの服の端を引っ張って止めた。カズさんは振り返る。夕日が顔にあたりオレンジ色になっている。スミレは固唾をのんだ。
「あのね、スミレ。キツイ言いかたなのはわかっているけど、あえて言うね、、」
 聞きたくない。スミレは耳を閉じようとした。カズさんの皺だった細い手がそれを遮る。
「 、、できない前提で何かを解決しようとするから何も解決できない。できる前提で考えはじめることで思考が動きだす。誰も限界を超えることは望んでいない。自分の限界値を引きあげて欲しいの」
 スミレは手を振りほどいた。からだ全体を使ってアピールする。
「でも、だって、わたしはまだ子供だよ。小学生なんだよ。今日一日の出来事が特別なのはわかるけど、だからってすぐになんでもできるようになるわけ、、 ない」
 人通りの中で、こどもとお年寄りがなにか言い争っている。それなのに道行く人はなんの関心もなく通り過ぎていく。自分たちが透明人間にでもなった気分だ。それともここはまだ現実の世界ではないのだろうか。
「そうやって思い込んでしまうから自分の限界値がおのずと固定されてしまう。今できなくても、今からはじめればいい。なんだってできると信じれば、いろんなひとがスミレを応援してくれる。昨日まで不可能だったことが可能になる」
「だから、誰にだってその可能性があるのなら、私以外の誰かがしてくれてもいいじゃない! どうしてカズさんは、わたしにそれをして欲しいって望んでるの?」
 そう訊いておきながら、スミレにもその答えがわかっていた。これまでなんども聞かされてた言葉、自分が望んだのだ。そしてそれは同時にカズさんが望んでいるのだ。
「親とか、権力者とか、いくらでも言い替えができる言葉ね。自分が何に囚われているのか、それでよくわかる。スミレは自由であっても、その自由に囚われている。多くの選択肢から決めきれないために、結局は自由でなくなっている。自由の中で選んだ結論で失敗すれば、誰かのせいにすればいいとする、言い逃がれは通用しない。その誰かをスミレの親であり、現状で支配している人に置き換えればいい」
 カズさんの言っていることはスミレの心の中に在る疑問に対しての回答だった。遠回り過ぎて何を言いたいのかスミレは理解ができない。今はまだ。
「カズさんは自由じゃなかったの?」
 スミレの精一杯の反抗だった。カズさんは遠い目をした。何を思い出しているのか、思い出したくないのか。
「期待していた人や、信頼していたことが期待通りでなかったとき、何か裏切られたように感じて、一気に熱が覚めてしまうことがある。勝手に期待しておいて夢を膨らませて、そうでなければそれ以上に憎悪を持たれた人の身になってみればいい迷惑でしかないのにね」
 カズさんはもはやまともに回答をするつもりはないらしい。なにか示唆することを言い、スミレの気づきを待っている。
「期待通りでなければ、自分ならどうしたかを考えるきっかけにすればいいし、そこに気づかせてくれたことに感謝すればいいの。それなのにその人のせいにして自分は関りないと知らん顔をする。若いうちは頭ではわかっていてもなかなか実行までには及ばない。特にスミレの時代ではそれが捌け口になっている。その浄化作用で日々を乗り越える。でもねえ、そんなものは上っ面だけで、根本を変える訳ではないでしょ。もちろん本人たちもそんな気はサラサラないでしょうけど」
 カズさんはナニか核心に迫ろうとしている。スミレはそう感じ取っていた。
「カズさんは、自分が過ごした辛い時期をわたしたちの時代に繰り返さないように、教えてくれているの? それともわたしたちがそんな時代をつくらないように教えてくれているの?」
 カズさんはまたトボトボと歩きはじめた。スミレもあとを追う。街灯に明かりがつきはじめた。いくつもの影がふたりのまわりに現れる。
「過去もそうだったし、今もそう。そして未来もそうなってしまう。これから変えられるのは未来だけだよね」
「未来、、 未来って?」
 スミレも事の重大さを理解しはじめていた。自分のまわりにあるいくつもの影は、自分の未来の可能性を映し出している。
