WALKER’S 

歩く男の日日

井戸寺の手前の道 (2)

2017-05-31 | 四国 古道を行く


 前の左折ポイントから400mほど北上すると、

 ちょっとした水路を越える、この水が目印。向こうに見えているのは眉山、昨日は徳島市内は台風のようだったと言うから、このいい天気。

 水路から50mも行かないところで右折、目印にする必要もなかったようですが。

 右折したところ、相変わらずの遍路道の雰囲気。

 前の右折ポイントから300mほど東へ来たところ、ここを左折したのですが、もう1本向こうが正解だったようです。道理で道しるべがありませんでした。

 間違って左折したところ、したがってこの道は遍路道ではありません。この時点では正しいと思って歩いていますが。

 200mほど北上、突き当たって右折します、当然のことながら遍路シールも道しるべもありません。

 間違っているけど静かないい道。

 突き当たりから120mほど東に進んで、赤線の道に合流です。ここは赤線の道が県道から右折するポイント、したがってぼくはそのまま県道を横断して真っ直ぐ進めばいい。緑の正解の道はこのちょっと前で県道に合流するから少しだけ県道を歩くことになる、だからぼくが歩いた道の方が安全ないい道だったとも言える訳です。そしてこの緑の道は赤線の道よりわずか30mの遠回りにしかなっていません。車の往来が激しくて歩道もないような危険な道に赤線があるのはおかしい、わずか30mの近道であるという理由だけで。日本人ももれなくこの道を歩くようになればいいのにと思います。

 赤線の道に入ったところ。

 10時18分、無事17番井戸寺に到着、境内にはmachanがお接待をしてあげたであろう3人の歩きの人がいました。その内の一人の男性とは水屋の横のベンチで少しお話しして宿情報を渡しました。山門の外で電話をしていた女性は忘れ物があったのかしばらくして戻ってきました。

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井戸寺の手前の道 (1)

2017-05-30 | 四国 古道を行く

 佐古五番町、7時15分発のバスに乗って入田に着いたのは7時43分、真っ直ぐ鮒の里まで行けばそんなに距離はなくて楽勝の1日になるのですが、今日は目一杯四国のみちを歩いて、いろいろ寄り道、遠回りをするので容易ではないはずです。

 8寺05分、13番大日寺に到着、さすがに境内にはぼく一人、やすらぎに泊まっている人がいなければ最初にここに歩きの人が来るのはどうしても9時を過ぎるでしょう。

 14番、15番と快調にお参りを済ませ16番観音寺に到着したのは9時38分、15番国分寺を出たところでmachanとばったり、立ち話しながら熱いコーヒーを煎れてもらいました。すでに16番で5~6人のお遍路さんにお接待をしてきたあとでした。彼女は自宅から7~8kmは離れた井戸寺、観音寺、国分寺まで自転車で来てお接待をするのが日課のようになっています、もちろん毎日ではなくて、自身バスツアーでお遍路や西国や新四国やいろんなところを巡っています。

 観音寺から600m東へ進んで左折したところ、この200m先で赤線は右折しますが、緑の四国のみちはそのまままっすぐ、

 ここがその分岐点、行政の新しいシールがでばって以前の矢印はみんな剥がされている、それまで頑張ってきてくれたものがないがしろにされてしまったようで気分のいいものではありません、多すぎるとか、目障りだとか言う人もいますが、あれがあったから迷わず歩くことができた、14年前にはへんろみち保存協力会のシールしかなかったんだからね。

 四国のみちの道しるべはまっすぐなのだ。

 50mほどで国道192号を横断、日本語のへんろ地図ではこの先道がなくて行き止まりのようになっているけれど、ご覧のようにちゃんと道は続いています、本当の遍路道が。

 下はちぎれてしまっているけど四国のみちはしっかり存在しているのだ。

 ペットボトルに守られた道しるべ、これも四国の優しさか。

 古いへんろ石もある、ここは紛れもなく遍路道。

 ほぼ真っ直ぐ来ているけれど、道しるべは意外なほど多い。

 踏切の手前でちょっとクランクが入る、それにしても静かで安全ないい道です。人も車も全然通らない。

 踏切の向こうも微妙にくねりが入ったいい感じの道が続いています。

 踏切から200mほど北上すると突き当たって右折、もちろん道しるべもはっきり。

右折して30mも行かないところで左折、大きめのクランクなのでした。もちろん道しるべもある。

 左折したところ、ほんとうに気持のよい道が続いています。

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2日目 やまさ~歩き遍路宿びざん (2)

