WALKER’S 

歩く男の日日

大月町を抜けて

2013-04-26 | 13年四国の旅

 ぼくが前に大月町の道を歩いたのは7年前、4巡目の時でした。1巡目は1番人気のある下ノ加江から下ノ加江川沿いの道を行き、2巡目は竜串の宿に泊まって今ノ山峠を越え、3巡目は真念庵から真念遍路道を歩きました。4巡目は当然本来の遍路道、月山神社経由の道を行くしかありませんでした。
 7年も前になるけれど、そのときのことは比較的よく覚えています。足摺ではぼくが最初の時一番感激した「A」という宿に泊まったけれど、なぜか経営者が変わっていてひどく失望しました。四国を歩き始めて10年、その中で一番のショックだったかもしれません。部屋もお料理も料金もそのままだったけれど、接客は最低でした。お遍路をお遍路とも思わず、お金を払う一人の客、あるいはそれ以下の存在としてしか見ていないようなビジネスライクな対応で正直腹が立ちました。その落差が大きすぎて、翌日叶崎まで歩く道中、なぜだなぜだ?と頭の中でぐるぐるそのことばかりが渦巻いていたような記憶があります。

 足摺から叶崎まで33kmほど、距離はそれほど長くないのですが、前日の宿のことがあって足取りはどうしても重くなりがちでした。竜串から先は初めて歩く道なのに景色を楽しむ余裕もありませんでした。土佐清水のスーパーで30分、竜串のすぐ手前にある道の駅で40分ほど休憩して叶崎灯台の近くにある民宿叶崎に到着したのは14時50分でした。到着する少し前から雨が降り始めたけれど傘を使ったのは10分くらいでした。民宿叶崎の女将さんは明るくてフランクでとても気持ちがいい、前日のわだかまりがいっぺんに洗い流されていくようでした。民宿叶崎はかなり古い宿でとくにお風呂とトイレはちょっと女性にはお薦めできないくらいで、部屋もあまりきれいではありません。でも料理は最高でした。ぼくは四国では素泊まりで泊まることが多いので、そんなに多くの宿の料理をいただいたわけではないのですが、それ以後に泊まった宿を含めても最高に美味い魚でした。本当に声を上げたくなるほどの美味さだったし、料理で感動したのも初めてでした。
 前日の足摺の宿「A」はリフォームして5年くらいで、お風呂もトイレも洗面もとてもきれいで料理も最高ランク、でも接客が最悪で総合得点は30点という印象です。
 民宿叶崎はお風呂とトイレは最低ランク、部屋も中の下という感じだけど女将さんの接客の良さと最高に美味い魚のおかげで総合得点は80点という印象です。
 お遍路はお遍路として迎えて欲しい、そのことが何よりも重要だと思います。少なくとも1日中20kmも30kmも歩いてへとへとになってたどり着いた一人の人間であることを判って欲しい。そのことを判らないような宿には二度と泊まりたくないと、はっきり悟った2日間ではありました。
      (7年前の話が今しばらく続きます)

 叶崎の宿に入る少し前から降り始めた雨が翌日になっても降り続いています。同宿の男性のお遍路さんは同じ時間に朝食をとったのですが、ぼくより30分ほど早く出発していきました。ぼくは、その日は宿毛の岡本旅館まで33kmほどだったので、ゆっくり7時ちょうどに宿を出ました。トンネルを二つ抜けて2kmほど西に行くと土佐清水市から大月町に入ります。大月町の最初の集落が小才角(こさいつの)、そこを過ぎてちょっとした岬を巡ると見通しのよい所に出てきます。数百m先に同宿の人が行くのが見えました。二つ目の集落大浦の少し手前で追いつき追い越しました。
 大浦の集落に入って少し行くと小さな川を渡り、まもなく山道に入っていきます。自動車道を大きく短絡する道ですがさほどの高低差はありません。途中お墓の方へ行く道に誤って入ってしまったのですがすぐ気がついて大きな怪我にはなりませんでした。山道はそんなに長くなくて一旦自動車道に出ます。道しるべは車道を横断してまた山道に入るように指示しているのですが、これは失敗でした。確かに古い遍路道はその道なのですが最後の方はかなり荒れた感じで雨が降っていることもあってすごく歩きにくかったです。自動車道を左に行った方がだいぶ早く快適に歩けたことは間違いありません。

山道の最後は道なき道という感じで、本当にここが遍路道だったのだろうかと疑いたくなりました。やっとの事で自動車道にはいずり出て胸をなで下ろしたというのが実情でした。途中で道をはずしたのかもしれませんが、この道は二度と歩きたくないと思いましたし、あらゆる人に歩かないようにと助言したいとも思いました。
 自動車道に出ると、もうあとは快調ですぐに月山神社に到着しました。粗末な納札入れがあって、少ないながらもここを訪れるお遍路さんが確実にいることは判りました。お参りを終えて少し休憩、屋根のある比較的新しい休憩所があって助かりました。お参り休憩を含めて33分、ぼくが出発しようとした時、同宿の人がやってきました。
 そのときぼくが持っていた第6版のへんろ地図では月山神社からは自動車道をそのまま行って姫ノ井小学校の少し手前で国道321号に合流するように赤線が引いてありました。その前の白黒の地図でもそのように赤線があって、第8版以降にある展望台から赤泊の浜に下りていく山道に赤点線はありませんでした。だから何の疑いもなくその道を歩いたのですが、四元さんが歩いた時、赤泊の浜へ下りていく道を歩いて、途中ですってんころりん、その後、昔遍路宿を営んでいた古い民家で江戸時代、明治時代の納札を見せて貰っていたのを見て愕然としました。本当の遍路道は赤泊だった・・・。

