19番立江寺の奥の院は番外霊場の取星寺であることは知られていると思いますが、もう一つの奥の院があって、それがこちら清水寺です、写真は立江寺から遍路道を480m来たところ、橋を渡って突き当たって左折するポイントからだと160m来たところです、今年の春お参りをするつもりだったのですが地図をきっちり確認していなくて、時間の厳しい日でもあったので、ここを一旦入ってすぐ引き返してしまいました。
右に入るとゆるいS字カーブ、
赤線の道をはなれてから100mで突き当たって右折です、前回ここまでは来ていました。
右折したところ、
右折して間もなく右手にそれらしお堂が見えてきました、40mでそちらの方へ右折します、
間違いなくこちらが奥の院でした、遍路道をはずれてわずか180mでした。
納経は立江寺でして貰います、ちなみに取星寺の納経は取星寺でして貰います。
2018年9月9日 参拝
お参りを終えて恩山寺に向かいます。これから歩く国道55号までの道が不通の歩き遍路さんにとっての一番の近道になるはずで、同じ道を往復するのが良いと思います、なので少し多めに写真を撮りました、帰りからの写真なので往く時には参考になりにくいのが残念ですが、
上の写真は弁財天から防波堤に上がって徳島市内方面を眺めています。
阿波赤石rきからの合流ポイント、ここは真っ直ぐ、
さっきのポイントから50mで突き当たって左折したところ、
また50mで突き当たる、今度は右折、
右折したところ、水路に沿って西へ、
80m進むと変則的な4差路、ここは鋭角に左折します、
左折するとすぐ県道120号を横断、
横断しながら撮る、
横断して150m進むと運河を渡る、
渡り終えるとすぐ突き当たって右折です、
右折したところ、
100m進むと二間tがあって左の水路沿いの道を行きます、右は運河沿いの道、
二またから450m進んだところ、写真では分かりにくいですが4差路になっていて、ここは鈍角に左折します、
左折したところ、もうここからはほぼ真っ直ぐ国道に向かっています、恩山寺近くの山が見えているはずです、
4差路から100mで踏切を渡ります、
踏切を渡ったところ、大分離れていますが国道の車の流れが目視できます、
踏切から850mで突き当たってちょっとクランク、
クランクするともう国道の交差点が見えています、あとちょうど100mです、
国道の交差点に四国のみちの道標がありました、英語の地図ではここまで国道できてここを右折する道に緑の線があります、少し遠回りになるから誰も歩かなくなったけど、
弁財天からここまで24分かかりました、往復すると普通の人なら1時間ちょっとの遠回りということになるでしょうか、ここは小松島警察から1350m、赤線の遍路道が国道を離れるポイントから数えて4つ目の信号がある交差点です。
国道を渡ったところに福田恵峰さんの矢印もありました。
右手を見れば旗山、右の方に見えているのは義経像でしょうか、こんな所から見えるとは思わなかった、
国道から450mで赤線のへんろみちに合流です。
納経は恩山寺でしてもらえます。
2018年9月9日 参拝
18番恩山寺の奥の院は日本語のへんろ地図には載っていませんが英語の地図にはしっかり記されています。南小松島駅と阿波赤石駅の中間の海際にあります。へんろ地図20-1の上から2.5cm、右から1cmのポイントです。英語の地図にも赤線はないので、自分で一番の近道を見つけるしかありません。ぼくは今回電車で阿波赤石まで行ったので、往きは歩きの順打ちのお遍路さんには全く関係がないので参考にはなりませんが、帰り、弁財天から恩山寺の道は歩きの人が往復で使う一番の近道です。
阿波赤石駅から北へ200m、運河を渡ります。
900m太い道を進むと二つ目の運河を渡る、
橋を渡ってすぐ右折、
右折したところ
120mで突き当たって左折、
左折したところ、
200mほど北へ進むと突き当たり、この三叉路が順打ちで歩いてくる近道の合流ポイントです、右折します、
海岸の松原へ入っていきます、
左へ折れて防波堤の上の道へ、
向こうの小山の右側に目指す奥の院があるはずです、
防波堤の端を少し下りてきたところに、ありました。
ちちんぷいぷい(毎日放送テレビ)木曜日の特集は修行の旅、何回かの放送が終わった段階で慈眼寺の穴禅定は絶対放送されると確信していました。案の定9月6日に放送があって録画してきっちり予習させて貰いました。今までは時間に追われていて穴禅定をする余裕など全くなかったのですが、ここを外してはベテラン遍路と呼ばれるに恥ずかしい、ということで来年は十分時間をとって参らせて貰います。そうしたら、昨日は岩屋寺の逼割行場が紹介されました。こちらも来年初挑戦、写真では見ていたのですが動画で見ると、ドローンも飛んできっちり把握できました。気をつけないと大変なことにはなりますが、難易度では女体山や我拝師山とあまり変わらない感じでした。