2017-05-29 | 17年四国の旅

 焼山寺ではお参りと休憩で35分ほど滞在して、10時54分に出発。この時間だと、予定していた入田小学校に14時45分というのがちょっときびしい感じ、きびしければその手前の行者野でも広野でもバスの時間に合わせて行けるところまで行けばよい。でも、ここまでいつになく苦労して登ってきたので、もう玉ヶ峠に向かう気持は完全になくなっていました。ぼくは四国の山道の中で玉ヶ峠が一番嫌いです。4寺間近くかけてやっとこさで12番に到着、そのあと急な坂道を1時間近くかけて下ったと思ったら今更ながらの山登り、しかもその道はあまり整備されていなくて無理矢理造ったような急な山道。元々遍路道ではないですからね。昔のお遍路はみんな神山の町の方へ下ったはずです。遠回りは遠回りだけれど、これだけしんどい思いをしたあとはゆっくりのびのび歩きたい。神山の方に行くと入田まではとても間に合わないけれど、広野までなら楽勝でしょう。
 焼山寺の下り、バスターミナルの少し手前で若い女性に追いつきました。昨日は柳水庵ですか、と訊くと、どうして分かるんですか、と少しびっくり。この時間ここを歩くにはそれしか考えられない。女性で野宿はあまり感心しないけれど、通夜堂や善根宿や時には普通の宿にも泊まるのかもしれません。今日はもう雨が降りそうなので神山温泉の宿に泊まると言っていました。橋を渡る手前でばあちゃんが出てきてあめちゃんをいっぱいお接待してくれました。前には同じ家の若い奥さんに缶コーヒーをお接待して貰ったこともありました。
 昨年は同じように神山の町の方に出て寄井から外国の若い男性とバスに乗って広野で降りた、今回は広野かできれば行者野まで歩くつもり。
 神山高校の少し手前で雨がきっちり降り始め、一時はかなり激しくなったけれど、風はあまりなくて傘だけでもほとんど問題はありませんでした。阿保坂の少し手前の集落におあつらえ向きのバス停があったので20分ほど休憩、いっそのことここからバスに乗ってしまおうかとも一瞬考えたけれど、時間がありすぎるので、やっぱり広野までは歩こうと思い直しました。

 14時32分、広野に到着です。地図を持っていないのでここから行者野までの距離が判らない、怖いのでやっぱりここでバスを待つことにしました。もうすでに6時間半以上歩いているから十分でしょう。そして、明日はここまで戻ってくるのではなく予定通り入田から歩き始めます。今年は全歩きではないのでフレキシブル。

 バス停佐古五番町を降りて少し西に戻って国道の南側沿いにありました。バス停の位置がどこか判らなかったので少し迷いましたがきょろきょろして何とかすぐ見つけることができました。前年に歩いているときにその外観は見ていたので助かりました。15時39分、今日の宿泊はぼくだけです。

 食堂は2階、部屋とトイレ洗面は3階です。部屋は洋室ベッドです。夕食は酢豚が熱々でボリュームもあってすごくおいしかったのですが、熱々を熱々のまま食べられないくらい、食事の間中ご主人といろんな話の絶え間が全くありません。ゆっくり味わいたいけれど話も聞かなきゃいけない、こちらも答えなきゃいけない。食卓の前に50インチほどの特大モニターがあって、その横でご主人がパソコンをいじるとその画面がすぐモニターに映し出される、ぼくが石鎚に登るんだというと、一番最近登ったという人のレポートがすぐ出てきたり、登り口の地図がすぐに出てきたり、明日バスで入田まで戻るというと、バスの時間がすぐ出てきたり、ぼくがブログをやっているというと、検索してすぐ出てくる、自分のブログをあんな大きな画面で見ることはないのでちょっとうろたえる。ぼくがいろんなところを歩いていると判ると、じゃあ吉野から金峯山寺を経て高野山に入る道が最近整備されたようだからそこを歩いてみてはと奨められたりしました。ご主人は紀伊山地(山の名前は忘れました)の山小屋で働いていたことがあるそうです。オフシーズンにはお遍路も続けていて、いくつかの遍路宿の人は泊まりに来てくれるし泊まりにも行くそうです。食事はもちろん全部頂いたのですが、本当にゆっくり味わう余裕がないというか覚えてられないくらい喋りっぱなしでした、
 2食付き6500円、この宿はかなり特別です。もうはずせなくなってしまいました。朝食の撮影は忘れてしまったのですが、朝食の時も喋りました、バスの時間ぎりぎりまでゆっくりコーヒーを頂きながら落ち着いてしまいます。来年も距離は全然合いませんがバスで往復します。今度は同宿の人がいて料理をゆっくり楽しみたいと思います。

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2日目 やまさ(吉野川市)~歩き遍路宿びざん(徳島市)