 ぼくは、枯雑草(かれくさ)さんのような古道マニアではないけれど、古い白黒の地図から新しい第10版の地図まで一度でも赤線が引かれた遍路道は一通り歩いておきたいと思っています。出会ったお遍路さんに訊かれた時にできるだけちゃんと助言できるようにしておきたいということもあるし、初めての道でより多くの景色を楽しみたいということもあります。赤泊の道はぼくが歩き残している最も距離の長い道でもあるし江戸時代から明治にかけてはほとんどのお遍路さんが歩いた道でもあるのでそのままにしておく訳にはいきません。でも四元さんのテレビを見た翌年、7巡目の時にはやはり下ノ加江の方に打ち戻ってしまいました。下ノ加江から真念庵、三原村上長谷から宮の川トンネルを抜けて三年連続三原村の「S」という宿に泊まってしまいました。大月町の道を行くと19km以上遠回りになるのでどうしても1日余計にかかってしまい、倹約遍路としてはなかなかその踏ん切りがつかなかったのです。

  (7年前の続きです)
 月山神社を出て右に左に蛇行する山の中の舗装道を5kmちょっと進むと、ようやく国道に合流します。標高差は90m登って100m下るだけなのでそんなにきつくはありません。ただ雨が降っているのと初めての道で先が読めないので距離以上に疲れていたかもしれません。山の中では休憩する所などなかったので、国道に下りてくると先ず休憩できる所を探しながら歩きました。1km半ほど行くと姫ノ井郵便局があったので飛び込みました。ただただ休ませてもらうわけにもいかないので、先ずはATMでお金を引き出します。それで、中に入って「休ませてもらえますか」と局長らしき男性にお願いすると、気持ちよく促してくれました。この人はとても気さくで話好き、お茶もごちそうしてくれました。そのお茶というのは、ちょうどそのとき来ていた女性がお遍路の途中、21番太龍寺でお土産として局長に買ってきた黒豆茶で、局長が気に入って、その後もお取り寄せで愛飲しているものだったのです。それから局長と女性とぼくの3人でお遍路の話で盛り上がって30分近く話し込んでしまいました。出ていく時に局長がゆうパックの赤い文字が入ったタオルを持たせてくれました。このタオルはそれ以降お遍路の時はいつも使わせて貰っています。07年、08年、09年、そして昨年の別格巡りの時もこのタオル1本で通しました。

 姫ノ井郵便局から道の駅大月まで4km半、郵便局で長い休憩をとったので休む必要はないかとも思ったのですが、この先に休める場所があるかどうか判らないので、一応立ち寄ってトイレだけ借りることにしました。駐車場の前にある遍路小屋は風雨で半分以上濡れていてゆっくり休む気になれず、早々に出発することにしました。2kmほど進むと大月町役場がある町の中心部に入っていきます。ここで電話ボックスがあったので翌日の宿の予約を入れることにしました。翌日の宿は3年連続でお世話になっている内海村(現愛南町)の内海リゾートホテルに決めていました。しかし、その電話番号は現在使われていません、と非情な通知。一瞬身体中の力が抜けていくようでした。雨にも打たれ続けて、最後のだめ押しという感じです。気を取り直して、近くのかめや旅館にかけると明日はお休みというつれない返事、この旅館は評判はそんなに悪くないのですが、この受け答えで二度と泊まってやるかという気になってしまいました。それだけ気持ちの余裕がなくなっていたのかもしれません。3番目にかけた旭屋旅館でやっと救ってもらいました。

 7年前、10時間かかって歩いた土佐清水から大月町を経て宿毛市小筑紫までの道のりをバスは65分で走ります。ぼんやり車窓を眺めながら7年前のことを思い出していました。風景の記憶は部分的に大まかな感じで残っているくらいで、多くが初めて見るような感じです。姫ノ井郵便局や道の駅大月のあたりの風景は大体記憶通り、大月町の中心部はほとんど覚えていませんでした。電話ボックスも発見できませんでした。大月町から宿毛市に入るとすぐ福良川を渡る、この橋は記憶に残っているけれど、すぐ先の小筑紫の集落はほとんど覚えていなかった。ガソリンスタンドの前が小筑紫のバス停、あっという間にバス旅行は終了です。
 バスに乗ると楽ですよねえ、でもそれだけ、流れ去る車窓の風景があるだけ。歩くのはしんどいです、自由に歩けなくなるほど足を痛めることもあります、でも、予期せぬ出会いがあります、忘れ得ぬ思い出もできます、そういうことのために歩いているのではないか、改めて考えさせられた14日目のバス旅行でした。


土佐清水市 土佐民宿大平にて

2013-04-18 | 13年四国の旅

 13日目は土佐清水市下ノ加江にある安宿のすぐ前にあるバス停から7時21分発の始発で土佐清水の中心部に入りました。清水プラザパル前に到着したのは7時46分、そこから宿までは500mほどですが、チェックインまで7時間ほど待たねばなりません。プラザパル(1階は食品スーパー、2階は100円ショップ+ゲームセンター)がオープンする9時までは近くの公園で、9時からはパルの中の休憩コーナーで時間をつぶしました。どんなに頑張っても歩けないし、宿をキャンセルすることもできないとなると他に選択肢はありません。前日から納得ずくなので、とくに待ちくたびれることも飽きることもありません。ただゲームセンターの音がうるさくて少し嫌にはなりました。
 土佐民宿大平は7年くらい前、インターネットでその評判を一度見ただけの宿でした。その人がお遍路で泊まった宿の中で一番よかったと書いてありました。でもそれ以外の情報は今まで見たことがありません。一つの情報だけでおすすめの宿にはなかなかできないので、どうしても自分の目で確かめたいという思いがありました。情報が少ないのはこの宿に泊まる人が少ないということでもあります。というのも土佐清水の中心部にある宿の中で、この宿が一番へんろ道から遠い所にあるからです。下ノ加江方面へ打ち戻る場合、へんろ道を1300m離れることになってしまう、往復で2600m余分に歩くことになるので自然と敬遠されることになってしまう。

