アーモーおやじ

テニスのときによく出る「アーモー」。これが口癖で、なんでも首を突っ込んでは失敗を繰り返しているじいさんの日記です。

ハマチがイワシとタチウオに

2018-09-28 21:38:17 | Weblog
一匹880円のハマチがスーパーSATAKEで売っていると聞き、すぐに買いに行きました。ハマチの解体、張り切ってさばくぞと気合いが入りました。
ところが、スーパーは、台風に備えて買いだめのお客さんで大混雑。残念ながら目当てのハマチはありませんでした。

仕方がないので、小さいイワシ2パックとタチウオ一匹を購入。

イワシは三枚におろし、つぶしてつみれ汁、タチウオは同じく三枚におろして刺身と骨は骨せんべいに。定番メニューです。
50匹ほどの小さいイワシはさばくのに時間がかかりましたが、鮮度がいいせいか、皮もすぐにむけて、いい練習ができました。
タチウオは皮をはぐ必要はないし、背骨以外の骨もとらなくていいので、さばくのは簡単です。刺身とは歯ごたえがあって美味しいですよ。


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彼岸花の開花と私の勘違い

2018-09-24 17:25:20 | Weblog



今年も家の前を流れる安威川の土手に、彼岸花が一列に並んで咲きました。
彼岸の入りから咲き始め、昨日、ほぼ満開になりました。

彼岸花は、キクと同じような短日植物(日照時間が短くなると花芽をつける植物)と思っていましたが、最低気温が20℃くらいになると開花する植物で、日照時間は関係しないようです。

以前、彼岸花は日本のどこでも彼岸の同じ時期に開花する花と聞いたことがあります。短日植物だからこの説は正しいと思ってましたが、これは間違いのようです。
大阪では、ほぼ彼岸のころに咲くのでそう信じてましたが、お彼岸のころに咲かないところもあるのでしょう。それを実感したいなあ。
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楽しかったです

2018-09-16 05:45:45 | Weblog
健太と麻美さんの結婚式、楽しかったなあ。

友だちや同僚とワイワイ盛り上がろう、という健太と麻美さんの希望通りで、笑顔いっぱいの式でした。



私たち夫婦を、忙しい中、いろんなところに連れて行ってくれたこと、いろんな体験をさせてくれたことを感謝しています、と紹介してくれましたが、感謝されるのはおかしいですよ。私たち夫婦が楽しんでいたからですよ。

親族で、笑い過ぎていたのは、兄雄一郎と私の弟の裕行夫婦でした。雄一郎は、健太に素晴らしい友と同僚たくさんいることが嬉しかったようです。裕行夫婦は、自分たちも埼玉で教師の仕事をしていて、同僚の結婚式にも呼ばれるらしいのですが、管理職や上司がいない式は有り得ないと驚き、写真と動画を撮りまくってました。

私は式の前、最後の挨拶が気になって緊張していましたが、式の盛り上がりが緊張を忘れさせてくれました。
かみさんに、受け狙いの挨拶していいかな、と聞いたところ、「絶対にアカン」と、ホームベース直前でアウトのダメ出し。残念⁉️

笑顔いっぱいの結婚式、いい思い出ができました!

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健太、結婚おめでとう

2018-09-14 17:41:19 | Weblog
(日記代わりのブログなので書かせてもらいます)
 
おめでとう! 健太、麻美さん

 明日、2018年9月15日、次男の健太の結婚式です。
 親として経験する、息子の初めての結婚式です。別に心の準備はいらないのですが、新郎の父親としてどんな顔で式に出席したらいいだろうかなど、今ごろになって少しドキドキしています。
 数か月前まではまだ先と思っていて、気楽に考えていました。出席者もかなり多いようなので、ダンスでも踊ってやろうか、三男康平のギターで歌おうかなどと冗談を言っていましたが、明日となると緊張してきました。どうしよう・・・・・・・・・

 健太は小学校、中学校、高校、大学すべて母親と同じで、さらに教職という仕事も同じです。顔も母親に似ていますが、性格は似ていません。しっかりしています(かみさんに怒られるなあ)。

