Do you really dream of jumping sheep?
(ども 火星人です。株は、やってないお)
Martian Official Weblog



というような話に何か意味があるのかという話ですね。
まあ、「日本」では意味があるようなんですが。

ファッションの話で考えると(ファッショじゃないよ)、ほんとに意味ないですよね。
素敵な服かどうかは、素敵かどうかであって流行っているかどうかとはほぼ別の話。
さらに、その人に似合っているかどうかは、本当に全く別物。関係ないと言っていいですね。

服というものは寒さをしのぐなどの役割が機能して、似合っていればいいわけですよね。あるいは、その服装で何かしらの自己主張をするとか。
主張することと「これ今流行っているんだよ」は正反対と言っていいわけで、結局「流行っている」ものを着たがるという事は何なのかと。
まるっきり「美人投票」ですよね。
せめて「流行っている理由」に何か良い事でもあればいいですけどね。
ファッションの場合は、大抵業界が流行しかけてるわけですからね。同じものを大量生産したほうが儲かるから。
「これ今流行っているんだよ」って、単に業界のまわしものなのか(笑)

ブランド物も似てますね。
ブランド物自体は、まあ質がいいものが多いし、センスも悪くないんですけど、ただブランド名がでかでかと入ったバッグなどが日本では売れたりするんですね。
あれは意味ないですよね。ただCHANELって書いていればいいってもんじゃないでしょ。センスも何もないですよね。

日本ではこの手のが通じてしまうんですよね。
流行に遅れたくないというタイプの人達がたくさんいるのだ。
正しいか正しくないか、良いか悪いか、そういうレベルまで「美人投票」やり出したら怖いですけど、すでに日本はそうなっているようですね。

「時代遅れ」という言葉もありますね。
これも厳密には意味がないんですが、例えば「ミソジニーは時代遅れ」と言うのは通じますよね(笑)
正確には、「ミソジニーは正しくない」んですが、100年前にはそんな感覚を持っている人はほとんどいなかったでしょうからね。

何が正しいか、何がいいものなのか、あるいはセンスがいいとはどういうことか、そういうものは結局流されずに自分で磨くしかないんですよね。

昨日のこれ。
テイラー・スウィフト 1ドル訴訟
「私は自分が人生や社会で恵まれていることは承知しています。また、このような裁判で自分を弁護するために必要な莫大な費用を負担できる能力においても、恵まれているということも認識しています」

「私の望みは、社会が耳を傾けるべき声を持っている人を助けることです。そのために、近い将来、性的暴行被害者の弁護を支援する複数の団体に寄付をしたいと思います」

この立派なコメント。
いや、あちらのセレブはだいたいスピーチするにしてもトレーナーがついていて、「正しい」コメントをするように鍛えられているしライターがいてもおかしくないんですが、これ、日本の与党の議員はこんなコメントできるやつ一人もいないでしょ。
なんですかね、わー国の惨状は。

ダリル・ハンナさんの誕生日なんです。
Blade Runner - I Think, Therefore I Am
I Think, Sebastian,Therefore I Am

Blade Runner - Deckard vs. Pris

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もしかしてそういうことなんだろうなと。
普通は「自分の主張は違うぞ」ということなんですけど、そうではなくてフェミニストが何を言っているのかわからないというのが多くのミソジニストの脳内何だろうと思うわけですね。

しかしその前に、最近 Talking Body が続いたので、今日はまず Talking Heads から。
Talking Heads - Born Under Punches
ティナ・ウェイマスさんの近くで、ギターに妙なことして謎の音を出しているのはエイドリアン・ブリューです。
"Remain in Light”のころ、ブライアン・イ―ノと一緒に参加してたんだね。

本題。
よくエマ・ワトソンが叩かれたりしますね。
セレブな男と付き合ったら叩かれ、露出度の高い写真が出たら叩かれ。
それぞれ「フェミのくせに」みたいなことで叩かれるんですが、全然「フェミのくせに」じゃないんですよね。
誰と付き合おうと自由だし、どんな格好をしようと自由なんですよね。そこが根本的にわかっていない。
「フェミはセレブな男と付き合わない」という謎な考え方がミソジニーにはあるんですね。
「セレブな男と付き合うのは男に頼ることだ」とかそんなふうに考えているのですかね。
そして「露出するのは男を喜ばせるためだ」などと思っているんでしょうね。
どんな格好をするかは、自分の自由意思だというこたんですよね、フェミニストは。
いや別にフェミニストじゃなくてもそれが当たり前ですけどね。

そりゃ、所謂「男性誌」でそのような写真があれば、それは男を喜ばせることが目的でしょうし(一応)、長年女性が(肌を)露出することや男性に対するアピールであると思われてきたでしょう。いや、まあ多くはそうだったんでしょう。
しかし、ミソジニストは、男がどう見るか、男がどう思うか、それだけだと思っていること。
「そんな恰好をしても男は喜ばないよ。意味ない」という類の発言がよくあるんですね。
別に男に気に入られないと意味がないなどということではないわけで。

最近は女性のミュージシャンがステージでものすごく堂々としていたりやたら格好良かったりというのがありますが、あれはおそらく女性向けなんですね。
女性が見て格好良いと思うと。
長年ずーっと深く存在してきたジェンダーギャップを埋めにかかっているわけですね。
そのために突っ張って無理無理にでも堂々としている人もいるのだろうと。
この↓裁判のニュースを見てかなり強く思ったのです。
テイラー・スウィフト 1ドル訴訟
この判決が出る前にはものすごく緊張していたという話もありましたが、おそらくはそうなんだろうと。

この感覚というのは男社会の男にはなかなか分からないですよ。
いや、ぼくもそこそこわかっているつもりでいたけど、上のニュースを見るまではわかっていなかったなあと思ったのです。
そしてマジョリティのほとんどはマイノリティのそういう感覚がわからないだろうと。

ちょっと面白い映像。
Patricia Janeckova - doll
曲はオッフェンバックの「ホフマン物語」というオペラの中のアリアです。
オランピアという自動人形なんですね。
かなり受けてますが、人形を担ぐ様子を見て
これを思い出しました。
Duran Duran - Electric Barbarella
これはあまり売れてないと思いますが、デュラン・デュランにとって「バーバレラ」(映画)はとても重要なんです。
なんたって、名前の由来がこの映画のに出てきたデュラン・デュラン博士というマッドサイエンティスト(マッドというか変態)から取っているので。
なんでそこから取ったかは省略で。(話がそれた)