 15時前に民宿に行くと、最初ちょっと迷ってしまいました。自分の地図の感覚と実際とが少しずれていて、やはり思い込みというのは怖いなあと改めて思いました。大平さんは大通り(国道321号)から少し入った所にある閑静な住宅街の中にありました。インターホンを押して玄関から声をかけると、奥さんが元気よく迎えてくれました。とても明るくて気持ちのよい応対でそれだけで癒されていく感じがします。部屋は2階に4室あって、ぼくが通された部屋は12畳で、元は間に壁があって2部屋分のスペースのようでした。とても広々、炬燵も用意されていました。
 早い時間だったのですが、すぐにお風呂を入れてもらえました。廊下を挟んだ向かいの2部屋には若い男性のサラリーマンが前日から滞在中で、さらに翌日も泊まるようでした。もう一つの部屋にはぼくがお風呂に入っている間に男性の歩きへんろさんが到着しました。この方があとで聞いたらすごい人でした。


 出張で滞在している若い二人は別で、お遍路さんと二人で夕食をいただきました。左の角皿は豚肉を甘酢でソテーしたもの、充分温かくお肉も柔らかくてとても美味しい。刺身は鰹ではなく近海物のマグロ、土佐の宿では鰹が出ることが多いから敢えてマグロにしていると、奥さんの配慮です。歩いていないこともあってか、全部食べきるのにちょっと苦労するくらいのボリュームでした。

 同宿のお遍路さんはこれまで3回もスペインの巡礼道、サンチアゴデコンポステーラを歩いている方でした。本当は今年もスペインに行きたかったけれど、お母さんの体調が優れなくて、心配なので初めて四国を歩くことにしたそうです。川崎市の方ですが実家は京都、京都には近くに神社仏閣が山ほどあるのでお遍路に来る人は少ないようだとおっしゃっていました。

 京都の方はこの日は大岐マリンを出て38番を打ち、半島の西側の道を戻ってきた、大体33kmの道のり。民宿旅路や星空が廃業になってしまった今、これくらいの距離を歩けないと土佐清水の中心にある宿には泊まれなくなってしまいました。彼は山道が好きで中の浜からの山道がいい感じで好きだったといいます。その手前の大浜の山道は足場が悪い所があってあまり良くなかったと。ぼくは半島の西側の道はもう7年も歩いていない。今回歩くつもりだったけれど図らずもバスに乗ることになってしまいました。
 そのことを言うと、京都の人は「宿をキャンセルすれば良かったのに、お遍路なら前日のキャンセルでも普通に認めてくれるでしょう。」
 「いやいや、そういうお遍路が多くて宿の人も迷惑していると聞いているので、それはできませんでした、ねえ奥さん、」と訊くと、
 「それはそうだけど、そこまで律儀に考えなくても」と、奥さんは同情してくれました。
 そのやりとりを聞いて京都の人は「お遍路の鑑やなぁ」と感心してくれました。


 京都の人は、次の日は。今ノ山峠越えで三原村を抜けて宿毛市に入ってしまうということで、朝食はキャンセルして6時前に出発するということでした。距離は35kmくらいで標高650mの峠を越えるのでかなりハードな道のりになりそうです。当初は月山神社経由で遠回りの道を行くつもりだったけど、同宿の人に勧められて近道を行くことにしたそうです。確かにかなりの近道にはなるけれど、ぼくなら薦めない。峠を越える道がぼくが歩いた9年前は砂利道が多くてかなり歩きづらかった印象があるし。月山神社経由の方が海岸線の景色に変化があってより楽しめるからです。
 手前中央にあるのは納豆、ゆき荘に続いて今回の旅2回目です。ぼくが納豆を食べるのは生涯で6回目、2~4回目は北条市浅海(現松山市)の遍路宿コスタブランカでいただきました。そのときは、「美味しんぼ」を見ていたので問題なく食べられたものの、おいしいとまでは感じられなかった。4年ぶりに食べた今回は実においしかった。関東の人が毎朝食べる気持ちが初めて理解できました。あじの干物もおいしかったのですが、メインは納豆でした。 朝食後にはおいしいコーヒーを煎れていただきました。ぼくは普段毎食後にコーヒーを飲むのでとてもありがたい。支払い(2食付き6500円)を済ませ、今日もバスで次の宿まで行くと言うと、バスの時間まで2階で待ったらいいと薦められました。プラザパルで待つのも慣れたからそれでいいと思っていたのですが、せっかくなので甘えさせてもらうことにしました。バスの時間は12時54分、12時まで待たせて貰います。

