WALKER’S 

歩く男の日日

31日目 民宿八十窪~バス停鳴門西 (2)

2017-08-12 | 17年四国の旅


 川沿いの道に上がったところに行政の矢印、


 90mで左上の道に上がっていきます、


 2分ほど来たところ、


 前の写真から12分、少し遠回りですが、気持ちよく安心して歩ける道です、なぜ今までこちらに来なかったかと思うくらいです、この赤線は昔の人が歩いたということではなくて、県道を行くより安心して歩けるから付けられた、と思われます。


 切幡寺まで5km、古い矢印はほとんど見かけないから、このシールが貼られたときに剥がされていったと思われます、


 宿を出てから2時間20分、徳島自動車道の下を抜ける、地図では14.4kmだから時速は6.2kmくらいです。


 ずっと県道を来る道との合流ポイント、ここからは何度も歩いた道になります。


 合流ポイントの生き残った矢印、ここに貼るシールがなかったから剥がされなかったのでしょう。


 そして県道に合流、


 2時間54分で10番札所切幡寺に到着、県道の道のベストより15分ほど遅かったのですが、次回からももちろん脇道の方を行きます。

 境内には歩きの人は見えなかったのですが、10時30分、山門を出ると、すぐ登ってくる人に出会いました、7番あたりから出るとこの時間になりますが、11番から先には行けないからずいぶん時間を余らせることになるでしょう。
 もう5月の半ばというのにその後も次々歩きの人に出会います、10人くらいの歩きツアーの人たちを含めて27人の歩き遍路さんに出会いました。
 安楽寺を出て県道12号の交差点を横断しようとしたら、10mほど左の県道脇に立っているお遍路さんがいて、あんなところで何をしているのかと気になって声をかけようかと近づいていくと、バス停でバスを待っているだけでした。なんだ、と声をかけずそのまま行きすぎて久々に県道を行くことになってしまいました、この道を歩いたのはおそらく最初四国に来たときだけだったと思います、
 この偶然のおかげで1kmほど進んだところで出会ったのがフランスのマリクレール・ヴィダルさん、挨拶をしてそのまま行き過ぎようとしたのですが、何となく立ち止まって話をすることに、彼女は日本語が話せました、ぼくの名刺を見て名前を読むこともできました、一巡を終えて今日は安楽寺の宿坊に泊まる、彼女は全部に宿に泊まりますが次回は通夜堂にもぜひ泊まりたい、そして次回は無理だけどその次には絶対逆打ちをしたいと熱を込めて語ります。聞くこと全部が驚きで感動してしまいました。もう後は1番でお参りしてバスに乗るだけと思っていたところにこの出会い、今年はきついことも何回かあったけれど、その何倍も良い出会いがありました、昨年も充実していたけれどはっきりそれ以上だと言えます。最後の最後でまた来年の楽しみが一つ増えました。


 1番霊山寺もきちんとお参りしたのですが撮影は忘れてしまいました、最後ヴィダルさんに会えたことでもう意識は来年に飛んでいるかのようでした、
 鳴門西PAに着いたのは14時50分、今年は余裕をもってトイレにも行けるしアクエリアスも買うことができました、これが1067枚目、今年最後の写真です。
    これにて、2017年四国の旅完了です、長々お付き合い頂いた皆様、本当にお疲れさま、そしてありがとうございました。

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31日目 民宿八十窪~バス停鳴門西 (1)

2017-08-11 | 17年四国の旅


 二人は車でバス停まで送ってもらう、1番まで電車で戻るようです。1番の売店で納経帳を買ったから、戻らなきゃいけないものだと思っていたようです、方々で1番で2回納経するようになっているのは1番で売っている納経帳だけだと後から知らされた、でもそのページを埋めないのも気持ちが悪いので電車で戻ることにした、車を見送るときに若女将に来年は逆打ちなので1番に来ますと約束する、これで3つの宿で来年来ると言ってしまったから、何としても来るよう努力する。


 宿を6時38分に出発、10番ではまだお参りしていないので、県道2号を南下しています。この陸橋は地図の11.4km地点から400m南下したところ、川を渡るとすぐです。この陸橋には赤線はなく、赤点線はもう200m先で左に入るのですが、前々からここに来るたび犬墓大師堂が気になっていて、大師堂に行くにはこの陸橋で左に入るしかありません、外にも道はあるけどかなり遠回りです。宿からここまで11.8kmを108分で来たから時速は時速は6.5kmです、新しいトンネルもできたから距離は少し短くなってるでしょうね。


 陸橋を渡る、


 2分でちゃんとした道に合流、出たところの道も赤線はありません、赤点線は大師堂の前を通らない。


 さらに1分で大師堂に到着、ちゃんとお大師さんも居られます。

 こちらが大師堂、おばあちゃんがいたので、ここに来るお遍路さんはいないでしょう、と訊いたら、そんなことはないよ、この間も錦の札を置いていったお遍路さんがいたよ、と教えてくれました。江戸、明治の時代は10番の方へ戻る人はいなかったようだから、こちらの道は全部遍路道ではなかったともいえるけれど、そういう超々ベテランのお遍路さんが来るのであればここはもう現代の遍路道と言えるでしょう。

 
 大師堂の前からの道です、


 大師堂から300mほどで突き当たって左折、赤点線の道にここで合流、赤線はこの右から来て左へ行く、

 赤線の道だから行政の矢印が、赤線の道を来ても600mほど寄り道すれば大師堂へは行けることになります、ぼくは結局この手前の赤線を歩き残したことになります、毎度締まらない話です。


