はいほー通信 短歌編

主に「題詠100首」参加を中心に、管理人中村が詠んだ短歌を掲載していきます。

一日一首

2012年08月03日 18時49分05秒 | 日詠短歌

2012/7/2(月)
   『鏡の国のアリス』が書かれたとき、アリス・プレザンス・リドルは十九歳だった。

  ひたひたと霧の寄せれば姿見のおもてにひとつ投げられる駒


7/3(火)
   冷房は、疲れる。

  ゆるゆると藍の締め木にかけられて搾りとられる月の油は


7/4(水)
   たぶてにも投げ越しつべき天の川隔てればかもあまたすべなき
   (石を投げれば向こう岸に届きそうなのに、まったく……)
        山上憶良

 鉄橋のいくつも架かる川の面を風がみだらに塗りかえていく


7/5(木)
   『鴎外・茂吉・杢太郎――「テエベス百門」の夕映え」(岡井隆)
   文人と言われた人たちの織りなし。

 積もるとも流れるのだというものもいずれは溶けて時の在処に


7/6(金)
   ADSLが故障した。すごく不安に思った自分が、嫌だ。

 電話機に張られる糸の片方をどうかささえてください 坂で


7/7(土)
   「七月七日に降る雨は、二人の涙『催涙雨』と呼ばれます」
   「こんな梅雨時に決めた天帝はいじわるですか」
   「旧暦の七月七日は今の八月ごろだったので、いじわるではありません」
   (『日本人の知らない日本語』(蛇蔵&海野凪子 メディアファクトリー)

 河の面に砂州の産まれるようなきず一夜の雨と風のなかから


7/8(日)
   化繊の浴衣、というのも暑そうに見えるが。

 左掌に ぱしん ぱしん と水は揺れヨーヨーのゴムよじれるばかり


一日一首

2012年07月25日 18時59分02秒 | 日詠短歌

2012/6/25(月)
   人間ドック終了。10日ぶりのビール。

 巻き袖の裾を伸ばして駅までの道に瑞々しく珠の花


6/26(火)
   短歌研究「蓮喰ひ人の日記」(黒瀬珂瀾)終了。好きな連載だった。

 さねさし相模の弧辺に満ち寄せるオデュッセウスの船 俺もまた


6/27(水)
   角川『短歌』7月号が、どこに行っても売り切れ。五軒目でやっと見つけた。

 マンボウの胸びれにつと掴まって三億世界の子に会いにゆく


6/28(木)
   せっかく闘いに乱入したのに、ヘラクレスに全く気づかれず踏みつぶされた。
   それが蟹座。

 やわらかな皺に寄せられ和鋏の楕円をくぐるあじさいの弁
 (弁=ひら)


6/29(金)
   笑ってよ君のために 笑ってよ僕のために
         (「道化師のソネット」さだまさし)

 夏服のふくらみのなか抱く鉢の ブーゲンビリア 群のむらさき


6/30(土)
   東京湾フェリー 久里浜から金谷まで四十分。

 のりしろを知らない人へ指をさす太平洋というシステムの


7/1(日)
   夏草に汽罐車の車輪来て止る
(山口誓子)

 透きとおる殻もろともに篠竹の葉先へ向かう児のかたつむり


一日一首

2012年07月18日 19時05分31秒 | 日詠短歌

2012/6/18(月)
   初めて、職場にクーラーを入れる。

 竹の柄の団扇ひわひわゆらめいて乳母車からこぼれる声を


6/19(火)
   台風来る。

 部屋なかの音のすべてを消すことの震えと軋みのみ聴くことの


6/20(水)
   さあ―― ごっこ遊びをしましょう
          (鏡の国のアリス)

 滅びよりもほろびの後の碑を建てるまなざしにこそ宿れ紅


6/21(木)
   「しゃべらん疲れ」というのも、あるのかもしれない。

 頬笑みの張りついたまま手の甲に浮く静脈であみだくじする


6/22(金)
   夏至も過ぎたのに、クーラーも入れているのに、何故か冬の続きのような心地が抜けない。

 せつなか 腕が無くとも抱きしめることは出来る、と言い切った人


6/23(土)
   映画『コクリコ坂から』をブルーレイで見る。父と母が出会ったころの、横浜。

 満開のシロツメクサに濡らされて煉瓦道から外れた靴は


6/24(日)
   『岡井隆全歌集』全四巻を読み終わる。二年かかったか。

 竹群に少し離れて立つ竹の少し曲がってすこししなって



一日一首

2012年07月13日 18時42分53秒 | 日詠短歌

2012/6/11(月)
   今年の梅雨は、律儀そうな感じがする。

 晴れときどき雨の歩道に の を描き蚯蚓三匹ひからびたまま


6/12(火)
   天候のせいにするのは、卑怯ではある。

 疎まれることなく終わるはずだった色鮮やかなままの傷なら


6/13(水)
   時いまだ来たらずといふ紅葉かな恋しさゆゑに火をな放ちそ
                       (『武悪のひとへ』水原紫苑)