 2階の自分の部屋で待っていたら、京都の人の部屋の掃除が終わって、そちらに移るようにご主人に促されました。掃除と布団敷きはご主人のお役目、部屋の掃除が終わると、続けて、廊下、洗面所、トイレと、部屋の中で聞いているだけでもその入念さが伺われます。ご主人は元はサラリーマンで20年くらい前にこの民宿を始められた。でも20年も経っているとはとても信じられないくらいトイレも洗面もお風呂も部屋も新しくてきれいです。毎日これだけ入念に掃除されているので気持ちよくきれいに保たれているのだと納得ができました。掃除が終わるとご主人が顔を出して、これから買い物に行ってくるからと声をかけてくれました。ぼくの出発する時間を確認して、それまでには帰ってくるし、パルまで車で送るから、と言って出かけられました。しばらくして奥さんがお茶とおせんべいを持ってきてくれました。本当に申し訳ないくらいよくして貰って恐縮するばかりです。

 12時になったのでようやく民宿を出発します。21時間もお世話になってしまいました。ご主人は車を出しに行き、奥さんは玄関まで見送ってくれました。丁寧にお礼を言ったのですが、それでも足りないような気がして、「来年も来ますので、またよろしくお願いします」と言ってしまいました。実は今年の年賀状で柳屋旅館と善根宿うたんぐらに、今年も行きますからと書いたのに、結局約束は果たせませんでした。1年も先のことを軽々に約束するのはどうかとも思ったのですが、この感謝の気持ちを表すのにそれ以外の言葉が出てきませんでした。でも、必ず戻ってくると心に誓ったことは事実です。このままで終わらせるわけにはいかないし、この2週間の全てを無駄にするわけにもいきません。今年以上の確たる目的ができて良かったと、挫折した無念さ以上に感じることができて晴れ晴れした気分で宿をあとにすることができました。

2013年四国の旅を省みる

2013-04-17 | 13年四国の旅

 四国から帰って4日、まだぼ~っとしています。帰った頃から首の筋がおかしくなって自由に動かせなくなってしまい、足の痛みはずいぶん引いたもののまだ完全にはよくなっていません。自由に動けないので頭の方もなかなかすっきりせず、考えをまとめたり、書いたりすることができないでいます。
 今回の旅は初めて途中挫折してしまったので、総括することはできません。まとめるのが難しいのでなかなか筆が進みません。
 8巡目ともなると、何か今までとは違った価値観を見いだしたいというのは、ごく自然な人情です。半年前の準備段階からそれがきつすぎてあまりにいろんなものを盛り込みすぎてしまった、というのは第一の反省ポイントでしょう。自分では用心もしていたし不安もあったけれど、いざとなると思い上がりの方が勝ってしまったのです。11日目が中盤の山で、それを乗り越えれば例年並みの比較的楽な行程が続くので、最後まで行けると思っていたのですが、やはりその山が越えられませんでした。


4月13日 8時48分

2013-04-13 | 13年四国の旅


 宿毛駅で南風12号(9時05分発)に乗り込みました。ようやく帰途につきます。土讃線、山陽本線ともにダイヤ通り動いているようです。

4月13日 13時00分

 今年もまた捨身ヶ嶽禅定に登ることなく四国を去ることになってしまいました。まだまだ半人前です。

4月13日 15時42分

 新しい駅ビルが完成間近の姫路駅まで帰って来ました。


4月11日 4時35分

2013-04-11 | 13年四国の旅

 昨日(12日目)のスキップ、そして・・・
昨日はとうとう筋肉を痛め歩けなくなってしまいました。先ず考えたのは宿に迷惑をかけないことです。自分の欲や意地やプライドなどは二の次三の次、むしろそういうものから解き放たれるために四国に来たのではなかったか。宿までバスに乗るのにほとんど躊躇はありませんでした。
 もちろん悔しく残念な思いもあるのですが全て自分の責任、4年ぶりということで、欲張りすぎたのがこの結果につながったし、少し思い上がっていたことも否定できません。
 中村駅の近くでサロンシップを買って使っているのですがなかなか思い切って歩けるほどには回復しません。予約してある今日と明日の宿にはバスで行き、明後日、宿毛から南風で帰宅することにしました。この続きは今年の秋か来年の春にまた新たな気持ちで始めたいと思います。


4月10日 4時07分

2013-04-10 | 13年四国の旅

 内田屋のテレビはデジタルです。今日の天気も晴れ。

 昨日(11日目)の歩き遍路ツアー
何回かに区切って全行程を歩いて巡るツアーがあることは新聞広告を見て知っていたし、部分的に雰囲気のいい遍路道を歩き、国道や県道はバスで移動するというツアーは道中で出会ったことがあり何となく知っていました。
 7回お世話になった柳屋旅館に満室ということで初めて断わられた時先ず考えたのは、そういう歩きツアーの予約が入っていたのではないかということです。今まで多い時でも4組くらいしか同宿の人はいなかったから3日前に予約して個人で巡っている人だけでいっぱいになるとは考えられなかった。
 民宿ひかりが工事関係者でいっぱいだったので、そちらの可能性もあったか、と前の考えを否定しかけたのですが、昨日七子峠で、まさにその歩き遍路ツアーのバスが停まっていました。運転手が1人、そえみみずを歩いて来るツアー客を待っていました。
 やはり最初に考えたことが正しかったようです。

