WALKER’S 

歩く男の日日

三弘法まいり (1)

2017-03-31 | 日記


 地元、飾磨駅を7時12分発の直通特急で出発、阪急西院駅に到着したのは9時28分、ここから京都市街の北の端から南の端まで歩いて巡ります。

 西院駅は西大路四条にあります。今まで、桂、西京極、大宮、烏丸、河原町で降りたことはありますが、西院で降りるのは初めてです。

 西大路を北上、4分で六角通りとクロス、ここを右へず~っと行けば六角堂頂法寺に至ります。

 さらに2分で三条通りとクロス、嵐電もクロスします。

 さらに1分で御池通りとクロス、ここは地下鉄とクロス。前回の京都でも感じたけれど本当に自転車が多い、歩道も自転車と歩行者と区切られているくらい、地下鉄の路線は限られているけれど路線バスは縦横にくまなく走っていてもやはり自転車の方が効率的に移動できるということでしょうか、

 さらに9分で丸太町通りとクロス、高架はJR、高校駅伝でおなじみの風景。

 さらに4分で北野中学の横を行く、大きな目印、左折ポイントが近いはず。

 近いといいながらさらに5分来たところで向こうにイズミヤを確認、左折ポイントは西大路一条でした。

 一条通りを西へ向かいます。かなり落ち着いた通りです。

 一条に入って10分、大本山妙心寺の山門です。

 山門のすぐ先で道は二俣、一条を離れて右の道へ入ります。

 2分で嵐電の踏切を渡る、駅は妙心寺。

 踏切を渡ったところにある郵便局は京都竜安寺郵便局、5倍以上竜安寺の方が離れているけれど、

 踏切から2分、目指す仁和寺の道しるべ、

 仁和寺にもミニ四国があります。

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京都へ

2017-03-30 | 日記

 昨日はたっぷりベストエイトを楽しんだので、かつ結果も全て予想通りで、今日は安心して久々の遠出です。準決勝は録画です。
 日帰り巡礼は日曜日の予定です。

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素泊まり遍路宿プロジェクト

2017-03-29 | 日記

 昨年土佐清水のロッジカメリアで耳にした素泊まり遍路宿プロジェクトですが、その実体が分かりました。昨日その一つに泊まった知り合いのお遍路さんがブログに書いてくれたので判明しました。本当の名前は「お遍路ハウス四国88」で若者支援団体のNPO法人ニュースタートが企画していました。ニュースタートは何年か前に歩き遍路のツアーも企画して新聞に採り上げられたりもしていました。
 HPを見ると、すでに何軒もの宿が営業中でした。前からあった宿がここに組み込まれているものもあります。一里木、美園、すだち館、大岐の浜、潮風などです。基本的に素泊まり2800円で食事のできる宿もいくつかあります。特筆すべきは高知県東洋町の野根にできたということです。牟岐から野根まで28km、野根から最御崎寺まで32km、多くの人が無理なく歩ける距離です。選択肢が広がって遍路センターやうまめの木に泊まれる人が増えるのは喜ばしい。
 さらに79番天皇寺のそばにできたのも大きい。国分寺まで打って電車で高松か坂出の宿に行く人が多い中、八十場だと翌日の朝電車に乗らなくてもそのまま81番に向かうことができます。電車賃は半額以下になって宿泊費も安い、宇多津のうたんぐらの方が大分安いですがうたんぐらは駅から1.5kmあるのでちょっとしんどい。ぼくも今回うたんぐらを予定していたのですが、こちらに変更することにしました。本当の最後の変更、早速会員登録をすませました。会員登録は宿に着いてからでもできます。

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引き分け再試合

2017-03-27 | 日記

 昨日の第3試合が延長に入ったとき、まさか15回で決着がつかないとはつゆほども思っていませんでした。おかげで、休養日が消滅、ぼくが出かける予定にしていた水曜日はベストエイトの日になってしまいました。こちらも1日延期して木曜のベスト4の日に出かけることにします。京都は土曜か日曜の天気の良い日を予定しています。

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写経完了

2017-03-26 | 日記

 旅立ちの3週間前にして写経176巻書き上げました。1月下旬からずっと1日2巻のノルマでほぼ予定通りでした。室温が5℃以下で指先がかじかみながらということも何回かあったので、次回は12月までに仕上げたいという気持はあるのですが、また西国のブログを書いていくことになるのでどうなることやらという感じです。四国の分は完了したのですが、四国に出る前に西国4ヶ所と京都3ヶ所の分があるのでもう一ふんばりというところです。

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一回戦終了

2017-03-25 | 西国33観音巡礼

 高校野球の1回戦が終了、学校紹介と校歌の録画も全部うまくいって、ようやく日帰り巡礼のことが考えられます。22日目の総持寺から宝塚は来週の水曜、29日に出かけることにしました。ちょうどその日は高校野球も休養日。地図も何とか書き終わりました。