それはともかく、クラシックで自動人形と言うと他には「コッぺリア」(バレエ音楽)ですが、これもオランピアも作ったのが自動人形職人のコッぺリアスなのです。
それで面白いオペラ歌手でパトリシアという名前には、Patricia Petibonさんがいらっしゃるわけで、早速この曲の映像を探してみました。
ありましたが・・
Patricia Petibon - Les Contes d'Hoffmann
(年齢制限があります)
かなり個性的な人で、とにかく変なことしたがるんですが、いやこれはやり過ぎでしょ。
裸の着ぐるみなのです。細い人ですからね。
この役を結構年配の人がやると見た目で無理があります。水谷良重(当時)がはいからさんやるようなもんで。まあ、オペラではよくありますが。
Petibonさんはこの役を素で出来る人なので、どうかなと思ったらこれはまったく何を考えているのか。

戻って Patricia Janeckovaさんですが、当時17歳。(今19歳)
Patricia Janeckova - Frulingsstimmen
これも上と同じ日に歌ったものですが、なんでこんなに堂々としているのだ。
12歳の時に、タレント発掘番組(X-factorみたいなの)で優勝したらしいです。
まだオペラの役はやったことがないようですが、オペラに出るようになったら大人気でしょうね。

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この前、アンポンタンさんの棄権署名の炎上騒ぎで千葉雅也だっけ?テキストを読めとか言ってましたが、アンポンタンのテキストなんか3秒で読み終わるのであって、問題はその向こう側なわけですけどね。棄権してないと言って、棄権運動もしてないとか言い出したかと思えば
でたらめあずま
↑これのあとにさらに、棄権しなかったというのが本当かどうかわからんとかいいだしましたね。
こうなると明らかにテキストを読むこと自体が無意味と言うことになりますが、千葉雅也君はどう思うんだろうか?
もう何言ってるかわからないし何言っても信用されないですよね。
まあ、自称哲学者のアンポンタン本人が脱構築をしていることはなかなか評価出来るかと思います(笑)
(なんかツイッタの英語アカウントでプロフにPhilosopherって書いてるので「自称」)

テキストと言えば維新のあだち康史は選挙中「小選挙区で落ちた場合、比例復活はしない」と言っていたのにあっさり前言撤回。
さすが維新です。
長谷川豊を公認する維新ですからなんでもありでしょうね。
こういうやつのテキストを読む必要ありますかって。
あと、丸山穂高と橋下徹でもめてますが、「プロレスじゃね?」という噂が。

たとえば、選挙の公約なんてテキストがどの程度大事ですかね。
「TPP断固反対 ぶれない 自民党」がどうなったかと。
聖域もなくなったのに全力で推進して、トランプが大統領選に勝って絶望的になったのに、無理やり予算通してるんですからね。意味不明。
1兆数千億円ですか。
今回だって、教育費無料とか言いながら選挙終わったら、早速「所得制限」の話になってますね。
最終的には申し訳程度にしかやらないでしょうよ。
憲法を変えるのが目的ですから。

要するに、今まで何を言って何をやってきたかがまず重要ですよね。
政治家が選挙前にいいこと言ったのを信用するのがおかしい。
ずっと嘘を言って来たやつが選挙前にいいこと言ったからってそれが実現すると思う方がおかしい。
そんなの信じてたらずっと詐欺師のターンですよね。
「詐欺師に騙され続けるだけの人生というのもあるんだ」とか誰かツイートしない?
しかし小池百合子が一時「原発ゼロ」を主張したら、真に受けた政治家もいて驚きましたが、お前らは無垢な子供のつもりか。


クナさんの命日
Beethoven - Symphony #7 - Knappertsbusch
練習嫌いだったので、ウィーンフィルとは相性が良かったようです。

Overture Die Meistersinger von Nurnberg
ワーグナー得意。

Wagner - Parsifal - Knappertsbusch 1962
バイロイトには13回出て、毎年必ずパルジファルはやっていたという大のパルジファル好き。
これは1962年の。
ま~、4時間ありますからすごく暇な時にでも・・

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単純な疑問です。
あ、批判すると思ったかもしれませんが、もちろん批判はします。
純粋哲学者批判です。にこにこ

いや実際問題として、何を目的として哲学やってるんですかね。
あの顔がパンパンに膨らんだやつとか。
あの頭部は取り換えられるの?
バイキンマンが悪さしているところを批判したら表現の自由だから邪魔するなとか言いそうだけど。
バイキンマンを批判している人達を批判して、犯罪者とも共存すべきだとか言いそうだけど。
橋下徹を支持してたかと思えば小池百合子を一押し。
なぜそんなにもコロコロとポピュリストにひっかかるのか。

全く中身のないあのポピュリズムに簡単に流されるのは、思考が薄ぼんやりとして間抜けな状態だからですが、およそ哲学することとは反対側の状態ですからね。
橋下は適当なことを自信満々に言っているので一見正しいことを言っているような気がするんだろうね、あれ。
橋下の場合、実際に話の内容を分析すると、その半分はテキトーなんだよね。
まともな脳味噌があれば、だいたい2回目で気がつくんだけど、ああいうのを支持してしまう自称的学者ってまったくそういう明晰さが一切ないんですね。
小池百合子にいたっては、本当にただすべてがテキトーな話かろくでない話と不誠実な対応しかしていないんだけど、ありゃなんでひっかかるのレベルだよね。
共通しているのはしきりにテレビに出て来て、ワイドショーで人気(だった)というだけですよね、結局は。
ある程度政治に関心がある人から見れば、維新の主張なんて真に受けるのはおかしいですよね。小池はもちろん。

みんながもてはやしているから支持するというのはただもう勝ち馬に乗りたいだけの家畜の領域でしょ。
哲学じゃなくて「おれの成功哲学」とかそういう類ですよね。しかも失敗するという。
あれの最近の本なんて自分が社会問題に向き合えないことの言い訳をひたすら述べて正当化を図っているだけですよね。いや、一切読んでないけど(ははは。テキトー
それで駄目な自分の分析にでもなっていればいいけれど、そうじゃなくて正当化だから。