 矢印、


 向こうのガードレールの下に川が流れています。


 川を渡ります、


 川を渡って上の道に合流するところです、へんろ地図には大北通学橋と書いてありました。

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30日目 民宿八十窪にて

2017-08-11 | 17年四国の旅


 16時28分、例年より30分から1時間遅れで、88番札所大窪寺の門前にある民宿八十窪に到着しました、大窪寺よりもこの宿に帰ってくることが結願という感じがしないでもありません。食堂の窓からこちらの方を見張っていた大女将が出迎えてくれます、いつものように、何回も来てくれてるね、と言われて、お遍路は11回目こちらの宿は10回目ですと答える、それだけ来てくれてたら覚えているはずだわ、これもいつもの受け答え。ぼくが最後ですか、と訊くと、大きくうなずく。志度からだとすごくゆっくりな人でも、15時くらいには到着できます。八栗からだと時間はかかりますが八栗に宿をとる人は少ない、Tさんも田尾さんも八栗だったけれど翌日は長尾でした。

 2回目の人が一人、あとの3人は初めてのようでした、ぼくの左に座った二人はもう何軒かの宿で一緒だったのか知り合いのような感じです、ビジネス旅館小松には電話をしたけれど連休中だったので満室、やむなく鈴に宿泊したそうです。おそらくぼくが泊まった2日前の5月6日、だとすれば、新居浜、三島、民宿岡田、ということになってやはり雲辺寺の手前まで3日かけています、想像以上に新居浜で区切る人は多いようです。
 右隣の人は初めてで何処まで歩けるか、何時頃に着くかが読めなくて、宿をとるのに苦労したといっています、余裕を持たすと早く着きすぎてしまう。
 大女将が話しているのをニコニコしながら聞いているだけでほんとうに幸せです、この幸せを味わうために、また明日から準備を始めることになります、明日は10番と1番のお参りが残っているから、明後日からというのが正確ですが。

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30日目 岡田屋旅館~民宿八十窪 (4)

2017-08-10 | 17年四国の旅


 霊芝寺の平で一段高くなったところに人影が見えます、こんな番外に来る人も居るんだと、境内に上がってみると,Tさんでした。長福寺に行くと、志度寺からここまで12kmほどですが、志度寺からここに直行すると4km、ぼくの方が8kmほど多めに歩いているから追い抜かれて当然なのでした。

 こちらも弘法大師の草創されたお寺、本堂は1802年に再建されたもの、

 お大師さんも居られます、

 Tさんと二人並んで休んでいるところにわんこがやってきたので、別格1番大山寺でわんこがず~っと先導して境内まで案内してくれたと話したら、Kさんも全く同じことがあったと言います、慈尊院から高野山まで大師を導いた白い犬の伝説は二人とも知っていて、お大師さんの犬だったのだと二人して改めて懐かしく思い出しました。88番大窪寺でも迎えてくれるわんこがいるけれど3年前、八十窪の前で前足の片方が使えないほど傷ついて本当にかわいそうだった、ということもここでお話しました、夕食では2時間以上、朝食の時も1時間近く話したのに、ここでも40分も話してしまいました、言っておきますが、ぼくはお喋り好きでも得意でも何でもなくて,Tさんが話し好きでそれに引きずられているだけのことです、お遍路の体験も知識も豊富だから聞いているだけでも楽しくなってきます。


 霊芝寺からは一緒に歩きますが、最初のところで道をきれいにはずしてしまいました、ぼくの地図にはない道が微妙に本当の道の近いところで分岐していて入ってしまいました、でも、あまり遠回りにはならず本当の道に合流できて大怪我にはなりませんでした、Tさんは前にご主人と一緒にここの正しい方の道を歩かれたそうです、もう一度やり直したいでしょ、とぼくに訊かれたのですが、このときはそんなに残念というほどではありませんでした、というのも、今回は20ヶ所近い初めての道を歩いたのですが、詰めが甘くて、完璧に歩けたのは徳島の地蔵院から阿波おどり会館までの道と、四十寺だけでした。あれだけ時間をかけてパソコン地図とにらめっこしながら地図を手書きしてもこの程度、でも完璧だとあとは崩壊するのみと仏教の教えにあるように、またこれから先の楽しみを残しておいたと思えば落胆するほどのことではありません。
 番外の道から本当の赤線の道に合流するところでTさんを撮影させて貰いました、

 霊芝寺から35分かかっているので時速は5.3kmくらいでしょうか、へんろ地図の距離表示を信用するなら4.4km、Tさんのペースに合わせています、


 霊芝寺から38分、12時40分に玉泉寺到着、いつもは素通りですが、今回はきっちりお参りしました。Tさんとはここでお別れ、Tさんは長尾で宿泊ですが、ぼくはまだその13km先まで行かねばなりません。

 87番札所長尾寺に到着したのは13時12分、いつも長尾に来るのは12時過ぎなのでかなり焦っていて写真を撮る余裕もないほどでした。


 長尾寺を13時23分に出発、14時17分におへんろ交流サロンに到着、ベストを狙う勢いだったのですが、2分遅れでした。
 お遍路大使のバッジと任命証は、名簿の記入ではなくて新たに専門の申込用紙に記入するようになっていたので、今日何人くらいここに来たのかは名簿を見ても分からないようになっていました。ぼくは何回も来ているのでDVDは別格のをいただきました。バッジをいただくのは4回目,DVDをいただくのは3回目です。


 新しい山門のすぐ手前ですごくうれしいことがありました。近所のおばあちゃんが犬の散歩に出るところに遭遇したのですが、リードにつながれたそのわんこは前足の片方の先がありません、ないけれどきれいに治療されていて3本足で元気に歩いています。今まで4回出迎えてくれたわんこは首輪もないフリーでしたが、怪我を見かねて近所の人が治療してくれてちゃんと飼ってくれているのに違いありません、そして、そのことを見せてくれるように出てきてくれたに違いありません、散歩の時間はばあちゃんの意志ですが、それ以上のものを感じないではいられませんでした。

 交流サロンを14時34分に出発して、いつものように花折峠経由の昔ながらの遍路道で101分で到着、ベストより2分遅れ、最後の最後まで焦り気味で脇道はあまり味わえませんでした。16時12分、最後のバスが出た後にここに来るのは初めてです、当然境内に歩きの人は見あたりません、

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30日目 岡田屋旅館~民宿八十窪 (3)