 健太は3人兄弟の次男。4歳上の兄雄一郎はおもしろく、健太をいじめたりしません。世間の親が「お兄ちゃんだから我慢しなさい」という場面を見たり聞いたりしますが、私は雄一郎にそんなことを言った記憶がありません。いつも兄は健太に調子をあわせてくれました。そのせいか、健太は兄がやることを何でもやりたがりました。
 3歳ぐらいのとき、兄の耳鼻科通いによくついてきて、兄が一人で座って治療されているのを見ていた健太は、自分が中耳炎になったときです。私が健太を抱いて椅子に座り、治療を受けようとしました。鼓膜の切開もあるので、痛がって暴れるのを抑えておくためです。すると、健太が「一人で、一人で」と大声で叫びながら暴れだし、治療ができなくなりました。よくよく聞いてみると「一人で座って耳を診てもらう」とのこと。「ためしに一人で座らせてみたら」と耳鼻科の先生から言われ、一人で座らせるとすぐにおとなしくなり、じっと我慢して泣くこともなく治療を受けました。案の定、鼓膜切開はありましたが、一瞬、電気が走ったようにぴくっと動いたものの、3歳の健太は耐えました(目からは涙がポロリ)。痛くて後悔したはずですが、耐えました。看護師さんたちにも褒められて、勝ち誇った顔でにっこり。兄と同じだぞ、と言っているようでした。
 ただ、兄が優しいのにつけこんで、調子に乗ると兄にも偉そうなふるまいをすることがありました。そのため「兄弟では兄が一番偉く、健太と康平は兄の言うことをしっかり聞くこと」という我が家のルールを決めたこともあります。健太は、そのルールをしっかりと守ってくれたと思います。

 学校でもまじめで、先生にも一目置かれていました。近所の人や学校の父母にも人気があり、「一家に一人、健太くん」と言われるほど、何でも気が付く便利な子どもで有名でした。

 そんなしっかりものの健太も、生まれてすぐ手術をした三男康平が長く入院していたときにはご飯が食べられなくなったり、康平が腸閉塞で入院したときには学校へもいけなくなったりしました。とても繊細な心をもっています。
 これも3歳のときです。私と長男と健太の3人で、「となりのトトロ」と「火垂るの墓」を吹田のメイシアターに見に行ったときです。「火垂るの墓」が始まってすぐ怖くなり、私に抱き着いて見られなくなりました。結局,外で映画が終わるまで待ったことがあります(兄は悲惨な場面も一人で必死に見続けていました)。小学校の低学年までは、戦争=恐ろしいこと、というイメージがインプットされ、テレビや写真で戦争に関係ある内容が紹介されると、異常に怖がりました。
 また、同じころ初めて新潟のスキー場に雪遊びに行ったとき、半端ない大雪に遭遇してしまい、雪が怖くなり、大阪でも雪が顔につくと嫌がってました。
 親として何でも経験させてやろうとしたのですが、あまり小さいうちから刺激の強い映画や大雪はいけません。幼い記憶はトラウマになること知りました。親として失格です。

 小学校ではミニバス、ソフトボール、中学校では野球に夢中になりました。
男女関係なく、保育園、小学校、中学校、大学といい友達に恵まれ、職場でもいい同僚と過ごしています。

 長男と三男は芸大に進み、性格は文科系ですが、健太は違います。ソフトボール、野球、スキーにスノボ、車もバイクも大好きなアウトドア系です。私たち夫婦に似たところがあります。私をスキーやスノボに誘ってくれるし、夫婦の誕生日や自分のボーナスが出たときなどは、「なんかいるものないか」と聞いてくれます。そのときのプレゼントはずいぶんたまりました。

 麻美さんとは今年の1月から一緒に暮らしているので、今さら言うことはありません。親としては仲良くしてくれることが一番です。これからは、私たち夫婦のことはあまり気にかけないでいいですよ。たまに一緒に飲めるだけで幸せですよ。

これから先、いろんなことがあると思いますが、経験した分だけ仲良くなれます。幸せになれます。いつも笑顔で明るい家庭を築いてください。私たち夫婦のような(笑い)
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腰が痛い、そうだ京都に行こう

2018-09-12 17:16:15 | Weblog
私が一番好きな京都の景色は、坂下から見る八坂の塔(法観寺の五重の塔)。
中学校の修学旅行で初めて見てから、しばらく間をあけると、突然見に行きたくなることがあります。

実は、このところ忙しく動き回っていたせいで、腰痛が激しく、大好きなテニスも休んでいます。ストレスがたまって、たまって、、、

やっと少し動けるようになりました。
すると、もう京都へ行きたくて、我慢ができなくなりました。まだ、完治はしていないのに、自分でリハビリと決めこんで、夫婦で出かけました。
阪急電車で河原町まで行き、そこから八坂の塔までの歩きです。


台風21号の影響で外国人観光客が極端に少なく、清水寺近辺以外は久しぶりに静かな京都でした。

そのあと、大谷本廟の墓地を抜けて、泉涌寺、東福寺をゆっくり散策。

紅葉シーズンは大混雑の場所ですが、ここも台風の影響と雨模様の天気のため、落ち着いて散策できました。
そのあとは伏見稲荷まで歩き、銭湯に入って帰る予定でしたが、腰のことを考えて予定変更、鴨川に沿って河原町まで歩きました(腰のことを考えるなら東福寺から電車に乗るのがベストかな?)。