4月10日 6時25分


朝食が終わったところです。やっぱりサバが最高にうまかったです。上の夕食も美味すぎて食べ過ぎてしまいました。 7時ちょっと前に出発します。

4月10日 15時15分

本日の宿、土佐清水市下ノ加江にある安宿に到着しました。


4月9日 4時20分

2013-04-09 | 13年四国の旅

 民宿ひかりのテレビはブラウン管デジタルです。リモコンにdボタンはありません。今日の天気は曇りのち晴れです。

 昨日(10日目)の後半のスタミナ
3日前、室戸岬以降は筋肉の痛みがかなり少なくなって後半の歩きも順調になっているはずだったものの3日前は風雨、2日前は風ではっきり認識できませんでした。昨日はさらに筋肉の痛みがなくなって、小指のマメも大分固まって違和感がほとんどなく歩けました。室戸岬までは急な下り坂では筋肉が痛んで及び腰になっていたのが、昨日は清滝寺の急な下りも全く痛みは出ず走るように下れました。そして午後からの歩きも快調でした。力が入らず自然な歩きでほとんど疲れない。周りの景色を楽しむ余裕もありました。タイムもベストより1分早い、最終盤でこれだけ気持ちよく歩けたのは今回の旅で初めてだったかもしれません。4年前の一番いい時の歩きがこんな感じではなかったか、ようやく求めていた理想的な歩きができつつあるのかなという感じです。

4月9日 6時04分

モーニングコーヒーをいただいています。食堂のテレビはビエラです。

4月9日 7時47分

土佐久礼駅に到着しました。足は快調です。ここまではほぼベストと同じタイムでした。

4月9日 9時20分


七子峠に到着しました。昨年区切りでそえみみずを歩いたので今回は大坂道を来ました。途中の高速が開通していました。昨年の12月に窪川の手前まで開通し、その先は未定だそうです。

4月9日 10時35分


昼食をとるはずだったコンビニが廃業していました。37番まで我慢するしかありません。

4月9日 12時15分


37番札所岩本寺でお参りを終えたところです。これから昼食をとります。

4月9日 14時18分

佐賀温泉の1km手前にある遍路小屋までやって来ました。今日の午後はまた不調です。最後は力を抜いて楽に行こうと思います。

4月9日 16時25分

本日の宿、土佐佐賀駅の近くにある内田屋に到着しました。お風呂は今入っている人があがったら入れます。


4月8日 4時25分

2013-04-08 | 13年四国の旅

 ビジネスイン土佐のテレビはアクオスです。

 昨日(9日目)の風
天気が良かったので嵐は過ぎ去ったと思っていたのですが、宿に入ってニュースを見るとまだその中にいたことが解って納得がいきました。
 とにかくひどくてまともに歩けませんでした。しかも早朝から夕方まで衰えを知らない。しかもほとんどの区間で向かい風になってしまい、さらに遮るものがない田園地帯を歩くことが多かった。筋肉の調子は悪くなかったのに思い通り力が出せず楽しめませんでした。鼻歌も全く出ず一昨日の方が楽しめたくらいです。
 唯一追い風になった竹林寺から禅師峰寺まではベストタイムより2分も早かったのですが、他の区間はすべて2分くらい遅くなってしまいました。

4月8日 6時44分

35番札所清滝寺でお参りを終えたところです。境内にはぼく一人だけでとても清々しいです。

4月8日 9時20分


36番札所青龍寺でお参りを終えたところです。これから早めの昼食です。芋けんぴ95g、475キロカロリーと餅ピー90g、457キロカロリーです。

4月8日 11時25分

浦ノ内小学校の600m先にある遍路小屋に到着しました。
今日の宿は同宿の人が十人以上いて早く着かないとお風呂に入れないので少々焦っています。

4月8日 13時11分

鳥坂トンネルから1.3km先にある遍路小屋に到着しました。これでいい感じで着けそうです。

4月8日 14時42分

本日の宿、民宿ひかりに到着しました。お風呂はこれからできるだけ早く入れてくれるそうです。

4月8日 19時00分

夕食のメインは温かいシチューでちょっとテンション上がりました。同宿の人は15人以上、すべて工事関係者のようでした。満室で断わられた柳屋旅館も工事関係者でいっぱいだったのかもしれません。
夕食付き5500円でした。2食付きだと6000円です。


4月7日 3時40分

2013-04-07 | 13年四国の旅

 福城旅館のテレビはアクオスです。今週いっぱい雨はないようです。

 昨日(8日目)のこれも遍路
確かに雨の遍路は大変なことが多い、靴の中が濡れるとマメができやすくなります。お参りの時、線香とろうそくをあけるのもたいへん。石畳など滑りやすくなる所も出てきます。合羽を着ければそれはそれで面倒なことになります。ぼくのように着けないと車にはねをひっかけられたりもします。
 でも、それもお遍路、暗く沈んだ気持ちで歩くより元気に明るく歩いた方がいい。どうせ前に進むしかないのだから。
 特養に着くまでは雨も弱く風もほとんどなかったので本当に普段と変わりませんでした。違うのはカリヨンを過ぎた頃から靴の中が濡れてきたことくらいです。
 特養で休んでいる時に風雨が激しくなって来ました。雨の角度は45度よりきつくなっていました。でも追い風だったのでなんとか傘だけで歩けました。サイクリングターミナルへ下りて行く分岐まではベストタイムと同じでした。そのあたりから風がおさまって普通に歩けるようになって、もうこれで峠は越えたかと安心していたら、赤岡の町を過ぎて国道に入る頃本当の嵐がやって来ました。今度は横風、それでもなんとか前へ前へ、もう腰から下はずぶ濡れです。なんとか大日寺にたどり着いて時計を見ると、またもベストと同じタイムでした。雨の中でもしょっちゅう鼻歌は出ていたし足は常に前に行きたがっていました。