これって別にあの顔の形だけアンパンマン似だけど中身はアンポンタンな自称哲学者だけではなくて、いくらでもいると思いますね。
目の前で歴史改竄主義者がアホなこと言っても平気な人とかもおかしいですよね。
学問的な面でも「真実」という意味でも異常なことを進めているやつが目の前にいても気にならないのはなぜなのか。
レイシストがアホなことぬかしていても気にならないのはなぜなのか。
それで哲学やってるつもりなのかが気になりますね。

ただ哲学用語辞典に出ているような単語を並べると頭がよく見えるとか思っているのかね。
ああ、それだと小池百合子とにてますね。カタカナ並べたらなんとなく頭よさそうに見えるんじゃないかみたいなの。
まあ、最近までは上手く行っていたようですけどね。

ギレリスさんの誕生日。
Brahms - Piano Concerto #1 - E.Gilels
1番か2番か悩みますが今回は1番で。

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われらが「真のリベラル」東君が何か書いてました。
目利きが選ぶ一押しニュース
近ごろのデモは何と戦っているのか――対象が「権力」から「人民」に変わるとき

ヘイトとカウンター、どっちもどっちだと言いたいわけではない。多様性と排外主義を同列には比較できない。寛容は非寛容よりも論理的に上だ。しかし、すべてのひとに寛容になれというリベラルの命法が、あまりに理想主義的で非現実的であることもたしかである。世の中には必ず犯罪者がいるように、一定数の差別主義者や排外主義者も必ずいる。それが現実というものであり、SNSはそれを可視化しただけだ。そのような現実とどう「共存」するか、民主主義には新しい知恵が求められている。


要約すると「リベラルは何でも寛容になれ(つまり何もするな)」ということですね。
アベは辞めろを否定していた東君が、今度はまたまたカウンターを否定。
ドッチモドッチャーなのにどっちもどっちじゃないもんと言い張るのはみっともないです。

こうやってなんでも相対化していくと現状ではまあネトウヨからの攻撃はこないし、仕事も入るんだろうけど、アベの時代ではなくなった時にただの阿呆として扱われるだろうと思いますけどね。
犯罪者はそりゃ常にいるだろうけど、だからと言ってぼくらは犯罪を容認していないですよね。
特に政治家の不正には。
まあたしかに東の場合、政治家の不正には殊更寛容だろうね。
森友の件でやっと発言したと思ったらメディアが騒ぎすぎだ(それだけ)って言うぐらいだから。
極右のレイシストを知事に選ぶほどに「寛容」だし(棒

話は簡単。
東が市民運動に寛容になればいいのだよ。嫉妬してないで。
それだけ。

頭悪い文章の口直しに良い音楽を。
Mozart - KV265 - Ingrid Haebler
へブラーさんの演奏は、ようつべからすぐに無くなるのである時には聴かないと。
とにかくやさしい響きなのです。左手かな。
特にいいのが第1変奏の8小節目(の左手)。
1分16秒から17秒にかけて。
他の演奏と全然違うんです。

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たぶん違わないのです。
色が違うかと思ったけど考えてみたらどっちも赤いし(笑)
違うとすれば、ネトウヨ様式はスターリン様式より一層中身がないことぐらいですかね。

アベ政権の徹底的に頭の悪い政策のネーミング、ただ仰々しいだけで実態の伴わないネーミングは、スターリン様式のあの無駄にいかめしい建築物と非常に似ていますね。
より中身が薄いのは時代の違いとアベの薄っぺらさの問題でしょう。
「一億総活躍社会」
「すべての女性が輝く社会づくり」
「働き方改革」
「人づくり革命」
まるで昔の共産主義国家かと思いますね。
このまんま文化大革命とかやりそうですよね。

実際には何も作らないし、具体的な運動もなくただ広告代理店にテキトーなことやらせてそれで何かをやった気になっているだけなので、スターリニズムよりも一層空っぽになるわけですね。
そういえば、10月でしたか、衆院議員のトリプル補選があるようですが、アベ君が二階幹事長に「全勝を」と指示したそうです。
楽な指示だな。サルでもできるよね。
何の能力も努力もいらない。
それでいてお友達には便宜を図りまくって官僚には嘘をつかせているのに自民党はこのバカを必死に守ってるんですね。
バカバカしくないんですかね。
そもそも中身のない連中だからこれでいいんですかね。

中身がないと言えば、小池百合子が追悼文をやめた件で質問されて間抜けな言い訳していましたね。
災害の被害者だと。普通に考えて虐殺の被害者と災害の被害者は全然違いますが、脳が雑なのでしょうね。
自分でAIって言ってますし、マイクロソフトが作った人工知能が1日でレイシストになったってありましたけど、脳があのレベルなんでしょうね。

脳が雑と言えば東浩紀はツイッターでは最早自分の本の宣伝だけしていて好感が持てますね(笑)
とにかく本を褒めてくれた人のツイートをRTしています。
不思議なのは東の本を読んで「真のリベラリズム」を感じる人がいる点ですが、だいたい真のリベラルとか言っている人はリベラルをわかってないです。
つうかポストモダンだとそんな「真実」はないはずでは?

あ、そうそう。群馬におかしな油そば屋があるらしいので宣伝しておきますね。
油そば
完全に狂ってます。(褒めてない)
こういう異常者って、自分ではクールなことを言った気になるんでしょうかね。
ナチ須とかもそうだけど。
それで叩かれたら被害者面するわけすけどね。

ショパンのバルカローレ2個。
Chopin - Barcarolle - Lipatti

Chopin - Barcarolle - Cortot

オッフェンバックも。
Offenbach - Barcarolle

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8月4日はアズマン記念日。

ずっとスル―のつもりでいたけど、いじりやすいんだな、東は(笑)
まず確実に「こっち側」にはならないであろう点、
ネトウヨほどには狂ったレベルのアホではない点、
三浦瑠璃ほどねじくれた珍妙な文章は書かない点(つまりわかりやすい)などが理由ですかね。
「こっち側」に関しては長くなるので説明しませんが(笑)

ポストモダンなやつらと違って、平易な文を書くので、おかしい言葉を使うとすぐわかってしまうのですよね。
三浦瑠璃も、おかしいのはすぐわかるし何が狙いなのかもすぐわかるけど、無理やり変な文(章)を作るので、めんどくさい。