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判決

2017-03-25 | 日記

 四国霊場会の言い分が退けられる判決が出ました。62番宝寿寺はこれから先もマイペース、納経は8時から、昼休みは12時から13時まで。1年72万円の会費も支払わなくてよい。たしかにお遍路さんにとっては少し不便、僕も2年前お昼休みに当たって30分ほど待たされました。あらかじめ分かっていたので昼食休憩にしたので特段腹を立てることもありませんでしたが。
 西国の札所は納経の時間は札所によってまちまち、昼休み休憩をとっている札所はないと思いますが、だから本来自由にしても何の問題もないでしょう、してくれなかったら大きな問題ですが、してくれるのだし、お参りすべき本堂も大師堂もそこにあるからそれくらいの我慢は1200km歩く艱難辛苦に比べれば何ということもない。という風にぼくは考えています、何しろお遍路さんは一旦四国に入ればあらゆることを受け入れるしかない。あらゆることに寛容になってこそお遍路さんとしてお接待を受けることができる、とぼくは自分に言い聞かせるようにしています。

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最後の変更

2017-03-20 | 日記

 4日前から善通寺を起点に順打ちで歩き始めた知り合いのお遍路さんと、何回かメール交換している内に、最後の最後で追いつくことが分かったので、そのあたりの宿を一つ変更することにしました。予定通りで追いつくと、ほとんど時間の余裕がありません。71番弥谷寺の6km手前の宿から国分寺まで歩く日なので、札所が10ヶ所、さらに電車で宇多津まで戻るのでその時間も気にしなくてはならない。ということで、今回は番外の砥石観音はやめにして青空屋から善通寺の近くの風のくぐるまで歩くことにしました。昨年は青空屋から歩いて善通寺に着いたのは14時半くらいだったから十分ゆっくりできます。そうすれば次の日とまた次の日も予定より余裕の持てる行程になって言うことありません。さらに今回は回避する予定だった高松市街の緑の道も余裕を持って歩けます。風のくぐるは昨日メールで予約を入れて今朝OKの返信をもらいました。次の日は、昨年と同じで郷照寺から天皇寺を飛ばして白峯寺、根香寺に行って、国分寺から電車でうたんぐらに戻ります。その次の日は電車を使わず天皇寺、国分寺、そして一宮寺、屋島寺、八栗門前の岡田屋さんまでです。これで40km弱なので初めの計画よりずいぶん楽になりました。

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地図を書く

2017-03-19 | 日記

 昨年は3月中の四国への旅立ちで高校野球はほとんど見られなかったので、今年はしっかり見ることにします。見ながら、今回初めて歩く道の地図を書いていきます。日本語のへんろ地図には載っていない、英語の地図に載っている緑の道(四国の道)も歩くので、パソコン地図と見比べながら曲がるポイントなども細かくチェックしながら書き込んでいきます。印刷すると枚数ばかりが嵩んでしまいそうなので手書きです。西国でも19日目以降は手書きで何の問題もないどころか、印刷の細かい地図よりも道をはずしにくかったくらいです。
 写経もザックに入れる分の160巻が仕上がったので、ぼちぼち荷作りも始めます。名刺も宿情報も印刷は終わっていてあとは納札だけです。
 そして桜の見頃に、東寺へ、仁和寺へ、神光院へ。昨年八十窪の大女将に教えてもらった三弘法参りをします。へ~そんなのがあるんだと、初耳も道理で5年前に55年ぶりに復活したのだそうです。江戸時代の中期に始まって昭和30年に完全に廃れていた。女将に聞いたときは、ぼくは菅笠も金剛杖も納札箱も使わないから行く意味などないと思っていたのですが、さすが最近のお寺さんは商売上手、ストラップになった菅笠と金剛杖と納札箱のお守りがあるし、それぞれが印刷された木札のお守りもあるし、木札を揃えると満願証も出してくれる。もちろん納経帳もあります。納経帳は700円、ストラップは500円、木札は200円、木札袋は100円、満願証は100円、仁和寺の拝観料は500円、全部揃えると合計4400円になります。近大のコンサートも関学の春コンも行かないことにしたのでその分の費用で全部揃えてきます。

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21日目 亀岡駅~総持寺駅 (6)

