今朝も辺り一面雪景色の厳しい寒さの当地です。春の訪れはまだまだ遠いようです。
朝刊を読んでいる時、心が動く記事に目が止まりました。
大切にしたい言葉-------「咲いた花見て喜ぶならば、咲かせた根元の恩を知れ」
愛知県岡崎市の荒井山九品院というお寺の石碑に刻まれているそうです。
「卒業の季節がやってきました。花となって旅立つ子供達を今まで支えてくれた親、兄妹
友人、先生、地域の人達、、、知らない所でそっと見守ってくれた人達の多くの愛を忘れず、
自分の花を綺麗に咲かせて下さい。花なら実を結ばせ、新たな環境の中で芽を出し、時には
他の花の為に根の役割も果たし、、、そして次に花が咲く時は、大きくなくてもいい、美しくなく
てもいい、感謝しながら、それぞれの花を見せてほしい・・・」 と、綴られて、、、
優しい春風を感じるような気持ちになれました。
<冠句> 胸を打つ 生きるヒントのコラム欄
紙を折る 苦節に耐えて飛翔の日
波高し 諦めるなと師の𠮟声
夢に会う 日々勤しみて待つ気運
夢の彩 個性を活かし発光す
寒く晴れ 選んだ道は厳しくも
自分へのエールのような冠句を並べてみました。 咲かせたい夢の花が幾つかあります。
中々思うように進まないギターに、時に「もうこんなもんでいいか」と、逃げ腰になったり、
ギターを見るのも嫌な日があります。2、3日置いて、またやる気を出して復習を繰り返し
2日の発表会の曲を練習していますが、きちんと習った基礎を活かし、綺麗なコード音が
出せるように、やっぱり変なところで妥協せず、進めていきたいと思っています。
冠句も難しい趣味ですが、今まで学んだ事を自分の糧にして、心を読み、感ずる心を詠み
作句、選句ともに、私の感性で究めていきたいなぁと思います。
花のように 生きて・・・
思いつくままの、今日のブログスタイルになりました。
お立ち寄りいただきまして、有難うございます。
新聞のコラムから引用された「咲いた花見て喜ぶならば、咲かせた根本の恩を知れ」。
お寺の石碑に書いてあるとのことですがともすれば忘れがちなことですね。心したいものです。
今回の冠句
・胸を打つ 生きるヒントのコラム欄
まさにその通りですね。ポエムさんが真剣に新聞に目を通しておられる様子が分かります。
・波高し 諦めるなと師の叱声
ある程度の水準までは達することが出来ますが、その上のレベルへとにとなるとなかなか難しく、つい嫌になって投げ出したくなるものですです、ここで止めるなと叱ってくれる人がいると言うことは有り難いですね。
いろいろな趣味で一段高いレベルを目指しておられるポエムさんならではの句ですね。
楽しみながら継続してくださいね。
今も雪が降り続き、あすはきっと私の車は乗れないと思います。蕗の薹を見つけながら歩くのも、もう少し先かなと思う今年の寒さに、過ごし難さを感じます。
日頃忘れている事を気付かせてもらえる記事に出会うと嬉しいです。今朝も「感謝」という事の大切さを、あらためて感じました。何だかんだと言いながら、好きな事ができる今の環境を有り難く思わねばと、欲張りな自分に言い聞かせております。
中々思うように弾けないギターですが、身丈にあった楽しみ方をすればよいと思いつ、悔しい気持ちが(~_~;)
持ち上がって困ります。次のステップにあがるのは、簡単な事ではありませんが、コツコツ練習を重ねるしか無いので、まずは大きな失敗なく本番の演奏が出来るよう頑張ります。
嬉しいコメントを頂き、感謝しています。(^^♪
昨日、孫とスキーです。やや背丈が小さ目ですが、今どんどんと伸びています。危なかった妹(は学年でも大きい方)にもすっかり差をつけてご満悦です。でも気にしていますね。
その話題を孫が持ち出しリフトの上で、「こんなんはDNAから来るんやね、体格やら性格は」 と。その前に私から「背丈がどうとかその人がこういう事が得意、こんな事をやりたがっているなど、人間はみんな父母が生んでくれて、そういう事は神さんが与えてくれたものだから、どういうことがいいとか悪いとか思う必要はないんだよ。それぞれが与えていただいたことを大事にして行けばいい」と。