以下の2つのツイート。
「昨日ニコ生で言ったことをあらためて書くと、ぼくは現状ではもはや安倍政権が続いたほうがいいと思っています。野党は消滅したし、自民党内のポスト安倍は期待できない。麻生になって緊縮財政復活とか困る。メディアは無責任に安倍退陣を煽っているけど、それ彼らが騒ぎたいだけですよ。」
「ポスト安倍への期待も政権交代のビジョンもないのに、ただ安倍退陣を叫ぶほうがよほど無責任だと思うがね」

典型的な臣民しぐさやんか。
アベはさっそく消費税を上げるって言ってますけど。現状でもすでに麻生は財務大臣でかなりやりたい放題になっていてアベの名を使って増税やりかねないんだよね。
「ポスト安倍への期待も政権交代のビジョンもない」というのは可能世界「東の脳内」では真というだけのですね。他の可能世界と到達関係がない。
そもそも野党がどうであろうが、駄目なものは駄目なのです。
アベが駄目なのは、行政手続きがあまりにも酷いの面、あからさまな嘘などあらゆる倫理的な面、3権分立を侵している点、日本語を破壊している点、サイコパスである点、頭が悪すぎる点、強いものには弱い点(外交的に)、海外に無駄ガネをばらまいている点、アジアの国を見下しているしている点など、幾らでもあかんところは出て来るわけです。
早いとこ、チェンジして尻拭いしないと日本がもたないんです。
シャブ中状態なんですよね。何もしない政権のほうがましなんです。
東は「(日本は)シャブ中だけど、今シャブをやめるとどうなるかわからないのにやめろというのは無責任だ。わからない以上続けるしかないだろう」みたいなこといているだけなんですね。
続けたら近いうちに死ぬのはわかってます。
禁断症状が怖いからシャブを続けるしかないというレベルのどうしようもないシャブ中患者がアベ支持者ということですね。

そもそも自称最高責任者のアベ自体が何のビジョンもないのに、なんで一般市民が辞めろというのが無責任なのかと。
アホは結局反サヨクに落ちて行くんですね。
駄目なものには"NO"と言ってやることがどれだけ重要かわからない臣民が、市民を育てるとなどと(笑)

「哲学者を名乗らないでください」っていわれてましたね。
だって哲学者ではないですよね。
官邸 8・3
官邸 8・4
官邸がいろいろ出してますが、
「人づくり革命」の断行、「一億総活躍」社会の実現、世界の中心で輝く日本
こういう字面を良くしようとして意味不明、しかも中身空っぽな言葉でなんとか飾ろうとするこんなアホなやつらを哲学者がどうやったら支持できるのかと。
東が言葉もその意味もまったく大事にしていない証拠ですね。

少なくともね、具体的に何かできなくても、何がどうおかしいのかとか何かしら日本語で対話できるレベルの政権ができないと文字通り話にならないのよ。東は国会を全然見てないんでしょ?無責任だから。

ま、だいたいポストモダンにだまされる東がポスト安倍にとやかくいうなどおこがましいのです。

1975年ごろ
グレン・キャンベルです。
Glen Campbell - Rhinestone Cowboy

Glen Campbell - Southern Nights

そろそろ75年ごろはネタ切れが近いのです。

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随分前にも書いてますが、調和とは音楽で言うとハーモニーのことで、まあ、あれです。和音。
ドミソとか。
違うを合わせて音楽を作ってるんです。
「みんな一緒」というのは「和」とは違います。

日本は「和」の政治とか言っている人がいて、まあ、実態はともかく「べき」の話としては良いんですが、そもそも「和」が何か分かっていない方がかなりいるようで。
和音の「和」です。
「みんな一緒」ではないです。

「みんな一緒」の音を出すのはユニゾンですね。
オーケストラがみんなで一緒の音を出した例は一般にはブルックナーぐらいではないでしょうか。
わたくしの嫌いな作曲家です。
昔から一貫して嫌いでしたが、オケ全体で同じ音を出した唯一の作曲家ときいて腑に落ちました。はは

だから「和」とか「協調」とか悪くないんですよ、本来は。
でも、意味をわからないで何でもみんな一緒にする阿呆が威張るツールとして使う用語と化しているので、「協調性」を強調するやつがいると「たぶんこいつは下駄で殴った方がいいんだろうな」と思ってしまうわけです。
もちろん、どう使っているかが問題なんですが。

そういうわけで「和」「調和」の意味が今一わからない人は、音楽をやるといいと思うんだ(ちょっと違
まあ、音楽はかなりファシズム的なものがあるので、あれですが。
日本の中学や高校の吹奏楽のコンクールなんて指導者にとっての晴れの舞台ですよね。

エーリッヒ・クライバーの誕生日なんだ。
Beethoven - Symphony 6 - Erich Kleiber
田園で。

1975年ごろ
ジョン・デンバーやんか
John Denver - I'm Sorry

John Denver - Calypso
この2曲はA面B面なんですね。
普通にどっちも売れそうだって思わなかったのかな。

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稲田もいるけどね。

過去の答弁は整理が出来ていなかったために正確ではないんだそうです。
昨日の答弁と過去の答弁が全く違う(矛盾している)ことを指摘されて、「いや~、嘘言ってました~」って話ですね。
ポストモダンの真骨頂じゃないですか。
答弁書(エクリチュール)には、書かれた内容と正反対の意味が内在していると。
相対主義って言うんですか?脱構築って言うんですか?
アベの言葉にはシニフィエはないですしね。
まあ、ズレでは済まないレベルのどうしようもない出鱈目さなんですが、不思議なことにああいうのでも信じてしまう人たちがいるんですからね。
まだいるんですよね。不思議ですね。

たしかに、アベ君の「丁寧に説明する」は、「丁寧そうな言葉遣いで嘘をつく」という意味でしかないわけですね。
だけど、これはそもそもそういう意味しかない、つまり一義的なのです。
アベ君の「丁寧に説明する」が、実際に「内容を正確にわかりやすく説明する」の意味だと思っているのはネトウヨぐらいですよね。
あの手のものが多義的になっては困るんですよ。(まあ、なるけど)

