TVおじさん

世相の鏡であるテレビから学び、時として批判も。メディア表現にも触れる。まだ元気、散策の想い出も綴りたい。

近いうちに≒近い将来

2012-08-11 | ことば

 

衆院はほんとうに“近いうちに”解散するのだろうか?

消費増税法案が成立し、「近いうちに」8パーセントになり、

さらに10パーセントに引き上げられる。

この法案をめぐっては民主・自民の間で

「近い将来」という文言が「近いうちに(国民の信を問う)」となって了承したというが、

国民的な目線で言うとどこがどう違うのか、

一体「近いうちに」というのはいつのことなのか、

チンプンカンプン分からない。

政治的な駆け引きに使われる表現を全否定するつもりはないが、

それは当事者間に限ってほしい。

今回の「近いうちに(信を問う)」は、野田総理自身

対自民だけでなく、国民に向けてのメッセージとして使っている。

これではますます政治不信が募る。

麻生氏は「近いうちに飯を食いにいく」というのは「2週ほど」との見解を示したが、

この表現はそれほど単純ではない。

どういう状況で使ったかによって意味合いは大きく違ってくる。

私も時々「近いうちに」という言葉を使うが、

「(できれば)近いうちに」というあるかないか分からないような

きわめてあいまいな意味で使うことがある。

受け止める側は、社交辞令と受け止め聞き流しているかもしれない。

仕事上のお付き合いの場合、別れ際に「さよなら」というより

「また近いうちに」といったほうが響きもいい。

その後半年会わなかったとしても、

双方の間に決定的な溝ができることもあるまい。

一方で違った見方が可能なケースもある。

「かくかくしかじかの用件があるので、近いうちに伺う』という場合には

おのずとその時期が明確になることもある。

使い方次第で便利というか都合のいい表現といえる。

繰り返しになるが、国民へのメッセージとして

こんなあいまいな表現を使うことは許されない。

国民の誰もが「“近いうちに”とはいつのことなのか」、

自民との間で何らかの密約があるとしか受け止めないだろう。

国民を愚弄しているとしかいえない。

政治は政治家のためのものか、これでは政治不信に歯止めがかからない。

 

 



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