京都を歩いて感じたのは、着物や浴衣を着て歩く若い人が多いことと、民泊に改修した家が増えたことです。
貸衣装の和服で歩くのがブームのようです。

八坂の塔の横を通っているとき、浴衣のすそが短くて、やや不自然な感じになっている女の子とすれ違いました。
その瞬間、「すそが短い」と怒った声。声の主は私たちの後ろを歩いていた年配の女性でした。
驚いて振り向くと、声の女性が浴衣の女の子に近寄って浴衣の調整を始めました。あいにく、身長の高い女の子で、直すことが出来ません。女性は貸衣装屋さんに怒りをあらわにしてました。大阪のおばちゃんのようないいお節介を目にしました。


途中で何回か電気が走ったような腰痛が出ましたが、その度に歩きの速さを緩めて、なんとか帰宅できました。

かみさんの携帯に内蔵の歩数計で、歩いた距離は16キロ、歩いた時間は4時間10分、歩数は26000歩だったそうです。

実は、台風21号の復旧ボランティアに行きたいのですが、腰の回復を待たないと無理です。北海道にも行きたいです。
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「大阪に帰れ」と台風21号

2018-09-05 05:51:42 | Weblog
おふくろが手術して、夕方帰宅したあと、安静にしなくてはならないので、大阪には帰れないと思っていた。が、突然おふくろが
「大阪に帰れ」
ときつい一言。
台風が次の日、大阪を直撃するからである。
直前まで無理して帰るなって言っていたのに、急展開な発言に、ただただ驚いた。

術後、体に支障がなかったことと、おふくろの妹の叔母が心配して世話をしにきてくれたことから、おふくろも大阪を心配してくれたようだ。
そこから大あわてで、晩ごはんも食べずに実家を出て、東京駅午後8時発の新幹線で大阪に戻った。台風にひとりで立ち向かう覚悟をしていたかみさんもビックリである。

次の日、朝から台風に備えて、植木鉢を片付けたり、門扉を固定したりした。
台風20号のときは上郡だったので、備えを厳重にして家を出たが、今回は吹田にいるのでやや甘めの備えだった、、しかし、これは間違いだった。
台風の中心が接近してきた午後2時ごろから、猛烈な風で、家は揺れるわ、駐車場の屋根は波打つわ、道路を自販機のゴミ箱が中の空き缶を撒き散らして走るわ、今まで経験したことのない風で、命にかかわる状態とはこのことだと感じた。裏の安威川も、高潮の影響で堤防の半分くらいまで水位が上がっている。
親戚とはラインで連絡を取り合ったが、大阪市内や伊丹、豊中は停電が長く続いていた。
ダンス仲間からは、植木鉢が飛んできてガラスが割れた、恐怖で目眩がおさまらないという知らせももらった。

風がおさまってきた午後5時。後片付けで近所の人が出てきていて、お互いに安否確認をした。
街路のサルスベリの木は傾き、地震で耐えた瓦が落ちた家もあった。ただ、瓦が落ちた家の方は、家が壊れたことではなく、落ちた瓦で被害が出なかったことが何よりと言っていた。私も風の中で駐車場の屋根をロープでくくり付けたが、屋根が飛び被害が出ることが、一番怖かった。

緑道では、低木が倒れ、大枝も落ちて人も自転車も通れない。


かみさんもひとりだったら大変だったと言っている。
おふくろの「大阪に帰れ」の一言、ありがたかった。

さあ、緑道の掃除だ。負けてたまるか‼️




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おふくろと

2018-09-03 20:22:44 | Weblog
おふくろの脚の付け根のリンパ腺が腫れて、ひとりで埼玉に帰省している。
お盆の帰省のとき、気になったので、病院に行こうと言ったのだが、大丈夫だと言ってほおっていたのがいけなかった。
そして今日、埼玉医大病院で腫れているリンパ腺を切除する手術をした。
日帰り手術で、1時間で終わったが、86歳にはこたえたと思う。

おふくろと二人で過ごすのは、前回、糖尿病で倒れて以来である。そのとき、かなりしんどかった。病気が重く、仕事を休んでの看病だったからだ。
今回も覚悟しての帰省だったが、弱ってきたおふくろに対して、冷静に対応できるようになった。

齢とともに弱っていくのは当然のことなのに、おふくろだけには認めたくない気持ちが強く、何でこんなことをするのか、何で出来ないのかという苛立ちが前面に出てしまっていた。小さい男だ。

残された時間は少ないかもしれない。おふくろとの時間をゆっくりと過ごしていこう。

写真は手術前日に、二人で行った回転寿司。よく食べたなあ。

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