「スミレは賢いわね。これは、いつかは言わなきゃいけないことだったの」
 カズさんは少し疲れた表情をして、近くにあったバスの停留所に据え付けられているベンチに腰をおろした。その前をスミレと同世代の子どもを連れた親子が歩いていく。
「あのオモチャみんな持ってるんだよ。ボクだけ持ってないんだ。だからさ、買ってよ」
「ダメよ。こないだもそんなこと言って。ミキくんは持ってなかったじゃない。買ってあげたらミキくんに自慢したでしょ。ミキくんのおかあさんがミキくんにねだられて困ったって言ってたわよ」
 男の子はチッと舌打ちをした。そんなやりとりを見ていてスミレは、そのコに感情移入していた。
 そうなのだ、スミレはまだそのレベルの年代なのだ。急にいろんな大人からああしろ、こうしろと言われてすぐにできるわけがない。もっと子供であるべき時間を過ごしてもいいはずだ。
 スミレのそんな表情を見て、カズさんは少し間をとるように話題を変えた。
「スミレが他の子たちと同じようにしてたいのはよくわかるよ。そういうのってまわりがそうだから自分がそうでもいいってラクしてるだけでしょ。ううん、キツイこと言ってるのはわかってる。人ってね、うーん。大人でも子どもでも、自分の居場所で自分がどのレベルにいるのか必死に探そうとする、それでまわりが低ければもう安心してしまう」
「高ければ?」スミレは恐る恐る訊いた。
「 、、その場にとどまれば底辺で我慢するしかなく。他の生き場所を探すんじゃないの?」
 突き放された。スミレは却って反発したくなくなる。それがカズさんの狙いだったのか。
「そこで一番になるってこともできるんじゃないの」カズさんはニヤリとした。
「スミレ。嫌な思いしたことあるでしょ。学校とかで、理不尽だと、、 つまりこれってどういうことか理解できないようなこと」
 そう言われてスミレが真っ先に思い浮かんだのは、みんなから嫌われているヨースケ君のことだった。ヨース家君は人の嫌がることを平気で口にする。気の弱い女子だと泣いてしまう。ヨースケ君はそんなことお構いなしで、そんなことで泣くなよって言うだけだ。
 ヨースケ君にとっては、そんなことであり、言われた子にとっては、自分の存在を否定されて、生きる意味を見失うほどになる。
「ヨースケくん。人が嫌がることはしないようにしましょう」先生はそう言った。
 ヨースケは反論する「オレ、イヤがることはしてない。みんなと仲よくしたいだけなのに、どうしてイヤか、オレにはわかんないよ」
「ヨースケくん。どうして嫌がられるか、自分で考えましょうね。それと自分のことをオレって言わないようにしましょう」
 ヨースケは膨れっ面をして黙り込んでしまった。スミレもヨースケ君は苦手だった。だから弁護するつもりはない。だが弱く見える女のコたちを守って、言いたい放題のヨースケ君を一方的に咎める先生の判断に一番違和感を感じていた。
 それからも先生は、いろいろなお願いをした。
「みなさんミホちゃんに××と、言わないようにしましょう」
「みなさんタケルくんがお豆を食べられなくても注意しなでください」
「みなさんケンタくんが突然大きな声を出しても、ビックリしないでね」
「カホちゃんが体育を休んでもそっとしておいて上げましょう」
「リュウヘイくんが学校に来たときは、仲間はずれにせずに、一緒に遊んであげましょう」
「誰一人取り残さないようにしましょうね」
 気にかけなければならない子がいっぱいだ。そしてスミレだって完璧な人間じゃない。いや完璧な人間など何処にもいない。自分をそう信じ切っているか。まわりから都合よく使われるために、そうおだてられているだけだ。
 個人特有の個性であればまわりに気を使わなくてもよく、そうでなければその子達に気を使ってあげなければならないのがどうにも納得がいかない。
 だからヨースケくんだけは叱られないといけないのか、スミレにはしっくりこない。本人も悪いことを言っている気がなければ、それはヨースケ君特有の個性なのではないだろうか。他の子と何が違うのかサッパリわからなかった。
