ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

無形遺産の喪失

2020-11-02 06:40:04 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題

「無形遺産の喪失」10月29日
 東京大教授佐々木司氏が、『IT弱者にも配慮を』という表題でコラムを書かれていました。その中で佐々木氏は、オンライン授業のシステムに、自分のメールアドレスを登録する作業に苦戦した経験を綴り、『ITに弱いことは前から分かっていたが、この時は大変心細く、「役立たず」とシステムから宣告された気分だった。ただ同時に思ったのは、もしかしたら自分と同じような経験をしている人が、他にもいるのではということだ』とその際の思いついたことを書かれていました。
 そして、『ITなどの技術は世界中で進歩していて、国際社会での生き残りがかかっているもで後れをとるわけにはいかない』としつつも、『急速な変化に追いつくのに人より時間がかかり、周りの助けが必要な人』がいるはずだと指摘なさっています。さらに、『(そうした人の)中にはITは弱いが、職場に不可欠の経験と実力を備えた人も少なくないかもしれない』と述べ、『本来実力のある人が、わずかな技術的障壁で活躍の場を奪われたり、気力を失ったりしないための工夫も忘れないでほしい』と書かれているのです。
 私は佐々木氏のコラムを読み、20年ほど昔のことを思い出してしまいました。当時、校長や教頭といった管理職からの希望降格制度が設けられました。私はそんな希望をする人がいるのかと疑問に思っていましたが、私の周囲でも降格希望者が出たのです。経験豊富で優秀な教頭でしたが、一般の教員に戻るというのです。
 その理由を訊いてみると、パソコンを使いこなせない、でした。学校は鍋蓋組織と言われるように、校長と教頭という2人だけが管理職であり、この中でも教頭一人に学校事務が集中するという構造になっていました。当時はまだ、十分には学校にパソコンが普及しておらず、一般の教員はパソコンの操作に不慣れでも職務に支障をきたすことは少なかったのですが、教頭はそうはいきませんでした。
 降格を希望した彼は、忙しい合間を縫って自腹でパソコン教室に通いましたが、なかなか習熟できず、教委や校長、または一般の教員から事務の遅れを指摘され催促されることが増え、それでも家族の生活を支えるために働き続ける必要があり、降格を選択せざるを得なかったのです。
 まさに佐々木氏が懸念している「本来実力のある人が、わずかな技術的障壁で活躍の場を奪われたり、気力を失ったり」した事態が発生したわけです。今、小学校ではプログラミング教育や英語教育などの指導が求められるようになっています。こうした新しい分野については苦手だけど、他の教科指導や学級経営、児童理解や学校運営などに優れた能力と経験を有する教員が、早期退職を選択することにより、その人のもつ貴重な知見、学校にとっての無形遺産が失われていく事態は杞憂ではありません。
 その防止策は十分に検討されているでしょうか。

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