2017-08-10 | 17年四国の旅


 9時03分に志度寺を出発、11分で国道11号に合流したところです、地図の最後のページ、106-1。番外長福寺に向かっています。八栗からだと、13時に88番に着いてしまうので番外の道を歩きます、ここからはずっと国道なので写真は撮りませんでした、


 志度寺からちょうど1時間、やっと到着です、初めての道なので、すごく長く感じました、

 国道を右に折れてちょっと入ります、

 山門の横にあるベンチで休んでいたら、50代、70代くらいの女性の親子と思われる二人がやってきて、挨拶したときに、お母さんが、大病をしてお大師さんに救ってもらった、以来毎月お参りに来ているのだと教えてくれました、ぼくは札所ではとくにお願いすることはないのですが、今回の旅では本当にお大師さんのおかげを感じずにはいられませんでした、


 お大師さんがこの地に極楽寺を移し、長福寺も同時期に建立したとあります、番外霊場は当然のことのようです、
 長福寺を10時17分に出て400mほど来たところです。


 さらに17分、鴨部川の土手を走る県道140号に上がってきたところです。


 鴨部川を渡ったところ、目の前の高松自動車道をくぐって南下します、


 高松自動車道を抜けると、すぐ右折、西へ向かいます、


 高松道を抜けて15分、ちょっとした山越えの道に入ります、


 さらに4分、ここが峠のようです、


 峠から8分、左折して南へ向かうところ、向こうに見えるのは女体山か、


 11時17分、長福寺から59分で番外霊芝寺に到着です、矢印はなかったのですが何とか迷わず来られました。

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30日目 岡田屋旅館~民宿八十窪 (2)

2017-08-09 | 17年四国の旅


 六万寺でお参りを終えて出てきたところに、Tさんが反対の方からやってきました、こちらの方が昔の道なのですよと偉そうに説明したのですが、どうやら単なる勘違いでした、
 六万寺からはTさんが来た145号の方へ一旦少し戻って、右折して南下する道に赤線があります、英語の地図もその道にだけ赤線がありますが、白黒の地図ではその道に赤線はなく、少し西側の道で南下して蓮池の北側から牟礼中学の北側を通って県道145号に入る道に赤線があります。どちらが本当か、昔の道か、よく分かりませんが距離はあまり変わらないので、時代により、どちらの道もある割合で使われてきたのだろうと想像するしかありません。
 写真は、白黒の地図の赤線の道に入ったところです、最初、自分の地図の書き方が曖昧でかなり迷いました、


 3分で広い道に出てくる、


 右折して蓮池の方へ、赤線はないから矢印もありません、自分の地図だけが頼り、


 前の写真から8分、蓮池を右に見て、牟礼中学を右に見て、牟礼中学の北東の角からこの急な下り坂です、


 写真でも分かるほどの急傾斜、向こうに志度の海が見えています。


 県道に突き当たって右折したところ、赤線の道とここで合流、


 踏切を渡って国道に合流、


 右が琴電八栗新道駅、踏切のむこうはJR讃岐牟礼駅、


 8時47分、六万寺から52分で86番札所志度寺に到着です。

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30日目 岡田屋旅館~民宿八十窪 (1)

2017-08-09 | 17年四国の旅


 玉子かけご飯も嫌いではないけれど、消化が悪いから玉子焼きがやっぱりベスト、この宿も最初で最後のつもりだったのですが、絶対戻ってきたい、来年は逆打ちなので無理ですが再来年以降は、国分寺から歩き始めて、81,82,83、そして屋島を飛ばして85に直行すれば距離がちょうど40km、そして翌日も屋島を経由して88番まで38kmで行けます、それだけのことをする値打ちのある素晴らしい遍路宿、ぼくの好みでは横屋が1番、この宿が2番です、3番は青空屋。
 食事の後.Tさんが撮影したいと言って、ぼくと女将さんの2ショット、Tさんと女将さんの2ショット、Tさんとぼくの2ショットを次々段取ります、手際が良くて女将さんもされるがまま、おそらくほとんどの宿で同じことが為されてきたのでしょう、断られることもあるのでぼくは自然とお願いするのは止めてしまいました、ただお願いされた場合は必ず受け入れるようにはしています。帰ってからしばらくしてその時の写真が印刷されたカモメールが届きました、すごくマメな方です。


 7時ちょうどにTさんより一足早く宿を出発、女将さんが見送ってくれるときに、ぼくが逆打ち方向に下りようとしたので、お大師さんのところから昔の山道が整備されたのでそちらの方を行くようにすすめられました、数年前に整備されたその道は登り口に大きな看板が出ているので承知はしていたのですがまだ踏み入れてはいません、下りなので入る気はなかったのですが、せっかくすすめられたので初めて歩くことにしました、思った以上に歩きやすく整備されていて、登りの場合も舗装道より楽に歩けそうな感じです、
 Tさんに教えて貰ったお遍路休憩所仁庵です、上から下りるとケーブルカー駅のちょっと手前です。

 大分前から開設されているようですが、白いきれいな看板は最近設置されたばかりなので全然気づかなかった、


 ケーブルの駅から100m下ったところで左折、六万寺に向かいます。白黒の地図にはこちらに赤線があったのでこの道に入ったのですが、帰ってからよく見直すと昔の道ではなく車道と書いてありました、残念、