予備知識を入れすぎると、新鮮みや感動が薄れるのではという考えもありますが、ぼくはとにかく慎重派、なるたけ失敗はしたくないので情報はあるだけ仕入れたいという考えです。
東林院から打ち戻り、阿波神社から500m県道を西へ進んだ最初の信号の所で左折、すぐ踏切があって、踏切は渡らず手前で右折、間もなく池谷駅の北側を通過、その少し先で二またがあって、今度は踏切を渡る左の道へ、そこからは多少蛇行しながら一本道を1.2km、それらしき入口が見えてきたところです。
門にはっきり十輪寺 談義所 その昔のお遍路さんは先ずはここからということだった、
ちょっと細かくて読みにくい、ぼくは納経して貰ったときに詳しく書かれた冊子を頂きました、
本堂です、
大師堂です、
本堂の前に墨書御朱印されたものと料金箱がありました、これがあることは事前に調べて承知していました、横の注意書きを読んでみると玄関のブザーを押して不在の時はと書かれてあります、あやうく料金箱に入れてしまうところでした。
2018年9月8日 参拝
1番札所霊山寺の前を東西に走る県道12号を東へ3.5km歩くと左手に阿波神社が現れます。
県道を左折して阿波神社の東側の道を北へ入っていきます、
300m進むと東林院の脇、トイレの裏から境内に入ります。阿波神社の100m先の信号を左折するのが自動車で来る正式の参道のようでした。でも赤線はこちら。
新しく立派な本堂です、
大師堂です、
お大師さんも居られます、
東林院は新四国曼陀羅霊場の1番札所でもあります、もう1回来ることになるのでしょうか。
2018年9月8日参拝
1番霊山寺の奥の院は東林院(種蒔大師)だと認識している人も多いと思いますが、大麻比古神社も奥の院だといわれています。
霊仙寺から西側の道を300m北へ進み高速道の下を抜けると、その前に大麻比古神社の大鳥居が現れます、
鳥居をくぐったところ、新しい灯籠がずらり。参道は意外なほど長い、
参道を8分進むと立派な橋を渡ります、橋の向こうは境内のはずです。
石段の向こう真正面に巨大なご神木。写真ではその大きさが全く伝わりません、
ご神木の脇を抜けてさらに奥にようやく本殿です、鳥居からここまで1km近くあります。お遍路らしき人は見あたりませんが一般の参拝者は雨なのに結構な数でした、今日は土曜日でした。
別格20ヶ所の内納経してもらえる奥の院があるのは1番大山寺と18番海岸寺の2ヶ所です。ただし別格自体が88ヶ所の奥の院になっていて別格の御朱印とは別に奥の院の御朱印がもらえるところがいくつかあります。それは、3番慈眼寺、6番龍光院、18番海岸寺、20番大瀧寺、龍光院の御朱印はすでに頂いていますが、その他はこれから、ネットで調べただけですから本当にもらえるかどうかは行ってみないことにははっきりしません。特に海岸寺では3つの別の御朱印がもらえるのか、あと3週間に迫っていますがまだちょっと疑っているところもあります。
暗くてよく分かりませんが大山寺の山門です、ここまでの写真は別格区切り打ちの方でいっぱい紹介しているので敢えて撮りませんでした。雨も降っていてそれどころではない感じ、昨日の夕食の頃からずっと降り続いています、
大山寺の登りは自動車道を短絡する山道が3ヶ所ありますが、実際は4ヶ所、日本語のへんろ地図には書かれていない最後の長めの山道があります、4.5km地点からH400の300mほど手前までです、入口にははっきりした道しるべがあるし、道中は少し草深いところもありますがそんなに歩きにくい道でもありません。出も今回は雨がたっぷり降っているし、まだ夏で草も相当茂っているだろうと思われたので、最初の短絡路だけは歩いて、2つ目3つ目4つ目は入らないで自動車道を行きました。前回1月の末全部の短絡路を歩いて地蔵寺から72分かかったのが、今回は84分でした。そんなにスピードを意識していなくてこの時間は意外なくらい早かった、
山門から本堂まで上がってくるのにさらに7分、石段がでこぼこで水たまりのあるところも結構あってかなり苦労しました。ぼくのすぐ後ろから山門まで車で来た男女が追いかけてきます、