ところで、最近ネトウヨが以前にもまして「テレビの報道は嘘だらけだ」「テレビの報道しない自由が~」になって来て、それに対抗して反アベが、その辺りを否定しにかかってるんですが、日本のメディアの報道しない自由は実際酷いですよね。
今は、アベ離れが進んだからいろいろとアベ関連については報道するようになっただけで、そもそもそんなに信じる対象ではないですよ。
テレビや新聞だけ見ていたら残念ながらわからないことが多すぎますよね。
嘘も多いですね。
ネットの情報はピンキリってことですからね。
記者クラブの政治部が仕事しないのはわかりきったことだし、NHKは相変わらず安倍チャンネルだし、読売はアベ新聞だし産経はネトウヨ新報だし、大阪のメディアは維新の悪口言わないですし、寿司友は相変わらずアベと飯食ってますし。
まあ、この前、田崎寿司郎がテレビでその件を突っ込まれてかなり変わった感じはしますが。
それぞれのメディアが、どの方向を向いているか、どういう類のニュースなら信用出来るかということでしょう。
ネットの情報と併せて最後は自分で判断するしかないです。
最後は自分で判断するしかないって超当たり前ですけどね。

1975年ごろ
ピーター・フランプトン。
Peter Frampton - Show Me the Way

Peter Frampton - I'm in You

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電磁波的(2)

いやデリダの誕生日なんで。はは

「熱放射」というのがあります。(物理の話)
すべての物質は、その温度に応じた波長&強度の電磁波を放射しています。昔は輻射って言ってたと思いますが。
あ、放射能とは違いますよ。(念のため)
太陽さんからゴワーンとやってくるいくらなんでも暑いだろこのやろうなやつ、あれは熱放射です。
すべての物質ですから、そのへんのいろんなものも放射してます。
はるか130億光年先からもその電磁波はやってきています。
そしてすべての物質はその電磁波がやって来ると、それを吸収する、つまり受け取るわけです。
ぼくらの目も受け取ります。
それでものが見えるわけですね。(見えるのは可視光のみですが)
ただし、完全に正確には受け取れない。物質によって吸収できない波長がそれぞれ必ずありますね。
あらゆる波長を吸収する物質は「黒体」と呼ばれますが、架空の存在ですからね。
なのでちょっとフィルターがかかったような状態で受け取ります。
「真実」(?)がそこにあるけれど、フィルターがかかって完全にありのまま(正確)には受け取れないのですね。

誰かが言うところの「郵便」のような話になておりますが。
科学の世界だと、真理(法則)がすでにそこにあって、その真理を見つけるだけですよね。
見つける人は主に科学者と。(いや別に他の仕事していてもいいですけど)
例えば、宇宙に関して、具体的な天体に関しては最終的には観測するしかないんですが、それが出来るのはそのような設備(施設)を使用出来る一部の天文学者だけですね。
そこから真理を見つけられるのは、その人たちとその資料を早い段階で閲覧できるやはり一部の学者さん達だけなのですよね。
だから彼らは誰だかがいうところの「郵便配達人」と同じ立場なのでしょう。
もちろん明らかにおかしな比喩ですが。

科学の場合「郵便配達人」、つまり伝言ゲームのプレイヤーとしての科学者はなかなかに優秀ですが、
哲学者はどうでしょうか。
科学の場合は、結局深くかかわれる人は一部なんですよね。世界中の人が科学者になれるわけではないと。
哲学はというと、哲学は自分でやるものでしょう。
あまり間に入ってほしくないですよね。
伝言ゲームのプレイヤーは当然少ないほうが正確に伝わるわけですね。
だから基本的にはいろいろいるのは邪魔です。出来るだけ1次情報(に近いところ)を知りたいわけです。
それでも、仮に時事問題を知る上で例えば何か一つ(誰か一人)間に置かないといけなくて、その間に入る人は津田大介と東浩紀のいずれかだとしたら、どちらにしますか?
一応、名目上この二人を「郵便配達人」(明らかに表現がおかしいけど)とて。
津田だと何かあった時にすぐに郵便が届けられて来るし、だいたい正しい内容で届きますね。
東だとものすごく遅い上に頓珍漢。これをもしも「誤配」と言っているのだとしたらその表現自体が大幅に頓珍漢ですが、誤配の横綱とまでは行かなくても誤配の前頭6枚目ぐらいにはなれそうですよね。あ、もちろん東の。
もちろん、この「誤配」は誤報、あるいはフェイクニュースのことですが。

前回も書きましたが、誰かのいうようにデリダの造語が誤配を誘うためのものだとすれば、まさにフェイクなんですよね。
郵便という表現も偽だし、誤配という表現も偽だし、狙いも嘘を撒き散らすためということになりますね。

デリダに詳しいらしい東浩紀ですけど、どうも今回の本は哲学に素直に向き合う人のための本で、哲学に対して斜めに構える人のためではないらしいです。(本人談)
言葉通りだとすると、まるっきりポストモダンを否定していますね。ははは
ポストモダンは真面目に事に当たるのを避けて「どっちもどっち」論を助長し、オルタナティブ・ファクトつまりフェイクを蔓延させたわけですからね。
正面から向き合わないのがポストモダンですよね。
まあ、本人の本音としては、正面から向き合うというのは「批判なしで」ってことでしょうね。「ぼくちゃんを批判するやつはブロックだ」みたいな。
科学と哲学はまず疑うことからはじまるわけで、批判無しだと宗教の世界ですけどね。

要するにポストモダンは哲学に対する性質の悪い悪戯なのでしょう。
怪しい比喩を駆使する言葉遊び。
そういうのは嫌いではないんですが、悪戯はあくまでも悪戯として扱わなくてはなりませんから。比喩は適切でないと駄目ですし。
あとから「シャレだよシャレ」といったところでサイモン・ヴィーゼンタール・センターに目をつけられてからでは遅いんですよ。
あっちだって「シャレだよ」と言いながら圧力かけて来るかもしれないし、モサドだって「シャレだよ」といいながら(ry

よく、ダーウィニズム社会学をかますアホの子がいますけど同じようなものですよね。
人文に自然科学を無理やり詰め込んで意味ありげな話にするという手法。
そのままソーカルが批判してましたが。
悪戯にしてもソーカルの真実を暴く悪戯が一番面白かったわけで、完全にやられたポストモダンがここに来て敗者復活してきたのは何の因果かと思いましたが、東がいってましたね。
「今はポストモダニズムの時代だ」と。
「ポスト真実=ポストモダン」ならば確かにその通りですね。
たまには正しいこと言うのだね。

