まりっぺのお気楽読書

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デンマーク王フレデリク5世妃 ユリアーネ・マリー

2010-03-29 00:27:47 | デンマーク王妃
息子だけが頼り・・・の王妃
フレデリク5世妃 ユリアーネ・マリー・アフ
          ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル


1729~1796/在位 (デンマーク・ノルウェー王妃)1752~1766

ユリアーネはヴォルフェンビュッテル公フェルディナント・アルベルトの娘です。

一刻も早くフレデリクを再婚させたかったモルトケが、この縁談を仕切りました。
フレデリクはしぶしぶ承知したそうです… なんかイヤな予感

        

前王妃ルイーセの死から7ヶ月後にフレデリク5世と結婚したわけなのですが…

ユリアーネ自身のせいではないんですけど、前王妃があまりにも人気者だったので
「再婚が早すぎる」と言われ、結果彼女は不人気な王妃に… 可哀想ですね。

ユリアーネは好かれようと頑張りました。
デンマーク語も覚え、へたくそながら一生懸命話しました。 でも不人気でした。

フレデリクには忠誠心を見せて一途に尽くしました。
でも同情ぐらいしか与えてもらえませんでした。

堅苦しく育ったユリアーネは、宮廷ではどうも浮いちゃったようです。
ルイーセが生んだ子供たちの教育もままならず厳しくしつけることができませんでした。

こうなったら彼女の望みはただひとつ、
王太子クリスチャン(継子)が即位したあかつきには、フレデリク(実子)を摂政に!
実は王にしたくてクリスチャン毒殺を謀った説もあるんですけど、真偽は分りません。

             
               息子の肖像画を掲げた肖像画
                  力の入れっぷりが滲み出ていますね


1766年にフレデリク5世が亡くなってクリスチャン7世が即位します。
クリスチャンも彼の取り巻きたちもユリアーネが嫌いで
彼女は王家の晩餐にもめったに呼ばれなくなりました。

しかし、いつまでも大人しくしてると思うなよぉ!と考えたのでしょうか?
この後彼女はアクションをおこします。
1768年、クリスチャン7世を操っていたと思われる愛妾アンナ追放に加担しました。
1770年、発狂した王に代わって王妃マチルデと愛人ストルエンゼが実権を握ると
反対派の中心になってふたりの不貞を暴き、政府を転覆させました。

晴れて返り咲いたクリスチャン7世の摂政となった息子フレデリクでしたが
実権はユリアーネが握っていました。
実はフレデリクも少し病んでいたりして、国を治められる人物ではなかったのです。
彼女はドイツのフリードリヒ大王から国の治め方のレクチャーを受けたそうです。

ユリアーネは極端な保守派で、貴族の特権を守ることに固執したので
貴族からは英雄扱いされ、改革派からは悪魔よばわりされました。
権力を握ったことで敵も増え、クリスチャン7世廃位の声も高まったほどです。
当時デンマークでおこった災難はすべて彼女のせいにされました。

クリスチャン7世はあんなに嫌っていたユリアーネに頼りきりで
王子フレデリク(後の6世)の教育も彼女に任せました。
けれどもフレデリクは、摂政のように振る舞い、妹と会わせてくれない彼女を嫌っていて
1748年に正式に王太子に任命されると、議会を招集し
摂政フレデリク(=ユリアーネ)の内閣に突然クビを宣言しました。

その後行われた舞踏会で、ユリアーネは何ごとも無かったのかのように
平然としていたということです。

余生は宮廷で静かに暮らし、1796年に亡くなりました。

女性が実権を握ると、なにかと弊害や落ち度が挙げられるけど
王様だって賢い人ばかりじゃないんだしねぇ…
ユリアーネは賢い政治家のひとりと言えるらしいですよ。

なにはさておき彼女の功績は、1775年にとある陶器工場の設立を助けたこと。
ロイヤル・コペンハーゲンは、彼女なしには生まれなかったかもしれません。

(参考文献 武田龍夫氏『物語北欧の歴史』
      エレノア・ハーマン『女王たちのセックス』 Wikipedia英語版)

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1 コメント

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フリードリヒ大王の義妹 (ケイコ・オカモト)
2010-11-02 13:23:52
まりっぺ様、お久しぶりです。

ある本でこの後に出てくるカロリーネ・マティルデの事を知り、いろいろ調べていたらこちらにたどり着きました。
ユリアーネがフリードリヒから国の治め方を教えてもらった、とあったので気になり調べたら
フリードリヒ大王の奥さんと姉妹だと分かりびっくりしました。(ということはユリアーネもマリア・テレジアのいとこ)

毎度のことですが、このブログで初めて知って、興味を持った人物がたくさんいるのですごく参考になります。これからも楽しみにしてます。
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