4月7日 5時30分

高知駅に戻ってきました。47分発で後免に向かいます。

4月7日 8時11分


29番国分寺、30番善楽寺でお参りを終えたところです。国分寺の本堂は改修工事中でしたが、お参りできるようになっていました。国分寺からは向かい風が強くて思うように歩けませんでしたが、足の方は昨日にも増して快調です。相変わらず両方の小指のマメは気になるのですが筋肉の痛みは全く感じないようになりました。

4月7日 12時56分



31番竹林寺、32番禅師峰寺でお参りを終え、33番雪蹊寺に到着したところです。初めて浦戸大橋を渡ったのですがハードな体験でした。10m以上の横風が吹いて車道に飛ばされそうで本当に怖かったです。

4月7日 13時17分


お参りを終え、昼食です。613キロカロリーです。

4月7日 14時52分

34番札所種間寺で本日最後のお参りを終えたところです。これから宿に向かいます。

4月7日 16時24分

本日の宿、ビジネスイン土佐に到着しました。安い方の部屋で素泊まり5250円です。6回お世話になった喜久屋旅館は廃業だそうです。残念至極です。
 宿の予約
 明日(10日目)と明後日の宿は2日前に予約しました。10日目は予定していた宿が満室で、第二候補になりました。
 12日~14日目の宿は今日雪蹊寺のボックスで予約しました。予定の宿すべて気持ちよく受けてもらえました。これで折り返しの宿毛までは安心して歩けます。


4月6日 4時11分

2013-04-06 | 13年四国の旅

 ドライブイン27のテレビはビエラです。したがってリモコンは家と同じです。12時の降水量が時間12mmというのが気になるところですが、それ以上に気になるのが風です。できれば傘だけで行きたいと思っています。

 昨日(7日目)のドーパミン
四国に来る前、あるいは来てからも自分の歩きに意味を持たせたくなります。どのように歩けばいいのか、どんな歩きがいいのか。速く歩くのがいいと思ったこともあればしっかり元気よく歩けばいいと思ったこともあります。時には地元の人の笑顔をさそうような歩きができたらと大それたことを考えたこともありました。
 今回思ったのは自分が幸せになる歩き、歩くと幸せホルモン、ドーパミンが出る、1日歩けば1日中幸せになれる、そんなことを考えていたのですが、6日目まではほとんど幸せを感じることはありませんでした。初日2日目のタイトなスケジュールで筋肉を痛め、その余裕がありませんでした。お風呂に入ってある程度痛みを和らげて午前中はいい感じで歩けても午後からはまた辛くなる。特にひどかったのが6日目でした。前日のお風呂がぬるすぎて筋肉の痛みが全くほぐれないままスタートしてしまいました。それまでと違って午前中もタイムが出ず幸せとはほど遠い歩きです。
 それが昨日は一変、うまめの木のお風呂は十分な熱さで筋肉の痛みがほとんど消えていました。ドーパミンが出ているのをはっきり自覚でき、本当に幸せを感じながら歩けていました、ずっとではありませんが。こういう歩きがしたかったんだ、思い起こさせるような歩きでした。

4月6日 6時22分

定番の朝食をたっぷりおいしくいただきました。6時半に出発します。

4月6日 8時20分

安芸ドーム駅の近くにあるカリヨン広場に到着しました。雨は出だしからずっと降っているのですが、そんなに強くなく風がほとんどないので傘1本で快適にここまで来られました。気温が高めなのでこんな日にかっぱを着て歩くのは大変だと思います。足の方も昨日と同じくらい快調で、出てる出てるという感じです。ちなみに道の駅大山からここまでベストタイムでした。

4月6日 9時52分


赤野休憩所の1キロ先にあるお接待所に到着しました。お砂糖濃い目で熱いコーヒーをいただきます。

10時33分
雨も風も激しくなってきたので、まだお接待所で待機しています。次の特養の休憩所に11時40分に着けばいいのでもう少し休めます。

4月6日 11時38分


特別養護施設にある遍路休憩所に到着しました。ここまでも風はほとんどなく快適に来られました。カリヨンからの2区間ともベストタイムでした。
これから昼食です。ピーチョコ80g、470キロカロリーとイチゴスペシャル523キロカロリーです。

4月6日 13時59分

28番札所大日寺でお参りを終えたところです。これから後免駅に向かいます。

4月6日 15時28分


後免駅に到着しました。43分発の電車で高知に向かいます。

4月6日 16時20分

高知駅から歩いて7分、福城旅館に到着しました。いまお風呂を入れてもらっています。

4月6日 17時14分

今日は素泊まりなので夕食はこんな感じです。福城旅館は素泊まり3000円です。おそらく高知市で最もリーズナブルな宿です。部屋もお風呂も水回りもそんなに悪くありません。昨日の宿に比べればかなりしっかりしています。もちろん鍵もかかります。


4月5日 4時12分

2013-04-05 | 13年四国の旅

 うまめの木のテレビはデジタルですが有料なので見られません。ても天気は昨日食堂のテレビで確認しておきました。今日15時頃まで晴れ、そして明日がいよいよ雨になります。

 昨日(6日目)の書き忘れ
 5日目の愛宕旅館の料金は素泊まり3500円でした。
 4日目のゆき荘の料金はウェブページでは7350円となっていましたが、6500円でした。お遍路割引かもしれません。
 ふれあいの里さかもとのお風呂隣割引は5775円でした。お風呂の隣といっても全然物音も気にならずむしろ他の客室がない分静かだったかもしれません。大ラッキーでした。
 休業していた9日目の宿を予約し直すと、向かいの宿は休日で駄目でした。向かいの宿が休業しているのに休むなんて、とぼやきを入れても始まらないので、もう1つの近所の宿にお願いすると何とか受けてもらえました。10日目以降の宿は今日予約します。