 それにスミレ自身も、もっと先生に気にかけてもらいたかった。スミレさんは強くないんだから、もっと優しく接しましょうと言って欲しかった。そうでなければなんともやりきれない。
 そしてその言葉は、同時にカズさんにも向けられていた。
「人類がここまで種を継続できてきたのは、どれだけうわべを取り繕うとも、強い者、賢い者、まわりに順応できる者が勝ち残って来たからよ。弱い者はそれらの者についていくしかなく、不要になればいつだって切り捨てられてきた。どんな人も平等に生きられるのが理想だけど、その許容がこの惑星にあるかどうか。そしてね、スミレ。人間という種族にその寛容さが備わっているか。いくら大義名分を振りかざして正論を述べたって、その資質がなければ歪が生じるだけ。支えられたい人はいくらでもいる。支える人はそうではないわ」
 スミレとしても好きで支える側になったわけではない。全体との比較の中で、そちらに入ってしまっただけとわかって欲しい。私だって支えられたいと声を出したい。そして世の中を変えるのは、わたしみたいな平凡な子じゃなくて、もっと選ばれた人がなるべきだと。
 スミレは涙が溢れていた。カズさんが代弁してくれなければ、もう心がはち切れそうだった。小さくなったカズさんはスミレの肩に手をまわした。同じ背丈のふたりがベンチで抱擁している姿は、おばあちゃんに慰められている子どもを想起させる。スミレはまだその年代だ。
「だけどね、スミレ。それじゃあ今の時代も、強者にすべてを委ねてきた時代となんら変わらない。そしてこの先も強者だけが生き残って、この種族を引き継いでいく。余りにも優しい時代のひとびとは、多くのひとが生きられる世界を作り出した。ただその優しさが自然の摂理にかなっているかどうかは神のみぞ知る。多くなり過ぎた人類であるがゆえに、こんどはその絶対数を制御しようと疫病であったり、心身的弱者が増加したとしてもおかしくはないの」
 スミレは首を振った。それが何への否定なのか、カズさんにはわからない。それでも続けなければならない。
「権力者が弱い者を生かしておく唯一の理由は、そこから搾取できるから。それをよしとしない自然界が見えざる手を振りかざしても、なんら不思議ではないのよ」
 搾取の正確な意味はわからないスミレでも、良くないことだとは予想がつく。
 人類が誰かによって統制されようとしても、自然界はそれをゆるしてはおかない。こうすれば良かったはもういらない。そう後押しされている気がした。
「スミレ。決心がついたようだね。いらっしゃい。私の時代に、、 」
 生まれたことを不幸に思わない誰かを守ろうとするその行為が誰も守ることもなく、声をあげた当人だけが悦に入っている。スミレはそうはなりたくないと子どもながらに心に決めた。


昨日、今日、未来23

2024-03-16 16:20:20 | 連続小説

「さっき食べたおやじさんの料理、美味しかったでしょ?」
 今更ながらにカズさんがそんなことを訊いてくる。カズさんはお年寄りになったが話し口調は若い時のままだ。
「うん、とっても。あんなにおいしいお米や、野菜や、魚を食べたのははじめて。味付けがうすくてちょうどよかった。かめばかむほどおいしさが増していった」
 伝えたい言葉はもっとあった。おやじさんの料理にもっとたくさんの賞賛をしたかった。
「そうよね、わたしもスミレと同じように美味しくいただけた」
 それなのにスミレには、それ以上の言葉が出てこなかった。貧困な語彙が妬ましかった。それでカズさんに訊いた「カズさんも、昔はあんな食事をしていたの?」と。
 やはりカズさんは困った顔をした。その度にカズさんはスミレに何かを伝えようとして、それがうまく伝わらないもどかしさを感じているようにみえる。
「スミレ、あのね、どんな食べ物だって、惑星の大地からおすそ分けしてもらっているの、、 」
 カズさんの言い回しがスミレには難しかった。惑星とはスミレたちが住んでいる地球のことを言っているはずだ。それなのに明言を避けているような言い方をする。
