【書評180-1】の冒頭で示したように、本書は、精神に異常をきたして刑事犯罪を犯した障碍者を取り巻く現状と問題意識を提起するルポルタージュなので、その構成は、
医療観察法病棟(以下、病棟)の中でどのような治療が行われの現場レポートに始まり、そこに里中氏は何を問題視したのか?から説き起こす。
私を含め、大多数の人には縁遠い世界なので、できるだけ簡潔に要約を試みてみる。
* 病棟での治療は「急性期」「回復期」「社会復帰期」に3区分される。2020年4月1日現在、全国の入院対象者は789名(男595,女194)。
入院対象者の殆どは犯行の記憶も不確かで、静かな個室で落ち着かせ、自分が精神の病い(=統合失調症)だと認識していないので「あなたは病気だ」と認識させること
から始まるのが<急性期>。次に、なぜ自分は犯行に至ったのか、幼児体験・家庭&学校環境・職場環境等を思い起こさせ、遠因を考えさせるのが<回復期>。
次は、社会生活に馴染めるように外出・買い物・外泊経験などをしながら、受け入れ病院或いは作業所、住居等を手配するのが<社会復帰期>。
◆ 様々な人とのインタヴューや現場観察から著者が得た疑問点は以下のとおり。 ← 青字は筆者(小李)の見解。
1.「回復期」に行われる(セルフモニタリング)(内省プログラム)の有効性に疑義を投げる当事者も少なくない。本人には過酷で辛い時間を過ごすわけで、
社会復帰に回帰できる人ばかりでなく、自殺者も 1.6% 居る(70人/4,373人:2020.12月末)。← これを致し方ないと解釈することもできる。
2.病棟は国家予算で運営されるので、一定数の病床が埋まらないと運用が困難になりかねない。従い、基準とされる収容期間を超えた入院者の維持も発生する。
ここから民間病院並みに『医療観察法病棟がビジネス化している』との批判も起きている。← これは、退院後の受け入れ先・生活基盤確立が難しい対象者の存在も影響。
⇒ 1968年、国連のWHOから派遣されたクラーク博士は長期収容の弊害を予告しており、博士の予言は55年後の今、現実の姿となっている。
3.長期収容の現実から、病棟が国家による治安維持を図る『予防拘禁』『保安処分』の手段と化している、と批判する団体もある。この論者は『収容ではなく、
精神障害発生の背景にある社会の歪みを是正すべきだ』との議論に傾くことが多い。←産業革命以来、 ストレスの満ちる現代社会が精神弱者を産むのは不可避では?
4.病棟が<治安維持を図る『予防拘禁』『保安処分』の手段と化している>との批判に対し、治安維持は刑法の目的であるから、刑法に触法精神障害者の処遇に関する
条項を盛り込むべきだ、との意見がある(井原医師:独協医科大学埼玉医療センター教授)。
「現実に医療観察法第1条は社会復帰を目的と掲げており、治安維持が目的とは定めていない。刑法及び刑事訴訟法に公共の福祉と個人の基本的人権保障を二本立てに
規定し、更には、一般の精神病院で暴力行為を働いた障碍者を予防拘禁している現状は裁判なき逮捕&無期拘禁だから刑法で処遇すべき」と井原医師。
◇ 最後に著者は、被害者遺族の「知る権利」について述べている。病棟に収容された対象者(=遺族にとっては加害者)の動静を何も教えてもらえず、収容が終了したあとも
情報開示されなかった状況に不満を抱いた男性が北海道法務局に直訴。時の上川法務大臣が通達を出した結果、以下の情報開示が実現した(2018年6月)。
・氏名 ・処遇の段階(上記の3期) ・(収容終了後の)担当保護観察所の名称と所在地域 ・収容中の専門家接触回数
★ 加害者が正常に社会復帰できたとしても遺族の悲しみ・無念さは消えない。せめて当人が障害を克服してくれることで癒しの一助とするしか遺族には残されていない。
著者は治療に携わる人々の前向きな姿勢に励まされたと言い、「加害者支援と被害者支援の一体化」が急務だと述べる。同時に、自分は治療対象者の心の内側にどこまで迫れたのか?と反省もしている。 私は、ここまで読み、真摯で好ましい著者の見習うべき姿勢に敬服した。
(あとがき)で≪ 一般に精神障害に寛解はあっても完治しない ≫の俗説を著者はインタヴュー結果から否定する。それは著者自らが若い頃、軽い鬱病状態になった経験も踏まえており、精神障碍者を隔離排除する政府並びに日本社会の姿勢を静かに糾弾している。
