父島の中央山は雲の中だった 2018年03月30日 | 旅行記 父島の最高峰、中央山(319m)へ行ったら小雨混じりの雲の中、360°五里霧中。 昨年母島の最高峰、乳房山(463m)へ行った時も同様に雲の中で何も見えず。 日頃の行いが悪いのか、運が悪いのか、離島の山の天気には振られっぱなし。
雨のコペペ海岸 2018年03月29日 | 旅行記 このところ毎日雨です、雨に加えて台風3号が接近中、家のリフォーム中の暇つぶしに来たんだから別にいいけれど。 暇中の暇つぶしに雨のコペペ海岸へ行ってみた、モモタマナの紅葉と雨に煙るコペペ海岸。 観光案内によれば、ギルバート諸島出身の先住民「コペペ」が利用したことから、とあるがギルバート諸島って何処でしたかな?
新亀入荷・・・・? 2018年03月28日 | 旅行記 父島の街中で、最初見たときは何の意味か分かりませんでした、今年初物の亀肉が入荷しましたというお知らせでした。 小笠原では、アオウミガメの保護に力を入れている一方、毎年決まった数のアオウミガメを捕獲して島内へ出荷しているのです。 アオウミガメ名前の由来、亀肉の脂肪の色が青いからだそうですk。
父島へ移動します 2018年03月26日 | 旅行記 赤いモモタマナの落葉が敷き詰められたシュロのトンネル、こんな風景を見に小笠原諸島へ。 明日からは曇り時々雨の天気が続きそうだ、帰る頃には台風3号接近だって、どうしましょう。
母島のワイビーチ 2018年03月25日 | 旅行記 小笠原諸島は海底火山が隆起して出来た島なので、白砂青松の砂浜はほとんど有りません。 母島南端にあるワイビーチ、ホワイトビーチがなまたものらしいが小笠原の歴史を感ずる。
天気晴朗なれど波高し 2018年03月23日 | 旅行記 3月22日おがさわら丸はこんな天気の中を父島へ向けて竹芝桟橋を出港しました。 船酔いには強いこの暇人も、一晩中上下左右前後から揺さぶり続けられると、朝まで一睡も できませんでした。今でも陸揺れして頭がぼーっとしています。 吹き付けるしぶきに日が当たり、虹が出たりしていました。
東京の方が寒かった 2018年03月21日 | 旅行記 今日の新千歳空港、快晴の空に着陸する飛行機と夕張岳、午前はあったか日和であった。 夕方の竹芝桟橋とおがさわら丸、雨は降るし風は強いし東京の方が はるかに寒かった。 今はホテルから投稿、明日11時発で父島・母島へ向かいます、あちらは暖かいだろう。
竜飛崎は雨だった 2016年07月30日 | 旅行記 暇つぶしに何処へ行ってきたかと言うと、津軽半島の竜飛崎でした。 43年前暇人が冬の竜飛崎に居た時は、連日風速30mの吹雪が吹き荒れていたが、43年後の竜飛崎も雨だった。 昔は「鳥も通わぬ竜飛崎」といって、崖下に細々とした集落が有るだけの最果ての地であったが、今では観光バスが横ずけしている。 青函トンネル工事最盛期には、此処に事務所やら宿舎がギッシリと建ち並んでいたが、今はトンネル関係・自衛隊・観光施設が有るだけ。 竜飛漁港と帯島、この風景は今も昔も変わらない、天気が良ければ松前の白神岬が目の前に見える。 青函隧道今別入口とH5系北海道新幹線、生きている間に新幹線に乗ってトンネルを通るとは、43年は長いのか短いのか。
母島の北港へ行ってみた 2016年04月19日 | 旅行記 母島の宿の女の子が「北港へ行く途中に色々あって面白いよ」と言うが、宿の有る集落から 往復20kmを歩く気にはならないので、宿の車を借りて行ってきた。まずは有名な六本指地蔵へ。 これが六本指地蔵、杖を握る右手の指が五本ある・・・・・? 次は探照灯基地跡、日本軍の探照灯と電源車だというが、ほとんど残骸。 東港探照灯下砲台、これも15cmアームストロング砲か、砲身が破壊されていた。 下の方にさらに2門有るというが、踏み跡が見当たらないのであきらめる。 砂糖キビ圧搾機のローラーを積み重ねた校門が残る学校跡、 昭和19年(1944年)本土疎開だから、72年経つとガジュマルの木もこうなる。 戦前は500人近い集落の有った北港地区も、今は朽ち果てた桟橋を残すのみで何も無い。 有るのはNTTが設置した衛星電話ボックスだけ。