「 、、でもそれって無尽蔵に作れる訳じゃないの。スミレだってカラダを使えばお腹が減るし、アタマを使うだけでも栄養を補給しなきゃいけない。大地だって同じよ。食物を排出するために栄養原が失われていく。それは何も食べ物だけじゃない。この惑星で使っても減らないものなど何もないのよ」
 スミレは以前に友達の家で見た、もしもの世界の本を思い出した。もしも雨が降らなくなったら、もしも氷河期が来たら、もしも空気がなくなったら。それらは子供の恐怖心を煽るに十分な内容だった。
 その中には食料がなくなり、人々が餓死していく内容もあり、オドロオドロしいイラストとともに掲載されていて、そんな世界になったらどうしようかと、今でも心配になることがある。
「そうね。そうやって心配はするんだけど、目の前には食べきれないほどの食べ物が溢れていて、実感するのは難しいよね。だけどね、その食べきれずに捨てている食べ物が、どのようにして作られているか考えてみるといい。食物を作り出して、痩せてしまった土地に大量の人工肥料を投入して、無理やり育てた食物を食べている。魚も豚も牛も鶏も、餌としてそれを食べているから、その肉を食べるのも同じこと。自然に作られる食べ物では、すでにこの惑星の住人たちに充分な食糧を賄うことができないの」
 何かが増えれば、何かが減る、それが宇宙の摂理だ。ゼロ以上にも、以下にもならない。減ってしまったモノが、自然に増えることはない。そこには別の何かを犠牲にして増やしているカラクリがある。
「スミレの時代に食べ物が満たされているのは、この惑星に借金をして、大地の再生能力を前借りしているに過ぎない」
 何だかその言葉をよく耳にする。お金も借金して、未来の子供たちに押し付けようとしているとか、希少資源も争うように開拓され、枯渇すれば万人に行き届かなくなる。
 すべて大地から搾取した物なのに、そこにたまたま国があったということで、自国の利益にしている。そして大地の都合は考慮されないまま、利権のやり取りは紙面のうえでなされ、利便を共用するという名の下に、より高値で取引される者の手に落ちる。
 人々が余計なことを考えないように、緩やかに制御されている。今が良ければこの先がどうであろうと、気にならないように仕向けられている。
 圧政であれば反発も起きやすい。それが緩慢に統制されていれば、いつの間にかそのようになっており、それも民意総意であったと言い訳がたつ。ゆでガエルの理論だ。それとも先のことを心配するほどの余裕がないのか。
 人が食べることが優先されれば、その他の生物にも多くの影響が及ぼされる。何も絶滅危惧種の増加は乱獲だけが理由ではないのだから。人が増えた分だけ動物や昆虫や植物は減っていくのだ。
「でもおかしいよね。そうならないために、偉い人たちが会議して、じぞくかのうな世界にしようって決めて、みんなで努力してるんでしょ」
「一部の権力者が自分の利権が持続可能になるようにしてるだけでしょ。どんなにあがいたって、食べるものが届かなくなるのは、スミレのような一般市民からなんだから」
「そんな、そんなんなら、わたしたちはどうすればいいの。セージカは国民のために頑張ってるんじゃなくて、自分達だけが得することだけ考えてるの?」
「国民のためと言う定義は、あやふやでどうにでも取れるからね」カズさんはハナで笑ったような言いかたをする。
「権力者と、その利権者達は自分達が安定的に生活できることが、ひいては国民の安定につがると確信していれば、それはもはや真実となる。国民は何も産み出さない、権力者が提供する生産に依存するしか生きる路は無いのだから」
 スミレの期待は霧散した。どうりでしがみついてでも政治家を続ける人が多いわけだ。
「それはどうにもならないの?」不満だった。
「どうにかするのは、ひとりひとりの行動だろ。権力者に働きかけることではない。誰もが自分事ではないと関心を持たず、誰かがやってくれるとたかをくって、そうしてるうちにハナの効く者たちに良いところを奪われてきた結果なの。ソイツらにしてみれば、こんなやり方があるのに、みすみす見逃している者たちを、その位置に甘んじているおめでたい奴らだと蔑んでも、かわいそうにと同情することはないのよ」