2017-03-18 | 西国33観音巡礼


 北陵中学から1.5km、佐川急便の前で左折、分かりやすい目印です。

 左折して600m東へ進むと安威川を渡ります。

 上流を見たところ、もう完全に街の中に下りてきています。

 橋を下りるところに矢印、

 橋から140m東へ進んで右折、140m南下すると名神高速の下を抜けます。右は太田中学校のグラウンドです。

 名神の手前に矢印、

 名神を抜けたところは名神沿いの北東の道と真東の道に分かれていて、真東の方を200mほど来たところです。次は突き当たって右折、

 突き当たりに右折の矢印、

 右折して950m、国道171号の交差点を横断します。この手前左側は400m以上に渡って東芝の工場だった(僕の地図では)のですが全部更地になっていました。

 171号から600m,JRの下を抜けます。この少し手前からちょっとカーブして南東方向に向かっています、

 JRを抜けて200m、高いところに看板が、

 さらに1分、もう目の前、

 左折して門前通りにはいると山門が飛び込んできます。

 
 22 Now & Here すべてよし  補陀洛山 総持寺  詩・曲 高石ともや

    総持寺の口すすぎはオートマチックで
    近づくと水が出て 離れると止ります
    亀にのった観音さまはもっと
    オートマチックで
    近くても遠くても僕らを救ってくれます
       ナウ・アンド・ヒア
       今このままで すべてよし

    総持寺の山陰堂の濡れ縁に
    腰をおろせば 心安らぎます
    雨風ざらしの木の肌のぬくもり
    ながい人生のり超えた証です
       ナウ・アンド・ヒア
       今このままで すべてよし

    総持寺の本堂の壁には丸時計
    ラジオ体操にも散歩にも便利です
    学校帰りの女子高生も近所の人も
    ひょいと来てひょいと帰るいいお寺です
       ナウ・アンド・ヒア
       今このままで すべてよし


 15時21分、穴太寺から4寺間46分で無事総持寺に到着です。この間28kmなので平均時速は5.96kmでした。峠越えがいくつかあったのでさすがに6kmは出ませんでした。

 お参りを終えて総持寺から400mの総持寺駅に到着したのは15時40分、この時間でも帰宅したときにはもう暗くなっていました。

 これで21日間に及ぶ西国巡礼、昨年の分の記録は終了です。2000枚の写真をあげるのに140日かかってしまいました、これで終わりと思いきや、四国に出るまでに3回続きを歩いてブログも書かねばなりません。でも、10日ほどはのんびりします。

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21日目 亀岡駅~総持寺駅 (5)

2017-03-18 | 西国33観音巡礼


 高速の下を抜けて1.5km、大岩郵便局です。この少し先で本来であれば古道が合流してくることになりますが、今ではずっと手前で合流することになります。つまり1.5km以上赤線の古道は歩けなくなってしまったということです。

 合流ポイントで合流してくる道の方を撮りました。キリシタン自然歩道の道しるべがありますが全く無用のものになってしまったということです。

 合流してから赤線の道はちょっと左の脇にいって、すぐ府道の上を横切ってまた右側から合流するのですが、僕はそのまま府道を行きました。こだわってもいいのですがキリシタン歩道を全部回避してしまったので、ここだけ歩いてもという感じ。

 合流ポイントから5分、茨木の大新興住宅地山手台の北の端に来ました。ここからはおおむねこの住宅街の西側の脇を下っていくことになります。

 さらに4分来たところ、団地入口のバス停から左の住宅地へ入っていきます。

 山手台へ矢印、

 道しるべもありますが、西国古道とキリシタン自然歩道がどこまでイコールなのかという思いもあります。

 住宅街を取り囲む道なので中までは入っていきません。

 山手台というだけあってまだこんな高いところにいます、大阪梅田のビル群がくっきり見てとれます。中央に高く突き出ているのは阿倍野ハルカスか、

 団地入口から2.5km北陵中学校が見えました。ここが山手台の南の端です。この交差点を右折して南下します。

 南の端でもまだこれだけの下り坂道。

 300mほど下って左折です。

 矢印もあります、

 住宅地の南は田園風景、

 おそらく右そうじ寺の道しるべ、住宅街の脇は完全に現代の道だったけれど、ここは紛れもなく古道だということです。中学校から1.2kmの地点です。

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21日目 亀岡駅~総持寺駅 (4)

2017-03-17 | 西国33観音巡礼


 工事中の所を抜けるとすぐ矢印がありました、地図を作っているときに一番引っかかりそうな分岐でした。

 先の分岐から600mほどで府道に合流していきます。府道はここでヘアピンカーブになっています。

 ヘアピンカーブに矢印、

 ネルシャツと袖無し白衣だけですが歩いていると寒さはほとんど感じません。
でも止まると寒いから冬の遍路はやっぱり避けたいところです。

 ヘアピンから14分で清坂峠、大阪府に入りました。12時52分、ということはこれで本日の登りは終了か、

 古い国境の碑もありました。

 府境から2km、ちょっとしたクランクで橋を渡ります、右から来るのは府道109号、

 一応分岐だから矢印もあります。

 さらに1kmほど来ると忍頂寺の交差点です、このすぐ先から脇道が始まるのですが、

 交差点を渡ったところは直進、

 100mも行かないところで右折の矢印、

 これは巡礼古道なのですが、この先で高速の工事のため、途中から歩けなくなって古道とは別の道で府道に合流してくるようになっているので、今回は始めから回避することにしました。

