private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

昨日、今日、未来21

2024-02-18 17:37:17 | 連続小説

 隣の席の子同士が言い争いを続けている。お互いに自分の言い分を相手に認めさせようと、独りよがりな主張をやめようとしない。
 それは端から第三者として見ているからそう見えるだけで、当人達にとっては、自分が正しいと信じている意見を受け入れない相手に、教えてあげようという優しさが、やがて何度も言ってもわかってもらえないイラだたしさに変わっていく。
 お互いの意見は間違っていないし、大筋では同じ方向性であるのに、ふたりには別の主張に聞こえているかのように反発を繰り返している。少なくともスミレにはそう聞こえる。
 そういったボタンの掛け違いは、話している内容の争点にズレであったり、好き嫌いや、こう聞こえた、聞こえないなど多岐に及んでいる。
 一度ずれた会話はその主題を主張し合うより、いつしか相手を言い負かしたい、相手に言い負けたくないという趣旨に変わってしまっている。
 そんな子どもがするような言い争いが、大人の世界でも変わりなく繰り広げられている。まわりは争いを止めようともせず、どちらの言い分が自分に都合よいかを判断して、どっちに乗るか反るかを判断している。
 自分たちの有益を優先するだけで、他人のことなどこれっぽっちも考慮されてない。
「それがこの世界です。すべてを愛せればいいんですがね。個別ではなくすべてを。そしてすべての事象を受け入れられれば。そうすれば争うこともなくなるでしょう。だが人はそこまで寛容ではなく、それだけの許容も持ちあわせていないんです」
 そんなことを言われても、スミレには信じがたかった。何かを愛すことが人の争いを導いているならば、ひとは救いどころのない。孤独に生きるしかなくなってしまうではないか。
 カズさんは、おやじさんとの明確な役割分担でもあるかのようにそこで口を開いた。それはスミレに教鞭でもとる学校の先生のようだった。
「おやじさんの言うことをすぐに理解するのは難しいわよね。あなたは自分のまわりで、自分の理解の範疇でないことが起きると、どうにかしてそれを自分の理解の範囲内に収めようとするでしょ、、 ムリしてね、、 そうして人との対立を避け、自分の本心を殺していく。でもね、これも、、 そうね、スミレが乗り越えなきゃいけない壁だと思って」
 スミレにもわかっていた。常にそれに押し潰されないように抗っていた。遊ぼうって連絡をしても、友達から返事が来なかったこと。クラスのグループ分けで、一緒のグループになろうねって言われたのに、最後まで声をかけられなかったこと。先生に授業中、頑張ってるなって、みんなの前で声をかけられたのに、期末にもらった通知表は、それほど変化がなかったこと。そんな幼い頃に経験した過去のわだかまりが浮かんでくる。
 すべて自分の理解の範疇を越えていた。そんな時、どうしてそうなのかの折り合いをつけるために、自分の納得する理由をひたすら探した。
 そうでなければ自分のどこが悪いのかと追いつめてしまう。理由を探してもそれが正解なんて保証はどこにもないのに、それが正解でなければならないと決めつけていた。
 もし自分がそういう行動を取ったとき、それはきっとこういう理由があり、だから仕方がなかったのだと納得いく理由がなければ許しがたがった。いつしかそれは他人に転嫁されていく。
「スミレは自分をそんなに追い込まなくてもいいんだけど、まわりを自分の理論だけで決めつけてしまうのも止めたほうがいいんじゃない。自分中心すぎると世界が小さくなちゃうからね」
 世界は自分のモノで、自分次第で大きくも、小さくもなるのだ。
「もしアキちゃんが変なおばあちゃんにひきづり回されて、色んな世界に行っていたからって、アイドル雑誌を一緒に読もうと約束してたのに、行けなかった言い訳にされても信じるわけない。そんないいわけをされたら逆に頭にきちゃうね」
 カズさんは、ちょっとムッとした。”変なおばあちゃん”が気になったのだろう。こんな稀な例えをするのもどうかと躊躇したスミレだったが、一番いい例えであるはずだ。
「そうでしょう。スミレ。人それぞれに都合はあるものなの。それを自分だけの論理にはめ込もうとしたって無理が生じるだけなんだから、、 」
 カズさんの論理に丸め込まれそうで、釈然としないスミレだった。カズさんを立てようと気を遣ったつもりも、余計な言葉が影響してか、辛辣な言葉を浴びせられる。
「じゃあこう考えたらどう? 世界では今も色んなことが起きているでしょう。心温まるようなエピソードも、信じられないような悲惨な出来事も。スミレが何したって、何の影響も及ぼさない彼方での出来事は仕方ないと切り捨てられて、すぐ身近に起きたことは、理由付けがないと収まらない。すべては自分の範疇を越えた出来事なのにね」