 カズさんの言うことは正しいのだろう。もっと世の中は優しいひとが多く、弱い人を助けてくれるひともいると信じていたい。そうでないことも多々あったがそこに目を向けていないだけだ。
 クラスメイトたちは学級委員なんて面倒なことを、誰も率先して引き受けようとはしなかった。ほっとけば我こそはとリーダーシップを発揮する子か、目立ちたがり屋な子がやってくれる。選挙になったとしても、どちらが当選しようが構わないので、盛り上がっているのはふたりだけとタカをくくっていた。
 そうして自分達で放棄しておきながら、何か事が起きれば学級委員の言うことを優先しなければならないし、先生もお前たちが選んだのだろと、その方向で舵を取ることに苦痛を伴いはじめる。先生もその方が管理しやすいため、それは生徒が自ら作り出した先生の傀儡政権の様なものになった。
 面倒事を避けるために権利を放置したことで、かえって面倒や増え、束縛されることのなる。そうすると、みんながやりたいようなアニメっぽい演劇や、流行の歌での合唱はことごとく却下され、先生好みのありきたりな日本昔話の出し物や、押し付けられた文部省推薦曲を歌う羽目になった。そこには意見交換のうえでみんなで作り上げられた、多くの想いが詰まったものではない。
 今までに何度も目にしてきた、今まで通りの出し物を、今までと同じように行なう。過去をなぞっているに過ぎない不毛な時間。そんな時を過ごしてはじめて、自分達の判断の安易さに気づく。
 今の社会がそれと同じ状況だとすれば、時を経てばまた同じことを繰り返しているだけなのだ。子供の頃から学んでいても、いくつになっても変わらないのは、むしろ同じことと認識していないし、枠組みが大きいだけに、関わることにますます躊躇してしまっている。
 その結果が後戻りできないところまで来てしまい。権力者のしたり顔と、学級委員を思い通りに扱う先生の顔が重なってくる。
「いつかやろうは、永遠にしないのと同じこと。何かをはじめるには多くの労力が必要で、どうしてもその一歩が踏み出し辛い。それなのに自分がやらない言い訳を探す労力の消費は厭わない」
「それは、、 」スミレには思い当たる節が一杯あった。
 部屋の片付けをしなかったこと、頼まれていたお風呂掃除をしなかったこと、デパートの催しに友達に誘われたけど、興味がなかったが話を合わせるために、行くといっておきながら、適当な言い訳をして最終的に断ったこと。みんなめんどくさくて、やりたくなかったのが先に立った。
 そしてその代わりにしたといえば、部屋でゴロゴロとマンガを読んだぐらいで、気づけばあっという間に時間が過ぎただけだ。自分ながらに言われたことはやるべきだったし、守るつもりのない約束ならしなければよかったと反省した。少なくともムダな時間を過ごしたという後悔はなかったはずだ。
 約束を反故して過ごしても落ち着かず、単に消費されるだけの時間になってしまったのだから。
「一事が万事、成功の元は細部に宿る。おろそかにして良いことなど何もないの。そうして楽な方へ流されて行って、気づいたときには、自分の首を絞めている。そりゃねスミレぐらいの子どもに、完璧を求めるのは酷だとは思うよ。私だってこれまでどれほどできてきたかわからないし。年寄りの経験を赤ん坊にそのまま引き継ぐことができれば、世の中はもっとマシになるんだろうが。神がそうしなかったのは、古びた経験が新しい挑戦への足枷にもなるからかな。恐れを知らない若者が、時に思いきって、これまでタブーとされてきた新しいことに挑戦して、未来を切り開いてきた。予定調和と、日和見では、そんな勇気を削ぐことにもなる。バランスがとれているんでしょうね」
 カズさんは、一般論を言いながら、スミレに奮起を促している。何故に自分がスミレの前に現れて、多くの事を伝えようとしてるのか。赤ん坊に引き継ぐことはできなくても、未来ある子どもに託すことはできる。