2017-05-28 | 17年四国の旅


 やまさの親父さんに車で送ってもらって11番札所藤井寺に到着したのは6時18分、朝食が大分早めに用意できてしまったのでした。でもこの時間でもちょうど3人の歩きの人といっしょになりました。朝食はたぶんキャンセルしたのでしょう。お参りも前日に済ましているようで、すぐ山道に入っていきました。3人目の男性とは境内で少し話ができました。何回か巡っているようでお気に入りの宿のことも話してくれました。ぼくが今日泊まるびざんのこともよく知っていて、明日泊まるそうです。ぼくはお参りがあるので10分ほど遅れて山登りです。いつもならここまで2kmほど歩いてからの山登りですが、送ってもらったので朝食後いきなりの山登りで、全然調子が出ません、明らかに身体が重い、ザックもキャラメルとチーズが大分入っているので重い。

 自覚通り長戸庵まではベストより6分以上の遅れになってしまいました。身体が動かないのは分かっていたのでスピードはもう意識しないようにしました。昨年は焼山寺の日の気温が異常に高くて汗がだらだらで全然駄目だったのですが、長戸庵までは気温が上がる前で珍しくベストタイが出たのですが、今年は最初から駄目の日になってしまいました。先に出た3人には早々に追い越して、しばらく休んだのですが、まだまだやってきそうな雰囲気はありません。

 長戸庵を出て6分、見晴らしのいいところに出てきました。午前中から雨の予報ですが、まだ全く降る気配はありません。天気は良くないですがこれはこれでなかなか幽玄な感じもします。

 8寺20分、柳水庵に到着、やはりベストより5分遅れ、まだ桜が残っています。ここは標高500m、

 一本杉の手前の急坂もいつになく苦労しました。昨年は暑くてタイムは出なかったけれどそれなりに身体はよく動いていましたが、ことしはまだ動きは良くなくて何度か休みそうになりました。ここで足を止めるか止めないかで体調の善し悪しがはっきりします。この手前の石段のところでちょうど野宿の男性に追いつきました。柳水庵に泊まっていたのだとしたら出発時間が遅すぎるから、長戸庵の先のヘンロ小屋に泊まっていたのかもしれません。
 ここに上がってくるとご夫婦が休憩中、この時間にここまで来られる訳ないと尋ねたら、逆打ちでした、しかも別格も全部。あと3日ほどで結願です。何年か前にもここで逆打ちの人と会ったことを思い出しました。

 10時17分、12番札所焼山寺に到着、タイムはとっくに諦めて堅実に立ち止まらないようにだけしてなんとかたどり着きました。朝食が早かった分、歩きは遅かったけれどほぼ予定時間に到着したので気分的に余裕はあります。
 納経所の横の休憩所でおにぎりをいただきます。昨日法輪寺の山門でいっしょだった人たちとまた山門でいっしょになりました。むこうはもちろん車ですが。

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初日 鳴門西~やまさ (2)

2017-05-27 | 17年四国の旅


 2番極楽寺、3番金泉寺、4番大日寺、5番地蔵寺とお参りを終え、6番の2kmほど手前にある小柿休憩所にやってきたのは11時46分、ここまでのペースは3番まではベストタイで、4番までは2分遅れ、5番までは30秒遅れ、足の筋肉はかなり鍛えてきたつもりですが、背筋の調子が数ヶ月前からずっと気になっています。それに加えて久々の重いザック、さらに気温がかなり高くなっています。後から分かったのですが、徳島ではなく地元姫路のこの日の最高気温は4月で2番目に高い気温でした。
 昼食を摂りながら休憩所に置いてあるノートを見ていたら、昨年四国中央市の松屋旅館で同宿だった谷澤さんの書き込みがありました。前日の小松でも同宿だったのですがそのときは人が多すぎて全く話に加わることはなくて、松屋では二人きりだったのでたっぷりお話しできました。その時はぼくはやり直しの旅で足摺からだったので、宿情報は持ってきていなかったのですが、谷澤さんが夕食の時にスマホを持っていたので、ぼくのブログとホームページを紹介すると、これ知っていますよ、と言う。プリントになったものを貰ったことがある、藤井寺の手前の吉野で逆打ちのお遍路さんが見せてくれたのでコピーさせて貰った。逆打ちの人はおそらくときわ旅館で貰ったのでしょう。
 谷澤さんは昨年は別格も含めて順打ち、結願は6月の初めだったのですが、今年は88ヶ所、3月の中旬に出発しているので通しだとしても全然追いつきません。

