静 夜 思

挙頭望西峰 傾杯忘憂酒

≪ 闘牛:牛の角突き ≫  ここでも女人禁制だって?   真面目腐って何やってるんだい?  

2018-04-26 20:19:40 | トーク・ネットTalk Net
☆ 女人禁制:角突きも? 新潟「山古志闘牛大会」でも議論へ https://mainichi.jp/articles/20180426/k00/00e/040/238000c?fm=mnm

 私は思わず眼鏡をズリおとしそうになった。 闘牛とも称されるが、スペインのあの闘牛ではなく、牛が角で頭を押し合い、退いた牛が負けになる、例の行事だ。

 全国至る所で見られるあれは収穫への感謝を基調とした民俗行事であり、自然崇拝の面からアニミズムたる神道との繋がりもあったのだろう。
 水田稲作農業で成り立ってきた日本列島。五穀豊穣を願い、自然の恵みに感謝する気持ちは世界中どこでも同じだろうが、そこに自然畏敬から<カミ←カムイ(アイヌ語)>を抱き、
 神道という生霊信仰が生まれた。願い事、頼み事、祝い事など全てが「神道」儀式に収斂されていったのが日本の土着宗教だ。今更、こんな基礎知識を述べるのは烏滸がましいが、
 敢えて復習の意味で掲げる。 失礼ながら、現代生活に潜む原始宗教の残渣と近代人権価値の抵触に想いを致すことは、そう簡単ではないからだ。

 牛が角を突き合わせるカタチを誰かが「相撲」になぞらえたところから<神事の匂い>が装われ、それで女人禁制も人間のとる相撲同様に模倣・導入されたのだろう。此の比定推移が
 私にはフォローできない。 男尊女卑を男も女も疑いなく受け入れていた古代の人々にとり、なぜ神様は男だけが清らかだというのか、を可笑しいとは感じなかった。
 其の当時の感性そのままを疑わない人々が今も居て、封建国家から卒業した筈の21世紀で、まだ論理矛盾に目をつぶり、押し通そうとする先にいったい何があるのか??? 

 何と言われようが、論理など糞くらえで女人禁制を未だに通そうとする貴方がた、情緒を離れ、冷静に考えましたか?
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≪ 歴史に学ぶ vs 伝統を尊ぶ ≫ 明治の成功体験にいつまで酔いたいの?  相撲・天皇制・・・神道関連伝統の殆んどは 明治以降の人為的産物だ

2018-04-26 09:07:16 | トーク・ネットTalk Net
◆ 毎日【社説】大相撲と「女人禁制」 伝統だけでは通用しない https://mainichi.jp/articles/20180426/ddm/005/070/048000c?fm=mnm
1) <日本相撲協会は春巡業から、力士が子供に稽古(けいこ)をつける「ちびっこ相撲」への女児の参加も拒んでいる。女児のけがが目立つため、安全上の観点から参加を認めない
   ことにしたと、協会は説明した。だが、安全性は参加する子供全員に配慮すべきだ。女児を外すことで確保するという理屈に説得力はない。>
2) <もとより「ちびっこ相撲」は稽古というより触れ合いの意味合いが強い。力士と同じ土俵に立ち、押したり組み合ったりすることは、大相撲を身近に感じる貴重な機会となる。
   まして協会は、「相撲道普及に努めるとともに、全国の子供たちに夢を与える」ことを巡業の目的に掲げている。女児を参加させない判断は目的に背き、ファンを相撲から遠ざける
   行為に当たらないか。>
 ⇒ (1)は女性蔑視丸出しの論理破綻だし、(2)は相撲協会の自殺行為に等しいことが直ぐわかる。 筋の通らぬことを「伝統」の名でゴリ押ししているに過ぎない。

3) <土俵が女人禁制になったのは明治時代ともいわれ、協会は女性を土俵に上げないことを「伝統」と説明してきた。>
 ⇒ 「伝統だから」のすり替えの正体がここにある。「皇室典範」と同様、うやうやしく”日本の長い伝統”と現在いわれている神道絡みの儀式は、明治維新における天皇担ぎ上げの
   正当化に神道が利用されて以来、僅か150年の歴史である。 明治維新の成功体験に寄りかかるしか何もないのか、今の日本は!

なるほど日本という国は飛鳥/奈良時代に古代豪族の王となった一族が<天皇>と名乗り、統一国家の体裁を整えてから1500年余の長さを有する。
然し、今現在の天皇制/皇室典範も相撲興行の形式も明治以後に創られたスタイルでしかないので、これを「日本の文化・伝統だ」と称するのは僭越至極だ。意図的な詐称ともいえよう。

 神道というアニミズム自体は天皇制国家樹立よりも遥かに古い。だが近代国家となってからあとの国家統治に利用されている現状は、人為的に伊藤博文が捻りだしたものであり、
たった150年だ。日本列島に人が住み始め、弥生時代と呼ばれる時期から大規模集落を形成して2000年、のうちの150年である。

☆ <歴史に学ぶ>とは、成功体験にしがみつくのではなく、変化する時代と未来を見据え、在来の物事に変革を取り入れる態度を指すのではないか? 成功にではなく、過ちの側面を含む
  過去に教訓を探さず、「伝統だから」と一切の変革を否定してかかる態度は遂には身を亡ぼす。 もうそれが、いい加減わかってもいい時ではないか? 
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