 古くはそれを祖父や、祖母が担ってきた。学校では先生が直接的ではなくとも、想いを込めてきた。画一的な教育が推奨され、老人は排除され、個性よりも同じ考えをもつことが最善とする教育のもとで、権力者に都合の良い被支配階級を大量生産してきた結果が、今の世界だった。


昨日、今日、未来22

2024-03-03 18:06:07 | 連続小説

「わたしはどうすればいいの。ひとりじゃ、なんにもできないよ」
「そうねえ、みんなそう思ってるでしょ。だから何もしない。そして何も変わらない、、 自分の世界なのにね。変えようと思えば変えられるのにね、、 」カズさんはそう言った。
 自分の世界だと言われても随分と極端過ぎて、全てを受け入れることができない。誰かの見た目が若くなったり、年不相応に成長したりなんてことは、これまで体験したこともなければ、聞いたこともない。
「そうね、体験していないのも、聞いていないのも、みんなスミレが主体としてのことだからね。それ以外の人たちには、それ以外の世界があるんだから」
「そうなんだろうけど、、 カズさんは、どうしてそうやって、わたしに伝えようとするの?」
「それはね、、 」 おやじさんが代弁しようとする。「、、 それは、スミレちゃん、君が望んだからなんだとしか、言いようがないんだ」
 結局そこに行きついてしまう。自分が望んだと言われても、肯定も、納得もできない。自分の望んだとおりに世界が動けば誰も苦労しない。事実なっていない。そんなことができるのは神様ぐらいのものではないか。
 カズさんは目を閉じて澄ましている。スミレがそう考えるのも当然だといった面持ちだ。
「腑に落ちないのも無理はないけどね。人は唯一無二なんだよ。スミレはスミレであり、それ以外の誰者でもない。それはつまり神と同じなんじゃない」
 またまたカズさんは、とんでもないことを言い出した。
 人が神と同じなら、この世は神だらけで、神だけが存在している。では普段、自分達が祈りを捧げているのは誰なのだ。それが隣のおばちゃんであったり、おじちゃんでも変わらなくなってしまう。
「それは概念が違うんだよ」と、おやじさんが口を挟んできた。
 なにかこれまでの飄々として表情ではなく、厳格な物言いに変わってきた。例えば祖父とか、師匠とか、そういった人生の酸いも甘いも知り尽くした人が言っているように聞こえた。
「それも概念ね。神と言う言葉はスミレにイメージしやすくするために使っただけで、従来の定義とは別のところにあると考えて。アナタを理解できるのはアナタだけで、アナタを信じられるのもアナタだけ。アナタが理解すればそれは全て真実であるし、アナタが信じればそれは全て可能になる、、 なんて言われてもピンと来ないでしょうけどね。なにもアナタを説得するつもりはないのよ。そうね、いくらなんでもね。ただ、スミレがそれを信じるようになれば、少しは生きやすいように変わるんじゃないかしらね。少しはね、、 」
 信ずれば実現できる世の中を、誰も信じないから実現できていない。自分の人生なのに誰かが何とかしているのだろうと、他人事になっている。カズさんはそう言いたげだった。
「わたしが望んだから、カズさん達と出会えたとして、わたしが望まなかった場合、ふたりはどうなっていたのかしら? だって、カズさんの言う通りなら、みんなの人生がわたしのために有る訳じゃないでしょ?」
 そこがスミレには釈然としない。その人たちはスミレに人生を問うたりしない。ましてや都合よく若返ったり、もとに戻ったりもだ。
「そうねえ、スミレだってお友だちを介して人を紹介されたり、クラスで一緒になったから知り合ったり、それに知らない人と不意に出会うことだってあるでしょ。そんなとき、いちいちその人がなぜ自分と出会ったのかなんて考えないでしょ?」
 人生には影響を与える人が何人かは現れるものだ。それは例えば、学校の先生、クラブの顧問、歴史の偉人、芸術家でも、アーティストでも。心を震わす言葉を与えてもらい、人生の分岐点になったりする。
 なぜ自分の前に現れたのかとは疑問を呈さない。理屈ではわかるが、それにしても今の状況に当てはめようとするには無理がある。