 見ためより熱かったのか手洗いのアルコホールの教える傷に


6/14(木)
   前の梅畑が、そろそろ収穫のころか。

 喰らうため産むためだけに舞う蝶の雨上がりまた雨が降りだす


6/15(金)
   花言葉は「君がいて幸せ」 長寿も暗示するという。

 晴れあがった水たまりのなか紅のゼラニウム一鉢降って砕けて


6/16(土)
   おやまにあめが ふりました
   あとからあとから ふってきて
   ちょろちょろおがわが できました

   いたずらくまのこ かけてきて
   そうっとのぞいて みてました
   おさかないるかと みてました

   なんにもないと くまのこは
   おみずをひとくち のみました
   おててですくって のみました

 山あいの尾根におそらくこのときも熊は寂しく水を弾くか


6/17(日)
   実は『不思議の国のアリス』を通して読んだのは、初めてだ。

 穴はただそこここにあり穴があるそれだからこそいきものとよぶ


一日一首

2012年07月04日 19時35分40秒 | 日詠短歌

2012/6/4(月)
   月は、躁鬱の気を写すというが。

 風に揺れ月光はほら、ぬばたまの腐れた薔薇を摘む指のよう


6/5(火)
   仕方なく弁当派。日中は職場から出られないため。

 冷や飯を切り分けてゆく箸先にかかる力のような詰問


6/6(水)
   「茂吉の赤茄子嫌い」伝説は間違いだ、という話も。

 でもそうねたとえるのなら両指が裂いたトマトのにおいってイヤ


6/7(木)
   「それで?」「だから?」と聞こえるのは、正常な中年の証拠とか。

 ニセ・ダマシ・モドキの満ちる里山がただほんものなだけの私を


6/8(金)
   初夏の日射しは、すべてを貫く。

 ビル街の風が回ればくきやかに影を切りとる髪のひと房


6/9(土)
   友人と会う。生命保険会社の社員というのも、様々な人生を垣間見るらしい。

 霧雨の後の星ぞら液晶画面は素顔も写してくれず


6/10(日)
   明日からの君のほうが 僕は好きです おめでとう
           (『HAPPY BIRTHDAY』 さだまさし)

 雲間から光の帯はとおりすぎ赤い傘ひとつ登る坂道



一日一首

2012年06月28日 20時28分42秒 | 日詠短歌

2012/5/28(月)
   職場は線路脇。うるさくて窓を開けられない。

 目覚めると心臓に手を置いている 指は格子のようだ 起きよう


5/29(火)
   冷やしうどんの上にサラダ、とドレッシング。最近の定番。

 すりごまになって初めて胡麻の色知ってそれからふいの雨だれ


5/30(水)
   角川『短歌』6月号特集「挽歌」。ぬる湯に浸かりつつ、ゆっくり読む。

 閉じてまたとじても又も開く目の底に燃えさく檳榔子(ビンロウジ)の実


5/31(木)
   その歯は剣のごとく
   その牙は刃のごとき世類(たぐひ)あり
   彼らは貧しき者を地より呑み
   窮乏者(ともしきもの)を人の中より食らふ
           (『旧約聖書 箴言 第30章』)

 甲虫と湿る温気と伸びる手とこれ初夏(はつなつ)の土の中より


6/1(金)
   黄緑と橙の大洋ホエールズを、どれくらいの人が憶えているだろう?

 火にくべる文(ふみ)とくべない文を選りだんだん増えるみっつめの山


6/2(土)
   大学時代の友人達と横浜中華街へ。

 ひとりでは天動説に生きるしかないので仕舞う天金の本


6/3(日)
   紫陽花は半日で色づく。

 酔眼にはじける珠を胸に寄せオルテンシアは少女の姓ぞ



一日一首

2012年06月21日 19時19分18秒 | 日詠短歌

2012/5/21(月)
   その時は、もっと暗くなるのかと思っていたけれど。

 白詰草の花冠(かんむり)をかむらせてくれた手になりまた草を編む


5/22(火)
   ノリ メ タンゲレ (私に触れぬ)

 一瞬間陽を失うを喜ぶは帰ってくるという記憶から


5/23(水)
   Tシャツにニット帽というのは、やっぱり変だと思う。

 ペン尻を押しつづけては芯を撒く初夏窓からの風にあおられ


5/24(木)
   たとえばキャベツには、幾通りの料理法があるのだろう?