以上、まことに辛い内容だが、死刑存続論議に繋がる「罪と罰」の原点と併せ、精神障害と罰の在り方を考えるには時宜を得た良書だ。 < 了 >
医療観察法病棟(以下、病棟)の中でどのような治療が行われの現場レポートに始まり、そこに里中氏は何を問題視したのか?から説き起こす。
私を含め、大多数の人には縁遠い世界なので、できるだけ簡潔に要約を試みてみる。
* 病棟での治療は「急性期」「回復期」「社会復帰期」に3区分される。2020年4月1日現在、全国の入院対象者は789名(男595,女194)。
入院対象者の殆どは犯行の記憶も不確かで、静かな個室で落ち着かせ、自分が精神の病い(=統合失調症)だと認識していないので「あなたは病気だ」と認識させること
から始まるのが<急性期>。次に、なぜ自分は犯行に至ったのか、幼児体験・家庭&学校環境・職場環境等を思い起こさせ、遠因を考えさせるのが<回復期>。
次は、社会生活に馴染めるように外出・買い物・外泊経験などをしながら、受け入れ病院或いは作業所、住居等を手配するのが<社会復帰期>。
◆ 様々な人とのインタヴューや現場観察から著者が得た疑問点は以下のとおり。 ← 青字は筆者(小李)の見解。
1.「回復期」に行われる(セルフモニタリング)(内省プログラム)の有効性に疑義を投げる当事者も少なくない。本人には過酷で辛い時間を過ごすわけで、
社会復帰に回帰できる人ばかりでなく、自殺者も 1.6% 居る(70人/4,373人:2020.12月末)。← これを致し方ないと解釈することもできる。
2.病棟は国家予算で運営されるので、一定数の病床が埋まらないと運用が困難になりかねない。従い、基準とされる収容期間を超えた入院者の維持も発生する。
ここから民間病院並みに『医療観察法病棟がビジネス化している』との批判も起きている。← これは、退院後の受け入れ先・生活基盤確立が難しい対象者の存在も影響。
⇒ 1968年、国連のWHOから派遣されたクラーク博士は長期収容の弊害を予告しており、博士の予言は55年後の今、現実の姿となっている。
3.長期収容の現実から、病棟が国家による治安維持を図る『予防拘禁』『保安処分』の手段と化している、と批判する団体もある。この論者は『収容ではなく、
精神障害発生の背景にある社会の歪みを是正すべきだ』との議論に傾くことが多い。←産業革命以来、 ストレスの満ちる現代社会が精神弱者を産むのは不可避では?
4.病棟が<治安維持を図る『予防拘禁』『保安処分』の手段と化している>との批判に対し、治安維持は刑法の目的であるから、刑法に触法精神障害者の処遇に関する
条項を盛り込むべきだ、との意見がある(井原医師:独協医科大学埼玉医療センター教授)。
「現実に医療観察法第1条は社会復帰を目的と掲げており、治安維持が目的とは定めていない。刑法及び刑事訴訟法に公共の福祉と個人の基本的人権保障を二本立てに
規定し、更には、一般の精神病院で暴力行為を働いた障碍者を予防拘禁している現状は裁判なき逮捕&無期拘禁だから刑法で処遇すべき」と井原医師。
◇ 最後に著者は、被害者遺族の「知る権利」について述べている。病棟に収容された対象者(=遺族にとっては加害者)の動静を何も教えてもらえず、収容が終了したあとも
情報開示されなかった状況に不満を抱いた男性が北海道法務局に直訴。時の上川法務大臣が通達を出した結果、以下の情報開示が実現した(2018年6月)。
・氏名 ・処遇の段階(上記の3期) ・(収容終了後の)担当保護観察所の名称と所在地域 ・収容中の専門家接触回数
★ 加害者が正常に社会復帰できたとしても遺族の悲しみ・無念さは消えない。せめて当人が障害を克服してくれることで癒しの一助とするしか遺族には残されていない。
著者は治療に携わる人々の前向きな姿勢に励まされたと言い、「加害者支援と被害者支援の一体化」が急務だと述べる。同時に、自分は治療対象者の心の内側にどこまで迫れたのか?と反省もしている。 私は、ここまで読み、真摯で好ましい著者の見習うべき姿勢に敬服した。
(あとがき)で≪ 一般に精神障害に寛解はあっても完治しない ≫の俗説を著者はインタヴュー結果から否定する。それは著者自らが若い頃、軽い鬱病状態になった経験も踏まえており、精神障碍者を隔離排除する政府並びに日本社会の姿勢を静かに糾弾している。
以上、まことに辛い内容だが、死刑存続論議に繋がる「罪と罰」の原点と併せ、精神障害と罰の在り方を考えるには時宜を得た良書だ。 < 了 >