「刺激が強すぎるのもよくないものでね。印象には残るけど、その分、警戒心もわきやすい。自然な状態で相手の心に入り込める方がいいけれど、スミレはもうその段階じゃないでしょ?」
 乾いた心に染み込ませる言葉は、多少浮わついていても効果がある。我が道を得たりと気持ちだけが先走り、得てしてそんな時は言葉に惑わされて失敗してしまうものだ。
「それでいて本当に大切な人との出会いに、人は時として鈍かったりする。素直になれない自分が、そのチャンスを遠ざけてしまう。多くの場合、そうなる方が多い。それは恋愛についても同じことがいえる、、 ねえスミレは恋したことあるの?」
 恋愛と言われてスミレはドキッとした。自分はまだ異性を好きになったことがない。
 アキちゃんは、ユータのことが好きでスミレに相談してきた。その時にスミレは誰が好きと聴かれて、ただ黙って場の雰囲気を壊さないようにするためだけに、隣の中学生のマサト君と答えた。
 別に好きでもなんでもなく、その人しか思い浮かばなかっただけだ。好きな異性がいないと変に思われるとか、わたしが教えたんだから、あなたも教えてくれるよねといった、通過儀式的な囲われ方に反発することができなかっただけだ。それなのにアキちゃんは、年上を好きになるなんて、しっかり者のスミレらしいねと言った。
 スミレは自分がまわりから、そう見られていることに愕然もした。取って付けた言葉が自分らしいと言われ、それがしっかり者とか称賛に値するなどあり得ない。
「誰にだって自我はあるし、個性を押し付けられることに反発したり、でもねそれも全部、、 やっぱり、自分なのよ」
 それ以前に、その場を取り繕うために、親友に適当な人を好きだと言ってしまう自分もイヤだった。そしてもっと言えば、スミレがそうなってしまう一番の要因が、好きな人を自分の狭いコミュニティから選ぼうとする視野狭窄な心理にあった。
 それがホントに好きな人が近くにいただけなのか、この中ならこの人がいいという消去法からなるものなのか、それを自分に相応しい人と誤認識しているようで、自分にはしっくりとしなかった。
「身近にいるひとに好意を寄せるのはごく普通な行動で、例えばそこに恋敵がいれば否が応にも希少性が高まってしまう。今手に入れないと自分のモノにはならないと不安に駆られるからね。スミレはそんな集団心理に巻き込まれるのを恐れているんでしょうけど、、 」
 何かこれまでにない視点から指摘を受けてスミレはドキリとした。自分がその輪に入って同じ人を取り合ったりする競合を無意識に避るために、興味のない振りをしているのだ。物欲しそうな自分を誰にも晒したくない気持ちを認めたくないがために。
「、、 とはいえ実際に広い世の中から探しだそうとすれば、それ相応の労力と時間を伴い、あまたの人の中から最も愛せるひとりと出逢うのは、まさに砂漠でダイヤを位の確率でしょうね。労力にかける返礼を、実際より大きく見積もってしまうもので、あとから落ち着いて考えれば、果たしてそこまでの価値があったのかって、、 それで本人が満足ならば回りが口を挟むことではないでしょ。それに、それほど時間をかけているあいだに、なにか正解のポイントか軌道修正することもあるからね」
 ここでも、自分がどこで折り合いをつけなければならない。現状を受け入れるのか、自分の選択に満足できるのか、そこが問われていた。どちらが正解だとは誰も決められないのだ。誰か別のひとを満足させるために自分が生きているわけじゃないのだから。
 まったく世の中はわからないことだらけだと、スミレは嘆いた。
「そうね。上を見ればきりがないし、下を見ても同じこと。最良の決断をしたとしても、あとで失敗だったと後悔することだってある。永遠に求め続けるか、これが最適の判断だと自分を信じることができるか。誰もがその判断をしかねている」
 これもまた当たりハズレがあるということだ。人生すべてにおいて何が出るかわからない。置かれた環境を呪うより、生かされた奇跡に感謝すべきと言われている。
