private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over27.31

2020-05-23 12:13:39 | 連続小説

 ふたりで学校のまわりをぐるりと一周した。運動場からはクラブ活動の生徒の声が届く、校舎からはブラスバンド部の管楽器の音色がこぼれてくるし、こりゃやっぱり校庭に入るのは難しそうだ。
 おれなんか陸上のヤツらと顔を合わせば、退部以来顔も出したことがないのに、いまさらなんだって言われるだろうし、顧問の先生にとっちゃもっとも現れてほしくない厄介者だから、煙たがれること必至。
 朝比奈はそんなことおかまいなしに、観光でもしているように興味深々で闊歩している。おれなんか部活の練習で、学校の周りをランニングするなんてイヤになるほどやってきた、、、 ほんとうにイヤだったんだから。
「思ったより広いね学校って。一周するのにこんなにかかるなんて思わなかった。こういう視点から校舎を見ることもなかったから、そりゃホシノみたいに毎日何周も走るのは遠慮しときたいけど」
 今日、公園走ったのとはわけがちがうしな。たしかに朝比奈からは体育系の香りはしないけど、なんでもそつなくやれそうな気がすし、勝負したら負けそうな気がする。そういう存在感を醸し出す雰囲気って大会なんかでは大切なんだ。
「そう、なの。わたしは初めてだからめずらしいだけなんだけど、そりゃ来る日も来る日も息切らしながら何度も見たい景色ではないな。なんだかさ、昔のままの格子アミになってるところ、コンクリの壁が歪んでいるところ、新しくスチールで目隠しのフェンスになっているとこもあって混沌ぐあいがすごいな。どういう意図をもってこの状況になりえたのか、この外壁の補修経歴があれば見てみたいぐらい」
 どんな意図があってこういった外観になったのであろうが、毎日、毎日苦痛とともに見てきた風景には何の思い入れも持てなかった。むしろ、ああまだここか、とかまたここかとか距離を測る場所でしかなくなっている。それがおれの人生にも反映されているって言われているようだ。
「そういう感じかたが自然に出てくるのって成長なのか… あっプールがある」
 緑色のスチール柵に覆われた中から、水を弾く音や、ラストーと声がとどく。水泳部が練習してるんだ。夏だしな、ここ走るときだけは楽しみっだったと、埋もれた記憶がよみがえってきた。柵とコンクリート隙間が、少しあたまをさげると目線の位置にきて、中の様子が伺えたんだ、、、 コイケ先輩スタイルよかったな、、、
「ハハッ、よかったね。いい想い出もあったみたいで。水泳部、もうすぐ練習終わりそうだし、ココにしようか。涼むのにも丁度いい」
 プールで、丁度いい、ここで、なにするんの、まさか、おれとふたりでプール遊びを楽しみたいとか、水着ないしなあ、もしかしてハダカのままでとか、それでそのあと、あんなことやこんなこと、、、 ああ、こういうときだけ思考のスピードが速くなる。
「そうね、明日のイメージを高めながら涼をとるってとこかな。この展開は予想してなかったから、今日は水着持ってない。よってホシノの妄想は成立しない」
 ハワワっ。昨日は野球グランドでまさかの上半身水着ドライブで悩殺されたし、今日も図書館の公園でショートパンツとノースリーブで刺激的だったが、まさかの学校のプールっていうシチュエーションは予定になかったか、、、 あたりまえ。
 朝比奈はコンクリの壁に背を持たせかけ、遠い街並みを見ていた。キラキラと太陽を反射する窓ガラスや瓦、鉄のフレームなんかが視線に入るたびに目をかしめさせた。光の強度も夏休み前よりは鈍っているようだ。夏休みがもうすぐ終わろうとしている。
 プール、子どものときよく行ったな。小学生なんか夏休み中は、近くの区民プールまで自転車こいでほとんど毎日行っていた。子供が多すぎたから30分で出ないといけなかったからあっというまで甲羅干しするまもなかった。
 それでもプールのあとに近所の駄菓子屋で飲んだチェリオの味は格別だった。あのとき以上のうまい飲み物はあれから味わったことがないし、あのころのおれは、それが生きてるって一番実感するときだった、、、 もちろんそれだけでは終わらない。
「それがよくある夏休み想い出だね。ドラマや映画、ひとの話から知りえる世界だな、わたしにとってはね。学校のプールには入ったけど、市営プールとか行ったことはなかった。家の方針でねスクールに通ってたんだけど、そういった細部な差異が大きくなってから共感を得られない要因になるなんて親は思わない」
 朝比奈のスクール水着は、さぞかし見ごたえがあるだろうなと思いつつ、家の方針、、、 これは深く訊いちゃいけないところだ。星野家でも独自のルールがあるように、朝比奈家にもその家系を維持するためのルールはあるはずだ、、、 もっと厳格な。