 6番安楽寺、7番十楽寺、8番熊谷寺、とお参りを終え9番法輪寺に到着したのは14時30分、ペースは相変わらずベストより少しだけ遅い、でも宿には楽々16時までには着きそうなので全然余裕です。ここまで歩きの人には16人で会いました、4月の半ばにしては意外なほど多いという感じです。でも本当に歩く人の事情は様々だからいつから歩くかというのもバラバラであって当然、梅雨の始まる前ならいつから歩き出しても何の不自然なこともないということでしょうか。そのことは来年逆に歩いてみてさらにはっきりすることになるでしょう。

 14時44分に法輪寺を発って22分、阿波中央橋が見えてきたところです。今回は2番からお参りを始めたので10番切幡寺は飛ばして藤井寺の手前の宿に向かいます。10番に行くと17時を過ぎてしまうので初日からそんな慌ただしいことはしたくない。10番をお参りしてこの橋を渡るときは写真の右の方から土手を歩いてくるのでこの国道318号を歩いてくるのは初めてです、と言いたいところですが、最初に四国に来たときはたぶんこの道を歩いていたはずです。その時は9番の場所が全然分からなくて9番を飛ばして10番に行ってしまったので、翌日9番からたぶんこの道で11番に向かったと思われます、もう14年前のことでその時歩いた道ははっきり覚えていません。

 15時51分、初日の宿やまさに到着しました。この宿はへんろ地図に載っていません。昨年教えて貰って早速試しにやってきました。ネットの情報でも食事はかなりいいということでした。

 食堂の方の建物はかなり年季が入っていますが、宿の方はかなり新しめです。玄関を入ると年配の親父さんが待っていてくれました。客はぼく一人、部屋は新しくて居心地も全然悪くないのですが、ところどころ継ぎ接ぎ感が目立ちます、プロの仕事でないことは明らか、DIYで作ったような感じで、まだやりかけの部屋もあるみたいです。それで、民宿や旅館の許可が下りない、へんろ地図にも載ることがない、納得です。お風呂もかなり独特でおっという感じではありましたが別に不自由なことはないし、不衛生なことも落ち着けないということもない。ここよりひどいお風呂には何軒か当たったことがあるので、それに比べれば何の文句もありません。でも女性にはちょっと勧められないかなという感じもします。

 食事はさすがにプロだから全部美味いしボリュームたっぷり、高知ではないのにお刺身がしっかり旨みがあったしミンチカツも熱々、もちろんお鍋も熱々、給仕をしてくれた親父さんの娘さん(息子さんのお嫁さん)が明るくてとても感じが良くてさらにうれしくなりました。

 朝食もボリュームたっぷり、デザートはスイカとパイナップル、4月にスイカなんて初めてです。

 おにぎりはお接待です。2食付き5500円でした。女性には積極的にはお薦めしませんが男性にはまあお勧めできます。朝は藤井寺まで車で送ってもらえます。頼めば迎えにも来てもらえます。11番だけでなく10番からでも送迎はしてもらえるようです。

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初日 鳴門西(鳴門市)~やまさ(吉野川市) 1

2017-05-26 | 17年四国の旅


 8寺44分、予定時間よりちょっと早く高速バス停鳴門西に降り立ちました。矢印は完全に色あせているけれど、はがされていないだけいい。ここにこのシールがあるのとないのとでは、これからお遍路を始めるものとしては気分がちょっと違ってきます。
 いっしょに降りた女性は明らかにお遍路さん、通しですかと声をかけたら、27番までなんです、バスや電車も使うということでした、初めてではなく何回か巡っているとも聞きました。1番までいっしょに行きたかったのですが、ぼくは今日の内に吉野川を渡るので2番からです。

 矢印が左を向いていますが1番に行く人はこの扉ではなくさらに東の方から出るのが正しい。2番に行く人は少ないけどぼくはいつもこの扉、

 4月も半ばになるとピークも過ぎて歩く人も少なくなっていると思いきや、普通にすぐ出会ってしまいます。お参りを終わって山門を出てきたところで、若い外国人男性二人連れがいたので、呼び止めて英語の宿情報を手渡します、昨年作って余った分2部だけ持ってきました。

 今年初めて見た新しいタイプの遍路シール、

 3番金泉寺の手前のあぜ道の近道を行くお遍路さん、あれだけはっきりした道しるべがあるとほとんどの人がこの道でいきなり境内に入ってしまうことになる。大して近道にもなっていないし、なにより山門をくぐらないというのはおかしい、道しるべは撤去してほしいし、こちらからは境内には入れないようにして欲しいとも思う。

 3番金泉寺の山門の前に来ると、若い外国人男性がお参りを終わって撮影中、残った1枚の宿情報を渡して、歩き始めて1時間もしない内に掃けてしまいました。2年前も多いと思ったけれど、明らかにそれ以上の予感、