4月5日 6時21分

朝食を終えたところです。やはりパンが最高で2枚おかわりしました。まもなく出発します。

4月5日 8時49分



25番津照寺、26番金剛頂寺でお参りを終え、道の駅キラメッセ室戸まで下ってきたところです。
左足小指のマメが気になりますが、すねの筋肉の痛みがだいぶ引いて好調な出足です。足が前へ前へと行きたがってしょうがありません。こんなにスムーズに足が出るのは今回の旅で初めてかもしれません。ここまでの3区間いずれもベストタイムでした。

4月5日 10時40分

羽根郵便局でお金をおろします。今回も7日ごとに4万円おろします。普通の人なら6万円は必要でしょうが、ぼくは半分くらいは素泊まりだし食費も切り詰めるのでこれくらいで賄えます。ちなみにここまでの総支出は高速バス代も含めて36000円です。

4月5日 12時44分

奈半利中学校の前にある遍路小屋で昼食です。天気がよく暑くなってきたのでソフトに手が伸びてしまいました。


昼食です。

4月5日 15時17分

27番札所神峯寺でお参りを終えたところです。これからお山を下って宿に向かいます。

4月5日 16時01分

本日の宿、ドライブイン27に到着しました。

4月5日 17時01分

今洗濯をしています。夕食が17時半からなのでそれまでに仕上がるか心配です。

4月5日 20時26分

夕食はかなり良かったです。たたきがたっぷりな上に温かいエビフライ、お汁はうどん。女将さんの応対もとても気持ちいい、この宿を良いと言う人が多いのも納得できます。
ただあまり評価しない人もいます。部屋や水回りは、特に女性にとってはあまりという感じがするかもしれません。でもぼくなどは全く気になりません。これくらいの遍路宿は普通によくあります。でも部屋の仕切りがガラス障子で鍵がかからないとなると女性としては敬遠したくなる気持ちも解ります。


4月4日 4時13分

2013-04-04 | 13年四国の旅

 愛宕旅館のテレビもデジアナです。天気は快晴のようです。今日は宿を出て1時間もしない内に土佐の国に入ります。

 昨日(5日目)のオランダの女性
薬王寺で会ったエリーさんは本当にお遍路を楽しんでいました。ぼくが出会った多くのお遍路さんで彼女ほど楽しみ味わっていた人は二人くらいしか知りません。3月21日から歩き始めて5月21まで、60日間のんびりゆっくり歩く、時には港の岸壁に座って1時間ほど鳥の声に耳を傾けたり魚が泳いでいるのを見たり海の景色を楽しんだりする。それらすべてが嬉しくて楽しくて自然に笑顔になってしまう、何を見ても新鮮で笑顔の絶え間が無いくらいなの、と明るく語ってくれました。

4月4日 7時47分


ゴロゴロ休憩所に到着しました。ここまで歩きのお遍路さんには全く出会っていません。室戸岬まで30km弱です。

4月4日 9時35分


佐喜浜分校の前にあるバス停に到着しました。早めの昼食をとります。柿ピー150g、789キロカロリーです。おにぎりはカロリー単価が3倍以上するのでなかなか手が出ません。

4月4日 10時35分

佐喜浜のスーパーで一休み、アイスモナカをいただいています。

4月4日 14時12分


室戸岬に到着しました。8回目にして初めて遊歩道を歩いています。思い出されるのは「ウォーカーズ」でこの道を歩いていた風吹ジュンさんの疲れきった表情。

4月4日 15時07分

24番札所最御崎寺でお参りを終えたところです。これからお山を下って宿に向かいます。

4月4日 15時40分

本日の宿「うまめの木」に到着しました。逆光で分かりにくいですがオーシャンビューです。お風呂は16時にお願いしたのでまもなくです。

4月4日 20時30分

夕食の始まる時間がかなり遅くなったので、このような時間になってしまいました。ても待たされただけのことは十分ある内容でした。写真には写っていない野菜の天ぷらとお汁もありました。珍味亀の手も初めていただきました。明日の朝食はパンを選択、これがまたすごいと聞いています。
3組限定、お風呂は一人一人お湯を入れ換えてくれます。2食付き6800円、超おすすめの宿ですが、前日の宿の位置関係で歩きの人がここにくる可能性は極めて低いのが残念な限り。


4月3日 4時08分

2013-04-03 | 13年四国の旅

 風がうなりをあげて吹いていますがデータボタンで確認すると3m、同じ美波町ても観測ポイントの違いでこれだけの差が出るのでしょうか?朝食は6時から、6時半には出発したいと思っています。

 昨日(4日目)の雨
前日の予報では昼前から、当日早朝の予報では9時頃から降ると言っていたのに結局は降りませんでした。鶴林寺に登り始めた時にごく細かい雨がパラパラと来たのですが一瞬のことでした。山の中に入ったせいか全く感じることなく太龍寺まで登り下ってしまいました。同宿の人などは合羽に防水の脚絆を着ける人もいましたが結局無用のことでした。由岐(美波町)に入る峠を過ぎたころようやく降り始めましたが、それもごく弱いもので傘も使わず宿まで来てしまいました。
 結局四国に入る前に見ていた週間予報の方が当たっていた訳です。