 でも歩いている時点ではこちらが昔の本道だったのだと確信しています、県道はなかったはずだから皆ケーブルのところまで打ち戻っていたはずだと、


 突き当たったところが六万寺の塀のようです、


 宿から68分で六萬寺に到着、

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29日目 岡田屋旅館にて

2017-08-08 | 17年四国の旅

 屋島で一緒だった女性はぼくより1時間以上遅れて岡田屋に到着、何をしていたかというと、洲崎寺の近くのお接待所でゆっくり食べてお話しして、もう締まり掛けの時間だったので残った羊羹やお菓子を全部いただいて、屋島で見かけた野宿の青年に再び会ったら、夕食の調達がまだだというのでもらったお菓子を全部青年にあげて、さらに八栗の登り口の近くにある仁庵というお接待所に立ち寄って、そこはすでになじみなので手作りゼリーやなんやらをまたたっぷりいただいてゆっくりお話ししてこういう時間になってしまったそうです、すごい、お遍路の達人です。地元の人と立ち話をするのがお遍路の一つの醍醐味と言われていて、何回も巡っていると、それは本当に感じることで、それを第一の楽しみのように巡っているというのは本当に素晴らしいなと思います。ぼくなどは話し下手だし、どうしても回数が多いと、自慢話のようなことが多くなりがちで、そういうのはできるだけ慎むように心がけているのでなかなか話が進まないという感じになってしまいます。ぼくはどちらかというと、話を聞きたい方です、初めての人でもベテランの人でも、いろいろ考えることや味わいや知識なども違うから、どんな人からでもどんな話しでもありがたく聞けます、


 夕食は18時30分から、これだけじゃありません、

 天ぷらが超熱々の状態で3回に分けて出てきますが、これは第2弾、第1弾のハモは撮り忘れてしまいました、ぼくはおそらくハモというものを食べるのは初めて、関西にいるとハモは京都の料亭か何かでちょっと経済力のある人たちが上品にいただくものだと思っている、もちろん京都に住んでいる人たちも普通に食べるのでしょうが、関西の西の端っこにすんでいるぼくたちには全く縁のないものだと思いこんでいます。
 その初めて食べたハモの天ぷらというものが、えっと声を上げるくらい美味しいものでした、プリッとしていてツルンとしていて白身なのに濃厚な美味さもあって、笑みがこぼれそうなほどの快感、幾度となくテレビで骨切りというものを見ていると、あれだけザクッザクッと音がするくらいだから少しくらい骨を感じるじゃないかと疑っていましたが、おもしろいほどなめらかであの骨切りがここまでなのかと自然に頭が下がりました、

 第3弾で打ち止め、隣の女性は仁庵でいただきすぎたので、第3弾は食べられなくてぼくに食べてちょうだいと勧めてきて、余裕があったので食べて差し上げました。今年は同宿の方に勧められるのはこれで3回目、くろうさぎでは女性のMさんがお肉は駄目なのでとすすめられていただいたのですが、ときわ旅館では魚料理もあったのでさすがに断るしかありませんでした、人のものでも出されたものをそのまま返すというのはせつないものがあるので、忸怩たる思いもあったのですが、あのメインを二人分平らげる自信はさすがに持ち合わせていませんでした。
 食事をしながらも、話は全然尽きません、女性は広島のTさん、食事の後に納札を頂きぼくは名刺を渡しました。
 2日前、弥谷寺に向かう道中、Sさんに、民宿大岐の浜で八十八ヶ所の奥の院の写真と御朱印のコピーをファイルにしたものを見せてもらったと言ったら、Sさんが、それと同じのを八栗の岡田屋さんで見ましたよ、と話してくれました。
そして、そのことを屋島でTさんに話したら、そのファイルを作った超ベテランの青木さんと知り合いだという、3回ほど出会ってお遍路の距離と高低のグラフになったの(多くのヘンロ小屋に貼り付けてある)をいただいたそうです。青木さんの写真を大岐の浜で見せて貰ったのですが、たぶんぼくも2年前出会っています、胸にへんろみち保存協力会のへんろ人形のバッジをつけていたので、宝寿寺で見かけた人に違いありません、青木さんは本当にすごい人で遍路宿に300軒以上泊まっている、これからさらに400軒を目指しているそうです、ぼくなどは200軒でもう充分、これ以上開拓する余裕は全くありません。
 Tさんは何回巡っているかは聞かなかったのですが、ぼくなどが知らない宿のことなどもよく知っていて貴重な情報をいただきました、まず土佐久礼のゲストハウス恵、ここのおばあちゃんとも仲良しで予約の電話でも長話するのが楽しみだそうです、恵はごく最近へんろみち保存協力会のサイトでも紹介されていて新しいへんろ地図には載るようです、土佐久礼には二つの宿があるけど両方ともクセがあるからおすすめしにくい、いい宿を教えてもらいました、
 もう一つは土佐佐賀の漁家民宿海生丸、佐賀は内田屋が廃業で宿がなくなってしまった(新しい地図では坂上が復活していますが)ので、うれしい情報です、帰ってから黒潮町のサイトを調べると外にも漁家民宿は2軒、いずれも2食付き7000円、素泊まり3500円。今年は1日20kmペースの人に会うことが多くて、やはり佐賀にも絶対宿は必要だと思いました。
 食事が一段落すると女将さんがコーヒーを煎れてくれます、そのあともしゃべりに喋って、本当に止めどがないとはこのことでした、

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29日目 お遍路ハウス八十場~岡田屋旅館 (9)

2017-08-08 | 17年四国の旅


 屋島の登り口の手前、屋島小学校からの400mの急坂は四国の山道で一番苦手かもしれません。階段のない登りの中では一番角度が急ではないかと思いたくなるくらい大嫌いな道です。いつもは瓦町か栗林公園の近くの宿から朝一で登るのでまだ我慢できるのですが、今回は初めて27km歩いた後で登ることになるので、耐えられずへたり込んでしまいました、屋島の途中で休みを入れたのは初めてです、
 84番札所屋島寺に到着したのは13時28分、一宮寺から14459m、正味の歩行時間は157分、平均時速は5.54kmでした。

 日曜日なので観光客は多かったのですが、歩き遍路さんは2~3人というところでしょうか、お参りを終えて納経所の横のベンチで休もうとしたら、歩きの女性が靴下を脱いで休んでいるところでした、一宮寺の近くで泊まるとここまではもう少し早い時間に来るのが普通なので、どういうことかと尋ねれば、一宮寺の近くのそらうみから番外の仏生山法然寺にお参りして春日川沿いの赤線の道で屋島まで来た、ぼくとはまた別の赤線の道、そして今日の宿はぼくと同じ岡田屋さん、屋島からの下りはもちろん危険で急な山道を下る、外に選択肢はありますかというくらい平然と答えます、一度あの山道を下ると懲りて二度と御免だという人も居ますが、女性なのに真逆の考え、それもそのはずで彼女は山歩きが大好きで、中津峰、如意輪寺も登ったし、まだ雪が残っている様な早い時期に篠山も登っている、こんな時期に登る人なんて居ないよ、と地元の人に呆れられたそうです。