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あるがままんかお宿日和佐か

2017-05-26 | 17年四国の旅

 日和佐の宿「ちいさな宿あるがままん」は09年に開業、日本語のへんろ地図には載っていませんが2年前の9月に発行された英語のへんろ地図には載っています。3年前の2月の美波町の観光パンフレットにも載っています。2部屋で雰囲気はとてもよさそうですが値段は分かりません。
 ゲストハウスお宿日和佐は2年前に開業、完全個室の3部屋で素泊まりのみの4500円ですが朝食のパンとコーヒーは用意されています。築百年の古民家をリフォーム、オーナーは外国人なので古民家の雰囲気は十分残しています。お風呂もあります。厄除橋を渡ったところにあります。
 日和佐の宿は多いですが特に評判のいいという宿はあまり耳にしません。それだけにこの二つは大いに期待したいところです。
 土佐久礼駅の近くにできたゲストハウス恵(けい)も朗報でした。こちらも素泊まりのみの3000円ですが、このあたりに宿泊するお遍路さんはかなり多いようですから、やっと気持ちよく安心して泊まれる宿ができて心が晴れる思いです、旅する人全体に浸透していくのはまだまだ時間がかかるとは思いますが。

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気の早い話

2017-05-25 | 17年四国の旅


 来年の計画がほぼ固まりました。逆打ち、全歩き、お気に入りの宿に泊まるとなると電車バスで往復するところがどうしても多くなってしまいます。
 

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帰宅して1週間

2017-05-24 | 17年四国の旅

 前は四国から帰っても四国にいるときのように朝4寺に目が覚めて、おはヨンを見たりめざましテレビを見たりすることもあったけれど、今回は朝も昼も夜もよく眠れています。四国にいるときは長い時間熟睡することがほとんどなかった、1日歩いて疲労した筋肉を休め再生するのに夜中ずっと肉体や細胞の多くが働いていてそれとともに意識も完全に休まることがなかったような気がします。だから、昼間眠気におそわれながらふらふら歩くことが何度もあったくらいです。
 歩くのを止めると、もう筋肉の負担がなくなって普通にどんどん熟睡できています。そして見る夢は必ず四国を歩いている夢、全部一応計画通りに歩ききって、いろんな緊張がいっきに解けて、安心しながらも意識はやはり四国に飛んでしまう。まだこれからふり返りのブログも書いていかねばならないし、来年の逆打ちのことも考えてしまったり、その前には西国の残りもあるし、完全に終わった訳ではない。今回写真は1000枚ほど撮ったのですが、初めて歩いた道と、宿と宿の食事がほとんどなので、ふり返りもそういうところをメインに書いていくことになります、
 今回の旅は過去4年と比べて、明らかに体調が良かった。筋肉痛がほとんどなかったし、踵のひび割れもなかったし、靴擦れもなかったし、マメも左の小指に2日ほどできただけ、歩きには全く影響がないものでした。今年の初めから意識的にタンパク質の摂取量を増やしたのがもろに影響したと確信します。筋肉痛が引くのが本当に早くなった、少し痛んでも2日すればほとんど感じないほどになっていきます。今「がってん」でもやっていますが、タンパク質は本当に健康の、体力づくりの大元だと身にしみて感じています。今回足を痛めなかったことは大いに自信になりました、歩く練習と食事をきっちりしていけば、そんなに心配することはない。