前に書きかけたのは時間が経ってつまらなくなったので破棄して、今日はデリダのお誕生日なので書いてみましたが、前にも書いたようにデリダも東も一切読んでません。
なので彼らの解説でもないし批評でもないです。
他人の哲学に便乗したってしょうがないんだし。

日にちを跨がないようにするために尻切れになっております。

1975年ごろ
ジョン・レノン
John Lennon - Mind Games

Whatever Gets You Thru The Night
エルトン・ジョンが一緒

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読まずに文句を言うコーナーです。
おそらく何の参考にもなりません。
哲学者があれこれ言ったことに適当に反応しているだけで、これは哲学ではないです。
(まあ、それだと解説書の類は哲学ではないということになりますが)

1、「脱構築」
デリダか誰だか。(駄洒落です)
まずですね、この脱構築という言葉をシンゾー君の野次を使って言うと「大袈裟なんだよ」という感じで、JAROに訴えるべきではないかと思います。
文章には韻文・散文という分け方の他に文学的文章と説明的文章というのがあるのです。
文学的文章とは、言葉の多義性を重視するもので、意味の取り方は読み手にゆだね、その文章を読んで様々な想像が膨らむことが期待されるものです。
説明的文章とは、言葉の多義性は極力排して一義的に表現するものなのです。
そうじゃないと「説明」にならないですから。
完全に一義的に説明するのは無理だとしても、それを全部すっ飛ばして、「常に正反対の意味も含んでるんだも~ん」ってのは「アホか、お前」としかなりませんが。
そういうことは言ってない?

まったく正確に説明するという行為はおそらく不可能で、それは「理想気体」とか「黒体」のようなものだとしても、多少の脳味噌がある人は「説明」のさいに一義的に表現するように努力しているわけですよね。
哲学者がなぜわかりにくい言葉をあえて使うのか。
例えば「あうふへーべん」(笑)であるとか「エクリチュール」だとか「実在」などと言う言葉をなぜ使うのか。
正確さを期すためやんか。
「他の意味もあるんだも―ん」だったらそんな言葉は使わなくていいのですよ。
まして、正反対ってどういうことですかね。
「清潔」の正反対は「反清潔」なのか「非清潔」なのか「不清潔」なのか、やっぱり「不潔」でいいの?
ものすごく良心的に解釈して、「まあ、デリダの言ってることが全部正反対の意味を持つってことだよね」ぐらいにしかならない。

2、郵便
そこでそのまま郵便です。
早く着いたり遅く着いたり、なんか随分と誤配もあるらしいです。そんなら日本郵政潰れるで。
それでこの郵便を配達する役割が哲学者らしいんですね。相当役立たずですね。
まず、何を届けるの?郵便の中身は?
それを哲学者が届けるとすると、内容を勝手に変えるわけですよね。
それは検閲では?
そもそもの中身は「真実」なのですよね。それは脱構築してないのかと。
「真実」がないのなら、手紙も葉書きもないんですよ。

いや、さらに誰かが使っているようですけど「誤配」と言う言葉が完全におかしいですね。
誤配と言うのは、シロヤギさんとクロヤギさんの話とは違いますよ。あれは誤配してませんよね。郵便配達が悪いわけではないです。
シロイワヤギに届けようとしたのをアイベックスに届けてしまうと、つまり相手を間違えるんですよね。
どうやったらそのいうに間違えるんですかね。
この場合は大元の郵便自体はあるとして、中身がちゃんと相手に伝わらない場合は、
届いていない
気が付いていない
まだ読んでいない
読まずに食べた
読んで理解していない
と、これらのいずれかですよね。

デリダが「脱構築」とか「差延」とかいう語を作ったのは「誤配」を誘うためという不思議な話もありますが、
言葉を変えると届ける相手が変わるんですかね。
全然「誤配」ではないし、まったく「郵便」でもないです。
この郵便配達はニセモノで、ジェシカ・ラングとよろしくやるためにいつも2度ベルを鳴らしていたジャック・ニコルソンですよ、きっと。
「真実」はあるかないかはわからないけれども、あるという前提で「郵便」にしたわけでしょ。
でも、これの場合、郵便と言うのは送り手(配達者ではない)が、自分の都合のいいタイミングで都合のいい内容だけを伝えたい相手だけに伝えるものですからね。
(※ちょっと訂正しました)

いや、仮にわざと「誤配」を誘ったなんていうなら、フェイク・ニュースを流すまとめサイト(産経・読売を含む)でしかないですよ。

あ~、長くなったので、なぜ「電磁波的」なのかの説明など、また今度。

1975年ごろ
10CCです
10cc - The Wall Street Shuffle

10cc - I'm not in Love
(10ccがBostonになっていた。さーせん)

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いや今日は暑いです。
昨日の予報では31℃になるとなっていたんですが「いや絶対34℃ぐらいになるから見てろ」と思ったら、やっぱり34℃でしたが、ここら辺の最高気温を予想する人は、無難なんだよね。
今日みたいに思いっきり厚くなったり反対に寒くなったりするときに、常に無難な方に外すの。
予報する場合、無難にならないような評価の仕方をしているはずなのにね。
要するに大外れにならないような予報をするのは簡単なんですよね。
常に無難な方に、内側に予想すればいいから。
で、それだと精度が上がらない、予想の腕が磨けないということで、当てに行くようにしているはずなんだけど。そうじゃないと評価が高くならないようにしているはずなんだけど。
それは長期予報だけなのかな。

まあ、それはともかく、性暴力は駄目で普通の暴力が娯楽として消費されるのは良いんだな。みたいな言説がありました。
裸体はNGで死体はOKみたいな、ってーやつ。
毎度毎度、裸体がNGという話でもないんだけれどもこれが。
いやしかし、死体がオッケーなのは誰でも殺人は駄目だってわかってるからですよ。
性暴力が駄目だとわからないバカが大量にいるから駄目なんだって。というか子供向けに娯楽として死体が出て来るマンガとかあるか・
もしも殺人が駄目だってわからないおバカが大量に湧いてきたら、死体はNGになりますよ。
まず、殺人はいけませんと教えないと。