 屋島の裏門を一緒に出たのですが、先に行かせてもらいます。
 気をつけていたのですが舗装道を横切った後で危うく尻餅をつきかけました、危険の種類が違う下りが続くから、ちょっと気を抜くとこういう風に引っかかる、来年は登るから安心、
 洲崎寺のすぐ手前で接待所が開設されていました、今日は日曜、今年4回目の接待所です、そのあと初めて洲崎寺の境内に入りました、真念さんのお墓の周りには88ヶ所と別格20ヶ所の名前が刻まれてミニミニ四国になっていました、お墓なので撮影は控えました。

 15時31分、85番札所八栗寺に到着、ベストより9分遅れの超ゆったり、今日は最後だし時間もあるので意識してのんびりです。
 境内はやはり車の人でにぎわっています、


 お参りを終えて15時46分、本当に門前の岡田屋に到着です、実のところ、この宿に来るつもりはなかった、評判がすごく良いとは直接二人以上の人から聞いていたのですが、なにぶん距離が合わない、それを無理に組み込んだのは二日前追いついたSさんのブログを見たからです、単なる良い遍路宿という以上のさらに大事なものがこの宿にはあるのだと、別の人の書き込みを見ても十分に感じられました。
 ぼくも毎年この宿の前を通るたび、本当に営業しているのだろうかと思うほどの佇まいなのですが、一歩中にはいると大違い、古いことは古いけれど、磨き抜かれた重厚さという様な古さでした。部屋の居心地の良さ快適さ、本当に最高だと言えるくらいでした、そしてお風呂、トイレ、洗濯、洗面、部屋、食堂が完全ワンフロアでした、

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28日目 風のくぐる~お遍路ハウス八十場

2017-08-02 | 17年四国の旅

 風のくぐるではお風呂の時間以外はほとんどパソコンの前でコーヒーを飲んだりパンを食べたり同宿の人と話したり、とてもリラックスできていい宿でした。同宿のお遍路さんは車で2回歩いて2回のベテランの男性と、お遍路初めての男性は別格も全部歩く、初めてなので宿の取り方がうまくいかなくて早く着きすぎたりその逆だったり、とんでもない宿に当たったり、それはそれは苦労の連続、遅ればせながら宿案内の最後の1枚を渡しました、そうしたらもう一人のベテランさんも欲しいというので、階下でご主人にコピーをお願いすることになりました、最後の最後までこんなにきれいにはけたのは初めてです。
 翌朝は雨、9時頃には上がるという予報なので慌てることもありません、コーヒーを飲んでいたら、今度は女性二人とお話しすることができました、二人は自転車遍路でしまなみ海道から来たので55番からのお参りです、雲辺寺はロープウェイですが横峰寺はあの自動車道を登ったみたいです、押して登るのは大変でしょう、と訊くと二人とも無言で大きくうなずく、これから先だと、焼山寺に鶴林寺。太龍寺はロープウェイだけど、そのあと最御崎寺、金剛頂寺、神峯寺、神峯寺はまったてと呼ばれる登りがあるから下に自転車を置いておくのがよいかもと助言します、上まで自転車で登っていった外国人カップルはいましたが、最後は絶対押して登ることになったでしょうから、
 小松で同宿だったベルギーとフランスのご夫婦は昨日善通寺に泊まっているのは分かっているので、窓を覗きながら来るのを待っていたのですが、向こうも雨が上がるのを待っているのか全然来ないので、諦めて7時35分に宿を出ました、

 雨の中、7時52分、76番札所金蔵寺に到着、善通寺から来た歩きの人は二人ほど、

 8寺09分に金蔵寺を出て、40分で77番札所道隆寺に到着、
 雨が降っていることもあって今日もほとんど写真はありません、
 9時04分に出発、天気予報は正確で、間もなく雨はあがりました。今年も讃岐富士の姿は見えませんでした。土器川を渡ってからの県道の脇道を今回初めて歩きました、矢印があるのは分かっていたけれどコンビニの都合があったのでなかなか入れなかった、英語の地図では脇道のみに赤線です。実際静かで歩きやすい道でした。
 郷照寺の写真もなし、10時16分頃到着しました。
 10時32分、郷照寺を出発、天皇寺は後回しで昨年と同じく白峯寺に向かいます。郷照寺まではベストより大分ゆっくりのペースですが、雨もあがって体も温まっていい感じで白峯に登っていきます、昨年よりも明らかに調子がいい、ベストより1分遅れ、アクシデントがなかったらベストタイで行けてたでしょうね、
 白峯寺の写真もなく、12時40分頃到着です、
 昼食休憩を少しとって13時07分に出発です、


 82番根香寺でやっと写真を撮りました。14時10分です。ベストより4分遅れ、この区間はもう思い出せないくらいベストタイが出ていないから、あまり頑張る気も起きないし、県道に上がってくる前は大抵へばることになっています。
 14時25分出発、久々に十九丁からの平坦な山道を歩いたのですが、最高に歩きやすい山道です、境目道より歩きやすい、82番から80番に向かう人しか歩かないというのがすごく勿体ないと感じるほどです、
 県道を横断、80番に向かう山道を下り始めたところで、外国人カップルが登ってきます、この時間にどの宿まで行くのでしょう、17時までには82番の手前のヘンロ小屋には行けるでしょうが、
 15時40分、80番札所国分寺に到着、お参りは明日にして、境内で善通寺から来る人たちを待ってたら、フランス人ご夫婦が到着、5日ぶりですがちゃんと覚えていてくれました、そのあと国分駅のちょっと先にあるコンビニに行ったらベルギー夫妻がいてやっぱりすぐ思い出してくれました。今日はひどいことがあって落ち込んだ1日だったのですが、4人に再会できて、終わりよければ全てよしということにしましょう。16時12分の電車に無事乗り込むことができました、外国人カップルが同じ電車に乗り込みました、坂出のホテルでしょうか、
 今日は20人の歩きの人に出会いました、一度会った人は除くからフランス夫妻ベルギー夫妻は含みません、この時期でも善通寺に泊まっている人は結構な人数です。


