この小説の中では、機械でできた体に本人の脳内の事などを全て移せば、そちらの方が不死の本人と成る展開でしたが、違和感を感じました。
しかしながら、『脳は世界をどう見ているのか』(ジェフ・ホーキンス)の方では、もしそのような事が可能になって、そうすれば、その時には本人の方は何も変わらず、同じ記憶や考えや感じ方を持つ意識がもう一つ生まれるだろうとしていました。
映画や漫画などで機械に自分の意識を移すような展開があるので、マルク・デュガンは何となくそのような展開にしたのでしょうか。
『脳は世界をどう見ているのか』の方では、人間の脳は現在のAIが大量のデータから統計的に推測しているのと違い、様々な事柄を空間に位置づけて記憶し、座標系を作り思考を発展させているのだろうとしています。
だからこそ、様々な新しい実験結果や観測により、様々な新しい考えやアイデアが得られるとのことです。
そのあたりのことは、個人の経験や発達のことを考えると、『オートポイエーシス: 第三世代システム」(河本秀夫)と似ていると思いました。
今後のAIに関しては『脳は世界をどう見ているのか』の考えの方が役に立ちそうに思いましたが、実用化するにはかなりの困難がありそうです。