 府道をそのまま1kmほど進んだところに、ありました。巡礼古道つぶしの高速です。

 とにかくものすごいことになっています、小山ひとつ持って行かれたような感じ、

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21日目 亀岡駅~総持寺駅 (3)

2017-03-17 | 西国33観音巡礼


 府道に入って1km、府道407号が右から合流してくるポイント。

 分岐を左へとると橋を渡って東別院小学校の前を行く。

 もうひとつ橋を渡ったところ。

 目指す総持寺は茨木のすぐ近く、脇道も行くのでそのまま16kmということではないはず。

 小学校から700mの所で右折して府道46号を離れて西に向かう府道733号に入ります。入ったところに南掛のバス停があります。そのまま府道46号を行く方が近道ですがあくまで古道巡礼ですので、

 右折して10mのところに南掛のバス停を確認、矢印は確認できません。

 733号を1kmほど進んで左折します。

 今度は矢印がありました、

 少し登りになります。

 しっかりした登り、そして明らかに新しい道、もう少し西側にも道があってそちらの方が本来の古道だと思われますが、初めての道なので矢印に従いました。

 733号を離れて14分、ここが一応の峠ではないかと、

 やはりそうでした、でもここもまだ京都府内で本当の峠はまだ先の話です。

 この上への分岐も地図でチェックしていたので余裕を持って左へ行く、

 峠から600m、完全に通行止めになっています。今日は日曜で工事は休みなのであえてどろどろの足場の悪い中を無理矢理進んでいきます。脇道はないし元に戻ることなど考えられません。

 5分ほどで何とか工事区間を通り抜けました。平日だと通してもらえないかもしれないから、そのまま府道46号を直進することをおすすめします。

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21日目 亀岡駅~総持寺駅 (2)

2017-03-16 | 西国33観音巡礼


 12分でお参り納経を終え10時35分山門から真南に歩き始めます。

 9分で国道423号の交差点、右は曽我部小学校、横断してそのまま南下、

 国道を横断して200mで左に入る矢印がありました。

 左に入ってすぐ右折して南下、穴太寺からは総持寺までおおむね南下します。

 分岐はないけれど矢印、

 脇道を1.5km進んで府道に合流、

 府道に出て50mでまた脇道に入っていきます。

 緩やかな登りです。

 平地とあまり変わらないスピードで行けそうです。

 登りに入って24分、そろそろ峠かという感じ、

 そろそろ

 やはりここが峠でした。

 快調に下っていきます。でもここはまだ序段、大阪との本当の峠はこんなものではないはず、

 峠から10分、そろそろ府道と合流か、

 11時39分、峠から11分で府道46号に合流です。

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21日目 亀岡駅~総持寺駅 (1)

2017-03-16 | 西国33観音巡礼


 11回目、今年(2016)最後の日帰り巡礼は前回の13日後、12月25日に出かけました。3dayチケットの使用期限最終日までねばってご覧のようないい天気。阪急嵐山からJR嵯峨嵐山に向かう途中です。この日は高校駅伝の当日で渡月橋を渡ったところで佐久長聖高校の選手たちと出会いました。

 9時50分、亀岡駅を出発です。

 駅から穴太寺までは巡礼道ではないので矢印はありません、勝手に地図を見て最短距離の道を選択します、ここで国道372号を離れて右の道へ、駅から2km地点、

 縦貫道の下を抜けます。

 橋を渡って

 田園の中の道。

 駅から30分、

 あと300m、

 山門が見えてきました。


 21 亀岡・涅槃像   菩提山 穴太寺   詩・曲 高石ともや

    穴太寺の本堂の 暗い片すみに
    おしゃかさまが横になっています
    お詣りの人は痛い処 悪い処を
    祈りながら さするのです

    走りつづけて三十年
    僕は足が疲れていて
    仏様の足をさすってみました
    さするほどに自分の足が楽になって来て
    撫でるほどに心まで楽になるのです

    どんなにさわっても仏さまは
    いやがりません
    身を投げ出したまま仏さまは
    僕らのすべてを受け入れておだやかで
    ありがたいとはこんなことをいうのでしょう

    僕は歌手です 声が大事です
    仏様のノドを撫でてみました
    首の下は塗装が禿げて
    木肌があれて
    百年以上沢山の人を救ってきたのです

    涅槃像のねはんとはお亡くなりに
    なることで でも おしゃかさまは
    死んでいるのではありません
    僕らが生きることの
    痛みを抱いているのです
    生きることの悲しみを抱いているのです

      京都 亀岡 野はみどり
      穴太寺の夏 涅槃像

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