「失敗を成功に変えるのも自分次第なのよ。何でも他人任せにしていれば、何時だって誰もが被害者になれる。今の自分の境遇を愛せた者は、それだけでも幸せになれると、スミレは信じられる?」
 確かに自分の身に降りかかるすべての事象を、避けて生きていけるはずはない。 どうしたって困難に立ち向かう必要性もあるだろう。それが自分の選んだ先に発生した場合に、どのようにして乗り越えるのか。それを受けて境遇を愛せと言われても、すぐにその境地に達することは難しいだろう。
「そりゃ、カズさん、いまのスミレちゃんにそれを求めちゃ酷ってものですよ。カズさんの時代にはそれこそ親が決めた相手や、権力者の利権のために見も知らないところに嫁がされるなんてのが当たり前で、誰もがそうであり、選択肢は限られていたはずです。この時代の自由な恋愛が可能な人たちに同じように考ろといってもアタマがついてきませんよ」
 カズさんは寂しそうな顔をした、時おり見せるその表情は、嫌なことを思い出しているのか、自分の思いが伝わらないからなのか。それだけでなく、最も深淵な問題を嘆いているようにもみえる。
 この流れでいくと、果たして自由な恋愛が正解なのかも怪しくなってきた。好きに選べるからこそ何も選べない、いっそ誰かに決めてもらった方が楽であると言い出しそうだ。
「そこが選択のジレンマなんでしょうね。それでいて感情が大きく左右される局面は人間を虜にしてしまう。好きになって付き合って結婚してという概念と、結婚して初めて知り合ってから愛を育んでいく概念。この世界には二分の婚姻のあり方がある。どちらが正解なんてことはない。それで自分が幸せかどうかは本人が決めることだからね」
 恋愛だとか、結婚感とか、まだずいぶん先の話しであるはずなに、また本質的な部分のみを語られて、スミレとしてはたまったものではない。
「カズさんはそれでしあわせだったの?」スミレの問いは、カズさんが結婚していて、自由恋愛ではない前提で訊いている。
「おっと、だいぶ時間を過ぎてしまったようです。ワタシはそろそろ失礼しますよ」
 おやじさんはそう言って、部屋を出ていってしまった。なんだか二人に気をつかって退場したようにもみえる。
 急な別れにスミレはもうおやじさんに会うことはないのだと知った。あのおいしかった食事を思いだし生つばを飲み込む。
 キジタさんも同様に突然現れて、スミレに大切なことを教えてくれた人たちは、突然姿を消していく。それが自分のためだけでよいのかわからなくなってしまう。そしてカズさんも。
「私たちも出ようか」カズさんは別の扉を開いて出ていってしまった。急いでスミレもあとに続く。
「わたしは幸せだったよ」カズさんはそう言った。
 外に出ると見慣れた風景に戻っていた。スミレたちが出てきた建物は雑居ビルで、階段を降りると駅前の通りは帰宅を急ぐ人で賑わっていた。
 その言葉を聞いてスミレは少し安心した。散々いろいろな人生訓を聞かされて、その本人がただ辛い人生だったなら、この先になんの希望も持てなくなってしまう。
 カズさんはすっかりもとのおばあちゃんに戻っていた。からだを動かすのにも難儀してるようで、しかめっ面をしている。スミレも小学生の姿だ。身も心もスッキリとして、からだが軽くなった気がした。
 子どもが無意味に元気なのは、明日のことをなにも心配しなくてもよく、昨日のことを後悔することないからなのかもしれない。
「なにがどう幸せとは具体的に言えないけど、自分を信じて、自分で決めてここまで生きてきた。失敗したことも多くあったけど、それで成長できた。何処までで十分とかは、自分で決めればいいだけだからね。わたしは十分やってきたと言い切れる」
 スミレは自分が同じようにできるのか今は不安しかない。誰もそんな自信を持って生きているはずはない。日々を生きるのが精一杯か、まだ先のことだと嵩をくくっている。
 これほど多くの情報量を一気にされても何から手をつけていいかわからないし、わかったとしても何から手をつけていいか、まさにお手上げ状態だ。
 アタマを抱え込むスミレが先に歩いていき、あとに残るカズさんは遠くをぼんやりと眺め、夕日に染まるその表情は苦悩を映し出していく。