 お遍路ハウス八十場はこの建物ではありません、100mほど離れたところにあります、風呂は駄目でシャワーは使えるのですが、風呂場は狭くていろんなものがごちゃごちゃあって汚くてとても使えたものではありません、浴槽が使えない場合初めからシャワーは使う気はありませんでしたが、その気でいたとしても使う気にはなれなかったはずです。これで2800円というのはうたんぐらの朝食付き1000円と比較すると、本当に話にも何もならないと、そんな感じです。
 来年は宇多津まで歩いて電車で風のくぐるまで行くことを考えています。
 明日は一宮寺から屋島の手前まで初めての道で120枚ほど写真を撮ったので、大部違う感じで長くなると思います。

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27日目 民宿青空屋~風のくぐる (2)

2017-08-02 | 17年四国の旅


 本山寺をSさんと一緒に出発、出るときに時間を確認せず、写真も撮らなかったので、時間は不明、ただ、上の写真と、弥谷寺に着いた時の写真を確認すると、時速はちょうど4kmだったので、11時33分に出たことになります。本山寺には1時間近く滞在したことになります、お参りの時間を除いて50分ほどは喋っていたことになります、
 Sさんは1日に20kmのペースで、時速は3.5~4kmということだったので、速くならないように気をつけながら並んで歩きます、伊豆田越えではAさん、三原村ではMさんといっしょに歩いてちょっと速くなってしんどい目をさせたので、行き過ぎないようのんびり落ち着いて、ここまでの2ヶ月間のお話を伺いました、ぼくが四国に出てくる4月半ばにはかなりきつくなっていて中村の宿で5連泊、荷物を持たずに歩けるようにしたことまではブログで確認できていたのですが、その後も調子はあまり上がらなくて、ひどいときには時速2kmほどでもしんどいくらいになってしまったそうですが、その後も連泊の宿を6回、荷物なしで歩く日を設ける内にだんだんよくなって今はベストに近い状態で歩けているということでした、中村からはほとんどビジネスホテル、彼女は遍路宿の食事が多すぎると残さないようにするのが大変で、ホテルの方が気楽でよかったと言います。確かに、ぼくも今年は初めて完食できない宿がふたつほどあったし、食べきることだけに必死になることも何回かあって、そういうのが続くと逆に楽しめないこともありますからね。
 あと、予約を入れたのに予約が記録されていなかった宿坊の話、自らの不備を詫びることもなく終始ないがしろな対応、本当に最低です、お遍路さんで儲けているくせにそんなひどい仕打ちをするなどもってのほか、四国霊場そのものが衛門三郎になってしまった、即刻宿坊の営業は取りやめるべきです。その宿坊が宿坊の中では最高だという知り合いのお遍路さんもいたし、今年泊まった田尾さんも絶賛していましたが、宿として一番基本的で大事なことがきっちり行われないのであれば、全てが否定されても仕方ありません、その宿坊で同じような目にあったという人の話も聞きました、一人でも大きな問題なのに、二人の人がそういう目にあったというのはもう管理経営がなっていないということに他なりません、
 旧高瀬町に入る手前の国道の脇道も紹介して一緒に歩きます、日本語のへんろ地図には載っていませんが、英語の地図には国道に赤線はなくこの脇道にのみ赤線があります、入るところには矢印がありますが、歩道は反対側なので知らないと絶対に気づきません、ぼくがこの道に入れたのも2年前が最初でした、上の写真のすぐ手前で国道に合流して、写真のすぐ先で今度は左側の脇道に入る、ここからはほとんどの人が入れますが,Sさんは前回もう少し先のところから入ったそうです、ぼくも最初の時はここからは入れず、大分先まで全然気づかないままでした、
 弥谷寺の少し手前まで3時間ほとんど話は途切れませんでした、彼女は丸2ヶ月、ぼくも1ヶ月四国にいてずっと歩いていたから、まだまだ話すことはあったかもしれないし話し足りなかったかもしれません、


 一足先に71番弥谷寺に到着、14時20分です、ここから宿までは9km弱ですが札所が5つあるので、かなり厳しい感じになっています、
 14時50分、弥谷寺出発、32分で72番曼荼羅寺に到着、ベストタイ、
 15時30分、曼荼羅寺出発、6分で73番出釈迦寺に到着、ベストタイ、
 15時42分、出釈迦寺出発、23分で74番甲山寺に到着、ベストを3分も上まわりました、
 16時15分、甲山寺出発、13分で75番善通寺に到着、ベストタイ、
 16時40分、善通寺出発、


 国道沿いのファミマで夕食と朝食を調達して17時03分、風のくぐるに到着しました、予約では16時半に入ると書いたのですが30分ならまあセーフと言ってもいいでしょう。
 風のくぐるは素泊まり宿、正直全然期待はしていませんでした、評判も全く耳にしていなくて、助言するために一応見ておきたかった。出迎えてくれたご主人はとてもいい感じでした、ぼくが明日郷照寺から先に白峯寺に向かうのだと言うと、そちらの道のことをよく聞かれるのだけれどどうなんですか、と尋ねられました、30分くらい近道になるし、登りも緩やかなところが多くておすすめですと言っておきました。
 この宿のいいところは部屋数がそんなに多くはないのにお風呂が二つで完全男女別、トイレも完全男女別で、女性にすごく優しい宿です。さらに、階段を上がったところに広くはないけれどパソコンとテーブルがあってコーヒーお茶がセルフで飲めるようになっています、椅子が3つあって、情報交換の場にもなっています、実際、同宿の二人の男性お遍路さんとたっぷりお話ができました、個室に一人で泊まると3800円、文句なしのおすすめ宿です、

