「死ぬ気になれば何でもできる」
そんなふうに考えていた時期が俺にもありました(笑)
「死ぬ」という選択をするぐらいなら、どんなことでも怖くないだろう、というぐらいの話でしょうけどね。
それは、社会によりますね。
北朝鮮で、一般市民が、勇気さえあれば何でもできるかというとまず無理ですね。
勇気にやる気と能力を足しても無理ですね。
おそらくこれはマッチョイズムではないでしょうかね。
マッチョイズムは基本的に知識不足と想像力の欠如から来ていると考えられます。
個々の諸事情、社会問題が理解できていない。
偉大なるキム・ジョンウン最高指導者のご機嫌を損ねたら、一族郎党まるごと収容所行きですよ。
日本だって世間様に逆らったら大変なことになるわけですよね。
日本は若者(20代と30代前半)の死因ナンバーワンが自殺という国ですからね。
他にこんな国はないわけで、ま、本当に素晴らしい国ですよね。
日本の場合、個人の問題を社会のせいにしてはいけない風潮が非常に強いですね。
何でも社会のせいにはできないでしょうが、若者の死因ナンバーワンが自殺というのは、かなり大きな社会問題ですよね。
どれだけ不自由な社会なのかということでしょう。
「死ぬ気になれば何でもできる」どころか、「何もできない」から死ぬことを選択するんですよね。
しかし、なんでこんなに不自由なんですかね。この国。
この前の続きで、これも面白かったです。
Trilogy - Jad&Den Quintet
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日本国内では異常に大ヒットしているものの海外では酷評されまくりで既に台湾では一週間で上映終了したシン・ゴジラなんてまさに「死ぬ気になれば何でもできる」を全面的に肯定した映画ですよ。主人公が決死の思いで前線に立ってゴジラを倒す作戦を実行に移し見事ゴジラを凍結させるわけですので。
でもこれ主人公が政府高官で国家総動員法よろしく鉄道やコンクリートポンプ車を徴用することが出来る立場にあったからこそ成立した作戦です。私みたいな一民間人が死ぬ気になってもこんな作戦は到底実行不可能です。もっと言えば国家権力の言いなりになってゴジラの間近まで行き悲鳴一つ上げずにゴジラに潰されたコンクリートポンプ車の運転手達の犠牲があったことも忘れてはいけません。
でもってシン・ゴジラ観て「決死の思いでゴジラに立ち向かった矢口(主人公の名前)かっこいい」とか言っちゃう人達が大勢いるんですよこの国では。権力者が権力濫用して好き勝手やっただけということに気づかず、「死ぬ気になれば何でもできる」という迷信を真に受けているわけです。こういう「無邪気な」人達が大勢いるから若い人達を絶望させ自殺に追い込む日本社会の欠陥がいつまでも放置されるという事を見せつけられました。
ちなみに私はシン・ゴジラ観てスクリーンに靴投げつけたい衝動に駆られましたよ。
かなり薄気味悪いですよね。
ハリウッド映画でも特攻(kamikaze)はありますけど、あっちのは本人の意志によるものですからね。
日本のは「本人の意思であるかのように見せる」わけで、これはやってられないですよね。
“【右?】デモ隊をさりげなくDisる「シン・ゴジラ」!!”-優しい世界
ameblo.jp/khirose1944/entry-12203876289.html
安倍首相が演説で、「(自衛隊員らに)心から敬意を表そうではありませんか」と言うタイミングで大多数の自民党議員が立ち上がって拍手しましたけれど、なんだかシンクロしているように思えます。
繰り返し見たくならないし、新しいの(映画)見てもまったく新鮮さがないし。
最後は愛国心に頼らざるを得ない人々の一人かな。
※この爆破作戦は肝心のUFOには全く通用せず、爆破作戦でビルの最上部が吹き飛んだ直後にUFOの反撃でビルが全壊するので向こうの方が圧倒的に強いことがよくわかります。ちなみにこのUFOは日本政府が海底資源欲しさに引き揚げたもので、地球を征服し千年王国を作ると宣言しています。
守るのは国民の声明ではなくて国家の体制ということで。
すっかり太鼓持ち芸人の松本一志は大日本人という映画を作っていましたね。
松本人志のシン・ゴジラ評が的外れ過ぎて笑えます。劇中では日本政府のお偉いさんの会話ばかりでゴジラは自衛隊や在日米軍、突っ込みどころ満載の日米同盟&国家総動員法プロパガンダのための作戦の標的という扱いでゴジラが主役の映画には程遠いです。政府与党ばかりで野党が全く登場せず民間人は政府に言われるがまま情報提供したりゴジラの間近に行って潰されたりするだけなのでドキュメンタリーというより政府広報ですね。太鼓持ち芸人が褒めるだけのことはあります。