 自分ですべてを解決しようだなんて、おこがましいにも程があるのだ。誰もそれほど自分を気にしていないし、自分が影響を与えているわけでもない。
「それなのに、誰もが自分が主役にでもなった気分になって、これ知ってる人、天才みたいな文句であおってるでしょ。それを認識できている自分を売り込みたいだけの、自己顕示欲の発散になっているだけなのにね。スミレも彼らと変わらないんじゃないの」
 そこまで言わなくてもとスミレも口を歪ませる。それはカズさんが、そこまで思い込まなくていいと、エールを送ってくれているのはわかっている。
「みんな誰かと違う何かになりたい。それはいいんだけど、方法が誰かの足を引っ張るとか、誰かより優れていることを誇示することで達成できると勘違いしてしまう。そんなことより、誰かの役に立つことを少しでもできたら、スミレの世界は彩り豊かになるでしょうね」
 難しくないことだ。誰かの役に立てて、感謝されれば自分も嬉しいし次への意欲につながっていく。そんな単純な循環ができない。
「これでおやじさんが言いたかった答えにつながったんだね」カズさんがうなずいた。
 おやじさんが続ける「それができたとしても、日常化していくと別の刺激が目についてくる。もっと簡単に、もっと早く、もっと大量に手に入れようとする。そして善行と同じように、悪行も人に高揚感を与える。それがやられたら、やりかえせの循環をも増幅してしまう」
 そうであれば、ひとは永遠に成長できはしないではないか。例え多くの経験を次の世代がそのまま引き継げたとしても、悪い循環まで引き継がれれば事態は悪化するばかりになる。
「そうね、それに、ひとはなぜかやらない理由を探したがる。何かを変えるのは大変な労力がかかるし、変えない方が楽だからね。変えないための労力は惜しみなく注ぐのに、その方がかえってムダな労力を割いていると実感できない。新しいことを成し遂げるには多大な犠牲も伴うけど、乗り越えた先には、これまでの経験で得られなかった新たな体験が間違いなく待っている」
 スミレはそこでひとつの疑問がわいた。変えるにしても、変えないにしても、労力をかけた分だけの見返りが、実の有るものであったかを保証するモノではない。
 変化を阻止したり、変革を起こしたことで満足することと、そうなった現実が良い社会かどうかは別のはずだ。
 カズさんが舌打ちをしたように見えた。おやじさんは腕を組んでうなづいた。
「そう、それが対立という構図の悪いところなんだ。わたしも彼と対立せずに、共に高まればよかったんだ。お互いに良いところ、悪いところを認め合い、補えあえば、つまらないイガミ合いにエネルギーをつかうこともなかったのかな。わからないけれど、、 」
 おやじさんはそう前置きして「、、 彼がもし、ワタシへの対抗心をエネルギーに代えて、今の仕事で成功したならば、それも間違った方法ではないのかもねえ」そう言った。
 確かにそういった事例はこの世界に事欠かない。変化うんぬんより憎しみを動機にすることで成功するならば、それが正解となり、かけた労力も報われるはずだ。
 カズさんは、ニヤリとイヤな笑いをした「何を持って成功と呼ぶかは、人それぞれだけどね」そんなふうに納得しかけたスミレを、再び迷宮に舞い戻すような言い方をする。
 おやじさんが調理人になって失敗したわけでもなく、彼が航空プロジェクトの一員で成功したのかは、本人以外はわからないのだ。
 スミレはハッとした。なんだかおやじさんを、敗者であるような前提で話してしまっていた。
「ごめんなさい。わたし、決めつけたような、、 」
 おやじさんは、やさしい顔で首を横に振った。
 自分が望んでいる世界にスミレは生きているとカズさんに言われた。そうであれば自分の思い通りになっていいはずなのにそうではない。でもこれが自分の望んだ世界であり、未来になっていくと言われている。
 それならば、スミレを含めてひとりひとりがすべきことは、ひとつしかないはずだ。
「そうなんだけどね。そう、うまくはいかないからね。それに、人にできることは限られているから」
 次の子どもたちに経験者の知識が伝わらないように、いまのままではカズさんの人生の経験はスミレには引き継がれないのだ。
 辺りは夕暮れにつつまれていった。家に帰らなければ母親が心配する時間だ。それでもスミレは帰れない。もはや景色は変わりすぎて、ここがどこなのかもわからない。そしてなぜか帰らなくても大丈夫な気がしている。
 スミレの時代の時の流れは止まったままであるはずだから。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