 夕映えの畦に摘まれたじゃがいもの花むらさきの形のままの


5/25(金)
   肉体的苦痛というのは、眠気覚ましにはあまり効果がないらしい。

 切れぎれに机の前で見る夢はいつもさめざめ泣いていたよな


5/26(土)
   起重機や馬吊り上ぐる春の舟
       (『うた日記』森鴎外)

 対岸に久里浜火力発電所おぼろめがけて竿の唸るを


5/27(日)
   とほき彼方の壁の上にはくれなゐの衣を着たるマリア・マグダレナ
     (『寒雲』斎藤茂吉)

 とりあえず赤は必要不可欠な祝いにもまた呪いにもはた


一日一首

2012年06月14日 19時13分45秒 | 日詠短歌

2012/5/14(月)

   London Bridge is broken down,
   Broken down, broken down.
   London Bridge is broken down,
   My fair lady.

 土の橋石橋鉄橋銀の橋あおのひかりを渡せこまどり


5/15(火)
   同僚の女の子が「結婚します」と。めでたいが寂しい、兄の心境か。

 雨は花 直ぐ細く降る一粒のひとつぶたちの巡る軌跡は


5/16(水)
   『半貴石』とは、貴石(宝石)よりも価値の低い石の意。

 月影に敗れる夜はジャスパーに写し取られた世界のなかへ


5/17(木)
   一気に初夏。扇風機を出す。

 公園に風ひとつ抜け母親の袖まくりから匂い立つかげ


5/18(金)
   これからの季節、ビール最初の一本は外国製のかるいやつ。

 紫陽花はつぼみのうちにあじさいのかたち整えつつ雨を待つ


5/19(土)
   I wanted the gold, and got it――
   Came out with a fortune last fall,――
   Yet somehow life’s not what I thought it,
   And somehow the gold isn’t all.

   俺は黄金を望み それを掘りあてた
   去年の秋 俺は大金持ちになったが
   なぜか人生は考えていたものとは違っていた
   なぜか黄金はつまらないものだった
        (「ユーコンの呪縛」ロバート・サービス(野田知佑 訳))

 笹舟を乗せた流れの在処からここまで離れ凌河滔々


5/20(日)
   地面で蟻が働いていることに今日、やっと気づいた。

 つまりそれはそんな役割ソーサーに置かれたままのシナモンの枝



一日一首

2012年06月07日 19時39分58秒 | 日詠短歌

2012/5/7(月)
   夜になると、シャツ一枚では肌寒いか。

 震えすらくきやかに影しろがねの月光焼けの代償として


5/8(火)
   五月からクール・ビズというのも、妙におかしい。

 左手でタイほどき抜く自由とは武装解除に似たやるせなさ


5/9(水)
   今夜も、戦闘機が五月蠅い。

 木香薔薇のにおいを数えおわるまできみが好きです全部嘘です


5/10(木)
   『竜巻注意』って言われたって、どうすりゃいいんだよ。

 さつきとつつじ見分けられずにいつのまにあなたのそばにいや本当に


5/11(金)
   意欲向上のための栄養素は、何だろうか。

 縁周で踊るだけかい当たらない(あてるつもりのない)拳など


5/12(土)
   涼しいのはありがたいことではあるが。

 ぬばたまの御影硯の淡墨のつばめプールを袈裟懸けにせよ


5/13(日)
   『魔法使いの夜』サウンドトラックを聴きながら、一日を過ごす。

 富士にもう白は似合わず長袖を仕舞い損ねている日曜日



一日一首

2012年05月25日 20時33分22秒 | 日詠短歌

2012/4/30(月)
   冬物を洗っては干し、仕舞っている。

 里山はいま虫の園 一億のいや一兆の視線が刺さる


5/1(火)
   狐の嫁入り、という表現は外国にもあるそうだが。

 降りしきる日照雨に傘をさすことの決まり悪さを問う花水木


5/2(水)
   傘をさすことは、実はあまり嫌いではない。

 ひょろ長く風に群れ咲くヴェロニカは「蒼の花子」の意味よと人が


5/3(木)
   北上の、現代詩歌文学館へ。

 白桜の弁を切りとり降りしきるあれはあのとき追い越した雨


5/4(金)
   結局、二日間とも雨だったけれど。

 川の茶はいのちの色か北上というはあまりに春爛漫の


5/5(土)
   快晴。木々の色が肌に焼き付くよう。

 みどりみどり緑湧き出る水ひかり一夜もあれば道はせばまる


5/6(日)
   千年生きるつもりで仕事をしなさい。明日死ぬつもりで仕事をしなさい。
   (シェーカー教団)

 「風がまた、」口をついたら戻らずに進みもせずに日が暮れていく