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旅のまとめ 3

2017-05-22 | 17年四国の旅


 朝から雨が降っていたので、星ガ森では何も見えないかと思っていたのですが、ご覧のとおり。ぼくが横峰寺に着いたのは9時、その時にはすでに歩きの人も何人か境内にいたのですが、登り口のヘンロ小屋で野宿した人もいるだろうし、温泉しこくやからでも早く出れば着くかもしれない、そんな中明らかに歩きのご夫婦がいたのでいぶかしく思って尋ねたら、伊予西条の駅からバスで来たというので納得、区切りの今日が最初の日でした。いっしょに星ガ森に登り始めました。二人ともこの光景を前にすごく感激されていました。そして丁寧に二礼二拍手一礼をされました。ぼくも習って丁寧に頭を下げました。この後何とか成就社まで辿り着けたのはそのおかげだったかもしれません。無事に帰ってくることができたのはあらゆることの、あらゆる人のおかげさまだったと思う以外にありません。
 この前夜、旅館小松では靴の寅さんからたくさんの話を聞かせて貰ったのですが、三日後にも青空屋で、こんどは二人きりだったので、さらに深い話まで伺いました。11年前の教育テレビの趣味悠々で採り上げられてテキストにも載ったんだよ、というので帰って早速そのテキストを引っ張り出してきました。確かに123ページに寅さんの若々しい写真がありました。テキストでは靴の購入方法などは全く紹介されていませんが、NHKに問い合わせがあればきっちり対応して教えてくれていた、と寅さんは言っていました。このテキストには久百々のるみ子さんや民宿ひかりの大女将やカフェふくながのマスミさんの写真もあって改めて懐かしく見返しました。
 その中に宮崎建樹さんの言葉もありました。
 「自分がありがとう、と言えるようになると、周りの人も変わるんやね。歩いて、それを気づかされた。経験しないと理解できないものがあるんです。
  自分がしんどいめしてみて、他人を思いやる心がでてくる。だから、しんどいめも、失敗も、せないかんのです。
  しんどいめしにくるから、お四国や。それを思いやる風土が四国にはあるんやね。」
 ぼくも4年前と昨年足を痛めて途中リタイアしてしまったのですが、その失敗は本当に良かったと思っています。そのおかげで今年は多くの人といっしょに歩くことができました。確かにぼくは歩く距離が長いのでいっしょに合わせて歩くと宿に入る時間が遅くなって後半焦って歩くということもあったのですが、それでもどちらの方が大事かということは、昨年の失敗で身にしみていました。ぼくの話や宿情報をありがたいと思って受け止めてくれる人がいる、そのことがぼくにとっての大きな助けであり力にもなります、こちらこそ本当にありがとうと言いたい。

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旅のまとめ 2

2017-05-20 | 17年四国の旅


 1 やまさ           5500円 2食付き、おにぎりお接待
 2 歩き遍路宿びざん   6500円 2食付き、おにぎりお接待
 3 鮒の里           6500円 2食付き、おにぎりお接待
 4 ふれあいの里さかもと 6480円 2食付き、2階の部屋は540円高い
 5 樹園            7000円 2食付き
 6 みちしお          5643円 2食付き、龍馬パスポートで5%引き
 7 うまめの木        7000円 2食付き
 8 とうの浜          6000円 2食付き
 9 喫茶民宿きらく      6800円 2食付き、おにぎりお接待
10 民宿まさご        7500円 2食付き
11 なずな           6800円 2食付き
12 岩本寺宿坊        6800円 2食付き
13 土佐ユートピアCC   5400円 2食付き
14 大岐の浜         6800円 2食付き、おにぎりお接待
15 民宿はやかわ      6000円 2食付き、おにぎりお接待
16 農家民宿くろうさぎ   6500円 2食付き
17 民宿磯屋         5900円 夕食付き
18 民宿兵頭         6000円 2食付き
19 ときわ旅館        7000円 2食付き
20 八丁坂           6800円 2食付き
21 お遍路ハウス平和通  2800円 素泊まり
22 ビジネスHつよし    6000円 2食付き
23 ビジネス旅館小松   6700円 2食付き
24 玉屋旅館         8000円 2食付き
25 お遍路ハウス横屋   4300円 夕食付き、おにぎりお接待
26 民宿青空屋       6500円 2食付き
27 風のくぐる        3800円 素泊まり
28 お遍路ハウス八十場 2800円 素泊まり
29 岡田屋旅館       6700円 2食付き
30 民宿八十窪       6500円 2食付き +缶ビール300円

 宿泊費合計  183323円
 交通費      10820円
 食費飲料費    7559円
 コピー         380円
 石鎚御朱印・トイレ 400円
 京都三弘法     7430円   合計 209912円

 30泊でも21万円でおさまるのは納得できないと言う人がいたのですが、安い素泊まりが3泊と素泊まり並の夕食付きもあったのでこういう感じになりました。初めての宿で良い評判を聞いていたものは、全部評判以上で来年以降も泊まりたい宿もいくつか。評判を聞いていなくて泊まった宿も一つを除いてまあ納得のいく宿ばかりでした。その中でなんといってもびっくりだったのが写真の横屋です。2食付きで4800円、しかも夕食は最高ランクといってもいいくらいで、トイレ洗面は完全リフォーム、お風呂も全く問題ありません。前神寺と伊予三島のほぼ中間地点で本来であればぼくの宿泊ポイントにはならないところですが、来年以降も電車で往復して必ず泊まるようにしたいと思っています。
 ほかにも必ず帰りたいのは、大岐の浜とびざんと風のくぐるととうの浜とつよし、くろうさぎは大岐の浜に泊まるとどうしても合わないのがすごく残念です。
 来年初めて泊まる予定にしているのは、そらうみ、ほ志川、お遍路ハウス民宿やまもも、西予のみやこ、まなべ旅館、ゲストハウス恵(土佐久礼)、ゲストハウスはりまや橋、あるがままん、道の宿そわか、民宿ちばというところです。逆打ちなので1番と88番の間は歩きません。初日には高速バスの志度からなので、今年道をはずした霊芝寺から玉泉寺の間のやり直しができます。めでたしめでたし、