「そういった家にまつわる課題は多かれ少なかれ誰にだってあるもんで、それを全員横並びで語ろうとすると、様々な偏見がうまれながらも経済的には効率はよくなる。だからね、この世は平均という名の強制的な基準が存在し、そこにはまらない人間を排除することで基準を保っていく社会的抑圧が発生する。それはみんな自分の弱さからくる不安に立ち向かえないから。むかしから呪いとか、祟りとかと言葉を変えて自分たちの不義の果てを正当化して、無効化してきた文化が根付いている」
 それはプールのことだけに限らず、朝比奈の家の方針や、生活環境、はたまたにじみ出る外観美から、身にふりかかったこれまでの理不尽があるんだろう。親に抑圧されていたのか、その親も含めた家族の血筋に縛られていたのか。
「おかげでね、ひねくれた性格になって、こんな話をする友達もいなかった。ホシノはね、その点、役立ってるよ、大いに。その動機がどこからきているのは詮索しないけど、よけいなこと言わずに話を聞く姿勢は心地よかったりする。言葉にすることで新しい発見もある」
 あっ、やっぱりソコ、、、 
「だってね、わたしたちっていろいろいるから面白くて、発見があり、自己成長につながる。自分と同じ考えの取り巻きのなかで生きていくのは簡単だけど、そこで得られる刺激は皆無にひとしいでしょ。ちがう反応が自分の凝り固まった方向性を広げてくれる。すべてを迎合する必要ない、自分のリテラシーで取捨選択をすること自体が大切なんだけどね。それが極端だとわたしみたいにまわりに誰もいなくなってしまう」
 その点はおれもあまり大差ないな。部活をやめてから特にそう感じるようになってきた。共通の話題がなくなれば話すこともなくなり、話のレベルが自分にあわなければ同意もできない。それは相手にとっても同じだ。
 風がはこぶ空気の匂いが夕方の香りになってくるにつれ、プールから届く水のハネる音も少なくなってきた。今日の練習も終りに近づいているんだなんて思っていると、あがるぞーとか声が聞こえて、ひとが移動していく気配が伝わってきて静けさが残った。
 朝比奈はこちらを向いて時期来たりとばかりにニヤリとした。どこから潜り込むつもりなのか、こうなると、映画のワンシーンのようで、敵の秘密基地に忍び込もうとする屈強なる女スパイ、、、 女スパイって、いい響きだ、、、 とアシを引っ張る役立たずな助手、もしくは物語を悪い方向へ誘導する事件の依頼人、、、 だいたいアクション映画って、ひとりから数人のおバカさんのせいで主人公が窮地に向かって物語が進んでいくんだよな。
 その気になって壁を背にして周囲を気にしながら横歩きしていると、そのほうが目立つなと、一刀両断された。朝比奈はスタスタと一定の歩幅を保ってきれいに歩いていく。おれはしょんぼりしながらそのあとを続く、、、 まさに役立たず、、、
 最後の部員が更衣室をあとにするのを見届け、朝比奈はフェンスをよじ登り始めた。あっそこから行くんだと感心してると、潜り込むって感じがするでしょと涼しい顔で言われた。結構、楽しんでいるようだ。
 身軽にひらりとプールサイドに降り立つ姿は、スパイというより女忍者、くノ一っていうほうがピッタリくる。おれはそのあとをモタモタと追いかけ、なんとかフェンスをまたいで向こう側に飛び降りた。その際、前のめりになり、したたかぶつけたヒザを擦りむいた。
「ホシノぉ、ホントに陸上部だったのか。運動神経悪くないか」
 それは、いろいろな条件のもと、そうなったわけで、その大半は良いとこ見せようとするカッコ付けなんだけど、ご多分にもれず腰のせいにしておいた。
「ほんとお、まあいいけどさ」
 朝比奈はどうでもいいおれの言い訳を、サラリとながして、片手をのばしてバランスを取りながら片方のシューズとソックスを脱ぎ、そしてもう一方も同じようにしてはだしになり、プールサイドに腰かけて足を水につけた。
 おれはプールに転落するのをおそれ、プールとは反対側に向いて腰を下ろし、はだしになってからクルリと向きをかえて足をたらした。夏の日を受けてぬるくなった水でもそれなりに気持ちはよかった。それは隣に朝比奈がバシャバシャと足をバタつかせ、水をかいでいるからだろう。
 プールからは塩素の匂いが太陽の熱とともに昇華してくる。プールサイドの灼けたコンクリートからは水が蒸発する臭いが漂うし、レーンを仕切るプラスチックからも化学物質が気化してるだろう。それもみんな、朝比奈の皮脂が焼けるあまい香りがすべて打ち消していく。
「いいね、こういうの。夏っぽい。いままでの人生の風景にはなかった絵だ。いい記憶になって残りそう」
 キラキラと光る水面に、朝比奈の桜貝のような足のツメが揺らいでいた。海外の絵葉書を見ているようだ、、、 海外の絵葉書、見たことないけど、、、 おれはいい記憶に残すより写真にとって残しておきたいと、さもしい考えしかうかばない。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