暗くて何の事やら分からないと思いますが、本堂の左の方へ行くと、本堂の真裏に上がっていく道が続いていて入口に短歌の小径、と書かれた石碑があります。これが奥の院への参道です、参道に入ってしまえばあとは1本道、
短歌の小径、と読めるでしょうか、
右に見えるのが大山寺の本堂です、
参道は大体これくらいの幅があって舗装道の割合が7割以上、最後の方で何回か地道、舗装道、地道と交互に現れます。短歌の歌碑は比較的新しくて意外なほど頻繁に現れました。
雨が降っていて暗くて、一本道とはいえ初めての道で登っても登っても着かないので何度も心細くなってきます、事前にここに来た人のブログを見ていて、そこには往復で1時間かかったとあったので、ぼくの足なら45分と見当をつけていたので、最後の方はややくじけそうな感じでした。
そしてやっと28分かかって到着しました、写真ではほとんど分かりませんが。
黒岩大権現とはっきり書いてあります、ここからまだ正面に少し登ります。
見上げる石垣の上にプレハブのような建物が、こちらが正面だと信じ上まで登らずここで般若心経をあげさせて貰いました。上まで行く気力がほとんど残っていませんでした。
下りは快調で20分ほどで下りてきました、英語のへんろ地図には1.4kmと書いてあるのですが、実際歩いた感じではもう少し長いような気がします。
納経は大山寺でして貰います、
納経所でお接待いただきました、大汗かいたの本当にうまかった。
フェイスブックなどぼくには全く無用だと思い続けていたのですが、1ヶ月前から登録して毎日チェックするようになりました。ぼくが見るのは公開グループ、お遍路さん、というページです。主に海外の方1000人が登録していて自由にお遍路の体験談やこれから始めるに当たっての質問などをしています。このグループの代表(モデレーター)がエリーさんです。2日前、トロントを出発した男女4人のお遍路さん、ワクワクしていると投稿があったのですが、昨日の夕方徳島空港に到着して車で1番の前にあるお遍路ハウスに送り届けてきたと、英語のへんろ地図の編集者デビッドモートンさんの投稿、翌日本人たちが高原さんとハーバードのオリビアに連れられて霊山寺にお参りしたと報告していました。ぼくも二人に実際会ってたくさんお話ししたからその様子が目に浮かぶようです。最初からお遍路を熟知した二人に会えて本当に彼等は幸運です、
今年も関西マーチングコンテストに行ってきました。
淀工は今年も例年と全く変わらない選曲フォーメイションでしたが、やっぱりほかのチームとはひとつ飛び出た音楽でした、ハイデクスはマーチングでもステージでも何度も聴いているけれど、本当に美しい、涙がこぼれそうになるくらいでした。京都橘はまたも代表を逃しましたがぼくの中では淀工に次いで2番目で代表になっています。審査員5人のうち4人がクラシックの演奏家でマーチングの関係者は一人だけ、おかしい。マーチングコンテストなのだからマーチングの関係者は少なくとも3人入れるべきである、
5番札所地蔵寺の200m手前、突き当たって右折する、
右折したところ、少し登ったところがもう五百羅漢の入り口です、
境内に入ったところ、伽藍は「コ」の字に配置されています、伽藍をつなぐ廊下に五百羅漢が展示されています。
正面が釈迦堂です、
左側が弥勒堂、
右側が大師堂です、
十三仏です、
5番札所地蔵寺の奥の院は五百羅漢、地蔵寺のすぐ手前にあってその前を通って地蔵寺に入っていく人も少なくないでしょう。ぼくはいつも山門から入るのですが歩きの人だと山門から入る人の方が少ないかも知れません。
それでも今回初めて拝観料200円を払って堂内をしっかり見学させて貰いました、回廊でつながった釈迦堂と大師堂でで般若心経をあげました。お大師さんの周りには西国と阪東の観音さんがずらり囲んでいました、やや暗いのと目が悪いので文字がよく読めなかったのですが百観音すべてが居られたかも知れません。
地蔵寺でも五百羅漢でもずっと参拝者はぼく一人、贅沢な時間を味わいました。地蔵寺で終始一人だったのはもちろん初めての経験でした。納経は地蔵寺でしてもらえます。
79番天皇寺の奥の院はもう一つあります。順打ちで行くと天王寺に入る少し手前、番外霊場八十場の水、のちょっと手前から右に入っていきます。
天皇寺の少し手前の五差路がありますが(地図の右端)ここから上に上がっていく道が奥の院の参道です。
でもぼくはこのミニ西国の矢印に引きつけられて10分ほどタイムロスしてしまいました。こちらは誤り。
こちらが正解、お墓の脇の舗装小径を登っていきます。