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旅のまとめ

2017-05-18 | 17年四国の旅


 やはり今年の1枚はこの写真になります。実際に見た感じと写真ではずいぶん違うのですが、ほかのお遍路さんが滅多に行くことのない見ることのない風景だというのが、さらに意味を持つ。自分でも全く何も期待していなくて道しるべに従って進んで登っただけなのに、この風景が飛び込んでくる。石鎚では視界が50m以下で何も見えなかった分、こちらの印象がさらに強くなりました。
 25番津照寺から3.7km、標高313m、ぼくの足で61分かかったから普通の人なら1時間半、遅い人でも2時間もあれば十分でしょう、ただ遍路道に戻ってくるのにも同じ距離を行くので、3時間は遠回りになります。それだけの余裕と天気もよくないと意味がないので、なかなか来られる人は少ないということになります。
 今回は初めての道が23ヶ所、予定ではもう少し多かったのですが、かも道は通行不能だったり、予定より時間が押したり、疲れたり、天候が悪かったりで断念した道も9ヶ所ほどあって、まだまだ全ての(みどりの四国のみちを含む)遍路道を踏破することはできないという感をさらに強くしたものでした。同時に日本語のへんろ地図にはない四国のみちを見直すきっかけにもなりました。16番と17番の間、徳島市の方谷寺からの山際の道、43番と鳥坂トンネルの間、一宮から屋島までの道はこれからも歩きたくなるような静かで安全で雰囲気のある道でした。
 お遍路は出会いがいちばん、と宮崎さんも言われましたが、今年は昨年以上に多くの出会いがあって、本当に充実していました。実際に出会わなくても以前に出会ってヘンロ小屋のノートや宿帳で名前を見つけた谷澤さん、阿佐美さん、エリーさん、ぼくの紹介で1日違いで同じ宿に来たという和田さん、わざわざ会いに来てくれた竹下さん、伊藤さん、お接待しに来てくれた塩田さん、ぼくが毎日お遍路ブログをチェックしている内田さん、ぼくの宿案内を7年前からずっと持ち続けてくれている三井さん、鳴門西のバス停で同じバスから降りた小林さんはさかもとで再会、とうの浜で同宿車遍路の石原さんご夫妻、高野山でお大師さんにひどいことをしたのでそのお詫びのために巡っていると言う守石さん、青森から最初で最後の四国の旅、マラソンもやっている工藤さん、なずなで同宿の福田さん、同じくなずなで同宿大岐の浜で再会した高柳さん、岩本寺、ユートピアでも同宿だった関口さん、いっしょに伊豆田越えをした粟野さん、道の駅大山で通夜堂を教えてあげたジェレミーさんとレイチェルさん、栄福寺でいっしょに休憩、小松で同宿になった鏑流馬さんご夫妻、小松で同宿、青空屋でもいっしょになった靴の寅さんこと田尾さん、そしてメール交換はしているけれど初対面のブログ仲間の酒井さんとは本山寺から弥谷寺までお話ししながらゆっくり歩きました。ある意味お遍路の達人お話大好きついつい引き込まれてしまう玉井さんとは岡田屋で同宿、霊芝寺から玉泉寺まで歩きました。そして最後の日のフランス人のヴィダルさん、そのほかにも多くの同宿の方、道中で出会った方、挨拶してくれた方、声をかけてくれた方、みなさん本当にありがとうございました。西国をいくら歩いてもこういうことはほとんどありません、暖かい、うれしい、楽しい旅ができたのも皆さんのおかげだと思っています。

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31日目 10番、1番、鳴門西

2017-05-16 | 17年四国の旅


 14時50分、高速バス停鳴門西に到着しました。
 昨夜の八十窪は本当に和やか楽しいひとときでした。四国では初めてお金を払ってビールをいただきました。八十窪は10回目の宿泊だったし今回は色んな危機も乗り越えたのでそのお疲れの意味もありました。いい気分で終始ニコニコしながら大女将の話を聞いている自分がいました。折りを見計らって、昨年ここで教えてもらった三弘法の御守りを取り出して大女将に見せるとそれでまた一盛り上がり、同宿の人たちも感心することしきり、ベテランのお遍路さんでも知らない人は多いようですから。最後の夜にふさわしいひととき、来年も帰って来るのだと決意するに十分なものでした。
 一夜明けて最後の歩き、犬墓弘法の前を通る四国のみちはなんとか行くことができました。女の人がいたので、この道を来る人はほとんどいないでしょうと訊くと、そんなことはない、この間も錦の札を置いていってくれた人がいたそうです。少し遠回りになりますがやはり安全でのんびり行くことが出来ます。そして10番、歩きの人はいなくて車と自転車の人だけ、30分ほど境内でうとうと、境内から階段で下りる途中初めて歩きの人と出会いました、10時半、安楽寺か十楽寺か越久田屋か。それから歩きツアーの8人を含め続々とすれ違い、挨拶するだけ、時には無視されて南無大師遍昭金剛、
 