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27日目 民宿青空屋~風のくぐる (1)

2017-08-02 | 17年四国の旅


 昨年この宿の朝食で出た鮭が、その年の全ての宿で出た魚の中で一番美味しかった、今年の朝は鮭ではなく鯖だったのですが、やはり、今年いただいた全ての魚の中で一番美味しいものでした、はっきり断言できるくらい本当に美味しかった、この朝食をいただくためだけにこの宿に戻ってくる値打ちがあるというものです、それに加えて玉子焼きも最高、四国でいただいた玉子の中で最高、昨秋熊野古道のきけうやでいただいた玉子焼きが本当に最高でその次に美味い。来年は逆打ちなので岡田ですが、2年後以降は横屋からこの宿に固定することになると思います。少し電車で飛ぶことになりますが、本当に気持ちよく四国を味わうとなれば気持ちよく泊まれる宿を吟味するというのは必須だと思います、また帰って来たくなるような宿をできるだけ多くすることがモチベーションを保つことにも繋がります。


 田尾さんと一緒に宿を出発しますが、すぐ先に行かせてもらいます、田尾さんは今日は本山寺まで、近くのビジネスホテルに予約しようとしていたのですが、ぼくが一富士にした方がいいと強引に勧めてしまいました、ぼくは一富士に泊まったことはないし評判もそんなに耳にしたことはないのですが、なぜかそういう物言いになってしまいました。帰ってから田尾さんのブログを見るとまずまずだったようで、今更ながらよかったと思っています、
 7時15分に宿を出て、45分で大興寺に到着、今日は初めての道は歩かないので写真はほとんど撮りませんでした、


 大興寺を8時12分に出発、80分で、68番神恵院、69番観音寺に到着、ベストより2分遅れです。
 昨日雲辺寺を越えて、一昨日石鎚に登ったから、頑張りすぎることもない、

 9時55分に観音寺を出発、42分で70番札所本山寺に到着しました、やはりベストより2分遅れですが、時速は6.3kmなので押さえているという感じではなくて頑張らないという感じ、
 なぜか本山寺の写真は撮り忘れてしまいました、水屋を使って、本堂の前に行こうとしたら、いきなり女性のお遍路さんに声をかけられました、ブログ仲間のSさんでした、今日追いつくのは分かっていたのですが、まさかここではないと思っていたので不意を付かれた感じになってしまいました、メール交換は何度もしているのですが実際に対面するのは初めて、先ずはガッチリ握手です。
 ぼくがSさんのブログを見つけたのは13年の1月、その前の年の秋から区切り打ちで中村まで歩かれていました、ぼくが土佐佐賀の内田屋さんのことを調べているときに当たりました、宿の情報がきっちり詳しく書かれていて、とても参考になったし、文章も分かりやすく好感の持てる書き方で、続きを書かれるのが楽しみで、以来お気に入りに入れて毎日チェックしています。コメントを一度入れさせてもらって、以来メール交換も時々、道や宿のアドバイスも折にふれさせてもらったりしていました。彼女は体調のことなどもあって、時間を大分あけて区切りで結願をされたのですが、そのときにお遍路はやはり通しでないと、と感じられ、ようやく今回の通し打ち。ぼくなどよりも余程思いのこもった2ヶ月間だったのですが、ぼくが四国に出る数日前中村の手前で足の調子が思わしくなくなって、少々心配していたのですが、四国に出るとスマホではないのでブログを確認できず、室戸で同宿になった伊藤さんや、くろうさぎで同宿になったUさんにスマホを見せて貰って何とか続けていることだけは確認していました。
 藤川旅館で同宿だった男性といっしょにお参りも忘れて立ち話、昨夜の藤川は大盛り上がりだったようです、民宿岡田では田尾さん以外にもめぐめぐさんも同宿だったそうです。
 このとき写真を撮って貰って彼女のブログにアップされています。「とことこ巡礼記」で検索してみてください。

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26日目 お遍路ハウス横屋~民宿青空屋 (4)

2017-08-01 | 17年四国の旅

 2時間以上歩いたので平山の休憩所で長めの休み、いつもは椿堂まで休みませんが遠回り、遠回りでちょうどいいところです。しばらくすると三角寺で顔を合わせた男性がやってきたのでしばらくお話しします、MISORAが改装でお休みだったので困ったという話、横屋のことを教えるとたいそう残念がっていました、昨年も感じたけれど、新居浜で区切る人はぼくが思っているよりずいぶん多い、小松からMISORAまで19.5km、MISORAから伊予三島駅まで23.7km。小松から土居の松屋旅館まで31.9kmはちょっとしんどいという人の方が多いのかもしれません、だとすれば情報が行き届けば横屋の予約はとりにくくなるほどの人気になることは間違いないでしょう。
 平山では30分ほど休んで、椿堂へ、
 10時40分に椿堂に到着、今回は初めて境内に入らずそのまま先に進みます、まだ宿まで4寺間近く歩くのでそんなに余裕がある訳でもありません。
 椿堂から境目峠の登り口まで42分、ベストより5分遅れ、天気がすごくよくなって暑くなって、眠気におそわれて、4kmほどの間に2回も休みを入れてしまいました、緩やかな登りになって調子の出にくい区間ではあるけれど、これだけ苦労したことは覚えがありません。時速は5.6kmほどでした、
 登り口からは少し調子を取り戻し、境目峠からはほとんどフラットで林の陰になって涼しくて、完全に息を吹き返した感じの歩きです。曼陀道との合流ポイントまで59分、前回と同タイムでした、この道は2回目。この境目道は曼陀道より1kmほど長くてその分時間もかかりますが、本当に気持ちよく歩ける数少ない山道の一つ、雲辺寺を前に一旦調子を整えることもできるし、岡田に泊まらない限りはずしたくない道になりました。
 合流ポイントからは、昨年は完全にペースがつかめず、やられた、という感じの登山になってしまったので、慎重に休憩、水と食塩も十分にとって体調を整えます、思えば6巡目以来登り口は境目道が1回、佐野からが3回、池田からが2回、そのいずれもが途中で息が切れたりお腹が痛くなったりで意図せぬ休憩を迫られるような不甲斐ない登山がずっと続いていました。鶴林寺や太龍寺の登りが最近ずっと想定以上のよい登りができてきているのと対照的です。
 そういう思いの中で、合流ポイントを12時50分に出発、


