WALKER’S 

歩く男の日日

ピカデリーサーカスの夜景

2009-12-26 | 日記
 この絵を描いたのは、牧野義雄。20世紀初頭ロンドンで活躍した人です。先日「迷宮美術館」で紹介されるまで、全く知らなかった。シャーロックホームズの作者、コナンドイルや有名なSF作家H・G・ウェルズも彼のファンで、ウェルズは彼の作品を買ったこともあるという。さらに、「霧の都ロンドン」のイメージを作ったのは、彼の作品だったともいわれている。コナンドイルが生きていた=シャーロックホームズが生きていた頃のロンドンの風景がいっぱい描かれているであろう彼の画集が復刻されている。ぼくは画集には全く興味がない、本物を見たあとで美術館の売店で複製や画集を見ると、全く別物としか感じられないからだ。彼の本物は生まれ故郷の豊田市美術館に60点くらい所蔵されているようだけれど、常設展示にはなっていないようだ。従って、不本意ながらamazonで検索して画集を購入するしかない。2000円で往時のロンドンへタイムスリップできればいうことない。
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ホームセンター ムサシ

2009-12-23 | 日記
 久しぶりに夢前川を渡って隣の広畑区に入る。たぶんここにしか売っていない、格安のコピー用紙を仕入れるためだ。再生紙A4、500枚で368円。このコピー紙が来年ぼくの代わりに四国を巡ってくれる。泊まりがけの旅行は当分できなくなってしまったけれど、日帰りの旅は何とかできる。この紙に遍路宿情報を印刷して、小松島の遍路小屋に届ければ、それを持って、お遍路さんが八十八ヶ所を巡ってくれる。これまでは自分の荷物を担いでいたので、60部がせいぜいだったけれど、これからは歩かないので、一度に400部は持っていくことができる。1年に3~4回は届けるつもりでいるから、歩き遍路さん全体の3分の1くらいの人がこれを持って歩いてくれることになるだろう。
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12月14日(月) 関西大学応援団吹奏楽部 第48回定期演奏会

2009-12-15 | 演奏会

1部 関西大学学歌         山田耕筰
    グリーンスリーブス        A・リード編曲
    詩人と農夫序曲        F・スッペ
    組曲「仮面舞踏会」      A・ハチャトリアン
2部 マインドスケープ         高昌帥
    第六の幸福をもたらす宿   M・アーノルド

アンコール  アメイジンググレイス
        ホールニューワールド  メンケン
        ヒューマノス       Jvd・ロースト

 行けるかどうか判らなかったけれど、何とか3ヶ月ぶりに姫路を脱出することに成功しました。CDを送ってもらうことになっていたけれど、音だけでは絶対全部を感じることはできないと思っていた。今年は、創部以来最も大変な年だったはず、その最後をどうしても見届けておくべきだと思っていた。ぼくが知っている限り最も少ない40名という人数だったけれど、2部の音楽は聴き応え十分だった。マインドスケープは大阪大会、関西大会よりも輪郭がはっきりしていてよくまとまっていたし、アーノルドも、ぼくがコンクールで幾度となく聞いてきた他の団体の演奏よりも、バランスよくきれいにまとまっていた。本当に胸に染み入るものがあった。それに比べると、1部の音楽は差がありすぎるような気もしたけれど、何といっても2部の指揮者は二人とも全国大会金賞の指揮者、それだけの差が出るということは、それだけ実力のある値打ちのある指揮者だとも言える。学生指揮者の限界を見せつけられたような気もするけれど、この体制は維持していく方が賢明であると認めないわけにはいかない。
 来年の3月までは23名、さらに厳しい状況が何年も続く。何とか楽しく乗り切って貰いたいと心から願う。

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イン・ザ・クリスマス・ムード

2009-12-03 | 日記
 12月になったので、またクリスマスのCDを探して購入する。昨年まで廃盤で買えなかったグレンミラー楽団のアルバムがこの11月から再販になっていて新品が買えるようになっていた。それ以外にも,amazonで探すと、スタイリスティックス、ナナムスクーリ,LAトリオのクリスマスアルバムが買えた。これでクリスマスのCDだけで50枚を超えたけれど、まだポールモーリアのアルバムだけは持っていない。インストのクリスマスアルバムでは最も有名なものなのに、未だ再販はない。
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アーティスト

2009-12-02 | 演奏会
 井上道義氏の口から「アーティスト」という言葉が聞けて嬉しかった。近頃の日本ではこの言葉がおかしな使い方をされていて苦々しい思いをしていた。クラシック音楽のみが 芸術だというような偏狭な考えは持ってはいないけれど、彼らの音楽が芸術だとはとても認めるわけにはいかない。軽々しい言葉の使い方で本当の音楽が軽々しくなっていくような感じがするのは耐え難い。
 それはさておき、ぼくも大学2年生の時このラレミファを演奏したことがある。でも、その音楽の深い意味は全く理解していなかった。ただ音符をできるだけ正確に音に換える作業しかしていなかった。楽器を持って2年目だったので、それすら思うようにならず、音程が正確にとれず、部分的にカットされてしまったりした。芸術に触れるまたとない機会だったのに、全然生かせなかった。せめて「ラ」の意味だけでも分かっていたなら、全然気分が違っていたのにと、今になって悔しい思いをしている。
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ラレミファ#

2009-12-01 | 演奏会
 もう、2週間くらい前になるけれど、「名曲探偵アマデウス」のショスタコーヴィチ、第5交響曲には衝撃を受けた。この曲が、スターリンから大変な非難を受けた前曲(歌劇ムツェンスク郡のマクベス夫人)の汚名を返上するための改心の1曲であることは承知していたけれど、実際はそれだけの曲ではなかった。スターリンや周りのスタッフたちには大いに気に入られて名誉を回復することができたことは事実だけれど、ショスタコーヴィチはそれ以上の意味をこの1曲に込めていた。第4楽章の最初の有名なテーマはラレミファ(ナチュラル)で始まる。コーダの金管楽器の華やかなファンファーレもラレミファ#。このラレミファ#は歌劇カルメンのハバネラの中で使われている。アリアを歌うカルメンに群衆が合いの手を入れる「気をつけろ」。この「気をつけろ」がラレミファ#なのだ。気をつけろ=信じない。そしてコーダのラレミファ#のファンファーレのバックでは全員が「ラ」のユニゾンで8分音符を延々と252回も刻んでいる。「ラ」(A)は古いロシア語で「私」を意味する。作曲者自身もそのことを認めていたという。つまりこの曲の壮大なフィナーレで彼は「私は信じない、社会主義の理想を。私は信じない、スターリンの偉業を。私は信じない、スターリン主義という現実を」と叫び続けているのだ。それでいて、当のスターリンからは大絶賛されるような曲に仕上げた。
 指揮者井上道義さんの言葉
   「どんな時代に生きてる人でも、その時の枠というか、縛りがある。それを全部取っ払うのがアーティストなんだよね。彼は完全に自信があった。完全に自分の才能に対する自信が揺るぎのないものだった。」
 ロシア文学者亀山郁夫さんの言葉
   「彼が闘い獲ろうとしたものは、政治的信条、あるいは自分の生きている現実、体制に対する批判、そういうことを超えて、自分の芸術的個性をどこまで拡張できるか、与えられた条件の中で。そういう格闘そのもののプロセスがショスタコーヴィチのいわゆる信念だったと思いますね。」
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