あとあれですね、手塚治虫だってエロ描いてたとか、手塚治虫のエロはこういうのとは違うとかやり取りもあるようですが、手塚は関係ないから。
手塚は神様ではないし、手塚がどうであろうと、今、駄目なものは駄目なのです。

昔は、エロに関してはいろいろと見せてはいけないものがあって、その辺りでの官憲との戦いというのがあったんだろうけど、なんかあれだね、筒井康隆と似てるかもね。
40年前のタブーだったかもしれないそれは、弱い者いじめになっているんだね。

それと、子育てとか教育は親と学校だけがやればいいとか思ってたりする人が多いですね。
まあ、自分の子供の躾が悪いと言って学校に文句言った天才もいるようだから、まあ、そんなもんですかね。

1975年ごろ
レオ・セイヤー
Leo Sayer - The Show Must Go On

Leo Sayer - You make me feel like dancing
これ、口ぱくじゃないんだな。

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いや、昨日書くかどうしようかまよっていたんですが、あれで。
つうかね、今日も体調がおかしい。さらに暑い。

それはおいといて、
ジャンプの巻頭カラーがアレすぎて酷いと話題に。
批判に関しては、まとめると以下のように。
1、少年誌なのにエロすぎる
2、嫌がる女の子に無理やり・・つまり性暴力
3、(なぜか非常に少数なんですが)未成年が性の対象になっている

比較対象として少女漫画が出てきているのですが、
少女マンガのほうがエロいだろという意見。
ま、1に関してはそうなんですけど。
主に問題になっているのは、2なんですよ。
女の子は嫌がっていると。
少女漫画はむしろ逆ですよね。
いや男が嫌がってるという意味ではなくて、女の人が嫌がっていないと。

だいたいジャップオスの頭が悪いのは、女性が嫌がっているものがエロだと思っていることですね。
それはエロではなくて犯罪です。

それからこれはほとんど誰も触れていませんが性の対象が未成年になっている時点でアホですよ。
あれの登場人物というか幽霊(?)の設定は高校生ですね。1年とか2年とか。中には中学生も。
アメリカでは犯罪です。
未成年に性暴力なんですよ。
そしてそれを小学生が普通に見るんだから。
これは途上国ですらないですよ。
後退国。

こうやってエロを見せたがらないから性教育が遅れているのだ的な言説の方もいらっしゃいますが、性暴力を肯定的に扱うことが性教育になってはたまりません。
あいかわらず粗雑なんですよね。
単にエロかどうかという問題ではないということが結局わからないままテキトーに意見を述べると。
見てないのか、気がつかないのか知りませんが。
気がつかないのだとすると、その人たちは性に対してどのような認識を持って生きてきたのか、何を見てきた結果そうなったのか、気になるところです。

あとは表現の自由戦士が謎言説をかましているようですが、とりあえず「他人の嫌がることをするな」というごく普通のことがわからない性的にも未熟で想像力も著しくかけたバカが大量にいるわけですよ。
少年ジャンプの性暴力を見て、こういうのがエロだと思って喜ぶやつがお前らの芸術論など知るわけないのだから、少し現実的な話をした方がいいと思うよ。

紅茶


アメリカは規制がなさそうだけどゾーニングは徹底してますよ。
児ポにもすごく厳しいです。

1975年ごろですが
七夕と言えばリンゴ・スターの誕生日なので
第2弾です。
Ringo Starr - Only You
これはこれでなかなかですよね。プラターズのながーく引っ張る歌い方と対照的に。

Ringo Starr - Snookeroo
これはエルトン・ジョンとバーニー・トウピンが作った曲。

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なんですか東がまた頭悪いことを言ったらしいというので、見に行ってきました。
もちろんブロックされているので、違うブラウザで。見るのは簡単なんですけど、普段は見たいとも思わないしなあ。
左翼はクレーマー集団とか言ってるんですね。

それでなんで東浩紀は哲学者ではないのかというと、
Ⅰ、思考が乱雑
2、言葉の使い方が乱雑
3、倫理が欠如している

今日は(もう昨日)津田大介が東の本の宣伝していましたが、本は売れているようです。
でも悪いけどあれの本を哲学書だと思って読む人は、やっぱりちょっと無理だと思います。

あれです、時々いますけど、「リベラルは何にでも寛容であるべき」と思っている人。
わりとあのタイプですよね。で、自分ではそういう方向で考えていると。
実際には社会問題と正面から向き合えないのを誤魔化しているのですよね。
社会問題に正面から向き合えないなら、そんな自分を分析して、それをしっかり言語で表現すればいいんだけど、そういうメンタリティも能力もないから仕方ないのだ。
そもそも、東は左翼に文句ばっかり言ってるのに寛容だと思ってるのかという問題がありますね。
東はアベには異常なほど寛容で、アベに文句言うやつには不寛容ですが、気がついてないんですかね。
まあ、共謀罪の時代がすぐそこに来ているので、そういう中においていわば世渡りするのにはまさにちょうどいいとは思いますが。

なんかこうゆるふわな哲学でも目指しているのかもしれないけど、真面目にやったらそうはならんからね。
初心者向け哲学だとしても、テキトーってことはないんだよね。
思考や言葉が乱雑になってはいけない。
ピアノの初心者はバイエルとかやるのかもしれないけど、難易度が低いということであって、ドの音を出すのにレの鍵盤でもシの鍵盤でもだいたいその辺りで良いよ、なんてことにはならないわけですから。
だからまあ音痴なんですかね(笑)
「真善美」などとは別の世界にいるようですからね、あれは。

東はアホだから「左翼が~」って言ってますけど、東と合わない所謂「反アベ」って、左翼もリベラルも保守も中道もみんなですからね。
ちがうのは極右とアホ(だいたい兼業)だけですよ。
まあ、それの数がいささか多いのが難点ですが。

しかし、つい先日、知識人と市民を育てるとか言っていたのにもう逃げてるんですから、どうしようもない。
だいたい犯罪行為が行われているのにそれに文句を言って何が悪いのか。
頭がおかしいのではないかと。
別に東もおれたちと一緒にアベを叩けと言っているのではないんですよね。東が黙っていれば誰も東に文句言わないですよ。
忘れてほしくなくて必死なんでしょ?それでわざわざおかしなことを言うんですよね。
だから叩かれる。
バカツイして叩かれたら、ツイートじゃなくて本を読めとか言うようですが、誰があいつにカネかけるんだよと。