そして衝撃の21人目、本当なら絶対歩かない道(安楽寺からの県道)で出逢ったのはフランス人のヴィダルさん、挨拶して行き過ぎようとしたら何気なく立ち止まって話が始まってしまいました。彼女は相当日本語が出来ます。日本で暮らしたことはないようでフランスで勉強した。文字も少し読めるようで名刺を渡したらぼくの名字もすぐ口に出てきました。88番から1番に戻ってきたところで何故か今夜は安楽寺の宿坊です。寝袋は持っているけど基本的に宿に泊まる、でも次回は通夜堂にも泊まりたいというので、ぼくが英語の通夜堂のリストをウェブで公開しているというと、ぜひ教えてほしい、彼女の手帳にアドレスを書き込みました、それから名刺と納札を交換、日本語が読めるからホームページやブログも見て貰えるかもしれません。来年は順打ちをするけどその次はきっと逆打ちすると、逆内ににすごく魅力を感じている、エリーさん以外にも何度も巡る外国の人がいることは聞いているけれど、このように目の前で熱意をもって語られると嬉しいしとてもありがたい気持ちになります。1番札所に戻る最後の日は何か寂しさに付きまとわれるものですが、最後の日にもこういう素晴らしい出会いがあって、最高の締めくくりになりました。思わずヴィダルさんに合掌して別れます。
 今年の旅のまとめと感謝はまた明日パソコンからしたいと思います。

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30日目 六萬寺、長福寺、霊芝寺

2017-05-15 | 17年四国の旅

 16時28分、民宿八十窪に到着しました。今日も初めての道をたっぷり歩きました。ただ番外の道なので遍路シールや矢印は全くありませんでした。自分の書いた地図だけが頼り、霊芝寺まではばっちりだったのですが、最後の詰めが甘くちょっと外してしまいました。でも結果的には近道だったので大事にはなりませんでした。その区間は岡田屋で同宿だった広島のTさんといっしょに歩いて、もう一度やり直したいでしょう、と言われたのですが、まぁいいかなぁという感じです。まだまだ歩いていない道は多いから今の段階ではそこまでこだわりません。それより来年は初めての道より千人大師にこだわって歩きたい、南無大師遍昭金剛を528回+3000回唱える、本当のお礼参りをしながら1100㎞を歩きたい。

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29日目 続き

2017-05-15 | 17年四国の旅

 天皇寺を出たのは6時20分、時間の余裕があるので昨日よりさらにのんびり歩きです。68分かかって国分寺に到着、昨日は善通寺に泊まったであろう人たちを確認するために境内に入ったけれどお参りはしていませんでした。境内は車の人だけ、歩きの人の姿は見えません。国分寺を7時41分に出発、一宮寺に向かいます。昨日国分寺で再会できたフランスとベルギーのご夫婦はちょうどあの山を登りかけたところでしょう。昨日国分寺で歩き終えた人は確認できただけでも10人はいたから五色台はにぎやかなことでしょう。それに比べて国分寺から一宮寺に歩く人なんて先ずいないからまたも同行二人です。身体が暖まってきたようでのんびりから自然にペースが上がってベストより3分遅れただけで9時10分に一宮寺に到着しました。歩きの人はいないはずと思っていたら、外国人の若い男性が一人、野宿の装備もない軽そうな荷物、いったいどこから来たのやら。
 一宮寺ではたっぷり1時間の休養、しばしうとうとしました。その間やはり歩きの人は現れませんでした、根香寺から3時間ではむずかしいか、
 一宮寺からはいよいよ初めての四国のみちです、地図とカメラを両手に歩きます。英語の地図を見るまでこんな道があるとは全く知りませんでしたが、実際歩いてみると、ちょっと驚きの連続でした。車のほとんど通らないのどかな道が多く高松市内なのに田舎のへんろ道の様相も随所に味わえます。そして日本人はほとんど誰も歩かないのに遍路シール、矢印はもれなくと言っていいほど曲がり角に見られ、かなり色あせた古いものも残っています。この道を行くと県道や国道を行く現代のへんろ道がなにか違うのではないかという感じすらします。ちょっと遠回りになるという理由だけで四国のみちが無視されていくのは本当に残念です。

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