 13時57分、66番札所雲辺寺に到着、残念ながらベストより2分遅れの66分でしたが、非常に落ち着いた安定した登りができました、もちろん立ち止まって息を整えることもありません、過去6回に比べると一番納得のできる登山になりました、タイムが追いつかなかったのは、昨日の石鎚登山と、今日の天気がよすぎたせいだと思われます、来年はタイムが出そうな気もしますが、残念、逆打ちです。

 宿まで1時間、大分余裕ができたので、ゆっくり40分ほど休みました、


 雲辺寺を14時38分に出発、下りも快調でした、タイムを狙ってもいいかという気になるほど足は動くし、道も読めて合わせて行くことができました。登りに関してはまだまだ厳しいですが、下りに関しては横峰寺も雲辺寺も読みながら思い切った歩きができるようになっています、今日に関して言えば、昨日の石鎚の下りがあったので、それに比べると3分の1で本当に今までにないほどの余裕でした。
 舗装道に下りてきたところでちょうど前を行く男性が見えました、この時間にここまでということは昨夜岡田に泊まられた田尾さんに違いないと、思った通りでした。田尾さんが岡田から青空屋だというのは、昨日岡田に泊まられたブログ仲間のSさんからメールをもらっていました。追いついて二人並んで最後の500mほどをのんびり歩きます。田尾さんはお遍路は何回か歩かれていますが雲辺寺を歩いて下るのは今回が初めて、4kmとは到底思えないぐらい長かったといいます、
 15時56分、青空屋に到着、昨年に続いて2回目の投宿、昨年は最初で最後だと思っていたのですが、やはり戻ってきました、お遍路だったら一度知ってしまうとなかなかはずすことはできません。

 最初はこれだけですが

 熱々の天ぷら、

 さらに猪ハンバーグ、
 田尾さんが、ビールを飲みたいけど、そんなに飲めないからと、ぼくに半分飲むように勧められました、お酒は普段は飲まないようにしていますが、今年は鮒の里の食前酒をいただいて、その前は2年前の曼陀羅オフ会で日本酒1杯、5年前に牟岐のあづまで食前酒、その前になると8年前、ビールはいつ飲んだか思い出せないくらい昔のことになってしまいました。10年ぶりくらいに飲んだビールは、今までで一番美味しいビールになっていました。
 田尾さんには本当にプライベートなことから何からいっぱいお話を伺いました、中身は書けないのですがお遍路というのは本当にすごいものだなと改めて感じ入りました、お遍路は人によって様々なものですが、こういうすごい歩き方もあるのだと、しっかり心に留めて、歩き続けたいものだと思いました。

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26日目 お遍路ハウス横屋~民宿青空屋 (3)

2017-07-31 | 17年四国の旅


 来年のお遍路には間に合います、


 三角寺を8寺45分に出発、同じ道を引き返して11分で椿堂への分岐です、
新しい近道に入れなくて、間違ってこちらに下りてくる人が時々いるようですが、白黒のへんろ地図にはちゃんとこちらの道にも赤線があります。
 白黒の地図には三角寺へ上がってくる二つの赤線の道に赤線はなく、ぼくがいつも使う新しい近道にだけ赤線があります。


 右に折れたところ、2年前歩いたばかりだから大体覚えています、


 雲辺寺山が見える、今日中にあのてっぺんに登って4km下る、でも昨日2000mの山に登って下ってきたから、


 分岐から15分、右に折れて橋を渡ります、ここからは初めて歩く道です。


 橋を渡ってから14分、古い道しるべがありました、奥之院へ五十八丁、雲辺寺五里、箸蔵寺七里、紛れもなくここが昔の遍路道、遠回りした甲斐がありました、

 大正四年二月、


 道しるべから6分、県道に合流します、

 矢印、

 道しるべも、三角寺から45分かかっているから時速6km出ていません、少し登りもあったし、昨日の疲れもあるからがんばりません。


 ここは県道5号、昔の道ではなくなったけど、ここに古い山道が続いていたはず、


 三角寺から47分ほどで、平山のバス停に到着しました、近道だと35分ほどで歩くはずだから12分、1kmほどの遠回りになるでしょう。

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26日目 お遍路ハウス横屋~民宿青空屋 (2)

2017-07-30 | 17年四国の旅


 ここは迷わない、


 向こうの建物が太陽の家、


 太陽の家の入口の前を通過、


 矢印を確認しつつ、


 ここから山登りが始まるか、


 右後ろに折れます、福岡のIZUMIさんがここで迷いそうになったと言うけど、分かりやすい道しるべがあります、


 後ろの道に入ったところにも矢印、


 歩きやすい道ですが結構な傾斜です、


 太陽の家から13分で太い舗装道に合流ですが、すぐ短絡路脇道に入ります、

 ほんの短い脇道ですが、赤線があるので押さえておきます。


 1分ほどで太い道に合流、


 昔の道の椿堂への分岐、2年前一野屋に泊まったので、ここまで下りてきたことはあります、その時は椿堂まではいかなかったので、今回はまたここまで下りて椿堂まで敢えて遠回りの道を行きます、今は赤線はありませんが昔の地図には赤線がありました。
 ここから少し先で上から降りてくる男性が、よく今の道に入れずにこの道を降りてくる人がいるので、尋ねてみると、足を痛めてバスを使いながら巡っている、この下からバスに乗るそうです。


 8寺26分、伊予三島駅から88分かかって65番札所三角寺に到着です、分かっていたけどかなりの遠回りです、途中迷いやすいところもあるから行かないようにとアドバイスすることになるでしょう、

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