鳥居があるので先ず間違いないだろうと、かなり草深い山道で蜘蛛の巣に頻繁に悩まされる、ここを歩く人などほとんどいないのだろう、さらに顔の周りをアブかブヨがつきまとってうるさい、夏遍路はこういうのも大変。
山道を450m進むと右手に建物が見えてそのすぐ先で右折します、直進の道もあるから注意が必要です、右折するとすぐ鳥居が見えます。
鳥居をくぐると間もなく正面に社が見えてきます、こちらは金山神社、
金山神社の手前、右手に瑠璃光寺がありました、八十場の水から600mほどですが12分かかりました。いろんな意味で厳しい山登りでした。
瑠璃光寺の納経は醍醐寺でしてもらえます。醍醐寺は天皇寺を出て1.6km地点の遍路道から50mほど右に入ったところにあります。遍路道が線路に近づく300mほど手前です。醍醐寺の入口には新しい金剛力士の石像が出迎えてくれるのですが本堂は改修工事の真っ最中、寺務所も納経所も見あたらないのでどうしたものかとうろうろしていたら。通りかかった車の女性がこちらの家ですよとお寺の向かいの家を指してくれました。
ごく普通の家ですがこちらが醍醐寺の人が暮らしている家です。
天皇寺と同じ境内にある白峰宮は79番元札所、元札所のいくつかは番外霊場になっていますが、そうでないものは便宜上奥の院のカテゴリーに入れて、御朱印も奥の院の納経帳にして貰うことにしました。空海が創建したという摩尼珠院はこの地に流された崇徳院も度々訪れた、院が崩御して造営された崇徳天皇社は江戸時代に摩尼珠院と一体の存在として79番札所になったということです。明治になって廃仏毀釈で摩尼珠院が廃寺となり、その筆頭末寺であった高照院が移転して札所を引き継いだ、
ご神木、いつもは通り抜けるだけの境内でお参りしたこともないのですが、今回ばかりは初めてゆっくりたたずんでみました。
横腹に菊のご紋、
本殿の奥の建物、
境内で掃除をしていた宮司さんに社務所を訊くと、その場で納経帳を出すようにいわれ、奥の自宅へ持って行かれました、順打ちで行くと本殿の奥から境内へはいる、その入口の手前の左手にある家です。神官の方が居られない場合はその家を訪ねるといいでしょう。
八十場駅から来て79番天皇寺と白峰宮の入口、鳥居の前に到着、境内に入る前に先に奥の院に向かいます。奥の院はここから左の道に入っていきます。順打ちだと鳥居を出てすぐ右折になります。
左折したところ、奥の院は向こうの山の中腹にあると思っています
250m進んで左の川を渡ります。
川を渡るとすぐ突き当たって右折、
右折したところ、
70m進んで、二またを左へ、奥の院なので矢印はありません。
100mほど進むと突き当たって左へ、
左へ折れるとすぐ右の方へ
右へ回ってくるとすぐ二またで右の方へ向こうのトンネルを抜ける、
国道11号の下です、
トンネルを抜けると分かりやすい案内板がありました、もうこれで大丈夫、
右折して国道の脇道を行く、
突き当たったところが登山口、40分と書いてあるからには30分で着くつもり、ここまで天皇寺から9分、
左折するとすぐ地道、
幅の広い山道です、
砂防ダムの脇に階段があります、登り口からここまで5分、ここまでは楽だったですが、
砂防ダムから18分登って、やっとゴールが近づいた感じ、ここまでの山登りは暑さもあってかなりバテました、楽なところはほとんどなかったといってもいいくらい。
石段を登りきったところに建物が、人の気配はありません
石段から2分で不動の滝の前にやってきました、通路が滝に近いので携帯を縦にしても全部が入り切りません、想像以上の壮観です。
滝の前を通りすぎると坂出の眺望が開けました。
滝から100mほど進んだところに小さな祠があります、ここでお大師さんが修行をされたと言われています。ここで般若心経をあげさせて貰いました。
再び滝の前を通って引き上げます、右の方にお不動さんが居られます、
滝から少し下りたところにお大師さんも居られました。
無事登り口まで下りてきました、
76分かかって奥の院を往復してきました、地図を見てる感じでは1時間はかからないと思っていましたが、いつもながら甘い見通しでした。
納経は天皇寺でしてくれます。
2年ぶりに善根宿うたんぐらに泊まったら奥さんがヒーさんの新しい本を見せてくれました。昨年お遍路ハウス横屋で2年前に出された韓国語版を見せて貰ったのですがその日本語版が今年の8月に出版されたばかり、もちろん読み切る時間がなかったので帰ってからAmazonで申し込みました、ちなみにヒーさんは今パリからサンチアゴに向かっています。飛行機に菅笠を忘れて一騒動あったようですがもう白装束で歩き始めたでしょうか。