マチンガのノート

読書、映画の感想など  

「遥かなる勝利へ」 ニキータ・ミハルコフ監督 ロシア映画 2011年 

2014-01-29 19:49:18 | 日記
このシリーズ2作目の「戦火のナージャ」に続き、革命の英雄・コトフ大佐は
懲罰部隊の一兵卒として、金属の指カバーをつけて前線の塹壕にいます。
そこに現れた、自分を陥れた情報部の男ドミトリを見て、
塹壕の中を逃げまくります。
さらに哀願して「監獄には戻さないでくれ」と言います。
その理由は「調書の取り方」です。
あらかじめ用意された調書にサインしないと、
血だるまになるまで殴りつける、どころか、生爪まで剥ぎます。
自分に関する調書だけではなく、妻に関するでっち上げの調書にもサインさせられます。
ソ連時代の記録、言い伝えでは、もっと残虐なものもあるのでしょう。
「戦火のナージャ」「アフガン」などのことで、「ロシア映画の無常観」
ということを書いているブログもありますが、
スターリン時代に、国を挙げてこのようなことが行われていたのだから、
「社会正義」「民主主義」など、あてにできないのでしょう。
サム・ペキンパー監督の「戦争のはらわた」という映画がありますが、
ロシア人が見ると「近代的な軍隊じゃないか」「まともな上官も居るじゃないか」
となるのではないでしょうか?
ドミトリはコトフ大佐連行後、自分が監獄で取り調べられる側になり、
かつての部下に「なんでもサインするからさ」と言っていましたが、
拷問されてからサインさせられて銃殺されるより、さっさとサインして銃殺されるほうが
ましということでしょう。まさに無常観です。
間違えて子供を撃ったとか、友軍に死者が出たとかで
愚図愚図言ってるハリウッド映画とは別世界です。
しかし、コトフ、ドミトリ両者とも、国を良くしたいという事で
革命側についたのに、いつの間にか、お互いに陥れあい、
というところが、ロシア人の人間観、歴史観なのでしょう。
映画館のスクリーンで観たため、映像、音響ともテレビモニタで
観るのとは、別のものでした。
いい映画は映画館で見るに限ります。
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「話の聴き方からみた軽度発達障害」 畑中千紘著 その4

2014-01-28 21:12:37 | 日記
この本の著者の畑中氏は、リビング京都のサイトで、
「会話というのは非常に奇跡的なことで」と述べられているが、
確かに、2匹の霊長類が、互いに音声、身振り、表情などで、
様々な言葉、文字、イメージを共有しあい、
意味のあるコミュニケーションをとって、その結果として
社会、文明、都市を築いているのだから、
言葉や文字を持たない霊長類と比較すると、
遥か彼方に来たのだな、と思う。
チンパンジーなどは、目の前に無いものを記憶したり、
イメージするのが苦手だというから、ちょっとした差で、
会話の伝達量の差が出てきて、大きな違いになったのだろう。
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「発達障害」と心理臨床 (京大心理臨床シリーズ) 伊藤良子他 編

2014-01-16 17:41:50 | 日記
発達障害に関する心理臨床について、様々な方が書いておられるのだが、
追手門学院大学の荒木浩子氏が、発達障害の治療には
治療者も心身を切り裂くようなところを経る所が必要がある
というような事を書いておられた。
これは精神科医の織田尚生氏が「王権の心理学」「昔話と夢分析」に書いておられる、
「変容的逆転移」に近いものではないだろうか?
「変容的逆転移」とは、患者の自我が弱すぎて、自ら解決出来ない問題を
治療者が代わりに生きて解決して、患者に返すことで治癒を進める
とのことだ。その過程では、治療者自ら、強い孤立無援感、悲哀感を
体験されるとのことだ。
織田尚生氏がそれらの著作を書いてから20年程して、
やっとそれに近いことをできる治療者が、少し出てきたのでは
ないだろうか?

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「ネトウヨはバカ」という言い方について

2014-01-08 00:50:42 | 日記
ヘイトスピーチとか、反中、反韓の人を「ネトウヨはバカ」だから
言ってる事も価値がないというニュアンスで進歩的、リベラルな人は言うけど、
それじゃあ、知的能力とか、いろんな機能が低い特別支援校の子供や、
障害者作業所に通う人は価値が低いということにつながる言い方なのではないかと
思うけど、それをどれだけ自覚して言ってるのだろう。
障害者作業所の通所者の受け取る労賃は、月に6000円とか
教育テレビで紹介していた。
「人様のご子息」が受け取る給料としたら、冗談のような金額だと
思うけど、そういうのを放置しているのと、
「ネトウヨはバカ」という言い方は、根底で共通しているのでは
ないだろうか?
「働く能力」「付加価値を産み出す能力」がその人の価値になるという見方から、
抜け出す道を探すべきではないだろうか?


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