しっかりした倫理というものがないんですよね、あれは。
たいていそういうやつは、党派性で物を考えるんですよ。所属とか。
多くは「普通の日本人」になったり、何か妙な(シューキョー)団体に入ったりするんですが、東はそこまで完全にアホな子ではないということにしたいんでしょうね、自分では。
それで、アベでもない反アベでもないそのような中ぐらい(笑)の立ち位置で何となくリベラルをやりたいのでしょうが、アベのやっていることを糞だと思うかどうかは明らかに倫理の問題ですからね。
その辺りの「判断」が明確にできないのは倫理があかんからでしょう。

キクマコあたりとシューキョー団体やるのがいいんじゃないかな。
信者はそこそこいるでしょう。
いまなら、アベ信者をやめたいけど今ごろ転向しても「サヨク」にバカにされるだけだから困ったなあ、というのがそこそこいるはずなので拾って行ったらいいと思います。


アッシジのフランチェスコの誕生日らしいので。
Donovan - Brother sun & sister moon
当時サントラが出なかったこれで。
イタリアでは出たらしいんだけど。

1975年ごろ
ジャニス・イアンや~
Janis Ian - At Seventeen

Janis Ian - In The Winter

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タイトルですが、正確には「ツイッターに萱野稔人の写真などが出ている新聞の画像が出ていて、その画像の萱野稔人の顔を見て思ったこと」です。
ほとんど知らない人です。
「ああ、どっかで見たことがあるな」という程度。
テレビとか出てたのかな。
10代じゃないのに喋り場みたいなところで。
古谷経衡とか東とかもそうなのかな。
あの辺の番組は全然見なかったな。
たまたまテレビをつけて、やってたらすぐ他のチャンネルにかえてましたし。
感想としては「頭悪い」しかないので、うつされないように正しい予防策をとっていました。
ちなみに、グーグルで古谷経衡を検索すると、右にならぶ画像のトップが東(写真)なのはまずくないですかね。

古谷はともかく、
なんか「論客(笑)」みたいな人なんですよね。
で、ツイッターでその新聞記事を見て驚いたのが「哲学者」と言う肩書。
哲学者なんだ。東も哲学者らしいけど(自称)。
それはともかく本題は写真のほうなので、まずはそっち行きます。
どういう人か、テレビで何を言っていたのか、どのような経歴か、全然知らないわけです。
新聞には津田塾大教授と書いてあったので、「ほーー」

ちなみに「バスカヴィル家の犬」を見ていたのでシャーロックよろしく写真を見ただけでいろいろ推理してやりたくなっただけかと言うとそうではなくて、「シャーロック」見る前から思ったことなのです。
写真で気になるのは「表情」。
非常に作り込まれた表情ですね。
外見が重要な人なのでしょう。外見を含めた外観といいますか。
いや、外見が重要であることを非難したりはしませんよ。
ぼくだって外見命ですからね。
かつて絶世の美少年であったわたくしにとって外見は極めて重要であること。いや外見こそが重要であることは言うまでもないことなのであります。
もっとも最近はあまり鏡を見ないようにしてますが(笑)
でもね、問題は表情なんですよ。
すごく作ってる感じ。苦み走ったいい男風の顔を作っているんですよ。そういう風に見せようとしている。
テレビに出ていた時(今も出てる?)、どんな顔でどんなことを言っていたかは知りませんが、でもあんな顔して喋っていたのだろうなということは何となく想像がつきます。

しかしここで、ちょっと顔は置いておいて、記事の話。
共謀罪が衆議院を通過した(あるいは衆院の法務委員会だったか)時に出た記事でおそらく複数の地方紙に出ていたものだと思いますが、それについての彼のコメントが、酷い。
オリンピックをやるためにテロ対策が必要で、そのためにTOC(パレルモ)条約を批准する必要がある、そのためにこの法案が必要という大本営の発表をそのままコピーしていました。
TOC(パレルモ)条約でテロ対策の国際協調も可能になるそうです(爆)
まあなんというか、控え目に言って頭が悪いにも程があると言うやつ。
しかも、さらには民主党政権や反対派をDISっているわけです。
もう1度、最初から説明しないといけないんですかね。なんでこいつにコメントを求めたのでしょうかね。
オリンピックは世界一レベルの「安全」を売りにしていたのです。
TOC条約はテロとは関係ありません。テロ対策の国際協調もできません。
法案は、テロとは関係ありません。法案が通ってもテロは防げません。
実際の問題としてテロなんて全然考えてもいない人たちをテロを計画しているとして捕まえる
ただ政権側の発表を垂れ流すだけでそこで真偽の判断をほんの少しもしない家畜脳なのに「哲学者」というのはすべての哲学者に全くもって失礼ですよね。

写真の印象である外見(外観)が大事というのは確実に当っていそうですね。
中身が完全に空っぽ。
叩いたらいい音しそうです。

気になることとして、反対派を叩くバカ発言を見るに、こういう人は自分ではリアリストのつもりなのでしょうかね。
現状を一ミリも把握していないのに、反対する人は現実的ではないと思っていますよね、この手のおバカさんは。
彼(ら)のリアリズムとは、現実の世界を正確に把握することではなく、「今の権力者にひたすら媚びへつらう事」なのですかね。
それはそれでとても現実的(爆)ではあるかもしれません。
しかし、実にみっともないですけどね。
みっともないけど、外見は繕いたいので苦み走ったいい男顔を懸命に作っているのでしょうかね。

wikipediも見てみました。
あんまり書いてませんが、おいらは正しそうですかね。
下品な番組のレギュラーである宮崎哲弥に評価されてますね。うんうん。
筋トレ好きで、NHKNお番組で披露したと。
外観を作る努力は欠かさないようです。
いや、それはそれでいいと思いますが、中身が空っぽすぎて結局みっともないのではないですかね。

でね、驚いたのが「政治哲学」なんだね。
いや、それはそれでまたきついですね。
本当に、ジョン・ロールズに申し訳ない気持ちになります。
政治に対してここまで出鱈目な姿勢の者が政治哲学ですか?
日本すごい(棒
津田塾大の学生は大丈夫なんかな。

1975年ごろ
ジム・クロウチ
Jim Croce - Bad Bad Leroy Brown

Jim Croce - Time in a bottle

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