4月3日 6時25分

朝食には納豆が出ました。4年前コスタブランカ以来です。これから出発します。

4月3日 8時55分


23番札所薬王寺でお参りを終えたところです。オランダから来たエリーさんとおしゃべりしています。

4月3日 12時17分


牟岐駅に到着しました。これから昼食をとります。昼食はかりんと、130g、684キロカロリーです。
7日目から9日目の宿に予約を入れたところ、9日目の宿が休業でショックは否めません。

4月3日 16時10分

本日の宿、宍喰駅の近くにある愛宕旅館に到着しました。すぐにお風呂に入ります。

4月3日 17時00分

お風呂からあがって早速夕食です。素泊まりなので、ロシアパン、520キロカロリーとテーブルロール5個で710キロカロリーです。いつも夕食を調達しているコンビニがセブンイレブンに改装中で焦ったのですが宿の少し手前のいいところにスーパーがあって助かりました。牟岐駅の手前でも元あったコンビニがセブンイレブンに改装中でした。やってくる時には一挙にくるんですね。


4月2日 4時06分

2013-04-02 | 13年四国の旅

 さかもとのテレビもデジアナ、天気は20時45分のニュースで確認済みです。昼前から雨の予報、鶴林寺は大丈夫、でも太龍寺で降られる可能性は高いようです。

 昨日(3日目)の残念
17番井戸寺から南下する古い遍路道が鮎喰川を渡ると地蔵院越えの道には矢印があるのに徳島市街に向かう道(徳島銀行の交差点を右折)には全く遍路シールがないのは3年前の区切り打ちの時に確認していて首を傾げたのですが、今回その理由が分かりました。3年前は大雨で気がつかなかったのですが、この道はたいへん危険な道でした。細い道を車がビュンビュン走るし、それにも増して危険なのが自転車、歩道の中を我が物顔に追い越して行く。いつぶつけられても不思議てはない感じです。明治以前には雰囲気のある街の中の遍路道だったはずなのに、現代はお遍路を排除してしまいました。1kmほど遠回りにもなるので、もう誰も歩かない道になってしまいました。

4月2日 6時51分


まもなくふれあいの里さかもとを車で出発します。朝食もおかゆが出て最高でした。

4月2日 7時58分

20番札所鶴林寺に到着しました。金子やさんから47分、ベストタイムでした。

4月2日 10時13分


21番札所太龍寺でお参りを終えたところです。これから昼食をとります。昼食は芋けんぴ100g、483キロカロリーとチーズ65g、216キロカロリーです。

4月2日 13時03分

22番札所平等寺でお参りを終えたところです。やはり20番21番を登った後の大根峠はきつかったです。玉ヶ峠ほどではありませんが、やられたという感じです。

4月2日 15時40分


本日の宿、美波町由岐にある「ゆき荘」に到着しました。お部屋はオーシャンビュー、これからお風呂に入りますが、お風呂もオーシャンビューのようです。

4月2日 19時07分

温かい揚げ豆腐が美味でした。もちろん刺身も塩焼きもひじきもぬたも味わい深かったのですが、温かいものが一つあると気分が上がります。同宿のお遍路さんは二人、一人は18時10分前に到着、もう一人はまだ到着していません。夜歩くことはお遍路が一番してはいけないことです。宿の人には連絡しているのですが、あまりに自己満足が過ぎるというものです。


4月1日 4時30分

2013-04-01 | 13年四国の旅

 大鶴旅館のテレビはブラウン管、デジアナです。天気やPM2.5の情報は得られません。

 昨日(2日目)の心残り
昨日は休憩時間の余裕が全くなかったのですが、大日寺の手前で栄養と水分が枯渇して、倒れ込むように遍路小屋の中に入ってしまいました。インスタントコーヒーの用意がしてあったので砂糖多めクリームも多めで入れると実に美味い。一気に生き返りました。時間があればもう一杯飲んでいたのですが、5分とるのがやっとだったので断念せざるを得ませんでした。それが本当に心残りでした。

4月1日 6時20分

徳島駅に戻ってきました。6時34分発の穴吹行きで府中駅に向かいます。

4月1日 7時17分

17番札所井戸寺でお参りを終えたところです。境内にはぼく一人だけでとても気持ち良くお参りできました。

4月1日 8時58分


二軒屋駅に到着しました。17番と18番の間の唯一の休憩ポイントです。大鶴旅館お接待のおにぎりをいただきます。大鶴旅館は素泊まりおにぎり付きで3000円です。

4月1日 11時13分

18番札所恩山寺のお参りを終えたところです。ところどころ痛んでいるのですが、かえって無駄な力が入らず自然に歩けています。二軒屋からここまでベストタイムでした。

4月1日 12時42分


19番札所立江寺のお参りを終えたところです。これから昼食をとります。昼食はまたもピーチョコ、80g、442キロカロリーです。

15時52分、本日の宿、ふれあいの里さかもとに到着しました(車の送迎なしで)。すぐにお風呂に入ります。

4月1日 19時05分

ふれあいの里さかもとの多彩な夕食が終わりました。こんにゃくの刺身、鮎の塩焼き、山菜の天ぷらも良かったけれど、何といっても海老の天ぷらが最高でした。温かくてぷりぷりしていて味も濃い。品数は多いけれど量はちょうどよくて、それぞれをきっちり味わえます。お風呂もゆったりしていて最高にきれい、部屋も新しくて清潔、噂通りの最高の遍路宿です。2食付き6300円、ただしぼくの部屋はお風呂の隣なので割引があるそうです。