神が与えてくれたと諭したことをその小5の孫が「DNA」と言いましたが、どうやら私の日頃思っていることを理解はしたようです。理解と今後どうかはまだ幼いので・・・・。
自分に当てはめると 「波高し 諦めるなと師の叱声」 「夢に会う 日々勤しみて待つ気運」 ではないかと特に好きな句でした。 経験からも、現状からも がその背景です。私の座右の銘 「趣味・興味プラス挑戦」は今も大事にしています。
振り返りの機会を与えて頂きました。ギターはPCの横にあります。挑戦しています。今までの基礎で何が出来るかが今の楽しみです。ありがとうございます。Kenny
男の子二人はスキー、スノーボードと息子に付いてスイスイと! 孫娘はどうやら私のDNAを受け継いだようです。
(全く滑れない私、家でギターや冠句を楽しみ留守番しています)
Kennyさんの孫ちゃんたち、かっこよくお爺ちゃんと一緒にウインタースポーツを楽しまれていいですね。
お互いに座右の銘を心の軸にして、楽しみを追いかけましょうね。ちなみに私の座右の銘は「青春とは心の若さである」☆ギターの右手奏法、今迷いが出て
いつもコメントありがとうございます。
それぞれいろんな局面から己を鼓舞してくれている感じですね。
寒く晴れ 選んだ道は厳しくも
中でも、この句が一番好きです。
「寒く晴れ」という冠題に、俳句の「冬日和」「冬晴」というコトバとはまたニュアンスが違うイメージを私は思い浮かべます。寒気が蒼空を衝き、わが身が引き締まる大気の中での晴れ渡った天空という感じです。冬日和はもうすこし柔らかみが加わる感じ・・・・
そんなイメージなので、七五と響き合っていく気がするのです。個人的な受け止め方ですが。
選んだ道の行く先に、暖かい晴れ渡った包み込まれる空があるのでしょうね。
「咲いた花見て喜ぶならば、咲かせた根元の恩を知れ」
味わい深い章句です。心に止めておきたい言葉が加わりました。
ありがとうございます。
関心を抱いて、ネットで少し調べてみました。
多くの方々がこの章句に感銘を受けておられるようです。
岡崎市の荒井山九品院
清浄山極楽寺九品院 浄土宗のお寺ですね。
http://www.katch.ne.jp/~ryonen/kuhonin_frame.htm
ホームページの「散策」の項目に石碑写真が載っていました。
また、「ぐだぐだ月記」というブログ
http://gudagudagekki.blog.so-net.ne.jp/2011-09-30
こちらのサイトにも石碑写真が載っています。
既にお調べになっていてご存じかもしれませんが、序でに・・・・。
だけど、どなたがこの章句を創られたのか、見出すことは出来ませんでした。
「お寺だより」というブログ記事に、ヒントになることが記されていたのですが、
http://huat.jp/syouganji
残念ながらその確定がネット検索ではできませんでした。
このお寺・九品院に関連して、おもしろい伝承があるようです。
愛知県西三河地方の怪異「幽霊が遺した片袖」
http://npn.co.jp/article/detail/40391816/
ネット検索していて、冒頭の引用と同種の思いを記されているネット記事に出会いました。
「長福寺」さんというサイトの「4月の言葉」(平成21年4月1日)という記事です。
http://chofukuji.net/monthly/index090401.html
一つの章句に、人の思いは重なり響き合っていくのですね。
関心が波紋を広げていきました。ご参考まで。
早速、お寺の散策で石碑を見まして、改めて意味を深めています。
つい忘れがちな事を引き戻してくれる新聞記事などに目を留めて、当たり前のことが当たり前で無いことに気付けて嬉しかったです。
冠題「寒く晴れ」、私の思いと同じ評を愉有人さんより頂きました。いつも有難うございます。
色々な背景が広がる冠句ですが、5・7・5が互いに引き合って、それが更に一つの世界に繋がっていく素敵な短詩文芸に出会えた事を幸せに思います。
これからも頑張っていきたいと思います。